地球科学トピックス

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はじめに

 このページは,世界各地のサイトでゲットした(おもに学術論文以外の)地球科学・(惑星)地質学の最新トピックスについて紹介するページです.紹介するテーマは私の個人的嗜好性にヒットしてきたものですので,バイアスだらけです.その内容についてのダイジェストやコメント等についても,言うまでもなく同様です.あと当然ですが,私の勘違い・錯誤・思い込み・認識不足...全部あり得ます.ご了解ください.


※ それにしても,現在のネット世界には紹介したい(・すべき)地質トピックスがなんと莫大に際限なく溢れていることか...私が学生のころとはまったく違い,探索すればするほどその wonder に圧倒されるばかりです.


2025年06月

2025/06/06: 石炭紀砂火山

 2025/05/24 に公開された ACT-GEO の Youtube 動画 Sand volcanoes. Not just cool, but important for reservoir connectivity considerations! は,極めて興味深い『石炭紀の砂火山』を紹介しています.
 地質時代の砂火山(sand volcano)というものは特に珍しいものではなく,私もいくつかの論文で目にしています.しかしその多くは “地層断面に現れた” もので,立体(3-D)的な形状が見えたわけではありません.また,地震岩コンボリューションに伴われるものが多く,サイズは普通 cm オーダーです.サイズが小さいためか,砂火山体自体は侵食で失われてしまい,その供給脈(conduit)だけが見える,という残念なものがほとんどです,というか砂火山体を確認できた例を私はフォローできていません.


Youtube 動画 Sand volcanoes. Not just cool, but important for reservoir connectivity considerations! (01:23 から再生)

 しかしここで紹介されている砂火山体は,なんと 数 m オーダーにも達するもので,しかも露出した地層の層理面上に立体的に火山体があり,おまけに頂部火口まで見えています.これは驚きです.固結した地層(古生層!)の中にこんなものがモロ見えとは...初めて見ました.多分,他に類を見ないものではないかと思われます.

 地層は,アイルランド西部の海岸に露出する上部石炭系 Ross 層のタービダイト・シーケンスです.右のスクリーンショットの左上に互層が見えています.これで直径が大体 4 - 5 m,高さが 数十 cm ~ 1 m と言ったところでしょうか.動画の例では頂部の位置が偏っていて非対称というか左側に裾野が広がっているように見えますが,実際そうなのかは分かりません.砂火山の周縁部や周囲の砂岩部は,複雑に流動破断・混合しているように見えます.動画中では解説者が『変形しているね』と話しており砂岩の変形体を sand blob とも表現していますが,それ以上の言及はありませんでした.
 なお,この動画のタイトルを見るとお分かりのように,解説者(Rene Jonk 博士)の着目点は地層パイル中の過圧密された砂質堆積層がこういった水理地質プロセスによって『連結された貯留層』になっているという点にあるようです.石油地質屋さんなのかも.


Ross 層タービダイト互層層理面上の砂火山群.Pringle et al. (2007) の Fig.3.

 この動画のネタ元ではないかと思われるのは,多分 Pringle et al. (2007) です.右の写真はその Fig. 3 ですが,おそらく上の動画と同じ露頭でしょう.驚くのは,砂火山体が孤立したものではなく密集しているという点です.この写真に写っているだけで,頂部クレーターを持つのが3~4個,その他に多少小さいのが4~5個見えています.一部は癒合しているようにも.一体どんな要因がこれだけ著しい砂火山形成を引き起こしているのか,は分かりません.火山体形状が侵食されずにそのままま残存しているというのも不思議です.堆積速度が鍵なのでしょうか?
 なおこの論文には,砂火山体が形成後に荷重変形を起こし地層中に沈んでいるとも書かれています.上の動画中で指摘されている変形構造は,それに関連したものなのかもしれません.


J.K. Pringle, A.R. Westerman, D.A. Stanbrook, D.I. Tatum and A.R. Gardiner (2007) Sand Volcanoes of the Carboniferous Ross Formation, County Clare, Western Ireland: 3-D Internal Sedimentary Structure and Formation. AAPG Memoir, 87 227– 231.


  COLUMN  - 沸騰する砂?!  
根室層群浜中層タービダイト層上面に見られる凹凸構造.2012年8月撮影.北海道浜中町貰人(もうらいと)海岸.

 これは半分ジョークです,が...残りの半分は本気です.

 左の写真は,白亜紀前弧海盆堆積体・根室層群のタービダイト層上面に見られる摩訶不思議な凹凸構造です.波長 数十 cm,波高 15 cm 程度の凹凸が層理面上に一面に見られ,不明瞭な crest も見えています(左上-右下方向).なにしろ海岸露頭なので,単に波浪浸食によってできたものかもしれませんが...
 実はこの露頭では,タービダイト砂岩層の液状化による未固結時変形が観察されており,砂岩層上部の上方突入(upward protrusion)と突入部間の沈み込みによって “椀状構造” が形成されています.突入部の一部は上位層に達して癒合・癒着したり,シル状注入脈を形成しています.写真の凹凸構造は,地層断面で観察された椀状構造の地層上面における平面形を表しているのではないか?...というのが私のイマジネーションです.液状化によってボコボコと “沸騰した” 砂層を上から見ていると.

 残念ながらこの露頭では,それを証明するような観察結果(+標本採取)が得られず,夢想は夢想のまま終わりました.しかしアイルランドの砂火山体の集合写真を見ていると...このへんでやめておきます.


2025/06/01: 氷河崩落

 Blatten 村でおきた大規模崩落災害について,下のアーティクルでは『岩盤崩壊かも?』と追記しましたが,その後色々データや考え方が出てきて,直接の現象はやはり氷河先端部の大規模崩落であることが私自身理解できてきました.それについて現在考えられていることを紹介したいと思います.


Blatten 村氷河崩落のスキーム.OneMinuteGeology による Youtube 動画(本文参照)を下に作成.

 OneMinuteGeology によって 2025/05/31 に公開された Youtube 動画 The Blatten Landslide は,この氷河崩落の原因・メカニズムについて貴重な insight を提供するものです.
 右の図は,それを元に作成した Blatten 村氷河崩落のスキームです.まず初期状態として,“懸架氷河”(hanging glacier)としてビルヒ川上流に存在していた氷河は,特にその先端部が非常に非常に不安定な状態で,その上には山腹斜面から崩落したデブリが堆積していました.氷河底部は山体岩盤との間の摩擦力によって支えられているだけです.
 ここに氷河の向かって右奥にある不安定岩盤が崩落して氷河上に落下し,それによる載荷荷重が増大します.崩壊した岩盤が下のアーティクルで紹介した不安定リッジのどのくらいなのかは明らかではありませんが,動画で紹介されているドローン画像から判断する限り,奥側の 2/3 ~ 1/2 程度が崩壊したように見えます.この崩落デブリによる荷重が底部摩擦を越えて氷河の滑り速度が増大し,末端部から崩壊しました.OneMinuteGeology によると,滑り速度の増大 ⇒ 歪みの増大 ⇒ 脆性-延性遷移面の深化というプロセスによって氷河内部の脆性部分が厚くなったことも崩壊・崩落を助長したようです.この理屈は(難しすぎて)正直私にはよく理解できませんでしたが.
 基本的に,このスキームでなるほどと思うのですが,一つ疑問なのは...このスキームでは崩壊物の大部分は氷河を構成していた氷塊です.しかし,Blatten 村の大部分とロンザ川を埋め立てたデブリの大部分は岩塊+土砂であるように見えます.氷塊が流下する過程で周囲のデブリを取り込んだということなのか...氷塊はどこへ行ったのか? 単に見えていないだけ? そのへんの『構成比』が上のスキームとどう釣り合っているのかは,少し疑問というか説明されるべき点かなと思われます.

 私的な今後の見通しですが,当該部分の氷河(の不安定部)はほとんど崩落してしまったため,多分しばらくの間は安全だと思われます.しかし,その右上にある岩盤リッジは,下流側の 1/3 程度が未崩落不安定岩盤として残存しているように見えますので,その二次的な崩壊-崩落が短期的に発生する可能性はかなりあるのではないかと思われます.崩壊量にもよりますが,復旧作業等の際は注意が必要でしょう.


  追記  

 2025/06/04 に公開された GeologyHub の Youtube 動画 Switzerland Landslide Update; Significant Elevation Changes には,Simeon Shmauß による崩壊-堆積部の標高変化マップが紹介されています.そのデータ元や詳細なクレジットは上記動画をご覧ください.

 これによると,崩落した氷河末端部の右奥にあった不安定岩盤中央部は,崩壊後に標高が 128 m 減少しました.崩壊前の岩盤の傾斜は不明ですが仮に45度とすると,崩壊深は約 90 m で,それだけの厚さの岩盤が大崩壊して地すべり・デブリとなって大規模に流下したということになります.また氷河末端部では 51 m 標高が減少しており,崩落した氷河の厚さを示しています.
 GeologyHub はこの事象をあくまでも地すべりと呼んでおり,岩盤崩壊 ⇒ 地すべり現象が主であって,上に紹介した氷河崩落はそれによって引き起こされた二次的・副次的な現象と考えているようです.主従関係はどうでも良いと言えばそうなのですが,報道などでは『氷河崩落』と表現されている場合が多く(この項もそうですが),そのへんは GeologyHub の(私と同じ)地質屋としての見方かなと思われます.上のスキームを書いた OneMinuteGeology 氏はもしかすると氷河屋さんなのかも.
 なお,GeologyHub は『300,000 m3』もの不安定岩塊がいまだに残っており,それが(上に私が書いたように)短期・中期的に大きなリスクであるとも指摘しています.

(2025/06/04 追記)


2025年05月

2025/05/27: 巨大山体崩落?

Blatten 村南方の Google Earth による俯瞰図.南を見たもので,ロンツァ川は右に流下している.マウスオーバーで崩壊の起こっているリッジを表示する.

 2025/05/23に公開された Youtube 動画 HUGE Mountain torn apart towards Town of Blatten live on Camera (by On the Pulse with Silki) は,スイスの Blatten 村に面する急崖斜面上部 のリッジ周辺から頻繁な大規模落石(rock-fall)が発生し,それが下方のビルヒ川の谷地形を埋めているビルヒ氷河末端部(標高約 2,600 m)上に集積して氷河とともに崩壊し大規模な岩屑なだれ+泥流災害を引き起こす可能性があることを報じています.急崖斜面の地質は不明ですが,右の画像を見ると向かって右側に非常に緩く傾斜する層状構造が見られ,おそらく堆積岩類ではないかと推察されます.
 そのため,地方行政組織により Blatten 村には避難命令が出され,観光ホテルなどのあるアルプス山あいの観光地は無人となっているそうです.なお Blatten 村の居住区域は,大体標高 1,530 m 前後の谷あいに位置しています.


Youtube 動画 HUGE Mountain torn apart towards Town of Blatten(08:23 から再生)

 ここまでは,急峻な地形とそれに隣接した居住域を持つアルプスであれば,それほど珍しい事ではないような気がします.しかし...先に紹介した動画の 08:23~ のところを見てください(右).私はこれを見て文字通り腰を抜かしました(大げさ?).
 タイムラプス画像ですが,落石のもととなっているリッジは,なんとその全体が既にずり落ち・変形し始めているように見えるのです.その範囲は上の図をマウスオーバーして確認してください.リッジの標高は 2,800 - 3,300 m の範囲にあり標高差は 500 m,幅・長さが約 700 x 800 m あります.したがってその平均傾斜は約 30 度強です.崩落想定部全体の体積は上の動画によると『5,000,000 m3』とされています. 注)1996年の豊浜トンネル岩盤崩落事故の崩落岩塊の体積は 11,000 m3 .北海道の岩盤崩落として最大級である1981年の雄冬トンネル崩落事故の崩落岩塊体積は 250,000 m3

 このタイムラプス動画の部分は,その由来や詳細については何も触れられておらず,タイムラプスの間隔や被写体のスケール,さらに撮影期日などについてはまったく不明です.この “割れ目” の長さは写っているだけでも 100 m オーダーで,開口幅は 10 m 以上,垂直方向のずれの量は 数 m はあると思われます.そんな規模のずれが生じたら,そのまま落ちているはずではないでしょうか? もし落ちていないとすると,この変位はリッジ下部のどこでどのように吸収されているのでしょうか? 私はこのタイムラプス動画を見た時,フェイクなのではないかと思いました.実は今でもその可能性はあると思っています.
 しかし,このリッジ(・周辺)に大きな割れ目が形成されていることと,そのリッジ縁辺から大規模な落石が頻繁に生じていることはオフィシャルに公表されており,確かな事実です.山体に何らかの変位が既に生じていること自体は間違いありません.
 もしこのタイムラプス動画がフェイクでないとすれば,これは間違いなく『大規模岩盤崩壊の初期変位を捉えた世界最初の動画』です.下に紹介した『活断層変位の瞬間を捉えた世界最初の動画』もそうですが,我々地球科学者にとっては “百聞は一見にしかず” の教訓が次々と現実となる凄い時代になったものだと思います.


  追記-その1  

 報道によると,この件は最悪のシナリオを辿る結果となりました.05/28 午後にビルヒ氷河の末端が大規模に崩壊し,Blatten 村の 90 % がデブリの下に埋まりました.ロンツァ川は完全に堰き止められています.一人が行方不明となっているという報道もありますが,事前の住民避難によって基本的には人的災害が回避されたわけで不幸中の幸いだと思います.これがもし予測無しで突然起きていたら,数百人規模で犠牲者が出ていたはずです.
 これは20世紀以降スイスで起きた斜面災害として未曾有の規模のものになるそうです.Blatten 村の上流にはまだいくつかの居住区域がありますので,ダムアップによる上流側湛水の影響もありますが,デブリの量があまりに莫大で,決壊したときの洪水規模がどれほどのものになるのかが非常に心配です.

 上に紹介したリッジ部の大規模岩盤崩壊は今回は起きなかったわけですが,これ以降起きないという保証もありません.自然災害が我々の社会に与えるインパクトの大きさに今更ながら衝撃を受けています.

(2025/05/29 追記)


  追記-その2  

 その後,この崩壊についての各種報道がたくさん出ていますが,なぜか『どこが崩壊したのか』『崩壊源は現在どうなっっているのか』が少なくともネットには出てきておらず,よく分かりません.国や行政機関は当然そこをずっとモニターしていたはずだし,崩壊後の空中からの緊急調査もしているはずなのでちょっと不思議です.

 で,ネットに出てきた映像で,多分崩壊後に撮られた崩壊地付近のドローン画像を見つけました.それを見る限り,崩壊源はビルヒ氷河の末端部ではなく,その向かって右上の岩盤斜面と思われます.おそらくそこからの崩壊デブリがビルヒ氷河の上に落下し,それを巻き込んで巨大な岩屑・氷屑雪崩となって流下したものと推察されます.
 もちろんその推測には,なんの確たる根拠もありません.しかし,もしそうだとすると,これは巷で言われているように『氷河崩壊』ではなく,上に書いた不安定リッジの崩壊が崩壊源であり,まさに巨大岩盤(・山体)崩壊ということになるのですが...もう少し情報が出てくるのを注視していきたいと思います.

(2025/05/31 追記)


2025/05/20: 断層が動いた

 下に書いたミャンマー大地震から2ヶ月近くになりますが,2025/05/18 に公開された Youtube 動画 First fault rupture ever on Video ! (by On the Pulse with Silki) を見て,ちょっと仰天しました.実はこのネタモトになった監視カメラ動画は,私もだいぶ前に Youtube で見ていたのですが,そのときは(なぜか)この動画の真の意味をよく理解していませんでした.何だこれ?という感じで.この動画は,上のタイトルにもあるとおり『地震断層が動く瞬間を捉えた世界で初めての動画(!)』なのです.


Youtube 動画 First fault rupture ever on Video ! (03:43 から再生)

 この驚くべき動画は,GP Energy Myanmar という太陽光発電所の入口に設置された監視カメラのもので,その企業ウェブサイトによると場所は Mandalay 地区の Kyaukse, Myit Thar Township となっています.ミャンマーのほぼ中央部で,震央から南へ約 60 km の場所です.

 どの方向を見ているものかは明記されていませんが,地震は真昼(現地時間 12:50)に起こっていますので,ゲートの影から推測すると南を見たものでしょう.しかし,どちらを見ているかには関係なく,この断層は右横ずれです.ずれの変位量は明記されていませんが,動画中では数フィートと言っていますので 1 - 2 m 前後というところでしょうか.下の記事中の合成開口レーダーによる変位量よりはかなり小さいような気もします.動画をよく見ると,左奥に見える小屋がちょうど断層上にあって,ずれによって破壊されて崩れ落ちているのが分かります.
 地震後にゲート外の断層変位部を南側(推定)から撮った画像も示されています.それを見ると,断層の東側が少し(30 cm 程度?)上がっているようにも見えますが,どうなんでしょうか? ザガイン断層の北端部は西へ衝上するセンスを持っていますので,それと矛盾はしていないように思います.

 それにしても,この地震断層(活断層)が大地をずれ動かすさまは,なにか悪夢を見ているような怖ろしさがあります.こういう動画をこの眼で見ることができるとは...


2025年04月

2025/04/06: 長大横ずれ断層

2025/03/28 ミャンマー大地震の震源断層の横ずれ.国土地理院『2025年3月28日ミャンマーの地震に伴う地殻変動』による合成開口レーダーデータ解析図を編集(トリミング&凡例移動)したもの.

 2025年3月28日にミャンマーで発生した大きな地震(M 7.7)は,ミャンマーの国土のほぼ全体を縦断する南北性の長大断層(ザガイン Sagaing 断層)の活動によるものでした.この活断層の変位センスとずれの程度について,国土地理院から 速報 が出ていますのでご紹介します.
 この速報によると,地震断層となった断層は『ザガイン断層 Sagaing Fault』と呼ばれているもので,ほぼ南北性でわずかに弧状に湾曲し,その総延長は 1,400 km 以上です.変位は合成開口レーダー(SAR)によるデータを解析して得られました(右図).
 データは 2025/02/26 と 2025/03/30 に得られたもので,両者の差分が 2025/03/28 の地震活動による地表変位となるわけです.

 図中で断層に沿った色は,黄-赤色が衛星進行方向,水-青色がその逆方向の変位量を示しています.進行方向は南向きですので,断層の東側で進行方向に約 3 m,西側で逆方向に約 3 m の水平変位が見られることが示されています.このことは,ザガイン断層が右横ずれ断層で,地表でのずれの量は最大で約 6 m であることを示しています.この変位は,少なくとも約 400 km の長さにわたっています.
 この規模の変位は,例えば このサイト では『内陸の活断層地震としては珍しい規模の地殻変動』と紹介されています.“内陸の” というのが要するにどういう意味なのか私にはちょっと分からないのですが,そういうことなのでしょう.

 “長大横ずれ断層” といえば真っ先にサン・アンドレアス断層が思い浮かびます.Wikipedia によると,サン・アンドレアス断層の長さは 1,200 km で,ザガイン断層と同レベルです.この超有名な断層が『一度の地震活動でどの程度変位しているか』については,ちょっと調べてみましたがよく分かりませんでした.
 ただし上記 Wikipedia には,変位速度:20 - 35 mm/year,地震発生間隔:140 – 160 years というデータがあります.その変位が stepwise なものと仮定すると,一度の地震における変位量は 20 x 140 = 2,800 ~ 35 x 160= 5,600 mm,つまり 2.8 ~ 5.6 m ということになります.ザガイン断層の今回の 6 m という水平変位量は,たしかに『地球上で最大クラス』と言えるのかもしれません.

 それでは,ミャンマーになぜこのような大規模な横ずれ断層があるのでしょうか? そのテクトニクスを包括的に調べるのは私にはとても無理なので,単に目についたというだけですが...Rangin (2016) によると,ミャンマーからスマトラにかけては,東側の Sunda Plate と西側の Indian Plate の相互作用が支配的な地域です.ザガイン断層はその北東端部となっており,ヒマラヤ東端部がユーラシアプレートに押し込まれる過程で発生した北東⇒南西方向の “crustal flow” の作用によって右横ずれのザガイン断層が活動していると考えられているようです(彼の Fig.5 参照).


C. Rangin (2016) Rigid and non-rigid micro-plates: Philippines and Myanmar-Andaman case studies. Comptes Rendus Geoscience, 348, 33–41.


2025年02月

2025/02/27: 大峡谷の火山

South Rim から見たグランドキャニオンの地層.Roger Bolsius によるものを編集.

 グランド・キャニオン(Grand Canyon)は言うまでもなくアメリカ随一の超有名な地質景観で,西部のアリゾナ州にあります(右写真).ここでは,カンブリア紀からペルム紀にわたる,古生代の地層のほぼ全部が一つの峡谷壁に『水平に』露出しており,変動帯日本列島の地質屋の私には,とても信じられないような羨ましい場所です.
 私は “変動というものの無い大陸プレート上の安定地塊はやっぱり違うな...” などと,漠然とイメージで思い込んでいたのですが,違いました.なんとグランドキャニオンには『活火山(!)』があるのです.
 2025/02/14 に公開された GeologyHub の Youtube 動画 The Active Volcano in the Grand Canyon; Arizona's Uinkaret Volcano は,その事実を見事に紹介しています.ここではそれを基に,グランドキャニオンの活火山について紹介します.


Uinkaret Volcanic Field を南南西側から見たもの.Google Earth による.
上の溶岩流の末端部を西側から見たもの.Google Earth による.

 GeologyHub が紹介したものは,Uinkaret Volcanic Field と呼ばれる火山域(Wikipedia 参照)で,グランドキャニオンの北西側にあります.“Uinkaret” というのはどう呼ぶのか分からないのですが,GeologyHub の動画では “ユインカレッ” と発音されています.なんとなくネイティブ・アメリカン風ですが,その由来などは分かりません.

 右図の上は,グランドキャニオンの地層の上に溶けたチョコレートのように被さった溶岩流です.下は左(西)側から見たもので,いくつもの溶岩ローブを伴った溶岩流の様相が非常に印象的です.
右図上の中央手前から右端にかけては,グランドキャニオンの平原頂部から峡谷に流れ落ちた『溶岩滝(lava fall)』が何本も見えています.GeologyHub によると,これは “地球上で最大落差の滝” だそうです.水が落ちる滝として最大落差のものは,ベネズエラにある Angel Falls でその落差は 3,212 ft = 979 m です(Wikipedia).ところがこのグランドキャニオンの溶岩滝の落差は Geology Hub によると 3,281 ft = 1,000 m で地球最大ということになるんだそうです.なかなかユニークな視点です.

 この溶岩流の中で最新のものは 1,100 CE とされており,たった 900 年ちょっと前です.文字通り活火山です.


Uinkaret Volcanic Field 主要部の垂直俯瞰.Google Earth による.図の長辺が約 13 km.

 左の図は,Uinkaret Volcanic Field の主要部を垂直に見下ろしたものです.図の南北方向が約 13 km です.Volcanic field 全体の大きさは不明ですが,Google Earth で見る限りは,南北 36 km・東西 22 km 以上はあります.周囲には volcanic field と思われるものがいくつもあり,全体としての広がりは 100 km オーダーに達すると思われますが詳細は不明です.
 この俯瞰で分かるように,volcanic field の中には無数の溶岩噴出孔(lave crator)あるいは噴石丘(cinder cone)と判断されるものが存在し,それらは明瞭な南北性配列を示しています.
 GeologyHub によると Uinkaret Volcanic Field はその東西を南北性の二本の断層,Hurricane 断層(西縁)と Toroweap 断層(東縁)で区切られた上昇帯の上に形成されています.その火山活動は約 3.6 Ma に始まり,長い休息期間を挟んで 0.85 Ma に活動が再開しています.0.7 Ma 頃には大量の溶岩流出によってコロラド川がせき止められ “溶岩ダム(lava dam)” が形成され,それがのちに決壊し大規模な洪水堆積物が堆積したとされています.
 この図の左上隅には,通常のグランドキャニオンの崖とはちょっと異なる,閉じた馬蹄形~オタマジャクシ形の巨大な崩壊地形が見えていますが,これが火山作用と何らかの関係があるものかどうかは不明です.

 Fenton et al. (2004) によると,Uinkaret Volcanic Field の噴火で流出しているのはすべて玄武岩マグマで,岩石化学的にはアルカリ玄武岩とソレアイトです.おそらくホットスポット関連のプレート内玄武岩と考えられますが,例えば同じようなセッティングにあると思われる Yellowstone 火山との関係など,詳しいことは調べていないので分かりません.

 最後に,その出典というかネタモトは分からないのですが,GeologyHub はこの火山活動をもたらしたコロラド高原地域の上昇運動の成因について,数 Ma 近辺に発生した “lithospheric drip” の反動によるものと述べています.“Lithospheric drip” はこのトピックスでも『岩盤ドリップ』として紹介した興味深いテクトニック・メカニズムで,“ここでも出てくる話なのか?!” と正直驚きました.


C.R. Fenton, R.J. Poreda, B.P. Nash, R.H. Webb, and T.E. Cerling (2004) Geochemical Discrimination of Five Pleistocene Lava-Dam Outburst-Flood Deposits, Western Grand Canyon, Arizona. Journal of Geology, 112, 91–110.


2025/02/17: ジェミナイ

 ジェミナイ(gemini)とはもちろん双子のことですが,なぜこれが双子なのか...分かりませんが,Google の独自AIが一般ユーザにも 開放 されました.その名前が Google Gemini です.ちょっと地球科学トピックネタというのも違うような気がしますが,関連ネタということでブログ的に書いてみます.

 伏線は,だいぶ前に Windows (+ Edge ブラウザ)の標準AIみたいな形でプレビュー版として公開されていた Microsoft CoPilot です.私も “地球科学上の知らないことを調べる” 目的で多少使ってみましたが,必要な情報を集約し場合によっては原典へのリンク付きで提示してくれるので,けっこう悪くありませんでした.ところが...プレビュー版が正規版になったあたりからなにやら雲行きがおかしくなってきました.返答が妖しくなってきて,おまけに原典へのリンクが表示されなくなってしまったのです.後者はなにか設定があるのかもしれませんが,私には見つけることはできませんでした.返答の質も,適当なところで(いい加減に)放り出すような感じになってきて,使うことは無くなりました.要するに退化してしまったのです.

 で,先日ちょっと確認したいことがあって久しぶりに『日本最古の化石は?』と CoPilot に聞いてみたところ,その返答には心底仰天しました.こうです.


Ans. 1: 日本最古の化石は奈良県にある大和紀元層という地層から産出したホウライエビの化石です.ホウライエビは脊椎動物の一種で,カンブリア紀に生息していました.


 大嘘(フェイク)というか,この答えの中にいったい何か所の嘘・誤りがあるんでしょう.『大和紀元層』『ホウライエビ』はどちらも実在しない架空のものです.エビは無脊椎動物(節足動物甲殻類)です.これはほとんど hallucination のレベルでしょう.気を取り直してもう一度聞いてみると,今度はこういう答えが.


Ans. 2: 日本で最古の化石は、約6億年前のカンブリア紀に生息していた生物の化石です。これらの化石は、主に北海道や九州などの地域で発見されています。特に北海道の石狩川周辺や、九州の熊本県で多くの化石が見つかっています。


 聞き直すと全然違うことを平然と言うというのもアレですが,これではどうにもなりません.これだと講義の最中に『AIによると先生のおっしゃることは完ぺきに間違っています!』などと学生から言われそうだな...って私は既に先生ではないので大丈夫ですが.


※ こういうこと書いてると『AI-ヘイト人種』と思われそうですが,私は決してそうではありません.Photoshop などのAI画像処理は率先して使ってますし,Midjourney などの醸し出す cyberpunk 風のAI画像は大好きでコレクションしているくらいです.


 で...Google Gemini が一般の Google アカウント・ユーザにも使えるようになったというので,半信半疑で同じ質問を投げてみました.その返答がこれです(右図).


注)右図の内容と下の文章はキャプチャ時期が違うので微妙に異なっています.AIというのはこういうものなんでしょうか?!


Ans.:日本で最古の化石とされているのは、以下の2つです。
コノドント
岐阜県で発見されたコノドントは、オルドビス紀後期、約4億5000万年前の化石とされています。これは、三葉虫などと共に生息していた奇妙な生物で、長い間「謎の化石」と言われてきました。
植物の胞子化石
岩手県大船渡市で発見された植物の胞子化石は、古生代前期デボン紀、約4億年前のもので、日本最古の植物化石とされています。この発見以前は、後期デボン紀の植物化石が最古とされていました。


 ほぼ地質学的に完璧ではないでしょうか? 胞子化石は比較的最近分かった話なので,ちゃんと up-to-date になってます.おまけに,AIモードを “2.0 Flash Thinking Experimental” に設定すると,その原典となったサイト・リンクもきっちり表示されます.検索で先行した Google の強みだと思います.これでは CoPilot の出る幕などまったく無く,Google Gemini の一人勝ちです.大丈夫なのか? ≫≫ Microsoft (+ OpenAI ?).

 そこで次に,私が本当に聞きたかった『日本最古の海洋性岩石は?』と質問してみたところ,両者の返答は以下の通りでした.


CoPilot: 日本最古の海洋性岩石は、約4億年前のジュラ紀に形成されたもので、主に北海道や本州中部の山岳地帯に分布しています。これらの岩石は、海洋底で形成された後、地殻変動によって隆起し、現在の地表に現れたものです。

Gemini:
有力な候補 早池峰帯の緑色岩類
岩手県の早池峰山周辺に分布する緑色岩類は、海洋プレート(海洋底)を起源とする岩石で、最古の海洋性岩石の有力な候補とされています。この緑色岩類からは、約3億6千万年前(古生代デボン紀後期)のコノドント化石が発見されており、海洋プレートがこの時期に存在していたことが示されています。
その他の候補 兵庫県の蛇紋岩
兵庫県には、約4億5千万年前(古生代オルドビス紀)に形成されたとされる蛇紋岩があり、これも海洋性岩石の可能性があります。蛇紋岩は、海洋プレートを構成するかんらん岩が変質してできた岩石です。
重要な注意点
1.海洋性岩石の定義
「海洋性岩石」の定義は、研究者によって異なる場合があります。一般的には、海洋プレートを起源とする岩石を指しますが、具体的な岩石の種類や形成年代の解釈によって、候補となる岩石も変わってくる可能性があります。
2.年代測定の難しさ
岩石の年代を正確に測定することは非常に難しい場合があります。特に古い岩石の場合、様々な要因によって年代が変動している可能性もあり、慎重な検証が必要です。


 CoPilot は相変わらずいい加減で間違いだらけですが,Gemini は(専門家にしか分からない問題は少しありますが)ほぼ完璧で,おまけに『重要な注意点』などという教育的なことも書いてくれています.早池峰のコノドントは私が投稿者となった論文(濱野ほか,2002)のデータです.いや~...参りました.

 ということで CoPilot は宇宙の彼方に捨て,私のデスクトップにはいま Gemini アイコンが晴れやかに置かれています.アプリはスマホ版しかないので,PCの場合はブラウザで上記サイトにアクセスすることになりますが,Microsoft Edge の優れ機能『ウェブサイトをアプリとしてインストールする』で,ブラウザとは独立した設定のウィンドウでアプリみたいに動かせるようになるので便利です.さすが Microsoft!(皮肉)


  SUPPLEMENT  

・最近,Google Gemini の動作モードが一新され,『2.0 Flash』『2.0 Flash Thinking』『Deep Research』『Personalization』の四つのモードとなりました.特に注目されるのは Deep Research モードで,“詳細な調査レポートを提供する” とされています.Personalization モードはユーザの検索履歴を基に,とありますのでおそらく私が使うことは無いでしょう.

・早速試してみたところ,ほとんどレビュー論文か?!と思われる結果が出力されて驚きました.出典へのリンクも豊富です.ただし,出力は段階的に行われますが,その完了にはかなりの時間がかかります.その間コーヒーでも飲んでいるのが良いでしょう.

・『日本最古の植物化石は?』と聞いてみたところ,内容は素晴らしいのですが,飛騨福地産のオルドビス紀コノドントが一つの候補として提示されました.おそらく Gemini は私の質問の “植物” を聞き逃したんでしょう.説明を読むとコノドント動物とありますので,コノドントを植物と思っているということではないようです.どこかで推測論理ロジックがねじくれたのか.

・いずれにせよ,Microsoft Copilot との差はまたもや絶望的なほどに離れてしまったようです.Copilot も有料版なら何らかの選択肢があるのかもしれませんが...Gemini は(Google Account があれば?)無料ですからね.

・最近どうしてるかな?と久しぶりに Copilot に同じ質問をしてみたら...“日本最古の植物化石として知られるのは、約4億年前のシルル紀からデボン紀にかけて存在していた「リニア植物」の一種です。これらは、北海道の網走市で発見された化石などに代表される、陸上植物の初期の姿を示すものです。”...などとまたもや大嘘を.

(2025/03/20 補足追記)


2025年01月

2025/01/28: 地球上で最も急な斜面

 “最も急な斜面” とは何でしょうか? “そりゃ垂直な崖しかないだろ,そんなものどこにでもある,いやオーバーハングというものもあるか...” といった話ではありません.
 少し公開時期が古いものですが,2023/02/11 に公開された Youtube 動画 The steepest mountain in the world is in Cuba? | Caribbean geology (by TheGeoModels) は地球上の地形というものについて興味深い insight を提供しています.
 それは,地球上の『非常に高いところ』や『非常に低いところ』に着目し,その場所からもっとも近いところにある最低点あるいは最高点との間の標高差を見るというものです.標高差だけでは傾斜が得られないので,2点間の距離が大事なパラメーターになります.言わば,地球上の “メガスケール斜面” といって良いでしょう.

 TheGeoModels が着目したのは,タイトルにあるようにキューバ島の南端部の沖に位置する『ケイマン海溝 Cayman Trench』です.キューバ島南端部には,Sierra Maestra という東西に延びる山脈があり,その最高峰は Pico Turquino (標高 1,974 m)です.ケイマン海溝の最深部は -7,686 m ですので,標高差は 9,660 m です.Sierra Maestra の稜線からケイマン海溝軸までの水平距離は約 40 km ですので,その平均斜度は 13.8 度となります.
 これについて TheGeoModels は,“地殻岩石は物理的強度が限定されており,急傾斜の山地斜面は崩壊や滑り落ちを引き起こすはずなのに,非常に不思議である” という興味深い言及をしています.
 なお,ケイマン海溝は Wikipedia では Cayman Trough となっていますが,たいした違いはありません.ただし,あとに述べるようにこれは本来の意味の海溝・舟状海盆ではありません.


キューバ南岸~ケイマン海溝の地形断面図・Google Earth で作成.図中の標高値は断面図における標高で,文中や下の表にある最高-最深標高を示す場所の標高ではない.標高方向を2倍に強調している.

 右に,Sierra Maestra からケイマン海溝にかけての地形断面図を示します.標高方向は強調されていますが,ケイマン海溝に向かう斜面が非常に急であることが分かると思います.特に海岸線から陸棚を欠いて急傾斜で落ちる斜面が印象的で,なにか構造要素があるのではないかとも思われますが,詳細は不明です.


地球上の “急なメガスケール斜面” の比較表.標高は Google Earth 上でアバウトに取得したものを含み,必ずしも正確なものではない.

 それでは,この “急斜面” は地球上の他の場所と比較してどうなのでしょうか? 右の表は,地球上の標高差の大きいものを適当に抽出して Google Earth でその標高をチェックしてみたものです.そのカテゴリーは,島弧-海溝・衝突山脈・海洋島などです.傾斜はもちろん平均になりますが,標高差と水平距離から単純に計算したものです.
 これを見ると,ケイマン海溝の傾斜は既に述べたように 13.8 度,他の場所ではどれも 3 - 5 度ですから,圧倒的です.TheGeoModels が “steepest” と表現したのも当然です.標高差は飛び抜けたものではありませんが,なんと言っても水平距離が他の場所の 1/2 ~ 1/6 なのが効いています.

 それでは,このケイマン海溝とはいったい何もので,こんなにも急傾斜なのにはどういう要因があるのでしょうか?


ケイマン海溝周辺の海底地形図とジオテクトニック要素(マウスオーバーで表示).海底地形図は Google Earth による.ジオテクトニック要素は,Iturralde-Vinent et al. (2016) などを参考に作成.

 右の図は,Google Earth で見るケイマン海溝周辺の海底地形図です.ディープで直線的なケイマン海溝の地形にはまったく驚かされます.周辺を陸・島・浅海で囲まれたこの部分がなぜこんなに stunning なのかというと,(上の表に既に書いてますが)これはトランフォーム断層(transform fault)なのです.ずれのセンスは分かりませんが,キューバ島とジャマイカの形から見ると,もしかすると左横ずれなのかも?
 Iturralde-Vinent et al. (2016) によると,この断層はニカラグア海膨の北縁部からケイマン・リッジの南,キューバ島南縁を通り,少し湾曲してハイチ・ドミニカ(Hispaniola)の北縁を通っています.ケイマン諸島の南で短いリフトによって切断され,その部分で南に転位しています.リフトから東側は『北カリブ海トランスフォーム断層帯 Northern Caribbean Transform Fault System』と呼ばれています.Wikipedia では,このトランスフォーム断層がユカタン半島(マヤ地塊)の南を通過する部分を大陸リフトと図示していますが,その部分で本当に拡大しているかは分かりません.
 Hispaniola からキューバ半島,そしてユカタン半島の東縁に至る弓型に湾曲した部分は,大アンティル造山帯(Greater Antilles Orogen)と呼ばれる,オフィオライトと付加体を含むジュラ-前期白亜紀の変成・褶曲帯です(Iturralde-Vinent et al., 2016).それらを白亜紀~古第三紀の島弧火山岩が被覆しており,Sierra Maestra は古第三紀の島弧です.


M.A. Iturralde-Vinent, A. García-Casco, Y. Rojas-Agramonte, J.A. Proenza, J.B. Murphy, and R.J. Stern (2016) The geology of Cuba: A brief overview and synthesis. GSA Today, 26, no. 10, 4-10. doi: 10.1130.


 ケイマン海溝がトランスフォーム断層で,その周辺の地質構成や構造がそうなっていることも大体わかりましたが,『では,いったいなぜこんなに急なのか?』については,結局分かりません.TheGeoModels はそれについて,① 大陸プレートと海洋プレートが接している,② キューバとジャマイカの間の部分は Gonava Microplate となっている,③ カリブ海プレートの運動方向は?...といった要因となり得る要素を匂わしていますが,具体的な言及はありません.③ はちょっと気になる点で,NW~WNW へ 10 cm/y 程度と北米プレートよりかなり遅いのですが,それが要するにどう働くのかというと私は no idea です.


  SUPPLEMENT  

・2025/02/08 23:23 UTC,ケイマン海溝を震源とする M 7.6 という大きな地震が発生しました. USGS サイト によるとその震源深さは 10.0 km という浅いもので,上で紹介したカリブ海北部のトランスフォーム断層を起震断層としています(下図参照).それ自体は,サン・アンドレアス断層を思い起こすまでもなく,特に珍しいことではありませんが,M 7.6 という大きさにはちょっと驚きました.震源は,ケイマン諸島南西方のケイマン海溝南側の断層沿いです.余震もその断層に沿って発生していますが,一部北側断層沿いでも発生しているようです.

・この大きな地震発生に対して,地質系 Youtuber が早速反応しています.私もこの地震をそれらを見て初めて知りました.

M7.6 Quake Strikes Caribbean Region, Tsunami Alert Later Dropped: WHY? by Shawn Willsey, 2025/02/08

Caribbean Earthquake Update; Magnitude 7.6 Strikes, Tsunami Generated. by GeologyHub, 2025/02/10

・この二つの動画は,どちらも津波について言及しています.実際発生したらしいのですが,その規模は非常に小さなものだったようです.Shawn Willsey は『なぜ津波警報がのちに解除されたのか?』というサブタイトルにしていますが,その理由は言うまでもなく,起震断層が横ずれ断層なので上下方向の海底地形変動がほとんど無かったためでしょう.しかしそれ以外に,地震動による海溝斜面の崩壊が津波を引き起こすというのも大きな留意事項です.この斜面の急峻さを見るとけっこう危ないように思われます.しかし幸いそういう大きな現象は起きませんでした.

ケイマン海溝周辺のジオテクトニック図.Shawn Willsey の動画を参考に作成したもの.震源分布は USGS サイトを参照した.どちらもリンクは本文に掲載.マウスオーバーで本震と余震(ピンク丸)の震源位置を表示する.海底地形は Google Earth による.

・で,特に Shawn Willsey の動画を見て,なるほどと思ったことがいくつかあります(上図参照).まず,ケイマン海溝は “北カリブ海トランスフォーム断層” という単一の断層がステップしているのではなく,やはり南北2本のトランスフォーム断層で囲まれているということです.二つの断層の間が Gonâva マイクロプレートとなっています.なお,ケイマン諸島から西側への断層延長(点線)は私が勝手に描きいれたものですが,海底地形を見るとこうするしかないような.次に,これらのトランスフォーム断層は上で予想した通りやはり左横ずれでした.だからどうということでもありませんが.

・最後に個人的に一番気になったのは,ケイマン諸島南西方の “ステップ” が明確に『Mid-Cayman 拡大軸』と書かれている点です.確かに海溝中の南北方向の線状地形を見ると,トランスフォーム断層に挟まれた中央海嶺(mid-oceanic ridge)の構造と非常によく似ています.それでは,拡大するからには物質がそこに上がってきて付加しなければいけないわけですが,この場合それはいったい何なのでしょうか? 中央海嶺であればそれは玄武岩質マグマであって海底火山活動が起きているわけですが,この “海嶺” の場合は? 動画にもその点について特に言及はないようです.

(2025/02/13 補足追記)


2025/01/22: 謎クレーター

Patomskiy クレーター. Wikipedia による(Dmitry Semenov 撮影).

 2025/01/22 に GeologyHub によって公開された Youtube 動画 The Geologic Formation We Can't Explain; Patomskiy Crater では,シベリア・バイカル湖の北東約 570 km の場所にある不思議なクレーター Patomskiy Crater(左写真)とその成因についての考察が紹介されています.発音は良く分からないのですが,“パトムスキ” でしょうか?
 このクレーターについては Wikipedia にも項目があり,以前から有名なものだったようです.それによると,径 160 m で高さは約 40 m とあまり大きなものではありませんが,周囲の地形中に孤立して存在するもので,明確な二重の外形を示しています.このような外形は火山性の噴石丘(cinder cone)に非常によく似たものと言えます.クレーターの外形は斜面下方に伸びており,“噴石” の抛出がその方向に向いていたことを示しています.形成時期については複数時期に渡るとするデータもありますが,だいたい 300 - 350 年前とされています.


Patomskiy クレーターの俯瞰画像(上)と周辺の地形画像(下).いずれも GoogleEarth による.下写真の中央左の森林斜面上に見える小さな白い点が Patomskiy クレーター.

 右に,Patomskiy クレーターの周囲の地形・地質状況を Google Earth 画像で示します.森林(タイガ)に覆われた緩く傾斜した凹凸の少ない丘陵で,どこにも火山性と思われる地形はありません(右上).クレーターやその関連地形と思われるものも他にはいっさい無く,これ一つきり・完全に孤立したものです.
 周囲に分布する地質体は,新原生代(600 Ma 前後)の石灰岩を主体とする地層で,強く褶曲した褶曲帯(fold belt)を形成しています(右下).もちろん火山は一つもありません.“クレーター丘” を形成するのはおもに石灰岩の角礫で,GeologyHub の動画によると,砂岩や結晶片岩のブロックも含まれるとされています.これらのブロックはかなり大きなサイズのようですが,それらについての詳しい記述はありません.

 では,このクレーターの成因はなんなのかというと...上の動画のタイトルにあるように,諸説ありまだ明確には分かっていません.一つ重要なポイントは,『 “噴石” の中に火山岩や火山性のものはまったくない』という点でしょう.つまりこのクレーターは,少なくとも通常の火山性噴石丘ではないということになります.
 Wikipedia には,考えられる成因として三つが挙げられていますが,GeologyHub はそれを含めて,なんと7つの成因の可能性を指摘しています.
  ① 火山性噴石丘
  ② 隕石クレーター
  ③ 泥火山
  ④ 永久凍土の融解による天然ガスの爆発
  ⑤ 断層面での圧力低下による温泉関与の熱水性爆発
  ⑥ 岩塩ダイアピルの上昇によるドーム状構造(非爆発性)
  ⑦ 揮発成分に富んだアルカリ岩マグマによる水蒸気爆発
 ⑤ については,私は類似事例を知らないせいでどうもよく理解というかイメージできませんでした.彼は,① ~ ⑥ はそれをサポートする事実が希薄であるとして,⑦ の可能性を推したいようです.火山作用の形跡は周辺も含めて確かに無いのですが,この場所はバイカル・リフトの延長部にあり,リフト関連のマグマ作用があっても良いのではないかということがその背景です.
 Wikipedia にも,このクレーターの火山性起源を支持する Antipin and Fedorov (2008) が紹介されています.しかし 2010 年には Patomkiey クレーターに関するカンファレンスが開催され多くのデータ提示と議論が行われたにもかかわらず,その成因に関する明確な結論はまだ出ていないと思われます.まさに “We Can't Explain” ということになるでしょう.


Antipin, V. S.; Fedorov, A. M. (2008) The origin of Patom Crater, East Siberia, from geological and geochemical data. Doklady Earth Sciences, 423 (2): 1335–1339.


 自分なりの見方を書くと; ② ③ ⑥ は論外として,このような形態の “噴石丘” が形成されている以上,爆発は一度きりではなくある程度継続的に起きていたことになりますので,④ ⑤ はちょっと難しいように思われます.火山性である ① と ⑦ の違いはよく分からないのですが,火山性噴石丘(①)を作っているものは当然,火道周辺の岩石を破壊したものも含まれるとしても,ほとんどすべてが火山性砕屑物なので,このケースには当てはまりません.⑦ はその点を回避するために,水蒸気爆発で “火道” 周辺地質体を破砕させるという意味だと思われます.しかし水蒸気爆発を引き起こした高熱ホストは固体ではなく溶融体(マグマ)なので,当然それ自身も破砕され火砕物として抛出されるはずです.Patomskiy クレーターの “噴石丘” の中にそれがまったく見当たらないというのは,かなり苦しいと感じます.やはり We Can't Explain ということなのでしょうか...



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