地球科学トピックス

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はじめに

 このページは,世界各地のサイトでゲットした(おもに学術論文以外の)地球科学・地質学の最新トピックスについて紹介するページです.紹介するテーマは私の個人的嗜好性にヒットしてきたものですので,バイアスだらけです.その内容についてのダイジェストやコメント等についても,言うまでもなく同様です.あと当然ですが,私の勘違い・錯誤・思い込み・認識不足...全部あり得ます.ご了解ください.

※ それにしても,現在のネット世界には紹介したい(・すべき)地質トピックスがなんと莫大に際限なく溢れていることか...私が学生のころとはまったく違い,探索すればするほどその wonder に圧倒されるばかりです.


2024年04月

2024/04/11: 台湾地震のテクトニックな背景

 2024/04/03 に台湾東部で発生した M7.7 の大きな地震(花蓮地震)は甚大な被害をもたらし,それに伴う津波は沖縄諸島にまで達しました.その詳細は Wikipedia を参照してください.震源深さは 23 km,地震のメカニズムは北西-南東方向に圧縮軸を持つ逆断層型でした.
 前々から関心があったのですが,台湾でしばしば発生する大地震は,どのようなテクトニックな背景を持っているのでしょうか? 以下は,その点について自分なりに調べてみた結果を書き留めたもので,特に『最新のトピックス』というわけではありません.参考にした文献を以下に示します.


W. Chang, C. Wang, C. Chu and J. Kao (2012) Mapping Geo-Hazard by Satellite Radar Interferometry. Proceedings of the IEEE, 100, 2835 - 2850.

L. Li, A.D. Switzer, Y. Wang, R. Weiss, Q. Qiu, C. Chan, P. Tapponnier (2015) What caused the mysterious eighteenth century tsunami that struck the southwest Taiwan coast? Geophysical Research LettersVolume, 42, 8498-8506.

V. Phung, C. Loh, S. Chao and N. Abrahamson (2020) Ground motion prediction equation for Taiwan subduction zone earthquakes. Geology, Engineering Earthquake Spectra.

Y.-C. Lo, C.-T. Chen, C.-H. Lo, and S.-L. Chung (2020) Ages of ophiolitic rocks along plate suture in Taiwan orogen: Fate of the South China Sea from subduction to collision. Terr. Atmos. Ocean. Sci., 31, 383-402.

J. Fan and D. Zhao (2021) P-wave tomography and azimuthal anisotropy of the Manila-Taiwan-southern Ryukyu region. Tectonics.


 下に示したのは,台湾周辺の海底を含む地形図に,上の文献等を参考にして私が適当(?)に判断したテクトニックな要素を描き加えたものです.したがって,全然間違ってる部分があるかもしれません.いずれにせよ,私にとってはいろいろと驚くべき点がありました.


なお,名称がすべて英語表記になってるのは “Gagua” を漢字でどう書くのか分からなかったためで,特に意図はありません.また “Ryukyu Backarc(琉球背弧)” というのは,そういう名称があるわけではなく,Ryukyu Forearc(琉球前弧)に合わせただけです.琉球前弧も,Luzon Forearc に合わせただけで,これも特に意図はありません.


台湾周辺の海底地形とテクトニクス.GoogleEarth による海底地形図に,SRTM30 からカシミール3Dで作成した台湾島の地形陰影図を重ねたもの.地形・テクトニクスについての参考文献は本文参照.マウスオーバーで 2024 年花蓮地震の震源を表示する.

 まず,台湾島の西ではマニラ海溝からユーラシアプレートがフィリピン海プレートの下に(!)沈み込んでいます.え?と思いましたが,読み間違いではありません.大陸プレートが海洋プレートの下に沈み込むはずはないので,これは『ユーラシアプレート東縁の海洋プレート部が』という意味なのです.日本列島に住む私のような人間は,なんとなく大陸は大陸プレートで海洋は海洋プレートと思い込みがちですが,大西洋を想起するまでもなく当然ながら両者が単一のプレートを構成する場合があるわけです.
 で,マニラ海溝はなんと台湾島の陸地の中に入り込んでいます(黄点線).これは要するに,台湾島の部分でユーラシアプレートの海洋プレート部が “消費” されてしまい,マニラ海溝が大陸プレートの衝突境界に遷移しているためです.それによって境界の東側が隆起し,台湾島となっているわけです.衝突に起因する圧縮応力場によって,台湾島を NNE-SSW に縦断する東傾斜の逆断層群(ピンク線)が形成されています.


破壊と創造のシンボル,ウロボロス. Wikipedia より.

 次に驚くのは,台湾島の東では琉球海溝からフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでいることです.それ自体は当たり前のことで驚くようなことではありませんが,なにしろ台湾島西側ではユーラシアプレートがフィリピン海プレートの下に沈み込んでいるのですから...トポロジカルで,まるで “ウロボロスの蛇” (左図)です.
 これについては,上記 Phung et al. (2020) の Fig.1 が分かりやすいので興味のある方は参照してください.しかし,その図の右奥,つまりどちらも沈みこんだユーラシアプレートとフィリピン海プレートがどうなっているのか・どう相互作用しているのか,私にはどうしてもイメージすることができませんでした.
 このフィリピン海プレートの沈み込みは北西方向,その速度は約 8 cm/y と比較的速いもので,琉球海溝に対して斜めに沈み込みんでいます.そうすると琉球前弧に対しては弧方向の水平分力が働くので,琉球前弧が台湾島に対して西へ衝突しているということなのでしょうか? どこかで聞いたことがあるような話ですが.
 少なくとも,マニラ海溝(の陸上部)からの沈み込み(-衝突)にとっては,琉球前弧が “つっかい棒” のように働いて,その前面(東側)での上昇を助長するのではないかと想像しています.
 2024/04 の花蓮地震の震源は,琉球海溝が台湾島に会合する部分に位置していますので,そういったテクトニックな配置が要因の一つになっているのかもしれません.


注)上の海底地形図で目を惹くのは,フィリピン海プレート上の巨大な南北性リッジ(Gagua Ridge)です.これは,いわゆる拡大軸=中央海嶺ではなく,トランスフォーム断層帯=fracture zone がなんらかの理由で上昇帯に転化したものとされているようです(Deschamps et al., 1998; Marine Geophysical Research).

2024年03月

2024/03/12: 人新世否決?

 最近の ニュース(一例)で,2023/09 に紹介した『人新世(Anthropocene)』創設の提案が IUGS の Quaternary Stratigraphy Subcommission で否決されたという話題が出ています.公式には出ていないので分かりませんが,関係者への取材でということのようです.この小委員会での採決に関してはちょっともめているようでどうなるかは分かりませんが...地質学者にはあまりウケが良くないようだということでしょう.
 私なりにいろいろ考えてみたのですが,人新世の考え方自体は上のトピックスにも書いた通り,個人的には賛成です.しかし多少の懸念材料も.


人新世の象徴(?)となる風景.The Anthropocene Projects (Edward Burtynsky)

・人新世を新設すると,その前の完新世の長さは約 0.01 Ma...“世(epoch)” の規模としてはあまりに短すぎる(更新世の長さは約 2.5 Ma).

・それならば,“世” ではなく,完新世クロフォード期(Crawfordian Age)とかにしてはどうか? でもそれだと,人新世の考え方というか理念は薄まってしまいます.

・これが実は私的には一番大きな懸念だったりします.人新世を『人類が地層記録に影響を及ぼした時代』と考えると,その終わり(=次の “世” の始まり)はどう規定されることになるのでしょうか? それは(そうなってみないと)誰にも分かりませんが,もし『人類文明の消滅』だとすれば地質年代区分という概念も消滅しますので,次はありませんね.打ち止め感というか,なんだかパンドラの匣っぽい.

・人類がこの文化・文明の発展形を持って存続しているうちに “次の新たな世” が始まるなんてあり得るのでしょうか...? Commission of Stratigraphy とは何の関係もない話ですが,そんなことを考えてしまいました.


2024年01月

2024/01/03: 能登地震モデル

 以前のトピックス で,能登半島で発生する地震のメカニズムについて紹介しました.そこで大きな役割を果たしていると考えられるのが『地殻深部流体』です.
 2024/01/01,能登半島北部で深さ約 10 km,地震の規模 M7.6 という巨大地震が発生し,大きな被害をもたらしています.被害の全貌はいまだ明らかではありませんが,海溝型地震とはまったく異なる『地殻深部流体』の関与した地震として 社会的にも大きな注目 を集めています.

 これについていろいろと調べていると,前の記事で紹介した京都大学防災研究所西村卓也教授による論文が Nature に発表されているということを知りました(Nishimura et al., 2023).


T. Nishimura, Y. Hiramatsu and Y. Ohta (2023) Episodic transient deformation revealed by the analysis of multiple GNSS networks in the Noto Peninsula, central Japan. Scientific Reports 13, Article number: 8381 (2023).


 この論文を読んでみると,前の記事で紹介した地震発生モデルについて私が描いた図は,ちょっと大まか過ぎたことが分かりました.以下では,そのへんをもう少し詳しく見て,西村教授による能登地震の興味深いメカニズムについて紹介したいと思います.


能登地震の発生モデル.Nishimura et al. (2023) の Fig.4 を基にして独自に作成したもの.表示当初はアニメーションとなっているが,クリックで発生モデル説明を順次表示する.水平方向は not-to-scale となっているので注意.

 右の図は,Nishimura et al. (2023) の Fig.4 を基にして,自分なりの解釈を加えて作成したアニメーションです(図の1枚目).上にリンクを示したTBS のネット記事(北陸放送木村洸記者による)の 印象的な図 も参考にさせてもらいました.以前の記事に掲載した地殻断面図の能登半島北部の拡大と思っていただければ良いのではないかと思います.

 まず初期状態として,能登半島の北側海底には珠洲沖セグメントと呼ばれる逆断層センスの活断層があります.この下位には,地表(海底)には現れていない(and/or 認識されていない)断層があります(図の2枚目).この断層は下に凹のリストリック(listric)な形態を示し,14 Ma 前後の日本海のオープニングに伴って形成された正断層で,その後圧縮応力場で逆断層に転移した(=インバージョン)ものと考えられています.
 正確な時期は分かりませんが,この断層面の下位に,おそらくマントルから上昇してきた深部流体が滞留するようになりました(図の3枚目).


※ 『地震発生下限深度』というのは,原著では “seismogenic depth” となっています.つまり,地殻岩石が脆性から延性へと遷移する(brittle-ductile transition)深度ということでしょう.この深度よりも深くなると岩盤が brittle ではなくなる,つまり破壊されなく(・難く)なるため基本的には地震は発生しません.その深度は大まかに言うと温度によって決まります.石英の遷移温度は 300 - 400 ℃ と言われていますので,地温勾配を島弧地殻で一般的な 0.03 ℃/m,地表温度を 20 ℃ とすると,石英に富む地殻岩石の遷移深度は 9 - 14 km となります.Nishimura et al. (2023) の図で流体滞留領域で地震発生下限深度が下がっている理由については,流体によって岩盤強度や摩擦係数が低下するなどの理由が考えられますが,よく分かりません.


 2018 年夏ごろ,この部分から少量の流体が上方に湧昇し,小規模な地震活動が起こりました(南クラスター:図の4枚目).2020/11/30 には大量の流体が湧昇し,過剰な流体圧を持った流体が断層に侵入して引張破壊によりクラックが形成されました(図の5枚目).流体の侵入は断層の強度を低下させ,激しい地震活動を発生させました(図の6枚目).
 このような流体の活動は,深度 14 - 16 km の範囲で地震を起こさないスロー・スリップを引き起こしたとされていますが,そのすべりと “激しい地震活動” との関連は私にはよく理解できませんでした.

 地震学の専門的な(しかも英語の)論文を読むのは私には非常につらいものですが,いずれにせよ非常に興味深く,1965-1966 年当時『原因不明』だった長野県松代群発地震なども,このスキームから非常に良く理解できるような気がしています.


2023年12月

2023/12/05: 地球最大の石灰華

 2023/11/29 に公開された GeologyHub による Youtube 動画『The World's Largest Travertine Cone』は,タイトル通り,地球最大の石灰華コーン(travertine cone)を紹介するものです.以下では, Alshaghdari (2017) も参考にしながら,その巨大な石灰華について紹介したいと思います.


Hammat Damt の Google Earth 画像.

 この地球最大の石灰華コーン(Hammat Damt)は,イエメン西部の Damt の市街地の中にあります.その高さは 51 m,基部の直径は 696 m です.まさに地球最大の石灰華コーンです(右図).

 全体の形状は平頂で,その頂部は直径約 120 m のクレーター状になっていて,中には温泉水(45 ℃)が溜まっています.その水面の高さは Google Earth では標高データが無いようで分かりませんが,2023/07 取得のイメージで単純に見た感じでは “クレーター” の直径と同じ程度,つまり 100 m 程度の深さがあるように見えます.
 コーンを上から見ると,8 - 9 本の放射状のリッジが頂部から伸びているのが特徴的です.石灰華の沈殿でなぜこのようなリッジができるのか不思議です.リッジの形状から判断すると,沈殿を起こした温泉水の頂部からの流下経路によって形成されたという可能性が考えられますが,詳細は不明です.
 “クレーター” の内壁を見ると,水平な層状構造がよく見えます.単なる想像ですが,“クレーター” 内に湛水していた温泉水の溢流によってリム・ストーン状の沈殿構造が形成されたのかもしれません.
 石灰華コーンの “山体” 表面は Google Earth で見る限り,周辺砂漠と同色の土砂で覆われていますので,石灰華の形成は現在は少なくとも現在,非アクティブな状態と思われます.斜面や谷部の一部には低い植生が見られます.温泉水の水位が下がった状態が続いているのかもしれません.


Damt 市街地の Google Earth 画像.横幅が約 2 km.

 右図は Damt 市街地の Google Earth 画像ですが,上に紹介した最大のもの以外にも,少なくとも4個の石灰華コーンが見られます.それらは WSW-ENE 方向に配列しているようです.
 この地域の geotectonic な性質はいまいち調べ切っていないのですが,WSW-ENE 方向のリフト的なものがあり,それに沿って温泉水が上昇する地熱地帯を形成しているようです.しかし,Google Earth で見ても周囲に火山らしきものは見られません.Alshaghdari (2017) によると,先カンブリア紀基盤上に新生代の火山岩類(flood basalt)と堆積岩類が載っています.Wikipedia によると Damt の北方には第四紀火山(流紋岩質)も存在しています.これらの火山は,おそらく大陸プレート内火山であろうと推察されます.アラビア半島西(南)部を区切る紅海・アデン湾はいずれも拡大軸で,沈み込み帯はありません.

 それにしてもなぜこんな大規模な地球最大の石灰華コーンが形成されたのか...? 湧出量や Ca + CO2 の溶存量の大きさが要因と考えられますが,調べてみた限りでは具体的なことは分かりませんでした.


  COLUMN  

・それでは,日本最大の石灰華はどこにあるんでしょう? それは岩手県北上市夏油(げと)温泉にある “天狗岩” (国指定天然記念物)です.右写真の上は Google Earth で見た夏油温泉です.上流の夏油川のカーブになっているあたりにありますが,どう視点を変えてみても Google Earth には写っていませんでした.

・右写真下が Wikipedia に掲載されている天狗岩です(撮影:さかおり を編集).それによると,河床面からの高さは 17.6 m,基部の直径は約 25 m,頂部の直径は約 7 m とされています.

・写真で見る限り,2022 年 9 月の撮影時点で,頂部付近からの温泉水の湧出・浸み出しがあり,アクティブなものです.

・天狗岩は,この一帯に存在する石灰華地帯の一部に過ぎず,その広さは 2.3 ha に及びます.石灰華形成は少なくとも1万2千年前から続いているものとされています.

・イエメンでは成層火山状で “火口” まである『コーン』なのに,こちらはなぜ『ドーム』になっているのでしょうか? 湧出量・沈殿量・沈殿速度などいろいろな要因が考えられますが,残念ながら私には分かりません.


・北海道では? それは, 長万部町二股らじうむ温泉の石灰華ドーム で,北海道指定天然記念物となっています.左図は Google Earth で見た二股らじうむ温泉ですが,大きな石灰華ドームが見えています.

・その高さは少なくとも 20 m あります.複数のドームが複合しているらしく,基部の大きさは判然としません.Google Earth 画像を見ると,上流の方にも草で覆われた小さなドームらしきものがかろうじて見えています.石灰華の分布地域は全体として 400 x 200 m = 8 ha に及ぶとされています.もしかしたらこちらが日本最大の石灰華ドームなのかも?!

・二股らじうむ温泉の石灰華ドームは,写真を見るとお分かりのように,(夏油温泉天狗岩と違って)表面が鮮やかなオレンジ色をしています.内部構造は確認できていません.これはもちろん温泉水に含まれている鉄分の沈殿によるものですが,他の温泉と比較してどうなのかまでは分かりません.

・上の天狗岩もそうですが,なぜこのような大規模な石灰華が形成されているのかというと,もちろん溶存 CaCO3 量が多いということだと思いますが,ではその要因は? どこかで『地下に存在するジュラ紀付加体中の石灰岩体』が起源だという話を聞いたような記憶もありますが,そのソースは不明です.それを証明するためには同位体化学的な検討が不可欠と思われますが,どこかに報告されているのかもしれません.


2023年11月

2023/11/10: 隕石化石

 隕石化石(fossil meteorite)とは,『地層記録中から発見された隕石』のことです.別に化石化していなくても良いのですが,堆積物中に長くあったものなので変質はけっこう著しいようです.
 Wikipedia の隕石の項にもちゃんと 記述項目 があります(なぜか日本語ページにはない).そう言われてみると,確率は低いでしょうけど地層の中にそのようなものがあっても全然おかしくないと思います.しかし,私はまったく思ってもみなかったことなので,その存在を知った時は驚きました.もちろん私はそんなものを地層中に見たことはないし,日本列島では報告例がありません.

 以下では,最近公開された Youtube 動画『Sweden's Unusual Fossilized Meteorites; A Geologic Oddity』(GeologyHub: 2023/11/08) や, R.A. PRITZKER CENTER サイトの FOSSIL METEORITES などを参考にして,隕石化石についてご紹介します.実はこのスウェーデンの隕石化石は,“過去の時代の地層中の隕石” というだけではなく,それ以上の天文学的な意味を持っていました.


※なお,隕石化石の写真をここに転載したいと思ったのですが,ネット上の写真は意外に少なく,著作権関係をクリアできそうなものや撮影者に転載許可を得られそうなものが見当たらず,断念しました.
右に示したのは,上にあげた FOSSIL METEORITES ページ に掲載されている写真の上から3枚目のものをそのまま表示したものです.修整なしのクレジット明記直接引用なので,問題はないと思いますが...とりあえずサムネール風にしてみました.詳しく見たい方はそのウェブページを訪問してください.
少し褐色がかった石灰岩中の真っ黒な隕石のコントラストが素晴らしいです.大きさは示されていませんが,化石との比較では 数 cm のものと思われます.
石灰岩は大量の化石を含んでいて,この写真では二枚貝殻が見えています.少し nodular なので,石灰藻なども含まれているのかも.他の写真では,見事なベレムナイト化石の横に隕石が(!)というものもあります.


 隕石化石の存在がスウェーデンのオルドビス紀石灰岩から最初に認識されたのは,はっきりしませんが 1979 年頃のようです.最初の報告は Thorslund and Wickman (1981) によって行われています.この場所からの産出以外の報告例は,少なくともウェブ上では見つけることはできませんでした.


Thorslund, P. and Wickman F. E. (1981) Middle Ordovician chondrite in fossiliferous limestone from Brunflo, central Sweden, Nature, v. 289, p. 285-286.


 隕石化石が産出するのは,スウェーデンの Thorsberg 石灰岩採石場で,地層はオルドビス紀中期(458 - 470 Ma)の Lynna 層から Sillaoru 層にかけての層準です.岩相は石灰岩と泥灰岩で,隕石化石の産出層準の厚さは,わずか 数 m です(Heck et al., 2017).
 採石場に露出する石灰岩は このページ を見るとほとんど水平層で,それを回転刃カッターで切り出しています.要するに建築用石材の採石場で,私のイメージする石灰岩採(・砕)石場とはぜんぜん違っていました.


P. R. Heck, B. Schmitz, W. F. Bottke, S. S. Rout, N. T. Kita, A. Cronholm, C. Defouilloy, A. Dronov and F. Terfelt (2017) Rare meteorites common in the Ordovician period. Nature Astronomy, 1, Article number: 0035.


 で,この隕石化石の意義ですが...地球上には日夜隕石が降り注いでいます.しかし,大陸氷床上や砂漠ならいざ知らず,通常の環境ではなかなか見つかりません.ましてや地層の中からとなるとその確率は極めて低いでしょう.しかし単にそれだけの話で,たまたま見つかったとしても特にそれ以上の地質(・天文)学的興味にはつながりません.
 しかし,このスウェーデンの隕石化石は,わずか 数 m の厚さの石灰岩層から,なんと 100 個以上の隕石化石が見つかっているのです.となると,『より大きなサイズの隕石が落下して破壊されたのでは?』とも思いますが,よく分かりません.隕石シャワーのようなものかもしれません.
 Heck らによると同時代の隕石落下の痕跡は,ロシアや中国からも知られているそうです.その組成特徴から,彼らはこれらを当時木星と火星の軌道間(小惑星帯?)で起こった小天体衝突によって生み出されたものと考えています.これらの隕石化石のほとんどは L chondrite からなり,周囲の層準にはそれに由来する chromite 粒子が見つかっています.
 隕石の起源が遠く火星の向こうだとすると,衝突によって生成した破片の軌道と地球軌道がたまたまその時交差したということだと思います.地球のもう少し広範囲からこの時代の隕石化石が見つかっても良いように思うのですが,確率的なことということなんでしょうか?

 日本列島でもオルドビス紀の岩石は見つかっていますが,火成岩・変成岩が多く,堆積岩もありますが浅海層ではないので,露出の問題もあり,仮に隕石が落下していたとしてもそれが発見される可能性は極めて低いのではないかと思われます.


2023/11/02: プディング石

 プディング石(puddingstone)とは一体なんでしょうか? Wikipedia によると要するに礫岩のことで,基質と礫の色合いのコントラストがはっきりとしたものを指すようです.以前紹介した火星の礫岩を,“mars puddingstone” と表現しているサイトもありましたので,特別・特殊なあるいは特定の礫岩相を指すものではありません.
 しかし,ここで紹介するミシガン湖などの五大湖岸で採集できるプディング石は,興味を引く見かけと共に,その起源・来歴の点で,ただの礫岩とは違う specific な礫岩であると言えるでしょう.これを以下では単に『プディング石』と呼ぶこととします.


 Youtube 動画チャンネル Michigan Rocks は,ミシガン湖周辺で採集できる各種の岩石をマニアックに紹介するものですが,その中でもプディング石は先にご紹介したペトスキー石とともに重要な地位を占めています.そのへんの雰囲気は,例えばこの Youtube 動画 『A Rock Pickers Paradise | We Found TONS of Pudding Stones & Petoskey Stones on a Lake Huron Beach (WILDKYLE)』などをご覧ください.プディング石についての Ultimate Guide もあるくらいで,通販サイト(?)Etsy には大量の プディング石 が出品されています.


 右の写真は,Michigan Rocks の Youtube 動画『Puddingstones - Rocks in a Box 50』からキャプチャしたもので,プディング石の特徴をよく表しています.つまり,灰白色(時に白色)のクリーンな基質中に鮮やかな赤色のジャスパー(jasper)礫を含むものです.ジャスパー礫の円磨度は低く,角礫~亜角礫が中心です.


※ “Jasper” は言うまでもなく隠微晶質の石英・オパールからなる岩石ですが,日本語にすると『碧玉(へきぎょく)』です.Google/Bing で見ても一般に jasper は三価の鉄分で赤いものが多く,何故 “碧 (blue-green)” なのか私には分かりません.希少なものを指す? ここでは “ジャスパー” とカナ表記しておきます.


 プディング石の基質(と赤色ジャスパー以外の礫)は,野外で撮られた Youtube 動画で見ると,おそらくスマホカメラの狭いダイナミックレンジのせいで白色に見えるものが多く,私は最初『白色結晶質基質の中に赤色角礫破片が散在・浮遊する』岩相かと思っていました.もしかすると特殊な火成岩なのかとも.それは全然的外れで,次第にその正体が分かってきたというわけです.Youtuber は地質学・岩石学的背景をちゃんと語ってくれない人が多いので(愚痴).


ブルーベリー・プディング(blueberry bread pudding). Cooking with Manuela より.

 それでは,なんでこのような礫岩を『プディング石』と呼ぶのかというと...日本人の私はプディングというとゼラチンを使った均質なカスタードプリンをイメージしてしまうので,当初それがちょっと理解できませんでした.
 上の Youtube 画像のプディング石は tumbling で表面研磨したものですが,野外サンプルではジャスパー礫の部分が風化というか選択的摩耗で突出したものが多く見られます.その見かけがベリーやプラムなどの入った “bread pudding”(左図)を連想させるのでそう名付けられたようです.18 世紀当時の England からの入植者がよく作っていたものなんだとか.


 さてここからが地質学的な本題です.いったいこのプディング石はいつの時代に堆積した礫岩で,そのオリジンはどこにあるのでしょうか? ペトスキー石の場合は,湖岸(・湖底)そのものに露出する古生代デボン紀の石灰岩層が起源でしたが,プディング石は...?


Lorrain 層の Jasper 礫岩の露頭.オンタリオ州 Bruce Mines. Wikipedia (James St. John)による.

 結論から言うと,プディング石の源岩は Paleoproterozoic Huronian 超層群中の Lorrain 層(Cobalt 層群)中に挟在する Jasper 礫岩 です(右写真).その堆積年代は,ほぼ 2.2 - 2.3 Ga = 22 - 23 億年前です.


※ Google/Bing で “Lorrain Formation” を検索してみると,なぜかどちらもケベック州のオルドビス紀の地層がヒットします.なぜ同一の国の中でこのような同名異層が生じたのか私には no idea です.先取権によって普通はあり得ないはず...どちらが先に命名されたものかは不明です.


 五大湖周辺の地質図をあれこれ参照してみると,ヒューロン湖・スペリオル湖の北岸から北のカナダ・オンタリオ州地域には先カンブリア系が広く分布しています.したがって,プディング石が採取されるミシガン湖東岸やヒューロン湖西岸の北方対岸部にその露出があるということになります.上の写真は,ヒューロン湖北岸にあるオンタリオ州 Bruce Mines 近傍に露出する Jasper 礫岩です(Wikipedia による).
 しかしなにしろ五大湖です.そこまでの距離は少なく見積もっても 80 km はあります.例えば五大湖が湛水する以前に河川系で運ばれたという考えもあり得ますが,ミシガン湖の水深は最大で 280 m ありますので,現在の湖岸はその当時の河床面から 300 m 近く高い場所になります.地形的にも距離的にも,五大湖北岸からこのプディング石が河川系で対岸まで運ばれたとはとても考えられません.
 ここで思い出してほしいのは,五大湖周辺は第四紀更新世の最終氷期に広大な大陸氷河によってすべておおわれた地域であるということです.もうお分かりと思いますが,このプディング石は,その際に氷河によって運ばれた氷河成漂石(glacial erratics:迷子石とも呼ばれる)に由来するものというわけです.

 Jasper 礫岩の岩相ですが,特徴的なのは礫岩基質がすべて淘汰の良い石英-オパール質砂で泥質分をほとんど含みません.礫は赤色のジャスパー礫が目立ちますが,それ以外にも白色・灰色のチャート-珪岩礫を大量に含んでいます.後者は基質砂と同じ岩質なので,場所によっては礫と基質の区別がよく分かりません.
 露頭写真(例えば これ )を見ると礫の配列が弱い層理を示している(crude-bedded)ようにも見えますが,なにしろ先カンブリア紀の岩石なので,弱変成・構造変形によるものなのかもしれません.
 Wikipedia “Jasper conglomerate” には,この礫岩の堆積場は扇状地~網状河川と記述されています.そんなものだろうな...と思うのですが,あまりに淘汰がよく泥質部がないのにも関わらず円磨度が低いのが気になります.砕屑物組成がジャスパーやオパール・石英岩・チャートだけの超 monolithic なものだということも不可解です.一体具体的にどのような堆積場・砕屑物供給場だったんでしょうか...何しろ先カンブリア紀盾状地,島弧人間にはちょっと想像が付きません.

 なお,Lorrain 層の下位層である Gowganda 層は氷成礫岩(tillite/diamictite)や dropstone が見られ,氷河成層と一般に考えられているようです.先カンブリア紀(22 億年前)にも第四紀(1 万年前)にも氷河の下だったところなんですね.異論 もあるようですが.


2023年10月

2023/10/29: ワイオミング隕石孔

 ワイオミング州 Douglas 南西の平原には,Kenkman et al. (2002) によって報告された隕石クレーター群が分布しています.


Kenkmann, T., Müller, L., Fraser, A., Cook, D., Sundell, K. and Rae, A.S.P. (2002) Secondary cratering on Earth: The Wyoming impact crater field. GSA Bulletin, 134, 2469–2484.


※ このクレーター群の紹介動画が Youtube チャンネル Shawn Willsey で "Meteors Strike Eastern Wyoming? Geologist Investigates a Newly Discovered Impact Crater Field" として最近いったん公開されたのですが,その後すぐに削除されました.何故なのかは不明です.原著者との間になんかあったんでしょうか...?!


 で,アメリカの平原地帯に隕石クレーターがあるというのは,有名なアリゾナのバリンジャー隕石クレーターとかもっと大規模なものもあるし,広大な平原地帯だからまあそんなもんか...と思ったのですが,事の本質はそうではありませんでした.以下では,Kenkman らの論文を参考に,このワイオミング隕石クレーター群について解説したいと思います.

 Kenkman et al. (2002) には,Douglas 南西方の 100 km 程度の範囲に三つの隕石クレーター群が存在することが述べられています.Douglas 南西 10 km にある Sheep Mountain 北東麓のものが代表的なものです.それぞれのクレーターには緯度経度が記載されているのでその値を Google Earth に入力してみたのですが,そこには隕石クレーターらしきものは見当たりませんでした.理由は不明ですが,地理座標系の問題?

 上に書いた Shawn Willsey の動画には,地表で見た隕石クレーターの詳細や周辺の地形・地質が紹介されていたのですが,残念ながらそれを示せるような写真等で二次利用が可能な画像を見つけることはできませんでした.そのうち問題を解決した動画が再公開されるかもしれないので,興味のある方はそれを期待してください.


Douglas 南西方の隕石クレーター(と思われる)地形.Google Earth による.

 で,しょうがないのであれこれ Google Earth で探っていると,やっと二つ見つけました(右図).いずれも図中央左下の円形地形がそうです.スケールがありませんが,図横幅が大体 200 m です.クレーターの直径は Kenkman et al. (2002) にもありますが,20 - 40 m といったところです.右の上の図には,図の右下のところに径の小さな隕石クレーターのようなものが2~3個見えていますが確証はありません.
 どちらの図でも,クレーターの北東に赤褐色の地層露出らしいものが見えますが,これがこの隕石クレーター群を理解するポイントです.地層は緩く北東に傾斜しています.

 まず,クレーターが形成されているのは,後期石炭紀(~最初期ペルム紀)の Casper 層の砂岩層の上です.その上位には,ペルム紀(Kungrian: 273 - 283 Ma)の Goose Egg 層 Opeche 頁岩部層が載っています.右の写真で赤褐色に見える地層が Opeche 頁岩部層です.
 驚くべきことは,隕石クレーターは Casper 層砂岩の層理面上に形成されており,その上位層には見られません.つまり...これは最近の時代(数万年前~とか)にこの平原上に落下した地球外天体によって形成されたものではなく,280 Ma より前に Casper 層砂岩が堆積した直後に形成されたものということになります.『化石隕石クレーター』というわけです.そのようなものが古生代の地層の中に保存されていて,しかも現在の地表面にそのまま露出しているという...さすがはアメリカ大陸だな,と思います.日本列島ではまず 100 % あり得ないでしょう.

 もちろんこれらが隕石クレーターだと判断できる理由は,その形態的なこともありますが,Casper 砂岩層などに PDFs (Planar Deformation Features)=“変形ラメラ” を示す石英粒子や抛出角礫岩(ejecta breccia)が認められるということになります.
 ちょっと気になるのは, Kenkman et al. (2002) の言うように堆積直後の未固結~半固結砂層上に地球外天体が衝突した時,その挙動は岩石的なものになるのだろうか?ということですが,なんとも私には分かりません.


  COLUMN 1  

・日本列島には隕石クレーターはあるのでしょうか? 私が学生のころの答えは『存在しない』でしたが,2010 年前後に長野県飯田市御池山(おいけやま)から日本初の隕石クレーターの存在が 報告されています .学会報告等色々ありますが, 坂本・志知(2010)が一番まとまっているものと思われます.

・右図は御池山クレーターの Google Earth 画像(オルソ)です.中央にある扇状の凹地形がクレーターの半分程度が保存されたもので,東側は失われています.直径は約 1.2 km です.この地形だけを見ると変哲の無いもので,なんでそんなこと分かったの?と思うのですが,以前からそれを疑っていた方がいらっしゃったということで驚きます.もちろん衝撃石英を含む様々な科学的証拠が得られており,疑う余地のない隕石クレーターです.その形成は数万年前で,落下した天体の大きさは 50 m 程度と推定されています.

・Google Map/Earth に『御池山隕石クレーター』と打ち込むとちゃんとサイトが出てきますが,クレーターの北側リム上には,見学用駐車場も設置されているみたいで,驚きます.


  COLUMN 2  

・もう一つついでに...御池山クレーターは間違いなく日本唯一の隕石クレーターですが,長野県にはもう一ついわくあるものがあります(ありました).右の図は長野県王滝村にあるシンガハタの池の Google Earth 画像です(右下・道路の手前).これだけ見ると,火山地帯でもあるし,爆裂火口跡なのでは?と思われますが...1990 年代の初めころ,これが隕石クレーターではないかという疑いを持っている研究者がいて,テレビにも取り上げられました.直径は約 40 m と非常に小さなものです.

・そのころ私の趣味で読んでいた雑誌にも取り上げられ,某研究団体支部報でそれを紹介したことがあります.以下は,その再録です.読みにくいですが,あまり大きい声で言えるような文章でもありませんので.


素人が発見した日本最初の隕石クレーター??

 私も実は良く知らなかったのですが,日本国内ではいままで,隕石落下は知られていた(例:有名な気仙隕石)のに,隕石クレーターは発見されていなかったのだそうです.先日,それらしいものの発見がTV(宇宙のことならおまかせ?のTBS)で取り上げられていましたので,紹介したいと思います.
 問題の“クレーター”は,御岳のアバランシュ(岩屑雪崩)で有名になった長野県王滝村の山中の一角にあるほぼ円形の凹地で,現在は湛水した状態になっています.直径はそんなに大きなものではなく,TV画面でみた限りではほぼ 50 - 100 m と見えました.極地研の矢内桂三氏などが引っ張り出されていましたが,実はこの “クレーター” には,信州大の酒井潤一氏が数年前から注目しており,密かに検討を進めていたということで,酒井グループが電探のプローブを差し込んでいるところなどが紹介されていました.“乱入された” 酒井さんの表情は,心なしか複雑なものに見えました.また誰がそう言ったのかは分かりませんが,隕石クレーターである可能性は 70 % 以上,形成時期は約 3000 年前,隕石の大きさは 4 m 前後といった見解が紹介されていました.
 実はこの “クレーター” は,あるバイク雑誌の「林道レポーター」(こんな商売があるなんて知ってました?)という,地球科学に関してはまったくの素人(佐藤信哉氏:その筋では有名人)が仕事(?)で林道を走っているときに見つけたものをTV局に持ち込んだものです.もし本当に隕石クレーターならば,(道路工事中に発見された化石というのは良くありますが)かなり珍しい発見例と言えるのではないでしょうか.雑誌の方にもこの“発見記”が掲載されていましたが,あちこちの専門家を訪ねて喰い下がる “しつこさ” には,なかなか敬服させられました.  1991年3月15日

『素人じゃない人』が発見した日本最初の隕石クレーター?(続報)

 支部報の前号で,長野県の『隕石クレーター(?)』のことを紹介しましたが,その後,やはり隕石クレーターの可能性が高いことが専門家によって裏付けられました.その人は,前号でも触れましたが,信州大学の酒井潤一さんで,5月の地団研総会(のポスターセッション?)で発表されたようです.以下,毎日新聞5月3日付けの新聞記事を参考にして紹介します.
 酒井さんらは,昭和51年といいますから,約15年前に花粉化石を検討するためにこの地域に入り,その際にこの地形(シンガハタの池:直径 50 m)を発見しました.3年前から,材化石の絶対年代測定・電気探査による地下構造の把握を行ない,池の形成が約 3000年前であること,基盤岩(流紋岩)上に約 20 m の深さの衝突クレーターによく類似した形状の凹地形が形成されていること,などが明らかになりました.このことから酒井さんはこの池が直径約 2.5 m の隕石の落下によるクレーターであると結論づけました.
 しかし諏訪兼位氏のコメントにもあるように,高圧鉱物や impact glass などの “物的証拠” が得られていないのがやや弱い点と思われます.今後,磁気探査や重力探査で傍証を固めていくということですので,その結果が期待されます.
 いずれにせよ(うがちすぎかもしれませんが,結果として),地球科学に関しては素人であるマスコミ関係者が動物的な勘でひらめいた仮説をテレビ局まで持ち込んだという事態が,酒井さんらの “公表” を促したようです.こういうところにも “時代” を感じてしまいました.  1991年5月30日


・この話がその後どうなったのかはまったくフォローしてないのですが,ネット漁っても正式な論文・報告はどこにもなくて,非専門家のブログなどで出てくるだけということは,科学的には違ってた,ということなんでしょうね...Google で “シンガハタの池” を検索すると こういうページ が出てくるし,Google Map/Earth ではなんと〔いん石湖〕と但し書きの付いた旗が立ってます.どうも,隕石落下で消滅した村から始まる大ヒットアニメ『君の名は。』で復権したということなのかも?


2023/10/20: 火星の温泉

 またもや火星ネタです.なぜこんなに火星ネタが多いのかは,項末のコラムを読んでください.にしても火星で『温泉』とは...?

 Mars Guy は NASA の Perseverance Mars Rover による Jezero Crater 周辺の調査活動を約2年前から子細に紹介している Youtuber です.プロファイルを見ると,Dr. Steve Ruff, Arizona State University associate research professor となっており,内容から判断される通り,やっぱりと言うか地質の専門家でした.
 彼の動画は,Perseverance によるパノラマ画像を主体としたものですが,先日(2023/10/15)公開された Did Spirit really find hot spring deposits on Mars? では,初代 Mars Rover である Spirit の撮影データに revisit し,興味深い可能性を紹介しています.

 ちょっと復習しておくと,Spirit は僚機 Opportunity と共に 2004 年 1 月に火星に着陸し,2010 年 3 月に活動を停止しました.その間,Opportunity と共に,火星地質学にとって重要な莫大な量の知見を蓄積しています.着陸地点は Gusev Crater の内部で,“流水の痕跡” を探索することが最大のミッションでした(と思います).

 で,Mars Guy が注目したのは,Spirit が Home Plate と呼ばれる台地状地形の上で撮影した,散在する白色の “岩塊” です(下写真).実は Spirit はこの写真を撮った前後に,表面砂層の下に『白色鉱物層』の存在を発見しています.それは,Spirit の後輪の一つがスタックしたため,移動時にそれが地表面を引きずって削り取り,その結果偶然発見されたものでした.その近傍で Spirit によって下の写真が撮影されたというわけです.この白色岩塊は,ガサガサの “雷おこし” みたいなもので,火星表面で普通に見られる岩塊(・破片)とは明らかに違った感じがします.


Spirit が撮影した白色の “岩塊”.©NASA/JPL-Caltech

上写真の中央下部をクロップしたもの.低解像度画像をAI処理で高解像度化・尖鋭化しているためその artefact を含む可能性があるので注意.

 右写真はそのクロップ拡大画像ですが,右側にある黒い岩塊は言うまでもなく発泡玄武岩です.左側の白色岩塊が注目物体ですが,この画像で見る限り pisolitic とでも言うのか小さな粒状体の集合となっていて,火星表面でよく見られる玄武岩質火山岩や堆積岩(砂岩・泥岩)の岩塊(・破片)とはまったく異なった特異な構造をしています.

 これらの白色鉱物は Spirit 搭載の分析装置ですかさず分析され,opaline silica (SiO2nH2O) であることが分かっています (Ruff et al., 2011) ...って,この筆頭著者,Mars Guy その人じゃないですか.


S.W. Ruff, J.D. Farmer, W.M. Calvin, K.E. Herkenhoff, J.R. Johnson, R.V. Morris, M.S. Rice, R.E. Arvidson, J.F. Bell III, P.R. Christensen and S.W. Squyres (2011) Characteristics, distribution, origin, and significance of opaline silica observed by the Spirit rover in Gusev crater, Mars. Journal of Geophysical Research: PlanetsVolume 116.


 Opaline silica は要するに含水珪酸で,少なくとも地球上では珪藻などの微生物の珪質殻以外では,温泉沈殿物や熱水変質物の中に存在するものです.
 Mars Guy (and Ruff et al., 2011) は,これが『温泉沈殿物(hot-spring deposits)』である可能性を指摘しています.たしかに,白色岩塊の構造は,いかにも沈殿物らしい構造をしています.どうやら Mars Guy は,最近のチリへの調査行の際に実際に温泉沈殿物を観察して 2011 年に指摘したアイデアに対する確信を深めたようです.

 それでは,火星に温泉堆積物があったとすると,どういうことになるんでしょうか? まずはその形成タイミングが問題ですが,Ruff et al. (2011) は白色鉱物が “stratiform” だと述べていますので,この台地状部に分布する火山性層序(volcanic ash?)の中に存在するものであり,要するに約 30 億年以上前の形成ということになるのではないでしょうか.現在の火星地表に温泉活動があるということではないと思われます.
 温泉の多くは,地下水(天水)が火山性の熱源と接触して生成するものですから,当時の火星表面に一定程度の地下水が存在しマグマとの相互作用が起きていた証拠ということにもなるでしょう.


Perseverance による露頭表面の酸化被膜.©NASA/JPL-Caltech

 Mars Guy は,もう一つ興味深いものを指摘していますので,ついでに紹介しておきます.右写真は,Youtube 動画 Perseverance exposes a Mars mystery (2023/07/30) で示されたもので,こちらは Perseverance による最新の画像です.
 Perseverance は他の rovers と同じように岩石表面を研磨切削するドリルを備えています.写真左にある円形部がその切削跡です.おそらくデルタ成砂岩でしょう.Perseverance は驚いたことに,砂塵や切削くずを吹き飛ばすブロアーも備えていて,この写真はそれによって露頭表面のダストを吹き飛ばして撮影されています.

 地球で岩石表面を見慣れた私たちは,特に何も感じません.岩石(露頭)の表面というのはそんなもの.しかし,なにしろここは火星です.切削部周辺にある赤褐色の岩石表面被膜は何を意味するでしょうか? 色調からするとおそらく酸化鉄(Fe2O3)か水酸化鉄(FeO-OH)でしょう.空気と水分による風化で岩石表面が(水)酸化鉄の薄い皮膜で覆われただけ...と私は思いました.しかし Mars Guy は,この被膜がなんらかのバクテリアによる “microbial mat” である可能性を指摘しています.

 そう言われてみると,私たちが地球上で普通に見る岩石表面の被膜がすべて無機的に生成したものという保証もないわけで...そうだったの?!という感じがします.
 しかし,もしこの被膜が microbial なものだとすると,その意味は上記の温泉沈殿物とは比較できないほど重大です.なにしろ火星に(微)生物がいた・いる(のどちらなのかは,被膜の形成時期次第)ことを示しているわけですから.

 Mars Guy も "mystery" とだけで,それ以上のことは言ってませんが,さて真相はどうなんでしょうか?


  COLUMN  

・私は,2004 年の Mars Rovers の着陸とそれ以降の地質学的成果に深く感動し,2005 年から学部生向けの講義『現代地球惑星科学概論』のネタとして使わせてもらいました(右図).その時は Spirit/Opportunity でしたが,その後 Curiosity の着陸(2012 年)もネタに加えました.

・しかし,周りからの反応は,あまり芳しいものではありませんでした.“ただの地質屋がなんで火星なんかの話を?” といった感じで.

・私の火星熱はさらに高じ,某試験問題の題材にも使いましたが,同僚スタッフの意見は『このようなものは試験問題として不適切である』(!)というものでした.凹みましたが,その場にいらした宇宙物理学がご専門の Kz教授の『別にいいんじゃない?』という助け舟で無事試験問題にすることができました.

・なぜ私がこれほど火星ネタに入れ込んでいるかというと,下のどこかにも書きましたが,Mars Rovers はまさに『夢中で地質調査を遂行する地質屋』そのものだからです.まだ何も分からない未開の地質フロンティアを地質調査ツールを手に日夜彷徨う...地質屋のロマン(死語)そのものではないでしょうか.おまけに Mars Rovers は我々地質屋の夢とも言える『その場(in situ)分析機器』を搭載しているのですから,なおさらシビレます.

・それにしても 2005 年当時の講義スライドを見て我ながら驚くのですが,今まさに Perseverance が精力的に調べまくっている Jezero Crater 内部の(鳥趾状 bird's foot)デルタ地形に私は既に気付いていたということです(2枚目スライドの左下).当時の NASA 情報に基づく認識だったかどうかは不明ですが,たしか火星周回衛星の測地データをカシミール3Dで表示してあれこれ探索した結果だったような記憶も.


2023/10/06: ペトスキー石

Petoskey Stone.Wikipedia による.David J. Fred (Dfred) 撮影のものを編集したもの.

 この “石” のことは,Youtube 動画で以前からなんとなく知っていたのですが,飛ばし見していたせいか良く把握していませんでした.今回,ある Youtube 動画(後述)を視聴したのを契機としてちょっと調べてみたら,なかなか興味深かったので,ご紹介したいと思います.

 ペトスキー石(Petoskey Stone)は単なる石ではなく,れっきとした化石です(右写真).見るとすぐに分かりますが,群体サンゴ化石です.


湖岸で拾える Petoskey Stone.Pixabay の無料画像(by WOKANDAPIX)を編集したもの.

 五大湖の一つミシガン湖の湖岸で礫としていくらでも採取できるもので(右写真),Petoskey というのは北東湖岸にある市の名前です.

 これが一体いつの時代の化石なのか,地質屋ならまず第一に気になることですが,Youtube 動画にはなかなかそういう話が出てきませんのでやきもきします.
 Wikipedia や Milstein (1987) によると中部デボン系の Traverse Group から由来したものとなっています.


Milstein (1987) Middle Devonian Traverse Group in Charlevoix and Emmet counties, Michigan. Geological Society of America Centennial Field Guide - North-Central Section.


 湖岸にこれだけのペトスキー石が転がっているということは,ごく近傍にその大規模な母岩露頭があるはずです.Bose et al. (2011) を見ると,ミシガン湖の北東岸からヒューロン湖の北西岸にかけて Traverse Group の露出が連続しており,石灰岩採石場も多いようなので,それが母岩でしょう.しかし,露頭写真のようなものは見つけることができませんでした.
 ペトスキー石の母岩層は,Traverse Group の中の Gravel Point Formation で,薄い頁岩を挟む石灰岩からなる地層です.石灰岩中には biohermal な部分があるという記載があります.


Bose, R., Schneider, C.L., Leighton, L.R. and Polly, D. (2011) Influence of atrypid morphological shape on Devonian episkeletobiont assemblages from the lower Genshaw formation of the Traverse Group of Michigan: A geometric morphometric approach. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 310, 427-441.


Close view of Hexagonaria percarinata, a Devonian rugose coral from Michigan. From Wikipedia by Wilson44691.

 ペトスキー石は,化石名としては Hexagonaria percarinata というもので,四射サンゴ(Rugosa or Tetracorallia)亜綱に属するものです.
 Youtube 動画『Finding and Polishing Michigan's Most Popular Stone! Petoskey Stone Paradise』などを見ると驚きますが,ミシガン湖岸をただぶらぶらと歩くだけで,3億5千万年前のこんな見事な化石が無数に拾えるわけで凄いなと思います.しかしそれだけなら程度問題ということで,他にも地球上にそういうところはあると思うし,そこまでの話でしょう.

 まず驚くのは,このペトスキー石がミシガン州の『州の石(state stone)』になっているということです.日本でも, 県の石 が 2016 年に制定されていますが,日本地質学会が制定したもので,いわば『下達』っぽいものです(失礼).ペトスキー石が州の石に制定されたのは 1965 年のことで,その経緯は分かりませんが,なかなかの歴史があります.
 なお Wikipedia によると,アメリカの state (gem-)stone/rock の中で化石は(ミシシッピ州とテキサス州・ワシントン州の珪化木を除くと)ペトスキー石以外は西バージニア州のサンゴ化石だけです.日本の『県の石』では化石カテゴリーが設定されていますが.


A polished Petoskey stone. From Wikipedia uploaded by Rmhermen.

 次に驚くのは,ペトスキー石が少なくともミシガン州では社会的にも広く認知されていることです.Antrim 郡では『ペトスキー石フェスティバル』が毎年行われていてその独自ドメインがあったり, 完全ガイドブック まで刊行されていて Amazon で入手できます.あと,e-bay などのオークションサイトにも,ポリッシュされたペトスキー石(右写真)の膨大な出品があり驚きます.

 日本でも,こういった “地質オブジェクト” に対してそういうノリが付与されているところもないわけではないと思いますが,なんかやっぱりすごいです.

 Youtube で地質関連の動画を見ていていつも思うことですが,アメリカはやはり国土の規模も大きくて,植生や地形などの点で『地質オブジェクト・現象』の見え方が違うな...と.グランドキャニオンとかロッキー山脈とかユタ州の陸成中生層とか...私の知っている世界のように,どこか沢の中に入って露頭掘り出してやっとなんか見えるとかいうのではなく,ドライブウェイを走っていても目の前一杯に地質現象がドカーンと.そうなると,地質研究者以外の一般市民でも嫌が応にもそれに対する情報・知識が中に入ってくるのではないかと思われます.Youtube でペトスキー石(だけじゃないですけど)の採集動画で一般の市民が楽しんでいるのを見て,そういうことを思ってしまいました.

 ちなみに,ミシガン湖畔での “石” 採集のもう一つの定番は『メノウ(agate)』です.一般市民が趣味で(?)ダイアモンドカッターとか連装グラインダーを駆使しているのを Youtube で見ると,感心すると同時に少し複雑な気も.日本国内にもそういう方々がいらっしゃるのでしょうか?


付記: その後,『We Found Petoskey Stones and 350,000,000 Year Old Fossils EVERYWHERE in Lake Michigan! -by PaleoCris』という Youtube 動画 を見て,以下のことが新たに分かりました.

 ・実はミシガン湖畔の湖底(の前浜部)に Traverse Group の化石含有層(石灰岩)が広く露出していて,それが Petoskey Stone のオリジンとなっている.ほぼ水平層.
 ・当然なことであるが,その中には coral の他に brachiopods, bivalvia, gastropods, crinoids などの多様な化石が多量に含まれていて,シュノーケリングすれば素手でボロボロと採れる.
 ・つまり Petoskey Stone は河川運搬礫ではなく wave action による摩耗産物.
 ・Petoskey stone の他にも "Charlevoix Stone" というものがあり,こちらは favositids 化石.

 なおこの方々(若いカップルですが)は,『真っ暗な夜のミシガン湖畔でUVライトを使って fossil hunting をする』という意表を突いたこともしています.これにはさすがに驚きました.



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