地球科学トピックス

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はじめに

 このページは,世界各地のサイトでゲットした(おもに学術論文以外の)地球科学・(惑星)地質学の最新トピックスについて紹介するページです.紹介するテーマは私の個人的嗜好性にヒットしてきたものですので,バイアスだらけです.その内容についてのダイジェストやコメント等についても,言うまでもなく同様です.あと当然ですが,私の勘違い・錯誤・思い込み・認識不足...全部あり得ます.ご了解ください.


※ それにしても,現在のネット世界には紹介したい(・すべき)地質トピックスがなんと莫大に際限なく溢れていることか...私が学生のころとはまったく違い,探索すればするほどその wonder に圧倒されるばかりです.


2025年10月

2025/10/20: 能登アスペリティ

 2025/10/16 の各種新聞で『能登半島地震 古いマグマの破壊、大規模化の引き金か』といったタイトルの記事が配信されました.能登半島地震のメカニズムに関しては私も非常に興味がありこのトピックスでも何度か紹介しています.早速 Yahoo ニュース で読んでみたのですが,固結したマグマ(深成岩体?)がアスペリティーとして働いたということ以上は詳しくは理解できませんでした.それらの記事には出典が明記されていませんでしたが,ネットを漁ってみると Takagi et al. (2025) にすぐ到達できました.以下では,この論文を基にして,能登半島でなぜあのような大きな地震が発生したのかを紹介します.


R. Takagi, K. Yoshida and T. Okada (2025) Rupture of solidified ancient magma that impeded preceding swarm migrations led to the 2024 Noto earthquake. Science Advances, Vol. 11, No. 42.


 下の図は,Takagi et al. (2025) に掲載されているスキーム図を基にして作成したものです.深部流体の寄与による基本的な能登地震の発生メカニズムやその震源断層(図右半部)については,既にこのトピックスや『活断層の諸問題』で紹介しているため省略します.

 今回ポイントとなるのは,主要な震源の西側,地下 5 km 以下の部分に位置する『固結マグマ solidified magma』です.これは地震波トモグラフィーにおける高速度部として示されるもので,その物性から過去の火山活動の際に上昇したマグマが地下深部で冷却固結した岩体(後述)と推定されます.

能登半島地下のアスペリティの模式図.Takagi et al. (2025) の Fig. 4 を参考にして作成したもの.

 この岩体は,能登半島で最近起きている主要な地震の震源断層(珠洲 すず 沖断層・輪島沖断層)によって切断されています.しかし,割れ目が少なく堅硬な岩相から,断層活動に際して周囲の部分よりも滑りにくい “固着領域(アスペリティ asperity)” を形成していると考えられます.
 断層面にアスペリティが存在するとどうなるかは,海溝型地震で既に周知のことですが,破壊が起きないため歪応力が解放されず,周囲の破壊滑りが進行するにつれてそれが増大していきます.その大きさがアスペリティの破壊強度を超えた時点で滑りが発生し,蓄積された応力の解放によって大きな地震が発生します.これが 2025 年に発生した M7.5 地震の発生機構です.

 以前紹介した “深部流体関与” による起震メカニズムでは,相対的に小さな地震が頻発することは説明できましたが,なぜ大きな地震が時折発生するのかについては必ずしも明確ではありませんでした.この固結マグマ体の発見とアスペリティの認識によって,その点が明確に説明できるものとなりました.
 アスペリティでの滑り破壊が生じたあと,滑り面は局在的な透水通路(conduit)となり,おそらく熱水性の再結晶作用により “治癒(heal)” してしまい,再びアスペリティとなると考えられます.


能登半島北東部の地質分布と 2024 年 M7.5 地震震源の関係.地質分布は産総研シームレス地質図による.

 アスペリティを形成する “固結マグマ” について,もう少し地質学的に見てみます.右図は,産総研地質図 Navi による能登半島北東部のシームレス地質図です.
 上図に示したように,半島北岸部の鞍崎付近には 2024 年地震の際に有意に隆起した領域があります.その隆起量は最大で約 2.5 m 程度です.この部分には,高洲山(こうのすやま)層と呼ばれる 30 - 26 Ma(古第三紀漸新世前期)の安山岩質陸成火山岩類が,短い軸を持つ背斜構造を持って露出しています.その周辺はおもに中新世の火山岩・堆積岩が分布し,高洲山層の分布は東西に長い不明瞭なドーム構造の中心部となっています.鞍崎周辺の北に張り出した地形は,その地質構造に関連したものでしょう.

 したがって,Takagi et al. (2025) が示した “固結マグマ” は,このドーム構造の下に存在する深成岩体と考えられます.その貫入固結時期は明確には分かりませんが,Takagi et al. (2025) は,隆起域の西端部に漸新世~新第三紀中新世火山岩の噴出中心が存在すると述べていますので,その時期のマグマ上昇によるものであることは間違いないでしょう.
 しかし,火山活動はこの地域のあちこちで起きているわけなので,なぜこの場所にそのような大規模な “固結マグマ” が形成されたのかは分かりません.参考までに,背斜構造部の西方には漸新世火山岩類が広範囲に分布しており,その中に “忍(しのぶ)閃緑岩” という露出径 2 km 程度の深成岩体があります.その貫入固結年代は 28.9 Ma です.こういったものが隆起域の下部にも存在しているのかもしれません.

 最後に,自分的に少し分からないというか,気になる点は...2024 年の M7.5 震源(main shock)は,想定される “固結マグマ”(=深成岩体)のアスペリティ外側に位置しています.蓄積された歪応力の解放による main shock がアスペリティ外にあるのはなぜなのでしょうか? 地震発生と岩盤破壊との関係を私はよく分かっていないような気がします.


2025年09月

2025/09/15: 剥がれ落ちるスラブ

 2025/09/12 に公開された Youtube 動画 NEW MASSIVE CRACK under Atlantic could spark devastating Earthquakes and TSUNAMIS soon !! (by On the Pulse with Silki) は,ポルトガル・リスボン沖の太平洋での地震活動に触れ,“大西洋海底の大規模な割れ目” に言及しています.この動画のサムネール画像には『NEW FAULT ! Atlantic will fall into Chaos !』というキャッチもあります.Silki 氏はカナダ在住の Youtuber で,地球科学系の discipline を十分に備えた方ですが,以前紹介した Blatten 村の岩盤崩壊もそうでしたけど,キャッチが少し rant っぽい(=大文字・エクスクラメーション多用)と言うか...私は最初これらのタイトル・キャッチを見て,一体どういう話なのか見当が付きませんでした.
 なんの話なの?と動画を見始めて,非常に驚きました.動画自体はリスボン沖を震源とする大地震による災害可能性を警告するもので,それほど目新しいものではありません.しかしその背景(ネタモト)になっているのは最近の Nature に発表された Duarte et al. (2025) で,『プレート沈み込み帯の発生期の現象』をシミュレーションを含めて詳細に論じるものだったからです.
 以下ではその論文に基づいて,プレート沈み込み発生機構についての一つの興味深いケースを紹介したいと思います.


Duarte et al. (2025) による海底地形・地震震源図に地名を日本語で加筆したもの.黒矢印はアフリカプレートの移動方向.小丸印は 1900-2023 年に発生した M3.0 以上の地震の震源.

 問題の場所は大西洋のイベリア半島沖です(右図).リスボンの南西沖には,Gloria 断層・Tydeman 破砕帯という2つの東西性トランスフォーム断層があり,これがユーラシアプレートとアフリカプレートの境界になっています.その東端付近に地中海の入口・ジブラルタル海峡があります.
 このトランスフォーム断層沿いでは過去に大きな地震が何度も発生しており,最新のものは 1975 年に発生した M8.1 の地震です(右図参照).その6年前にはイベリア半島に近い場所で M7.9 の地震が発生しており,リスボンなどに大きな地震災害をもたらしています.この 1969 年地震の震源付近には,いくつかの興味深い海底地形的特徴があります.その一つは Horseshoe 深海平原と呼ばれる深海盆です.海盆の南北は,Gorringe バンクと Coral Patch 海山によって区切られています.この部分には 1969 年地震の震源を含む異常震源域が見られ,それにほぼオーバーラップした形で,地震波速度高異常域(Vp-high anomaly)が地下 250 km 以上の深さまで拡がっています.

 下に,Duarte et al. (2025) によるリベリア半島沖大西洋の構造スキーム断面図を示します.図の右が南(アフリカ側)です.


Duarte et al. (2025) による構造スキーム図のキャプションを日本語化したもの.図そのものは編集していないが,キャプションをいくつか加筆している.南北断面であることに注意.

 簡単にまとめると,この2つのトランスフォーム断層で囲まれた部分のリベリア半島近傍では,ユーラシアプレートの海洋部のリソスフェアマントルが剥がれ落ちて(delaminated)アセノスフェアへ降下し “ドリップ状構造” を作っています.剥がれ落ちた部分の上面は,北に傾斜した潜在スラスト断層となっています.1969 年地震は,このスラストを震源断層としています.
 剥がれ落ち面の上位は,海洋リソスフェアの蛇紋岩化したマントル+海洋性被覆堆積物です.Horseshoe 深海平原の下は厚い(≒ 10 km)蛇紋岩化層からなり,Gorringe バンクはそれが南傾斜スラストで露出した(exhumed)部分です.西側のトランスフォーム断層(Gloria 断層)がこの部分にどう接合しているのかは分かりません.海洋地殻を構成する玄武岩・苦鉄質岩類が欠けているのが不思議なのですが,ユーラシアプレートのこの部分は,海洋底拡大初期ステージの非火山性リフトだということのようです.

 それでは,なぜトランスフォーム断層に囲まれた部分が剥がれ落ちるのでしょうか? それは,アフリカプレートの収束(8 mm/y)による NW-SE 方向の短縮変形が要因となっています.ユーラシアプレート上部の厚い蛇紋岩化層の存在がそれを助長したと考えられます.
 剥がれ落ちた部分がドリップ状に降下することについて,Duarte et al. (2025) は “negative buoyancy(負の浮力)” が働いていると述べています.サブ・リソスフェア=アセノスフェアがリソスフェアよりも密度が低いのは当然なのかもしれませんが,その詳細は良く分かりません.短縮によってスラブが下方に押し込まれるということもあるでしょう.

 大西洋には(太平洋のように)“大西洋プレート” というものが(まだ)ありません.なぜかと言うと,大西洋中央海嶺で生産された海洋プレートはどこにも沈み込んでいないからです.そのため,中央海嶺の西側は北米プレート(など),東側はユーラシアプレートとアフリカプレートで,海嶺で生産される海洋プレートの両側に “break-up した大陸プレート” が接合している形になっています.
 Duarte et al. (2025) によれば,今から約 3000 万年後,この場所で剥がれ落ちたスラブの上方が短縮によって閉じ,スラブ全体が下方に射出(extract)され,南向きの沈み込み帯へと発展していきます.沈み込みが発生した瞬間に,少なくともユーラシアプレートから分離した(東?)大西洋プレートが誕生するということになるのでしょう.


J.C. Duarte, N. Riel, C. Civiero, S. Silva, F.M. Rosas, W.P. Schellart, J. Almeida, P. Terrinha and A. Ribeiro (2025) Seismic evidence for oceanic plate delamination offshore Southwest Iberia. Nat. Geosci. 2025.


2025/09/03: 前弧地震帯

 2025/08/29 に掲載されたサイエンスポータルの科学記事『北海道から関東の沖合に新たな地震帯』は,これまで明確な地震発生帯の認識されていなかった前弧域浅部における地震帯-前弧地震帯 Forearc Seismic Beltの存在とその発生メカニズムについての新しいインサイトを提供しています.
 この科学記事は,おそらく東北大学プレスリリース『プレートから上昇する水が巨大地震の破壊拡大を止め、直下型地震を引き起こす? -東日本太平洋側の地震帯の発見が示す地震のメカニズム-』をベースにしたものと思われます.その内容の詳細は Suzuki et al. (2025) として学術雑誌に公表されています.


R. Suzuki, N. Uchida, W. Zhu, G.C. Beroza, T. Nakayama, K. Yoshida, G. Toyokuni, R. Takagi, R. Azuma and A. Hasegawa (2025) The forearc seismic belt: A fluid pathway constraining down-dip megathrust earthquake rupture. Science, 389, 6756, 190-194.


EQListMap で作成した東北日本太平洋側の震源分布(2020-2024年:M 4.0 以上).マウスオーバーで,前弧域に見られる浅部震源帯と思われる部分(本文参照)を表示する.

 右図は,EQListMap による東北日本太平洋側の震源分布です(抽出条件は図説明参照).太平洋プレートが沈み込む日本海溝(・千島海溝)に沿った震源分布は当然として,海溝内側~本州弧陸域との間(前弧海盆)にも多くの震源が分布していることが分かります.
 沈み込む海洋スラブの上面で地震が発生しているわけですから,前弧海盆域に震源深さ30 - 50 km(≒ スラブ上面深度; e.g. Hirose's HP)の震央分布があるのは当然です.しかし右の図をよく見ると,深さ 20 km 前後以浅の部分にも多くの震源が存在しています.図のマウスオーバーで表示されるオレンジ色シェード部です.これは前々から私も不思議に思っていたのですが,その意義については何も考えていませんでした.
 右図のような単純な深度塗り分け震央分布図では深さ方向の解像度はほとんどありません.20 km 以浅の海溝型(スラブ上面)地震と前弧域の浅部地震との間に不明瞭なギャップが見えるような気もするのですが,それ以上はよく分かりません.震度断面も作ってみましたが同じでした.

 Suzuki et al. (2025) は,この部分についての詳細な震源データの取得と,それについての深層学習を用いた解析を行うことによって,前弧地震帯という新たな & 重要な地震帯の概念を提示しています.その手法・データの詳細はとても私には紹介できるようなものではないので,以下では前弧地震帯の魅力的なスキームだけをわかりやすく紹介したいと思います(下図).この内容のほとんどはもちろん Suzuki et al. (2025) などによるものですが,私が勝手に推測・解釈したことも多少含まれています.また,下に記述するスキーム解説の多くの部分は私の憶測・素人解釈です.間違いも含まれていると思います.


前弧地震帯の模式図.Suzuki et al. (2025) および東北大学プレスリリース『プレートから上昇する水が巨大地震の破壊拡大を止め、直下型地震を引き起こす? -東日本太平洋側の地震帯の発見が示す地震のメカニズム-』に掲載の図を基にして作成したもの.場所は東北日本太平洋岸を想定したものとなっている.

 まず,海溝から沈み込んだ直後の海洋プレートの上面では,おそらく圧密あるいは剪断面形成によって表層堆積物からの脱水が起こって上盤プレートの剪断強度が低下し,小規模な地震が起きています.
 沈み込みが進行するとそのような “初期脱水” は終了し,スラブ境界は相対的に乾燥した固着ゾーン(asperity)となります.そこでは歪が蓄積し比較的長い周期でそれが解放されるため,巨大プレート地震を引き起こします.
 沈み込み深度が 50 km 程度に達すると,温度上昇により沈み込みスラブ中の緑泥石などの含水鉱物の脱水反応が起こり,水が放出されます.それによって応力低下や面摩擦の低下が起き,繰り返し地震を含むスロースリップ(slow slip)が発生しています.
 放出された流体(水)はスラブ境界に沿って上昇し,前弧域の上盤プレート中に浸透します.それが上盤プレート中に滞留し地震の起こりやすい領域を作り前弧地震帯を形成します.

 なお,沈み込み帯の深さ 70 km 付近ではスラブとマントルのデカップリング(decoupling)=力学的切り離しが起きます.その要因・メカニズムは私はほとんど理解していないので説明できないのですが...このスキームでは,デカップリング点を境にして流体の動きが逆転し沈み込み方向(=深部)に移動するようになっています.深さ 100 km 前後で上盤マントルの部分溶融が起き島弧マグマが発生します.
 さらに深部に持ち込まれた流体はマントルウェッジの対流上昇に伴って(?)上方へ移動し,背弧域の地殻内に滞留し局地的な地震(e.g. 能登半島地震)を引き起こします.

 Suzuki et al. (2025) などによるこのスキームは非常にわかりやすく統一的で,私のような地質屋にはきわめて魅力的なものです.しかし,特に深度 70 km 以上の部分での流体の動きについてはその理由・要因に理解できない点があるのが気になるところです.これについては,引き続き調べていきたいと考えています.


  COLUMN  - 前弧テクトニクス  

 私が “前弧地震帯” に注目したのは,自分の地質屋キャリアの後半は北海道の白亜紀前弧海盆のテクトニクスが主要なテーマだったからです.『“岩清水古陸” -エゾ海盆中の前弧リッジ』にその概略を記述しています.そのページで私は,“一般に前弧域はテクトニックに静穏な海盆域であり” などと書いていますが,白亜紀エゾ前弧海盆は決して静穏な海域などではありませんでした.その中には地下 20 km の深さから上昇してきた付加体変成岩の上昇帯が前弧リッジとして存在しており,その上昇速度は日高衝突山脈のそれと同等なオーダーのものでした.


白亜紀エゾ前弧海盆の構造模式図.

 右の図は,上のページに掲載した図の簡略版ですが,エゾ前弧海盆の構造模式図(想像図?)です.この1億年前の前弧海盆テクトニクスのスキームを書いた当時は,沈み込むスラブからの脱水が前弧の地殻破壊を促進しているといった考え方はまったくありませんでした.ここで紹介した前弧地震帯との関係は分かりませんし,なにもまったく関係のないことかもしれません...が,前弧地殻内に深部流体が上昇するケースがあるというのは,それが一般的なものか特異なものかは分かりませんが,テクトニックな意味でやはり非常に気になることです.上のページに書いた前弧域が一般に静穏な構造場(∴ 岩清水古陸には特異な意味がある)というのも単なる思い込みだったことになります.

 このような前弧リッジ上昇を作るためには,前弧域が展張場にあることが(多分)必須です.前弧地震帯の起震メカニズムが実際どうなのかは分かりませんが,おそらく逆断層か横ずれでしょう.だとすると前弧リッジの話とはまったくマッチしません.それは調べれば分かることなので,いずれ追究してみようと思います.


2025年07月

2025/07/15: 地球で最新の岩石

 このトピックスは,過去に書いた『人新世 Anthropoceneがらみのネタです.地球で最新の岩石って...今現在あちこちで噴火している溶岩(の固結したもの)がそうなんじゃ?というツッコミは無しで.なにしろここで紹介する Youtube 動画サムネールには “Meet Earth's Newest Rock” と堂々と書かれているのですから.

 2025/07/14 に公開された OzGeology の Youtube 動画 A Mysterious New Rock Is Forming on Earth は,興味深い視点から “人新世の岩石” が紹介されています.ネタ元になっているのは Owen (2025) です.この論文タイトルには,“anthropoclastic rock” という実に新鮮な堆積学用語が使用されています.もちろん,まだ訳語はありません.Pyroclastic rocks が火砕岩ですから,人砕岩...?!


A. Owen (2025) Evidence for a rapid anthropoclastic rock cycle. Geology, 53 (7), 581–586.


 ここで紹介されているのは,イングランド北西部カンブリア州の海岸地域です.ここには 19~20 世紀に製鉄所があり,そこから出たスラグ(鉱滓)が鉱石ズリとともにうず高く(おそらく 10 - 20 m 以上)積み上げられています.その断面が海岸侵食によって露出し,スラグ・ズリがアルミ缶タブなどの海岸ゴミ(人類成物質 anthropogenic material)とともに再堆積しました.それが,化学的作用による膠結作用の進行で “岩石” となりました.ゴミの中には硬貨や自動車タイヤなども含まれています.膠結作用は,ゴミの解析から過去 35 年以内に起こったとされています.

“Plastiglomerate”.Corcoran et al. (2014) の Fig.2-B をレタッチ編集したもの.白色:サンゴ塊,黒色:玄武岩塊.緑・青など色の鮮やかな部分が溶融固結したプラスチック破片.

 実はこのような人新世の岩石は,Corcoran et al. (2014) によってハワイから既に報告されています(右写真).こちらは,なんとプラスチックゴミ(容器・漁網・テープなど)の “溶融” によって海岸で形成されたもので,彼らはこれを “plastiglomerate”(プラスチック塊岩?)と命名しています.砕屑物としては他に,サンゴや玄武岩溶岩の塊が含まれています.
 “溶融” は,なんと観光客のキャンプファイアー(!)によるものとされています.OzGeology の動画では,その他に直射日光を受けた砂浜の温度上昇によるケースもあることが指摘されています.
 Corcoran et al. (2014) の写真を見る限り,プラスティック破片の含有量は 20 - 30 % 程度とあまり多くないように見えます.さらに固結度は非常に高いので,溶融したプラスティックによる膠結以外になんらかの(beach-rock とか?)化学的沈積作用もあるのではないかと推察するのですが,彼らの論文には特に明示されていません.


P.L. Corcoran, C.J. Moore and K. Jazvac (2014) An anthropogenic marker horizon in the future rock record. GSA Today, Article, 24, no. 6, 4-8.


 ここまで来ると,人新世というのはもはや確固たる地質時代であると私には思えるのですが,正式な地質時代としてはいまだに国際層序学委員会で認められていないようです.聞いた話では,特に地質関係者の間で違和感があるのだそうです.それは,人間の営為を地質時代に含めて良いものかということの他に,『いつまで続くか分からない』(=作った途端に終わってしまったらどーする)という観点もあるそうです.なるほど.“いつから始まったのか?” という曖昧さもありそうです.
 私も地質関係者ですが,個人的には人新世にはなんの違和感も感じません.ここまで地質記録に関わりがある以上,作るしかないのでは?と思っています.ただ,上の論文のどちらもそうですが,プラスティック・ゴミ(やそれによる汚染)に重点が置かれたものです.人新世の始まりの設定を『農耕の始まり』や『産業革命の始まり』に置かないとすると,それが始まってまだたかだか数十年ということになり,地質時代としてはあまりに短すぎると感じるのも確かです.人類がこれから数十~数百万年も存続するとも思えない...


2025年06月

2025/06/06: 石炭紀砂火山

 2025/05/24 に公開された ACT-GEO の Youtube 動画 Sand volcanoes. Not just cool, but important for reservoir connectivity considerations! は,極めて興味深い『石炭紀の砂火山』を紹介しています.
 地質時代の砂火山(sand volcano)というものは特に珍しいものではなく,私もいくつかの論文で目にしています.しかしその多くは “地層断面に現れた” もので,立体(3-D)的な形状が見えたわけではありません.また,地震岩コンボリューションに伴われるものが多く,サイズは普通 cm オーダーです.サイズが小さいためか,砂火山体自体は侵食で失われてしまい,その供給脈(conduit)だけが見える,という残念なものがほとんどです,というか砂火山体を確認できた例を私はフォローできていません.


Youtube 動画 Sand volcanoes. Not just cool, but important for reservoir connectivity considerations! (01:23 から再生)

 しかしここで紹介されている砂火山体は,なんと 数 m オーダーにも達するもので,しかも露出した地層の層理面上に立体的に火山体があり,おまけに頂部火口まで見えています.これは驚きです.固結した地層(古生層!)の中にこんなものがモロ見えとは...初めて見ました.多分,他に類を見ないものではないかと思われます.

 地層は,アイルランド西部の海岸に露出する上部石炭系 Ross 層のタービダイト・シーケンスです.右のスクリーンショットの左上に互層が見えています.これで直径が大体 4 - 5 m,高さが 数十 cm ~ 1 m と言ったところでしょうか.動画の例では頂部の位置が偏っていて非対称というか左側に裾野が広がっているように見えますが,実際そうなのかは分かりません.砂火山の周縁部や周囲の砂岩部は,複雑に流動破断・混合しているように見えます.動画中では解説者が『変形しているね』と話しており砂岩の変形体を sand blob とも表現していますが,それ以上の言及はありませんでした.
 なお,この動画のタイトルを見るとお分かりのように,解説者(Rene Jonk 博士)の着目点は地層パイル中の過圧密された砂質堆積層がこういった水理地質プロセスによって『連結された貯留層』になっているという点にあるようです.石油地質屋さんなのかも.


Ross 層タービダイト互層層理面上の砂火山群.Pringle et al. (2007) の Fig.3.

 この動画のネタ元ではないかと思われるのは,多分 Pringle et al. (2007) です.右の写真はその Fig. 3 ですが,おそらく上の動画と同じ露頭でしょう.驚くのは,砂火山体が孤立したものではなく密集しているという点です.この写真に写っているだけで,頂部クレーターを持つのが3~4個,その他に多少小さいのが4~5個見えています.一部は癒合しているようにも.一体どんな要因がこれだけ著しい砂火山形成を引き起こしているのか,は分かりません.火山体形状が侵食されずにそのままま残存しているというのも不思議です.堆積速度が鍵なのでしょうか?
 なおこの論文には,砂火山体が形成後に荷重変形を起こし地層中に沈んでいるとも書かれています.上の動画中で指摘されている変形構造は,それに関連したものなのかもしれません.


J.K. Pringle, A.R. Westerman, D.A. Stanbrook, D.I. Tatum and A.R. Gardiner (2007) Sand Volcanoes of the Carboniferous Ross Formation, County Clare, Western Ireland: 3-D Internal Sedimentary Structure and Formation. AAPG Memoir, 87 227– 231.


  COLUMN  - 沸騰する砂?!  
根室層群浜中層タービダイト層上面に見られる凹凸構造.2012年8月撮影.北海道浜中町貰人(もうらいと)海岸.

 これは半分ジョークです,が...残りの半分は本気です.

 左の写真は,白亜紀前弧海盆堆積体・根室層群のタービダイト層上面に見られる摩訶不思議な凹凸構造です.波長 数十 cm,波高 15 cm 程度の凹凸が層理面上に一面に見られ,不明瞭な crest も見えています(左上-右下方向).なにしろ海岸露頭なので,単に波浪浸食によってできたものかもしれませんが...
 実はこの露頭では,タービダイト砂岩層の液状化による未固結時変形が観察されており,砂岩層上部の上方突入(upward protrusion)と突入部間の沈み込みによって “椀状構造” が形成されています.突入部の一部は上位層に達して癒合・癒着したり,シル状注入脈を形成しています.写真の凹凸構造は,地層断面で観察された椀状構造の地層上面における平面形を表しているのではないか?...というのが私のイマジネーションです.液状化によってボコボコと “沸騰した” 砂層を上から見ていると.

 残念ながらこの露頭では,それを証明するような観察結果(+標本採取)が得られず,夢想は夢想のまま終わりました.しかしアイルランドの砂火山体の集合写真を見ていると...このへんでやめておきます.


2025/06/01: 氷河崩落

 Blatten 村でおきた大規模崩落災害について,下のアーティクルでは『岩盤崩壊かも?』と追記しましたが,その後色々データや考え方が出てきて,直接の現象はやはり氷河先端部の大規模崩落であることが私自身理解できてきました.それについて現在考えられていることを紹介したいと思います.


Blatten 村氷河崩落のスキーム.OneMinuteGeology による Youtube 動画(本文参照)を下に作成.

 OneMinuteGeology によって 2025/05/31 に公開された Youtube 動画 The Blatten Landslide は,この氷河崩落の原因・メカニズムについて貴重な insight を提供するものです.
 右の図は,それを元に作成した Blatten 村氷河崩落のスキームです.まず初期状態として,“懸架氷河”(hanging glacier)としてビルヒ川上流に存在していた氷河は,特にその先端部が非常に非常に不安定な状態で,その上には山腹斜面から崩落したデブリが堆積していました.氷河底部は山体岩盤との間の摩擦力によって支えられているだけです.
 ここに氷河の向かって右奥にある不安定岩盤が崩落して氷河上に落下し,それによる載荷荷重が増大します.崩壊した岩盤が下のアーティクルで紹介した不安定リッジのどのくらいなのかは明らかではありませんが,動画で紹介されているドローン画像から判断する限り,奥側の 2/3 ~ 1/2 程度が崩壊したように見えます.この崩落デブリによる荷重が底部摩擦を越えて氷河の滑り速度が増大し,末端部から崩壊しました.OneMinuteGeology によると,滑り速度の増大 ⇒ 歪みの増大 ⇒ 脆性-延性遷移面の深化というプロセスによって氷河内部の脆性部分が厚くなったことも崩壊・崩落を助長したようです.この理屈は(難しすぎて)正直私にはよく理解できませんでしたが.
 基本的に,このスキームでなるほどと思うのですが,一つ疑問なのは...このスキームでは崩壊物の大部分は氷河を構成していた氷塊です.しかし,Blatten 村の大部分とロンザ川を埋め立てたデブリの大部分は岩塊+土砂であるように見えます.氷塊が流下する過程で周囲のデブリを取り込んだということなのか...氷塊はどこへ行ったのか? 単に見えていないだけ? そのへんの『構成比』が上のスキームとどう釣り合っているのかは,少し疑問というか説明されるべき点かなと思われます.

 私的な今後の見通しですが,当該部分の氷河(の不安定部)はほとんど崩落してしまったため,多分しばらくの間は安全だと思われます.しかし,その右上にある岩盤リッジは,下流側の 1/3 程度が未崩落不安定岩盤として残存しているように見えますので,その二次的な崩壊-崩落が短期的に発生する可能性はかなりあるのではないかと思われます.崩壊量にもよりますが,復旧作業等の際は注意が必要でしょう.


  追記  

 2025/06/04 に公開された GeologyHub の Youtube 動画 Switzerland Landslide Update; Significant Elevation Changes には,Simeon Shmauß による崩壊-堆積部の標高変化マップが紹介されています.そのデータ元や詳細なクレジットは上記動画をご覧ください.

 これによると,崩落した氷河末端部の右奥にあった不安定岩盤中央部は,崩壊後に標高が 128 m 減少しました.崩壊前の岩盤の傾斜は不明ですが仮に45度とすると,崩壊深は約 90 m で,それだけの厚さの岩盤が大崩壊して地すべり・デブリとなって大規模に流下したということになります.また氷河末端部では 51 m 標高が減少しており,崩落した氷河の厚さを示しています.
 GeologyHub はこの事象をあくまでも地すべりと呼んでおり,岩盤崩壊 ⇒ 地すべり現象が主であって,上に紹介した氷河崩落はそれによって引き起こされた二次的・副次的な現象と考えているようです.主従関係はどうでも良いと言えばそうなのですが,報道などでは『氷河崩落』と表現されている場合が多く(この項もそうですが),そのへんは GeologyHub の(私と同じ)地質屋としての見方かなと思われます.上のスキームを書いた OneMinuteGeology 氏はもしかすると氷河屋さんなのかも.
 なお,GeologyHub は『300,000 m3』もの不安定岩塊がいまだに残っており,それが(上に私が書いたように)短期・中期的に大きなリスクであるとも指摘しています.

(2025/06/04 追記)



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