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正直言って,私がこういうネタを書くのは非常に珍しいです.何が珍しいのかと言うと...『社会・政治ネタ』.しかし本来は,断層の話ですから地質学ネタそのもののはず.なんでそうなるんでしょう?
2024/07/26 前後のことですが,各新聞に敦賀原発の再稼働が認められない方針にあることが報道されました.例えば この記事 をご覧ください.その後の報道では,この方針は正式なものと決定されたようです.
その理由は,原発建屋下を通る小さな断層が活断層である可能性を否定できないというものです.原子力規制委員会のルールでは,活断層上にある原発は稼働が認められないんだとか.このような判断・認定は原子力規制委員会としては初のものらしいですが,ある断層が活断層か否かという問題は地質屋としてもちろん興味があります.
敦賀原発というものが地理的にどこにあるかを,いまさらながら調べてみてけっこう驚いたのですが,敦賀半島には東西両岸部に敦賀・美浜という二つの原発がわずか 7 km しか離れていないところにあります.それに加えて,例の失敗プロジェクト『高速増殖炉もんじゅ』がその間にあります.知りませんでした...
政府の地震調査研究推進本部によると,敦賀原発は『柳ヶ瀬・関ヶ原断層帯』の近傍に位置し,その断層帯から北西方向に派生する 浦底(うらぞこ)断層に隣接しています.
浦底断層は明瞭な断層リニアメントを形成しており,原発敷地の東端付近を通過しています(右図).産総研の活断層データベースによると,走向は N30°W で傾斜は垂直,変位センスは左横ずれ,長さは 25 km,平均活動間隔は約5千年,最新の活動時期は紀元前 2,500 年以降とされています.活動時期については不明な点が多く,あくまでも単なる推測値のようです.地震本部によると,浦底断層は将来 M 7.2 程度の地震を発生させる可能性があります.
しかし規制委的に問題となっているのは,この浦底断層そのものではなく,それに斜交するほぼ南北走向の小さな断層,『K 断層』あるいは『D-1 断層』と呼ばれるものです.名称の違いは,それぞれ個別に認識されたことから来るもののようですが,よく分かりません.この断層は,敦賀原発2号機建屋の真下を通過しています(上図).
地質屋として非常に気になるのは,この断層の母岩です.しかし,新聞記事やニュースサイトを見ても露頭法面写真はあるのですが,それが何なのか少なくとも私の見た限りではどこにも具体的に書かれていません.5万分の1地質図幅『今庄及び竹波』では,古第三紀江若(こうじゃく)花崗岩(中粒黒雲母花崗岩)となっています.図幅には表現されていませんが,江若花崗岩の上位には中期~後期更新世の地層が載っており,K断層はそれらを切断しています.
誤解を恐れずに言うと,規制委員会等で問題になっている『建屋下の断層が活断層か否か』は科学的には証明不可能なことです.“活断層であることを(100% ?)否定できない” といった規制委員会の曖昧な表現はまさに(地球)科学のものですが,要するにどんな断層も程度の差こそあれすべてそうなので,それ以上のことは社会的メリットとリスクを相対的に比較する『 社会と政治の問題』です.
そういう観点では,直下の活断層リスク評価だけで良いのか?という疑問も感じます.浦底断層は想定地震規模 M 7.2(!)です.建屋からおおよそ 200 m という水平離隔ですが,それでも直下でないから(!)大丈夫ということなのでしょうか? 過去の規制委員会で既に検討済みなのでしょうが,経緯をわきまえていない門外漢としてはちょっと不思議に感じます.
最後に,いつも感じることですが『なぜ日本列島の原発はどこもかしこも活断層が問題になる』のでしょうか? そもそもそんなところに建てなければよいのでは?とも思われます.しかし,実は敦賀原発(など)の立地する敦賀半島周辺部は日本でも有数の活断層密集地帯で,活断層データベースの分布図などを見ると『回避する立地場所は無い』ようにも見えます.“プレート収束域にあってしかもエネルギー資源に乏しい島国” の宿命でしょうか.このへんは別アーティクルとしてまとめてみようと構想中ですが,実現するかどうかは...?
また火星ネタですか...このアーティクルも『火星トピックス』と改名した方が? もちろんそんなつもりはありません.なにしろ有名なスタートレックのピカード艦長によるナレーションを借りると,"Mars, the final frontier” (for Geology!!) なのですから,地質屋としてはこれにフォーカスするのは当たり前なのです.
で,2024/07/25 に NASA によって公開された NASA’s Perseverance Rover Scientists Find Intriguing Mars Rock は,火星で発見された生命痕跡?についての報告です.同じ題材で,もっと一般向けの Signs of Ancient Life on Mars? Here’s What We See in This Intriguing Rock という Youtube 動画も 2024/07/26 に公開されています.
この対象が Perseverance によって撮影されたのは 2024/07/18 (Sol 1212) です.たった1週間で NASA が特定の観察対象についてこのようなアーティクルを展開するというのは,私の知る限り珍しいことなので,NASA がこれを『目を惹く(大)発見』と捉えていることを示すものでしょう.
右の写真は,Perseverance が Bright Angel 地帯の “Cheyava Falls” と名付けられた露岩を撮影したものです.Bright Angel については下記 “火星のビーフ” に紹介しましたのでそちらを参照してください.
両側を明色・硬質層に挟まれた(おそらく赤鉄鉱に富む)帯赤褐色層の中にスポットが多量に含まれています.WATSON カメラで撮影されたこの写真の正確なスケールが分からないのですが,スポットの径は mm サイズとされているので,横幅が 10 cm 程度ではないかと推察されます.このスポットは不規則な外形を持ち暗色のリムをもっているので,NASA は『Leopard Spots』(豹柄スポット)と呼んでいます.
上の全体写真では豹柄スポットの詳細がよく分からないので,右にその拡大を示します.上記 NASA 記事中の説明では,このようなスポットは地球上では微生物の代謝によって生成するもので,黒色リム(black halo)は Perseverance のX線分析で鉄とリンを含んでいることが判明しており,その可能性を裏付けています.
しかし NASA の記事は同時に,結論は尚早であり正確なところはサンプルを地球に持ち帰って調べるしかないとも述べています.その通りでしょう.そもそも母岩の帯赤褐色層が何者なのかさえも分かっていないのですから.
しかし,私の個人的感覚としては,このスポットが生物源である可能性はかなり高いのではないかと思われます(希望的観測?).リンの存在は,かなり強い傍証でしょう.そうだとすると,下の項で紹介した Allan Hills 84001 隕石中の “バクテリア化石” も,あながち妄想というわけでもないのかも.
※ なお,豹柄スポットを含む帯赤褐色層の上下にある明色層は,おそらく硫酸カルシウムに富んだ層で,ある種の蒸発沈積作用の影響下で生成したものと想像されます.ところが NASA の記事によると,その内部および近辺に存在する暗色の角ばった粒子はカンラン石結晶であるとされています.上のクローズアップ写真にもそれが写っています(下中央・左上隅など).なぜこのような地層(?)の中に火成鉱物であるカンラン石粒子が単独に含まれているのか...まったくの謎です.
追記: 2024/07/28 に公開された Mars Guy の Youtube 動画 Mysterious spots may be signs of life では,この明色層が “鉱物脈” であると述べています.確かにそうかもしれませんが,硫酸カルシウムに富んだ “流体成脈” の中にカンラン石粒子が含まれている理由は依然として謎のままです.下記 火星の楯状火山 に紹介したように Neretva Vallis の上流方向には巨大な玄武岩質火山が存在していますので,それが起源であることは容易に想像できるのですが.
2024/07/22 に公開された Anton Petrov の Youtube 動画『Strange Life Forms That Appeared Alive Found Inside 2 Billion Year Old Rocks』では,20 億年前の岩石の中から生きているバクテリアが発見されたという驚くべき話が紹介されています.
そのネタモトは,Suzuki et al. (2024:preprint) です.なお,Yohey Suzuki(鈴木庸平)氏は東京大学准教授で地球微生物学がご専門の研究者です.
Y. Suzuki, S.J. Webb, M. Kouduka, H. Kobayashi, J.H. Castillo, J. Kallmeyer, K. Moganedi, A.J. Allwright, R. Klemd, F. Roelofse, M. Mapiloko, S.J. Hill, L.D. Ashwal and R.B. Trumbull (2024) Subsurface Microbial Colonization at Mineral-Filled Veins in 2-Billion-Year-Old Igneous Rock from the Bushveld Complex, South Africa. (preprint)
そのバクテリアの産状は,上の論文タイトルそのままなのですが,南アフリカの20 億年前の Bushveld 苦鉄質火成岩中の鉱物脈中から発見されたとあります.International Continental Scientific Drilling Program (ICDP) による掘削プロジェクトによって得られた地表下 14.8 m のコア中のスメクタイト脈中から,染色法などの検出メソッドによって “生きている” 細菌コロニーが検出されたということです.
こういう話を聞くと素人的にまず脳裏に浮かぶのは『それってコンタミ(contamination)じゃないのか?』ということですが,Suzuki et al. (2024) はさまざまな検証・考察によって,そうではないことを示しています.その手法や議論については,専門外にはとてもフォロー不可能なので省略します.
で...上の Anton Petrov の動画では,この発見の意味を “... this life existed inside these rocks for 2 billion years and somehow survived this whole time ...”(この生命体は岩石中に20億年にわたって存在し,どういうわけか現在まで生き延びた)と表現しているようです.この聞き取り(字幕)と私の訳が正しいとすればですが,Anton Petrov は少し勘違いしているのかもしれません.動画のサムネールにも “MINDBLOWING!! 2 BILLION YEAR OLD BACTERIA THAT SEEMS TO BE STILL ALIVE”(ぶっ飛ぶぜ!20億歳のバクテリアがまだ生きてるんだとさ-品の無い訳失礼-)とありますので.
Suzuki et al. (2024) は,このバクテリアを含むスメクタイト脈がいつどのようにして生成したかは今後の検討課題としています.つまり,脈は20億年前以降のある時期に形成されたもので,細菌コロニーはさらに後に(地質時代的に最近になってから)その中に侵入したものと考えるのが妥当なのではないかと思われます.
なお鈴木准教授らは,海洋底掘削で数千万年前の岩石中から,やはり生きたバクテリアを発見報告しています(Suzuki et al., 2020).
Suzuki Y., Yamashita S., Kouduka M., Ao Y., Mukai H., Mitsunobu S., Kagi H., D’Hondt S., Inagaki F. and Morono Y. (2020) Deep microbial proliferation at the basalt interface in 33.5–104 million-year-old oceanic crust. Communications biology, 3, 1-9.
実は Anton Petrov の着眼点というか問題意識は,このような過去の地質時代に形成された岩石中に生き残っている細菌コロニーが『火星にも(そうやって)存在する可能性があるのではないか?』という点にあります.
右の写真は,かなり古いものですが,有名な『火星から飛来した隕石中に発見されたバクテリア化石』です. Wikipedia によると,1984 年に南極氷床上で採取された Allan Hills 84001 隕石中から McKay et al. (1996) が報告したものです.この隕石が火星から来たということがなぜ分かるのかは,特徴的なシャーゴッタイトというわけでもないし,私にはちょっと不明です.
隕石中のどのような場所にこれが張り付いているのかもよく分からないのですが,もちろん今回報告されたものとは異なり生きているものなどではなく,(化石だとすれば)形態化石です.
この “バクテリア化石” については,その真偽・正体についてその後いろいろな疑義が出されているようですが,2010 年現在でも決着はついていないようです.
D.S. McKay, E.K. Gibson et al. (1996) Search for Past Life on Mars: Possible Relic Biogenic Activity in Martian Meteorite ALH84001. Science. 273 (5277), 924–930.
最後はまたもや火星がらみになってしまいました.なんでいつもこうなるんだろう...
2024/07/14 に公開された Mars Guy の Youtube 動画『The Rise and Fall of a Lake on Mars』では,Jezero クレータ西縁部に形成された Jezero デルタに関する興味深いモデルが紹介されています.
※ なお,この動画のタイトルですが,明らかに David Bowie の歴史的アルバム - THE RISE AND FALL OF ZIGGY STARDUST AND THE SPIDERS FROM MARS - のタイトルからの洒落です.なかなかやりますね.もしかするとですが,David Bowie もナチスの歴史を扱った有名な書物『The Rise and Fall of the Third Reich(第三帝国の興亡)』をもじったのかもしれません.分かりませんけど.
※ さらに余計な話ですが,David Bowie には『Life on Mars?』という超有名な曲もあり,John Simm 主演の SF?テレビドラマ(邦題:時空刑事1973)の味付けとテーマソングに流用されています.
で,この動画のネタ元は Caravaca et al. (2024) です.注目されているのは,“Kodiak Butte” と呼ばれる Jezero クレータ中の小丘で,現在の Jezeroデルタの扇端から少し離れた場所に位置しています(上図:茶矢印).扇端からの離隔距離は約 1.1 km です.
Perseverance による撮影写真(右写真上)で分かるように,Kodiak Butte を作っているのは斜交成層の卓越する前置(foreset)層とその上位の頂置(topset)層からなるデルタ成層です.つまり,Jezero デルタ本体から 1 km 以上離れたクレーター底にもデルタ堆積体が存在していることになります.これはどういうことになるでしょうか?
上の俯瞰画像をよく見ると,Jezero デルタ扇端から 1 km 以上離れたところに明らかな段差地形(白矢印)があり,デルタ本体の外側にもう一段低い distal なデルタ地形が広がっているように見えます.
Mars Guy は Caravaca et al. (2024) を引用する形で,Kodiak Butte が元々は Jezero デルタ上のチャネルの先端部に発達した小さな “副デルタ” で,Kodiak Butte はその残丘(remnant)であると述べています.彼らは,Kodiak Butte 露頭中に確認されるいくつかの堆積ユニットのサイクルが湖水準変動(lake-level fluctuation)によって形成されたものであることを,シーケンス層序学的な手法で明らかにしています.湖水準変動の要因については,降雨・融雪による流入量の変化や蒸発量・地下水面への浸透量の変化などを挙げていますが,氷床被覆の影響は否定しているようです.
また,デルタ堆積物の上位には,明瞭な円礫を含む淘汰不良の boulder 礫岩が載っています(上写真下).彼らはこれを,湖水が失われた後にデルタ上を流下した洪水堆積物であると結論付けています.
Caravaca et al. (2024) には,非常に attractive な Jezero デルタの形成モデルが提示されています.ここに転載したいと思ったのですが,著作権の問題が難しそうですので,やめておきます.興味ある方は Mars Guy の動画か下記リンクで参照していただければと思います.
Caravaca, G., Dromart, G., Mangold, N., Gupta, S., Kah, L. C., Tate, C., et al. (2024). Depositional facies and sequence stratigraphy of Kodiak butte, western delta of Jezero crater, Mars. Journal of Geophysical Research: Planets, 129 e2023JE008205.
・ところで,Mars Guy の動画説明文の下に,Kodiak Butte の3Dモデルへのリンクがひっそりと置かれています.なかなか面白いので,右にその埋め込みオブジェクトを置いておきます.遊んでください.著作権は CC attribution となっていますので,クレジットを明記すれば自由に二次利用できます.
・ところがこの3Dモデル,どこにも作者表記がありません.Sketchfab サイトにアップしたアカウントは “Mastcam-Z” となっていますが,これは Perseverance のサイエンス・カメラの名称です.アカウント情報を見ると,Christian Tate's models となっていますが,誰なのか.調べてみると,2022 年現在コーネル大の student で,“Mastcam-Z チーム” のメンバーです.このチームのウェブサイトはアリゾナ州立大学のサイトになっており,Mars Guy はアリゾナ州立大学准教授 Steve Ruff 博士のペンネームですので,彼自身も関わっているのかもしれません.
・この埋め込みオブジェクトでは表示が小さくて細部がはっきりしないのですが,もっと詳しく見たい時は,マウスホイールでズームインはできます.しかし表示枠自体が小さいので...大きな表示をするには全画面ボタンを押すという手もあります.あと,青い立方体の View on Sketchfab ボタン(かキャプション中のリンク)をクリックして元のサイトで見るという手も.個人的には,画像の明るさをもう少し下げてコントラストを付けて欲しかったという気はしますが.
・それにしても,自分のパソコンで居ながらにして火星のデルタ成層露頭を自由なアングルで見ることができる...つい10年ほど前にはそんなこと考えることもできませんでした.(惑星)地質学の驚くべき進歩だなと思います.
地球最大の峡谷と言えば,誰しもがグランド・キャニオンを思い浮かべます.事実その通りで,グランド・キャニオンは峡谷長 450 km,峡谷最大深 1,800 m に及ぶ地球最大の峡谷(の一つ?)です.火星のマリネリス峡谷(峡谷長 4,000 km,峡谷最大深 7,000 m)には負けてますが.
2024/07/09 に公開された GeologyHub の Youtube 動画『8,500 Feet Deep; The World's Deepest Submarine Canyon』は,“地球上でもっとも深い峡谷” が海底にあることを教えてくれました.“深い” というのはもちろん,深い場所にあるという意味ではなく,峡谷最大深のことです.その場所はベーリング海です.
右の図は,ベーリング海の海底地形図に海底谷の位置などを書き加えたものです.
ベーリング海の東半分は,非常に広い大陸棚となっています.西半分は 3,200 - 3,800 m 前後の深い海盆となっており,両者の間に明確な shelf-break 斜面があります.大陸棚の水深は大部分が 40 - 80 m で,shelf-break の付近でも 120 - 140 m ときわめて緩傾斜・平坦です.
この shelf-break 上には,いくつもの海底谷が形成されていますが,その最大のものが Zhemchug 海底谷です.どう発音するのか分かりません.ゼムチャグ?
驚くべきことに,この部分に存在する三つの海底谷- Zhemchug, Navarin, Bering が『地球最大の三つの海底谷』です(Normark and Carlson, 2003).
Zhemchug 海底谷の規模は Wikipedia によると峡谷長が約 160 km,最大峡谷深は 2,600 m,長さは短いのですがグランド・キャニオンをしのぐ地球最深の峡谷です.
なお,上に示した shelf-break と海盆底の水深を使って単純に平均傾斜を求めると1度程度となり,かなり急傾斜の海底谷のようです.
それでは Zhemchug 海底谷がどのような壮大な海底地形を造っているのかと Google Earth でズームインし,あれこれの視点から見てみたのですが,意外なことに谷地形が不明瞭で,あまり感動しません.Google Earth が使っている DEM (DDM: Digital Depth Data??) の精度の問題か,あるいは谷地形が埋積・被覆されているためなのかは分からないのですが.
W.R. Normark and P.R. Carlson (2003) Giant submarine canyons: Is size any clue to their importance in the rock record? Geological Society of America Special Paper 370, 1-15.
そこで周りの海底谷を見ると,Bering 海底谷の地形特徴がけっこうはっきりとしたものでした(右図).Bering 海底谷の長さは Normark and Carlson (2003)によると 495 km,最大峡谷深は 1,200 m 以上です.
まず,Unalaska 島北方の大陸棚上に不明瞭な傾斜変換線があり,その部分に明瞭な谷頭部が見られます.そこから下流側に向かって谷型が明瞭になり谷幅が増していきます.谷頭から約 300 km のところに屈曲部があり,北へ流下するようになります.海盆への流入部には,やや不明瞭ですが海底扇状地が形成されています(Normark and Carlson, 2003).
※ Bering 海底谷の屈曲部は,その南西側に存在する巨大な扇?状の高まり(=謎地形)によるものですが,その正体はまったく分かりません.扇状地だとすると,その供給路(・源)が見当たりません.Unalaska 島の北西斜面から南西の部分は斜面崩壊帯になっているようにも見えます.単成火山らしい海山も見えていますが,いったいこの部分の地形がなんなのかは,全然 no idea です.海底地形は奥が深い...
※ Bering 海底谷から謎地形にかけて,WNW-ESE 方向の直線状 “地形” が見えます.その南にも WSW-ENE 方向の長いものが見えています.これらが実在する地形なのか,あるいは DEM のなんらかの flaw に起因する artifact なのかは分かりません.なにか不自然なのでおそらく後者だとは思うのですが.
これらベーリング海の大規模な海底谷群の形成について,GeologyHub の Youtube 動画では以下のように説明されています.
・ 今から約2万年前の最終氷期最大期(Last Glacial Maximum)には,120 m 以上の海水準低下によって,ベーリング海峡からアラスカ西部にわたる大陸棚部分は広大な陸地(Beringia)となっていた.
・ アラスカ側から古ユーコン川がその上を流下し,現在の Zhemchug 海底谷の付近で海域へ流入し,運搬されてきた大量の土砂とともに大規模な海底谷を形成した.
このスキームはなるほどと納得できるものですが,多少の疑問点というか不明なこともあります.
# 現在の大陸棚上には特に下刻河道跡のようなものは見当たらないが,DEM の精度? それとも埋積されてしまった?
# 現在のユーコン川河口は西~北西に向いていて,南西側の shelf-break へ流出しているのは “カスコクィム川” という比較的小規模な河川.最終氷期以降に河川争奪が起きてこうなっている?
# 当時の河口付近に大量の土砂が堆積し重力流により再移動したとすると,Zhemchug 海底谷の先端の傾斜変換部には海底扇状地が形成されたと思われるが,(少なくとも大規模なものは)見当たらない.
# これらの海底谷は現在も active なのだろうか?
門外漢にはどうもよく分からないことだらけです.ちゃんと調べれば分かることのような気もしますが(怠慢).
・それでは,日本列島周辺でもっとも大規模な海底谷はどこにあるのでしょうか? 最大規模のものは富山海底谷(富山深海長谷:長さ 750 km!)でしょう.で,おそらく2番目が北海道の南にある釧路海底谷です(下図).
・釧路海底谷の長さは約 150 km,釧路市街地沖の陸棚縁から前弧海盆?-海溝斜面を経て千島海溝に達する,沢型の非常に明瞭な海底谷です.西から広尾海底谷が trench-slope break 付近で合流しています.
・谷頭部には大きな斜面崩壊地形が見られます(黄矢印).谷頭部の水深は 90 - 110 m,海溝への流入部は 6,800 m 以上ですので,非常に大きな高低差があります.中間部に谷底部のやや広い部分があり(オレンジ矢印),そこでの峡谷深は 300 m 程度です.中間部には流路蛇行の著しい部分があり(水色矢印),上流側の蛇行部では流路が切断され短絡している部分も見られます.
・右図は,釧路海底谷の千島海溝への流入部です.これを見る限り,流入部の傾斜変換部には,ローブを伴うような堆積体は特に形成されていません.しかし,平坦な上面を持つ無起伏部が少なくとも2カ所あります(黄矢印).その海側は直線的で,陸側は凹状になっています.これはおそらく,海溝充填堆積体が堆積ローブ(≒海底扇状地)を形成せずに(・する間もなく)沈み込んでいることを示しているのではないかと夢想しています.海溝斜面上は付加による覆瓦構造が著しいので,海溝充填堆積体を主体とする大規模な付加体が形成されているのではないかと思われます.海山体は今にも沈みこみそうで,そうなるとこの斜面はどうなっていくのだろうとワクワクしてしまいます.
・釧路海底谷に関して一つ不思議に思うのは...その陸上側には大きな河川が無く,砕屑物供給量があまり多くないと思われる釧路川しかないということです.十勝川河口から発達しているのなら話が分かるのですがそうではありません.昔,木村学さん提唱の『網走構造線』が関係しているという話を聞いた記憶もありますが詳しいことは不明です.これも,ちゃんと調べればわかることなのかもしれませんが.
ま~た火星ですか...とは私自身思うのですが,しょうがないというか.なにしろ今(太陽系で)一番ホットな地質サイトの一つかもしれないのですから.
ネタモトは,2024/06/23 に公開された Mars Guy の Youtube 動画『No bull: Perseverance may have discovered “beef” veins』(=牛じゃないけど:Perseverance が火星で “ビーフ脈” を見つけた,かも)です.いったいなんのことなんでしょう?
※ 私は知らなかったんですが,“No Bull” というのは,AC/DC が 1996 年にリリースしたライブビデオのタイトルなんですね.もちろんそれかどうかは分かりませんが,Mars Guy はこの種の言葉遊びが好きな人のようなので,脈絡の薄さを考えるとそうなのかも.
Perseverance は現在,Jezero デルタの供給水路である Neretva Vallis を横断して,“Bright Angel” と呼ばれる場所に到達しています(右図参照).
“Bright Angel” というのは,Neretva Vallis 北岸にあるプラットフォーム状の部分で,白色を呈する物質で覆われているか,あるいはそれが露出しているところです.なぜ白色を呈しているのかと言うと,なんらかの沈殿物質によるものと考えられます.たしか周回衛星によるスペクトル分析で元素名が出ていたと思うのですが,ちょっと失念しました.Fe, Mg 炭酸塩だったかも.
で...Bright Angel は NASA の目論見通り,広大な露岩地帯でした.それらの詳細は他に譲るとして,Mars Guy が着目したのは,その露岩中に見られる特徴的な鉱物脈群です(右写真).彼のナレーションによると "mineral veins that parallel the layers referred as bedding"(層理面に平行な鉱物脈)で,脂肪のサシが入った牛肉に似ているということで『ビーフ脈(beef veins)』と呼んでいるようです.なんだか微妙なネーミングですが Mars Guy のオリジナルではなくて,なんと 1830 年の論文(Buckland et al., 1830)で使用されている語なんだそうです.
Buckland et al. (1830) On the Geology of the Meighbourhood of Weymouth and the adjacent Parts of the Coast of Dorset.(掲載雑誌等は不明)
Weymouth, Dorset というと,イングランドですね.地質学黎明期?の非常にクラシックな話ですが,現代の論文(Cobbold et al., 2013)でも使用されていることが紹介されています.
Cobbold, P.R., Zanella, A., Rodrigues, N. and Løseth, H. (2013) Bedding-parallel fibrous veins (beef and cone-in-cone): Worldwide occurrence and possible significance in terms of fluid overpressure, hydrocarbon generation and mineralization. Marine and Petroleum Geology, 43, 1-20.
このビーフ脈の鉱物種やその形成機構などについては,これからおいおいわかってくることでしょうから,ここでは追究しません.私が非常に重要だと感じたのは,Mars Guy のナレーションにある "their presence here and on Earth is thought to result from hydraulic fracturing of sedimentary rocks in the subsurface"(火星と地球におけるビーフ脈は,地表下の堆積岩中での水圧破砕の結果である)という点です.
こういった鉱物脈は,地球に住んでいる私たちには特に珍しいものではなく...多少の埋没深度があって間隙水圧が上昇し,地層が破砕される程度の強度に固結していて,なにかの原因で間隙水圧が地層の破壊強度を越えれば,普通にできてしまうものです.しかし,ここは火星です.
火星にはテクトニクスが無いのですから,仮に地下深く堆積物が埋没してビーフ脈が形成されたとしても,それが地表に上昇して観察者の目に触れるということは非常に考えにくいわけです.
実は,Curiosity や Perseverance が撮影した地層の画像を延々と見ていて,私自身ずっと不思議に思うことがありました.『なんでこんなに硬い固結した地層が火星の地表に出ているんだろう?』ということです.既に述べたように,テクトニクスがある地球では別に不思議なことでもなんでもありませんが.
この程度に固結して脈が入るとなると,直観的には埋没深度はおそらく km オーダーではないかと思われます.それだけの程度の上昇を引き起こす営力は,火星では何があるのでしょうか? それとも,20 億年も経過すれば別に何もなくても単に風成浸食でそういうことは起こりうる? 単に私の勘違い・認識不足かもしれませんが,なにか火星の地表過程について『見逃していること』があるのではないか...と思えてしょうがありません.
火星には太陽系最大の火山であるオリンポス火山のほかに,その東に南北 1,500 km以上にわたって連なるタルシス火山列があります.いずれも非常に大規模なものです.
下のトピックでジェゼロ・クレーターで発見された花崗岩? boulder を紹介しましたが,その周囲に多量に存在している玄武岩 boulder の起源について調べているうちに,ジェゼロ・クレーターの近隣地域にも巨大な火山が存在していることを知りました.それを教えてくれたのは,Dreksler Astral によって 2024/05/30 に公開された Youtube 動画『The Mystery Of Huge Dark Spots On Mars』です.以下ではその巨大盾状火山について紹介します.
右の図は,カシミール3Dで作成したイシディス平原(Isidis Planita)周辺の地形陰影図です.Perseverance Rover が探査しているジェゼロ・クレーターは,その北西隅にあります(小さすぎて良く見えませんが).なお,イシディス平原はおそらく天体衝突平原です.
陰影図をよく見ると,イシディス平原の西に楕円形の高地がありその中心部(頂部)には隕石クレーターとは異なる形態を持ったクレーター群が見えています.高地上の隕石クレーターの密度や規模は明らかに周囲とは異なっています.これが “大シルティス高原(Syrtis Major Planum)” と呼ばれる部分で,その正体は上の動画で紹介されているように巨大な楯状火山(shield volcano),頂部にあるクレーター群は中央カルデラです.火山体の大きさは少なくとも 900 x 1,300 km です.現在の地球上での最大の楯状火山の一つであるハワイ島マウナロア火山で海中部分を含めても長径が 200 km 程度ですので,段違いに巨大なものと言えます.
大シルティス高原の東縁は直線的にイシディス平原に接していてその形態を切断しており,よく見ると,平原底にオーバーラップして被覆している部分があります.この直線状地形の南南東延長部が隕石クレーター平原の標高不連続線ともなっているのですが,その意味は私にはよく分かりません.
上に大シルティス楯状火山の東西断面を示します.頂部に幅 200 km にも及ぶ巨大なカルデラ凹地があります.火山形状は著しく非対称で,東半部はイシディス平原に向かって自然に傾斜していますが,西半部は平頂で西~南西へ広がる隕石クレーター高地との境界がありません.もともと高地と低地との境界部分に形成されたため,こういった複雑なことになっているとも思われますが,よく分かりません.
この盾状火山は USGS Geologic Map of Mars によると,ヘスペリアン初期の大規模な火山(おそらく玄武岩溶岩)ユニットとなっています.ジェゼロ・クレーターへの流入水路の源頭はその北縁部にありますので,下のトピックで紹介した玄武岩 boulder はそこから大規模な洪水流・土石流によって運ばれたものということになるでしょう.
2024/06/02 に公開された Mars Guy による Youtube 動画 Perseverance breaks on through and discovers this では,Mars Perseverance Rover による驚くべき発見が紹介されています.
その場所は,ジェゼロ・クレーターに西から流入する Neretva Vallis が作った デルタ 頂部付近のデルタ・チャンネル底です.Perseverance は現在,砂リップル群に覆われたこの流路跡を横断して対岸の『白色部』に到達しようと四苦八苦しているところですが,その過程でこの発見があったというわけです.
右に示したのは,NASA の RAW image ギャラリーから取得した Sol 1164 (2024/05/29) 撮影の写真で,2024/05/26-06/01 の “Image of the Week” に選ばれたものの遠景版です.
流路跡にはマウンド上の小地形が多数分布し,その上には黒色を呈する岩石の boulder が一面に散在しています.明確には説明されていませんが,その色調や無層理塊状であること,また風成浸食の状況からも,岩種はおそらく玄武岩で Neretva Vallis のはるか上流にある溶岩台地?(下注)から洪水流によって運ばれたものと推察されます.
注)Jezero クレーターの西方に広がる大シルティス高原は,大規模な火山(おそらく玄武岩溶岩)ユニットからなっており,玄武岩 boulder はそれらに起源をもつものと考えられます.これについては次のトピックで少し詳しく述べます.
で,もうお分かりと思いますが,その中に,ひときわ色調の明るい boulder が一個見えています(写真の右上).
この “白色 boulder” をクローズアップで見ると...ちょっと大げさに言えば,おそらく人類が火星で初めて見るものではないでしょうか(右写真).
Mars Guy はこれが『花崗岩質岩』である可能性があり,クローズアップで見える岩相から,石英に乏しい quartzdiorite であろうとも言っています(大胆).
なお,風化面上に見える暗色の斑点の多くは,黒雲母等の有色鉱物そのものではありません.Mars Guy は拡大画像からこれらが他の露頭や転石にも見られる酸化鉄被膜であるとしていますが,形状的には普通角閃石に類似したもの(仮像?)があるとも述べています.
Mars Guy はさらに踏み込んで,プレートテクトニクスの無い火星に花崗岩の存在があったとすると,その意味は非常に重大であろうとしています(下注).同感です.しかし,個人的にはいくつか気になる点もあります.
① 拡大写真で風化面上に左右ほぼ水平に見える弱い面(線?)構造はなにか? 流理構造?
② 大量の玄武岩? boulder 中にこれ一個だけが孤立しているので,広い後背地露出から由来したものとは考えにくい.
③ 本当に boulder の中まで優白質の岩相かどうか分からない?
特に③は,リモート画像でしか判断できない火星探査ゆえの問題です.願わくば Perseverance にこの boulder に接近してもらい得意のドリル技でなんとか確認して欲しいものですが.
注)大シルティス高原の人工衛星リモート探査によって花崗岩・デーサイト化学組成を持つ岩石の分布が探知されているという記述が Wikipedia にあるのですが,その詳細は確認できていません.
最後に,上に “プレートテクトニクスの無い火星では” と書きましたが...沈み込み帯の花崗岩プルトンは沈み込んだ海洋地殻のスラブ・メルティングによるものと考えるのが一般的ですが,地球史初期に大量に形成された花崗岩質大陸地殻の形成メカニズムをどう考えれば良いのかは,素人の私にはまったくフォローできていません.この boulder が花崗(質)岩と確認されて火星の初期史をひも解く鍵となることを期待します.
2024/04/03 に台湾東部で発生した M7.7 の大きな地震(花蓮地震)は甚大な被害をもたらし,それに伴う津波は沖縄諸島にまで達しました.その詳細は Wikipedia を参照してください.震源深さは 23 km,地震のメカニズムは北西-南東方向に圧縮軸を持つ逆断層型でした.
前々から関心があったのですが,台湾でしばしば発生する大地震は,どのようなテクトニックな背景を持っているのでしょうか? 以下は,その点について自分なりに調べてみた結果を書き留めたもので,特に『最新のトピックス』というわけではありません.参考にした文献を以下に示します.
W. Chang, C. Wang, C. Chu and J. Kao (2012) Mapping Geo-Hazard by Satellite Radar Interferometry. Proceedings of the IEEE, 100, 2835 - 2850.
L. Li, A.D. Switzer, Y. Wang, R. Weiss, Q. Qiu, C. Chan, P. Tapponnier (2015) What caused the mysterious eighteenth century tsunami that struck the southwest Taiwan coast? Geophysical Research LettersVolume, 42, 8498-8506.
V. Phung, C. Loh, S. Chao and N. Abrahamson (2020) Ground motion prediction equation for Taiwan subduction zone earthquakes. Geology, Engineering Earthquake Spectra.
Y.-C. Lo, C.-T. Chen, C.-H. Lo, and S.-L. Chung (2020) Ages of ophiolitic rocks along plate suture in Taiwan orogen: Fate of the South China Sea from subduction to collision. Terr. Atmos. Ocean. Sci., 31, 383-402.
J. Fan and D. Zhao (2021) P-wave tomography and azimuthal anisotropy of the Manila-Taiwan-southern Ryukyu region. Tectonics.
下に示したのは,台湾周辺の海底を含む地形図に,上の文献等を参考にして私が適当(?)に判断したテクトニックな要素を描き加えたものです.したがって,全然間違ってる部分があるかもしれません.いずれにせよ,私にとってはいろいろと驚くべき点がありました.
なお,名称がすべて英語表記になってるのは “Gagua” を漢字でどう書くのか分からなかったためで,特に意図はありません.また “Ryukyu Backarc(琉球背弧)” というのは,そういう名称があるわけではなく,Ryukyu Forearc(琉球前弧)に合わせただけです.琉球前弧も,Luzon Forearc に合わせただけで,これも特に意図はありません.
まず,台湾島の西ではマニラ海溝からユーラシアプレートがフィリピン海プレートの下に(!)沈み込んでいます.え?と思いましたが,読み間違いではありません.大陸プレートが海洋プレートの下に沈み込むはずはないので,これは『ユーラシアプレート東縁の海洋プレート部が』という意味なのです.日本列島に住む私のような人間は,なんとなく大陸は大陸プレートで海洋は海洋プレートと思い込みがちですが,大西洋を想起するまでもなく当然ながら両者が単一のプレートを構成する場合があるわけです.
で,マニラ海溝はなんと台湾島の陸地の中に入り込んでいます(黄点線).これは要するに,台湾島の部分でユーラシアプレートの海洋プレート部が “消費” されてしまい,マニラ海溝が大陸プレートの衝突境界に遷移しているためです.それによって境界の東側が隆起し,台湾島となっているわけです.衝突に起因する圧縮応力場によって,台湾島を NNE-SSW に縦断する東傾斜の逆断層群(ピンク線)が形成されています.
次に驚くのは,台湾島の東では琉球海溝からフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでいることです.それ自体は当たり前のことで驚くようなことではありませんが,なにしろ台湾島西側ではユーラシアプレートがフィリピン海プレートの下に沈み込んでいるのですから...トポロジカルで,まるで “ウロボロスの蛇” (左図)です.
これについては,上記 Phung et al. (2020) の Fig.1 が分かりやすいので興味のある方は参照してください.しかし,その図の右奥,つまりどちらも沈みこんだユーラシアプレートとフィリピン海プレートがどうなっているのか・どう相互作用しているのか,私にはどうしてもイメージすることができませんでした.
このフィリピン海プレートの沈み込みは北西方向,その速度は約 8 cm/y と比較的速いもので,琉球海溝に対して斜めに沈み込みんでいます.そうすると琉球前弧に対しては弧方向の水平分力が働くので,琉球前弧が台湾島に対して西へ衝突しているということなのでしょうか? どこかで聞いたことがあるような話ですが.
少なくとも,マニラ海溝(の陸上部)からの沈み込み(-衝突)にとっては,琉球前弧が “つっかい棒” のように働いて,その前面(東側)での上昇を助長するのではないかと想像しています.
2024/04 の花蓮地震の震源は,琉球海溝が台湾島に会合する部分に位置していますので,そういったテクトニックな配置が要因の一つになっているのかもしれません.
注)上の海底地形図で目を惹くのは,フィリピン海プレート上の巨大な南北性リッジ(Gagua Ridge)です.これは,いわゆる拡大軸=中央海嶺ではなく,トランスフォーム断層帯=fracture zone がなんらかの理由で上昇帯に転化したものとされているようです(Deschamps et al., 1998; Marine Geophysical Research).
最近の ニュース(一例)で,2023/09 に紹介した『人新世(Anthropocene)』創設の提案が IUGS の Quaternary Stratigraphy Subcommission で否決されたという話題が出ています.公式には出ていないので分かりませんが,関係者への取材でということのようです.この小委員会での採決に関してはちょっともめているようでどうなるかは分かりませんが...地質学者にはあまりウケが良くないようだということでしょう.
私なりにいろいろ考えてみたのですが,人新世の考え方自体は上のトピックスにも書いた通り,個人的には賛成です.しかし多少の懸念材料も.
・人新世を新設すると,その前の完新世の長さは約 0.01 Ma...“世(epoch)” の規模としてはあまりに短すぎる(更新世の長さは約 2.5 Ma).
・それならば,“世” ではなく,完新世クロフォード期(Crawfordian Age)とかにしてはどうか? でもそれだと,人新世の考え方というか理念は薄まってしまいます.
・これが実は私的には一番大きな懸念だったりします.人新世を『人類が地層記録に影響を及ぼした時代』と考えると,その終わり(=次の “世” の始まり)はどう規定されることになるのでしょうか? それは(そうなってみないと)誰にも分かりませんが,もし『人類文明の消滅』だとすれば地質年代区分という概念も消滅しますので,次はありませんね.打ち止め感というか,なんだかパンドラの匣っぽい.
・人類がこの文化・文明の発展形を持って存続しているうちに “次の新たな世” が始まるなんてあり得るのでしょうか...? Commission of Stratigraphy とは何の関係もない話ですが,そんなことを考えてしまいました.
以前のトピックス で,能登半島で発生する地震のメカニズムについて紹介しました.そこで大きな役割を果たしていると考えられるのが『地殻深部流体』です.
2024/01/01,能登半島北部で深さ約 10 km,地震の規模 M7.6 という巨大地震が発生し,大きな被害をもたらしています.被害の全貌はいまだ明らかではありませんが,海溝型地震とはまったく異なる『地殻深部流体』の関与した地震として 社会的にも大きな注目 を集めています.
これについていろいろと調べていると,前の記事で紹介した京都大学防災研究所西村卓也教授による論文が Nature に発表されているということを知りました(Nishimura et al., 2023).
T. Nishimura, Y. Hiramatsu and Y. Ohta (2023) Episodic transient deformation revealed by the analysis of multiple GNSS networks in the Noto Peninsula, central Japan. Scientific Reports 13, Article number: 8381 (2023).
この論文を読んでみると,前の記事で紹介した地震発生モデルについて私が描いた図は,ちょっと大まか過ぎたことが分かりました.以下では,そのへんをもう少し詳しく見て,西村教授による能登地震の興味深いメカニズムについて紹介したいと思います.
右の図は,Nishimura et al. (2023) の Fig.4 を基にして,自分なりの解釈を加えて作成したアニメーションです(図の1枚目).上にリンクを示したTBS のネット記事(北陸放送木村洸記者による)の 印象的な図 も参考にさせてもらいました.以前の記事に掲載した地殻断面図の能登半島北部の拡大と思っていただければ良いのではないかと思います.
まず初期状態として,能登半島の北側海底には珠洲沖セグメントと呼ばれる逆断層センスの活断層があります.この下位には,地表(海底)には現れていない(and/or 認識されていない)断層があります(図の2枚目).この断層は下に凹のリストリック(listric)な形態を示し,14 Ma 前後の日本海のオープニングに伴って形成された正断層で,その後圧縮応力場で逆断層に転移した(=インバージョン)ものと考えられています.
正確な時期は分かりませんが,この断層面の下位に,おそらくマントルから上昇してきた深部流体が滞留するようになりました(図の3枚目).
※ 『地震発生下限深度』というのは,原著では “seismogenic depth” となっています.つまり,地殻岩石が脆性から延性へと遷移する(brittle-ductile transition)深度ということでしょう.この深度よりも深くなると岩盤が brittle ではなくなる,つまり破壊されなく(・難く)なるため基本的には地震は発生しません.その深度は大まかに言うと温度によって決まります.石英の遷移温度は 300 - 400 ℃ と言われていますので,地温勾配を島弧地殻で一般的な 0.03 ℃/m,地表温度を 20 ℃ とすると,石英に富む地殻岩石の遷移深度は 9 - 14 km となります.Nishimura et al. (2023) の図で流体滞留領域で地震発生下限深度が下がっている理由については,流体によって岩盤強度や摩擦係数が低下するなどの理由が考えられますが,よく分かりません.
2018 年夏ごろ,この部分から少量の流体が上方に湧昇し,小規模な地震活動が起こりました(南クラスター:図の4枚目).2020/11/30 には大量の流体が湧昇し,過剰な流体圧を持った流体が断層に侵入して引張破壊によりクラックが形成されました(図の5枚目).流体の侵入は断層の強度を低下させ,激しい地震活動を発生させました(図の6枚目).
このような流体の活動は,深度 14 - 16 km の範囲で地震を起こさないスロー・スリップを引き起こしたとされていますが,そのすべりと “激しい地震活動” との関連は私にはよく理解できませんでした.
地震学の専門的な(しかも英語の)論文を読むのは私には非常につらいものですが,いずれにせよ非常に興味深く,1965-1966 年当時『原因不明』だった長野県松代群発地震なども,このスキームから非常に良く理解できるような気がしています.
2023/11/29 に公開された GeologyHub による Youtube 動画『The World's Largest Travertine Cone』は,タイトル通り,地球最大の石灰華コーン(travertine cone)を紹介するものです.以下では, Alshaghdari (2017) も参考にしながら,その巨大な石灰華について紹介したいと思います.
この地球最大の石灰華コーン(Hammat Damt)は,イエメン西部の Damt の市街地の中にあります.その高さは 51 m,基部の直径は 696 m です.まさに地球最大の石灰華コーンです(右図).
全体の形状は平頂で,その頂部は直径約 120 m のクレーター状になっていて,中には温泉水(45 ℃)が溜まっています.その水面の高さは Google Earth では標高データが無いようで分かりませんが,2023/07 取得のイメージで単純に見た感じでは “クレーター” の直径と同じ程度,つまり 100 m 程度の深さがあるように見えます.
コーンを上から見ると,8 - 9 本の放射状のリッジが頂部から伸びているのが特徴的です.石灰華の沈殿でなぜこのようなリッジができるのか不思議です.リッジの形状から判断すると,沈殿を起こした温泉水の頂部からの流下経路によって形成されたという可能性が考えられますが,詳細は不明です.
“クレーター” の内壁を見ると,水平な層状構造がよく見えます.単なる想像ですが,“クレーター” 内に湛水していた温泉水の溢流によってリム・ストーン状の沈殿構造が形成されたのかもしれません.
石灰華コーンの “山体” 表面は Google Earth で見る限り,周辺砂漠と同色の土砂で覆われていますので,石灰華の形成は現在は少なくとも現在,非アクティブな状態と思われます.斜面や谷部の一部には低い植生が見られます.温泉水の水位が下がった状態が続いているのかもしれません.
右図は Damt 市街地の Google Earth 画像ですが,上に紹介した最大のもの以外にも,少なくとも4個の石灰華コーンが見られます.それらは WSW-ENE 方向に配列しているようです.
この地域の geotectonic な性質はいまいち調べ切っていないのですが,WSW-ENE 方向のリフト的なものがあり,それに沿って温泉水が上昇する地熱地帯を形成しているようです.しかし,Google Earth で見ても周囲に火山らしきものは見られません.Alshaghdari (2017) によると,先カンブリア紀基盤上に新生代の火山岩類(flood basalt)と堆積岩類が載っています.Wikipedia によると Damt の北方には第四紀火山(流紋岩質)も存在しています.これらの火山は,おそらく大陸プレート内火山であろうと推察されます.アラビア半島西(南)部を区切る紅海・アデン湾はいずれも拡大軸で,沈み込み帯はありません.
それにしてもなぜこんな大規模な地球最大の石灰華コーンが形成されたのか...? 湧出量や Ca + CO2 の溶存量の大きさが要因と考えられますが,調べてみた限りでは具体的なことは分かりませんでした.
・それでは,日本最大の石灰華はどこにあるんでしょう? それは岩手県北上市夏油(げと)温泉にある “天狗岩” (国指定天然記念物)です.右写真の上は Google Earth で見た夏油温泉です.上流の夏油川のカーブになっているあたりにありますが,どう視点を変えてみても Google Earth には写っていませんでした.
・右写真下が Wikipedia に掲載されている天狗岩です(撮影:さかおり を編集).それによると,河床面からの高さは 17.6 m,基部の直径は約 25 m,頂部の直径は約 7 m とされています.
・写真で見る限り,2022 年 9 月の撮影時点で,頂部付近からの温泉水の湧出・浸み出しがあり,アクティブなものです.
・天狗岩は,この一帯に存在する石灰華地帯の一部に過ぎず,その広さは 2.3 ha に及びます.石灰華形成は少なくとも1万2千年前から続いているものとされています.
・イエメンでは成層火山状で “火口” まである『コーン』なのに,こちらはなぜ『ドーム』になっているのでしょうか? 湧出量・沈殿量・沈殿速度などいろいろな要因が考えられますが,残念ながら私には分かりません.
・北海道では? それは, 長万部町二股らじうむ温泉の石灰華ドーム で,北海道指定天然記念物となっています.左図は Google Earth で見た二股らじうむ温泉ですが,大きな石灰華ドームが見えています.
・その高さは少なくとも 20 m あります.複数のドームが複合しているらしく,基部の大きさは判然としません.Google Earth 画像を見ると,上流の方にも草で覆われた小さなドームらしきものがかろうじて見えています.石灰華の分布地域は全体として 400 x 200 m = 8 ha に及ぶとされています.もしかしたらこちらが日本最大の石灰華ドームなのかも?!
・二股らじうむ温泉の石灰華ドームは,写真を見るとお分かりのように,(夏油温泉天狗岩と違って)表面が鮮やかなオレンジ色をしています.内部構造は確認できていません.これはもちろん温泉水に含まれている鉄分の沈殿によるものですが,他の温泉と比較してどうなのかまでは分かりません.
・上の天狗岩もそうですが,なぜこのような大規模な石灰華が形成されているのかというと,もちろん溶存 CaCO3 量が多いということだと思いますが,ではその要因は? どこかで『地下に存在するジュラ紀付加体中の石灰岩体』が起源だという話を聞いたような記憶もありますが,そのソースは不明です.それを証明するためには同位体化学的な検討が不可欠と思われますが,どこかに報告されているのかもしれません.
隕石化石(fossil meteorite)とは,『地層記録中から発見された隕石』のことです.別に化石化していなくても良いのですが,堆積物中に長くあったものなので変質はけっこう著しいようです.
Wikipedia の隕石の項にもちゃんと 記述項目 があります(なぜか日本語ページにはない).そう言われてみると,確率は低いでしょうけど地層の中にそのようなものがあっても全然おかしくないと思います.しかし,私はまったく思ってもみなかったことなので,その存在を知った時は驚きました.もちろん私はそんなものを地層中に見たことはないし,日本列島では報告例がありません.
以下では,最近公開された Youtube 動画『Sweden's Unusual Fossilized Meteorites; A Geologic Oddity』(GeologyHub: 2023/11/08) や, R.A. PRITZKER CENTER サイトの FOSSIL METEORITES などを参考にして,隕石化石についてご紹介します.実はこのスウェーデンの隕石化石は,“過去の時代の地層中の隕石” というだけではなく,それ以上の天文学的な意味を持っていました.
※なお,隕石化石の写真をここに転載したいと思ったのですが,ネット上の写真は意外に少なく,著作権関係をクリアできそうなものや撮影者に転載許可を得られそうなものが見当たらず,断念しました.
右に示したのは,上にあげた FOSSIL METEORITES ページ に掲載されている写真の上から3枚目のものをそのまま表示したものです.修整なしのクレジット明記直接引用なので,問題はないと思いますが...とりあえずサムネール風にしてみました.詳しく見たい方はそのウェブページを訪問してください.
少し褐色がかった石灰岩中の真っ黒な隕石のコントラストが素晴らしいです.大きさは示されていませんが,化石との比較では 数 cm のものと思われます.
石灰岩は大量の化石を含んでいて,この写真では二枚貝殻が見えています.少し nodular なので,石灰藻なども含まれているのかも.他の写真では,見事なベレムナイト化石の横に隕石が(!)というものもあります.
Thorslund, P. and Wickman F. E. (1981) Middle Ordovician chondrite in fossiliferous limestone from Brunflo, central Sweden, Nature, v. 289, p. 285-286.
隕石化石が産出するのは,スウェーデンの Thorsberg 石灰岩採石場で,地層はオルドビス紀中期(458 - 470 Ma)の Lynna 層から Sillaoru 層にかけての層準です.岩相は石灰岩と泥灰岩で,隕石化石の産出層準の厚さは,わずか 数 m です(Heck et al., 2017).
採石場に露出する石灰岩は このページ を見るとほとんど水平層で,それを回転刃カッターで切り出しています.要するに建築用石材の採石場で,私のイメージする石灰岩採(・砕)石場とはぜんぜん違っていました.
P. R. Heck, B. Schmitz, W. F. Bottke, S. S. Rout, N. T. Kita, A. Cronholm, C. Defouilloy, A. Dronov and F. Terfelt (2017) Rare meteorites common in the Ordovician period. Nature Astronomy, 1, Article number: 0035.
で,この隕石化石の意義ですが...地球上には日夜隕石が降り注いでいます.しかし,大陸氷床上や砂漠ならいざ知らず,通常の環境ではなかなか見つかりません.ましてや地層の中からとなるとその確率は極めて低いでしょう.しかし単にそれだけの話で,たまたま見つかったとしても特にそれ以上の地質(・天文)学的興味にはつながりません.
しかし,このスウェーデンの隕石化石は,わずか 数 m の厚さの石灰岩層から,なんと 100 個以上の隕石化石が見つかっているのです.となると,『より大きなサイズの隕石が落下して破壊されたのでは?』とも思いますが,よく分かりません.隕石シャワーのようなものかもしれません.
Heck らによると同時代の隕石落下の痕跡は,ロシアや中国からも知られているそうです.その組成特徴から,彼らはこれらを当時木星と火星の軌道間(小惑星帯?)で起こった小天体衝突によって生み出されたものと考えています.これらの隕石化石のほとんどは L chondrite からなり,周囲の層準にはそれに由来する chromite 粒子が見つかっています.
隕石の起源が遠く火星の向こうだとすると,衝突によって生成した破片の軌道と地球軌道がたまたまその時交差したということだと思います.地球のもう少し広範囲からこの時代の隕石化石が見つかっても良いように思うのですが,確率的なことということなんでしょうか?
日本列島でもオルドビス紀の岩石は見つかっていますが,火成岩・変成岩が多く,堆積岩もありますが浅海層ではないので,露出の問題もあり,仮に隕石が落下していたとしてもそれが発見される可能性は極めて低いのではないかと思われます.
プディング石(puddingstone)とは一体なんでしょうか? Wikipedia によると要するに礫岩のことで,基質と礫の色合いのコントラストがはっきりとしたものを指すようです.以前紹介した火星の礫岩を,“mars puddingstone” と表現しているサイトもありましたので,特別・特殊なあるいは特定の礫岩相を指すものではありません.
しかし,ここで紹介するミシガン湖などの五大湖岸で採集できるプディング石は,興味を引く見かけと共に,その起源・来歴の点で,ただの礫岩とは違う specific な礫岩であると言えるでしょう.これを以下では単に『プディング石』と呼ぶこととします.
Youtube 動画チャンネル Michigan Rocks は,ミシガン湖周辺で採集できる各種の岩石をマニアックに紹介するものですが,その中でもプディング石は先にご紹介したペトスキー石とともに重要な地位を占めています.そのへんの雰囲気は,例えばこの Youtube 動画 『A Rock Pickers Paradise | We Found TONS of Pudding Stones & Petoskey Stones on a Lake Huron Beach (WILDKYLE)』などをご覧ください.プディング石についての Ultimate Guide もあるくらいで,通販サイト(?)Etsy には大量の プディング石 が出品されています.
右の写真は,Michigan Rocks の Youtube 動画『Puddingstones - Rocks in a Box 50』からキャプチャしたもので,プディング石の特徴をよく表しています.つまり,灰白色(時に白色)のクリーンな基質中に鮮やかな赤色のジャスパー(jasper)礫を含むものです.ジャスパー礫の円磨度は低く,角礫~亜角礫が中心です.
※ “Jasper” は言うまでもなく隠微晶質の石英・オパールからなる岩石ですが,日本語にすると『碧玉(へきぎょく)』です.Google/Bing で見ても一般に jasper は三価の鉄分で赤いものが多く,何故 “碧 (blue-green)” なのか私には分かりません.希少なものを指す? ここでは “ジャスパー” とカナ表記しておきます.
プディング石の基質(と赤色ジャスパー以外の礫)は,野外で撮られた Youtube 動画で見ると,おそらくスマホカメラの狭いダイナミックレンジのせいで白色に見えるものが多く,私は最初『白色結晶質基質の中に赤色角礫破片が散在・浮遊する』岩相かと思っていました.もしかすると特殊な火成岩なのかとも.それは全然的外れで,次第にその正体が分かってきたというわけです.Youtuber は地質学・岩石学的背景をちゃんと語ってくれない人が多いので(愚痴).
それでは,なんでこのような礫岩を『プディング石』と呼ぶのかというと...日本人の私はプディングというとゼラチンを使った均質なカスタードプリンをイメージしてしまうので,当初それがちょっと理解できませんでした.
上の Youtube 画像のプディング石は tumbling で表面研磨したものですが,野外サンプルではジャスパー礫の部分が風化というか選択的摩耗で突出したものが多く見られます.その見かけがベリーやプラムなどの入った “bread pudding”(左図)を連想させるのでそう名付けられたようです.18 世紀当時の England からの入植者がよく作っていたものなんだとか.
さてここからが地質学的な本題です.いったいこのプディング石はいつの時代に堆積した礫岩で,そのオリジンはどこにあるのでしょうか? ペトスキー石の場合は,湖岸(・湖底)そのものに露出する古生代デボン紀の石灰岩層が起源でしたが,プディング石は...?
結論から言うと,プディング石の源岩は Paleoproterozoic Huronian 超層群中の Lorrain 層(Cobalt 層群)中に挟在する Jasper 礫岩 です(右写真).その堆積年代は,ほぼ 2.2 - 2.3 Ga = 22 - 23 億年前です.
※ Google/Bing で “Lorrain Formation” を検索してみると,なぜかどちらもケベック州のオルドビス紀の地層がヒットします.なぜ同一の国の中でこのような同名異層が生じたのか私には no idea です.先取権によって普通はあり得ないはず...どちらが先に命名されたものかは不明です.
五大湖周辺の地質図をあれこれ参照してみると,ヒューロン湖・スペリオル湖の北岸から北のカナダ・オンタリオ州地域には先カンブリア系が広く分布しています.したがって,プディング石が採取されるミシガン湖東岸やヒューロン湖西岸の北方対岸部にその露出があるということになります.上の写真は,ヒューロン湖北岸にあるオンタリオ州 Bruce Mines 近傍に露出する Jasper 礫岩です(Wikipedia による).
しかしなにしろ五大湖です.そこまでの距離は少なく見積もっても 80 km はあります.例えば五大湖が湛水する以前に河川系で運ばれたという考えもあり得ますが,ミシガン湖の水深は最大で 280 m ありますので,現在の湖岸はその当時の河床面から 300 m 近く高い場所になります.地形的にも距離的にも,五大湖北岸からこのプディング石が河川系で対岸まで運ばれたとはとても考えられません.
ここで思い出してほしいのは,五大湖周辺は第四紀更新世の最終氷期に広大な大陸氷河によってすべておおわれた地域であるということです.もうお分かりと思いますが,このプディング石は,その際に氷河によって運ばれた氷河成漂石(glacial erratics:迷子石とも呼ばれる)に由来するものというわけです.
Jasper 礫岩の岩相ですが,特徴的なのは礫岩基質がすべて淘汰の良い石英-オパール質砂で泥質分をほとんど含みません.礫は赤色のジャスパー礫が目立ちますが,それ以外にも白色・灰色のチャート-珪岩礫を大量に含んでいます.後者は基質砂と同じ岩質なので,場所によっては礫と基質の区別がよく分かりません.
露頭写真(例えば これ )を見ると礫の配列が弱い層理を示している(crude-bedded)ようにも見えますが,なにしろ先カンブリア紀の岩石なので,弱変成・構造変形によるものなのかもしれません.
Wikipedia “Jasper conglomerate” には,この礫岩の堆積場は扇状地~網状河川と記述されています.そんなものだろうな...と思うのですが,あまりに淘汰がよく泥質部がないのにも関わらず円磨度が低いのが気になります.砕屑物組成がジャスパーやオパール・石英岩・チャートだけの超 monolithic なものだということも不可解です.一体具体的にどのような堆積場・砕屑物供給場だったんでしょうか...何しろ先カンブリア紀盾状地,島弧人間にはちょっと想像が付きません.
なお,Lorrain 層の下位層である Gowganda 層は氷成礫岩(tillite/diamictite)や dropstone が見られ,氷河成層と一般に考えられているようです.先カンブリア紀(22 億年前)にも第四紀(1 万年前)にも氷河の下だったところなんですね.異論 もあるようですが.
ワイオミング州 Douglas 南西の平原には,Kenkman et al. (2002) によって報告された隕石クレーター群が分布しています.
Kenkmann, T., Müller, L., Fraser, A., Cook, D., Sundell, K. and Rae, A.S.P. (2002) Secondary cratering on Earth: The Wyoming impact crater field. GSA Bulletin, 134, 2469–2484.
※ このクレーター群の紹介動画が Youtube チャンネル Shawn Willsey で "Meteors Strike Eastern Wyoming? Geologist Investigates a Newly Discovered Impact Crater Field" として最近いったん公開されたのですが,その後すぐに削除されました.何故なのかは不明です.原著者との間になんかあったんでしょうか...?!
で,アメリカの平原地帯に隕石クレーターがあるというのは,有名なアリゾナのバリンジャー隕石クレーターとかもっと大規模なものもあるし,広大な平原地帯だからまあそんなもんか...と思ったのですが,事の本質はそうではありませんでした.以下では,Kenkman らの論文を参考に,このワイオミング隕石クレーター群について解説したいと思います.
Kenkman et al. (2002) には,Douglas 南西方の 100 km 程度の範囲に三つの隕石クレーター群が存在することが述べられています.Douglas 南西 10 km にある Sheep Mountain 北東麓のものが代表的なものです.それぞれのクレーターには緯度経度が記載されているのでその値を Google Earth に入力してみたのですが,そこには隕石クレーターらしきものは見当たりませんでした.理由は不明ですが,地理座標系の問題?
上に書いた Shawn Willsey の動画には,地表で見た隕石クレーターの詳細や周辺の地形・地質が紹介されていたのですが,残念ながらそれを示せるような写真等で二次利用が可能な画像を見つけることはできませんでした.そのうち問題を解決した動画が再公開されるかもしれないので,興味のある方はそれを期待してください.
で,しょうがないのであれこれ Google Earth で探っていると,やっと二つ見つけました(右図).いずれも図中央左下の円形地形がそうです.スケールがありませんが,図横幅が大体 200 m です.クレーターの直径は Kenkman et al. (2002) にもありますが,20 - 40 m といったところです.右の上の図には,図の右下のところに径の小さな隕石クレーターのようなものが2~3個見えていますが確証はありません.
どちらの図でも,クレーターの北東に赤褐色の地層露出らしいものが見えますが,これがこの隕石クレーター群を理解するポイントです.地層は緩く北東に傾斜しています.
まず,クレーターが形成されているのは,後期石炭紀(~最初期ペルム紀)の Casper 層の砂岩層の上です.その上位には,ペルム紀(Kungrian: 273 - 283 Ma)の Goose Egg 層 Opeche 頁岩部層が載っています.右の写真で赤褐色に見える地層が Opeche 頁岩部層です.
驚くべきことは,隕石クレーターは Casper 層砂岩の層理面上に形成されており,その上位層には見られません.つまり...これは最近の時代(数万年前~とか)にこの平原上に落下した地球外天体によって形成されたものではなく,280 Ma より前に Casper 層砂岩が堆積した直後に形成されたものということになります.『化石隕石クレーター』というわけです.そのようなものが古生代の地層の中に保存されていて,しかも現在の地表面にそのまま露出しているという...さすがはアメリカ大陸だな,と思います.日本列島ではまず 100 % あり得ないでしょう.
もちろんこれらが隕石クレーターだと判断できる理由は,その形態的なこともありますが,Casper 砂岩層などに PDFs (Planar Deformation Features)=“変形ラメラ” を示す石英粒子や抛出角礫岩(ejecta breccia)が認められるということになります.
ちょっと気になるのは, Kenkman et al. (2002) の言うように堆積直後の未固結~半固結砂層上に地球外天体が衝突した時,その挙動は岩石的なものになるのだろうか?ということですが,なんとも私には分かりません.
・日本列島には隕石クレーターはあるのでしょうか? 私が学生のころの答えは『存在しない』でしたが,2010 年前後に長野県飯田市御池山(おいけやま)から日本初の隕石クレーターの存在が 報告されています .学会報告等色々ありますが, 坂本・志知(2010)が一番まとまっているものと思われます.
・右図は御池山クレーターの Google Earth 画像(オルソ)です.中央にある扇状の凹地形がクレーターの半分程度が保存されたもので,東側は失われています.直径は約 1.2 km です.この地形だけを見ると変哲の無いもので,なんでそんなこと分かったの?と思うのですが,以前からそれを疑っていた方がいらっしゃったということで驚きます.もちろん衝撃石英を含む様々な科学的証拠が得られており,疑う余地のない隕石クレーターです.その形成は数万年前で,落下した天体の大きさは 50 m 程度と推定されています.
・Google Map/Earth に『御池山隕石クレーター』と打ち込むとちゃんとサイトが出てきますが,クレーターの北側リム上には,見学用駐車場も設置されているみたいで,驚きます.
・もう一つついでに...御池山クレーターは間違いなく日本唯一の隕石クレーターですが,長野県にはもう一ついわくあるものがあります(ありました).右の図は長野県王滝村にあるシンガハタの池の Google Earth 画像です(右下・道路の手前).これだけ見ると,火山地帯でもあるし,爆裂火口跡なのでは?と思われますが...1990 年代の初めころ,これが隕石クレーターではないかという疑いを持っている研究者がいて,テレビにも取り上げられました.直径は約 40 m と非常に小さなものです.
・そのころ私の趣味で読んでいた雑誌にも取り上げられ,某研究団体支部報でそれを紹介したことがあります.以下は,その再録です.読みにくいですが,あまり大きい声で言えるような文章でもありませんので.
素人が発見した日本最初の隕石クレーター??
私も実は良く知らなかったのですが,日本国内ではいままで,隕石落下は知られていた(例:有名な気仙隕石)のに,隕石クレーターは発見されていなかったのだそうです.先日,それらしいものの発見がTV(宇宙のことならおまかせ?のTBS)で取り上げられていましたので,紹介したいと思います.
問題の“クレーター”は,御岳のアバランシュ(岩屑雪崩)で有名になった長野県王滝村の山中の一角にあるほぼ円形の凹地で,現在は湛水した状態になっています.直径はそんなに大きなものではなく,TV画面でみた限りではほぼ 50 - 100 m と見えました.極地研の矢内桂三氏などが引っ張り出されていましたが,実はこの “クレーター” には,信州大の酒井潤一氏が数年前から注目しており,密かに検討を進めていたということで,酒井グループが電探のプローブを差し込んでいるところなどが紹介されていました.“乱入された” 酒井さんの表情は,心なしか複雑なものに見えました.また誰がそう言ったのかは分かりませんが,隕石クレーターである可能性は 70 % 以上,形成時期は約 3000 年前,隕石の大きさは 4 m 前後といった見解が紹介されていました.
実はこの “クレーター” は,あるバイク雑誌の「林道レポーター」(こんな商売があるなんて知ってました?)という,地球科学に関してはまったくの素人(佐藤信哉氏:その筋では有名人)が仕事(?)で林道を走っているときに見つけたものをTV局に持ち込んだものです.もし本当に隕石クレーターならば,(道路工事中に発見された化石というのは良くありますが)かなり珍しい発見例と言えるのではないでしょうか.雑誌の方にもこの“発見記”が掲載されていましたが,あちこちの専門家を訪ねて喰い下がる “しつこさ” には,なかなか敬服させられました. 1991年3月15日
『素人じゃない人』が発見した日本最初の隕石クレーター?(続報)
支部報の前号で,長野県の『隕石クレーター(?)』のことを紹介しましたが,その後,やはり隕石クレーターの可能性が高いことが専門家によって裏付けられました.その人は,前号でも触れましたが,信州大学の酒井潤一さんで,5月の地団研総会(のポスターセッション?)で発表されたようです.以下,毎日新聞5月3日付けの新聞記事を参考にして紹介します.
酒井さんらは,昭和51年といいますから,約15年前に花粉化石を検討するためにこの地域に入り,その際にこの地形(シンガハタの池:直径 50 m)を発見しました.3年前から,材化石の絶対年代測定・電気探査による地下構造の把握を行ない,池の形成が約 3000年前であること,基盤岩(流紋岩)上に約 20 m の深さの衝突クレーターによく類似した形状の凹地形が形成されていること,などが明らかになりました.このことから酒井さんはこの池が直径約 2.5 m の隕石の落下によるクレーターであると結論づけました.
しかし諏訪兼位氏のコメントにもあるように,高圧鉱物や impact glass などの “物的証拠” が得られていないのがやや弱い点と思われます.今後,磁気探査や重力探査で傍証を固めていくということですので,その結果が期待されます.
いずれにせよ(うがちすぎかもしれませんが,結果として),地球科学に関しては素人であるマスコミ関係者が動物的な勘でひらめいた仮説をテレビ局まで持ち込んだという事態が,酒井さんらの “公表” を促したようです.こういうところにも “時代” を感じてしまいました. 1991年5月30日
・この話がその後どうなったのかはまったくフォローしてないのですが,ネット漁っても正式な論文・報告はどこにもなくて,非専門家のブログなどで出てくるだけということは,科学的には違ってた,ということなんでしょうね...Google で “シンガハタの池” を検索すると こういうページ が出てくるし,Google Map/Earth ではなんと〔いん石湖〕と但し書きの付いた旗が立ってます.どうも,隕石落下で消滅した村から始まる大ヒットアニメ『君の名は。』で復権したということなのかも?
またもや火星ネタです.なぜこんなに火星ネタが多いのかは,項末のコラムを読んでください.にしても火星で『温泉』とは...?
Mars Guy は NASA の Perseverance Mars Rover による Jezero Crater 周辺の調査活動を約2年前から子細に紹介している Youtuber です.プロファイルを見ると,Dr. Steve Ruff, Arizona State University associate research professor となっており,内容から判断される通り,やっぱりと言うか地質の専門家でした.
彼の動画は,Perseverance によるパノラマ画像を主体としたものですが,先日(2023/10/15)公開された Did Spirit really find hot spring deposits on Mars? では,初代 Mars Rover である Spirit の撮影データに revisit し,興味深い可能性を紹介しています.
ちょっと復習しておくと,Spirit は僚機 Opportunity と共に 2004 年 1 月に火星に着陸し,2010 年 3 月に活動を停止しました.その間,Opportunity と共に,火星地質学にとって重要な莫大な量の知見を蓄積しています.着陸地点は Gusev Crater の内部で,“流水の痕跡” を探索することが最大のミッションでした(と思います).
で,Mars Guy が注目したのは,Spirit が Home Plate と呼ばれる台地状地形の上で撮影した,散在する白色の “岩塊” です(下写真).実は Spirit はこの写真を撮った前後に,表面砂層の下に『白色鉱物層』の存在を発見しています.それは,Spirit の後輪の一つがスタックしたため,移動時にそれが地表面を引きずって削り取り,その結果偶然発見されたものでした.その近傍で Spirit によって下の写真が撮影されたというわけです.この白色岩塊は,ガサガサの “雷おこし” みたいなもので,火星表面で普通に見られる岩塊(・破片)とは明らかに違った感じがします.
右写真はそのクロップ拡大画像ですが,右側にある黒い岩塊は言うまでもなく発泡玄武岩です.左側の白色岩塊が注目物体ですが,この画像で見る限り pisolitic とでも言うのか小さな粒状体の集合となっていて,火星表面でよく見られる玄武岩質火山岩や堆積岩(砂岩・泥岩)の岩塊(・破片)とはまったく異なった特異な構造をしています.
これらの白色鉱物は Spirit 搭載の分析装置ですかさず分析され,opaline silica (SiO2・nH2O) であることが分かっています (Ruff et al., 2011) ...って,この筆頭著者,Mars Guy その人じゃないですか.
S.W. Ruff, J.D. Farmer, W.M. Calvin, K.E. Herkenhoff, J.R. Johnson, R.V. Morris, M.S. Rice, R.E. Arvidson, J.F. Bell III, P.R. Christensen and S.W. Squyres (2011) Characteristics, distribution, origin, and significance of opaline silica observed by the Spirit rover in Gusev crater, Mars. Journal of Geophysical Research: PlanetsVolume 116.
Opaline silica は要するに含水珪酸で,少なくとも地球上では珪藻などの微生物の珪質殻以外では,温泉沈殿物や熱水変質物の中に存在するものです.
Mars Guy (and Ruff et al., 2011) は,これが『温泉沈殿物(hot-spring deposits)』である可能性を指摘しています.たしかに,白色岩塊の構造は,いかにも沈殿物らしい構造をしています.どうやら Mars Guy は,最近のチリへの調査行の際に実際に温泉沈殿物を観察して 2011 年に指摘したアイデアに対する確信を深めたようです.
それでは,火星に温泉堆積物があったとすると,どういうことになるんでしょうか? まずはその形成タイミングが問題ですが,Ruff et al. (2011) は白色鉱物が “stratiform” だと述べていますので,この台地状部に分布する火山性層序(volcanic ash?)の中に存在するものであり,要するに約 30 億年以上前の形成ということになるのではないでしょうか.現在の火星地表に温泉活動があるということではないと思われます.
温泉の多くは,地下水(天水)が火山性の熱源と接触して生成するものですから,当時の火星表面に一定程度の地下水が存在しマグマとの相互作用が起きていた証拠ということにもなるでしょう.
Mars Guy は,もう一つ興味深いものを指摘していますので,ついでに紹介しておきます.右写真は,Youtube 動画 Perseverance exposes a Mars mystery (2023/07/30) で示されたもので,こちらは Perseverance による最新の画像です.
Perseverance は他の rovers と同じように岩石表面を研磨切削するドリルを備えています.写真左にある円形部がその切削跡です.おそらくデルタ成砂岩でしょう.Perseverance は驚いたことに,砂塵や切削くずを吹き飛ばすブロアーも備えていて,この写真はそれによって露頭表面のダストを吹き飛ばして撮影されています.
地球で岩石表面を見慣れた私たちは,特に何も感じません.岩石(露頭)の表面というのはそんなもの.しかし,なにしろここは火星です.切削部周辺にある赤褐色の岩石表面被膜は何を意味するでしょうか? 色調からするとおそらく酸化鉄(Fe2O3)か水酸化鉄(FeO-OH)でしょう.空気と水分による風化で岩石表面が(水)酸化鉄の薄い皮膜で覆われただけ...と私は思いました.しかし Mars Guy は,この被膜がなんらかのバクテリアによる “microbial mat” である可能性を指摘しています.
そう言われてみると,私たちが地球上で普通に見る岩石表面の被膜がすべて無機的に生成したものという保証もないわけで...そうだったの?!という感じがします.
しかし,もしこの被膜が microbial なものだとすると,その意味は上記の温泉沈殿物とは比較できないほど重大です.なにしろ火星に(微)生物がいた・いる(のどちらなのかは,被膜の形成時期次第)ことを示しているわけですから.
Mars Guy も "mystery" とだけで,それ以上のことは言ってませんが,さて真相はどうなんでしょうか?
・私は,2004 年の Mars Rovers の着陸とそれ以降の地質学的成果に深く感動し,2005 年から学部生向けの講義『現代地球惑星科学概論』のネタとして使わせてもらいました(右図).その時は Spirit/Opportunity でしたが,その後 Curiosity の着陸(2012 年)もネタに加えました.
・しかし,周りからの反応は,あまり芳しいものではありませんでした.“ただの地質屋がなんで火星なんかの話を?” といった感じで.
・私の火星熱はさらに高じ,某試験問題の題材にも使いましたが,同僚スタッフの意見は『このようなものは試験問題として不適切である』(!)というものでした.凹みましたが,その場にいらした宇宙物理学がご専門の Kz教授の『別にいいんじゃない?』という助け舟で無事試験問題にすることができました.
・なぜ私がこれほど火星ネタに入れ込んでいるかというと,下のどこかにも書きましたが,Mars Rovers はまさに『夢中で地質調査を遂行する地質屋』そのものだからです.まだ何も分からない未開の地質フロンティアを地質調査ツールを手に日夜彷徨う...地質屋のロマン(死語)そのものではないでしょうか.おまけに Mars Rovers は我々地質屋の夢とも言える『その場(in situ)分析機器』を搭載しているのですから,なおさらシビレます.
・それにしても 2005 年当時の講義スライドを見て我ながら驚くのですが,今まさに Perseverance が精力的に調べまくっている Jezero Crater 内部の(鳥趾状 bird's foot)デルタ地形に私は既に気付いていたということです(2枚目スライドの左下).当時の NASA 情報に基づく認識だったかどうかは不明ですが,たしか火星周回衛星の測地データをカシミール3Dで表示してあれこれ探索した結果だったような記憶も.
この “石” のことは,Youtube 動画で以前からなんとなく知っていたのですが,飛ばし見していたせいか良く把握していませんでした.今回,ある Youtube 動画(後述)を視聴したのを契機としてちょっと調べてみたら,なかなか興味深かったので,ご紹介したいと思います.
ペトスキー石(Petoskey Stone)は単なる石ではなく,れっきとした化石です(右写真).見るとすぐに分かりますが,群体サンゴ化石です.
五大湖の一つミシガン湖の湖岸で礫としていくらでも採取できるもので(右写真),Petoskey というのは北東湖岸にある市の名前です.
これが一体いつの時代の化石なのか,地質屋ならまず第一に気になることですが,Youtube 動画にはなかなかそういう話が出てきませんのでやきもきします.
Wikipedia や Milstein (1987) によると中部デボン系の Traverse Group から由来したものとなっています.
Milstein (1987) Middle Devonian Traverse Group in Charlevoix and Emmet counties, Michigan. Geological Society of America Centennial Field Guide - North-Central Section.
湖岸にこれだけのペトスキー石が転がっているということは,ごく近傍にその大規模な母岩露頭があるはずです.Bose et al. (2011) を見ると,ミシガン湖の北東岸からヒューロン湖の北西岸にかけて Traverse Group の露出が連続しており,石灰岩採石場も多いようなので,それが母岩でしょう.しかし,露頭写真のようなものは見つけることができませんでした.
ペトスキー石の母岩層は,Traverse Group の中の Gravel Point Formation で,薄い頁岩を挟む石灰岩からなる地層です.石灰岩中には biohermal な部分があるという記載があります.
Bose, R., Schneider, C.L., Leighton, L.R. and Polly, D. (2011) Influence of atrypid morphological shape on Devonian episkeletobiont assemblages from the lower Genshaw formation of the Traverse Group of Michigan: A geometric morphometric approach. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 310, 427-441.
ペトスキー石は,化石名としては Hexagonaria percarinata というもので,四射サンゴ(Rugosa or Tetracorallia)亜綱に属するものです.
Youtube 動画『Finding and Polishing Michigan's Most Popular Stone! Petoskey Stone Paradise』などを見ると驚きますが,ミシガン湖岸をただぶらぶらと歩くだけで,3億5千万年前のこんな見事な化石が無数に拾えるわけで凄いなと思います.しかしそれだけなら程度問題ということで,他にも地球上にそういうところはあると思うし,そこまでの話でしょう.
まず驚くのは,このペトスキー石がミシガン州の『州の石(state stone)』になっているということです.日本でも, 県の石 が 2016 年に制定されていますが,日本地質学会が制定したもので,いわば『下達』っぽいものです(失礼).ペトスキー石が州の石に制定されたのは 1965 年のことで,その経緯は分かりませんが,なかなかの歴史があります.
なお Wikipedia によると,アメリカの state (gem-)stone/rock の中で化石は(ミシシッピ州とテキサス州・ワシントン州の珪化木を除くと)ペトスキー石以外は西バージニア州のサンゴ化石だけです.日本の『県の石』では化石カテゴリーが設定されていますが.
次に驚くのは,ペトスキー石が少なくともミシガン州では社会的にも広く認知されていることです.Antrim 郡では『ペトスキー石フェスティバル』が毎年行われていてその独自ドメインがあったり, 完全ガイドブック まで刊行されていて Amazon で入手できます.あと,e-bay などのオークションサイトにも,ポリッシュされたペトスキー石(右写真)の膨大な出品があり驚きます.
日本でも,こういった “地質オブジェクト” に対してそういうノリが付与されているところもないわけではないと思いますが,なんかやっぱりすごいです.
Youtube で地質関連の動画を見ていていつも思うことですが,アメリカはやはり国土の規模も大きくて,植生や地形などの点で『地質オブジェクト・現象』の見え方が違うな...と.グランドキャニオンとかロッキー山脈とかユタ州の陸成中生層とか...私の知っている世界のように,どこか沢の中に入って露頭掘り出してやっとなんか見えるとかいうのではなく,ドライブウェイを走っていても目の前一杯に地質現象がドカーンと.そうなると,地質研究者以外の一般市民でも嫌が応にもそれに対する情報・知識が中に入ってくるのではないかと思われます.Youtube でペトスキー石(だけじゃないですけど)の採集動画で一般の市民が楽しんでいるのを見て,そういうことを思ってしまいました.
ちなみに,ミシガン湖畔での “石” 採集のもう一つの定番は『メノウ(agate)』です.一般市民が趣味で(?)ダイアモンドカッターとか連装グラインダーを駆使しているのを Youtube で見ると,感心すると同時に少し複雑な気も.日本国内にもそういう方々がいらっしゃるのでしょうか?
付記: その後,『We Found Petoskey Stones and 350,000,000 Year Old Fossils EVERYWHERE in Lake Michigan! -by PaleoCris』という Youtube 動画 を見て,以下のことが新たに分かりました.
・実はミシガン湖畔の湖底(の前浜部)に Traverse Group の化石含有層(石灰岩)が広く露出していて,それが Petoskey Stone のオリジンとなっている.ほぼ水平層.
・当然なことであるが,その中には coral の他に brachiopods, bivalvia, gastropods, crinoids などの多様な化石が多量に含まれていて,シュノーケリングすれば素手でボロボロと採れる.
・つまり Petoskey Stone は河川運搬礫ではなく wave action による摩耗産物.
・Petoskey stone の他にも "Charlevoix Stone" というものがあり,こちらは favositids 化石.
なおこの方々(若いカップルですが)は,『真っ暗な夜のミシガン湖畔でUVライトを使って fossil hunting をする』という意表を突いたこともしています.これにはさすがに驚きました.
人新世(Anthropocene)については,下のトピックス『シルル紀仮説』で少し触れました.これがどうも気になっていたところ,Youtube で Anton Petrov による動画 Lake in Canada Is Now The Origin of Anthropocene, Here's What This Means が 2023/07 に公開されていました.これ自体は特に新しいことを言って(・紹介して)いるわけではないのですが,興味喚起ということで,非常に参考になりました.
ここでは,この動画に加えて Wikipedia の記事などから人新世(Anthropocene)という考え方について書いてみたいと思います.
Wikipedia の記事 によると,知っている人は知っているんでしょうけど,この概念(・用語)が提示されたのは 1980 年代のことだそうです.私が学生だったころですが,ぜんぜん知りませんでした.で,2008 年には Geological Society of London の Stratigraphy Commission に正式に提案されています.
その後いろいろあって,2019 年には Anthropocene Working Group (AWG) から,例の International Commission on Stratigraphy に提案が行われています.AWG は Anthropocene の “模式地” としてカナダの Crawford Lake を選定し,それが上の Youtube 動画のタイトルになっています.もちろん,まだ正式に認定はされていません.
右の図は Google Earth による Crawford Lake ですが,意外に小さく長径は 150 m 程度のもので,ちょっと驚きました.周りは自然保護区になっていて,左側に見える施設はそれ関連のもののようです.要するに,周りからある程度孤立しているところがポイントで,この湖底の堆積物が人新世の模式層序ということになります.
ここで誰しも気になるのは,『人新世の始まり(=完新世の終わり)はいつなのか?』ということでしょう.結論から言うと,決まっていません.これを決めるには,まず “人新世が何によって規定されるのか” を決める必要がありますが,もしかしてそれさえも決まっていない?!
候補としては,『農耕革命』『大加速事件(The Great Acceleration)』などがあるようですが,前者なら大体 12,000 年前,後者なら 1945-1960 年あたりとなります.かなり幅がありますね.18 世紀の産業革命は入っていないのでしょうか? Anton Petrov は人為的な放射性元素(60Co, 239Pu)の出現をかなり気にしているようですが,それだと後者ということになります.
なお Anton Petrov は上の Youtube 動画の中で,人新世を規定する要素の一つとして,『都市』というものが重要なのではないかという指摘をしています.人類が田園(rural)を出て都市(urban)へと集中していったのが地球環境に大きな変化を与えているのではないかと.この考え方がなにかソースがあるのかそれとも彼のオリジナルなものかは分かりませんが,私としては非常に興味深い指摘です.
・Wikipedia の Anthropocene ページで紹介されている “technofossils”(下図左写真)という表現は,私は初めて見ました.単なる海岸ゴミという気もしますが...もちろん,これが土砂と一緒に堆積・埋没して化石化すれば,という意味なのでしょう.
・“テクノ化石” というのはすごく 80 年代っぽい響きで,その世代としては,なんだかなごみます.
なお,日本語 Wikipedia では,technofossils は訳しようが無かったのか,“テクノフォッシル” とカタカナ表記されています.
・下図右にあげたのは,私が以前堆積学の講義でイントロの一つとして使っていた『ゴミの地層学』です.
ここでは,“もし,数千年後の科学者が我々のゴミ捨て場を...” というSFっぽい切り口にしています.私は何も知らなかったのに,ここで紹介した人新世の考え方と共通したものがあり,我ながら少し驚きます.これも synchronicity というものなのか?
『シルル紀仮説(Silurian Hypothesis)』とはいったい何のことでしょう? 最初に断っておくと,これは “古生代シルル紀” という地質年代名とは何の関係もありません.え...?!
例えば,J-GLOBAL の機械翻訳でそうなっているので,ウケ狙いでそう表記しておきますが,正確には『シルル人仮説』とすべきかと(下注参照).ますますなんのことやら...
まず,私がこの言葉を初めて聞いたのは,例によって Youtube ですが,2022/09/14 に公開されていた Anton Petrov の『Did Advanced Civilizations Exist Before Humans? Silurian Hypothesis Explored』(人類以前に発達した文明があった?-シルル紀仮説を探る)という動画を見てのことでした.
当初は,『宇宙人は既に地球に来ていて私達の隣を歩いている』パターンの与太話かと思ったのですが,Anton Petrov は至極まっとうな Youtuber なので,いったいこれはなんなのか?と.
実はこれには,元ネタとなった学術論文(Schmidt and Frank, 2019)がありました.
Schmidt, G.A. and Frank, A. (2019) The Silurian Hypothesis: Would it be possible to detect an industrial civilization in the geological record? International Journal of Astrobiology, 18, 142-150.
白状すると私はこの論文をちゃんと読んでいません.上のリンクで全部読めるのですが,長くて地質屋にはけっこう難しい,おまけに札幌は猛暑だし...しょうがないので,Wikipedia の要約を元に『シルル紀仮説』について紹介したいと思います.
注)『Silurian』というのは,イギリス BBC の有名なSFドラマ Doctor Who に出てくる爬虫類型ヒューマノイドの名前で,なんで Silurian なのかは分かりませんが,古生代シルル紀とは何の関係もありません.Silur というのはケルトの種族名(Silures)から来ているので,そういうからみなのかもしれません.
この Silurian は人類以前の過去の地球から来たという設定のようなので,Schmidt and Frank はそれを hypothesis の名前に(洒落で?)使ったということなのでしょう.
なお Wikipedia によると,この種族の名前は “サイルリアン” と発音そのままカタカナで呼ばれています.他のサイトではシルル人・シルルス人・シルリア人という表記も見られます.いつの時代から来たのかというと,古第三紀始新世(!).ただし白亜紀には既に文明を築いていたという説も.
簡単に言うと『シルル紀仮説』というのは,論文タイトルそのままの命題『地質記録中に(過去に存在した)産業文明の痕跡が発見される可能性はあるか?』を検証するための思考実験で,実際の研究の結果そういうデータが得られたというものではありません.
彼らは,第四紀以前の artifact は仮に存在したとしても化石化(と書かれていますが,おそらく続成作用)や風化浸食などのさまざまな地質プロセスによる変化により,発見される可能性はおそらく低いのではないかと考えています.もし認識できるとすれば,気候(気温)変動や特定の化学物質・放射性同位体元素の anomaly といった間接的なものになるだろうとも指摘しています.また,そういう文明があったとすれば当然地球外に進出したはずなので,地質プロセスのない月や,過去にはあったが現在は風成作用以外ほとんどない火星などで artifact が見つかる可能性があるとも.
こういった思考実験は,最近話題になっている地質年代『人新世(Anthropocene)』創設の考え方とも共通する点があり,地層屋としては非常に興味深いところです.
つまり,地質年代というものが地層中に記録された生物の出現や消長(=化石記録)に基づいて規定されているのなら,『人類』についても同じはず.そして,人類が地層中に記録しているのは化石記録だけではなく,それは地球史における “特異点” を形成している,という観点です.現在の人類文明がそうなのなら,過去の(何者かの)文明もそうだろうと.
※ 筆者も某理学部在職当時,地層学の講義で『ゴミの地層学』という仮想テーマを “つかみ” として使っていました.Schmidt と Frank はどちらも天文学者(天体物理学者?)のようなので,さすが『地層学発祥の地』イギリスは違うな,なんて思ってしまいます.
・このような過去文明(or 他文明)の遺物と考えられるものが実際に存在するという報告(主張?)があり,『オーパーツ(OOPARTS: Out-Of-Place ARTifactS)』と呼ばれています.つまり,その時代・場所にはありえないような人工的物体(artifact)を示す言葉で,さまざまなものがあります.Wikipedia にも “Out-of-place artifact” として項目が設けられています.
・実は私は大のオーパーツ好きで,学生の頃はデニケンの『未来の記憶』なんかを感動して読んでいました.もちろん私は科学者ですので(笑),そういう類のものを無条件に信じているわけではありません.おそらくその大部分は捏造か勘違いかあるいは科学(・技術)的に説明のつくものでしょう.しかしその中に,0.01 % でも本当のオーパーツがあったら...? SF好きとしてはたまらない話です.
・当時の日本SF界の巨匠小松左京の代表作『果てしなき流れの果に』の導入は,“和泉層群砂岩層の中から四次元砂時計が出てきた” という突拍子もないものです.和泉層群というのは西南日本の白亜紀前弧海盆堆積体で約1億年前の斜面相海成層,北海道で言えば蝦夷層群みたいなもので,これこそオーパーツです.小松左京の筆力もあって,ぞくぞくしながら読んだ記憶があります.そのSF的説明・帰結は今にしてみると,え?という感じもあるのですが.地質屋としては地質学と考古学の区別が少し曖昧なのもちょっと気になります.
※ 右図は小松左京著・早川書房刊『果てしなき流れの果に』.1973年発行第四刷(筆者所有文庫版)の表紙カバーを撮影したもの.表紙デザインはSFイラストの第一人者・生頼範義氏による.早川書房のご厚意により書影掲載の許可を得ている.
・“果てしなき…” の『実話版』オーパーツとしては,こんなもの も.同じ白亜紀ですね.ハンマーですか...地質屋としてはぞくっと来ますが,さて本物なんでしょうか?
久しぶりのトピックス更新ですが,またもや火星ネタです...右の Youtube ビデオは,先月 Quick Solutions - Data によって公開された Perseverance Rover の画像です.
撮影場所はもちろん Jezero Crator の “例の場所” (下のトピックスのコラム参照)だと思います.
で,なにが写っているのかというと,ビデオのタイトル画像を見てすぐに分かると思いますが,『火星のデルタの地層』です.
左の画像は,上のビデオからキャプチャしたものです.この地層の性格というか構造の明確な説明は動画中にはないのですが,勝手に解釈すると...
この傾斜した地層は,デルタ堆積体中のフォアセット層(foreset bed:前置層)です.したがって,これを作った水流の方向は向かって左 ⇒ 右ということになります.おそらく右側が Jezero Crator の中心方向ということでしょう.フォアセットの下半部は凹湾曲しているように見えます.
で,フォアセット層の下位は明確に水平層で,フォアセット層の湾曲した層理面がそれに向かって収束しているように見えます.つまりこれは底置層(bottomset bed)ということになり,デルタの下底部の断面が見えているということで,なんともファンタスティックです.
火星でこんなものが見られるとは...というかむしろ,地球のような流水浸食・植物被覆・表層風化の無い(あるいは極小な)火星だからこそ,こういうのがもろ見えになっているということなのかもしれません.
※ この項に掲載している火星の地層・岩石の写真の著作権は,すべて NASA/JPL-Caltech/MSSS にあり,非商用目的ではフリーな二次利用が 認められています.
ここで書くのは,特に最近のトピックスというわけではありません.火星の礫岩です.何年も前から既に知られていることですが,最近 Youtube には Perseverance Mars Rover の活躍に触発されたのか,大量の火星地形・地層ネタ(例えば これ とか)がアップされています.それなどを眺めていたら,礫岩のこともどこかで書いておいた方がよいだろうと.
なお昔の話ですが,復刻版・地質ブログの『火星の地層学:火星の礫岩!』と『火星の地層学:火星の礫岩,その後』のページに簡単に書いています.2012 - 2014 年の記事でした.
NASA の Mars Rovers は,Spirits/Opportunity (2004-2018) が Gusev Crater に,Curiosity (2012-present) が Gale Crater に,そして Perseverance (2021-present) が Jezero Crater の内部または近傍に降り立ち,数々の科学的成果を収めてきました.その成果はすべてオープンにされています.彼らは,まさに “火星地質屋 Martian Geologists” です.これらについては,『火星地質学』とか称してこのサイトで一章を設けて記述したいのですが,そこまでの気力体力が私に残っているかは...
以下では,火星地質屋たちが発見した『火星の礫岩』について簡単にご紹介したいと思います.
・右の写真は,Curiosity が撮影したものですが,火星の岩石砂漠の上にごろんと転がっている礫岩の岩塊です.かなり膠結が進んでいるように見え,砂基質支持のように見えます.礫の岩種はもちろん分からないのですが,かなり硬質なもので,比較的円磨した亜円礫主体です.この岩塊のオリジンは分からないのですが,形状からは明確に proximal なものです.過去に Curiosity は,緩く傾斜した『礫岩層露頭』を報告していますので(上記ブログリンク参照),そういったものが近傍にあるのでしょう.なんにせよ驚くべきものです.
・右下の写真は,2014/02 のブログで紹介したものですが,斜長石ドレライトや玄武岩(?)礫を含む礫岩です.かなり不淘汰なものですが,亜角~亜円礫を主体としたもののようです.Gale Crater の上流(下記コラム参照)には火山地帯が存在するということなんでしょうけど,具体的なことは私の追究不足でよく分かりません.
・これらの礫岩の存在は,要するに過去(30何億年前)の火星に流体としての水があったということを示しています.砕屑物の粒径は基本的にその flow energy に依存していますから,有体に言って,ちょろちょろではなくて,ごうごうと流れている水があったということでしょう.Spirits/Opportunity 時代には,『水じゃなくて炭酸ガスが流れていたのでは?』などという意見もあったと記憶していますが,そのへんは現在では誰も疑問を持っていないと思います.科学的大発見は普通そうですが,“はじめは俄かに信じ難いことであった” ということでしょう.
・で...礫岩の話とは離れるのですが,こういう火星地層の写真・ビデオを大量に見ていて最近思うようになったのは,『火星の堆積岩って,なんでこんなに固くなってるの?』ということなんです.地質を分かっていない者の稚拙な疑問で論外と思われたら,以下は飛ばしてください.
・右上の写真は,真っ黒い風成砂の中に半ば埋もれている泥岩の露頭です.層理面上にある割れ目は乾裂(dessication crack)ではないかと説明されていますが,それはこの際どうでもいいです.泥岩は見事に固結していて,日本列島地質屋の感覚で言うと,だいたい古生層(~下部中生層)くらいの固結度です.要するにカリンカリン,砕屑粒子が簡単に粒間分離しない程度という意味です.
・地球上の基本に立ち返ってみると...堆積岩が堅いのは,『埋没-圧密-脱水-膠結』というプロセスの結果です.どのくらいの深度まで埋没すればこう固くなるかというと,感覚的なものですが,少なくとも 数百 m 以上,温度としても 50-70 ℃ 以上といったところでしょうか?
・火星でどの程度の埋没(≒ 堆積盆底の沈降)が起きているかを示すデータは私はまったく知らないのですが,Gale Crater の底部と中央丘の高度差は 5.5 km ありますので,それが全部埋積されたらその下部ではしかるべき埋没続成が起きていても良いような.その場合,地温勾配は?? 仮にそれらの条件が満たされて続成の結果固結したとして,『それがなぜ地表に出てきている』のでしょうか? 地球上でそういう emergence が起きるのは,プレートテクトニクスをはじめとする “変動” が起きているからです.しかし,火星には(液体核が無いので)プレートテクトニクスが無いというのは周知のことです.基本的には,クレータ内を埋積した堆積物は,それ以上の作用を被らないはずです.なにしろ,Jezero Crater では,30何億年前に形成されたデルタがそのままの形で今も地表に残っているくらいですから.
・ここまで考えてくると,やはり火星では私の知らないような,何らかの続成要因があるような気がしてきます.①とにかく30何億年という継続時間は長過ぎて実は地表条件でも堆積物は固結してしまう,②昔は地温勾配も高くてちゃんと続成しその後の長い浸食期間が,③太陽からの放射(radiation)がなんらかの作用を?...等々妄想は膨らむのですが,要するに私には分からないということなので,これくらいにしておきます.
砂パイプとはいったい何のことかと思うでしょう.たしかに普通の地質学では聞かない語です.下のコラムに書いた通り,私(達)は,1995年頃に既にこういった砂サイズ砕屑物の流動貫入体というものに気づいていて,短い報告にしています(後述).しかし,自分自身『本当にそんなものがあるんだろうか?』というネガティブな(間違っていたかも?という)気持ちになったことも確かにありました.
しかし,それ自体私の視野の狭さを示すものでした.最近 Youtube に公開された動画『Investigate mysterious features with a geologist』by Myron Cook (2023/05/25) を見て,なぜ私は 1995 年当時このようなものの存在を知らなかったのか,もし知っていれば...と心底思いました.Wheatley et al. (2016) によると,1985年頃には既にコロラド平原で発見・報告されていたらしいのですから.
Wheatley, D.F., Chana, M.A. and Sprinkel, D.A. (2016) Clastic pipe characteristics and distributions throughout the Colorado Plateau: Implications for paleoenvironment and paleoseismic controls. Sedimentary Geology, 344, 20-33.
以下では,これらの資料を基に,地層中に形成された大規模な砂パイプ=砂貫入体の存在について紹介したいと思います.
・まずは右の Google Earth イメージを見てください.一体どこの何なのかというと,ユタ州南部のコロラド平原です.随所に水平に近い層理面のパターンが見えていますが,ジュラ紀の砂漠成層(有名なナバホ砂岩層とか)です.その中にドーム・クレーター状の構造が散在しているのが見えます.前に紹介した岩塩ダイアピルにも似ていますが,実はこれが無数の『砂パイプ(sand pipe)』=砂貫入体の断面ということになります.砂パイプの直径は 数十 m 程度ですが,最大で 150 m に達しています.
・上の Youtube 動画にも紹介されていますが,この砂パイプは周縁部が城壁状に盛り上がっていて,アメリカの砂漠地帯によくある『ネイティブ・アメリカンの遺跡』のようにも見えます.私も最初そう思ってしまいました.Google Earth 画像を見ると分かるようにこの砂パイプ,とにかくあるところにはうじゃうじゃとあるという状態で,非常に驚きました.
・砂パイプの周縁部には,"anastomosing" な鉱物脈のスワームが発達する場合があり,Myron Cook さんも言っているように,『高間隙水圧を有した流体』の関与が明確に示されています.
・砂パイプの形成スキームです(右図).これは Wheatley et al. (2016) の掲載図を参考にして描いたたものですが,こうやって見ると至極当たり前のもので,特に目新しいものではありません.我々日本人ならば『地震の際の液状化砂噴出』そのまんまです.
・ポイントとしては,含水砂層の上を氾濫原の細粒堆積層が覆っていて,いわゆる “封入層(confining layer)” となっていることでしょう.Wheatley et al. (2016) では “頁岩” となっているのですが,液状化時(≒堆積直後)にそこまで固結していたかはちょっと疑問です.
・Wheatley et al. (2016) を読んでちょっと驚いたのは,この砂パイプは,『(古生界を含む)顕生代の地層のどれにも貫入している』と書かれていることです.え?!ちょっと待ってよ,ジュラ紀(=堆積直後)の未固結含水状態で上方貫入したのでは??と思いますよね.よく読んでみると,三畳紀以下の地層を母岩とする砂パイプは地下空洞の崩壊による『空洞充填』ということのようです.つまり下方・上方充填どちらも起きているということですね.そうすると両者で砂パイプの構造等には差異がありそうなものですが,そのへんは読解力不足で良く分かりません.空洞充填の方が規模(径)が少し大きいような感じもしますが...
・気になるのは,上の Google Earth イメージにあるように『なぜこのように密集しているのか?』ということです.それらが異なるイベントで別々に形成されたと考えるのはちょっと難しいので,一度の液状化で無数の砂パイプの貫入が起こったということになります.普通どこかでいったん貫入が起きればそこに集中するのが自然なので,不思議だな...と.割れ目制御のような感じは受けずランダムな分布に見えますし.あとパイプの大きさが揃っているように見えます.それは何によって制御されているのか...このへんにしておきます.
GWさなかの 5月5日,石川県能登半島で震度6強という強い地震が起こりました.マグニチュードは 6.5,その後も最大震度5強をはじめとする余震が頻発しています.この周辺では 2007年にも震度6強の強い地震が発生しており,地震の頻発地帯となっているところです.
私は当初,この地震は中越地震(2004年)のような,ENE-WSW方向の活構造に関係した内陸型地震と単純に思っていました.それはまあそういうことなんですが,今回の地震発生でにわかに脚光を浴びたのが『地殻深部流体(geofluids)』の存在です.
地震の発生に地殻深部流体が関与する可能性については私もなんとなく聞いていました.しかしあまり関心が無かったので,例のオイルシェール抽出地震説みたいに “浸透した天水(・海水)が作用している” 程度のことかと思っていました.例えば兵庫県の有馬温泉が非火山性で沈み込み流体関与らしいということも聞いていましたが,そのへんがどうも自分の中でつながっていませんでした.
今回の能登半島地震で色々なメディアで紹介されたこの地殻深部流体の記事を見て,やっと事の本質が理解できてきたような気がします.以下では,これらの記事を基に,岩森(2019)も参考にして,地殻深部流体と地震の関係について紹介したいと思います.
岩森 光・行竹洋平・飯尾能久・中村仁美,2019,地殻流体の起源・分布と変動現象.地学雑誌,128, 761-783.
・右図は気象庁の震度データベースから取得した,2000年5月~2023年5月に能登半島で発生した地震の震央分布です.これで分かることは;①震源深さが 20 km 以深の地震は起きていない,②震央域は能登半島の北西海岸にほぼ平行に伸びている,③震央域は能登半島東端部と西半部の二つに分かれる.③の意味は分かりませんが,①②はこの地震が ENE-WSW 方向の活構造(≒活断層)に関連して起こっていることを示しています.『令和4年(2022年)6月19日に能登半島で発生した地震の関連情報』(産総研地質調査総合センター)によると,能登半島北岸の 5〜10 km 沖に活断層が存在しており,それは東西 20 km 前後の長さを持つ四つのセグメントからなっています.これらの断層は,すべて南側が隆起する南東傾斜の逆断層とされています.震央域の位置はその活断層から南へ約 10 km 程度離れていますが,仮に逆断層面の傾斜が 45度程度であれば,それで説明は可能です.
・岩盤中に水(流体)が含まれていると何が起こるかというと...私の初心者レベル知識で説明しますが,まず Terzaghi の有効応力原理により,岩盤中の有効応力が流体圧の分減少します.有効応力が減少するということは,破壊強度が下がるということになります.岩盤中に流体が含まれると,ある面に沿った摩擦係数は当然下がります.
・岩森ほか(2019)によると,ある(断層)面に沿った岩盤の破壊時には,τ = μ (σn - Ph) という関係が成り立ちます.ここで,τ:破壊が起こる直前における断層面上に働く剪断応力,σn:同じく法線応力,μ:断層面の摩擦係数,Ph:間隙流体圧.これは素人目には,有効応力原理とほぼ表裏一体の(=同じことを言っている)ようにも見えますが,私にはよく分かりません.いずれにせよ破壊時の剪断応力は,摩擦係数が小さいほど・間隙水圧が高いほど,小さくなります.
・まとめると,岩盤や既存の断層面中に流体が存在すると,より小さな応力で破壊が起きるようになり,その結果として,地震が発生しやすくなる,ということになるでしょう.
・右図に,この地殻深部流体のモデル・スキームを示します.NHK ニュースに掲載されている西村教授のスキームを参考にしていますが,私自身のモディファイ・加筆を施したものです.以下の説明も,私が勝手にこうだろうと書いたもので,ぜんぜん間違っているかもしれません.
・まず,能登半島は日本列島の背弧側にあり,プレート沈み込みに起因する圧縮応力場でESE-WNW方向の活動的な逆断層群が発達しています.日本海溝から沈み込む海洋プレートは大量の水を含んでおり,沈み込みに伴う温度上昇により脱水反応が起きています.この脱水は上盤側の上部マントルに部分溶融を引き起こし,島弧マグマが形成されます.
・海洋プレート中の水は,このマグマ形成場ですべて脱水するわけではなく,少なくともその一部はさらに深部で脱水します.その水は geofluids となって上昇し,地殻まで達し滞留します.その一部がより浅所の岩盤や上記断層部に浸透し,破壊強度と摩擦係数を低下させ,岩盤破壊あるいは既存断層面の再動が起こり,地震が発生します.
こんな感じだと思うのですが,geofluids(すべてが水というわけではない)の発生・移動・浸透などの挙動詳細は,岩森ほか(2019)などを読んでも,正直言って私の素人アタマではどうも理解できない部分がありました.温度圧力条件とか,『第二臨界点(中略)を超えると,メルトと水溶液の区別がなくなり』とか,どうもよく分かりません.さらに,日本列島の他の部分ではじゃあどうなのか?とか.まあでも,地球深部における水の重要性とか,大体は理解できたような気はします.
・上に “例のオイルシェール抽出地震説” と書きましたが,その後地震を引き起こすもっと身近な地殻流体があることを知りました.『地熱発電』です.地熱発電のすべてという意味ではなく,その中の『高温岩体地熱発電』と呼ばれるものがここで注目されるものです.
・高温岩体地熱発電というのは要するに,地下深部(数 km 程度)に存在する高温岩体を水圧破砕してその内部に水を送り込むことで人工的に熱水の貯留層を形成し,そこから高温の蒸気や熱水を得るというものです.上の Wikipedia ページによると,この方式は色々な問題があり,現在は世界的に推進されてはいるとは言えない状態のようです.その懸念要因の一つが『注入流体による地震誘発』でした.
・ところが...お隣韓国で 2017 年 11 月に発生した 浦項地震(Pohang Earthquake)が,この地熱発電所からの注入流体が原因であるとする説が出されていました.震源深さ 5.5 km,地震規模 M5.4 ということで,かなりの被害が出た地震です.で,なんとその後,韓国政府機関によりその地熱発電所原因説が 可能性として accept された (Zastrow, 2019, South Korea accepts geothermal plant probably caused destructive quake. Nature News.) というのですから,驚きました.
・これについては,最近 Youtube にアップされた動画『South Korea's Human Caused Earthquake』by GeologyHub (2023/05/21) に非常に興味深いレビュー紹介が行われていますので,ご覧いただければ.
・個人的には(素人ですが)...仮に既存断層面に高圧流体が浸透したとして,上の動画中のスキーム図にもあるように,その浸透範囲は非常に狭いはずです.もちろんその場所では有効応力や摩擦係数が低下するので破壊スリップしやすくなるのは当然ですが,断層面全体の面積の中ではまったくの微々たる範囲なので,それが断層全体の滑り要因となるんだろうか?...というのがちょっと疑問なところです.破壊寸前のぎりぎり臨界点付近にあったということなんでしょうか? それとも断層面に沿ってけっこう広範に(上方に?)浸透しているとか?
・高圧流体の水圧とか,注入箇所から断層面までの経路とか,他にもいろいろと気になる(・分からない)点がありますが,このへんにしておきます.
(2023/05/25 追記)
...とは,いったい何のことなんでしょうか? Messinian Salinity Crisis (MSC) -メッシニアン塩分濃度危機,と呼ばれる地質学的事件のことです.どこかのサイトでは,Mediterranean Salt Crisis と書いてあるのを見たような気もするのですが,単なる勘違いかシャレなのかも.
Messinian というのは新第三紀中新世の最末期の時代(7.246 - 5.333 Ma)です.このとき何があったのか...地中海が干上がって岩塩などの沈殿岩が厚く堆積し,その後しばらくたって海水が流入し大洪水の結果,地中海がまた出現した.正直言って,この話を最初に聞いた時は何かのジョークかと思いました.地中海の現在の最大深は 5,267 m(!),ウユニ塩湖みたいなフラットな浅い場所ではありません.それが干上がった...つまり深さ 5,000 m 以上の巨大な盆地が出現した(右図)ということになります.
地球上で一番低い陸域は Wikipedia によると死海(Dead Sea)で,その湖面標高は - 422 m,最大深が 433 m ということですので,湖底は少なくとも海面下 850 m ということになります.それでも干上がった地中海 “盆地” の深さには遠く及びません.面積は比較もできません.そんな巨大規模の盆地が現在の地球上にあるでしょうか? 無いです.私には俄かに信じられないのですが,でも確かに過去の地質時代にはあったんですね.
以下では,この壮大・ドラマチックな地球的現象について,Wikipedia や,2020/10 に公開された Youtube動画 That Time the Mediterranean Sea Disappeared -by PBS Eons,および Butler et al. (2014) 等を参考にして紹介したいと思います.
R.W.H. Butler, R. Maniscalco, G. Sturiale and M. Grasso (2014) Stratigraphic variations control deformation patterns in evaporite basins: Messinian examples, onshore and offshore Sicily (Italy). Journal of the Geological Society, 172, 113 - 124.
・この crisis を如実に示すものの一つが,地中海沿岸各地に分布する大規模な Messinian 岩塩層です.右の写真は Sicily 島の Realmonte 岩塩鉱山の坑道写真です.縞状の岩塩層がおそらく褶曲していて,掘削跡との関係でこのような芸術的な模様を見せているんだと思います.
・地中海の “陸化”(隆起という意味ではない)は,ジブラルタル海峡の閉鎖によって発生しました.これによって地中海と大西洋との連絡が絶たれたわけです.しかしもちろん,それだけでは干上がりません.多少塩分濃度が上昇するくらいだったでしょうが,そこに当時の著しい温暖化・乾燥化が重なりました.それによって海水蒸散量が周囲の陸域からの河川水流入量を(はるかに?)越えたということでしょう.
・この現象が起きたのは,5.96 Ma と言われています.その後 5.33 Ma にジブラルタル海峡の閉鎖が破れ,海水の流入で Zanclean flood と呼ばれる大洪水が発生し,地中海は『元に戻り』ました.つまり,干上がり状態は約 63 万年間続いたわけです.洪水の継続期間はよく分かりませんが,あるサイトには『数週間で地中海は海水で満たされた』という記述もありました.
・ジブラルタル海峡の閉鎖から地中海が干上がる(=海面が盆底に達する)までどのくらいの時間がかかったのかは,調べてもよく分かりませんでしたが,10 万年程度という記述が Wikipedia にあります.当時の地中海盆底の深さもよく分からないのですが,仮に 4,000 m とすると,海面の下降速度は 4 cm / year となり,案外おとなしい(?)数字です.100 年で 4 m ですか...地球プロセスってそういうもの(結果=速度x経過年数)なんですよね.その経過年数の(人間的尺度を越えた)長さがポイントであると.
・なぜジブラルタル海峡が閉鎖されたり “開門” したりしたのかの理由ですが...一般にはテクトニックなものと説明されているようです.地中海一帯は,アフリカプレートとユーラシアプレートとの境界帯なわけです.具体的な何が起きたかは色々な考えがあって定説は無いようです.右にあげたのは Wikipedia 上で公開されている解説動画です.説明がほとんどないので,詳しいことは分からないのですが,沈み込むアフリカプレートの先端が破断してマントル中に沈降し,その残存部は下に引っ張られる力が無くなってしまうので,弾性的に上昇して陸域の隆起を引き起こしたというようにも読めます.残存部はおそらく周囲より低温だとは思いますが,もし周囲の上部マントルより十分に密度が低ければ浮力的な(buoyant)上昇ということもあるでしょう.さて,どうなんでしょうか?
・ なお,この動画では,5 Ma 前後には,アフリカとヨーロッパの距離は現在よりもかなり広いように描いています.つまり,閉塞部分は現在のジブラルタル海峡よりはるかに広かったようです.
これはなんと読むのでしょうか? ストレッガ? その名前は別として,このノルウェー沖の大規模海底地すべりの存在は私も以前からなんとなく知っていました.しかし先日,その地すべりが引き起こした巨大津波に関するYoutube 動画 The North Sea Tsunami: Britain’s Deadliest Disaster (2020/11/10 公開) -by Geographics を見て,そういうことだったのか!とあらためて再認識しました.
以下では, Wikipedia や上の Youtube 動画, geology.com サイトの Largest Landslides in the World ページ,およびいくつかの論文を参考にして,人類史の中で起きたこの大規模破局的災害について,ご紹介したいと思います.下の Burckle クレータの話を書いた時も強く感じたのですが『こんな大規模な地球科学的事件がつい最近(いくつも)起きているのか!』...そう思いませんか?
・Storegga 海底地すべりの発生した場所は,ノルウェー沖の大陸棚縁辺部です(右図).アイスランドはもちろん大西洋中央海嶺の上に位置する spreading-center island ですが,ノルウェーとアイスランドの間には,ノルウェー海と呼ばれる深い海盆が広がっています.海底地すべりはノルウェー沿岸を縁取る大陸棚縁辺で発生し,ノルウェー海盆に流下しました.
・Storegga 海底地すべりの発生した時期ですが,BC. 6225–6170 の間とされています.上の Youtube 動画では中石器時代と言われているようですが,その後期から新石器時代にかけての時代かもしれません.さらにその動画では,それはおそらく 10 月のことだったろうとも述べられています.なんでそんなことが分かったのと驚くような話ですが,その根拠はスコットランドで観察される津波堆積物(右写真)中の花粉の種類ということでした.
・それでは,Storegga 海底地すべりの規模はどういうものだったのでしょうか? Wikipedia には,崩壊した大陸棚の幅が 290 km,崩壊堆積物の体積が 3,500 km3 と記されています.驚くべき巨大さです.Bryn et al. (2005) にはこの海底地すべりの印象的なマップが掲載されていますが,それによると地すべり堆積物の到達距離は少なくとも 820 km 以上,分布幅は最大で約 410 km です(右図参照).
P. Bryn, K. Berg, C.F. Forsberg, A. Solheim and T.J. Kvalstad, 2005, Explaining the Storegga Slide. Marine and Petroleum Geology, 22, 11-19.
・海底地すべりの滑落崖の最高点は,海面下 150 m 前後のところにあります.大陸棚の最外側部は 380 m 前後です.大陸棚の崩壊で発生した大量の地すべり堆積物は,海面下 800 - 3,400 m の大陸斜面を流下し,分岐しながら海盆中に見られる北東―南西方向の直線的な “峡谷状” 凹地(最深部は海面下約 3,800 m)へと流れ込み,さらにオーバーフローしています.この凹地は,Aegir Ridge と呼ばれるもので,アイスランドの下を走る中央海嶺から分岐した非活動的レリック海嶺のようです.その北東側を区切る地形は Jan Mayen Fracture Zone で,おそらくトランスフォーム断層でしょう.地すべり堆積物の北東側はこの地形によって明瞭に規制されています.その南東側の大陸棚との間にある海面下 1,300 m 前後の平坦なバンク状地形がなんなのかは私には分かりません.
※ Storegga 海底地すべりの北東側には,相対的に規模の小さい Trænadjupet Slide という海底地すべりがあります.これが Storegga 地すべりと同時期に発生したものか,それとも直接の関係がないものなのかは,不明です.
・この海底地すべりにより,当然のことですが,大規模な津波が発生しました.上記 Wikipedia によると,その波高はノルウェー西岸で最大 11 m,スコットランド東岸で最大 6 m,シェトランド島で 15 - 20 m となっています.スコットランドでは,海岸から 80 km 奥まで浸水したという記述もあります.この津波は,当時のヨーロッパにおける石器文明に破滅的なインパクトを与えたようです.上記 Youtube 動画では,津波発生が秋(10 月)なので,狩猟で居住地を離れていた人々の多くが低地の居住地に戻っており,それが人的被害を増大させる要因になったはずという推測も述べられています.なお,津波発生時には北海南部に Doggerland という陸地が存在してヨーロッパ大陸との陸橋になっており,以降の海水準上昇により海域(Dogger Bank)に変化していますが,この Doggerland も大きな津波被害を被ったはずです.
・それでは,なぜこのような大規模な海底地すべりが発生したのでしょうか.大陸棚~大陸斜面域の堆積体に,ある種の不安定性(instability)が発生している状況下で,沖合を震源として発生した地震がトリガーとなって斜面崩壊が発生したというのがもっとも reasonable な説明でしょう.問題は,じゃその不安定性っていったい?...ということですが Wikipedia や Bryn et al. (2005) によれば;①氷河の融解に伴って運搬された多量の砕屑物質の厚い堆積,②透水性の異なる堆積物パイル中に発生した過剰間隙水圧,③堆積物中に形成されたメタンハイドレートの減圧(・温度上昇)融解による体積膨張と強度低下,...といったことが想定されているようです.
・このような大陸棚~大陸斜面での不安定性に起因する大規模崩壊事件は,実は地質時代の日本列島でも起きています.右は,酒井(1988)により提唱された『岬オリストストローム』の分布を示したものです.
酒井治孝(1988)岬オリストストローム帯の成因と高千穂変動の再検討.地質学雑誌,94, 945-961.
・“オリストストローム(olistostrome)” とは,要するに海底地すべり堆積体のことですが,それが日本列島南岸にある有名な岬の周辺に分布することからそう名付けられました.その形成時期は新第三紀中新世(1,700~2,200万年前),四万十帯中の前弧海盆堆積体の中に認められるもので,その分布はもちろん連続しているわけではありませんが,全体として少なくとも東西 800 km 以上に及ぶ大規模なものです.その海底地すべりによって当然大規模な津波が発生したわけですが,その記録は残念ながら当時の地質記録中には明確には認識されていないと思います.
・岬オリストストロームの内部構造を示すものは,酒井(1988)に掲載されている日南層群都井岬オリストストロームの写真が印象的ですが,公開されている PDF ではその造りが悪く(?)非常に不鮮明です.ネットで何かないかとあれこれ探してみたのですが,ジャストなものは見つかりませんでした.互層やフルートキャストの写真はいくらでも出てくるのですが.皆さんあまり関心がないのか...しょうがないので,北海道で私が撮ったしょぼいスランプ体写真で我慢してください(右写真).
・岬オリストストロームの形成シナリオは以下のようなものです.
①約2,000万年前,フィリピン海プレートが西南日本弧の下に沈み込みを開始した.
②この沈みこみはプレート境界の結合力の強い “チリ型” で,それによって上盤側の西南日本弧プレートは引きずられ下方にたわんだ.それによって前弧地域の勾配が増加し,重力的な不安定が生じた.
③プレート境界巨大地震など,なんらかのショックが引き金となって,不安定な前弧堆積体が大規模な海底地すべりを起こし,オリストストローム体が形成された.
・酒井さんのこの着眼点が 1988 年以降どのようにフォローされていったかは,残念ながら私には分かりません.前弧堆積体中のメタンハイドレートの広範な形成が認識される以前の形成スキームということもあります.しかし,大規模海底地すべりの形成に関する卓越した先駆的な研究であると私は思っています.
April Fool ではありません.これは私自身,昔からずっと興味があったのですが...なにかというと,『ノアの大洪水』です.もちろんキリスト教徒ではない私には,聖書というものの本質的な意味を理解することはとてもできません.ただ,宗教的ストーリーの中に記述されているあのようなカタストロフィックな事件・事象というのは,やはりそのベースになった現実の事件・事象が存在するのではないか,と.“ノアの方舟” については,Youtube に『アララト山中で発見!』動画がいくつかあります.例えば こんなやつ .真実なのかフェイクなのかどうか私には判断できませんけど.
で,ノアの洪水について,その原因を突き止めたという論文が(かなり前のことですが)公表されていました.2006 年頃の話です.まあそれしかないのかなと思うのですが,地球外天体の衝突ということです.それ自体は地球史の時間軸では普通にあることで,取り立てて珍しいことではないのですが,この事件はなんとわずか 5,000(万ではない)年前に起きたことであると.そんなの聞いてないよと言いたいくらいです.
先日(2032/03/27)公開された Youtube 動画『A Sound Scientific Explanation For The Biblical Floods: The Burckle Crater Comet Impact』-by OzGraphics で,この話の主役である Burckle Crater というものを私は初めて知りました.“Sound Scientific Explanation” = “明快な科学的説明” というのは話半分かとも思うのですが,以下では,これについて Abbott et al. (2007), Gusiakov et al. (2009) および Wikipedia などを参考にして,ご紹介したいと思います.
※ “Burckle” というのは,Abbott et al. (2007) の共著者である L. Burckle 氏 (Columbia University) の名前から取られています.そう書かれているわけではないのですが,同じ名前ですからそれ以外考えられない...なぜ著者自身の名前がクレーター名になっているのかの経緯は不明です.普通,化石名とか,自分(著者)の名前を冠するということはあり得ないので,ちょっと不思議に感じます.
・Burckle クレーターは,インド洋の “南西インド洋海嶺” 付近の深さ 4,000 - 5,000 m の深海底にあり,直径は 29 km とされています.Google Earth の海底地形で見ても,データのクォリティの問題なのか,残念ながらこの場所にクレータ地形を視認することはできません.
・ Abbott et al. (2007) , Gusiakov et al. (2009) にはクレーターとその周辺の海底地形図が掲載されていますが,クレーターの外壁の深さは海面下 3,400 m 程度で,底部の深さは同じく 4,500 m 前後です.つまりクレーターの深さは 900 m 近いということになります.クレーター周辺には,直径 100 km 近い抛出物分布域(ejecta blanket)が認められています.
・天体衝突の時期は,さまざまな根拠から約 2,800 BC = 5,000 B.P. と推定されています.つまり日本で言えば,縄文時代中期のことです.
・この天体衝突により当然巨大な津波(mega-tsunami)が発生することになります.その高さは最大で 200 m 以上と推定されており,インド洋・大西洋沿岸に甚大な被害を発生したはずです.またこの天体衝突は “海域衝突” です.そのため,大量の海水が気化し,冷却と共に激しい雨となって降り注いだとされています.この津波・豪雨被害が,biblical な “ノアの大洪水” 伝説の原形になったということなのでしょうか?
・Abbott らは,広範に被害をもたらした巨大津波の証拠として,マダガスカルの南海岸地帯に分布する特徴的な砂丘地形『chevron dune』(日本語訳は無いようです)に着目しています.この砂丘形態そのものは地球上の多くの地域で見られるもののようですが,マダガスカル南部海岸で見られるものは,少なくとも私には,見たこともないようなものでした(右図).Chevron dune は,さらに大西洋を越えた南米ブラジルの南海岸でも顕著に発達することが,上記動画でも指摘されています.
・しかしこの chevron dune が大津波で形成されたとする説は,堆積屋さんにはどうやら評判が悪いようです.例えば Bourgeois and Weiss (2009) には,そのタイトル通りの反証("Chevrons" are not mega-tsunami deposits)が書かれています.Dune で示される流れの方向が津波の想定方向と合わないとか,世界のどこでも(バハマ・オーストラリア・アメリカ西海岸)あるものだとか,オッカムの剃刀に従えとか,論点はいろいろありますが,私的には『数値的解析によると,このような dune 形状は bed-load では形成されず,suspended-load のみで形成される』というのが,一番痛い指摘かなと思われました.
※ 2011年東日本大震災の際に仙台平野でヘリから撮影された真っ黒な津波(+砕屑物)流は,私の目にはまさに “土石流” としか表現できないものでした.土石流はもちろん bed-load の典型的なものです.
・右図は,上のマダガスカル南海岸の shevron dune を進行方向から逆に見下ろした俯瞰図です.なんだか “押し寄せ感” がすごいとしか言いようがないですね.先端部の凹凸は何なんでしょう? Bourgeois らの言うように,こういうものは世界のどこにでもあるのかもしれませんが...何の根拠もありませんけど,私はこの Google Earth 画像を見て,巨大津波・大洪水説の信者(!半分冗談です)になってしまいました.
・“ノアの大洪水” を扱ったネット記事の多くは,フェイクとは言えないまでもなんだか眉唾物なのですが,Abbott らの論文はきわめてまっとうな科学研究です.例えば B.D. Misra のブログ記事 The Comet Impact In The Indian Ocean That May Have Submerged Dwaraka のような興味深いフォローもあります.この記事中に掲載されている Abbott 氏提供によるマダガスカル chevron dune の 巨大なプロフィール はきわめて印象的で,私は深く感動してしまいました.
・しかし,Abbott らの説に対する専門的な価値判断は,言うまでもなく私には不可能です.ここでは,そういう excuse で終わりにしたいと思います.
・Burckle クレーターとは何の関係もない話ですが...私は以前,道内で見たある謎の堆積物を津波起源ではないかと疑ったことがあります.右写真は,えりも町から広尾町に抜ける海岸沿いの国道 336号線,通称黄金道路で見たものです.場所は広尾町とえりも町の境界付近で,ビタタヌンケと呼ばれるところです.要するに,花崗岩の急崖露頭からなる高さ 100 m 前後の海食崖の少し沢型になった部分に,高さ 70 m 以上に及ぶ砂質堆積体が張り付いているものです.砂は,海岸に堆積している海岸砂とまったく同じもので,石英・長石と黒色粘板岩・ホルンフェルスなどの淘汰の良い砂粒子からできています.上を歩くとずぶずぶと足が埋まり,決して『薄いブランケット』ではなくかなりの厚さを持ったものです.
・これがなぜ “謎の砂” なのかというと; ①周りの花崗岩が風化してできたもの(マサ)ならば淘汰が悪く,粘板岩などの粒子を含まないはず,②海岸砂と同じものならば,なぜ高さ 100 m に達する急崖に這い登るように張り付いているのだろうか?...ということになります.②の場合,津波堆積物という可能性があるわけですが,そのような遡行高さを持った津波の記録はありません(と思います).風の強い場所なので,風成砂ということも考えられますが,これほど局所的にしかも大規模に海岸砂が飛ばされて数十m以上の高さまで急崖に厚く張り付くことなどあるのでしょうか?
・その後,この箇所のすぐ広尾側に国道の別線トンネル坑口が作られましたが,その設計調査の際には『風成砂である』という結論になったようです.報告書を見た単なる記憶ですが,その鉛直方向の厚さは 10 m 以上はあったとか.たしかに砂体の上部にもビニールの破片などの人工物が混入していましたので,そういうことなんでしょうか.
最近(2023/03/16)YouTube に The Rock That No Longer Exists on Earth -by OzGeographics という動画がアップされました.『地球上にもはや存在しない岩石』とは Youtube 的センセーションです.一体何の話なんでしょう? 釣られて見てしまいました.
で...“存在しない岩石” というのは『コマチアイト(komatiite)』という超苦鉄質の火山岩のことでした(右写真).“小町石” などと呼ばれることもあるようですが,日本語の “小町” とは何の関係もなく,南アフリカのコマチ川(Komati River)を模式地として命名された岩石名です.
この特殊な火山岩が噴出したのは先カンブリア紀(始生代=25億年前より以前の時代)だけで,それ以降現在まで地球上でその噴出は知られていないということは,私もなんとなく知っていました.しかし,その理由については何も知りませんでした.
余計な感想ですが,コマチアイトは “もはや存在しない(No Longer Exists)” ではなく,“もはや(新たに)形成されない岩石(Is No Longer Generated)” なのではないかと思うのですが...私の英語読解力の問題かも.
ということで,私としては初めての岩石学ネタです.もちろん火成岩石学には門外漢なので,肝心なポイントの理解に乏しく...内容は岩石屋さんから見ると滅茶苦茶だろうとは思うのですが.以下では,この動画を元に私が書ける範囲でコマチアイトとその成因について紹介したいと思います.
・コマチアイトは,含まれるカンラン石(と輝石?)が針状形態を持つのが特徴で,spinifex 組織と呼ばれています(上写真).SiO2 が 45 wt% 以下,MgO が 20 wt% 以上という化学組成を持っています.要するにマントル橄欖岩のそれとあまり変わりません.ということは,部分溶融度の大きなマントル溶融によるものということになります.シリカ成分が少ないので,マグマの粘性が非常に小さく,動画では『玄武岩マグマの 1/100 しかない』と言っています.そのため流動性が非常に高く,1枚の溶岩の厚さは数 cm しかなく,流動速度は 100 km/h に達するとも述べています.そんな溶岩流は誰も見たことが無いと思うので,なんか unreal な感じですが.
・まずコマチアイトマグマの生成条件ですが...色々な岩石学的情報を調べてみたところ,一般的には,深さ 150 - 200 km 温度 1600 ℃,無水条件下で mantle plume が高い部分溶融度で溶融した,となっています.もっとよく調べるべきかもしれませんが,専門的な(しかも英語の)岩石学的論文を多量に読む能力が私にはとてもありません.
・それでは,ちょっと原点に戻って(上部)マントル中でマグマがどう発生するかをおさらいしてみます.右の図はそれを模式的に表現したものです.黄色線は現在の地殻・上部マントル中の温度曲線です.“ソリダス(solidus)” は,マントル物質が『融け始める』境界ですが,すぐに分かるように温度分布曲線とは接して(・交わって)いません.ということは,このままではマントルは決して融けることはありません.じゃあどうするのかというと,『断熱上昇』というメカニズムを考えます.この図では仮に深さ 100 km となっていますが,その部分のマントルがその温度(1200 ℃程度)を保ったまま上昇すると,当然ソリダスと交わる点があり,そこで部分溶融が始まることになります.この上昇現象が,マントル・プルーム(mantle plume)です.
※上部マントルでは,地殻に比べて温度勾配が小さくなっていますが,これがなぜなのか私は分かりません.推測妄想としては,マントル対流が何か関係している(=対流は温度の均質化方向に働く)のではないかとは思うのですが...違うでしょうね,多分.
・図を見てお分かりのように,少なくともこの現在の状況では,1600 ℃で部分溶融度の高いコマチアイト・マグマを作ることはできません.断熱上昇によって生成した 1200 ℃ の玄武岩質マグマだけです.ここでポイントになるのが,上の動画で指摘されているように(Wikipedia でも書かれていますが)『始生代のマントルは温度が現在よりも 100 ~ 250 ℃ 高かった』という点です.まだよく冷えていなかった,ということなんでしょう.図をクリックしてみてください.“高い” というのがどう高いのか分からないので,適当に 300 ℃程度ずらして描いてます(ピンク色点線).そうすると当然ソリダスを越えてしまうので,1600 ℃ あたりのところで部分溶融することに.こういうことが起きたということなんでしょうか?
・しかしこの素人スキームは,大きな問題を抱えています.これだと,上部マントルの一部がどこでも広範囲に融けてしまうからです.それは無いですよね.『1600 ℃ 程度のマントル・プルームが上昇して局在的に融ける』ということにしないとダメかと.おそらく,揮発成分の有無(多少)とか,ソリダス・リキダスがシフトしないかとか,そもそも当時の温度分布の形が全然違っているとか...いずれにせよ私の手に負えるはずはないので,このへんで終わりにします.
始生代以降にコマチアイトは無い?: 上に “コマチアイトは始生代だけ” と書きました.私もそう信じ切っていたのですが...上の動画の説明をよく聞いてみると,原生代にも少量の噴出があり,最後の噴出は 1億年前であると言っています.このことは清水(2008)(下記)にも “コマチアイトは地球史を通じて(35億年前から9千万年前まで)噴出した未分化の火山岩” と書かれています.『1億年~9千万年前(=中生代白亜紀)のコマチアイト』というのが具体的にどこのものなのかは分からないのですが,コマチアイトが始生代だけのものという常識は myth だったようです.
清水健二(2008)コマチアイト生成、噴火における揮発性成分の役割とマントル脱ガス史.Abst. Ann. Meet. Geochem. Soc. Japan, 55, 70.
日本列島にコマチアイトは無い?: これもまさか myth だったりして...コマチアイトが始生代限定だとすると,日本列島には始生代の少なくとも現地性岩石は存在しないので,コマチアイトもあるわけないのですが...最近お名前をよく目にする原子力規制委員会委員の石渡 明さんの 報告資料『大飯発電所台場浜のコマチアイト質貫入岩体』に,古生代夜久野オフィオライト中にコマチアイト質の貫入岩が存在することが,全岩化学組成付きで紹介されています.噴出相ではないので,これが本来のコマチアイトと呼んでよいものなのかどうか私には判断できないのですが,いずれにせよそういう組成の火成岩が日本列島にもあることは事実です.
最近注目を浴びている ChatGPT AI に “コマチアイトは日本列島にありますか?” と聞いてみたところ...『コマチアイトは、超苦鉄質マントルに由来すると考えられる火山岩の一種で、日本列島には産出されていないようです。コマチアイトは、マグネシウム分が18%以上と高く、シリカ他の成分が少ない特徴を持つため、カリウム他に富むキンバーライトとも異なるようです。』という神々しいお答えをいただきました.“ようです” が妙に多いです.とても慎重な AI なんですね.
変成コマチアイト: 普通,変成なんとかというと,“metamorphosed” なので,変成コマチアイトというのは『変成したコマチアイト』になります.以下の話はそういう意味ではなく『変成作用でできたコマチアイト(metamorphic komatiite)』の話です. 倉敷市立自然博物館のページ にも紹介されていますが,日本列島にはそういう岩石の産出がいくつか報告されています.要するに,変質した超苦鉄質岩である蛇紋岩が熱変成を受けて蛇紋石が脱水してカンラン石に変化し,その結晶がコマチアイトの spinifex 組織に似たように見えるもの,ということになります.茨城県常陸太田市町屋に産出するものが代表的で,“町屋石” をネット検索してみると膨大にヒットします.例えば これ とか.“小町石” と語感がなにか似ていて面白いです.
私の大学院時代の先輩の Sh さんがその変成コマチアイトを研究していて,私もその話を聞いた記憶があります.『カンラン石が含水反応で蛇紋石となり,蛇紋石が脱水してカンラン石に戻った』というシナリオはとてもファンタスティックに聞こえたものです.考えてみると,単なる地層屋である私が今回何故コマチアイトにこれほど興味を持ったのか自分でも不思議なのですが,Sh さんらと過ごした大学院時代の記憶がそのベースにあるのかもしれません.
Siccar Point というと,我々地層屋にとってはアニメの聖地みたいなものですが...私はもちろん,行って見たことはありません.スコットランド南部の東海岸にある小さな “岬” です.一体何が聖地なのかというと,James Hutton によって『不整合(unconformity)』という概念が初めて生み出された場所ということです.1780 年代のことだったと思います.18 世紀は『近代地質学が生み出された時代』です.なにしろそれまでは,地球というのは玉葱のようにその中心部まで地層がぐるぐる巻きになってできている,という weird な地質観もあった時代ですから.
右写真はその有名な露頭(Hutton's Unconformity)の写真です.教科書等で超有名なものなので書くまでもないと思いますが,下位にあるほぼ垂直層がシルル系タービダイト互層,その上位にほぼ水平に薄くブランケット状に載っているのがデボン系赤色砂岩層です.前者の地質年代が約 425 Ma,後者が約 345 Ma ですので,その間には約 8,000 万年という(人間の感覚では)途方もなく長い地層記録が,地質変動(= Caledonian movement)の結果として失われていることになります(= hiatus).これが不整合という地質現象の本質です.
18世紀当時には夢にも想像できないことでしたが,その 8,000 万年の間に,Gondwana 大陸から分離したいくつかの大陸プレートの接近 ⇒ その間に存在した Iapetus Ocean(シルル系タービダイトの堆積場)の縮小 ⇒ プレートの衝突・接合 ⇒ Iapetus Ocean が消滅 ⇒ プレート接合で Laurentia 大陸が誕生 ⇒ その陸域上にデボン系赤色砂岩が堆積,という一連のテクトニック・イベントが起きたわけです.
前置きが長くなりましたが...私は今まで,Siccar Point というのは,上写真の露頭『だけ』が見えるところだと思い込んでいました.デボン系は辛うじて薄く残存しているだけだと.それ以外の露頭写真を見たことがなかったからです.実際,ネット検索してみても,そのほとんどが,この “クラシック・ビュー” だけのものでした.
ここで紹介したい動画は,2016年2月に公開されたもので,もう 7 年も経っている古いものですが,私は最近これを見つけて,かなり驚きました.“クラシック・ビュー” ではない Hutton の不整合がストレートに写っていたからです.以下では,その動画で見られる Hutton の不整合の新たな姿について紹介します.
・この YouTube 動画(右)は,ドローンで撮影されたものです.最初は “クラッシック・ビュー” 露頭の垂直俯瞰から始まり,不整合の説明が流れます.その後,Siccar Point とその周囲を色々な角度から俯瞰した映像が流れますが,おそらく厚さ百数十m以上の厚いデボン系砂岩が不整合で載っている露頭のシーンがあります.特に 04:55 から 20秒前後の映像は圧巻です.でも海岸の状況を見た限りでは,ドローン使わないと見えない場所というわけでもなさそうなので,なぜこの部分の露頭写真が広く出回っていないのかな?と思ってしまうほどです.
・右の写真は,01:45 のところに表示される静止画を切り出したものです.もしかするとこれはドローン・ビューではないかもしれません. Wikipedia にも似たような構図の写真が掲載されており,そのタイトルは “Headlands, south of Siccar Point showing tilted strata and unconformities” となっています.その撮影方向は右の写真よりも陸地側からのようにも見えますが.
・露頭下部の灰色のシルル系タービダイト互層と,上部のデボン系赤色砂岩層が明瞭に見えています.シルル系は高角傾斜で,写真右端には,おそらく層理面上にソールマーク(グルーブキャスト?)らしいものも見えています.デボン系はほぼ水平層で,基底粗粒相のようなものはほとんどなく,葉理砂岩層が直接覆っているようです.よく分かりませんが,浅海成ということかも.まさか砂漠風成層ではないとは思いますが.
※ このデボン系,現世プレート収束帯である日本列島に住むわれわれの常識から見ると,3億5千万年前のデボン紀の基底層にはとても見えません.新第三紀~第四紀の浅海成層か海岸段丘堆積物のように見えてしまいます.大陸というのはそういうところなのか...なにか怖ろしいですね.
ということで,Siccar Point の紹介は終わりです.私は “黒歴史ページ” に書きましたが,中学生のころから不整合という地質現象の魅力にハマっています.願わくばこれを自分の目で見たかった...ところで,Siccar Point は『世界で最初に認識された不整合』ですが,『世界最大の不整合』と言えばやはりグランドキャニオンの The Great Unconformity でしょう.これはまた別の機会に紹介できるかもしれませんが,“独自の視点” が思いつきません.ちなみに日本や北海道で,もっとも fascinating な不整合は...残念なことに,なんだかあまり思いつきません.
下に書いた Bryce Canyon はコロラド川の支流にあり,コロラド平原の一部です.つまり,超有名な Grand Canyon と同じ地理的セッティングにあるわけです.昔から気になっているのは,あの “世界最大の峡谷” が,いつからどのくらいの浸食速度で形成されたのか?ということです.ちょっと調べてみたら,一つの話としてですが,550 万年前から峡谷の形成が始まっていたらしい.となると,Grand Canyon の現在の深さを仮に 1850 m とすると,340 m/106 year = 0.034 cm/year という下刻浸食量になります.これは意外なほど小さな値です.例えば,現世陸域の平均浸食量として 0.02 cm/year ということも言われていますので,それとほとんど変わりません.どうもしっくりきませんね.
・最近(2023/03/08)YouTube にアップされた動画 Unraveling the Geologic Mystery of Deep, Narrow Canyons: Bruneau Canyon in Southwest Idaho -by Shawn Willsey は,アイダホ州の Snake River 支流の Bruneau(ブリュノー)Canyonという,平原上の狭く深い印象的な峡谷(右図)の成因について述べたものです.タイプとしては Grand Canyon のそれと同じようなものとも述べています.
・Bruneau Canyon の地質についてのまとまった詳細情報は見つけることができませんでしたが,Patrick J. Mangou 氏による Geology of the Bruneau Canyon, Idaho, U.S.A. でその概要を知ることができます.それによると,峡谷壁を構成しているのは鮮新世(動画では few million years と表現)の玄武岩溶岩層で,何枚ものフローユニットからなっており,水平層です.
・Shawn Willsey 氏の YouTube 動画を要約すると以下のようになります(右下図参照).
① 玄武岩溶岩層は数百万年前の噴火によって堆積したもの.フローユニットの境界にはオレンジ色の古土壌を挟む.
② 峡谷の最大深さは 1,000 feet = 330 m に達する.
③ ここで,河川の head level と base level で規定される “河川断面(Stream profile)” を考える.
$ Head level が高くなるか base level が低くなると河川断面の勾配は急になる.
⇒ 浸食.
$ Head level が低くなるか base level が高くなると河川断面の勾配は緩くなる.
⇒ 埋積.
④ Snake River との合流点の下流にかつて存在した "Idaho Lake" の排水系の変化が2百万年前に起こり,base level が急激に低下した.その後 Idaho Lake は西方(オレゴン州側)に排水され消滅(?)した.
⑤ それによって河川断面の勾配が増大し,峡谷の下刻が進行した.
・こういった考え方は,実は私達にもある意味で親しみやすいものです.それは海水準変動による河川浸食の変化です.海水準が下がると浸食基準面も下がり,沖積面が低下する...河岸段丘の生成要因の一つです.Bruneau Canyon の場合は,"Idaho Lake" の排水が要因なわけですが,その詳細はこの動画では触れられていません.“Another story” と言っているようなので,別の動画でいずれ紹介されるのかもしれません.
・Bruneau Canyon の下刻がいつ開始されたのかは,もちろん溶岩が噴出した鮮新世以降ということになりますが,動画中では "couple of million years" と表現されていますので仮に 200 万年前とすると,深さは 330 m ですので,浸食速度は 330 m / 200 万年 = 0.0165 cm / year となります.上に書いた Grand Canyon のそれと比較すると半分程度ですが,数字の桁としては一致しています.これは偶然の一致とは思えませんので,こういったタイプの峡谷の下刻浸食速度というのは,『こういうもの』なのかもしれません.
・“Grand Canyon 型峡谷” の成因をネットで調べてみると,上のような通常の uniformitarianism 的な地質・地形的要因とするものが多いのですが,『全地球的(ノアの箱舟的?!)洪水により短時間で形成された』という catastrophic な説がいくつもヒットしてきます.短時間というのは,記事によって色々ありますが,数時間でというものや,1ヶ月程度でというのもあります.いわゆる氷期末期の大規模氷河湖決壊事件などを考えると興味深いのですが,その内容を読んでみると,なにか眉唾っぽいところもあります.私には正確に評価できないのですが.
※ さらに蛇足の話です.かなり以前だったと思いますが,YouTube でグランドキャニオンの浸食作用についての動画を見ました.その中に登場する科学者(堆積屋?)の話に,『こういう急流河川の浸食作用には,水流の中に生成する void が大きな作用を果たしている』というのがありました.記憶は定かではないのですが,その void が潰れるときに発生する衝撃波や vacuum suction のようなメカニズムが岩盤の破壊に大きな役割を果たしているというものだったと記憶します.それはホントなのか?!と驚いた記憶がありますが...たしかに,ああいった大規模な浸食作用が,水と岩盤との “grain-by-grain” のものだけで済むとは思えません.しかしその動画,改めて確認してみようと検索してみたのですが,どうしても見つかりませんでした.アレは幻想だったのか...
Bryce Canyon は,年間 150 万人が訪れるというアメリカ・ユタ州の有名な観光地です.この “峡谷” に露出する驚異的な地層景観は Grand Canyon に次ぐ(?)もので,ネットのあちこちで見ることができます.教科書でもしょっちゅう扱われています.最近この景観の成因を扱った YouTube 動画がアップされたのを機会に,Bryce Canyon の地層について(いまさらながら)紹介したいと思います.
地質・地形に関する基本的なことは,Bryce Canyon の公式ホームページ BRYCE CANYON GEOLOGY や USGS のページ Geology of Bryce Canyon National Park に簡潔にまとめられていますので,興味のある方はご覧ください.以下の記述も,これらのページを参考にしています.
※ 北大在職当時の 2003年頃だったか,Nikon かなにかのカレンダーでこの風景写真を見て非常に驚き,私はこの地層景観を “堆積学” の教材として使っていました.要するに,『私たちの足の下(=地球表層部)の大部分は地層でできている』ということを教えたかったのですが...その意図が学生に伝わっていたかは確信がありません.私がこれをちゃんと理解していたのか?についても.
・右の写真は,Bryce Canyon の代表的な景観です.これがその全貌というわけではありませんが,その驚くべきユニークな風景が分かっていただけると思います.このような景観が,数十 km 四方に亘って広がっています.Bryce Canyon の地質学的な要点は;①カラフルな水平層,②林立する塔状の岩体,の2点です.
① カラフルな水平層.オレンジ色と白色の2色の水平互層が際立っています.白状すると,私は Bryce Canyon の写真を見た瞬間,その色調からこれはシルト・砂などの陸成砕屑岩互層だろうと思い込みました.ぜんぜん間違っていました.まずこの地層は,古第三紀始新世(約5000万年前)の 湖成~氾濫原成層で,Claron 層と呼ばれているものです.その岩相は,石灰岩(+dolostone)を主体とし,シルト岩・泥岩・砂岩を挟むとなっています.正直言って,この写真のどれが石灰岩層なのか,私には判断できません.膠結度が低いようですが,全部(・ほとんど)がそうなのかも.いずれにせよ,これらの地層がコントラストの高いツートーンの縞模様を作っているという点が,風景としての訴求ポイントになっています.
② 塔状岩体.①の地層縞模様は,ある意味で Bryce Canyon の風景のバックグラウンドであって,主役はやっぱりこれでしょう(右写真).これは “hoodoo(s)” と呼ばれるもので,日本語には適当なものが見当たりませんが,土柱(どちゅう)と言ったところでしょうか? Hoodoos (= earth/rock pillar) は,その語感通り,ネイティブ・アメリカン起源で,その元の意味は私には分かりませんが,なにか呪術的なニュアンスが感じられます.いずれにせよ,最大高 60 m の林立する hoodoos は,地層と地形が造る,他にはない独特の景観美と言えるでしょう.
・2023/02/28 に YouTube に公開された How Did the Bryce Canyon Hoodoos Form? は,この hoodoos の成因・形成メカニズムを主題としています.投稿者の National Park Diaries によるシナリオは以下の通りです.
① 集中豪雨や積雪融解による ephemeral な河川水の流下 ⇒パワフルで浸食量大.
② それにより広大な地層の露頭(=崖)面が形成された.
③ 特に冬季の気温日変化が激しく,その時期は年間200日に及ぶ.
④ そのため,地層中の割れ目に浸透した雨水・融解水の凍結融解にる ice wedging が進行.
⑤ 割れ目の拡大と地層構成物の分解-運搬が起き,hoodoos が形成された.
・しかし,個人的には(理解が浅いせいかもしれませんが)このシナリオだけでは,これだけの広範な hoodoos の形成には,なにか足りないような気がします.例えば,上の hoodoos の写真に明らかに見られる『直交する垂直な節理系』にはまったく触れられていませんが,それも重要なファクターではないかと.降雨(・流水)によるその節理系に沿った carving の進行とか.あともしかすると,地層の固結度というか強度が微妙なバランス点にあるのではないかと妄想しています.単に直感的なものなので,具体的には論理展開できないのですが.
・ところで,日本にも “hoodoos” に相当するものは知られています.『阿波の土柱』(徳島県阿波市阿波町桜ノ岡)がそれです.阿波の土柱は国の天然記念物に指定されており,日本の地質百選にも選定されています.未確認ですが,『世界の三大土柱』の一つだとか.
・Wikipedia によると,露出している地層は約 130 万年前に堆積した吉野川の河岸段丘礫層で,最大高 10 m の土柱が南北約 90 m,東西約 50 m の範囲に立っているとされています.規模としては Bryce Canyon Hoodoos に遠く及びませんが,国内の貴重な地質景観と言えるでしょう.
『泥火山(mud volcano)』は,私のお気に入り地質現象の一つです.それが私の扱ってきたテーマとどういう関係があるのか?は,“黒歴史ページ・その9” にある程度のことを記述しましたので興味ある方は参照してみてください.
・2023/03/01 に YouTube に公開された The Explosive Mud Volcanoes of Azerbaijan; Some are 1,000 Ft Tall という動画は,私にとって非常に興味深いものでした.アゼルバイジャンは,カスピ海の西岸に位置する国ですが,おそらく世界でも有数の泥火山分布地域でしょう.右図は,その中のおそらく最大のもので,ここでは “Sangachal 泥火山” と呼びます.正式な名称は上記の動画中にもなく,分かりません.Google Earth で測ってみると,基部の直径は東西約 3.2 km,噴出泥の到達範囲の直径は南北に約 6.5 km です.山頂部の標高は 397 m で,周囲の平坦部は -17 m(カスピ海の水面標高は -29 m)なので,比高は 400 m 以上ということになります.おそらく世界最大の泥火山体(の一つ)でしょう.
・手前側に流下する噴出泥のローブが非常に見事で,特に向かって左に見えるやつは非常に巨大で驚きます.重なり合ったフローユニットの前面リッジもよく見えています.黒いのはおそらくまだ含水している最新の溢れ出しで,衛星画像が 2022/12 のものですので,いま現在もアクティブな泥火山ということが分かります.また,泥火山の外側には不連続な円形リッジがあり,『カルデラ壁』のようにも見えます.これはもしかすると...と思うのですが,もちろんそれ以上は分かりません.この泥火山(群)の形成については当然,現地の研究者による研究報告があるはずですが,残念ながらまだ見つけていません.
※ Sangachal 泥火山の Google Earth を見ていて思うのは,“植生が全然無い!” ということです.砂漠地帯だから当たり前なんですが,後述するわが日本の露出状態と比較すると,勝てんなと思います.
・Sangachal 泥火山の山頂部のクローズアップです.最新の溢れ出しの両側には自然堤防が形成されています.山頂は平頂で同心円状になっており,その最外側は内側からの付加によるものか盛り上がって “火口壁” 状になっています.あと,最新の噴出中心は少なくとも三つはあるようです.
・上の YouTube 動画には,泥火山の形成メカニズムについて簡単に触れられています.油田地帯の地下に存在する帯ガス層・帯油層中に地下水が侵入して..ということですが,その際『地下水が酸性だった= pH が小さかった』ことが一つの要因であるとしています.その詳細は触れられていないので,化学的なところは私はよく理解できなかったのですが...なにかガスとの反応が起きたということなんでしょうか?
・それでは日本列島における泥火山はどうなんでしょうか? 確認したわけではありませんが,日本でそれなりのサイズの泥火山が陸上に存在しているのは,我が北海道の新冠町だけではないかと思われます(黒歴史ページ・その9参照).右図はそれを表した地形陰影図です.以下では千木良・田中(1997)を参考に記述します.
・赤枠で囲った部分が,国道沿いでアクセスも良く牧草地なので分かりやすく看板も立っているという泥火山群で,ここでは “新冠牧場泥火山群” と呼びます.その西方,節婦の北に二つの大きな泥火山がありますが,アクティブなものではないようで植生に覆われており,Google Earth で見てみても,見た目にはそれと分からないようなものです.東側の小さい方は,節婦川を堰き止めて流路変更を引き起こしています.西側の大きい方は,山頂標高が 152 m,基部がどこかは地形開析と植生でよく分からないのですが,周囲の緩傾斜部の標高は 80 - 90 m 前後なので,比高は 60 - 70 m 前後ではないかと推察されます.山体直径も同じ理由で正確には分からないのですが,東西の長径が 500 - 600 m 程度です.これが日本最大の泥火山です.
ちょっと古めというか,いまさらネタですが...2023/02 のトルコ大地震では下に紹介した開口レーダー画像をはじめとして,活断層の地表出現など,さまざまな地表変動が報告されています.
・右にあげたのは YouTube にアップされた NBC News ですが,なかなかすごいです.AccuWeather サイトの記事では, Earthquake created a deep chasm in middle of Turkish olive grove ,つまり『オリーブ畑が深い峡谷(chasm)に変わってしまった』というセンセーショナルなタイトルとなっています.場所は,シリアとの国境に近い east Altınözü district です.この記事によると,峡谷の長さは 300 m 以上,深さは 40 m となっています.幅は記載されていないのですが, 50 - 60 m 程度と思われます.
※ 本当はこの “峡谷” のさまざまな観察事項を以下の部分に写真掲載しようと思ったのですが,掲載許諾をクリアできそうなものが見つかりませんでした.上の YouTube 動画にほとんど見えていますので,そちらを見ていただければ.
・で,我々が当然気になるのは,この “峡谷” の成因というか形成メカニズムですが,NBC も含めて,ニュースサイトでそれに触れているものはありません.そういうことが起きたというニュースだけです.この “峡谷” の周りの地形特徴や斜面の方向・傾斜などが分かれば察しがつくわけなのですが,ニュース動画では “峡谷” に視線が逝っていて,周りの状況を退いて俯瞰したショットはほとんどありません.ニュースメディアの限界ですね.現地の研究者がなにか書いてないかと検索していますが,今のところ見つけていません.
・ということで(例のごとく)勝手に妄想を書かせていただくと...オリーブ畑斜面は上の動画のオープニング画面で言うと,手前左側に緩く傾斜していて,その方向に滑落した地すべりです.崩壊壁面には,地表面にほぼ平行な砂質の(?)地層が露出しています.つまり,地層面は斜面方向に傾斜しているので『流れ盤』になっています.動画をよく見ると,地表面から 15 m 程度の深さのところが層状に暗く見えます.単に光の加減かもしれませんが,どうも含水しているのではないかと.そうだとすると,そのあたりが間隙水で弱層となっている可能性があります.多少岩相も違っているのかもしれません.何を言いたいかはもう分かっていただけると思いますが,おそらくその弱面を底部すべり面とした地震振動誘発地すべり(斜面崩壊)ということだと.斜面変動の専門家から見ると,別にそんなの当り前だろと言われそうですが,この “峡谷” に関する報道記事の中には,『トルコ大地震でオリーブ畑の中に巨大な断層が出現した』(!)としているものも,いくつか見られるんですよね.これ(Fault in the ground appeared in Turkey after powerful earthquake: MSN news)とか,これ(Drone footage shows olive field split in HALF by huge fault line after Southern Turkey: The Sun news)とか.そういうわけで,言わずもがなですがやっぱり書いておかなくっちゃと.
このトピックス,どうも地形や斜面崩壊の話が多く,地層ネタは火星のやつだけ...地層屋としてはちょっと寂しいのですがマイナーなのか,なかなか無いんですよね.しょうがないので,私自身は化石音痴ですが,化石ネタでも.
・Dickinsonia は,いわゆる Ediacara 動物群に属する有名な化石種です(右写真).最大で直径 1.2 m になるという,かなり巨大なものです.その正体については諸説あり,環形動物説・現存生物とは異なる独自の分類群説・陸上微生物コロニー説まで...要するになんだか分からないものということのようです.
・で,2021年に,インドの原生代の地層から “Dickinsonia” の化石が発見 されたという報告が公表されました.産出地層は Upper Vindhyan と呼ばれる地質系統に属する Maihar 石英砂岩で,年代は 550 Ma (- 1.0 Ga) =5億5千万年(~10億年)前です.
Retallack, G.J. et al. (2021) Dickinsonia discovered in India and late Ediacaran biogeography. Gondwana Research, 90, 165-170.
・しかし最近,この発見に対して『これは化石ではない』という重大な指摘がなされました.
Meert, J.G. et al. (2023) Stinging News: ‘Dickinsonia’ discovered in the Upper Vindhyan of India not worth the buzz. Gondwana Research, 117, 1-7.
・Meert らの指摘は要するに,この “Dickinsonia” は化石ではなく,洞窟の壁に造られたハチの巣の剥がれた跡だということになります.右写真が Retallack らの論文に掲載された化石写真ですが,たしかに Dickinsonia に形態が非常によく似ています.しかし,Meert らが最近この化石を見に行ってみたところ,化石が『腐敗(decay)していた』というのです.原生代の化石が腐敗するはずはありません.不思議に思って周りを見ると,洞窟の壁にはいたるところにハチの巣が下がっており,その剥がれた跡がこういう形をしていたというわけです.Game over ですね.
・『偽の化石』(偽化石ではない)の有名な事件としては,大学の古生物学講義で誰もが?聞く ヨハン・ベリンガー事件 がありますが,もちろんこのインドのケースはそういったものではなく,単なる誤謬・錯誤です.原著者らはすぐに Meert らの指摘を受け入れたようですので,何の問題もありません.
・しかし,化石も多少扱ったことがある地質屋としては,少し気になる点もあります.Ediacara 動物群の化石は私の知る限り,すべて “実体のない” 印象化石だと思います.上にあげた Wikipedia の Dickinsonia も,拡大してみると印象の部分には母岩の砂粒子が見えているだけです.もし原著者らがこの “化石” を間近でよく見ていれば,“実体” があるのがすぐに分かったはずです.なにしろ2年後には腐敗したのですから.そうすると,これが原生代化石だと信じていたのならば,今までにないたいへんな発見だと思ったはずなので...Wikipedia によると Dickinsonia からコレステロール分子化石を抽出したという例はあるようですので.
・あとこれはうがちすぎかもしれませんが,Meert 等の論文タイトルを見ると,どうもかなりキツイな,と.『Stinging』というのは,“辛辣な・とげのある” という意味だし,『not worth to buzz』というのは,“騒ぎ立てるほどのことではない” という意味でしょうか? 『buzz』 は最近ネットでよく使われる “バズる” の語源ですね.Gondwana Research というのがどういう性格の雑誌か分かりませんが,学術論文のタイトルとしては,かなり皮肉っぽいウケ狙いのような気が.まあ英語力のない私には,そのニュアンスまでは自信ないですけど.
・ということでこの件は一件落着なのですが,ためしにネット検索で『偽の化石』『fake fossils』を検索してみると膨大な例がヒットしてきます.興味のある方はやってみてください.読むと最初は笑えますが,そのうちに恐ろしくなります.どうも(北海道のアンモナイトもそうですが)化石の商品化というのが問題の根底かと.
これも非常に驚きました...こんな大規模地形に今までぜんぜん気づいていなかったとは...これも Google Earth のおかげでしょうか.下記動画をアップした方は “誰も聞いたことないだろう?” とおっしゃってますので,私だけが無知というわけではないんでしょうけど.
・まずは右の図を見てください.東側をフロリダ半島とキューバ島とユカタン半島に囲まれたメキシコ湾です.非常に広い大陸棚が広がっていますが,アメリカ南部の沖合いの大陸棚縁は,一面に細かい起伏のようなものが見られ,なにかヘンです.幅は最大で 230 km,長さは 900 km 近くある巨大な海底地形構造です.その前縁部は急傾斜になっているようです.これが日本列島沖ならば海溝と付加体地形?と思うわけですが,もちろんここにはプレート沈み込み帯はありません.
・接近してこの海底を斜め俯瞰してみると,ますますその異様さに驚きます(右上図).こんなもの,たしかに私はこれまで見たことがありません.クレーター状の凹状地形と同程度の規模形状の平頂マウンドがびっしりと並んでいます(右図下).その配置には特に規則性は無くランダム配列のようです.Google Earth で計測してみると,その直径は 10 - 20 km で,最大のもので 30 km 程度です.凹状部の深さは,400 m 以下,平頂マウンドの高さは 100 - 200 m 以下といったところです.まるでどこかの惑星か衛星の表面みたいです.なお海底の水深ですが,大陸棚縁で 200 m 前後,前縁部の深海平原が 2600 - 3000 m です.
・それでは,この奇妙な海底地形は一体何かと言うと...次の YouTube 動画で知ることができます. A Gigantic and Mysterious Feature that Nobody has Heard of! -by Myron Cook.彼はこの構造をホットプレート上のパンケーキになぞらえています.その生成シナリオは以下の通りです.ただし,私の英語力の不足により,詳細については間違っているところもあるかもしれません.また,私の勝手な解釈を多分に含んでいます.
① この海底の地層中には,大規模な岩塩層が挟在している.岩塩層の厚さは 4,500 m以上(!) パンゲア大陸分裂時(ジュラ紀?)の狭長な海域に堆積したものである.
② 埋没した岩塩層は,上載堆積物の荷重によってベースン状に沈降し,そこから側方流動した.
③ その一部は密度逆転によってダイアピリック上昇を起こし,上方に貫入して海底にマウンドを作った.場所によっては,それが側方に分岐してシル状貫入体となった.
④ これらの全体(=岩塩層・岩塩ドーム・岩塩シル+通常堆積層)が “パンケーキ状” に斜面下方に広がった.
・岩塩層の規模もそうですが,それが流動してこのような weird で巨大な海底地形を作ったというのは,日本列島に住んでいる私としては俄かに信じ難いところもあります...が,要するにそういうことなんでしょう.下で紹介したイランの “岩塩氷河” もそうですが,岩塩恐るべし.
これも最新ネタではありませんが,動画がアップされたのは3週間前なので,まあまあフレッシュなものかと.下のネタと同じ YouTube の Geology Hub チャンネルネタです.それにしても,YouTube というのは(何度か書いてますが)偉大・巨大な文化アーカイブです.この歳になるまでぜんぜん知らなかったという地球科学ネタが次々と...どうでもいいですけど,最近広告のない YouTube Premium に登録しました.快適です.
・ここで紹介したい YouTube 動画のタイトルは,『The Cataclysm Which Split Oahu in Half; The Nu'uanu Slide』です.長いですね.“Oahu” というのはもちろんハワイ諸島のオアフ島ですが(右図),“オアフ島を真っ二つに” というのは非常にセンセーショナルです.右図はオアフ島を真上から見たものです.島の南側に州都ホノルルがあり,有名なダイアモンドヘッドの場所など,いくつかの『爆裂クレータ』があります.ただし,こうやって見ただけでは,特に大きな不審点は感じられないのですが...
・しかし,島の南東側から斜め俯瞰すると,その問題点がよく見えてきます(右下図上).島の北東側ほぼ半分は,巨大な地すべり(というか “山体崩壊”?)地形になっています.上の動画では,これを『Nu'uanu Slide』と呼んでいますが,読み方が分かりません.ヌウアヌでしょうか? 崩壊地形の向かって右半分は,海の中へと消えています.
・ Wikipedia によると,この地すべりは今から 100~150万年前に発生したもので,Koʻolau 盾状火山体東半分の崩壊によるものとされています.Google Earth で測定してみると,崩壊地形の陸上幅は 35 km 以上で,崩壊壁の最高点標高は 700 m 以上です(右図下).地球最大の地すべり地形と言えるでしょう.上の動画の説明によると,メジャーな噴火活動の後,10 cm/year 以下のすべり速度で火山体が北東へ滑りはじめ,最終的には海面下斜面で発生した小規模な地すべりがトリガーとなって火山体東半分が山体崩壊したとされています.
・で,これを海底地形で見てみると,もっとすごいことが分かります(右図).オアフ島の北東側に巨大なブロックからなる崩壊堆積物の舌状体(lobe)が広がっており,その長さは 200 km 以上あります.ブロックの最大のものは “マンハッタン島(4 x 20 km)規模” ,崩壊体積は 3,000 km3 以上だそうです.この崩壊が起きた時,当然巨大な津波が発生して,北米大陸西海岸などに達したはずです.上の動画では,その波高が最大 150 m に達したとしています.人類文明の発生以前の話ですが,いずれにしてもカタストロフィックだったことでしょう.
(私は今回のこれで,『Google Earth が海底地形にも対応している』ことに初めて気づきました.海底地形が画面で見えることはもちろん知っていましたが,なんとなく単なる絵だと思っていました.この崩壊堆積体地形も,海面を消せば地表地形と同じように fly-by して眺めることができます.素晴らしいです.)
・上は,オアフ島地すべりの断面図です.右端の横スケールを見て欲しいのですが,オアフ島西岸から 245 kmです.深海平原の水深は 4,300 m 前後です.崩壊ブロックの最大(マンハッタン島サイズ)のものは,海底からの高さが 1,800 m(!)です.ということは,崩壊前の盾状火山の高さもそれ以上あったということなんでしょうか.なお,崩壊堆積体の底部の水深は 4,700 m 以上あり,深海平原よりも深くなっています.深海平原もよく見ると,オアフ島側に逆向きに緩く傾いています.つまり,崩壊堆積体の下底が depression になっているようにも.これが何を意味するのか,私には no idea です.
・問題はこの崩壊というか地すべりが『また起きる可能性』があるかどうかということなんですが...そのへんは(誰にも?)よく分かりません.断面図を見ると,火山体斜面は必ずしも安定しているようには見えませんが,今も現に滑り続けているというわけではないようなので,なにか大きな火山活動でもない限り問題は無いのかな?と思います.
・蛇足ですが,北海道で大規模な斜面崩壊-海底地すべりというと,奥尻島西岸部のものが思い浮かびます.Google Earth でどう見えるかと思ったら...何も見えませんでした(涙).要するに Google Earth に標高データが無いんですね.小さな日本の片隅ですからしょうがないんでしょうか.
内容自体が最新のネタというわけではありませんが,最近 YouTube にアップされた Geology Hub チャンネルに興味深いものがありましたので,紹介したいと思います.
・まずその前に,下に掲載したトルコ大地震に関連して周辺の大地形的特徴を見ていて,今更ながら気づいたんですが...この地域は,すごいメガ地質構造を持っています(右図).言うまでもなく図の中央はイランですが,地質学的にはユーラシアプレートの南端部を構成する『イラン・マイクロプレート』となっています.その東がインド・プレート,南西がアラビア・プレートです.それらの大陸プレートの相互作用で,地球の他の場所ではちょっとお目にかかれないような(?)グニャグニャの大褶曲帯となっているのが分かります.なお,ペルシャ湾を隔ててイランの南に角のように突き刺さっている部分から南東側に弧状に伸びる黒い部分が見えますが,これが有名なオマーン・オフィオライトの分布です.
・で,その角の刺さっているところのすぐ西側の海岸部にズームインしてみると,こんなものが見えてきます(右図).東西の軸を持つ顕著な褶曲構造を示す地層が見えますが,その随所に『黒い大きなスポット』があります.この図中だけでも少なくとも 14 個のスポットが見えます.これは岩塩ドーム(salt dome)です.
(よく見ると図の中央上部に,岩塩ドームと同じ程度の直径を持つ『カルデラ状構造』が見えます.ここはもちろん火山地帯ではないので,火山性カルデラではありません.これが何者かは...憶測はできますが不明ということで.)
・岩塩ドームの母岩となっている地層は,ゴンドワナ大陸周縁のプラットフォームで堆積した古生代(~中生代)の浅海層です.その中に挟在する岩塩層がダイアピリックに上昇して岩塩ドームとなっているわけで,その直径は 2 - 5 km 程度です.でもまあこれだけだったら私でも知っているし,“大陸にはよくあるよね(日本では見たことないけど)” 程度です.
・ところが驚くべきことにこの岩塩ドーム,地表に到達して高く露出した岩体が周囲に(もちろん固体として)流れ出し “岩塩氷河(salt glacier)” となっているのです(右図).私はそんなこと全然知りませんでしたので,まったく驚きました.動画自体をここに埋め込むことはしませんので,上のリンクからご参照ください.動画のタイトルは,The Towering Glaciers of Salt Which Move Every Year; The Zagros Glaciers (Geology Hub channel) となっています.
・氷でもないのに岩塩『氷河』というのは,なにか(まったく)おかしいのですが,『岩塩河』だと余計にヘンだ.なにか良い語は無いでしょうか? 要するにドームを形成している岩塩層が重力クリープによって周囲に流下してこうなっているわけですが,この形はどこかで見たような...? そう,泥火山(mud volcano)によく似ていますね.真ん中には直径 1 km 程度の “中央火口丘” が見えています.中央丘の周りはやや凹んでいるように見えますが,周縁部は盛り上っており,同心円状の pressure ridge というか wrinkle が発達しています.
・おそらく...岩塩というものは,その粘性強度(というのがあるかどうか知りませんけど)が通常の岩石よりはるかに小さいということなんでしょう.それで下からどんどんダイアピリックに上昇してくるので,こうなってしまうと.間違っているかもしれませんが.
・NASA の 火星探査機ページ によると,Mars Rover Curiosity が Gale Crator の “中央丘” であるシャープ山の中腹で地層中に明瞭な漣痕(ripple mark)を発見しました.NASA の科学者は,この地層は Gale Crator が湛水していた時期(約20億年前?)に堆積した湖成層で,流水の存在を示す画期的な証拠であるとしています.
・私も,公開された右の写真を見て仰天した者の一人です.今まで第1世代 Mars Rovers Spirit/Opportunity によって火星における斜交成層砂岩層の存在は広く知られていました.それらは当初は海浜成層とも思われましたが,その後の検討で,すべて砂丘成の風成砂岩層ということになっています.このような外部堆積構造の発見は火星では初めてで,画期的なものです.
・もちろん,漣痕というか wave/current ripple は流水だけではなく風によっても形成されるものです(=風紋).両者の区別が可能かは私には分かりませんが,砂丘成の地層では風紋の地層記録中への保存は非常にレアであることは確かでしょう.湖成層であれば rapid burial も可能でしょうから.
・ちなみに Gale Crator の湖成層の堆積プロセスについては,例えば こちらのページ を参照してください.
・国土地理院による 2023/02 トルコ大地震に伴う地盤変動 のページによると,地震に伴って,最大で東西方向に 4 m 程度の横ずれ地盤変動が発生していたようです.右図がそれを示したものですが,日本の地球観測衛星「だいち2号」(ALOS-2)に搭載された合成開口レーダー(SAR: Synthetic Aperture Radar)による干渉画像データから,『ピクセルオフセット法』によって変動量を求めたものです.
・この結果を見る限りでは,“本震” 発生の約9時間後に発生した M 7.5 深さ 10.0 km の地震震源周辺の変動が顕著なようです.M 7.8 深さ 17.9 km の “本震” 震源地周辺ではあまりパターンが見られないのですが,これが何を意味するかは分かりません.震源断層はほぼ垂直な横ずれ断層なので,断層面傾斜による位置ずれではなさそうです.
(追記:某新聞記事によると,“本震” 震央附近で変動が見られないのは,震源が深いことによる可能性があるとなっていますが,詳細は不明です.)
・ちなみに,深さ 18 km で M 7.8 というのは,私は最初聞いた時,耳を疑いました.2018年胆振東部地震が,深さ 37 km,M 6.8 ですから...トルコ大地震の最大加速度は 900 gal 程度だったようですが,速度がかなり大きかったという話も.いずれにせよ,この地震動の強さはわれわれの想像を超えるもので,あれだけの広範な家屋・ビル倒壊が起きて大きな犠牲を出したのも当然だったと思われます.
・なお東アナトリア断層(群)は,アラビア・プレートとアナトリア・プレートの接合帯です(右図).単なる横ずれならばもっと単純な直線的形態でもいいように思うのですが,おそらく南北方向の衝突(・短縮)成分もあるのではないかと.単なる憶測で,調べたわけではないですが.
・いつも思うのですが,このユーラシア・プレート南端部とインド/アラビア/アフリカ・プレートの接合帯の形状というのは,どうしてこんなにぐにゃぐにゃと複雑なことになっているんだろうと(下図)...ヒマラヤ南端が南に張り出した弧状になっているのはある意味当然ですが,他の部分の湾曲(sinousity)の度合いは,ちょっと私の理解の幅を超えています.
・もう一つ蛇足ですが,Wikipedia によるとこの地震の名称は暫定ですが,『2023年ガズィアンテプ地震』と呼ばれているようです.
・アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴにある Black's Beach で 2023/01/20 に起きた地すべりの YouTube 動画です.それほど大規模な地すべりとは言えないのですが,衆人環視の中で白昼起きたので,さまざまな記事・情報が流布されています.最初は,この浜のなにが黒いのかと思ったのですが,Black さんという方が所有していたものらしいです.サーファーが利用するだけではなく,nudist beach としても有名なところだそうです(余計).
・私は YouTube で,世界中で起きている斜面崩壊や土石流の動画を見るのがほぼ日課なのですが,この地すべりは “まあよくあるやつ” で,なんとなく見ていました.岩塔状部が転倒(toppling)するスペクタクルなシーンなんかもあります...が,動画の中ごろになって本当に仰天しました.03:00 あたりからをご覧ください.露頭の下部の砂浜平坦部がなんか灰色になってきたな...と思っていると,そこから真っ黒い物質が盛り上がってきて,あっというまに高さ 2 - 3 m 以上のマウンドが形成されます.動画の最後のところではこのマウンドに接近して撮っていますが,黒色の泥岩?角礫と泥基質からなる非常に不淘汰なものです.
・おそらく...これは地すべり下底のすべり面がちょうど露頭下部と砂浜表面の境界付近(わずかに下?)にあって,そこから下底の破砕物が押し出し・突出(protrude)してきたものと思われます(右図参照).色々調べてみたのですが,現時点では,この Black's Beach 地すべりの突出現象について specific に述べた情報は見つかりませんでした.
(もちろんこの図は,地すべり先端の突出部がその背後の土塊が前進したために “その下から” 押し出してきたということを示しているものでは必ずしもありません.Listric に滑動した土塊の先端部が押し上がった後に背後の土塊がその上に乗り上げたということもあり得えます.ここでは,単に地すべり先端の突出部形状の類似性を表現しているということでご容赦.)
・ちょっと不思議なのは,この押し出し物が,なんでこんなに真っ黒なのか?ということです.背後の露頭の地層を見ても,そういう岩相の部分はありません.たまたま露頭下部だけにそういう黒色の泥岩層があって,それがすべり面となったということなんでしょうか? それとも,すべり面付近で何らかの(何でしょう?)二次的な作用が働いた? 分かりません.もちろん現地の専門家なら理由は既に分かっているんだと思いますが.