このページは,世界各地のサイトでゲットした(おもに学術論文以外の)地球科学・(惑星)地質学の最新トピックスについて紹介するページです.紹介するテーマは私の個人的嗜好性にヒットしてきたものですので,バイアスだらけです.その内容についてのダイジェストやコメント等についても,言うまでもなく同様です.あと当然ですが,私の勘違い・錯誤・思い込み・認識不足...全部あり得ます.ご了解ください.
※ それにしても,現在のネット世界には紹介したい(・すべき)地質トピックスがなんと莫大に際限なく溢れていることか...私が学生のころとはまったく違い,探索すればするほどその wonder に圧倒されるばかりです.
あいかわらずタイトルだけでは何のことか分かりません.トップページのスライドする目次の関係上,少ない字数の簡潔なタイトルにせざるを得ないのですが...なかなか難しいです.
このトピックスは,いつものような最近どこかで見たネット記事・動画をネタにしたものではなく,ひょんな機会に目にした Moreau et al. (2012) の論文 の内容を紹介するものです.10 年以上も前のもので,最新のトピックスというものでもありません.
J. Moreau, J.-F. Ghienne and A. Hurst (2012) Kilometre-scale sand injectites in the intracratonic Murzuq Basin (South-west Libya): an igneous trigger? Sedimentology, 59, Issue4, 1321-1344.
右の Google Earth 画像は,アルジェリアとリビアの国境部にある Telout(テラウト?)山です.ピークの標高は約 960 m ですが周囲の標高が 660 m 前後なので,高さ 300 m 程度の小さな山です.しかし,この形状というか,砂漠の中に円形の depression リムに囲まれて孤立したこの円錐形の山はいったい何なのでしょう? 普通こういうのは火山だよね?と思いたいところですが,まったく違っています.これは『世界最大の砂インジェクタイトの山』なのです.
その規模(後述)と形状にはまったく驚きましたが,実は私の一番の驚きはその成因でした.ある意味では,私が砂インジェクタイトについて思い込んでいたことをぶっ壊してくれたと言うか.
Moreau et al. (2012) にしたがってその概要をおさらいすると以下のようになります.Telout 山を囲み同心円状の形態を示す depression の直径は 6 - 7 km,Telout 山の基部の直径は約 1.5 km です.Telout 山の高さは 325 m とされています.
Telout 山を構成するのは,無層理・不淘汰の中粒砂岩で,数 cm 以下のシルト岩クラストを散点的に含んでいます.なぜそれがこんなに真っ黒に見えるのかというと...分かりません.
Telout 山周辺の Murzuq Basin に分布するのは厚さ 2 km 以下の下部古生界(カンブリア~デボン系)で,おもに浅海成・河川成シーケンスから構成されています.シルル系の下部は頁岩・シルト岩などの細粒相を特徴としています.これらは北アフリカ・プラットフォーム(North Africa Platform)を構成する大陸性の地層です.
左の模式図は,Moreau et al. (2012) によるものを基にして描いた Telout 砂インジェクタイトの成因模式図です.
まず,泥質のシルル系下位にあるオルドビス系はおもに砂岩からなり,地下水面(water table)の下底はその中にあったと考えられます.シルル紀泥岩は遮水層・シールの役割を果たしていて,下位のオルドビス紀砂岩に高い間隙水圧を保持させていたようです.
その含水堆積層の中に,前期デボン紀に玄武岩質のマグマが貫入し,地下水・間隙水と接触して(マグマ・)水蒸気爆発を起こしました.その際の衝撃波などがトリガーとなって砂質堆積物の液状化が起こり,上位の地層を破壊しながらドーム・ダイアトリーム(diatreme)状に貫入・上昇していったと考えられます.
最終的に,砂流体はシルル紀砂岩層の上部に達し,大規模な砂火山体として当時の地表に現れ,ドーム下部の重力崩壊によって砂火山体の周囲はカルデラ状に陥没しました.
これが Moreau et al. (2012) のシナリオですが,自分的にはいろいろ気になる点があります.
まず,『オルドビス紀砂岩が前期デボン紀に液状化した』という点です.正確な年代は記されていないのですが,仮にオルドビス紀最末期からデボン紀最初期としても,そのタイムギャップは 23 mys(2,300 万年!)以上になります.そんな古い堆積物が含水していてよいのか?とも思われます.
この点については二つのことが考えられます.①安定した大陸プラットフォーム上では変動帯と異なりそういうことが起きても良い.②油ガス田地帯のような地下流体の存在が支配的な場所ではそういうことが起きても良い...という2点です.特に,②は今まで私のアタマから抜け落ちていた点です.例えば『新冠泥火山』では,液状化の産物である噴泥中に新第三系のシルト岩などのブロックを含むわけですから,少なくとも新第三系中新統(ca. 10 Ma)の堆積物が地層水関与で現に液状化しているわけです.それを考えると,大陸地域なら 25 mys 経っていてもそういうことがあっても良い...いい加減な論理ですが,今まで考えてもみなかったことで,ちょっと目からうろこが取れました.
もう一つは,そういうマグマ関与の水蒸気爆発が地下深部で起こったとすると,それなりの破砕相があって当然のような気がします.しかし,顕微鏡的な玄武岩砕屑物の記載はありますが,chaotic な角礫相などの存在は示されていません.また,地層パイル深部でのマグマ-水反応の結果として水蒸気爆発が起きるというのは,封圧の点で大丈夫なのだろうか?という疑問もあります.水蒸気爆発が起こった深度は,論文中では詳しくは触れられていませんが,彼らの層序柱状図を見る限りでは,500 m ~ 1 km の間にあるものと推察されます.そういう深度で水蒸気爆発が起きている例はあるのでしょうか?
タイトルはいったい何のことかさっぱり分かりませんが....“雪玉” というのはもちろん Snowball Earth(雪玉地球)のことで,簡単に言うと 730 - 630 Ma 前後(新原生代後期)に地球はなぜか全球が氷床におおわれており,その終結がカンブリア紀の爆発的な生物進化をもたらし...という アレ です.私はこれが既に実証されている学説と思い込んでいたのですが,そうではなくまだ単なる仮説段階で,その当否についてはさまざまな議論があるそうです.
で,雪玉地球が『氷河の下に押し込まれた岩石によって証明された』という話を某新聞記事で最近読んだ時,いったい何のことか地質屋の私にはさっぱり理解できませんでした.その後見た MSN 記事 でも似たようなものでしたが,その出典は space.com の この記事 でした.ここに至って,はじめて “押し込まれた岩石” というのが 砂岩脈(sand injectite)のことだと分かったわけです.その元ネタは,Courtney-Davies et al. (2024) でした.また,この砂岩脈については Siddoway and Gehrels (2014) による詳細な報告があります.
L. Courtney-Davies, R.M. Flowers, C.S. Siddoway and F.A. Macdonald (2024) Hematite U-Pb dating of Snowball Earth meltwater events. Earth, Atmospheric, and Planetary Sciences, 121 (47).
C.S. Siddoway and G.E. Gehrels (2014) Basement-hosted sandstone injectites of Colorado: A vestige of the Neoproterozoic revealed through detrital zircon provenance analysis. LITHOSPHERE, 6, no. 6, 403–408.
以下ではこれらの論文に基づいて,砂岩脈と雪玉地球にいったいどういう関係があるのかを紹介したいと思います.まず要点を箇条書きにまとめると,次のようになります.
・ アメリカコロラド州中央部には Pikes Peak 花崗岩 が分布し,その年代は 1.0 - 1.1 Ga(中原生代後期).※ Pikes Peak は,モータースポーツ・ファンには超有名なヒルクライム・レースが行われる山です.
・ Pikes Peak 花崗岩の内部には,Tava 砂岩と呼ばれる砂岩体が分布し,その産状は砂岩脈.
・ Tava 砂岩脈の砕屑性ジルコン年代の最若年代は 825 Ma(新原生代前期).
・ Tava 砂岩脈中には,それを切るあるいはそれに切られる赤鉄鉱-石英脈が見られる.
・ 脈中の赤鉄鉱 U-Pb 年代から制約される Tava 砂岩脈の貫入時期は 690 - 660 Ma(Cryogenian:新原生代中期).
・ Tava 砂岩脈は,厚い大陸氷河の融氷期に,その底部における過剰間隙水圧-液状化によって発生した.
・ その時期のコロラドは古地磁気的検討から低緯度地域に位置するとされており,全球が氷河におおわれていたことを示唆する(雪玉地球).
砂岩脈の存在が雪玉地球を証明したという非常に興味深い報告です.個人的に特に注目されるのは,砂岩脈の貫入時期を推定する手法です.砂岩脈の砕屑性ジルコン U-Pb 年代を測定しても,その源岩の堆積年代が分かるだけで貫入時期は当然分かりません.砂岩脈を切り・砂岩脈に切られる赤鉄鉱-石英脈の年代によりそれを制約できたというのは画期的です.
ちなみに,赤鉄鉱の U-Pb 年代が測定できるというのは私には初耳で,非常に驚きました.他にも測定できる鉱物があるのでしょうか?
ただし専門外の素人目に見ると,いくつか不明点・疑問点もあります.
① Tava 砂岩脈の源岩堆積年代は 850 Ma 前後,貫入年代は 670 Ma 前後なので,その時代差は2億年(!)程度あります.この堆積-貫入ギャップは長すぎないでしょうか? それだけ時間が経過すれば砂岩は完全に固結してしまい間隙水は無いので液状化など起きないような? 大陸や先カンブリア紀での常識は私のような島弧地質屋の常識とはかけ離れているということなのでしょうか...
② 氷床下で砂岩脈が形成されるメカニズムがよく分かりません.彼らは現在の南極氷床下での現象に言及していますが,その具体的な記述は見つかりませんでした.通常の砂岩脈の形成条件については, こちらのページ で模式的な説明を書いていますが,氷床下となるとちょっと(かなり?)話が違います.まず,氷床下の堆積物に間隙水があった場合,その水圧は;氷床底面の “静氷圧”+底面より下の静水圧,になるはずです.氷の密度は 0.9 前後で水より小さいので,間隙水圧は地表まで水柱が連続していた場合の静水圧よりも小さくなってしまいます.この状況でどうすれば過剰間隙水圧が発生してその下の岩盤を破壊できるのかがよく分かりません.
③ もしかすると...Siddoway and Gehrels (2014) が指摘しているように,氷床下の Pikes Peek 花崗岩が既に古風化等で degradation を被っており強度が著しく低下していたことと関係しているのかもしれません.それに加えて,氷床すべりに起因する剪断力・引きずり力が働いているのかもしれません.Siddoway and Gehrels (2014) に掲載されている砂岩脈の露頭写真を見る限り(転載できませんが),砂岩脈は膨縮や湾曲に富んだ不規則な形態を示しているものが多く,単なる裂罅充填脈ではないように見えます.このへんは,アイスランド氷河底部の現象を記載した Ravier et al. (2015) あたりが参考になるかもしれないのですが,残念ながらそのアブストしか入手できていません.とりあえず想像するしかないので,通常の堆積岩中の砂インジェクタイトと対比して,勝手な想像図 を描いてみました(右上図).科学的な正確さを無視したもので,真に受けないでください.あくまでも,私の持っている砂インジェクタイトのイメージを表したものということで.
E. Ravier, J.-F. Buoncristiani, J. Menzies, M. Guiraud and E. Portier (2015) Clastic injection dynamics during ice front oscillations: A case example from Sólheimajökull (Iceland). Sedimentary Geology, 323, 15 June 2015, 92-109.
④ Courtney-Davies et al. (2024) は,新原生代におけるコロラドの古地理的位置が当時の赤道に近く,全球氷結を示唆すると述べています.この点について C.R. Scotese による Atlas of Phanerozoic Paleogeographic Maps (2021) の 690 Ma の古地理復元図を見てみると,どうもよく合いません.彼は雪玉地球を全面的に取り入れていて,この時期の古地理図は氷床ですべて覆われています.それによると,北アメリカ(ローレンシア)の当時の位置は南ロディニア超大陸の南部にあって,古緯度は少なくとも 60 度はあるように見えます.このへんをどう考え(・評価し)たらよいのか,もちろん私には分かりません.
※ 余計な話ですが,当時の日本列島(南中国)は,北アメリカとは反対側,北ロディニア超大陸の北縁に近いところに位置していたとされています.
2024/11/15 に公開された GeologyHub の Youtube 動画 Explosive Mud Volcano Erupts in Colombia; 2,500+ Foot Fireball, Road Covered では,2024/11/11 に発生した南米コロンビアの北部に位置する Cacafual 泥火山(緯度経度:8.3406, -76.4565)の噴火がレポートされています.
この動画では,噴火(eruption)の様子自体は紹介されていませんが,例えば Weather events による A large-scale eruption of a mud volcano, in San Jose de Mulatos, Colombia を見てください.一般に泥火山の場合,erupt するものは含水泥とガス(多くはメタン)なので,日本語にすれば噴火ではなく『噴出』が正しいと思います.しかし今回の Cacafual 泥火山の場合,上の動画で分かるように巨大な火柱を伴う文字通り『噴火』と言ってよいものでした.
その動画で見る限り,最初のステージでは一般の泥火山でよく見る含水泥の噴出でしたが,その後突然巨大な火柱が上がり,そのプルームはおそらく高さ 数百 m に達していると思われます.周りは居住区域ですので,住民がそれを見て逃げ惑う様子が記録されています.
火柱はもちろん溶岩ではなく,可燃性ガス(メタン)の爆発によるものですが,引火源がないのになぜ爆発したのかと感じます.自然発火ということなのでしょうか? 噴出で気体は膨張しますから温度が上昇するはずはなく,不思議です.GeologyHub の言っているように,噴出物の中に含まれる岩片等の摩擦による静電気の発生やそれが衝突する際の火花発生などが考えられるでしょう.
※ なお,この “噴火” を紹介する動画は他にもたくさん公開されていますが,その中には通常の火山噴火と区別がちゃんとついていないと思われるものもあります.泥火山というものに対する一般のリテラシーを示すものかもしれません.
右に,Cacafual 泥火山の Google Earth 画像を示します.植生の多い地域なので,この泥火山の基部の径や高さ等は良く分かりません.Google Earth で見えている植生被覆のないアクティブ部分はそれほど大きくなく,直径が 250 m 程度と言ったところです.
その周囲には平坦面が広がっていますが,これが人工的な改変によるものかそれとも泥火山噴出物の作る地形なのかは不明です.平坦面上には,小規模な噴出孔と思われる凹地がいくつか見られます(図中の茶色矢印)が,その分布・配列には特に傾向は見られません.
Cacahual 泥火山の地質学的・テクトニックなバックグラウンドとしては,GeologyHub の動画に衝上断層の存在とそれに沿った流体の上昇が紹介されていますが,私は十分にフォローできていません.いずれにせよ油ガス田地帯なので,それが主要因だとは思いますが.
2024/10/07 に公開された Anton Petrov の Youtube 動画:Wait What?! Earth's Crust Is Dripping Into the Mantle, Causing Weird Effects では,“ちょっと待てよ?!” で始まるタイトルで,興味深い地球テクトニクスが紹介されています.Anton Petrov は元々天文色の強い科学系 Youtuber でしたが,最近は地質学や生物学にも幅を広げているようです.で,私もこの動画を見て,なんだそれ?!と思ってしまいました.聞いたこともない『Lithospheric drip』という現象です.以下,これを “岩盤ドリップ” と表記することにします.
この動画の元ネタは Andersen et al. (2024) で,トルコの Anatolia 高原に見られる地質構造と地形を,リソスフェア下部のマントルへの “滴下(drip)” によって説明しているものです(右図).
年代としては 8 - 10 Ma(後期中新世)になりますが,この時期に起きたことは;①褶曲作用によるリソスフェア厚化と,②マントル湧昇とされています.これに伴ってリソスフェアの下部(≒ 上部マントル)が剥がれ落ちて下方へ沈降を始め,“しずく” 状に垂れ落ちていきました(Primary drop).その後 3 Ma 以降 Primary drip の位置から少し離れたところで Secondary drip が発生し,それによる下方への引張りで Konya Basin が形成されています.
俄かにはなかなか信じられないような話ですが,彼らはこの岩盤ドリップを,室内実験を行って再現しています.なお,この図の Primary drip の形状は,あまりにマンガ的でちょっと笑ってしまうのですが...これは Andersen et al. (2024) の模式図に倣って忠実に描いたもので,私のセンスではありません(念の為).ついでに断っておくと,Primary drip 上部の糸を引いている部分は,私が彼らの室内実験の写真を見て勝手に描き入れた半分ジョークです.
で,私がこの話を聞いてすぐに疑問に思ったのは,『下部マントルの密度は上部マントルより高いはずなのになぜ上部マントルが滴下するのか?』ということでした.上の室内実験では,下部マントル相当物質の密度を 1,011 kg/m3,その上のリソスフェア・マントル相当物質の密度を 1,128 kg/m3 としており,密度が逆転しています.そうであればリソスフェア・マントルが下部マントル中に垂れ落ちていくのもうなずけますが,なぜ逆転しているのでしょうか? 明確な答えは書かれていないようですが,冷たくて密度の高いリソスフェア・マントルの下部はマントル湧昇があれば十分に温度が高く密度の低いアセノスフェアとなっているということで良いのかな?と思われます.隆起した Anatolia 高原の両側に火山帯が存在するのも,それを裏付けているようです.
もう一つの疑問は,大きなドリップが滴下していった部分の上方がなぜ隆起し(現在も)高原になっているのか?ということです.質量が失われた分沈降してしまいそうなのですが...多分,滴下によって生成した下部リソスフェアの欠損部に熱くて軽い湧昇マントルが補償的に入り込んだためということなのでしょう.
A.J. Andersen, O.H. Göğüş, R.N. Pysklywec, E. Ş. Uluocak and T. Santimano (2024) Multistage lithospheric drips control active basin formation within an uplifting orogenic plateau. Nature Communications, 15, Article number:7899.
Anton Petrov はこの岩盤ドリップを,『岩盤の横方向移動によるプレートテクトニクスに対置する垂直テクトニクスの例』であるとコメントしています.確かにそういう見方もあり得るかもしれません.私も学生のころ,Belousov とかの垂直テクトニクスをさんざん聞かされたものです.そういうものの一部がリバイバルしたかという気もします.基礎的な概念はぜんぜん違っていると思いますが...要するに,水平・垂直二元論の穴に嵌ってはいけないという教訓でしょうか.
・Anton Petrov の Youtube 動画では,岩盤ドリップに関連して別の非常に興味深い “長期間実験” が紹介されています.ピッチ・ドロップ実験 です.
・“ピッチ” というのは石炭などを乾留した時の黒色固形物残渣ですが,これを室温で漏斗に詰め込んでおくと,徐々に粘性流動して下に垂れ落ちていくという実験です.右の写真はオーストラリアの Queensland 大学で 1930 年から行われているピッチ・ドロップ実験で,だいたい数年~十年に一度,漏斗の下から垂れ落ちています.2014 年4月に9回目のドロップが確認されていて,10回目ももうすぐだろうと予想されているそうです.
・ピッチ・ドロップ実験は,要するに固体物質でも粘性流動する,マントル構成岩石でも長い時間スパンで見ると十分に流動し得る,ということを示しています.この項で紹介した岩盤ドリップも,その一例ということになるでしょう.
・昔聞いた話で国内でのことです.ある岩石力学(?)研究室がどこかの坑道かなんかの中に長い花崗岩の棒を両端を支えて浮かして設置し,その下方へのたわみ量を経時的に計測して岩石の流動を実証する,という長期実験をやっているはずです...が,ネット検索しても見つかりませんでした.いまどうなっているんでしょう?
・これもどこかで聞いたことで出所は不明ですが,100 年とかそれ以上の昔に建設された建物の窓ガラスをその上部と下部で厚さを測ると,必ず下の方が厚くなる,という話があります.どのくらいの差なのかとか詳しいことは分かりませんが,まさにドリップしているということなのかも.ガラスは融点を持たず固体・液体という区別のない物質ですから,なおさら.
・右に示したのは,よく目にする “根性植物” の一つですが,アスファルト舗装(≒ ピッチ!)を突き破って生え出しているツクシです.例えば,厚さ 10 cm のアスファルトを割りばしでブスリと突き破ろうとしても不可能ですが,軟らかいツクシでも十分にゆっくりと成長すれば(一見)硬いアスファルトを突き破ることができるということを示しています.歪み速度と延性度との関係という話で岩盤ドリップとは微妙に話が違っているような気もしますが.最後に脆性破壊してしまったのは,なんででしょう?
2024/06 に『火星の花崗岩?』というタイトルで,Perseverance がジェゼロ・デルタ付近で発見した花崗岩 “様” の岩石について紹介しました.しかし,その後風向きが変わってきたようです.ここでは,Mars Guy が 2024/09/22 に公開した Youtube 動画 Zebra rock is a Mars unicorn を基にして,この特異な優白質岩ブロックについて紹介します.
※ なおこの動画タイトルですが,“unicorn” というのがなんだか唐突です.Mars Guy は動画タイトルにロック音楽の曲名やアルバム名をもじってつけるのが得意なので,これにも何か元ネタがあるのか検索してみましたが,いまのところ不明です.なぜゼブラがユニコーンということになるのかも不明で,その暗喩とか東洋民族には分からないことなのかも? どちらも “馬” のようではあるのですが.
右の写真は Perseverance が Bright Angel からの帰り道?(sol 1268 = 2024/09/13)に見つけたもので,このへんにいくらでも転がっている砂岩や玄武岩のブロックとは違うその特異な岩相が非常に印象的です.
Mars Guy は当初,花崗片麻岩(Granite gneiss)かもと思ったようですが,結局これをゼブラ石(zebra stone, zebra rock)であるとしています.私も以前の “花崗岩” を見た時そう感じたのですが...いずれにせよ風化面なので微妙なところですけ,どうも珪長質深成岩・変成岩の粗粒完晶質組織とは異なっているように見えます.
ゼブラ石とは何か?ということですが,例えば Earth Science Austrarlia による Zebra Stone の紹介を読んでいただければその概略が分かります.要約すると,元は細粒の砕屑岩(シルト岩・粘土岩)でおそらく生物源の鉄分により明暗の縞ができた.それが未固結変形を受け縞が変形・分離することによってゼブラ模様になった...ということのようです.
ゼブラ石については,なんと 1931 年の American Mineralogist に D.W. Trainer Jr. による記載があります.彼はこの岩石を顕微鏡で観察しているのですが,詳細は不明でおそらくごく細粒の砕屑岩であろうとしています.
D.W. Trainer Jr. (1931) "Zebra" Rock. American Mineralogist, 16, 221-225.
ネット検索してみると分かると思いますが,ゼブラ石はこの特徴的な岩相から多くの販売・オークションの対象になっています.霊的なご利益 があるともされていますが,この縞模様を『陰陽(Yin/Yang)』になぞらえているもの もあり,個人的には興味深いです.
で,話を戻すと...Mars Guy はこのゼブラ石が上に紹介したような細粒砕屑岩ではなく,ある種の炭酸塩沈殿岩であろうと述べています.その発想元は googling でヒットした CSMS Geology Post サイトにある この記事 です.正式な学術論文として Wallece and Hood (2018) の引用もあります.
M. Wallece and A.van S. Hood (2018) Zebra textures in carbonate rocks: Fractures produced by the force of crystallization during mineral replacement. Sedimentary Geology, 368, 58-67.
これらを要約すると,炭化水素貯留岩になっているドロマイトと周囲の炭酸塩岩との間の溶解・沈殿のプロセスによってこういう岩相が生成するというものです.火星にもそういう過程があったということなのか...花崗岩質岩ではなかったということになれば残念ではありますが,それはそれでまた十分に(生物関与という観点で)ショッキングな発見であると思われます.