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2023年後半  2023年前半

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2023年後半

2023/09/08: 人新世

 人新世(Anthropocene)については,下のトピックス『シルル紀仮説』で少し触れました.これがどうも気になっていたところ,Youtube で Anton Petrov による動画 Lake in Canada Is Now The Origin of Anthropocene, Here's What This Means が 2023/07 に公開されていました.これ自体は特に新しいことを言って(・紹介して)いるわけではないのですが,興味喚起ということで,非常に参考になりました.
 ここでは,この動画に加えて Wikipedia の記事などから人新世(Anthropocene)という考え方について書いてみたいと思います.

 Wikipedia の記事 によると,知っている人は知っているんでしょうけど,この概念(・用語)が提示されたのは 1980 年代のことだそうです.私が学生だったころですが,ぜんぜん知りませんでした.で,2008 年には Geological Society of London の Stratigraphy Commission に正式に提案されています.


Crawford Lake, Ontario, Canada. Google Earth による.

 その後いろいろあって,2019 年には Anthropocene Working Group (AWG) から,例の International Commission on Stratigraphy に提案が行われています.AWG は Anthropocene の “模式地” としてカナダの Crawford Lake を選定し,それが上の Youtube 動画のタイトルになっています.もちろん,まだ正式に認定はされていません.
 右の図は Google Earth による Crawford Lake ですが,意外に小さく長径は 150 m 程度のもので,ちょっと驚きました.周りは自然保護区になっていて,左側に見える施設はそれ関連のもののようです.要するに,周りからある程度孤立しているところがポイントで,この湖底の堆積物が人新世の模式層序ということになります.

 ここで誰しも気になるのは,『人新世の始まり(=完新世の終わり)はいつなのか?』ということでしょう.結論から言うと,決まっていません.これを決めるには,まず “人新世が何によって規定されるのか” を決める必要がありますが,もしかしてそれさえも決まっていない?!
 候補としては,『農耕革命』『大加速事件(The Great Acceleration)』などがあるようですが,前者なら大体 12,000 年前,後者なら 1945-1960 年あたりとなります.かなり幅がありますね.18 世紀の産業革命は入っていないのでしょうか? Anton Petrov は人為的な放射性元素(60Co, 239Pu)の出現をかなり気にしているようですが,それだと後者ということになります.

 なお Anton Petrov は上の Youtube 動画の中で,人新世を規定する要素の一つとして,『都市』というものが重要なのではないかという指摘をしています.人類が田園(rural)を出て都市(urban)へと集中していったのが地球環境に大きな変化を与えているのではないかと.この考え方がなにかソースがあるのかそれとも彼のオリジナルなものかは分かりませんが,私としては非常に興味深い指摘です.


  COLUMN  

・Wikipedia の Anthropocene ページで紹介されている “technofossils”(下図左写真)という表現は,私は初めて見ました.単なる海岸ゴミという気もしますが...もちろん,これが土砂と一緒に堆積・埋没して化石化すれば,という意味なのでしょう.

・“テクノ化石” というのはすごく 80 年代っぽい響きで,その世代としては,なんだかなごみます.
なお,日本語 Wikipedia では,technofossils は訳しようが無かったのか,“テクノフォッシル” とカタカナ表記されています.

・下図右にあげたのは,私が以前堆積学の講義でイントロの一つとして使っていた『ゴミの地層学』です.
ここでは,“もし,数千年後の科学者が我々のゴミ捨て場を...” というSFっぽい切り口にしています.私は何も知らなかったのに,ここで紹介した人新世の考え方と共通したものがあり,我ながら少し驚きます.これも synchronicity というものなのか?


左:Strat188 による technofossils.Wikipedia より.右:現役時の堆積学講義資料『ゴミの地層学』.

2023/08/25: シルル紀仮説

 『シルル紀仮説(Silurian Hypothesis)』とはいったい何のことでしょう? 最初に断っておくと,これは “古生代シルル紀” という地質年代名とは何の関係もありません.え...?!
 例えば,J-GLOBAL の機械翻訳でそうなっているので,ウケ狙いでそう表記しておきますが,正確には『シルル人仮説』とすべきかと(下注参照).ますますなんのことやら...

 まず,私がこの言葉を初めて聞いたのは,例によって Youtube ですが,2022/09/14 に公開されていた Anton Petrov の『Did Advanced Civilizations Exist Before Humans? Silurian Hypothesis Explored』(人類以前に発達した文明があった?-シルル紀仮説を探る)という動画を見てのことでした.
 当初は,『宇宙人は既に地球に来ていて私達の隣を歩いている』パターンの与太話かと思ったのですが,Anton Petrov は至極まっとうな Youtuber なので,いったいこれはなんなのか?と.
 実はこれには,元ネタとなった学術論文(Schmidt and Frank, 2019)がありました.


Schmidt, G.A. and Frank, A. (2019) The Silurian Hypothesis: Would it be possible to detect an industrial civilization in the geological record? International Journal of Astrobiology, 18, 142-150.


 白状すると私はこの論文をちゃんと読んでいません.上のリンクで全部読めるのですが,長くて地質屋にはけっこう難しい,おまけに札幌は猛暑だし...しょうがないので,Wikipedia の要約を元に『シルル紀仮説』について紹介したいと思います.


注)『Silurian』というのは,イギリス BBC の有名なSFドラマ Doctor Who に出てくる爬虫類型ヒューマノイドの名前で,なんで Silurian なのかは分かりませんが,古生代シルル紀とは何の関係もありません.Silur というのはケルトの種族名(Silures)から来ているので,そういうからみなのかもしれません.
この Silurian は人類以前の過去の地球から来たという設定のようなので,Schmidt and Frank はそれを hypothesis の名前に(洒落で?)使ったということなのでしょう.
なお Wikipedia によると,この種族の名前は “サイルリアン” と発音そのままカタカナで呼ばれています.他のサイトではシルル人・シルルス人・シルリア人という表記も見られます.いつの時代から来たのかというと,古第三紀始新世(!).ただし白亜紀には既に文明を築いていたという説も.


 簡単に言うと『シルル紀仮説』というのは,論文タイトルそのままの命題『地質記録中に(過去に存在した)産業文明の痕跡が発見される可能性はあるか?』を検証するための思考実験で,実際の研究の結果そういうデータが得られたというものではありません.
 彼らは,第四紀以前の artifact は仮に存在したとしても化石化(と書かれていますが,おそらく続成作用)や風化浸食などのさまざまな地質プロセスによる変化により,発見される可能性はおそらく低いのではないかと考えています.もし認識できるとすれば,気候(気温)変動や特定の化学物質・放射性同位体元素の anomaly といった間接的なものになるだろうとも指摘しています.また,そういう文明があったとすれば当然地球外に進出したはずなので,地質プロセスのない月や,過去にはあったが現在は風成作用以外ほとんどない火星などで artifact が見つかる可能性があるとも.

 こういった思考実験は,最近話題になっている地質年代『人新世(Anthropocene)』創設の考え方とも共通する点があり,地層屋としては非常に興味深いところです.
 つまり,地質年代というものが地層中に記録された生物の出現や消長(=化石記録)に基づいて規定されているのなら,『人類』についても同じはず.そして,人類が地層中に記録しているのは化石記録だけではなく,それは地球史における “特異点” を形成している,という観点です.現在の人類文明がそうなのなら,過去の(何者かの)文明もそうだろうと.


※ 筆者も某理学部在職当時,地層学の講義で『ゴミの地層学』という仮想テーマを “つかみ” として使っていました.Schmidt と Frank はどちらも天文学者(天体物理学者?)のようなので,さすが『地層学発祥の地』イギリスは違うな,なんて思ってしまいます.


  COLUMN  
Antikythera mechanism.2世紀ころの機械仕掛けコンピュータの部品?とされているオーパーツ.Wikipedia によるものを編集.

・このような過去文明(or 他文明)の遺物と考えられるものが実際に存在するという報告(主張?)があり,『オーパーツ(OOPARTS: Out-Of-Place ARTifactS)』と呼ばれています.つまり,その時代・場所にはありえないような人工的物体(artifact)を示す言葉で,さまざまなものがあります.Wikipedia にもOut-of-place artifact” として項目が設けられています.

・実は私は大のオーパーツ好きで,学生の頃はデニケンの『未来の記憶』なんかを感動して読んでいました.もちろん私は科学者ですので(笑),そういう類のものを無条件に信じているわけではありません.おそらくその大部分は捏造か勘違いかあるいは科学(・技術)的に説明のつくものでしょう.しかしその中に,0.01 % でも本当のオーパーツがあったら...? SF好きとしてはたまらない話です.

・当時の日本SF界の巨匠小松左京の代表作『果てしなき流れの果に』の導入は,“和泉層群砂岩層の中から四次元砂時計が出てきた” という突拍子もないものです.和泉層群というのは西南日本の白亜紀前弧海盆堆積体で約1億年前の斜面相海成層,北海道で言えば蝦夷層群みたいなもので,これこそオーパーツです.小松左京の筆力もあって,ぞくぞくしながら読んだ記憶があります.そのSF的説明・帰結は今にしてみると,え?という感じもあるのですが.地質屋としては地質学と考古学の区別が少し曖昧なのもちょっと気になります.

※ 右図は小松左京著・早川書房刊『果てしなき流れの果に』.1973年発行第四刷(筆者所有文庫版)の表紙カバーを撮影したもの.表紙デザインはSFイラストの第一人者・生頼範義氏による.早川書房のご厚意により書影掲載の許可を得ている.

・“果てしなき…” の『実話版』オーパーツとしては,こんなもの も.同じ白亜紀ですね.ハンマーですか...地質屋としてはぞくっと来ますが,さて本物なんでしょうか?


2023/07/03: 火星のデルタ

Latest Mars Planet Images By NASA's Perseverance Rover LIVE(YouTube:Quick Solutions - Data による).

 久しぶりのトピックス更新ですが,またもや火星ネタです...右の Youtube ビデオは,先月 Quick Solutions - Data によって公開された Perseverance Rover の画像です.
 撮影場所はもちろん Jezero Crator の “例の場所” (下のトピックスのコラム参照)だと思います.

 で,なにが写っているのかというと,ビデオのタイトル画像を見てすぐに分かると思いますが,『火星のデルタの地層』です.


火星のデルタの地層.上の Youtube 動画からキャプチャ.Image Credit は画像中にある通り.

 左の画像は,上のビデオからキャプチャしたものです.この地層の性格というか構造の明確な説明は動画中にはないのですが,勝手に解釈すると...

 この傾斜した地層は,デルタ堆積体中のフォアセット層(foreset bed:前置層)です.したがって,これを作った水流の方向は向かって左 ⇒ 右ということになります.おそらく右側が Jezero Crator の中心方向ということでしょう.フォアセットの下半部は凹湾曲しているように見えます.

 で,フォアセット層の下位は明確に水平層で,フォアセット層の湾曲した層理面がそれに向かって収束しているように見えます.つまりこれは底置層(bottomset bed)ということになり,デルタの下底部の断面が見えているということで,なんともファンタスティックです.

 火星でこんなものが見られるとは...というかむしろ,地球のような流水浸食・植物被覆・表層風化の無い(あるいは極小な)火星だからこそ,こういうのがもろ見えになっているということなのかもしれません.


  COLUMN  

・上に『過去の火星に流体としての水があったことは誰も疑問を持っていない』と書きました.付け加えると,これらの水はパワフルに流下して大規模な河川-峡谷地形を形成しています.下に,その例を二つあげておきます.どちらも Rovers の着地-調査地点近傍です.もちろん NASA は,分かっていて “そう意図していた” ということですが.


上: Gusev クレーター(左端)に流入する水路地形.NASA/JPL/MSSS/The Murray Lab. による.下: Jezero クレータ(右端)に流入する蛇行流路の先端に形成された鳥趾状デルタ.Google Earth による.

・凄まじいですよね.ちゃんとしたスケールを示していませんが,Gusev Crater 流入チャネルで,全長が 700 km は優にあります.チャネル幅は 10 km,深さは 2 km 程度です.火星の canal を提唱した 19 世紀の Schiaparelli の時代には想像することもできなかったものだと思います.私は既に人生の終盤に差し掛かった人間ですが,生きているうちにこういうものを見れるとは...天文少年だった中学生のころには想像もできませんでした.


2023年前半

2023/06/15: 火星の礫岩

※ この項に掲載している火星の地層・岩石の写真の著作権は,すべて NASA/JPL-Caltech/MSSS にあり,非商用目的ではフリーな二次利用が 認められています

 ここで書くのは,特に最近のトピックスというわけではありません.火星の礫岩です.何年も前から既に知られていることですが,最近 Youtube には Perseverance Mars Rover の活躍に触発されたのか,大量の火星地形・地層ネタ(例えば これ とか)がアップされています.それなどを眺めていたら,礫岩のこともどこかで書いておいた方がよいだろうと.
 なお昔の話ですが,復刻版・地質ブログの『火星の地層学:火星の礫岩!』『火星の地層学:火星の礫岩,その後』のページに簡単に書いています.2012 - 2014 年の記事でした.


 NASA の Mars Rovers は,Spirits/Opportunity (2004-2018) が Gusev Crater に,Curiosity (2012-present) が Gale Crater に,そして Perseverance (2021-present) が Jezero Crater の内部または近傍に降り立ち,数々の科学的成果を収めてきました.その成果はすべてオープンにされています.彼らは,まさに “火星地質屋 Martian Geologists” です.これらについては,『火星地質学』とか称してこのサイトで一章を設けて記述したいのですが,そこまでの気力体力が私に残っているかは...

 以下では,火星地質屋たちが発見した『火星の礫岩』について簡単にご紹介したいと思います.



火星の砂漠に転がる礫岩の岩塊.Mars Curiosity Rover による.

火星で最初に発見された礫岩.Mars Curiosity Rover による.

火星の固結した地層.Mars Curiosity Rover による.

・右の写真は,Curiosity が撮影したものですが,火星の岩石砂漠の上にごろんと転がっている礫岩の岩塊です.かなり膠結が進んでいるように見え,砂基質支持のように見えます.礫の岩種はもちろん分からないのですが,かなり硬質なもので,比較的円磨した亜円礫主体です.この岩塊のオリジンは分からないのですが,形状からは明確に proximal なものです.過去に Curiosity は,緩く傾斜した『礫岩層露頭』を報告していますので(上記ブログリンク参照),そういったものが近傍にあるのでしょう.なんにせよ驚くべきものです.


・右下の写真は,2014/02 のブログで紹介したものですが,斜長石ドレライトや玄武岩(?)礫を含む礫岩です.かなり不淘汰なものですが,亜角~亜円礫を主体としたもののようです.Gale Crater の上流(下記コラム参照)には火山地帯が存在するということなんでしょうけど,具体的なことは私の追究不足でよく分かりません.


・これらの礫岩の存在は,要するに過去(30何億年前)の火星に流体としての水があったということを示しています.砕屑物の粒径は基本的にその flow energy に依存していますから,有体に言って,ちょろちょろではなくて,ごうごうと流れている水があったということでしょう.Spirits/Opportunity 時代には,『水じゃなくて炭酸ガスが流れていたのでは?』などという意見もあったと記憶していますが,そのへんは現在では誰も疑問を持っていないと思います.科学的大発見は普通そうですが,“はじめは俄かに信じ難いことであった” ということでしょう.


・で...礫岩の話とは離れるのですが,こういう火星地層の写真・ビデオを大量に見ていて最近思うようになったのは,『火星の堆積岩って,なんでこんなに固くなってるの?』ということなんです.地質を分かっていない者の稚拙な疑問で論外と思われたら,以下は飛ばしてください.

・右上の写真は,真っ黒い風成砂の中に半ば埋もれている泥岩の露頭です.層理面上にある割れ目は乾裂(dessication crack)ではないかと説明されていますが,それはこの際どうでもいいです.泥岩は見事に固結していて,日本列島地質屋の感覚で言うと,だいたい古生層(~下部中生層)くらいの固結度です.要するにカリンカリン,砕屑粒子が簡単に粒間分離しない程度という意味です.

・地球上の基本に立ち返ってみると...堆積岩が堅いのは,『埋没-圧密-脱水-膠結』というプロセスの結果です.どのくらいの深度まで埋没すればこう固くなるかというと,感覚的なものですが,少なくとも 数百 m 以上,温度としても 50-70 ℃ 以上といったところでしょうか?

・火星でどの程度の埋没(≒ 堆積盆底の沈降)が起きているかを示すデータは私はまったく知らないのですが,Gale Crater の底部と中央丘の高度差は 5.5 km ありますので,それが全部埋積されたらその下部ではしかるべき埋没続成が起きていても良いような.その場合,地温勾配は?? 仮にそれらの条件が満たされて続成の結果固結したとして,『それがなぜ地表に出てきている』のでしょうか? 地球上でそういう emergence が起きるのは,プレートテクトニクスをはじめとする “変動” が起きているからです.しかし,火星には(液体核が無いので)プレートテクトニクスが無いというのは周知のことです.基本的には,クレータ内を埋積した堆積物は,それ以上の作用を被らないはずです.なにしろ,Jezero Crater では,30何億年前に形成されたデルタがそのままの形で今も地表に残っているくらいですから.

・ここまで考えてくると,やはり火星では私の知らないような,何らかの続成要因があるような気がしてきます.①とにかく30何億年という継続時間は長過ぎて実は地表条件でも堆積物は固結してしまう,②昔は地温勾配も高くてちゃんと続成しその後の長い浸食期間が,③太陽からの放射(radiation)がなんらかの作用を?...等々妄想は膨らむのですが,要するに私には分からないということなので,これくらいにしておきます.


2023/05/28: 砂パイプ

 砂パイプとはいったい何のことかと思うでしょう.たしかに普通の地質学では聞かない語です.下のコラムに書いた通り,私(達)は,1995年頃に既にこういった砂サイズ砕屑物の流動貫入体というものに気づいていて,短い報告にしています(後述).しかし,自分自身『本当にそんなものがあるんだろうか?』というネガティブな(間違っていたかも?という)気持ちになったことも確かにありました.

 しかし,それ自体私の視野の狭さを示すものでした.最近 Youtube に公開された動画『Investigate mysterious features with a geologist』by Myron Cook (2023/05/25) を見て,なぜ私は 1995 年当時このようなものの存在を知らなかったのか,もし知っていれば...と心底思いました.Wheatley et al. (2016) によると,1985年頃には既にコロラド平原で発見・報告されていたらしいのですから.

Wheatley, D.F., Chana, M.A. and Sprinkel, D.A. (2016) Clastic pipe characteristics and distributions throughout the Colorado Plateau: Implications for paleoenvironment and paleoseismic controls. Sedimentary Geology, 344, 20-33.


 以下では,これらの資料を基に,地層中に形成された大規模な砂パイプ=砂貫入体の存在について紹介したいと思います.


ユタ州の砂漠地域に見られる砂パイプ.Green River 集落南方約 30 km.Google Earth による.

・まずは右の Google Earth イメージを見てください.一体どこの何なのかというと,ユタ州南部のコロラド平原です.随所に水平に近い層理面のパターンが見えていますが,ジュラ紀の砂漠成層(有名なナバホ砂岩層とか)です.その中にドーム・クレーター状の構造が散在しているのが見えます.前に紹介した岩塩ダイアピルにも似ていますが,実はこれが無数の『砂パイプ(sand pipe)』=砂貫入体の断面ということになります.砂パイプの直径は 数十 m 程度ですが,最大で 150 m に達しています.

・上の Youtube 動画にも紹介されていますが,この砂パイプは周縁部が城壁状に盛り上がっていて,アメリカの砂漠地帯によくある『ネイティブ・アメリカンの遺跡』のようにも見えます.私も最初そう思ってしまいました.Google Earth 画像を見ると分かるようにこの砂パイプ,とにかくあるところにはうじゃうじゃとあるという状態で,非常に驚きました.

・砂パイプの周縁部には,"anastomosing" な鉱物脈のスワームが発達する場合があり,Myron Cook さんも言っているように,『高間隙水圧を有した流体』の関与が明確に示されています.


砂パイプの形成スキーム図.Wheatley et al. (2016) に掲載されている図を基にして作成.

・砂パイプの形成スキームです(右図).これは Wheatley et al. (2016) の掲載図を参考にして描いたたものですが,こうやって見ると至極当たり前のもので,特に目新しいものではありません.我々日本人ならば『地震の際の液状化砂噴出』そのまんまです.

・ポイントとしては,含水砂層の上を氾濫原の細粒堆積層が覆っていて,いわゆる “封入層(confining layer)” となっていることでしょう.Wheatley et al. (2016) では “頁岩” となっているのですが,液状化時(≒堆積直後)にそこまで固結していたかはちょっと疑問です.


・Wheatley et al. (2016) を読んでちょっと驚いたのは,この砂パイプは,『(古生界を含む)顕生代の地層のどれにも貫入している』と書かれていることです.え?!ちょっと待ってよ,ジュラ紀(=堆積直後)の未固結含水状態で上方貫入したのでは??と思いますよね.よく読んでみると,三畳紀以下の地層を母岩とする砂パイプは地下空洞の崩壊による『空洞充填』ということのようです.つまり下方・上方充填どちらも起きているということですね.そうすると両者で砂パイプの構造等には差異がありそうなものですが,そのへんは読解力不足で良く分かりません.空洞充填の方が規模(径)が少し大きいような感じもしますが...

・気になるのは,上の Google Earth イメージにあるように『なぜこのように密集しているのか?』ということです.それらが異なるイベントで別々に形成されたと考えるのはちょっと難しいので,一度の液状化で無数の砂パイプの貫入が起こったということになります.普通どこかでいったん貫入が起きればそこに集中するのが自然なので,不思議だな...と.割れ目制御のような感じは受けずランダムな分布に見えますし.あとパイプの大きさが揃っているように見えます.それは何によって制御されているのか...このへんにしておきます.


  COLUMN  

・下の図は,この項の最初に書きましたが,非常に古い論文で,しかもサーキュレーションがほとんどない所に出したものですが,川村・植田(1997)で報告した “砂ダイアピル(sand diapir)” の形成模式図です.掲載図に彩色を施し,キャプションを編集しています.元の図は,もちろん植田さんが描いたものです.


北海道の白亜紀付加体(イドンナップ帯)中の砂ダイアピルの形成モデル.川村・植田(1997)に掲載した図を彩色・編集したもの.

・“砂ダイアピル” というのは要するに何物なのかというと,付加体砕屑岩中に発生した異常間隙水圧による大規模砕屑物貫入現象ということです.ダイアピルの大きさは必ずしもよく分からないのですが,川村・植田(1997)のルートマップで判断する限りは,分布厚さ(≒ 径)は 数十 m ~ 100 m 程度となっています.

・上の図では,ダイアピルのルート(発生場所)は付加体深部の底付けされたインブリケーション帯のように描かれていますが,その根拠は(自分で書いていて申し訳ないのですが)必ずしも明確なものではありません.ダイアピル中の泥ブロックは良く固結した角礫ですので,その程度の深度であることは間違いないですが.

・1990年代当時は,付加体にせよなんにせよ,地質体中に(砂脈以外で)このような大規模砂貫入体の存在を示唆するというのは,ある意味非常に大胆なことでした.しかしそれから 30 年以上経って Youtube で(!)ユタ砂漠のジュラ紀砂パイプ群のことを知り,『やっぱりそういうのあってもいいっしょ?!』と確信が持てたような気がします.ぜんぜんセッティングもメカニズムも違う話ですけど.


2023/05/08: 地殻深部流体

 GWさなかの 5月5日,石川県能登半島で震度6強という強い地震が起こりました.マグニチュードは 6.5,その後も最大震度5強をはじめとする余震が頻発しています.この周辺では 2007年にも震度6強の強い地震が発生しており,地震の頻発地帯となっているところです.
 私は当初,この地震は中越地震(2004年)のような,ENE-WSW方向の活構造に関係した内陸型地震と単純に思っていました.それはまあそういうことなんですが,今回の地震発生でにわかに脚光を浴びたのが『地殻深部流体(geofluids』の存在です.
 地震の発生に地殻深部流体が関与する可能性については私もなんとなく聞いていました.しかしあまり関心が無かったので,例のオイルシェール抽出地震説みたいに “浸透した天水(・海水)が作用している” 程度のことかと思っていました.例えば兵庫県の有馬温泉が非火山性で沈み込み流体関与らしいということも聞いていましたが,そのへんがどうも自分の中でつながっていませんでした.
 今回の能登半島地震で色々なメディアで紹介されたこの地殻深部流体の記事を見て,やっと事の本質が理解できてきたような気がします.以下では,これらの記事を基に,岩森(2019)も参考にして,地殻深部流体と地震の関係について紹介したいと思います.

岩森 光・行竹洋平・飯尾能久・中村仁美,2019,地殻流体の起源・分布と変動現象.地学雑誌,128, 761-783.


気象庁震度データベース検索ページ による能登半島の 2000年5月以降の震央分布図.図自体は編集していないが,キャプションの位置・大きさを変更している.

・右図は気象庁の震度データベースから取得した,2000年5月~2023年5月に能登半島で発生した地震の震央分布です.これで分かることは;①震源深さが 20 km 以深の地震は起きていない,②震央域は能登半島の北西海岸にほぼ平行に伸びている,③震央域は能登半島東端部と西半部の二つに分かれる.③の意味は分かりませんが,①②はこの地震が ENE-WSW 方向の活構造(≒活断層)に関連して起こっていることを示しています.『令和4年(2022年)6月19日に能登半島で発生した地震の関連情報』(産総研地質調査総合センター)によると,能登半島北岸の 5〜10 km 沖に活断層が存在しており,それは東西 20 km 前後の長さを持つ四つのセグメントからなっています.これらの断層は,すべて南側が隆起する南東傾斜の逆断層とされています.震央域の位置はその活断層から南へ約 10 km 程度離れていますが,仮に逆断層面の傾斜が 45度程度であれば,それで説明は可能です.

・岩盤中に水(流体)が含まれていると何が起こるかというと...私の初心者レベル知識で説明しますが,まず Terzaghi の有効応力原理により,岩盤中の有効応力が流体圧の分減少します.有効応力が減少するということは,破壊強度が下がるということになります.岩盤中に流体が含まれると,ある面に沿った摩擦係数は当然下がります.

・岩森ほか(2019)によると,ある(断層)面に沿った岩盤の破壊時には,τ = μ (σn - Ph) という関係が成り立ちます.ここで,τ:破壊が起こる直前における断層面上に働く剪断応力,σn:同じく法線応力,μ:断層面の摩擦係数,Ph:間隙流体圧.これは素人目には,有効応力原理とほぼ表裏一体の(=同じことを言っている)ようにも見えますが,私にはよく分かりません.いずれにせよ破壊時の剪断応力は,摩擦係数が小さいほど・間隙水圧が高いほど,小さくなります.

・まとめると,岩盤や既存の断層面中に流体が存在すると,より小さな応力で破壊が起きるようになり,その結果として,地震が発生しやすくなる,ということになるでしょう.


地殻深部流体と地震発生のスキーム. NHKニュース で紹介された京都大学防災研究所西村卓也教授の仮説を参考にして作成したもの.クリックでメカニズム説明を表示する.

・右図に,この地殻深部流体のモデル・スキームを示します.NHK ニュースに掲載されている西村教授のスキームを参考にしていますが,私自身のモディファイ・加筆を施したものです.以下の説明も,私が勝手にこうだろうと書いたもので,ぜんぜん間違っているかもしれません.

・まず,能登半島は日本列島の背弧側にあり,プレート沈み込みに起因する圧縮応力場でESE-WNW方向の活動的な逆断層群が発達しています.日本海溝から沈み込む海洋プレートは大量の水を含んでおり,沈み込みに伴う温度上昇により脱水反応が起きています.この脱水は上盤側の上部マントルに部分溶融を引き起こし,島弧マグマが形成されます.

・海洋プレート中の水は,このマグマ形成場ですべて脱水するわけではなく,少なくともその一部はさらに深部で脱水します.その水は geofluids となって上昇し,地殻まで達し滞留します.その一部がより浅所の岩盤や上記断層部に浸透し,破壊強度と摩擦係数を低下させ,岩盤破壊あるいは既存断層面の再動が起こり,地震が発生します.


 こんな感じだと思うのですが,geofluids(すべてが水というわけではない)の発生・移動・浸透などの挙動詳細は,岩森ほか(2019)などを読んでも,正直言って私の素人アタマではどうも理解できない部分がありました.温度圧力条件とか,『第二臨界点(中略)を超えると,メルトと水溶液の区別がなくなり』とか,どうもよく分かりません.さらに,日本列島の他の部分ではじゃあどうなのか?とか.まあでも,地球深部における水の重要性とか,大体は理解できたような気はします.


  COLUMN  

・上に “例のオイルシェール抽出地震説” と書きましたが,その後地震を引き起こすもっと身近な地殻流体があることを知りました.『地熱発電』です.地熱発電のすべてという意味ではなく,その中の『高温岩体地熱発電』と呼ばれるものがここで注目されるものです.

・高温岩体地熱発電というのは要するに,地下深部(数 km 程度)に存在する高温岩体を水圧破砕してその内部に水を送り込むことで人工的に熱水の貯留層を形成し,そこから高温の蒸気や熱水を得るというものです.上の Wikipedia ページによると,この方式は色々な問題があり,現在は世界的に推進されてはいるとは言えない状態のようです.その懸念要因の一つが『注入流体による地震誘発』でした.

・ところが...お隣韓国で 2017 年 11 月に発生した 浦項地震(Pohang Earthquake)が,この地熱発電所からの注入流体が原因であるとする説が出されていました.震源深さ 5.5 km,地震規模 M5.4 ということで,かなりの被害が出た地震です.で,なんとその後,韓国政府機関によりその地熱発電所原因説が 可能性として accept された (Zastrow, 2019, South Korea accepts geothermal plant probably caused destructive quake. Nature News.) というのですから,驚きました.

・これについては,最近 Youtube にアップされた動画『South Korea's Human Caused Earthquake』by GeologyHub (2023/05/21) に非常に興味深いレビュー紹介が行われていますので,ご覧いただければ.

・個人的には(素人ですが)...仮に既存断層面に高圧流体が浸透したとして,上の動画中のスキーム図にもあるように,その浸透範囲は非常に狭いはずです.もちろんその場所では有効応力や摩擦係数が低下するので破壊スリップしやすくなるのは当然ですが,断層面全体の面積の中ではまったくの微々たる範囲なので,それが断層全体の滑り要因となるんだろうか?...というのがちょっと疑問なところです.破壊寸前のぎりぎり臨界点付近にあったということなんでしょうか? それとも断層面に沿ってけっこう広範に(上方に?)浸透しているとか?

・高圧流体の水圧とか,注入箇所から断層面までの経路とか,他にもいろいろと気になる(・分からない)点がありますが,このへんにしておきます.

(2023/05/25 追記)

2023/04/27: 干上がる地中海

 ...とは,いったい何のことなんでしょうか? Messinian Salinity Crisis (MSC) -メッシニアン塩分濃度危機,と呼ばれる地質学的事件のことです.どこかのサイトでは,Mediterranean Salt Crisis と書いてあるのを見たような気もするのですが,単なる勘違いかシャレなのかも.


GoogleEarth による画像から地中海の部分を抜き出して彩色したもの.

 Messinian というのは新第三紀中新世の最末期の時代(7.246 - 5.333 Ma)です.このとき何があったのか...地中海が干上がって岩塩などの沈殿岩が厚く堆積し,その後しばらくたって海水が流入し大洪水の結果,地中海がまた出現した.正直言って,この話を最初に聞いた時は何かのジョークかと思いました.地中海の現在の最大深は 5,267 m(!),ウユニ塩湖みたいなフラットな浅い場所ではありません.それが干上がった...つまり深さ 5,000 m 以上の巨大な盆地が出現した(右図)ということになります.
 地球上で一番低い陸域は Wikipedia によると死海(Dead Sea)で,その湖面標高は - 422 m,最大深が 433 m ということですので,湖底は少なくとも海面下 850 m ということになります.それでも干上がった地中海 “盆地” の深さには遠く及びません.面積は比較もできません.そんな巨大規模の盆地が現在の地球上にあるでしょうか? 無いです.私には俄かに信じられないのですが,でも確かに過去の地質時代にはあったんですね.

 以下では,この壮大・ドラマチックな地球的現象について,Wikipedia や,2020/10 に公開された Youtube動画 That Time the Mediterranean Sea Disappeared -by PBS Eons,および Butler et al. (2014) 等を参考にして紹介したいと思います.

R.W.H. Butler, R. Maniscalco, G. Sturiale and M. Grasso (2014) Stratigraphic variations control deformation patterns in evaporite basins: Messinian examples, onshore and offshore Sicily (Italy). Journal of the Geological Society, 172, 113 - 124.


Sicily 島 Realmonte 鉱山坑道の岩塩層. GEOPHOTOGRAPHY サイト による.

・この crisis を如実に示すものの一つが,地中海沿岸各地に分布する大規模な Messinian 岩塩層です.右の写真は Sicily 島の Realmonte 岩塩鉱山の坑道写真です.縞状の岩塩層がおそらく褶曲していて,掘削跡との関係でこのような芸術的な模様を見せているんだと思います.

・地中海の “陸化”(隆起という意味ではない)は,ジブラルタル海峡の閉鎖によって発生しました.これによって地中海と大西洋との連絡が絶たれたわけです.しかしもちろん,それだけでは干上がりません.多少塩分濃度が上昇するくらいだったでしょうが,そこに当時の著しい温暖化・乾燥化が重なりました.それによって海水蒸散量が周囲の陸域からの河川水流入量を(はるかに?)越えたということでしょう.

・この現象が起きたのは,5.96 Ma と言われています.その後 5.33 Ma にジブラルタル海峡の閉鎖が破れ,海水の流入で Zanclean flood と呼ばれる大洪水が発生し,地中海は『元に戻り』ました.つまり,干上がり状態は約 63 万年間続いたわけです.洪水の継続期間はよく分かりませんが,あるサイトには『数週間で地中海は海水で満たされた』という記述もありました.

・ジブラルタル海峡の閉鎖から地中海が干上がる(=海面が盆底に達する)までどのくらいの時間がかかったのかは,調べてもよく分かりませんでしたが,10 万年程度という記述が Wikipedia にあります.当時の地中海盆底の深さもよく分からないのですが,仮に 4,000 m とすると,海面の下降速度は 4 cm / year となり,案外おとなしい(?)数字です.100 年で 4 m ですか...地球プロセスってそういうもの(結果=速度x経過年数)なんですよね.その経過年数の(人間的尺度を越えた)長さがポイントであると.

Federica Brigida による MSC の説明動画

・なぜジブラルタル海峡が閉鎖されたり “開門” したりしたのかの理由ですが...一般にはテクトニックなものと説明されているようです.地中海一帯は,アフリカプレートとユーラシアプレートとの境界帯なわけです.具体的な何が起きたかは色々な考えがあって定説は無いようです.右にあげたのは Wikipedia 上で公開されている解説動画です.説明がほとんどないので,詳しいことは分からないのですが,沈み込むアフリカプレートの先端が破断してマントル中に沈降し,その残存部は下に引っ張られる力が無くなってしまうので,弾性的に上昇して陸域の隆起を引き起こしたというようにも読めます.残存部はおそらく周囲より低温だとは思いますが,もし周囲の上部マントルより十分に密度が低ければ浮力的な(buoyant)上昇ということもあるでしょう.さて,どうなんでしょうか?

・ なお,この動画では,5 Ma 前後には,アフリカとヨーロッパの距離は現在よりもかなり広いように描いています.つまり,閉塞部分は現在のジブラルタル海峡よりはるかに広かったようです.


2023/04/09: Storegga 海底地すべり

 これはなんと読むのでしょうか? ストレッガ? その名前は別として,このノルウェー沖の大規模海底地すべりの存在は私も以前からなんとなく知っていました.しかし先日,その地すべりが引き起こした巨大津波に関するYoutube 動画 The North Sea Tsunami: Britain’s Deadliest Disaster (2020/11/10 公開) -by Geographics を見て,そういうことだったのか!とあらためて再認識しました.
 以下では, Wikipedia や上の Youtube 動画, geology.com サイトの Largest Landslides in the World ページ,およびいくつかの論文を参考にして,人類史の中で起きたこの大規模破局的災害について,ご紹介したいと思います.下の Burckle クレータの話を書いた時も強く感じたのですが『こんな大規模な地球科学的事件がつい最近(いくつも)起きているのか!』...そう思いませんか?


アイスランドからノルウェーにかけての海底地形図.GoogleEarth による.矢印が Storegge 海底地すべりの位置.赤枠部は,下の拡大図の範囲を示す.

・Storegga 海底地すべりの発生した場所は,ノルウェー沖の大陸棚縁辺部です(右図).アイスランドはもちろん大西洋中央海嶺の上に位置する spreading-center island ですが,ノルウェーとアイスランドの間には,ノルウェー海と呼ばれる深い海盆が広がっています.海底地すべりはノルウェー沿岸を縁取る大陸棚縁辺で発生し,ノルウェー海盆に流下しました.

Storegge 津波堆積物(中央の白色層).上下の暗色層は泥炭層と記載されている. Wikipedia -by Stozy10 をトリミング加工.撮影場所は Montrose basin (Maryton), Scotland.

・Storegga 海底地すべりの発生した時期ですが,BC. 6225–6170 の間とされています.上の Youtube 動画では中石器時代と言われているようですが,その後期から新石器時代にかけての時代かもしれません.さらにその動画では,それはおそらく 10 月のことだったろうとも述べられています.なんでそんなことが分かったのと驚くような話ですが,その根拠はスコットランドで観察される津波堆積物(右写真)中の花粉の種類ということでした.


Storegga 海底地すべり周辺の地形図.GoogleEarth による.画像クリックで海底地すべりの形状(Bryn et al., 2005)を表示/消去する.

・それでは,Storegga 海底地すべりの規模はどういうものだったのでしょうか? Wikipedia には,崩壊した大陸棚の幅が 290 km,崩壊堆積物の体積が 3,500 km3 と記されています.驚くべき巨大さです.Bryn et al. (2005) にはこの海底地すべりの印象的なマップが掲載されていますが,それによると地すべり堆積物の到達距離は少なくとも 820 km 以上,分布幅は最大で約 410 km です(右図参照).

P. Bryn, K. Berg, C.F. Forsberg, A. Solheim and T.J. Kvalstad, 2005, Explaining the Storegga Slide. Marine and Petroleum Geology, 22, 11-19.

・海底地すべりの滑落崖の最高点は,海面下 150 m 前後のところにあります.大陸棚の最外側部は 380 m 前後です.大陸棚の崩壊で発生した大量の地すべり堆積物は,海面下 800 - 3,400 m の大陸斜面を流下し,分岐しながら海盆中に見られる北東―南西方向の直線的な “峡谷状” 凹地(最深部は海面下約 3,800 m)へと流れ込み,さらにオーバーフローしています.この凹地は,Aegir Ridge と呼ばれるもので,アイスランドの下を走る中央海嶺から分岐した非活動的レリック海嶺のようです.その北東側を区切る地形は Jan Mayen Fracture Zone で,おそらくトランスフォーム断層でしょう.地すべり堆積物の北東側はこの地形によって明瞭に規制されています.その南東側の大陸棚との間にある海面下 1,300 m 前後の平坦なバンク状地形がなんなのかは私には分かりません.

※ Storegga 海底地すべりの北東側には,相対的に規模の小さい Trænadjupet Slide という海底地すべりがあります.これが Storegga 地すべりと同時期に発生したものか,それとも直接の関係がないものなのかは,不明です.


・この海底地すべりにより,当然のことですが,大規模な津波が発生しました.上記 Wikipedia によると,その波高はノルウェー西岸で最大 11 m,スコットランド東岸で最大 6 m,シェトランド島で 15 - 20 m となっています.スコットランドでは,海岸から 80 km 奥まで浸水したという記述もあります.この津波は,当時のヨーロッパにおける石器文明に破滅的なインパクトを与えたようです.上記 Youtube 動画では,津波発生が秋(10 月)なので,狩猟で居住地を離れていた人々の多くが低地の居住地に戻っており,それが人的被害を増大させる要因になったはずという推測も述べられています.なお,津波発生時には北海南部に Doggerland という陸地が存在してヨーロッパ大陸との陸橋になっており,以降の海水準上昇により海域(Dogger Bank)に変化していますが,この Doggerland も大きな津波被害を被ったはずです.


・それでは,なぜこのような大規模な海底地すべりが発生したのでしょうか.大陸棚~大陸斜面域の堆積体に,ある種の不安定性(instability)が発生している状況下で,沖合を震源として発生した地震がトリガーとなって斜面崩壊が発生したというのがもっとも reasonable な説明でしょう.問題は,じゃその不安定性っていったい?...ということですが Wikipedia や Bryn et al. (2005) によれば;①氷河の融解に伴って運搬された多量の砕屑物質の厚い堆積,②透水性の異なる堆積物パイル中に発生した過剰間隙水圧,③堆積物中に形成されたメタンハイドレートの減圧(・温度上昇)融解による体積膨張と強度低下,...といったことが想定されているようです.


  COLUMN  
岬オリストストロームの広域分布図.酒井(1988)を参考に作成.

・このような大陸棚~大陸斜面での不安定性に起因する大規模崩壊事件は,実は地質時代の日本列島でも起きています.右は,酒井(1988)により提唱された『岬オリストストローム』の分布を示したものです.

酒井治孝(1988)岬オリストストローム帯の成因と高千穂変動の再検討.地質学雑誌,94, 945-961.

・“オリストストローム(olistostrome)” とは,要するに海底地すべり堆積体のことですが,それが日本列島南岸にある有名な岬の周辺に分布することからそう名付けられました.その形成時期は新第三紀中新世(1,700~2,200万年前),四万十帯中の前弧海盆堆積体の中に認められるもので,その分布はもちろん連続しているわけではありませんが,全体として少なくとも東西 800 km 以上に及ぶ大規模なものです.その海底地すべりによって当然大規模な津波が発生したわけですが,その記録は残念ながら当時の地質記録中には明確には認識されていないと思います.

海底地すべり堆積体(≒ オリストストローム)の例.海底に堆積した地層が崩壊-ブロック化し乱雑に積み重なっている.根室層群厚岸層(白亜紀~古第三紀).浜中町後静海岸.

・岬オリストストロームの内部構造を示すものは,酒井(1988)に掲載されている日南層群都井岬オリストストロームの写真が印象的ですが,公開されている PDF ではその造りが悪く(?)非常に不鮮明です.ネットで何かないかとあれこれ探してみたのですが,ジャストなものは見つかりませんでした.互層やフルートキャストの写真はいくらでも出てくるのですが.皆さんあまり関心がないのか...しょうがないので,北海道で私が撮ったしょぼいスランプ体写真で我慢してください(右写真).

・岬オリストストロームの形成シナリオは以下のようなものです.
  ①約2,000万年前,フィリピン海プレートが西南日本弧の下に沈み込みを開始した.
  ②この沈みこみはプレート境界の結合力の強い “チリ型” で,それによって上盤側の西南日本弧プレートは引きずられ下方にたわんだ.それによって前弧地域の勾配が増加し,重力的な不安定が生じた.
  ③プレート境界巨大地震など,なんらかのショックが引き金となって,不安定な前弧堆積体が大規模な海底地すべりを起こし,オリストストローム体が形成された.

・酒井さんのこの着眼点が 1988 年以降どのようにフォローされていったかは,残念ながら私には分かりません.前弧堆積体中のメタンハイドレートの広範な形成が認識される以前の形成スキームということもあります.しかし,大規模海底地すべりの形成に関する卓越した先駆的な研究であると私は思っています.


2023/04/01: Burckle クレーター

 April Fool ではありません.これは私自身,昔からずっと興味があったのですが...なにかというと,『ノアの大洪水』です.もちろんキリスト教徒ではない私には,聖書というものの本質的な意味を理解することはとてもできません.ただ,宗教的ストーリーの中に記述されているあのようなカタストロフィックな事件・事象というのは,やはりそのベースになった現実の事件・事象が存在するのではないか,と.“ノアの方舟” については,Youtube に『アララト山中で発見!』動画がいくつかあります.例えば こんなやつ .真実なのかフェイクなのかどうか私には判断できませんけど.

 で,ノアの洪水について,その原因を突き止めたという論文が(かなり前のことですが)公表されていました.2006 年頃の話です.まあそれしかないのかなと思うのですが,地球外天体の衝突ということです.それ自体は地球史の時間軸では普通にあることで,取り立てて珍しいことではないのですが,この事件はなんとわずか 5,000(万ではない)年前に起きたことであると.そんなの聞いてないよと言いたいくらいです.


 先日(2032/03/27)公開された Youtube 動画『A Sound Scientific Explanation For The Biblical Floods: The Burckle Crater Comet Impact』-by OzGraphics で,この話の主役である Burckle Crater というものを私は初めて知りました.“Sound Scientific Explanation” = “明快な科学的説明” というのは話半分かとも思うのですが,以下では,これについて Abbott et al. (2007), Gusiakov et al. (2009) および Wikipedia などを参考にして,ご紹介したいと思います.

※ “Burckle” というのは,Abbott et al. (2007) の共著者である L. Burckle 氏 (Columbia University) の名前から取られています.そう書かれているわけではないのですが,同じ名前ですからそれ以外考えられない...なぜ著者自身の名前がクレーター名になっているのかの経緯は不明です.普通,化石名とか,自分(著者)の名前を冠するということはあり得ないので,ちょっと不思議に感じます.


Burckle クレータの位置図.海底地形は Google Earth による.

・Burckle クレーターは,インド洋の “南西インド洋海嶺” 付近の深さ 4,000 - 5,000 m の深海底にあり,直径は 29 km とされています.Google Earth の海底地形で見ても,データのクォリティの問題なのか,残念ながらこの場所にクレータ地形を視認することはできません.

・ Abbott et al. (2007) , Gusiakov et al. (2009) にはクレーターとその周辺の海底地形図が掲載されていますが,クレーターの外壁の深さは海面下 3,400 m 程度で,底部の深さは同じく 4,500 m 前後です.つまりクレーターの深さは 900 m 近いということになります.クレーター周辺には,直径 100 km 近い抛出物分布域(ejecta blanket)が認められています.

・天体衝突の時期は,さまざまな根拠から約 2,800 BC = 5,000 B.P. と推定されています.つまり日本で言えば,縄文時代中期のことです.

・この天体衝突により当然巨大な津波(mega-tsunami)が発生することになります.その高さは最大で 200 m 以上と推定されており,インド洋・大西洋沿岸に甚大な被害を発生したはずです.またこの天体衝突は “海域衝突” です.そのため,大量の海水が気化し,冷却と共に激しい雨となって降り注いだとされています.この津波・豪雨被害が,biblical な “ノアの大洪水” 伝説の原形になったということなのでしょうか?


Chevron dune.マダガスカル南部およびブラジル南部海岸.矢印は砂丘を形成した流れの方向.Google Earth による.

・Abbott らは,広範に被害をもたらした巨大津波の証拠として,マダガスカルの南海岸地帯に分布する特徴的な砂丘地形『chevron dune』(日本語訳は無いようです)に着目しています.この砂丘形態そのものは地球上の多くの地域で見られるもののようですが,マダガスカル南部海岸で見られるものは,少なくとも私には,見たこともないようなものでした(右図).Chevron dune は,さらに大西洋を越えた南米ブラジルの南海岸でも顕著に発達することが,上記動画でも指摘されています.

・しかしこの chevron dune が大津波で形成されたとする説は,堆積屋さんにはどうやら評判が悪いようです.例えば Bourgeois and Weiss (2009) には,そのタイトル通りの反証("Chevrons" are not mega-tsunami deposits)が書かれています.Dune で示される流れの方向が津波の想定方向と合わないとか,世界のどこでも(バハマ・オーストラリア・アメリカ西海岸)あるものだとか,オッカムの剃刀に従えとか,論点はいろいろありますが,私的には『数値的解析によると,このような dune 形状は bed-load では形成されず,suspended-load のみで形成される』というのが,一番痛い指摘かなと思われました.

※ 2011年東日本大震災の際に仙台平野でヘリから撮影された真っ黒な津波(+砕屑物)流は,私の目にはまさに “土石流” としか表現できないものでした.土石流はもちろん bed-load の典型的なものです.


上図左のマダガスカル南部海岸の chevron dune を進行方向から見下ろしたもの.Google Earth による.

・右図は,上のマダガスカル南海岸の shevron dune を進行方向から逆に見下ろした俯瞰図です.なんだか “押し寄せ感” がすごいとしか言いようがないですね.先端部の凹凸は何なんでしょう? Bourgeois らの言うように,こういうものは世界のどこにでもあるのかもしれませんが...何の根拠もありませんけど,私はこの Google Earth 画像を見て,巨大津波・大洪水説の信者(!半分冗談です)になってしまいました.

・“ノアの大洪水” を扱ったネット記事の多くは,フェイクとは言えないまでもなんだか眉唾物なのですが,Abbott らの論文はきわめてまっとうな科学研究です.例えば B.D. Misra のブログ記事 The Comet Impact In The Indian Ocean That May Have Submerged Dwaraka のような興味深いフォローもあります.この記事中に掲載されている Abbott 氏提供によるマダガスカル chevron dune の 巨大なプロフィール はきわめて印象的で,私は深く感動してしまいました.

・しかし,Abbott らの説に対する専門的な価値判断は,言うまでもなく私には不可能です.ここでは,そういう excuse で終わりにしたいと思います.


  COLUMN  
黄金道路沿いの “謎の砂”.上:ヘリコプターからの空撮.下:砂体の上部まで登って見下ろしたもの.広尾町ビタタヌンケ.2006-2007 年の撮影.

・Burckle クレーターとは何の関係もない話ですが...私は以前,道内で見たある謎の堆積物を津波起源ではないかと疑ったことがあります.右写真は,えりも町から広尾町に抜ける海岸沿いの国道 336号線,通称黄金道路で見たものです.場所は広尾町とえりも町の境界付近で,ビタタヌンケと呼ばれるところです.要するに,花崗岩の急崖露頭からなる高さ 100 m 前後の海食崖の少し沢型になった部分に,高さ 70 m 以上に及ぶ砂質堆積体が張り付いているものです.砂は,海岸に堆積している海岸砂とまったく同じもので,石英・長石と黒色粘板岩・ホルンフェルスなどの淘汰の良い砂粒子からできています.上を歩くとずぶずぶと足が埋まり,決して『薄いブランケット』ではなくかなりの厚さを持ったものです.

・これがなぜ “謎の砂” なのかというと; ①周りの花崗岩が風化してできたもの(マサ)ならば淘汰が悪く,粘板岩などの粒子を含まないはず,②海岸砂と同じものならば,なぜ高さ 100 m に達する急崖に這い登るように張り付いているのだろうか?...ということになります.②の場合,津波堆積物という可能性があるわけですが,そのような遡行高さを持った津波の記録はありません(と思います).風の強い場所なので,風成砂ということも考えられますが,これほど局所的にしかも大規模に海岸砂が飛ばされて数十m以上の高さまで急崖に厚く張り付くことなどあるのでしょうか?

・その後,この箇所のすぐ広尾側に国道の別線トンネル坑口が作られましたが,その設計調査の際には『風成砂である』という結論になったようです.報告書を見た単なる記憶ですが,その鉛直方向の厚さは 10 m 以上はあったとか.たしかに砂体の上部にもビニールの破片などの人工物が混入していましたので,そういうことなんでしょうか.


2023/03/21: もはや存在しない岩石?

 最近(2023/03/16)YouTube に The Rock That No Longer Exists on Earth -by OzGeographics という動画がアップされました.『地球上にもはや存在しない岩石』とは Youtube 的センセーションです.一体何の話なんでしょう? 釣られて見てしまいました.


コマチアイト溶岩の露頭写真(南アフリカ). Wikipedia -by CSIRO による.

 で...“存在しない岩石” というのは『コマチアイト(komatiite』という超苦鉄質の火山岩のことでした(右写真).“小町石” などと呼ばれることもあるようですが,日本語の “小町” とは何の関係もなく,南アフリカのコマチ川(Komati River)を模式地として命名された岩石名です.

 この特殊な火山岩が噴出したのは先カンブリア紀(始生代=25億年前より以前の時代)だけで,それ以降現在まで地球上でその噴出は知られていないということは,私もなんとなく知っていました.しかし,その理由については何も知りませんでした.

余計な感想ですが,コマチアイトは “もはや存在しない(No Longer Exists)” ではなく,“もはや(新たに)形成されない岩石(Is No Longer Generated)” なのではないかと思うのですが...私の英語読解力の問題かも.


 ということで,私としては初めての岩石学ネタです.もちろん火成岩石学には門外漢なので,肝心なポイントの理解に乏しく...内容は岩石屋さんから見ると滅茶苦茶だろうとは思うのですが.以下では,この動画を元に私が書ける範囲でコマチアイトとその成因について紹介したいと思います.


・コマチアイトは,含まれるカンラン石(と輝石?)が針状形態を持つのが特徴で,spinifex 組織と呼ばれています(上写真).SiO2 が 45 wt% 以下,MgO が 20 wt% 以上という化学組成を持っています.要するにマントル橄欖岩のそれとあまり変わりません.ということは,部分溶融度の大きなマントル溶融によるものということになります.シリカ成分が少ないので,マグマの粘性が非常に小さく,動画では『玄武岩マグマの 1/100 しかない』と言っています.そのため流動性が非常に高く,1枚の溶岩の厚さは数 cm しかなく,流動速度は 100 km/h に達するとも述べています.そんな溶岩流は誰も見たことが無いと思うので,なんか unreal な感じですが.

・まずコマチアイトマグマの生成条件ですが...色々な岩石学的情報を調べてみたところ,一般的には,深さ 150 - 200 km 温度 1600 ℃,無水条件下で mantle plume が高い部分溶融度で溶融した,となっています.もっとよく調べるべきかもしれませんが,専門的な(しかも英語の)岩石学的論文を多量に読む能力が私にはとてもありません.

コマチアイトマグマの生成模式図. 九州大学理学部インターネット博物館「雲仙普賢岳の噴火とその背景」に掲載の図を参考にして “良い加減” に作成したもの.境界線や温度分布などにおける温度と深さの値は,正確なものではない.図のクリックで始生代コマチアイトに関する推測表示が on/off する.

・それでは,ちょっと原点に戻って(上部)マントル中でマグマがどう発生するかをおさらいしてみます.右の図はそれを模式的に表現したものです.黄色線は現在の地殻・上部マントル中の温度曲線です.“ソリダス(solidus)” は,マントル物質が『融け始める』境界ですが,すぐに分かるように温度分布曲線とは接して(・交わって)いません.ということは,このままではマントルは決して融けることはありません.じゃあどうするのかというと,『断熱上昇』というメカニズムを考えます.この図では仮に深さ 100 km となっていますが,その部分のマントルがその温度(1200 ℃程度)を保ったまま上昇すると,当然ソリダスと交わる点があり,そこで部分溶融が始まることになります.この上昇現象が,マントル・プルーム(mantle plume)です.

※上部マントルでは,地殻に比べて温度勾配が小さくなっていますが,これがなぜなのか私は分かりません.推測妄想としては,マントル対流が何か関係している(=対流は温度の均質化方向に働く)のではないかとは思うのですが...違うでしょうね,多分.


・図を見てお分かりのように,少なくともこの現在の状況では,1600 ℃で部分溶融度の高いコマチアイト・マグマを作ることはできません.断熱上昇によって生成した 1200 ℃ の玄武岩質マグマだけです.ここでポイントになるのが,上の動画で指摘されているように(Wikipedia でも書かれていますが)『始生代のマントルは温度が現在よりも 100 ~ 250 ℃ 高かった』という点です.まだよく冷えていなかった,ということなんでしょう.図をクリックしてみてください.“高い” というのがどう高いのか分からないので,適当に 300 ℃程度ずらして描いてます(ピンク色点線).そうすると当然ソリダスを越えてしまうので,1600 ℃ あたりのところで部分溶融することに.こういうことが起きたということなんでしょうか?

・しかしこの素人スキームは,大きな問題を抱えています.これだと,上部マントルの一部がどこでも広範囲に融けてしまうからです.それは無いですよね.『1600 ℃ 程度のマントル・プルームが上昇して局在的に融ける』ということにしないとダメかと.おそらく,揮発成分の有無(多少)とか,ソリダス・リキダスがシフトしないかとか,そもそも当時の温度分布の形が全然違っているとか...いずれにせよ私の手に負えるはずはないので,このへんで終わりにします.


  COLUMN 1  

始生代以降にコマチアイトは無い?: 上に “コマチアイトは始生代だけ” と書きました.私もそう信じ切っていたのですが...上の動画の説明をよく聞いてみると,原生代にも少量の噴出があり,最後の噴出は 1億年前であると言っています.このことは清水(2008)(下記)にも “コマチアイトは地球史を通じて(35億年前から9千万年前まで)噴出した未分化の火山岩” と書かれています.『1億年~9千万年前(=中生代白亜紀)のコマチアイト』というのが具体的にどこのものなのかは分からないのですが,コマチアイトが始生代だけのものという常識は myth だったようです.

清水健二(2008)コマチアイト生成、噴火における揮発性成分の役割とマントル脱ガス史.Abst. Ann. Meet. Geochem. Soc. Japan, 55, 70.


  COLUMN 2  

日本列島にコマチアイトは無い?: これもまさか myth だったりして...コマチアイトが始生代限定だとすると,日本列島には始生代の少なくとも現地性岩石は存在しないので,コマチアイトもあるわけないのですが...最近お名前をよく目にする原子力規制委員会委員の石渡 明さんの 報告資料『大飯発電所台場浜のコマチアイト質貫入岩体』に,古生代夜久野オフィオライト中にコマチアイト質の貫入岩が存在することが,全岩化学組成付きで紹介されています.噴出相ではないので,これが本来のコマチアイトと呼んでよいものなのかどうか私には判断できないのですが,いずれにせよそういう組成の火成岩が日本列島にもあることは事実です.

最近注目を浴びている ChatGPT AI に “コマチアイトは日本列島にありますか?” と聞いてみたところ...『コマチアイトは、超苦鉄質マントルに由来すると考えられる火山岩の一種で、日本列島には産出されていないようです。コマチアイトは、マグネシウム分が18%以上と高く、シリカ他の成分が少ない特徴を持つため、カリウム他に富むキンバーライトとも異なるようです。』という神々しいお答えをいただきました.“ようです” が妙に多いです.とても慎重な AI なんですね.


  COLUMN 3  

変成コマチアイト: 普通,変成なんとかというと,“metamorphosed” なので,変成コマチアイトというのは『変成したコマチアイト』になります.以下の話はそういう意味ではなく『変成作用でできたコマチアイト(metamorphic komatiite)』の話です. 倉敷市立自然博物館のページ にも紹介されていますが,日本列島にはそういう岩石の産出がいくつか報告されています.要するに,変質した超苦鉄質岩である蛇紋岩が熱変成を受けて蛇紋石が脱水してカンラン石に変化し,その結晶がコマチアイトの spinifex 組織に似たように見えるもの,ということになります.茨城県常陸太田市町屋に産出するものが代表的で,“町屋石” をネット検索してみると膨大にヒットします.例えば これ とか.“小町石” と語感がなにか似ていて面白いです.

私の大学院時代の先輩の Sh さんがその変成コマチアイトを研究していて,私もその話を聞いた記憶があります.『カンラン石が含水反応で蛇紋石となり,蛇紋石が脱水してカンラン石に戻った』というシナリオはとてもファンタスティックに聞こえたものです.考えてみると,単なる地層屋である私が今回何故コマチアイトにこれほど興味を持ったのか自分でも不思議なのですが,Sh さんらと過ごした大学院時代の記憶がそのベースにあるのかもしれません.


2023/03/12: Siccar Pointの不整合.

Siccar Point の不整合露頭(クラシック・ビュー). Wikipedia -by dave souza による.

 Siccar Point というと,我々地層屋にとってはアニメの聖地みたいなものですが...私はもちろん,行って見たことはありません.スコットランド南部の東海岸にある小さな “岬” です.一体何が聖地なのかというと,James Hutton によって『不整合(unconformity)』という概念が初めて生み出された場所ということです.1780 年代のことだったと思います.18 世紀は『近代地質学が生み出された時代』です.なにしろそれまでは,地球というのは玉葱のようにその中心部まで地層がぐるぐる巻きになってできている,という weird な地質観もあった時代ですから.
 右写真はその有名な露頭(Hutton's Unconformity)の写真です.教科書等で超有名なものなので書くまでもないと思いますが,下位にあるほぼ垂直層がシルル系タービダイト互層,その上位にほぼ水平に薄くブランケット状に載っているのがデボン系赤色砂岩層です.前者の地質年代が約 425 Ma,後者が約 345 Ma ですので,その間には約 8,000 万年という(人間の感覚では)途方もなく長い地層記録が,地質変動(= Caledonian movement)の結果として失われていることになります(= hiatus).これが不整合という地質現象の本質です.
 18世紀当時には夢にも想像できないことでしたが,その 8,000 万年の間に,Gondwana 大陸から分離したいくつかの大陸プレートの接近 ⇒ その間に存在した Iapetus Ocean(シルル系タービダイトの堆積場)の縮小 ⇒ プレートの衝突・接合 ⇒ Iapetus Ocean が消滅 ⇒ プレート接合で Laurentia 大陸が誕生 ⇒ その陸域上にデボン系赤色砂岩が堆積,という一連のテクトニック・イベントが起きたわけです.

 前置きが長くなりましたが...私は今まで,Siccar Point というのは,上写真の露頭『だけ』が見えるところだと思い込んでいました.デボン系は辛うじて薄く残存しているだけだと.それ以外の露頭写真を見たことがなかったからです.実際,ネット検索してみても,そのほとんどが,この “クラシック・ビュー” だけのものでした.
 ここで紹介したい動画は,2016年2月に公開されたもので,もう 7 年も経っている古いものですが,私は最近これを見つけて,かなり驚きました.“クラシック・ビュー” ではない Hutton の不整合がストレートに写っていたからです.以下では,その動画で見られる Hutton の不整合の新たな姿について紹介します.


Siccar Point のドローン撮影動画.Siccar Point - the birthplace of modern geology(YouTube:British Geological Survey).

・この YouTube 動画(右)は,ドローンで撮影されたものです.最初は “クラッシック・ビュー” 露頭の垂直俯瞰から始まり,不整合の説明が流れます.その後,Siccar Point とその周囲を色々な角度から俯瞰した映像が流れますが,おそらく厚さ百数十m以上の厚いデボン系砂岩が不整合で載っている露頭のシーンがあります.特に 04:55 から 20秒前後の映像は圧巻です.でも海岸の状況を見た限りでは,ドローン使わないと見えない場所というわけでもなさそうなので,なぜこの部分の露頭写真が広く出回っていないのかな?と思ってしまうほどです.

Siccar Point 横の不整合露頭.上の YouTube 動画中の静止画を切り出したもの.

・右の写真は,01:45 のところに表示される静止画を切り出したものです.もしかするとこれはドローン・ビューではないかもしれません. Wikipedia にも似たような構図の写真が掲載されており,そのタイトルは “Headlands, south of Siccar Point showing tilted strata and unconformities” となっています.その撮影方向は右の写真よりも陸地側からのようにも見えますが.

・露頭下部の灰色のシルル系タービダイト互層と,上部のデボン系赤色砂岩層が明瞭に見えています.シルル系は高角傾斜で,写真右端には,おそらく層理面上にソールマーク(グルーブキャスト?)らしいものも見えています.デボン系はほぼ水平層で,基底粗粒相のようなものはほとんどなく,葉理砂岩層が直接覆っているようです.よく分かりませんが,浅海成ということかも.まさか砂漠風成層ではないとは思いますが.

※ このデボン系,現世プレート収束帯である日本列島に住むわれわれの常識から見ると,3億5千万年前のデボン紀の基底層にはとても見えません.新第三紀~第四紀の浅海成層か海岸段丘堆積物のように見えてしまいます.大陸というのはそういうところなのか...なにか怖ろしいですね.


 ということで,Siccar Point の紹介は終わりです.私は “黒歴史ページ” に書きましたが,中学生のころから不整合という地質現象の魅力にハマっています.願わくばこれを自分の目で見たかった...ところで,Siccar Point は『世界で最初に認識された不整合』ですが,『世界最大の不整合』と言えばやはりグランドキャニオンの The Great Unconformity でしょう.これはまた別の機会に紹介できるかもしれませんが,“独自の視点” が思いつきません.ちなみに日本や北海道で,もっとも fascinating な不整合は...残念なことに,なんだかあまり思いつきません.


2023/03/10: 峡谷の形成.

 下に書いた Bryce Canyon はコロラド川の支流にあり,コロラド平原の一部です.つまり,超有名な Grand Canyon と同じ地理的セッティングにあるわけです.昔から気になっているのは,あの “世界最大の峡谷” が,いつからどのくらいの浸食速度で形成されたのか?ということです.ちょっと調べてみたら,一つの話としてですが,550 万年前から峡谷の形成が始まっていたらしい.となると,Grand Canyon の現在の深さを仮に 1850 m とすると,340 m/106 year = 0.034 cm/year という下刻浸食量になります.これは意外なほど小さな値です.例えば,現世陸域の平均浸食量として 0.02 cm/year ということも言われていますので,それとほとんど変わりません.どうもしっくりきませんね.


Bruneau Canyon の Google Earth 画像.写真右奥端から左に走る川が Snake River.Bruneau Canyon との合流点の左奥に,過去に “Idaho Lake” だった低平地(本文参照)が見えている.

・最近(2023/03/08)YouTube にアップされた動画 Unraveling the Geologic Mystery of Deep, Narrow Canyons: Bruneau Canyon in Southwest Idaho -by Shawn Willsey は,アイダホ州の Snake River 支流の Bruneau(ブリュノー)Canyonという,平原上の狭く深い印象的な峡谷(右図)の成因について述べたものです.タイプとしては Grand Canyon のそれと同じようなものとも述べています.

Bruneau Canyon の 峡谷風景. Geology of the Bruneau Canyon, Idaho, U.S.A. より.By courtesy of Patrick J. Mangou.

・Bruneau Canyon の地質についてのまとまった詳細情報は見つけることができませんでしたが,Patrick J. Mangou 氏による Geology of the Bruneau Canyon, Idaho, U.S.A. でその概要を知ることができます.それによると,峡谷壁を構成しているのは鮮新世(動画では few million years と表現)の玄武岩溶岩層で,何枚ものフローユニットからなっており,水平層です.

河川断面の変化の模式図.Shawn Willsey の Youtube 動画を参考に作成.

・Shawn Willsey 氏の YouTube 動画を要約すると以下のようになります(右下図参照).

① 玄武岩溶岩層は数百万年前の噴火によって堆積したもの.フローユニットの境界にはオレンジ色の古土壌を挟む.

② 峡谷の最大深さは 1,000 feet = 330 m に達する.

③ ここで,河川の head level と base level で規定される “河川断面(Stream profile)” を考える.

$ Head level が高くなるか base level が低くなると河川断面の勾配は急になる.

⇒ 浸食

$ Head level が低くなるか base level が高くなると河川断面の勾配は緩くなる.

⇒ 埋積

④ Snake River との合流点の下流にかつて存在した "Idaho Lake" の排水系の変化が2百万年前に起こり,base level が急激に低下した.その後 Idaho Lake は西方(オレゴン州側)に排水され消滅(?)した.

⑤ それによって河川断面の勾配が増大し,峡谷の下刻が進行した.


・こういった考え方は,実は私達にもある意味で親しみやすいものです.それは海水準変動による河川浸食の変化です.海水準が下がると浸食基準面も下がり,沖積面が低下する...河岸段丘の生成要因の一つです.Bruneau Canyon の場合は,"Idaho Lake" の排水が要因なわけですが,その詳細はこの動画では触れられていません.“Another story” と言っているようなので,別の動画でいずれ紹介されるのかもしれません.

・Bruneau Canyon の下刻がいつ開始されたのかは,もちろん溶岩が噴出した鮮新世以降ということになりますが,動画中では "couple of million years" と表現されていますので仮に 200 万年前とすると,深さは 330 m ですので,浸食速度は 330 m / 200 万年 = 0.0165 cm / year となります.上に書いた Grand Canyon のそれと比較すると半分程度ですが,数字の桁としては一致しています.これは偶然の一致とは思えませんので,こういったタイプの峡谷の下刻浸食速度というのは,『こういうもの』なのかもしれません.


  COLUMN  

・“Grand Canyon 型峡谷” の成因をネットで調べてみると,上のような通常の uniformitarianism 的な地質・地形的要因とするものが多いのですが,『全地球的(ノアの箱舟的?!)洪水により短時間で形成された』という catastrophic な説がいくつもヒットしてきます.短時間というのは,記事によって色々ありますが,数時間でというものや,1ヶ月程度でというのもあります.いわゆる氷期末期の大規模氷河湖決壊事件などを考えると興味深いのですが,その内容を読んでみると,なにか眉唾っぽいところもあります.私には正確に評価できないのですが.

※ さらに蛇足の話です.かなり以前だったと思いますが,YouTube でグランドキャニオンの浸食作用についての動画を見ました.その中に登場する科学者(堆積屋?)の話に,『こういう急流河川の浸食作用には,水流の中に生成する void が大きな作用を果たしている』というのがありました.記憶は定かではないのですが,その void が潰れるときに発生する衝撃波や vacuum suction のようなメカニズムが岩盤の破壊に大きな役割を果たしているというものだったと記憶します.それはホントなのか?!と驚いた記憶がありますが...たしかに,ああいった大規模な浸食作用が,水と岩盤との “grain-by-grain” のものだけで済むとは思えません.しかしその動画,改めて確認してみようと検索してみたのですが,どうしても見つかりませんでした.アレは幻想だったのか...


2023/03/06: Bryce Canyon の地層.

 Bryce Canyon は,年間 150 万人が訪れるというアメリカ・ユタ州の有名な観光地です.この “峡谷” に露出する驚異的な地層景観は Grand Canyon に次ぐ(?)もので,ネットのあちこちで見ることができます.教科書でもしょっちゅう扱われています.最近この景観の成因を扱った YouTube 動画がアップされたのを機会に,Bryce Canyon の地層について(いまさらながら)紹介したいと思います.
 地質・地形に関する基本的なことは,Bryce Canyon の公式ホームページ BRYCE CANYON GEOLOGY や USGS のページ Geology of Bryce Canyon National Park に簡潔にまとめられていますので,興味のある方はご覧ください.以下の記述も,これらのページを参考にしています.


※ 北大在職当時の 2003年頃だったか,Nikon かなにかのカレンダーでこの風景写真を見て非常に驚き,私はこの地層景観を “堆積学” の教材として使っていました.要するに,『私たちの足の下(=地球表層部)の大部分は地層でできている』ということを教えたかったのですが...その意図が学生に伝わっていたかは確信がありません.私がこれをちゃんと理解していたのか?についても.


Bryce Canyon の景観.HUNTER16 による Pixabay からの画像.後ろに見える平坦地は,コロラド平原の一部であろう.

・右の写真は,Bryce Canyon の代表的な景観です.これがその全貌というわけではありませんが,その驚くべきユニークな風景が分かっていただけると思います.このような景観が,数十 km 四方に亘って広がっています.Bryce Canyon の地質学的な要点は;①カラフルな水平層,②林立する塔状の岩体,の2点です.

① カラフルな水平層.オレンジ色と白色の2色の水平互層が際立っています.白状すると,私は Bryce Canyon の写真を見た瞬間,その色調からこれはシルト・砂などの陸成砕屑岩互層だろうと思い込みました.ぜんぜん間違っていました.まずこの地層は,古第三紀始新世(約5000万年前)の 湖成~氾濫原成層で,Claron 層と呼ばれているものです.その岩相は,石灰岩(+dolostone)を主体とし,シルト岩・泥岩・砂岩を挟むとなっています.正直言って,この写真のどれが石灰岩層なのか,私には判断できません.膠結度が低いようですが,全部(・ほとんど)がそうなのかも.いずれにせよ,これらの地層がコントラストの高いツートーンの縞模様を作っているという点が,風景としての訴求ポイントになっています.

"Hoodoos".Pexels による Pixabay からの画像をレタッチ・トリミングしたもの.

② 塔状岩体.①の地層縞模様は,ある意味で Bryce Canyon の風景のバックグラウンドであって,主役はやっぱりこれでしょう(右写真).これは “hoodoo(s)” と呼ばれるもので,日本語には適当なものが見当たりませんが,土柱(どちゅう)と言ったところでしょうか? Hoodoos (= earth/rock pillar) は,その語感通り,ネイティブ・アメリカン起源で,その元の意味は私には分かりませんが,なにか呪術的なニュアンスが感じられます.いずれにせよ,最大高 60 m の林立する hoodoos は,地層と地形が造る,他にはない独特の景観美と言えるでしょう.


・2023/02/28 に YouTube に公開された How Did the Bryce Canyon Hoodoos Form? は,この hoodoos の成因・形成メカニズムを主題としています.投稿者の National Park Diaries によるシナリオは以下の通りです.
① 集中豪雨や積雪融解による ephemeral な河川水の流下 ⇒パワフルで浸食量大.
② それにより広大な地層の露頭(=崖)面が形成された.
③ 特に冬季の気温日変化が激しく,その時期は年間200日に及ぶ.
④ そのため,地層中の割れ目に浸透した雨水・融解水の凍結融解にる ice wedging が進行.
⑤ 割れ目の拡大と地層構成物の分解-運搬が起き,hoodoos が形成された.

・しかし,個人的には(理解が浅いせいかもしれませんが)このシナリオだけでは,これだけの広範な hoodoos の形成には,なにか足りないような気がします.例えば,上の hoodoos の写真に明らかに見られる『直交する垂直な節理系』にはまったく触れられていませんが,それも重要なファクターではないかと.降雨(・流水)によるその節理系に沿った carving の進行とか.あともしかすると,地層の固結度というか強度が微妙なバランス点にあるのではないかと妄想しています.単に直感的なものなので,具体的には論理展開できないのですが.


  COLUMN  
『阿波の土柱』. Saigen Jiro による Wikipedia の写真 をレタッチ・トリミングしたもの.

・ところで,日本にも “hoodoos” に相当するものは知られています.『阿波の土柱』(徳島県阿波市阿波町桜ノ岡)がそれです.阿波の土柱は国の天然記念物に指定されており,日本の地質百選にも選定されています.未確認ですが,『世界の三大土柱』の一つだとか.

・Wikipedia によると,露出している地層は約 130 万年前に堆積した吉野川の河岸段丘礫層で,最大高 10 m の土柱が南北約 90 m,東西約 50 m の範囲に立っているとされています.規模としては Bryce Canyon Hoodoos に遠く及びませんが,国内の貴重な地質景観と言えるでしょう.


2023/03/05: アゼルバイジャンの泥火山.

 『泥火山(mud volcano)』は,私のお気に入り地質現象の一つです.それが私の扱ってきたテーマとどういう関係があるのか?は,“黒歴史ページ・その9” にある程度のことを記述しましたので興味ある方は参照してみてください.


アゼルバイジャン,Sangachal 北西方の泥火山.Google Earth による.右遠方に見えるのはカスピ海.

・2023/03/01 に YouTube に公開された The Explosive Mud Volcanoes of Azerbaijan; Some are 1,000 Ft Tall という動画は,私にとって非常に興味深いものでした.アゼルバイジャンは,カスピ海の西岸に位置する国ですが,おそらく世界でも有数の泥火山分布地域でしょう.右図は,その中のおそらく最大のもので,ここでは “Sangachal 泥火山” と呼びます.正式な名称は上記の動画中にもなく,分かりません.Google Earth で測ってみると,基部の直径は東西約 3.2 km,噴出泥の到達範囲の直径は南北に約 6.5 km です.山頂部の標高は 397 m で,周囲の平坦部は -17 m(カスピ海の水面標高は -29 m)なので,比高は 400 m 以上ということになります.おそらく世界最大の泥火山体(の一つ)でしょう.

・手前側に流下する噴出泥のローブが非常に見事で,特に向かって左に見えるやつは非常に巨大で驚きます.重なり合ったフローユニットの前面リッジもよく見えています.黒いのはおそらくまだ含水している最新の溢れ出しで,衛星画像が 2022/12 のものですので,いま現在もアクティブな泥火山ということが分かります.また,泥火山の外側には不連続な円形リッジがあり,『カルデラ壁』のようにも見えます.これはもしかすると...と思うのですが,もちろんそれ以上は分かりません.この泥火山(群)の形成については当然,現地の研究者による研究報告があるはずですが,残念ながらまだ見つけていません.

※ Sangachal 泥火山の Google Earth を見ていて思うのは,“植生が全然無い!” ということです.砂漠地帯だから当たり前なんですが,後述するわが日本の露出状態と比較すると,勝てんなと思います.


Sangachal 泥火山の山頂部クローズアップ.Google Earth による.

・Sangachal 泥火山の山頂部のクローズアップです.最新の溢れ出しの両側には自然堤防が形成されています.山頂は平頂で同心円状になっており,その最外側は内側からの付加によるものか盛り上がって “火口壁” 状になっています.あと,最新の噴出中心は少なくとも三つはあるようです.


・上の YouTube 動画には,泥火山の形成メカニズムについて簡単に触れられています.油田地帯の地下に存在する帯ガス層・帯油層中に地下水が侵入して..ということですが,その際『地下水が酸性だった= pH が小さかった』ことが一つの要因であるとしています.その詳細は触れられていないので,化学的なところは私はよく理解できなかったのですが...なにかガスとの反応が起きたということなんでしょうか?


  COLUMN  
新冠町節婦付近の3D地形俯瞰図.国土地理院5mメッシュ基盤地図情報から自作プログラムによって作成した標高データを Surfer11 で立体図化したもの.

・それでは日本列島における泥火山はどうなんでしょうか? 確認したわけではありませんが,日本でそれなりのサイズの泥火山が陸上に存在しているのは,我が北海道の新冠町だけではないかと思われます(黒歴史ページ・その9参照).右図はそれを表した地形陰影図です.以下では千木良・田中(1997)を参考に記述します.

・赤枠で囲った部分が,国道沿いでアクセスも良く牧草地なので分かりやすく看板も立っているという泥火山群で,ここでは “新冠牧場泥火山群” と呼びます.その西方,節婦の北に二つの大きな泥火山がありますが,アクティブなものではないようで植生に覆われており,Google Earth で見てみても,見た目にはそれと分からないようなものです.東側の小さい方は,節婦川を堰き止めて流路変更を引き起こしています.西側の大きい方は,山頂標高が 152 m,基部がどこかは地形開析と植生でよく分からないのですが,周囲の緩傾斜部の標高は 80 - 90 m 前後なので,比高は 60 - 70 m 前後ではないかと推察されます.山体直径も同じ理由で正確には分からないのですが,東西の長径が 500 - 600 m 程度です.これが日本最大の泥火山です.


2023/02/26: オリーブ畑が峡谷に.

2023トルコ大地震で形成されたオリーブ畑の峡谷.(YouTube:NBC News).

 ちょっと古めというか,いまさらネタですが...2023/02 のトルコ大地震では下に紹介した開口レーダー画像をはじめとして,活断層の地表出現など,さまざまな地表変動が報告されています.


・右にあげたのは YouTube にアップされた NBC News ですが,なかなかすごいです.AccuWeather サイトの記事では, Earthquake created a deep chasm in middle of Turkish olive grove ,つまり『オリーブ畑が深い峡谷(chasm)に変わってしまった』というセンセーショナルなタイトルとなっています.場所は,シリアとの国境に近い east Altınözü district です.この記事によると,峡谷の長さは 300 m 以上,深さは 40 m となっています.幅は記載されていないのですが, 50 - 60 m 程度と思われます.

※ 本当はこの “峡谷” のさまざまな観察事項を以下の部分に写真掲載しようと思ったのですが,掲載許諾をクリアできそうなものが見つかりませんでした.上の YouTube 動画にほとんど見えていますので,そちらを見ていただければ.


・で,我々が当然気になるのは,この “峡谷” の成因というか形成メカニズムですが,NBC も含めて,ニュースサイトでそれに触れているものはありません.そういうことが起きたというニュースだけです.この “峡谷” の周りの地形特徴や斜面の方向・傾斜などが分かれば察しがつくわけなのですが,ニュース動画では “峡谷” に視線が逝っていて,周りの状況を退いて俯瞰したショットはほとんどありません.ニュースメディアの限界ですね.現地の研究者がなにか書いてないかと検索していますが,今のところ見つけていません.


・ということで(例のごとく)勝手に妄想を書かせていただくと...オリーブ畑斜面は上の動画のオープニング画面で言うと,手前左側に緩く傾斜していて,その方向に滑落した地すべりです.崩壊壁面には,地表面にほぼ平行な砂質の(?)地層が露出しています.つまり,地層面は斜面方向に傾斜しているので『流れ盤』になっています.動画をよく見ると,地表面から 15 m 程度の深さのところが層状に暗く見えます.単に光の加減かもしれませんが,どうも含水しているのではないかと.そうだとすると,そのあたりが間隙水で弱層となっている可能性があります.多少岩相も違っているのかもしれません.何を言いたいかはもう分かっていただけると思いますが,おそらくその弱面を底部すべり面とした地震振動誘発地すべり(斜面崩壊)ということだと.斜面変動の専門家から見ると,別にそんなの当り前だろと言われそうですが,この “峡谷” に関する報道記事の中には,『トルコ大地震でオリーブ畑の中に巨大な断層が出現した』(!)としているものも,いくつか見られるんですよね.これFault in the ground appeared in Turkey after powerful earthquake: MSN news)とか,これ(Drone footage shows olive field split in HALF by huge fault line after Southern Turkey: The Sun news)とか.そういうわけで,言わずもがなですがやっぱり書いておかなくっちゃと.


2023/02/22: 勘違いの化石.

 このトピックス,どうも地形や斜面崩壊の話が多く,地層ネタは火星のやつだけ...地層屋としてはちょっと寂しいのですがマイナーなのか,なかなか無いんですよね.しょうがないので,私自身は化石音痴ですが,化石ネタでも.


Dickinsonia costata Wikipedia による.Credit: Verisimilus at English Wikipedia.

Dickinsonia は,いわゆる Ediacara 動物群に属する有名な化石種です(右写真).最大で直径 1.2 m になるという,かなり巨大なものです.その正体については諸説あり,環形動物説・現存生物とは異なる独自の分類群説・陸上微生物コロニー説まで...要するになんだか分からないものということのようです.

・で,2021年に,インドの原生代の地層から “Dickinsonia” の化石が発見 されたという報告が公表されました.産出地層は Upper Vindhyan と呼ばれる地質系統に属する Maihar 石英砂岩で,年代は 550 Ma (- 1.0 Ga) =5億5千万年(~10億年)前です.

Retallack, G.J. et al. (2021) Dickinsonia discovered in India and late Ediacaran biogeography. Gondwana Research, 90, 165-170.

Retallack et al. (2021) に掲載された “Dickinsonia”

・しかし最近,この発見に対して『これは化石ではない』という重大な指摘がなされました.

Meert, J.G. et al. (2023) Stinging News: ‘Dickinsonia’ discovered in the Upper Vindhyan of India not worth the buzz. Gondwana Research, 117, 1-7.

・Meert らの指摘は要するに,この “Dickinsonia” は化石ではなく,洞窟の壁に造られたハチの巣の剥がれた跡だということになります.右写真が Retallack らの論文に掲載された化石写真ですが,たしかに Dickinsonia に形態が非常によく似ています.しかし,Meert らが最近この化石を見に行ってみたところ,化石が『腐敗(decay)していた』というのです.原生代の化石が腐敗するはずはありません.不思議に思って周りを見ると,洞窟の壁にはいたるところにハチの巣が下がっており,その剥がれた跡がこういう形をしていたというわけです.Game over ですね.

・『偽の化石』(偽化石ではない)の有名な事件としては,大学の古生物学講義で誰もが?聞く ヨハン・ベリンガー事件 がありますが,もちろんこのインドのケースはそういったものではなく,単なる誤謬・錯誤です.原著者らはすぐに Meert らの指摘を受け入れたようですので,何の問題もありません.

・しかし,化石も多少扱ったことがある地質屋としては,少し気になる点もあります.Ediacara 動物群の化石は私の知る限り,すべて “実体のない” 印象化石だと思います.上にあげた Wikipedia の Dickinsonia も,拡大してみると印象の部分には母岩の砂粒子が見えているだけです.もし原著者らがこの “化石” を間近でよく見ていれば,“実体” があるのがすぐに分かったはずです.なにしろ2年後には腐敗したのですから.そうすると,これが原生代化石だと信じていたのならば,今までにないたいへんな発見だと思ったはずなので...Wikipedia によると Dickinsonia からコレステロール分子化石を抽出したという例はあるようですので.

・あとこれはうがちすぎかもしれませんが,Meert 等の論文タイトルを見ると,どうもかなりキツイな,と.『Stinging』というのは,“辛辣な・とげのある” という意味だし,『not worth to buzz』というのは,“騒ぎ立てるほどのことではない” という意味でしょうか? 『buzz』 は最近ネットでよく使われる “バズる” の語源ですね.Gondwana Research というのがどういう性格の雑誌か分かりませんが,学術論文のタイトルとしては,かなり皮肉っぽいウケ狙いのような気が.まあ英語力のない私には,そのニュアンスまでは自信ないですけど.

・ということでこの件は一件落着なのですが,ためしにネット検索で『偽の化石』『fake fossils』を検索してみると膨大な例がヒットしてきます.興味のある方はやってみてください.読むと最初は笑えますが,そのうちに恐ろしくなります.どうも(北海道のアンモナイトもそうですが)化石の商品化というのが問題の根底かと.


2023/02/20: メキシコ湾の大規模海底地形.

 これも非常に驚きました...こんな大規模地形に今までぜんぜん気づいていなかったとは...これも Google Earth のおかげでしょうか.下記動画をアップした方は “誰も聞いたことないだろう?” とおっしゃってますので,私だけが無知というわけではないんでしょうけど.


メキシコ湾周辺の地形.フロリダ半島の西にはミシシッピ川が流入してデルタを形成している.Google Earth による.

・まずは右の図を見てください.東側をフロリダ半島とキューバ島とユカタン半島に囲まれたメキシコ湾です.非常に広い大陸棚が広がっていますが,アメリカ南部の沖合いの大陸棚縁は,一面に細かい起伏のようなものが見られ,なにかヘンです.幅は最大で 230 km,長さは 900 km 近くある巨大な海底地形構造です.その前縁部は急傾斜になっているようです.これが日本列島沖ならば海溝と付加体地形?と思うわけですが,もちろんここにはプレート沈み込み帯はありません.


メキシコ湾の大規模海底 “パンケーキ” 地形.右奥にミシシッピ・デルタが見える.手前右側が “パンケーキ” の先端.Google Earth による.
“パンケーキ” 地形の驚くべき表面構造.垂直に見下ろしたオルソビュー画面.横方向が約 250 km.Google Earth による.

・接近してこの海底を斜め俯瞰してみると,ますますその異様さに驚きます(右上図).こんなもの,たしかに私はこれまで見たことがありません.クレーター状の凹状地形と同程度の規模形状の平頂マウンドがびっしりと並んでいます(右図下).その配置には特に規則性は無くランダム配列のようです.Google Earth で計測してみると,その直径は 10 - 20 km で,最大のもので 30 km 程度です.凹状部の深さは,400 m 以下,平頂マウンドの高さは 100 - 200 m 以下といったところです.まるでどこかの惑星か衛星の表面みたいです.なお海底の水深ですが,大陸棚縁で 200 m 前後,前縁部の深海平原が 2600 - 3000 m です.


・それでは,この奇妙な海底地形は一体何かと言うと...次の YouTube 動画で知ることができます. A Gigantic and Mysterious Feature that Nobody has Heard of! -by Myron Cook.彼はこの構造をホットプレート上のパンケーキになぞらえています.その生成シナリオは以下の通りです.ただし,私の英語力の不足により,詳細については間違っているところもあるかもしれません.また,私の勝手な解釈を多分に含んでいます.

① この海底の地層中には,大規模な岩塩層が挟在している.岩塩層の厚さは 4,500 m以上(!) パンゲア大陸分裂時(ジュラ紀?)の狭長な海域に堆積したものである.

② 埋没した岩塩層は,上載堆積物の荷重によってベースン状に沈降し,そこから側方流動した.

③ その一部は密度逆転によってダイアピリック上昇を起こし,上方に貫入して海底にマウンドを作った.場所によっては,それが側方に分岐してシル状貫入体となった.

④ これらの全体(=岩塩層・岩塩ドーム・岩塩シル+通常堆積層)が “パンケーキ状” に斜面下方に広がった.


・岩塩層の規模もそうですが,それが流動してこのような weird で巨大な海底地形を作ったというのは,日本列島に住んでいる私としては俄かに信じ難いところもあります...が,要するにそういうことなんでしょう.下で紹介したイランの “岩塩氷河” もそうですが,岩塩恐るべし.


2023/02/17: ハワイ・オアフ島の巨大地すべり.-世界最大の崩壊地形

 これも最新ネタではありませんが,動画がアップされたのは3週間前なので,まあまあフレッシュなものかと.下のネタと同じ YouTube の Geology Hub チャンネルネタです.それにしても,YouTube というのは(何度か書いてますが)偉大・巨大な文化アーカイブです.この歳になるまでぜんぜん知らなかったという地球科学ネタが次々と...どうでもいいですけど,最近広告のない YouTube Premium に登録しました.快適です.


ハワイ・オアフ島.Google Earth による.島の南部に見える市街地が州都ホノルル.

・ここで紹介したい YouTube 動画のタイトルは,『The Cataclysm Which Split Oahu in Half; The Nu'uanu Slide』です.長いですね.“Oahu” というのはもちろんハワイ諸島のオアフ島ですが(右図),“オアフ島を真っ二つに” というのは非常にセンセーショナルです.右図はオアフ島を真上から見たものです.島の南側に州都ホノルルがあり,有名なダイアモンドヘッドの場所など,いくつかの『爆裂クレータ』があります.ただし,こうやって見ただけでは,特に大きな不審点は感じられないのですが...


上:オアフ島を南東から見た俯瞰像.島の北東部を占める巨大な Nu'uanu 地すべりが見える.海の向こうに見えるのはカウアイ島.下:地すべり地形北半部の滑落崖.Google Earth による.

・しかし,島の南東側から斜め俯瞰すると,その問題点がよく見えてきます(右下図上).島の北東側ほぼ半分は,巨大な地すべり(というか “山体崩壊”?)地形になっています.上の動画では,これを『Nu'uanu Slide』と呼んでいますが,読み方が分かりません.ヌウアヌでしょうか? 崩壊地形の向かって右半分は,海の中へと消えています.

Wikipedia によると,この地すべりは今から 100~150万年前に発生したもので,Koʻolau 盾状火山体東半分の崩壊によるものとされています.Google Earth で測定してみると,崩壊地形の陸上幅は 35 km 以上で,崩壊壁の最高点標高は 700 m 以上です(右図下).地球最大の地すべり地形と言えるでしょう.上の動画の説明によると,メジャーな噴火活動の後,10 cm/year 以下のすべり速度で火山体が北東へ滑りはじめ,最終的には海面下斜面で発生した小規模な地すべりがトリガーとなって火山体東半分が山体崩壊したとされています.

オアフ島北東側の海底に見られる崩壊堆積体地形.Google Earth による.オアフ島と南東側のモロカイ島との間の海底地形のレンダリングはなにやらすごいことになっているが,おそらく Google Earth のデータ処理の問題による artifact であろう.

・で,これを海底地形で見てみると,もっとすごいことが分かります(右図).オアフ島の北東側に巨大なブロックからなる崩壊堆積物の舌状体(lobe)が広がっており,その長さは 200 km 以上あります.ブロックの最大のものは “マンハッタン島(4 x 20 km)規模” ,崩壊体積は 3,000 km3 以上だそうです.この崩壊が起きた時,当然巨大な津波が発生して,北米大陸西海岸などに達したはずです.上の動画では,その波高が最大 150 m に達したとしています.人類文明の発生以前の話ですが,いずれにしてもカタストロフィックだったことでしょう.

(私は今回のこれで,『Google Earth が海底地形にも対応している』ことに初めて気づきました.海底地形が画面で見えることはもちろん知っていましたが,なんとなく単なる絵だと思っていました.この崩壊堆積体地形も,海面を消せば地表地形と同じように fly-by して眺めることができます.素晴らしいです.)


オアフ島地すべりの断面図.Google Earth で作成した図に加筆.起伏(標高軸)は Google Earth によって極端に誇張されていることに注意.

・上は,オアフ島地すべりの断面図です.右端の横スケールを見て欲しいのですが,オアフ島西岸から 245 kmです.深海平原の水深は 4,300 m 前後です.崩壊ブロックの最大(マンハッタン島サイズ)のものは,海底からの高さが 1,800 m(!)です.ということは,崩壊前の盾状火山の高さもそれ以上あったということなんでしょうか.なお,崩壊堆積体の底部の水深は 4,700 m 以上あり,深海平原よりも深くなっています.深海平原もよく見ると,オアフ島側に逆向きに緩く傾いています.つまり,崩壊堆積体の下底が depression になっているようにも.これが何を意味するのか,私には no idea です.

・問題はこの崩壊というか地すべりが『また起きる可能性』があるかどうかということなんですが...そのへんは(誰にも?)よく分かりません.断面図を見ると,火山体斜面は必ずしも安定しているようには見えませんが,今も現に滑り続けているというわけではないようなので,なにか大きな火山活動でもない限り問題は無いのかな?と思います.


・蛇足ですが,北海道で大規模な斜面崩壊-海底地すべりというと,奥尻島西岸部のものが思い浮かびます.Google Earth でどう見えるかと思ったら...何も見えませんでした(涙).要するに Google Earth に標高データが無いんですね.小さな日本の片隅ですからしょうがないんでしょうか.


2023/02/15: 岩塩氷河?!

 内容自体が最新のネタというわけではありませんが,最近 YouTube にアップされた Geology Hub チャンネルに興味深いものがありましたので,紹介したいと思います.


イラン・マイクロプレート周辺の褶曲構造.Google Earth による.

・まずその前に,下に掲載したトルコ大地震に関連して周辺の大地形的特徴を見ていて,今更ながら気づいたんですが...この地域は,すごいメガ地質構造を持っています(右図).言うまでもなく図の中央はイランですが,地質学的にはユーラシアプレートの南端部を構成する『イラン・マイクロプレート』となっています.その東がインド・プレート,南西がアラビア・プレートです.それらの大陸プレートの相互作用で,地球の他の場所ではちょっとお目にかかれないような(?)グニャグニャの大褶曲帯となっているのが分かります.なお,ペルシャ湾を隔ててイランの南に角のように突き刺さっている部分から南東側に弧状に伸びる黒い部分が見えますが,これが有名なオマーン・オフィオライトの分布です.

岩塩ドームの密集帯.Google Earth による.

・で,その角の刺さっているところのすぐ西側の海岸部にズームインしてみると,こんなものが見えてきます(右図).東西の軸を持つ顕著な褶曲構造を示す地層が見えますが,その随所に『黒い大きなスポット』があります.この図中だけでも少なくとも 14 個のスポットが見えます.これは岩塩ドーム(salt dome)です.

(よく見ると図の中央上部に,岩塩ドームと同じ程度の直径を持つ『カルデラ状構造』が見えます.ここはもちろん火山地帯ではないので,火山性カルデラではありません.これが何者かは...憶測はできますが不明ということで.)


・岩塩ドームの母岩となっている地層は,ゴンドワナ大陸周縁のプラットフォームで堆積した古生代(~中生代)の浅海層です.その中に挟在する岩塩層がダイアピリックに上昇して岩塩ドームとなっているわけで,その直径は 2 - 5 km 程度です.でもまあこれだけだったら私でも知っているし,“大陸にはよくあるよね(日本では見たことないけど)” 程度です.

“岩塩氷河”(salt glacier).Google Earth による.

・ところが驚くべきことにこの岩塩ドーム,地表に到達して高く露出した岩体が周囲に(もちろん固体として)流れ出し “岩塩氷河(salt glacier)” となっているのです(右図).私はそんなこと全然知りませんでしたので,まったく驚きました.動画自体をここに埋め込むことはしませんので,上のリンクからご参照ください.動画のタイトルは,The Towering Glaciers of Salt Which Move Every Year; The Zagros Glaciers (Geology Hub channel) となっています.

・氷でもないのに岩塩『氷河』というのは,なにか(まったく)おかしいのですが,『岩塩河』だと余計にヘンだ.なにか良い語は無いでしょうか? 要するにドームを形成している岩塩層が重力クリープによって周囲に流下してこうなっているわけですが,この形はどこかで見たような...? そう,泥火山(mud volcano)によく似ていますね.真ん中には直径 1 km 程度の “中央火口丘” が見えています.中央丘の周りはやや凹んでいるように見えますが,周縁部は盛り上っており,同心円状の pressure ridge というか wrinkle が発達しています.

・おそらく...岩塩というものは,その粘性強度(というのがあるかどうか知りませんけど)が通常の岩石よりはるかに小さいということなんでしょう.それで下からどんどんダイアピリックに上昇してくるので,こうなってしまうと.間違っているかもしれませんが.


2023/02/11: 火星で漣痕が発見される.

火星で発見された漣痕.下写真は,元画像の上部をクロップし,コントラスト・色調を調整したもの.左記のリンクページから NASA / JPL-Caltech 提供.

・NASA の 火星探査機ページ によると,Mars Rover Curiosity が Gale Crator の “中央丘” であるシャープ山の中腹で地層中に明瞭な漣痕(ripple mark)を発見しました.NASA の科学者は,この地層は Gale Crator が湛水していた時期(約20億年前?)に堆積した湖成層で,流水の存在を示す画期的な証拠であるとしています.

・私も,公開された右の写真を見て仰天した者の一人です.今まで第1世代 Mars Rovers Spirit/Opportunity によって火星における斜交成層砂岩層の存在は広く知られていました.それらは当初は海浜成層とも思われましたが,その後の検討で,すべて砂丘成の風成砂岩層ということになっています.このような外部堆積構造の発見は火星では初めてで,画期的なものです.

・もちろん,漣痕というか wave/current ripple は流水だけではなく風によっても形成されるものです(=風紋).両者の区別が可能かは私には分かりませんが,砂丘成の地層では風紋の地層記録中への保存は非常にレアであることは確かでしょう.湖成層であれば rapid burial も可能でしょうから.

・ちなみに Gale Crator の湖成層の堆積プロセスについては,例えば こちらのページ を参照してください.


2023/02/11: 2023年2月のトルコ大地震に伴う地盤変動.

国土地理院によるトルコ大地震の震源断層-東アナトリア断層(群)沿いの地盤変動.説明・引用元は本文参照.

・国土地理院による 2023/02 トルコ大地震に伴う地盤変動 のページによると,地震に伴って,最大で東西方向に 4 m 程度の横ずれ地盤変動が発生していたようです.右図がそれを示したものですが,日本の地球観測衛星「だいち2号」(ALOS-2)に搭載された合成開口レーダー(SAR: Synthetic Aperture Radar)による干渉画像データから,『ピクセルオフセット法』によって変動量を求めたものです.

・この結果を見る限りでは,“本震” 発生の約9時間後に発生した M 7.5 深さ 10.0 km の地震震源周辺の変動が顕著なようです.M 7.8 深さ 17.9 km の “本震” 震源地周辺ではあまりパターンが見られないのですが,これが何を意味するかは分かりません.震源断層はほぼ垂直な横ずれ断層なので,断層面傾斜による位置ずれではなさそうです.

(追記:某新聞記事によると,“本震” 震央附近で変動が見られないのは,震源が深いことによる可能性があるとなっていますが,詳細は不明です.)


・ちなみに,深さ 18 km で M 7.8 というのは,私は最初聞いた時,耳を疑いました.2018年胆振東部地震が,深さ 37 km,M 6.8 ですから...トルコ大地震の最大加速度は 900 gal 程度だったようですが,速度がかなり大きかったという話も.いずれにせよ,この地震動の強さはわれわれの想像を超えるもので,あれだけの広範な家屋・ビル倒壊が起きて大きな犠牲を出したのも当然だったと思われます.

トルコ大地震の震源断層付近の地形的特徴.標高陰影図は,SRTM30 DEM データを用いてカシミール3Dで作成.

・なお東アナトリア断層(群)は,アラビア・プレートとアナトリア・プレートの接合帯です(右図).単なる横ずれならばもっと単純な直線的形態でもいいように思うのですが,おそらく南北方向の衝突(・短縮)成分もあるのではないかと.単なる憶測で,調べたわけではないですが.

・いつも思うのですが,このユーラシア・プレート南端部とインド/アラビア/アフリカ・プレートの接合帯の形状というのは,どうしてこんなにぐにゃぐにゃと複雑なことになっているんだろうと(下図)...ヒマラヤ南端が南に張り出した弧状になっているのはある意味当然ですが,他の部分の湾曲(sinousity)の度合いは,ちょっと私の理解の幅を超えています.


アルプス-ヒマラヤにかけてのプレート接合衝突帯の湾曲形態.標高陰影図は,SRTM30 DEM データを用いてカシミール3Dで作成.

・もう一つ蛇足ですが,Wikipedia によるとこの地震の名称は暫定ですが,『2023年ガズィアンテプ地震』と呼ばれているようです.


2023/01/30: Black's Beach 地すべり.

2023/01/20 に起きた Black's Beach 地すべりの動画(YouTube:Kent Ameneyro による).

・アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴにある Black's Beach で 2023/01/20 に起きた地すべりの YouTube 動画です.それほど大規模な地すべりとは言えないのですが,衆人環視の中で白昼起きたので,さまざまな記事・情報が流布されています.最初は,この浜のなにが黒いのかと思ったのですが,Black さんという方が所有していたものらしいです.サーファーが利用するだけではなく,nudist beach としても有名なところだそうです(余計).

Black's Beach Landslide で地すべり体前面に形成された黒色マウンド.上の動画から切り出して階調補正を施したもの.

・私は YouTube で,世界中で起きている斜面崩壊や土石流の動画を見るのがほぼ日課なのですが,この地すべりは “まあよくあるやつ” で,なんとなく見ていました.岩塔状部が転倒(toppling)するスペクタクルなシーンなんかもあります...が,動画の中ごろになって本当に仰天しました.03:00 あたりからをご覧ください.露頭の下部の砂浜平坦部がなんか灰色になってきたな...と思っていると,そこから真っ黒い物質が盛り上がってきて,あっというまに高さ 2 - 3 m 以上のマウンドが形成されます.動画の最後のところではこのマウンドに接近して撮っていますが,黒色の泥岩?角礫と泥基質からなる非常に不淘汰なものです.

地すべり体前面の突出部模式図. "What does that landslide actually look like" by Philip S Prince Geologist による.

・おそらく...これは地すべり下底のすべり面がちょうど露頭下部と砂浜表面の境界付近(わずかに下?)にあって,そこから下底の破砕物が押し出し・突出(protrude)してきたものと思われます(右図参照).色々調べてみたのですが,現時点では,この Black's Beach 地すべりの突出現象について specific に述べた情報は見つかりませんでした.

(もちろんこの図は,地すべり先端の突出部がその背後の土塊が前進したために “その下から” 押し出してきたということを示しているものでは必ずしもありません.Listric に滑動した土塊の先端部が押し上がった後に背後の土塊がその上に乗り上げたということもあり得えます.ここでは,単に地すべり先端の突出部形状の類似性を表現しているということでご容赦.)


・ちょっと不思議なのは,この押し出し物が,なんでこんなに真っ黒なのか?ということです.背後の露頭の地層を見ても,そういう岩相の部分はありません.たまたま露頭下部だけにそういう黒色の泥岩層があって,それがすべり面となったということなんでしょうか? それとも,すべり面付近で何らかの(何でしょう?)二次的な作用が働いた? 分かりません.もちろん現地の専門家なら理由は既に分かっているんだと思いますが.