山々の風景(道内編)

川村信人(札幌市清田区在住)

はじめに

 このページは,『札幌周辺から見える山々』からスピンオフしたものです.札幌以外のアイテムは付録みたいな感じで入れていたのですが,あれこれやっているうちにそれが増えていき...結局別ページにまとめることにしました.内容的には,むしろこちらが本家とも言うべきものです.
 なお『道内編』とタイトルされていますが,道外や海外の山々編が追加されることはおそらく未来永劫無いでしょう.

 なぜ地質屋である私がこれほど山々にこだわっているかというと...あちこちに書いているのでくどいですが,言うまでもなく『山は例外なく地質プロセスで形成される』ものだからです.そういう観点で,山々の『地質学的背景』も,必要十分の範囲ですが加えていきたいと思います.地質学的背景は,メニュー項目の先頭に G マークが付いていて,ページ読み込み時には非表示ですが,見出し横のボタンで表示されます.なお,メニューボタンのバーからジャンプした時は自動的に表示されるようになっています.

 以下では,私がこれまで遭遇した北海道の山々とその写真を紹介していきます.ただし,これらのほとんどがそうなのですが,あらかじめこういうページに紹介するつもりで撮影したものではないので,中途半端なものになっているものもあります.気持ちだけで実際の写真がまだゲットできていないものも多いですが,それらは Under Planning アイコン付きで注記しています.


※ 本アーティクルで掲載している山の写真にはピーク名が示されています.その大部分は,カシミール3Dにより表示されたものと,それをベースに多少の地図上探索を行った結果です.私の山に対する経験や知識(のようなものは無いのですが)を基にしたものではありません.したがってそれらのピーク名表示には,間違っているものを含んでいる可能性があります.


日高山脈

 地球科学的にも重要な意味を持ち,さらに最近は国立公園にも指定されている北海道の脊梁・日高山脈ですが,不思議なことに私自身はそれを捉えた写真をほとんど持っていません.一つには,日高山脈の西(=札幌)側には,東側の十勝平野のような隣接した広い平野部がないため,間近に一望できるロケーションがほとんどないことがあげられるでしょう.それに,最高のロケーションである十勝平野は札幌から遠くて,しかも午前中に撮る必要がある...

 ここでは,これまでにいくつかゲットした日高山脈の山容写真と,カシミール3Dによるシミュレーション景観図を紹介し,最後にプレート衝突山脈である日高山脈の地質について簡単に紹介したいと思います.


インデックス

 私はこれまで日高山脈の写真をいくつかの地点から撮影し,そこに写っている山の名前をカシミール3Dで確定してなるほどと納得してきたのですが...実は,それらが要するに日高山脈のどこにあるのかをよく認識していませんでした.例えば,山脈の最高峰・幌尻岳は “山脈の中央” 付近にあると思い込んでいました(!).これではいけません.あらためて山脈の全貌というか主要な山の位置をインデックス図としてはっきりさせることにしました(下図).


日高山脈のインデックス.カシミール3Dによる高度 40 km から視程 85 km の超ワイド垂直俯瞰図(“small planet”).南北方向を約 20度時計回りに回転している.像面湾曲によりスケールを示すことはできないが,佐幌岳-豊似岳の直線距離は 127 km.山名は主要なもののみを示している.南部日高などの区分については本文参照.区分の境界(付近)にある山名はマゼンタ色文字にしてある.マウスオーバーで区分説明を消去したものを表示する.

 北部-中部-南部日高(山脈)といった区分ですが,公式あるいは一般に認められているものは存在しません.ここでは,Wikipedia を参考にして,以下のように恣意的に決めてみました.
北部日高:エサオマントッタベツ岳以北.
中部日高:カムイエクウチカウシ山-ペテガリ岳の間.
南部日高:神威岳-豊似岳の間.

 南部日高の南端部は広尾岳の南で南東に向きを変えて太平洋に没しているように見えますが,実際は南西側へも分岐して豊似岳に繋がり断ち切られています.これについては 日高山脈南端 をご覧ください.なおアポイ岳は山脈の軸から完全に離れていますが,地質学的には日高山脈の重要な一部です.

 北部日高は狩勝峠を越えて佐幌岳付近までは連続するものと思われますが,よく分からないので点線で示しています.上記 Wikipedia ではその北方の稚空知(しいそらぷち)山までが日高山脈に含まれています.その北側は十勝岳火山群の噴出物に覆われています.北部日高の形状は,直線的な中部・南部に比べてやたらジグザグに見えます.これが地質・地形学的になにか意味のあるものか,あるいは単にたまたまそうなっているだけなのかは不明です.

 以下では,このインデックス図を参照して山名を対比しながら読んでいただければと思います.


(2026/03/15 追加)


日高山脈ビューサイト

新ひだか町から

 下の写真は私の持っている唯一の(!)日高山脈の神々しい姿を捉えた写真です.日高海岸側・新ひだか町三石からの景観ですが,中部日高から南部日高にかけての部分が見えています.晩秋~初冬初冠雪の日高山脈の白さが秋の青空に映えて鮮烈です.
 マウスオーバーで山名を示しますが,日高山脈ばかりか山一般に詳しくない私ですので,間違っているかもしれません.特にヤオロマップ岳から 1839峰のあたりはピークの前後関係が複雑で,なかなか判断が難しいです.“1550 m ピーク?” としたものの後ろ側にコイカクシュサツナイ岳が隠れているようです.


新ひだか町三石・ 社万部山 からみた中部~南部日高山脈.2002年10月撮影.焦点距離 32 mm.パノラマ合成ではなく,写真の一部をクロップ拡大したもの.マウスオーバーでピーク・山名を表示する.

清水-芽室町から

 芽室町の道東自動車道十勝平原SAからの北部日高山脈です.雲の状態があまり良くなく,剣山から南は隠れていて見えませんでした.その右側のピパイロ岳も雲の中で見えず,芽室岳も少し雲がかかっています.しかしそこから北側,ペケレベツ岳から狩勝山にかけての景観は素晴らしいものでした.日勝峠の鞍部もはっきり見えています.
 上の美蔓パノラマパークには午後になって立ち寄ってみたのですが,雲が広がっているばかりか太陽の方向も悪くて,まったく全然でした.自然を相手にするのは,なかなか難しいです.

芽室町 十勝平原SA から見た北部日高山脈.焦点距離 100 mm 撮影写真を7枚合成.2025年1月撮影.

美曼パノラマパークから見た北部日高山脈の一部.中央右の冠雪ピークがペケレベツ岳(1531.8 m)と思われる.焦点距離 120 mm.2023 年 5 月撮影.

 下に示したのは,日高山脈東側からの代表的なビューポイントである美蔓(びまん)パノラマパークから見た日高山脈の景観図です.このポイントは私は何度か訪れているのですが,観光なので日高山脈の姿をきっちり捉えるということが頭になく,単発写真は撮っていますが(右写真),少なくともその名の通りのパノラマビューはまだゲットしていません.
しかし美蔓から見る日高山脈は,景観図を見るとお分かりのように,その北半部(いわゆる北部日高)に過ぎません.南部日高のパノラマビューをゲットできる場所はいろいろ探索しているのですが,まだ見通しが立っていません.帯広市街地や更別村あたりが有力なのかも?
 いずれにせよ,残雪あり・午前中早くとか条件が多くて成算はあまりないのですが,これからの話ということになります.

清水町 美蔓パノラマパーク から見た北部日高山脈景観図.カシミール3Dにより作成.焦点距離設定:10 mm.

帯広市街から

 帯広市街地周辺は中部~北部日高山脈の良好なビューポイントですが,もろに市街地だと建物等でなかなか良いビューが得られません.某ホテルに宿泊した時の朝食時に上階レストランの窓から非常によく見えたことがあるのですが,残念ながらカメラを持っていませんでした(!).
 下のカシミール画像は,市街地西部にある帯広の森の中に設けられた人工の山・もりの山からのビューで,遮るものはありません.私はもちろんここは行っているのですが,その時は雲が多かったのともろに逆光でまったく写真が撮れませんでした.いずれ再挑戦してみたいと思います.
 なお,中央部付近・妙敷山のすぐ左に最高峰・幌尻岳がかろうじて見えています.カシミール3Dの可視マップ機能で確認してみたところ,日高山脈東側の平地から幌尻岳が見えるのは,帯広市街地からその南側にかけての場所だけでした.南方の更別村などからは手前の稜線に隠れてまったく見えません.ちょっと意外でしたが,要するに幌尻岳が日高山脈の軸から少し西に外れているためで,札幌を含む山脈西側平地からはどこからも見えます.

帯広市帯広の森・もりの山から見た中部~北部日高景観図.カシミール3Dにより作成.焦点距離設定:10 mm.

更別村から

 上にあげたパノラマ写真は,剣山から北側の北部日高山脈を捉えたものですが,中部~南部日高山脈のビューポイントはどこにあるのでしょうか? 実際にはまだ押さえていませんが,カシミール3Dでシミュレーションをしてみた限りでは,距離も少しとれる更別村あたりが最適なのではないかと考えています.下の景観図は,地図上で適当に設定したポイントからのもので,実際にこのような景観が得られるかどうかは,現地に行って見るまでは分かりません.いずれ機会を見てトライしてみようと思っています.

更別村 さらべつカントリーパーク付近 から見た中部~南部日高山脈景観図.カシミール3Dにより作成.焦点距離設定:10 mm.

浜大樹から

 更別村付近からは,日高山脈の南部~南端部は視線が斜めになって少し “詰まって” います.もう少し南に行く必要があります.幸いに日高山脈は南北ではなく南南西に向いていますので,海上に出なくても十勝平野南岸部からストレートに見ることができます.
 下の図は,浜大樹(はまたいき)の海岸から見た日高山脈南部~南端部の景観画像です.楽古岳~豊似岳という南端部を捉えるにはこれしか無いでしょう.どこもそうですが,日高山脈を東側から撮るには,逆光にならない朝方~午前中早くか曇り(overcast)の時しかありません.札幌の人間にはなかなかハードルが高いし,浜大樹まで行くにはたとえ帯広に泊まっても...とりあえず Under Planning にしておきます.

大樹町 浜大樹海岸 から見た日高山脈南部~南端部景観図.カシミール3Dにより作成.焦点距離設定:20 mm.

※ それにしても日高山脈には同じような名前のピークがいろいろあり,私のような詳しくない人間には大混乱です.豊似岳-トヨニ岳,幌尻岳-十勝幌尻岳,神威岳は全然別の場所に二つあるようだし,十勝岳(!)などというのもあるんですね.


襟裳岬から

 下の写真は,あまりに有名な観光スポット・襟裳岬の突端付近から見た日高山脈の南端部です.豊似岳(1,105 m)が事実上の日高山脈の南端峰というところでしょう.日高山脈は豊似岳の向こう側に続いているわけですが,この角度からはまったく見えません.


襟裳岬 から見た日高山脈南端部パノラマ.焦点距離:82 mm で撮影した3枚を合成.2005 年 10 月撮影.
襟裳岬から見た日高山脈南端部・豊似岳周辺.焦点距離 82 mm.2005 年 10 月撮影.段丘面については下の『日高山脈南端』を参照.

 右の写真は,豊似岳周辺が分かりやすいように上のパノラマの一部を切り出したものです.
 オキシマップ山-豊似岳-観音岳から南(手前)側には,もはや日高山脈は続いておらず,何段もの海岸段丘面(豊似面・ヤンケベツ面・小越面)が広がっています.これらについては下の『日高山脈南端』にもう少し詳しく記述しました.


苫小牧側から

 これは最近気付いたのですが...ウトナイ湖畔からふと東の方を見ると,白い冠雪の山並みがくっきりと見えています.夕張岳の周辺でも見えているのかな?と家に帰ってカシミール3Dで確認してみて驚きました.日高山脈の中央部というか,幌尻岳を中心とした部分がそのまま見えていたのです(下図).
 もちろん 札幌からも見える わけですから,苫小牧周辺から見えていて何の不思議もないというか,むしろさらに良く見えるはずです.しかし,今までなぜかそれを意識したことはありませんでした.この時は望遠レンズを持っていなくて,しかも夕張岳あたりかと思っていたので,写真を撮りませんでした(!).そのうち視程の良いときに挑戦してみたいと思います.

苫小牧市 ウトナイ湖畔 から見た日高山脈景観図.カシミール3Dにより作成.焦点距離設定:42 mm.手前の水面がウトナイ湖.

ヘリコプターからの空撮

 下に示す3枚の写真は地上から撮ったものではなく,某公共ヘリコプター搭乗時に撮ったものです.その目的はもちろん写真撮影ではなく防災点検なのですが...点検場所に到着するまでは自由待機時間ということで.撮影高度は下に述べるようにたかだか 500 m 程度なので,手前の平地の見え方は別としても,山脈そのもの見え方は地上から撮った写真とあまり違いがありません.しかし日高山脈は東西どちらもそうですけど,ノーマルなアクセス可能場所で山脈を眼前に見る事ができるところはほとんど無いので,貴重なショットではあります.
 ただし,これらの写真を撮った場所・高度は正確には分かりません.ハンディGPS を起動してトラック・ログを取ったフライトもあるのですが,この時はやってません.したがって,その場所と高度は,カシミール3Dでシミュレーションしながら『このへんだろう』と推測しただけで,不正確なものです.
 上記トラック・ログによると,ヘリコプターの巡航高度は 500 - 600 m,速度は 200 - 230 km/h でした.ヘリコプターの巡航速度というのは,見かけとは全然違って非常に速いものです.前からくるヘリコプターと一度すれ違ったことがあるのですが,その対向速度(400 km/h over!!)はインディ500 並みの怖ろしいくらいのものでした.被写体を見つけてカメラを構えているうちに通り過ぎてしまう,ということも普通です.
 この撮影時は高気圧に覆われ天候が良かったのですが季節的なこともあり,エアロゾル(黄砂?砂塵?)の影響でカスミがひどくて,写真のコントラストは最低でした.ここで掲載したものは,RAW ファイルからトーンマッピングその他により大幅にレタッチしたものです.なんとなく黄色みがかっているのはそのせいかもしれません.


ヘリコプターから見た日高山脈.上:更別村更別市街上空 500 m から.焦点距離 110 mm.中:幕別町忠類市街北方上空 500 m から.焦点距離 60 mm.下:広尾町豊似上空 500 m から.焦点距離 85 mm.いずれも 2014 年5月撮影.

 写真右上は,更別市街付近上空から見たカムイエクウチカウシ山(1979.2 m)周辺の中部日高北端部です.この部分にはいくつもピークが見えるのですが,そのほとんどは無名ピークです.トヨニ岳というのは山脈南端の豊似岳とは別物です.右端の 1760 m ピークの右に見える冠雪部のすぐ右にエサオマントッタベツ岳(1902 m)があるはずですが,撮った時気づいていなかったのか,残念ながら写真にはぎりぎり入っていません.

 写真右中は,忠類市街北方上空から見たピリカヌプリ(1630.6 m)を中心とした南部日高北端部です.1493 m ピークは孤立した形の良いピラミッドピークですが,なぜか国土地理院地図では無名ピークとなっています.そういう例は珍しくはないのですが,なにか通称があるのかもしれません.

 写真右下は,豊似上空から見た楽古岳(1471.4 m)を中心とした南部日高中央部です.手前に野塚川が見えています.それにしても楽古岳の整ったピラミッド・ピークには惚れ惚れします.ピリカヌプリもそうですが,もしかすると日高山脈で随一のものかもしれません.十勝岳というのは紛らわしい名前ですが,もちろん私たちがよく知っている十勝岳火山とは別物です.山脈の手前に薄い青霞が漂っているのが印象的です.


(2026/03/15 再構成・加筆)


Geology: 日高衝突山脈

地形特徴

 日高山脈は今さら言うまでもなく,北海道の中央南部に南北方向に伸びる北海道の “脊梁(・脊稜)” です.下の画像は,それをバーチャルに可視化したもので,日高山脈を日高門別沖上空 10,000 m から俯瞰したカシミール3Dのシミュレーション画像です.北海道の真ん中に伸びる直線的な衝立というか壁のようなその姿は実に印象的なものです.このレベルになると,このような俯瞰を自分の眼で見るというのは我々一般人には通常の手段では不可能でしょう.


※ もしかすると旭川空港発着便なら可能なのでしょうか? 国内線ジェット旅客機の巡航高度は 8,000 m 前後のはずです.ANA サイトで調べてみると名古屋-旭川便はもろに苫小牧上空を通過しますが,その時の高度は分かりませんでした.仮に 8,000 m 程度であっても,言うまでもなく視程や雲高は大敵で,こういった俯瞰が実際に可能とは思えません.ましてや 20,000 m ともなると...Wikipedia には ISS(400 km 上空)から見た日高山脈が掲載されています.そういう手しか無いのかもしれませんが,一般人にはやはり無理です.


日高門別沖上空 10,000 m からの日高山脈俯瞰シミュレーション.カシミール3Dによる.マウス・ホイールでズームイン・アウトする.

 この俯瞰画像には,単に直線的な脊梁山脈というだけではなく,その周囲に興味深い地形的特徴がいくつか見えています.しかし,俯瞰高度がそれほど高くないので,見通しはあまり良くありません.視点を少し後ろに引き,俯瞰高度を上げて 20,000 m まで上昇すると,見通しはかなり良くなります(下図).


苫小牧市勇払上空 20,000 m からの日高山脈俯瞰シミュレーション.カシミール3Dによる.マウスオーバーで,後述するテクトニクス的な性格を表示する.

 もっとも印象的なのは,日高山脈の前面(日高海岸側)に発達する河川群です.手前から;鵡川(むかわ)・沙流川(さるがわ)・厚別川・新冠川(にいかっぷがわ)・静内川・三石川・鳧舞川(けりまいがわ)・元浦川・日高幌別川などです.これらの河川は,いずれも日高山脈あるいはその前面の山地に源を発しています.もっとも長大なのは日勝峠(1106 m)に源流を持つ沙流川で,河口までの直線距離は約 80 km です.また,特に印象的な広い沖積・流路を持つのは新冠川と静内川で,前者の源流は山脈最高峰の幌尻岳付近です.新冠川の河口から源流までの直線距離は約 50 km となっています.これらの河川は,その南東側ほど流路長が短くなっています.日高山脈と日高海岸線が大きく斜交しているためですが,その理由は不明です.

 もう一つ印象的なのは,日高山脈背後に広がる広大な十勝平野です.あとに述べるように,十勝平野は活断層で縁取られた “構造盆地” です.一方,山脈の手前側には,山地が広がっています.このことは,日高山脈の東西で地形特徴がまったく非対称になっていることを表しています.つまり...

東側: 山脈の東麓部が狭く(20 km 以下),十勝平野に接している.十勝平野の北側には,大雪-十勝火山群をはじめとした火山帯が東西に伸びている.

西側: 山脈西麓部には急峻な山地が広く(30 km 前後),さらにやや低平な広い山地が接する(幅 30 km 前後).それらの山地を切って数十 km の流路長を持つ前縁河川群が流下し太平洋に注いでいる.

 こういった非対称性は,日高山脈を形成した大規模なプレート衝突を表現するものと言えます(後述).


地質分布

日高山脈の地質分布と “プレート境界”.地質図は産総研シームレス地質図による.背景は地形陰影図.マウスオーバーで “プレート境界” を表示する.青枠内は,後述する日高主衝上断層の記述地域.

 左図は,日高山脈を構成する地質ユニットの分布を示したものです.日高山脈の中心部を構成するのは日高深成変成岩類(以下,“HPMC: Hidaka Plutono-Metamorphic Complex” と表記)と呼ばれる,片岩・片麻岩などの珪長質変成岩類と珪長質~苦鉄質深成岩類です.これらは一般に下部地殻を中心とした地下深部で生成したもので最下部に上部マントルの超苦鉄質岩類を含みます.HPMC の上位(東側)には,中の川層群などと呼ばれるおもに古第三紀暁新世~始新世の付加コンプレックスが分布します.“中の川層群” は日高変成岩類の上部に連続すると考えられています.HPMC・“中の川層群” は全体として東上位の地殻シーケンスを構成しています.
 メナシュンベツ川地域以南では HPMC の構造が大きく変化しています.地域以北のほぼ南北方向の直線的な分布とは異なり,東西方向に分布が膨らんでいます.この部分には低角構造が卓越し北傾斜の衝上断層群も認められます(『20万分の1広尾図幅』改訂版).一方,南北に直線的な分布は ESE 方向に湾曲して広尾南方の海岸で太平洋に接しています.一見すると両者は構造単位が異なっているようにも見えますが,専門的な詳しいことは分かりません.

 HPMC の西縁は日高主衝上断層(後述)で境され,その西側にはポロシリ・オフィオライト(Poroshiri Ophiolite:以下,PROP と略記)と白亜紀付加体が接しています.白亜紀付加体の上位(西側)には白亜紀前弧海盆堆積体である蝦夷層群が分布します.これらは構造は複雑ですが全体として西上位の海洋プレート+島弧-海溝系地質体のコンプレックスを形成しています.

 つまり,日高主衝上断層を境として異なる二つの地質体シーケンスが “背中合わせ”・非対称に分布しています.既に述べた日高山脈とその周辺における地形の東西非対称性は,この地質体分布と密接に関係しています.
 この “二つの地質体シーケンス” は,新第三紀中新世(1500 万年前)頃から進行した北米プレートとユーラシアプレートの接合を表しています.日高山脈はその結果形成された『プレート衝突山脈(Plate-collision Mountains)』です.

 なお上の図で『◯◯プレート“側”』と表記しているのは,二つのプレートの境界がその後日本海中部にジャンプしており,現在の日高山脈がそのプレート境界となっているわけではないからです.現在の北海道は,その全体が北米プレートに属しています.


日高主衝上断層

 “日高主衝上断層(Hidaka Main Thrust)” は上に述べたように二つの大規模なプレートの境界断層で,東傾斜の逆断層です.しかし,それを実際に露頭などで視認できる場所は非常に限られています.日高山脈の地質に関する最近の巡検案内書である小山内ほか(2007)でも,日高主衝上断層の見学ポイントでは “露頭欠如” で実際には確認できないとされています.
 なお,日高主衝上断層を命名定義した原典は,私にはいまだに見つけることができません.小山内ほか(2007)でも,引用なしでこの用語が使われています.


“日高主衝上断層” とされる露頭.様似町日高耶馬渓付近.2014年撮影.

 右の写真は,私的・北海道地質百選『“日高主衝上断層”』で紹介した様似町日高耶馬渓付近の日高主衝上断層とされる露頭で,日高主衝上断層の最南端部にあたる部分です.
 この露頭では,PROP のメンバーである変ハンレイ岩の上位に HPMC 最下部の超苦鉄質岩(蛇紋岩)が,おそらく東傾斜の断層関係で接しています.露頭の向こう側が東です.したがって論理的にはこの断層が日高主衝上断層ということになりますが,主衝上断層そのものを見ているかどうかは正確には不明で,派生断層の一つとする見方もあるようです.
 今のところ,これが我々が普通にアクセスできる日高主衝上断層の(可能性がある)唯一の露頭です.論文・報告書等に他地域での露頭写真・スケッチ等の記載例があるのかもしれませんが,私はまだ見つけていません.日高主衝上断層の位置をカバーする5万分の1地質図幅として『千呂露』『幌尻岳』『イドンナップ岳』『札内川上流』『神威岳』『楽古岳』『幌泉』がありますが,いずれも具体的な露頭記載はありません.

 下の山岳写真は,北海道総合地質学研究センター・宮下純夫氏のご提供による幌尻岳山頂付近から戸蔦別岳方面(北方向)を見たものです.この写真には,戸蔦別岳頂上西側直下の斜面に岩相境界(・露頭線)として,日高主衝上断層がはっきりと見えています(赤点線).北戸蔦別岳の手前に描いた断層線は『幌尻岳』図幅を参考に適当に描いたもので,実際それが見えているわけではありません.
 Google Earth や国土地理院による空中写真,またネットに溢れている戸蔦別岳の写真を漁ってみましたが,このようなものを見つけることはできませんでした.季節や陽光の差し方などの要素があると思いますが,きわめて貴重なショットだと思います.地質学的なものは地質学的な眼でないと見えないということでしょうか.戸蔦別岳手前の稜線は左に少し湾曲して見えますが,この右下方が有名な七ツ沼カールです.


幌尻岳山頂付近から見た戸蔦別岳山頂直下の日高主衝上断層.写真は北海道総合地質学研究センター・宮下純夫氏による 1971年撮影のもので,AI 処理により復元強化されている.戸蔦別岳の右背後には芽室岳が見えるはずだが,雲で隠されている.マウスオーバーで断層と地質体の説明を表示する.日高主衝上断層の位置などは宮下氏のご教示による.

 主衝上断層は黒っぽい層状部(破砕帯?)の下を走っており,その下位が PROP 最下部のカンラン岩,上位が HPMC 下部の黒雲母片麻岩です.
 断層面は緩く東に傾斜しているように見えますが,走向が不明なので偽傾斜なのかもしれません.幌尻岳との間の稜線の東側では影になっていて連続性はあまり良く分かりませんが,??マーク付き点線のようになっているようにも見えます.もしそうだとすると,45度程度の東傾斜ということかもしれません.『幌尻岳』図幅では片麻岩類の層状構造は 40-50 度東傾斜になっているのでそれと整合的とも言えます.
 戸蔦別岳~中トッタベツ稜線の西斜面の PROP の片状角閃岩中には,不明瞭ですがカンラン岩の露出下底と平行な層状構造らしきものが見えています(緑点線).カンラン岩と角閃岩の境界が実際どこになるのかは不明です.PROP は全体が逆転していて,見かけ上位のカンラン岩が最下底部です.


浦河町メナシュンベツ川地域の地質分布と日高主衝上断層.地質図は5万分の1地質図幅『楽古岳』(鈴木ほか,1959)による.マウスオーバーで断層と地質体の説明を表示する.

 日高主衝上断層が実際に衝上断層(=おおむね20度以下の低角逆断層)なのかどうかについては,専門外の私にとっては分からない点があります.各種地質図幅を参照してみると,この断層面が低角と思われるのは『楽古岳』図幅のメナシュンベツ川~ニオベツ川地域だけです(左図).記載や断面図が示されていないので傾斜は不明ですが,地質図での分布形態を見る限りでは 45 度前後の東傾斜かと推察されます.その他の部分では,地質図幅の断面図で判断する限りは,すべて 60 - 80 度前後の高角東傾斜の逆断層です.唯一の例外は,上述の戸蔦別岳~北戸蔦別岳西麓部の断層境界で,『幌尻岳』図幅の地質分布を見る限りでは 20 度以下の低角東傾斜の部分があると思われますが,断面図や記載はありません.
 部外者の勝手な憶測(邪推?)ですが,研究初期に醸成された “衝上断層ありき” の雰囲気が,個別記載なしでそのまま継承されてしまったのではないかと...あるいは当時の衝上断層の定義が現在のそれとは多少違っていたのかもしれません.
 もちろん,現在の地表での日高主衝上断層が高角であっても,地下深部でどうなのかは分かりません.伊藤(2000)は,深さ 20 km 前後の下部地殻部分でほぼ水平に二つに剥がれた(delamination)千島弧地殻の上半分が,高角傾斜で地表に現れているように図示しています(『活断層の諸問題』ページの 胆振東部地震震源と北海道の深部地殻構造の図 参照).

 このメナシュンベツ川地域の地質分布には,もう一つ重要な点が表現されています.既にお分かりと思いますが,実は日高主衝上断層の位置(・定義)は,1950-60 年代と現在とでは大きく変更されています.しかしその変更の経過は私のような部外者にはよく分からない点があります.以下には,細かいことはさておいて(?)要点のみを書き,それぞれの正確な原典引用は(論文じゃないので)省略させていただきます.

 ① 当初(1950-60 年代)は,おもに図幅での扱いになりますが,日高深成変成岩類(HPMC)はその西縁部に露出する苦鉄質変成岩類(=“日高変成帯西帯”)を含んでおり,苦鉄質変成岩類とその西側に分布する “日高累層群” との境界が日高主衝上断層とされていました.
 ② その後,西帯の苦鉄質変成岩類は『ポロシリ・オフィオライト(PROP)』として HPMC から分離され,その境界が日高主衝上断層,PROP と “日高累層群” との境界は日高西縁衝上断層と再定義されました.
 ③ “日高累層群” はその後空知-エゾ帯の白亜紀付加体=イドンナップ帯とされています.したがって,PROP は,白亜紀付加体を形成した沈み込みに伴ってユーラシア・プレート側に付加した海洋プレートの断片(の変成部)ということになります.

 ここで傍から見ていてちょっと分からないのは,超苦鉄質岩の帰属問題です.HPMC の最下部にも,PROP の最下部にもそれぞれ超苦鉄質岩があるので,そのままでは両者の境界を超苦鉄質岩のどちらに引いたら良いのか分かりません.実際,例えばの例ですが;
 ① 幌尻岳周辺の超苦鉄質岩体は PROP,そのすぐ南に分布する超苦鉄質岩体は HPMC に属し,それぞれの最下部地質体とされている.したがって,主衝上断層はその2つの露出の間を斜交している.
 ② メナシュンベツ川周辺の超苦鉄質岩体は,20万分の1地質図幅『広尾』改訂版では PROP に,産総研シームレス地質図では HPMC に属するものとして塗色されている.
...といった例が見られます.多分,岩石学的な何らかのシグネチャがあって HPMC/PROP の区別が可能なのかもしれませんが,門外漢にはまったく不明です.


小山内康人・大和田正明・豊島剛志(2007)日高衝突帯下部地殻の岩石構成と変形運動.地質学雑誌,113,補遺, 29-50.

鈴木 守・橋本誠二・浅井 宏・松下勝秀(1959)5万分の1地質図幅説明書『楽古岳』.北海道開発庁,63p.

橋本誠二・鈴木 守・小山内 煕(1961)5万分の1地質図幅説明書『幌尻岳』.北海道立地下資源調査所,46p.

伊藤谷生(2000)日高衝突帯-前縁褶曲・衝上断層帯の地殻構造.石油技術協会誌,65,103-109.


テクトニクス

 今まで述べてきたことを,そのテクトニクスを念頭にして地形陰影図上に概念的に表現してみると下図のようになります.


日高山脈周辺の地形とテクトニクス.背景地図は国土地理院による地形陰影図に傾斜量図をオーバーレイしたもの.マウスオーバーで地形・テクトニクスの解釈を表示する.解釈の位置・範囲などは正確なものではない.活断層は産総研活断層データベースの活動セグメントを断層と表記したもの.幅のある活断層帯については,一本の点線に簡略化している.

 既に述べたように日高山脈は西に張り出した弧状形態を示し,その背後(東側)に十勝平野,前面(西側)には広い山地が広がるという非対称な形態を持っています.前面の山地は日高山脈から遠くなるほど標高が低くなり起伏も少なくなる傾向が明瞭です.
 前面山地のさらに西側には由仁低地・石狩低地があり,その間に馬追丘陵,さらには野幌丘陵といった南北性の丘陵が伸びています.これらの南北性低地は,概ねその周囲を活断層(赤点線)で画されています.
 十勝平野は幅が 20 km 近い大きな平野で,その西縁には山麓扇状地が発達しています.中札内~大樹地域では特に扇状地の発達が顕著で,平野幅のほぼ全体を覆っているようです.扇状地と段丘面が複合して発達する状況も見られます.
 日高山脈の西側では,山脈に端を発する河川が多数流下しており,扇状地を形成せずに日高海岸からそのまま太平洋に流入しています.河川で運ばれた土砂(砕屑物質)は,陸棚から日高舟状海盆へと供給されています.

 こういった状況をテクトニクス的に要約すると,下図のようにまとめることも可能です.まず,プレート衝突山脈・日高山脈の “構造的方向” は東⇒西です.山脈背後の十勝平野はおそらく衝突地帯の後方でのたわみに起因する構造盆地,山脈西側の山地は前縁山地・褶曲帯ということになるでしょう.さらに西側には,構造丘陵が低地を挟んで発達しています.この部分は前縁盆地とも言えますが,上昇の中心(日高山脈)から少し離れすぎのような気もします.


日高山脈の構造的スキーム図.図のスケールは縦横方向ともに not-to-scale である.層状地質体の下底面などの描き方には衝突変形等の結果は考慮されていないので注意.日高主衝上断層を除く他の断層(帯)の傾斜・センスは不明な点があるが,単純化して描いている.

 この衝突の影響は日高山脈の前面(札幌側)にも及び,夕張山地や馬追丘陵さらには野幌丘陵などが形成され(図中の赤点線),それに伴う活断層の発達も知られています.野幌丘陵のさらに西側,札幌市街地の下には潜在した活褶曲構造(月寒東背斜など)があるとされており,プレート衝突に伴う変形フロントは豊平川扇状地に覆われた平野地下,つまり我々札幌市民の足元にまで及んでいるということもできるでしょう.


日高山脈を作った千島弧衝突の模式図.地図は,産総研地質図Navi による.

 もう少し視点を引いてワイドに見てやると,どういうことになるでしょうか?

 日高山脈は,北海道の西半分に千島弧の前側半分(前弧)が東から衝突することによるプレート衝突山脈として形成されました(右図).この衝突した部分は,木村(1985)などによって “前弧スリバー(forearc sliver)” と呼ばれています.スリバーというのは,“切片” とでも訳せるのかもしれません.
 それではこのスリバーがなぜ西に進んできたかと言うと,多分ですが太平洋プレートが沈み込み帯(千島海溝)に対して斜めに沈み込んでいるためと考えられます.つまり沈み込みベクトルの千島前弧方向の水平成分は西向きとなります.直観的ですが,これによって千島前弧が西向きの力が働き西進したと説明できそうです.
 北米プレートとユーラシアプレートはどちらも大陸・島弧プレートなので,どちらかが他方の下に沈み込むということがなく,衝突の影響はその境界部が上昇・隆起あるいは東西方向に短縮することによって消費されるでしょう.

 日高山脈の内部的な上昇速度は約 0.25 cm/y と見積もられています(在田ほか,2001).非常に微小な数字で,その経過は人間の眼には見えず,通常の生活時間感覚では捉えられません.しかし,それがわずか 100 万年続くだけで 2,500 m となります.1,000 万年続くと 25,000 m でエベレストの3倍,地球でダントツの最高峰になってしまいます.しかしそんな山はここにはありません.どういうことなのでしょうか...? 実は,その高さ分は風化侵食によって土砂となって可動化し,前縁河川によって運ばれて海盆に堆積してしまったのです.その堆積量は 50 cm / 1000 年(= 0.5 cm/y)程度とも考えられています(Noda et al., 2014).単純に計算すると,1000 万年間に堆積する土砂は 5 km(!)の厚さになります.普通に考えれば海盆はその土砂によって埋め立てられ,浅く平らになってしまうはずですが,もちろんそうはなっていません.① 堆積物の荷重により海盆底が沈下した(=堆積空間の増加),② 土砂のかなりの部分が海底谷や海底地すべりによって海溝軸まで運ばれ沈み込んで付加体構成物となってしまった(=リサイクル),といったことが考えられますが,はたしてどうなのでしょうか?

 あくまでも一般論ですが,山の高さの変化量 =上昇量-侵食量 と表現できます.上昇量 > 侵食量ならば山は高くなっていき,上昇量 < 侵食量ならば山は低くなっていきます.現在の日高山脈が実際にどうなっているのかは,ちょっと分かりません.


新生代の北海道周辺のプレートテクトニクス.黒矢印はプレート移動方向を表す.木村(1985)を基に作成.

 このプレート衝突は,1,500 ~ 1,200 万年前頃(新第三紀中新世)から起こったものです(木村,1985 など).これをもう少し地球的なスケールで見てみると左図のようになります.
 新第三紀中新世ころには,地球上の大規模なプレートのうち3枚,つまりユーラシア・北米・太平洋プレートが北海道周辺で衝突・接合・収束していたことが分かります.
 ユーラシア・プレートと北米プレートは北海道中央部で衝突・接合していましたが,相対的な移動方向が境界に斜交していたため,その接合部は右横ずれ構造帯となりました.
 太平洋プレートは,二つの大陸・島弧プレートの下に沈み込んでいましたが,その方向はやはり海溝軸に対して斜交していました.それが千島前弧の西方への前進を引き起こし日高衝突山脈を形成したことは既に述べたとおりです.

 なお北米・ユーラシアプレート境界は,その後西方へジャンプし,現在は日本海中部~フォッサ・マグナ近辺に移動しています.それによってどのような構造運動が引き起こされているかはよく分かりませんが,日本海東縁部では比較的大規模な地震活動が起きているようです.


木村 学(1985)白亜紀北海道の沈み込み様式.科学,55,24-31.

在田一則・雁澤好博・板谷徹丸(2001)日高山脈のテクトニクスと上昇過程-熱放射年代学からの検討. 震研彙報, 76, 93-104.

Noda, A., TuZino, T. Joshima, M. and Goto, S. (2014) Mass transport-dominated sedimentation in a foreland basin, the Hidaka Trough, northern Japan. Geochem. Geophys. Geosys., 14, 2638-2660.


Geology: 日高山脈南端

境界断層

太平洋に没していく襟裳岬.2010年7月撮影.

 『襟裳岬は日高山脈が太平洋に没するところ』(右写真)といった感じで一般に時々誤解されることがあるのですが,襟裳岬は地質学的な意味で日高山脈の南端ではありません.私はある道路トンネル関係の見学会でこの話を軽くしたところ,道外の工学屋さんから “そうだったの!(≒ 地質屋の見方は独特だね?!)” とすごく感心されてしまい,逆に驚きました.
 それにしても,襟裳岬はいつ訪れても寒くて風の強いところです.ある夏に訪れた時は,岬突端は霧の中で気温 15 度ちょっと,えりも町市街に戻ったら陽が照りつけていて 30 度近い本来の夏の暑さで嘘だろと驚愕したことがあります.


襟裳岬上空からの北方俯瞰.Google Earth による.視点高度 19.3 km,イメージ取得 2025/11.高さ方向を2倍に強調している.マウスオーバーで説明を表示する.断層については下図と本文参照.

 右の Google Earth 画像は,襟裳岬南方上空から北を俯瞰したものです.日高山脈の主稜線は広尾の西方付近から東南方向へ伸びており,そこから分岐した稜線が豊似岳へと続いています.
 豊似岳の南麓部には,北西-南東に伸びる大きな断層(幌泉断層)があり,日高山脈を構成する日高深成変成岩類(HPMC)はその断層で切断され南側の “日高累層群” と接しています.襟裳岬付近には,さらに北北西-南南東方向の断層があって,その北西側に古第三系襟裳層が分布しています.

 この俯瞰図で見ると,日高山脈は帯広西方で大きく折れ曲がっているように見えます.それは高高度俯瞰の視線によって強調されたものですが,実際に日高山脈は西方に張り出した弧状形態を持つ山脈です.この弧状形態は,前の項で述べたように,千島弧の本州弧への衝突によって形成されたものです.


日高山脈南端部の地形特徴(傾斜量図)と断層・地質体.傾斜量図は国土地理院地図による.マウスクリックで説明入りの図(2枚)に進み shift+クリックで戻る.

 右図は,日高山脈南端~襟裳岬地域の傾斜量図(国土地理院)です.日高山脈南端を区切る大規模な断層地形がはっきりと分かります(2枚目).この断層地形は HPMC と “日高累層群” との境界断層である幌泉断層によるものです(3枚目).その南には,“日高累層群” と古第三系襟裳層との間に “歌露断層” が走っています.幌泉断層と歌露断層はやや斜交していますがどちらも NW-SE 系の断層です.

 幌泉断層は,5万分の1『幌泉』図幅では文中で “衝上断層” とされていますが,その断面図中では高角北傾斜の逆断層になっています.ただし,その垂直変位はそれほど大きなものとは考えられません.地質分布を考慮すると,横ずれ断層と考えるのが妥当ではないかと思われます.
 Kusunoki and Kimura (1998) は,幌泉断層が左横ずれ断層であると図示しています.その根拠となる原典に私はアクセスできていないのですが,もしそうだとすれば “日高累層群” はこの地域の西方に分布する白亜紀付加体イドンナップ帯の幌別川コンプレックス(Ueda et al., 2001)に対比される可能性があります.
 一方,柴ほか(2002)はこの “日高累層群” の砂岩砕屑物組成を検討し,日高山脈東側に分布する中の川層群に対比できるとしました.しかしその根拠は岩石破片として苦鉄質~安山岩質火山岩粒子が多いという点にあり,それ以外のモード組成や重鉱物組成では幌別川コンプレックスの砕屑岩との相違点はありませんでした.いずれにせよ,この “日高累層群” の帰属を明確にするには,堆積年代(白亜紀 vs. 古第三紀)を知るしか確実な方法は無いでしょう.

 なお,高橋ほか(2024)では,幌泉断層に相当する “追分峠断層” が後述の豊似段丘面に変位を与えているとしています.豊似面の形成は次の項で述べるように少なくとも 40 万年前ですので活断層ではありませんが,日高山脈南端部を画する断層の活動時期について興味深い視点を提供しています.


舟橋三男・猪木幸男(1956)5万分の1地質図幅『幌泉』.地質調査所,54p.

高橋 浩・山崎 徹・吾妻 崇・村田泰章・中川 充(2024)20万分の1地質図幅『広尾』,地質調査総合センター.

Kusunoki, K. and Kimura, G., 1998, Collision and extrusion at the Kuril-Japan arc junction. Tectonics, 17, 843-858.

Ueda, H., Kawamura, M. and Iwata, K. (2001) Tectonic evolution of Cretaceous accretionary complex in the Idonnappu Zone, Urakawa area, central Hokkaido, Northern Japan: with reference to radiolarian ages and thermal structure. Jour. Geol. Soc. Japan, 107, 81-98.

柴 正敏・三河輝夫・柴(佐藤)理香子・高橋和彦(2002)北海道南東部,えりも地域に分布する,いわゆる “日高累層群” の砂岩組成.地質学雑誌,108, 127-130.


  COLUMN  - 歌露礫岩とその変形 
歌露礫岩の露頭.えりも町歌露海岸.2010年7月撮影.

 “歌露(うたろ)礫岩” は,襟裳岬の北西側海岸部に狭長に分布する古第三紀漸新世の襟裳層に見られる特異な変形礫岩です(Uda, 1973).
 右の写真は歌露礫岩の露頭ですが,全体に高角片理が発達する片状変形岩で,ぱっと見には付加体の露頭かと思ってしまうくらいです.襟裳層の層理面は全体に高角SW落ちですので,層面片理ということになります.露頭に近寄ってみると,さらに驚くべきものであることが分かります.

 礫岩には花崗岩礫が大量に含まれていますが,それらの多くは伸長変形によって著しく引き伸ばされた形状を示しています(下写真).Uda (1973) は,この変形を礫の長軸に斜交する共役的小断層("wedge fracture")の変位累積によるものとしています(下写真左).このような礫には,礫の伸長方向に垂直で変位の無い引張割れ目が発達します.
 一方で,小断層による変位や破断がほとんど見られず “延性的” にも見える変形で著しく伸長した花崗岩礫も認められます(下写真右).そのアスペクト(短軸:長軸)比は 1 : 7 にも及ぶものです.こういうものをどうやって造ればよいのかは非常に悩ましいところです.① もともと細長い礫だった(!),② 変位の小さな多数の小断層が密集しているだけ,③ やはり見た通り延性的に変形している...どの憶測も観察事実とマッチしません.つまり; ①:非変形礫岩(後述)中にはそんなものはない,②:少なくとも露頭写真をいくら見てもそんなものは見えない,③:Uda (1976) の顕微鏡写真(Fig. 7)には構成鉱物の延性変形は認められない...私には謎としか思えません.


歌露礫岩の変形.えりも町歌露海岸.2010年7月撮影.左:小断層(緑点線)で変位した花崗岩礫.マウスオーバーで伸長した花崗岩礫をシェードで示し,変位のある小断層を矢印で表示する.歴の伸びに垂直な方向の引張割れ目が発達する(黄点線).右:延性的に変形した花崗岩礫.マウスオーバーで伸長した花崗岩礫をシェードで示し,他の花崗岩礫を矢印で表示する.いずれもスケールのレンズキャップは直径約 5 cm.

共役小断層による礫伸長変形の “シミュレーション”.

 前からなんとなく思っていたのですが,Uda (1973) が示した "wedge fracture" による変位で 1:5 あるいはそれ以上のアスペクト比を持った伸長礫は作れるのでしょうか? 右図は,“いい加減なシミュレーション” ですが,アスペクト比 1:2 の礫をその長軸に対して 25° 斜交した共役的な小断層で変位させてみたものです.礫短径の 1/2 程度変位させてみると,30 % 程度の伸長という結果になりました.これ以上伸長させるには小断層の斜交角をもっと大きくするか,各断層の変位量を大きくするしかありません.斜交角を大きくすると礫内で交差しない小断層を作るのが非常に難しくなりますが,45° でやってみると,短径の 100 % 変位させてもせいぜい伸長率は 75 % 程度でした.それ以上変位させると,当たり前ですが礫がばらばらになってしまいます.なお,小断層が礫内で交差すると話がきわめて複雑になってしまうので,ここでは考慮していません.


単純剪断による礫伸長変形の “シミュレーション”.

 しかし,小さな変位で礫を著しく伸長させる簡単な方法があります.それは『平行な小断層で同一方向に変位させる』ことです(上図).この場合礫の断片は覆瓦状になり,傾斜角 45° の適当な間隔の小断層で礫短径の 50 % 程度変位させると,伸長率は 2.8,アスペクト比は 1:12 になりました.もちろんこの場合,変位前の礫長軸と変位後の長軸の方向は一致しません(単純剪断).
 Kusunoki and Kimura (1998) は,共役な “wedge fractures” による変位が礫伸長のメカニズムとした Uda (1973) の結果を否定し,NW-SE 方向の右横ずれ剪断変位に伴う Riedel shear と anti-Riedel shear によって礫の伸長変形が起きたとしました.これは上に書いた “シミュレーション” とある程度マッチするような気もしますが,構造岩石学の素人である私には,それ以上のことはなんとも評価できません.


非変形の襟裳層礫岩.灰色で粗粒結晶が見えるのが花崗岩礫.茶色に見えるのは赤色チャート礫.襟裳岬突端部海岸.2007年7月撮影.スケールのレンズキャップは直径約 5 cm.

 襟裳岬突端付近では,歌露礫岩の非変形相である襟裳層礫岩の産状を詳細に観察することができます(右写真).礫は亜円礫~亜角礫で,最大径 1.5 m に及ぶ花崗岩巨礫を含んだ礫質重力流堆積物です.礫種は花崗岩の他に,付加体変成泥岩・緑色岩類・赤色チャートなどからなります.
 つまり,古第三系襟裳層全体が変形しているわけではなく,歌露礫岩のような著しい変形は,“歌露断層” に沿った幅狭い範囲に局在していることになります.その幅は不明ですが,おそらく 数十 m のオーダーであると推察されます.このような歌露礫岩の変形構造は,Uda (1973) や Kusunoki and Kimura (1998) が指摘しているように,漸新世~中新世における日高山脈南端部の上昇運動に伴うものであることは間違いありません.

 なお Kusunoki and Kimura (1998) は襟裳層の堆積場について,山脈上昇以前の千島弧前弧西進に伴う横ずれ断層で形成されたプル・アパート堆積盆(pull-apart basin)とする興味深い指摘をしています.日高山脈周辺には襟裳層に相当する古第三紀の地層が見当たらないようですので,空間的にかなり限定された堆積体と考えられます.このことは彼らの考えにマッチしています.ただし,現在観察される襟裳層はすべて海成重力流堆積物ですので,プル・アパート堆積盆堆積体のすべてが見えているわけではないのでしょう.


Uda,T. (1973) Deformation of granite pebbles in 'Utaro conglomerate' at Cape Erimo, Hokkaido, Japan. Jour. Geol. Soc. Japan, 79, 391-398.

Uda,T. (1976) Polyphase Deformation of the Cape Erimo Area Caused by Change of Tectonic Stress-field. Japan. Jour. Geol. Soc. Japan, 82, 1-18.


海岸段丘

日高山脈南端部の海岸段丘.背景の傾斜量図は国土地理院地図による.海岸段丘は松澤ほか(1990)を参考にした.マウスオーバーで段丘・断層を消去し傾斜量図のみを表示する.

 右図は,上掲の傾斜量図の上に,松澤(1990)などを参考にして襟裳岬地域に発達する海成段丘面を描き入れたものです.

 この地域の段丘面は,上位から『豊似面(比高 200 - 300 m)』『ヤンケベツ面(比高 40 - 70 m)』『小越(おごし)(比高 5 - 25 m)』に区分されます.歌別以西では上歌別面・苫別面が区分されていますが,ここでは省略します.
 ヤンケベツ面と豊似面の背後には,段丘の後ろを区切る顕著な傾斜量変換線がリニアメントとして見えています.豊似面の背後の傾斜量変換線は豊似断層,ヤンケベツ面の背後のものは歌露断層(の一部)が作るリニアメントです.それ以外にもヤンケベツ面背後に顕著なリニアメントがあり,地質図などでは表現されていませんが,断層の存在が推定されます(赤点線).

 豊似面は比高 200-350 m の高位海成段丘面ですが,その形成年代は明確ではありません.松澤ほか(1990)には,約 50万年前に形成された “光地園礫層” に覆われているとされていますが,詳細は未確認です.高橋ほか(2024)には,MSI 12(478-428 Ka:48~43万年前)に相当する地形面とされています.いずれにせよ,日高山脈周辺の隆起を表現する地形と言えます.仮に現在の最高標高が 300 m,形成時期が 45万年前,その当時の海面標高が -120 m と仮定すると,上昇速度は 0.09 cm/y となります.特に意味のない単なる数字かもしれませんが,これは岩石学的に推定されている日高山脈上昇量(上述)の 1/3 程度です.

 なお襟裳岬のすぐ北では,ヤンケベツ面を削剥する堆積物(小越面上の堆積物?)中からマンモスの歯化石が発見されています(上図).その年代は約2万2千年前で,最終氷期の堆積物とされています.


松澤逸巳,1990,第四系-襟裳岬周辺地域.日本の地質『北海道地方』,131,共立出版.


 下のパノラマ写真は,百人浜展望塔から見た日高山脈南端山地とその前面に広がる段丘面です.おそらく北海道で海岸段丘面がこれほど明瞭に広く発達するのは,他にはほとんど無いのではないかと思われます.いかにも北海道的な素晴らしい地球風景です.
 豊似面は段丘面上が町営牧野として使用されています.ヤンケベツ面は,北に行くほど比高が小さくなっているのがよく分かります.写真右端には海岸に砂丘地形が見えており,その内側は後背湿地となっています.小越面は後背湿地を含んでその後ろに広がっています.


日高山脈南端部の海岸段丘.マウスオーバーで段丘面のトレースを表示する(点線と矢印).段丘面の判定は松澤ほか(1990)を参考にしたが,ヤンケベツ面については確信の持てるものではない.えりも町百人浜展望塔から 2010年7月撮影.

(これらの項 2026/03/15 再構成・加筆)


夕張岳

※※ この特徴的な山については『夕張岳百景』で余すことなく紹介していますので,
興味のある方は是非そちらをご覧ください.※※


芦別岳

 芦別岳は,札幌側(西側)から見ると,夕張岳から北方へ連なる一連の山系を形成しているように見えます(下写真).そのため,上の『夕張岳百景』に夕張岳周辺のパノラマの一部として紹介を行っています.しかしその地形や地質を見てみると,夕張岳とは異なった点がいくつかあることが分かります.また富良野側(東側)からのビューは,他の山とは一味違う独特の(アルプス的?)な山容を示しています.そういった理由から,項を独立し地質学的背景も加えて紹介を行おうと思います.


恵庭市恵庭墓園から見た芦別岳-夕張岳山系.2006年3月撮影.

芦別岳百景

 芦別岳は石狩平野の東方にあって,札幌周辺でもいろいろなところからよく見える山です.あることをきっかけとして,あらためて自分の写真ライブラリをチェックしてみると,『夕張岳百景』絡みということもあって,芦別岳についても多くの写真を発掘することができました.以下では,これらを独立した “百景” としてまとめ,紹介していきたいと思います.


西側から

札幌市清田区真栄から見た芦別岳.2025年4月撮影.焦点距離:600 mm.

 まずは,芦別岳山頂から西に 75 km(!)離れた札幌市清田区の自宅付近で撮った芦別岳です.町並みに隠されているのですが,ビルの隙間から芦別岳の姿がはっきりと見えます.芦別岳西麓の大規模構造 に紹介した成層岩体もはっきり写っていて驚きました.都市の風景と構造山地のラフな山容とのアンマッチさに魅了されます.
 しかし写真をよく見ると,春の陽気と 80 km 近い距離を隔てた大気ゆらぎで,残念ながらその細部はほとんど写っていませんでした.


恵庭市恵庭墓園から見た芦別岳.2006年3月撮影.焦点距離:300 mm.
由仁町馬追丘陵東麓から見た芦別岳頂部.左側の山稜の間に辛うじて見えている.右に見えるのはマウント・レースイ.2005年2月撮影.焦点距離:160 mm.

 右写真は,恵庭市恵庭墓園からの芦別岳です.これにも “大規模成層岩体” はちゃんと写っているのですが,撮影当時はまったくそれに気づいていませんでした.
 この視線では手前に『夕張山地』が入っているため,芦別岳の下部は隠れています.馬追丘陵あたりまで前進すると夕張山地が視線上にせり上がってしまい,ほとんどが隠れてしまって頂部しか見えない残念な状態になってしまいます(右写真).

 話を元に戻すと...芦別岳はもちろんなのですが,その左にあるピラミッド型の大きなピークが非常に目を惹きます.ちょっと信じられないのですが,これは山名が付いていない無名の 1490 m ピークです.正確には芦別岳山稜に属するものではなく,その西側に 2 km ほど離れた芦別川上流部の南北性山稜(“西方リッジ”:『風景の中の地質構造』で使用した語を拡張したもの.後出のインデックス参照)の一部です.このへんは,単なる展望ではなかなか理解するのが難しいところで,いつも悩んでしまいます.詳しくはこの項末尾のインデックスを参照してください.

 で...多分ですが,芦別岳の西側からのビューポイントとしてベストなのは,もう少し北側の南幌町周辺でしょう(下写真).このビューでは手前にある夕張山地の北端にあたるため,芦別岳とその前面の山稜がモロ見えとなっていて素晴らしいです.
 上に述べたように,1489 m - 1272 m - 1263 m ピーク - 中天狗と向かって左へ連なる部分は芦別岳の主山稜ではなく,その手前の “西方リッジ” の一部です.正面からの遠望では両者が重なり合ってしまい,なかなか見分けの難しい点があります.私も最近になってやっと理解することができました.


南幌町から見た芦別岳.2005年12月撮影.焦点距離:200 mm.

 南幌から少し北へ行った岩見沢市北村大沼からのビューです(下写真).季節的に積雪がないため,山肌の立体感がなくフラットであまり面白くありません.光の当たり方も良くなく,プロファイルしか見えません.芦別岳から北側の山稜がよく見えているのですが,夫婦岩~御茶々岳~松籟山~中天狗は芦別岳の主山稜です,1489 m - 1272 m - 1263 m ピーク - 中天狗は,上に書いたようにその手前のリッジです.大気かすみのため,写真を拡大して見ても前後関係が判断できないため,カシミール3Dでシミュレートしてみないとわけが分からない状態です.


岩見沢市北村大沼付近から見た芦別岳.2024年6月撮影.焦点距離:200 mmで撮影した2枚を合成.
月形町知来乙北方から見た芦別岳.2019年9月撮影.焦点距離:200 mm.

 さらに北へ行き,月形町知来乙(ちらいおつ)付近まで来ると札幌周辺から見る山容とはまた違った雰囲気の芦別岳を見ることができます.しかし地図上で確認すると,むしろこちらが芦別岳山稜をほぼ真正面から見たオルソ・ビューに近いもので,ちょっと意外です(右写真).1489 m ピークは芦別岳主稜線に埋め込まれたように見えますが,拡大して見るとその手前にあることが辛うじて分かります.


東側から

 富良野周辺地域からは,西側からの景観とはまったく違った芦別岳山系の東側からの山容を見ることができます(下写真).特に根拠と言うか理由はないのですが,私はいつもこれを見るたびに “アルプス的” と感じています.


中富良野町から見た芦別岳.2022年5月撮影.焦点距離:150 mmで撮影したもの4枚を合成.

 富良野盆地のど真ん中から芦別岳方面を撮影したのが上の写真です.芦別岳山稜はかなり斜めから見たビューとなっていますが,芦別岳はなぜか対称な良い形に見えます.おそらく芦別岳主山稜から東(富良野盆地)側に降りていくリッジによるものでしょう.鉢盛山の向こうには夕張岳が見えています.
 当然ですが,こちらからのビューでは “西方リッジ” はまったく見えません.富良野盆地に向かって緩やかな円弧を描く裾野は山麓扇状地の発達によるもので,芦別岳山稜の東側にしか見られないものです.つまり,芦別岳の山稜地形は東西に著しく非対称となっているわけです.
 芦別岳の端正とも言える山容も素晴らしいのですが,なんと言っても目を惹くのは富良野西岳のマッターホルンのような鋭いピークです.これは地質学的背景の項で示した通り,この界隈にしか見られない堅硬な珪長質深成岩体の風化抵抗性によるものです.


富良野市鳥沼付近から見た芦別岳.2022年5月撮影.焦点距離:90 mmで撮影したもの4枚を合成.
富良野市鳥沼付近から見た芦別岳.2008年2月撮影.焦点距離:90 mm.

 上の写真は,富良野盆地を挟んで向かい側の丘陵地から芦別岳をほぼ正面に見たものです.まさに “アルプス的”.初夏の残雪と濃い緑のコントラストが見事です.このアングルでは,芦別岳の右にある夫婦岩の二つに別れた鋭い岩塔形状がよく見えます.
 右写真は,ほぼ同じアングルですが,真冬の芦別岳.一番右側の三角形が松籟山です.深い積雪に覆われたところが,ちょうどよい太陽の角度と方向によって彫り深く立体的に見えており,芦別岳の激しい山容を表現しています.


富良野市老節布付近から見た芦別岳.2024年5月撮影.焦点距離:70 mm.

 TVドラマ『北の国から』で有名な富良野市麓郷から南へ峠を越えると,意表を突いたように芦別岳が見えてきて少し驚きます(右写真).
 芦別岳山稜自体の見え方には,あまりどうというところがないのですが,富良野地域特有のヨーロピアンな田園風景と残雪の “アルプス” の対比にはしびれます.私はこの場所を芦別岳ビューの隠れスポットと勝手に思っています.夫婦岩の断ち切られたような二重岩塔も素晴らしいです.


上富良野町旭野やまびこ高地から見た芦別岳(-夕張岳).2025年10月撮影.焦点距離:120 mmで撮影した3枚を合成.Photoshop 等によりハードなトーン増強を施しているため,階調エッジの artifact が著しいが背に腹は替えられない.

 この展望場所は 下の項 で紹介しているもので,本来は雄大な十勝岳-大雪山連峰の景観地なのですが,このときは雲に覆われており裾野しか見えずダメでした.しかし,なんとなく後ろを振り向くと,上写真のような芦別岳から夕張岳にかけての見事な山並みが見えていました.残念ながら逆光と雲(・雨粒)のせいでイマイチ過ぎる写真になっていますが,天候の良い日の午前中ならば迫力ある芦別岳周辺が撮れるはずです.今後に期待します.芦別岳の付近が白く霞んだように見えますが,よく見ると右に傾斜した線状模様になっており,いわゆる “天使の梯子 Angel's Ladder” の弱いやつでしょう.時雨模様というのか左(南東)へ流れる雲から雨粒が落ちているのかもしれません.
 なお,このビューでは夕張岳から左(南)側が非常によく見えます.特に夕張岳のすぐ左に見える三角形のピークが目立ちますが,芦別岳右側と同じくそれらのピークを一つ一つ同定するのはカシミール3Dを使ってもなお非常に難しいものがあります.


北側からのビュー

 芦別市の最北部,深川市との境界にある新城峠は,芦別岳を北側から見ることができる興味深いサイトです(下写真).おそらく平地からの芦別岳(・夕張岳)ビューとしては北限の一つではないかと思われます.これについては『夕張岳百景』にも記述しています.
 芦別岳の左には布部岳が,はるか右奥には夕張岳が見えています.正直言って,これらのピークをどのように見ているのかは,カシミール3Dによる景観シミュレーションがなければ,私には感覚的に理解することが全然できませんでした.芦別岳の右側,夕張岳との間に見える鋭いピーク・岩塔状の部分については後述します.


芦別市新城峠から見た芦別岳.2024年9月撮影.焦点距離:220 mmで撮影したもの4枚を合成.

 芦別岳の右に大きく見えている岩塔を含む “ピーク” が実際どこなのかは,あまり正確には把握できなかったと言うか,非常に難しいものでした.景観シミュレーション(+地形図を見比べた)結果としては,芦別岳の稜線の西方約 2 km のところを NNE-SSW 方向に走る標高 1,100 - 1,500 m 前後の稜線(“西方リッジ”:後出のインデックス参照)のプロファイルを見ているのではないかと思われます.中天狗はその北端です.1436 m ピークは二つに割れたように見えていますが,これがどの部分をどのように見ているのかは不明です.なお,この西方リッジ上のピークには,少なくとも国土地理院地図で見る限り,山名の付されたものはありません.


撮影場所とピーク名のインデックス

ビュー写真撮影地点のインデックス.地形図はカシミール3D+国土地理院地図による.

 右に,上述した芦別岳ビュー写真の撮影位置を地形図上にインデックスとして示します.多分,空白になっている美唄~深川地域でも良好なビューが得られると思いますが,私の写真ライブラリにはありませんでした.機会があれば追究してみたいと思います.札幌-恵庭の前面にある馬追丘陵から夕張にかけての地域が空白なのは,単純に『山地に隠されていて見えない』ためです.景観シミュレーションでは石狩湾沿いからも当然見える事になっていますが,今まできちんと認識したことはありません.距離と視程がネックになっているのかも.


芦別岳周辺山系の山名・ピーク名のインデックス.マウスオーバーで山稜・リッジを表示する.地形図はカシミール3D+国土地理院地図による.

 上の芦別岳百景の各写真中には,山名やピーク名を記載しています.山名はカシミール3D(カシバード)の山名表示機能を用いて同定していますが,それ以外の山名のないピークはその手を使えませんので,『写真と地形図を見比べて』推測したものです.もちろん,間違っているかもしれません.私だけかもしれませんが,人間の3D空間認識力というのは実に貧弱なもののようで,その推定には困難を極めました.
 自分自身のアタマの整理という意味もあり,右図に各写真中にキャプションとして記入した山名・ピーク名(単なる標高表記)のインデックスを示しておきます.写真との対照を行うには,なかなか分かりにくいかもしれませんが,これ以外の方法を思い付きませんでした.参考までに文中で記述した “西方リッジ” と芦別岳の主山稜も示しておきます.マウスオーバーで表示されます.


Geology: 芦別構造山地

 繰り返しになりますが,我々が見ている山々の山容・景観というのは,そのほぼ 100 % が過去あるいは現在に起きた(起きている)地質学的過程によって直接に形成されたものです.火山がその代表的なものでしょう.そればかりではなく,岩石・地層の性質や構成・構造を間接的に反映して形成されたものもあります.そういう観点で,ここでは芦別岳とその周辺の地質と地形について概観してみたいと思います.


地質学的背景

芦別岳-夕張岳周辺の地質図.産総研シームレス地質図から編集.グレーの点滅するシェードは,この地域を構成する白亜系蝦夷層群より下位の地質体(蛇紋岩を含む)を示す.詳細は本文参照.

 右に示したのは,産総研地質図Navi によるシームレス地質図です.この地域は,白亜系蝦夷層群の分布の中央部に,その下位を構成する空知層群,さらにもっと地下深いところから上昇してきた蛇紋岩体が南北方向に伸びた細長い分布を示しています.これらは全体として,空知層群+蛇紋岩体の分布を軸とする複背斜構造を持っているということになるでしょう.空知層群は,下部の緑色岩類を主体とする部分と,珪質堆積岩を主体とする上部に区分されます.夕張岳周辺では蛇紋岩中に低温高圧変成岩などの大規模な岩塊が含まれています.それらの古期地質体の分布を,右図では点滅するシェードで表現しています.

 芦別岳-夕張岳山系を作る蛇紋岩+空知層群の分布は以下のようになっています.①蛇紋岩体の分布が夕張岳周辺で広く,空知層群の分布は西側にあり,東側には(ほとんど)ない.②芦別岳周辺では蛇紋岩分布が狭長になっており,その東側に空知層群の主要な分布がある.そのため,少なくとも見かけ上は,空知層群と蛇紋岩体の分布が低角で斜交しており,後者が前者を切っているようにも見えます.しかし,蛇紋岩体の定置の時期やメカニズムの詳細は不明で,この見かけの構造の意義について明確な議論はないと思われます.

 蛇紋岩+空知層群分布の西側,夕張川・芦別川上流部では,蝦夷層群の各層準が南北走向の西上位で分布しています.一部は逆転していますが facing は同一です.一方東側では,全体として東上位ですが,構造は非常に複雑になっています.特に夕張岳東方から富良野盆地の東縁にかけては,空知層群+蛇紋岩が貫入岩体を伴って北北東方向に狭く分布しています.この構造がどういう意味を持つのかは不明です.すぐ東側にはイドンナップ帯相当の白亜紀付加体が分布していますので,構造が複雑なのはある意味当然かもしれません.

 こういった芦別岳周辺の大規模な地質構造は,基本的には日高山脈を造った新第三紀のプレート衝突による東西圧縮構造場で(右横ずれ変位を伴って?)形成されたものと捉えられますが,その詳細・個別的な構造地質学的検討は行われていないと思われます.

 なお,富良野スキー場の背後にそびえる富良野西岳は,これらの地質体中に貫入する珪長質深成岩体からなっています.この貫入岩の性格についてはあまり良く分かっていませんが,神居古潭帯北部で知られているような 100 Ma 前後の島弧深成活動と関係があるのかもしれません.


地形特徴

芦別岳-夕張岳の俯瞰図.カシミール3Dによる.上:岩見沢上空 8000 m から東南方向.下:夕張岳南方上空 6000 m から北方向.マウスオーバーで説明を表示する.

 芦別岳-夕張岳山系は,西側から見ると南北に伸びた直線的な山系となっています(右図上).その背後には,プレート衝突山脈である日高山脈が同様な南北方向の伸びでほぼ並行して連なっています.前面の夕張側にも,並行した直線状山稜(リニアメント)があります.このような直線状の山脈地形は,大雪-十勝岳火山群やニセコ火山群のような火山の形作る山地とは大きく異なり,“構造山地” に独特なものです.
 空知層群は非常に堅硬な珪質堆積岩・緑色岩類から構成されていますので侵食抵抗性が高く,リッジ地形を作ります.一方,蛇紋岩は岩質が軟質で風化抵抗性が非常に低く,一般には緩傾斜地形を作ります.しかし夕張岳周辺では堅硬な低温高圧変成岩などの岩塊を含んでいますので,夕張岳山頂は南北に伸びた鋭いリッジとなっています.

 一方で,この山系を南側から俯瞰すると必ずしも単純な直線状山稜というわけでもないことも分かります(上図下).“主稜線” がジグザグに見えるのは俯瞰による圧縮効果が多分にありますが,夕張岳の北側では稜線が不明瞭・不連続となっています.芦別岳からの主稜線は,むしろ向かって右下方向へ降りていくようにも見えます.これらの特徴はおそらく,地質学的背景の項で述べた蛇紋岩体の分布を反映しているのでしょう.


(この項,2025/06/08 追記)


八雲西方山地

 とある出張の帰りに八雲付近の高速道を走っていて,目の前に見えた神々しい山々の姿にはかなり驚きました.今まで何度も走っているところですが,不思議なことにその山々に気づいたのは今回が初めてでした.何が見えたかというと,下のパノラマのようなものです.いったいこれはどこの山を見ているのか...北に走っていると思い込んでいたので,え?八雲の北にこんな山々が?と思いました.
 とりあえず高速を途中下車してあちこち走り回り,三か所ほどビューポイントを見つけ撮影しました.持っていたのがコンパクト・デジカメしかなかったので画質はいまいちでしたが,25 - 250 mm 相当の高倍率ズームデジカメだったので,なんとか撮れました.

 札幌に帰ってカシミール3Dで景観シミュレーションを行い,自分の完璧な勘違いに気づきました.これは八雲の西方に位置する,日本海側との境界山地だったのです.

八雲西方山地のパノラマ.八雲町大新付近 から撮影.焦点距離:176 mm で撮影した5枚を合成.同じトラックが2台走っているのはご愛嬌.2024 年 11 月撮影.

 写真中央から右に見えるのが,遊楽部(ゆうらっぷ)岳(別名・見市岳:1,277 m)を中心とした山塊です.左に冷水(ひやみず)岳(1,175 m),右に太櫓(ふとろ)岳(1,053.6 m)が鎮座しています.冷水岳のすぐ右側には白水岳(1,136 m)というピークがあるはずなのですが,手前のピークで隠されているのかよく分かりません.
 なお,ネットであれこれ情報を調べていて,この山塊を『道南アルプス』と呼んでいる山屋さんがいることが分かりました.趣味は違っても感じることは同じなんだなと思います.

 “道南アルプス” の左側には,ピークの無い部分を挟んで三角山,その左奥に特徴的な山容の雄鉾(おぼこ)岳が見えています.三角山の右側に日本海側へのパスである雲石(うんせき)峠があります.
 雄鉾岳は,なんでこんなに鋭い岩塔状なのか?と地質図で調べてみましたが,相沼火山岩類(中新世~鮮新世)という道南のどこにでもありそうな安山岩質火山岩のようで,ちょっと不思議です.もしかすると,フィーダー・ダイクのようなものが見えているのかもしれません.


遊楽部岳のクローズアップ.八雲町営育成牧場 から 2024 年 11 月撮影.焦点距離:270 mm.

 右写真は,中央に遊楽部岳を見た望遠写真です.撮影場所は上のパノラマ写真撮影場所から少し西にあってしかも標高が高くなっており,ピークの見え方がだいぶ異なっています.遊楽部岳の右下に見えるこんもりとしたピークがペンケ岳です.いつも思うのですが,ちょっとしたビューポイントの移動でこんなにも見え方が変わってくるのかと驚きます.

 それにしても道南アルプス,なかなかに雰囲気のある山塊です.気に入りました...だけではなく,実はこの山塊は地質学的にもちょっと特徴というか,意味のある山塊なのです.以下では,それについて説明します.


Geology: 遊楽部ドーム

遊楽部岳ドーム.地質図は産総研地質図Navi による.マウスオーバーで説明を表示する.

 左は,産総研地質Navi による八雲から日本海側にかけての地質概略図です.遊楽部岳を含む『道南アルプス』は,分布幅 10 km を越える前期白亜紀花崗岩プルトンの分布地帯です.プルトンの内部や北西側には,プルトンの貫入母岩であるジュラ紀付加体コンプレックスが存在し,それらの全体が新第三紀の地層によって周囲を囲まれ不整合関係で覆われています.5万分の1地質図幅『遊楽部岳』『久遠』では,この部分を『遊楽部岳ドーム』と呼んでいます.

 つまり遊楽部岳を中心とする道南アルプスは,渡島半島の地質学的基盤である約 1 ~ 1.5 億年前の古い地質体(渡島帯)の上昇・隆起によって造られた遊楽部岳ドームの山塊であるということになります.この山塊の隆起は,明確な根拠はないのですが,現在も続いている(あるいは,つい最近まで続いていた)可能性があります.


ドーム構造を単純化した模式アニメーション.上を被覆する地層はドームの上昇に伴う断層によって切断されたり,場合によっては “滑り落ちる” こともあるが,この図では(作画上複雑になるので)表現していない.また,削剥は上昇完了後に起きるわけではなく実際には準同時的に起こるが,同じ理由でそういう表現はしていない.

 “ドーム構造” とは,基本的に地層(・群)の変形構造の一つで,直線的な軸を持って地層が折れ曲がる “褶曲” とは異なり,地層がある点を中心として盛り上がって形成される構造です(左図).一般にドーム構造は,地層の下位にある地質体が上昇・隆起することによって形成されるものですが,世界的には岩塩層の浮力上昇によって形成される岩塩ドームが有名です.岩塩ドームは日本列島には存在しません.
 地層がドーム構造を持っていてそれが削剥されると,地質図上での分布形態は理想的には同心円状になります.上昇地質体まで削剥が及べば,それを地層が取り囲んだ分布となります.これが現在の遊楽部岳ドームの状態です.


渡島半島における新第三紀以前の古い地質体の分布図.

 渡島半島における新第三紀以前の古期地質体(花崗岩プルトン+ジュラ紀付加体)の分布を右図に示します.すぐに分かるように,その分布は非常に狭くて散在的なものです.前期白亜紀花崗岩プルトンの分布は,渡島半島北部(今金・太櫓・遊楽部地域)で規模が非常に大きいという特徴があります.遊楽部岳ドームはその一つですが,それが何を意味するのかは不明です.

 これら新第三系中の古期基盤岩の分布は,おそらく日本海のオープン・拡大の時期(15 Ma 以降?)にこの地域に発生した小規模な陥没盆地群の発達と関連があるものと考えられます.それに関しては,当然詳細な研究があると思いますが...私はまったくフォローできていませんので,このへんにしておきます.


(2024/12/02 逐次公開)(2025/02/03 更新)


増毛-樺戸山地

 石狩市石狩湾新港東埠頭から,増毛-樺戸山地の全貌を捉えることができました(下パノラマ写真).季節が良くて雪を頂いた山並みが素晴らしいです.
 なお増毛-樺戸山地は下に掲載する『北海道の第四紀火山』に相当するものではなく,増毛山地は数百万年前(新第三紀鮮新世)あるいはそれ以前の古い火山,樺戸山地は1億年以上前(白亜紀)という非常に古い時代の火山岩を含む地層です.


石狩市石狩湾新港東埠頭から 2025年1月撮影.焦点距離:450 mm.22枚合成.クリックで拡大表示を on/off し,マウスドラッグで横スクロールできる.

 この写真を撮って家に帰り,カシミール3Dでピーク探索をしたのですが,雄冬~浜益の奥の山や樺戸山地はまあ予想通りとして,写っている最高ピークが『暑寒別岳』だというのは,景観シミューレションに出ているのですが,やはり驚きました.上に示した雨竜側から見たのと全然形が違っていて,同じ山とは思えません.なお,群別岳から東に伸びる稜線上の奥徳富岳が暑寒別岳の手前に重なって見えているはずなのですが,今のところこの写真上では確認できていません.
 写っているピークの中には,カシミール3Dでピーク探索ができないものも含まれています.特に,群別岳の左にはっきりと白く高いピークが見えているのですが,今のところどこを見ているのか不明です.無名ピークなのかもしれませんが,カシミール3Dには時々 “なんでこのピーク名が出てこない?!” というのがあるので...


※ このパノラマは,なんと 22 枚合成です.もしかするとこれは私自身の “ギネスもの” かもしれません.PTGui でそんな合成が本当にできるのかと半信半疑でやってみたら,何の問題もなくあっさりと合成されました.釣り人が二人防波堤の上を歩いているのですが,歩くスピードが速く,次のシャッターを切るまでにかなり移動してしまいましたが,ゴーストになることもありませんでした.素晴らしいソフトです.
ただし...気付く人は気付くと思いますが,空の部分がかなり縦まだらになっています.これはショットごとの露出変動とレンズの性能によるビネットが出ているためです.PTGui は露出変動やビネットをかなりの程度修正して合成してくれますが,私の安ズーム望遠レンズのビネットはちょっと取り切れなかったようです.露出変動も,単に明るさだけではなく色合いまで転んでしまう場合があります.そういうショットは Lightroom で可能な限り色合いを修正してから合成にかけているのですが,すべて目分量なのでかなり苦労しました.もうダメかとあきらめかけたほどです.

岩見沢市いわみざわ公園見晴台 から撮影.焦点距離:120 mm.2018 年6月撮影.

 上に示したさわやかな初夏の雰囲気の写真は,残雪の増毛山地を東側から見たものです.前項に書いた暑寒別岳が右側に続いています.神居尻山から右(北)側は樺戸山地ですが,その主要な部分は残念ながら(撮っていないのか?)写真にはなっていません.
 この写真でやはり驚くのは,考えてみると当たり前なのですが,岩見沢から暑寒別岳がこの位置に見えているということです.上の石狩新港からのビューと比較すると,何度か書いてますが『視点の違いによる山並みの見え方のドラスティックな変化』にも,本当に驚かされます.多分,われわれ人間の頭脳の中には,そういう広域的な地理的情報を2次元的に処理する仕組みが備わっていないのでしょう.


新篠津村新高倉から 2025年4月撮影.焦点距離:320 mm.10枚合成.クリックで拡大表示を on/off し,マウスドラッグで横スクロールできる.

 上の魅力的な田園パノラマは,樺戸山地のちょうど南方にあたる新篠津村から見た増毛-樺戸山地です.左端に見えるのが増毛山地南部の別狩岳(725.2 m),右側にある山塊が樺戸山地で,両山地の間が当別ダム・青山ダムのある当別川です.別狩岳の右側には暑寒別岳が見えるはずなのですが,残念ながら雲に隠れていて見えません.南暑寒岳はなんとか見えています.
 樺戸山地は,そのほぼ全貌が見えていて,素晴らしいビューポイントです.左端が道民の森のシンボル?神居尻山(946.7 m).その右側が特徴的なドーム状のピーク,ピンネシリ(1100.4 m)です.頂上には電波塔がありますが,拡大してよく見ると写っていました.このドーム状形態は,この地域では珍しい大規模なハンレイ岩体によるもので,樺戸山地を構成する白亜紀島弧コンプレックス(隈根尻層群)中に貫入した深成岩体です.年代は 100 Ma 前後だと思われますが,絶対年代が得られているかは不明です.


ちなみに,石狩湾をはさんで小樽側からの増毛山地の眺めは日本離れした素晴らしいもので,撮影ポイント(毛無山展望所)もフィックスしているので,いつかゲットしたいと思っています(下図).このポイントからは,シミュレーションによると,なんと大雪山や富良野西岳なども見えているようです.
某大学ヨット部の新人訓練で湾に出たとき『あそこに見える陸地はロシアなんだよ』と冗談言うと,たいていの(本州出身の)新入生は “ロシアすげぇ” と信じてしまうという笑い話を聞いたことがあります.大丈夫なのか,某大学生.

小樽市毛無山展望所 から見た増毛山地(カシミール3Dシミュレーション).クリックで拡大表示を on/off できる.

北海道の第四紀火山:地質解説とインデックス

北海道の第四紀火山分布図と火山帯・火山弧.地図と火山分布は,産総研地質図 Navi による.ピンク色三角で表した火山は,二つの火山弧の間及び背弧側の孤立火山を示す.

 北海道は,北米プレートの下に太平洋プレートが沈み込むプレート収束帯に位置しており,海溝に沿った形で島弧火山が活動する地域となっています(島弧-海溝系).
 襟裳岬沖で ENE-WNW 方向の千島海溝とほぼ NS 方向の日本海溝とが接合しており,それぞれに対応する千島火山弧本州火山弧が発達しています(右図).
 したがって北海道は二つの火山弧が接合する場になっていますが,両者の間には大きなギャップ(石狩低地帯)があり直接には接していません.

 二つの火山帯の間には,利尻火山・暑寒別火山・イルムケップ火山などの “孤立火山” があります.また,本州火山弧の背後には渡島大島などの “背弧火山” が少数分布しています.これらの火山学的意味は,残念ながら私には解説することができません.

 この項では,アーティクル後半に掲載する北海道のさまざまな第四紀火山について,そのインデックスと簡単な地質学的背景を示しておきたいと思います.


Geology: 千島火山弧

 大雪山-十勝岳連峰は,言うまでもなく “火山連峰(火山群)” です.それは,北海道の中央部に南北に連なった火山群の一部なのでしょうか? 実は,大雪山-十勝岳火山群は,阿寒-屈斜路・知床火山群と共に,東北東-西南西方向に伸びる千島火山弧の西端部を作っているものです(下図1枚目).つまり,あくまでも『地球科学的には』という意味ですが,大雪山-十勝岳連峰から東側の道東地域は千島列島の一部であると言うことができます.


千島火山弧の火山分布と火山帯.地図と火山分布は,産総研地質図 Navi による.マウスクリックで説明入りの図(2枚)に進み shift+クリックで戻る.

 大雪山-十勝岳連峰の伸びの方向はほぼ北東-南西で千島火山弧の方向とは 30 - 45 度程度斜交しています(左図2枚目).これは知床-屈斜路-阿寒や国後・択捉もすべて同じです.このような構造は雁行配列en échelon arrangement)と呼ばれています.
 日高山脈の項で書いたように,千島火山弧の前面(千島前弧)の部分は西進して北海道の中央部に衝突し日高衝突山脈を形成しています.千島火山弧の雁行配列は,この右横ずれ運動に関連したものと考えることも可能です(左図3枚目).


北海道東部の千島火山弧の俯瞰イメージ.カシミール3Dによる厚岸上空2万mから北北西方向を俯瞰したシミュレーション.マウスオーバーで三つの “火山列” を表示する.

 上の図は,北海道東部に “刺さり込んでいる” 千島火山弧西端部の姿を南側上空から俯瞰したものです.知床半島は雁行配列する国後-択捉と同様な火山列の一つですが,その西端がどこかは分かりません.ここでは単に見た目で摩周カルデラを西端としています.摩周火山は屈斜路カルデラの外輪山と捉えることも可能なので,その場合は屈斜路火山列側の “二重カルデラ” なのかもしれません.
 見た目と言えば屈斜路カルデラの威容は,東側が開析されていますが,さすが “日本一大きなカルデラ”(直径約 21 km) と言えるものです.また,雄阿寒岳を中心とする阿寒カルデラもその規模では引けを取りません.しかし残念なことに,開析と雄阿寒・雌阿寒の噴出物による埋積で,外形(特に西側)や規模があまりはっきりしていません.
 阿寒カルデラの背後には,千島火山弧の北西端・大雪-十勝岳火山列が遠く見えています.その手前には,最近その存在が指摘された十勝三股カルデラ(石井ほか,2008)が見えています.その直径は約 17 km です.


石井英一・中川光弘・齋藤 宏・山本明彦(2008)北海道中央部,更新世の十勝三股カルデラの提唱と関連火砕流堆積物:大規模火砕流堆積物と給源カルデラの対比例として.地質学雑誌,114,348-365.


Geology: 道南第四紀火山帯

道南(後志-胆振)地域の第四紀火山分布.地質図・火山分布は産総研地質図 Navi による.マゼンタ三角:活火山.オレンジ三角:それ以外のおもな第四紀火山.マウスオーバーで “火山群” を表示する.

 札幌市の西方,後志(しりべし)-胆振(いぶり)西部地域は,最初に示したように本州火山弧の北方延長で,支笏・洞爺などのカルデラを含む大規模な火山群が発達する地帯です(右図).活火山がマゼンタ色,それ以外の第四紀火山がオレンジ色の三角マークで示されていますが,新第三紀中新世~鮮新世の火山も広く分布しています.
 ただし,一口に第四紀火山と言っても,2 Ma(200万年前)前後の前期更新世のものが含まれています.それらは鮮新世火山との間に活動時期の大きなギャップは無く,分布範囲もオーバーラップしています.おそらく一連の火山帯を形成しているものと考えられます.道南地域の活火山は,カルデラ形成を含めて後期更新世以降(0.13 Ma ~)の活動のもので,鮮新世-前期更新世火山とは活動時期にギャップがあるのかもしれません(未確認).

 マウスオーバーで表示されるのは,いくつかの後期更新世以降の火山集中域ですが,ここで書いた『〇〇火山群』という名称は,火山学的に正式な用語ではありません.これらの火山分布にはある種のまとまりと “配列” が見られることから私が勝手につけた名前です.
 配列に関して言えば,ニセコ-羊蹄火山群・支笏火山群に関しては,NW-SE あるいは WNW-ESE 方向の明らかな配列が認められます.そういう眼で見ると,積丹半島の余別岳などの火山は NW-SE 方向のいわゆる “積丹方向” を形成していて,その基部に赤井川カルデラが位置しています.単なる偶然かもしれませんが気になるところです.
 なお,論文・報告書をいろいろ探ってみるとニセコ火山群という呼称は時々見られますが,“ニセコ-羊蹄火山群” というのは無いようです.ニセコ火山群は日本海側の少し古い(おそらく鮮新世の)火山を含めると WNW-ESE 方向の配列を持っていますが,その東方を見ると羊蹄山があり,さらにその延長には尻別岳という二つの第四紀火山が存在しています.偶然とは私には思えません.マグマ特性や活動時期などの火山学的なことはまったく分かりませんが,それらをひっくるめて一つの火山群と捉えてみたものです.


北海道南西部火山群のカシミール3Dによる俯瞰イメージ.上:夕張山地上空2万mからの西方向俯瞰.下:積丹半島沖上空2万mからの南方向俯瞰.白縁取り赤文字:活火山.赤縁取り白文字:それ以外のおもな第四紀火山.黒文字:おもな鮮新世火山.活火山と表記されているカルデラは “そのカルデラ関連の活火山がある” という意味で,カルデラそのものが活火山ということではない.マウスオーバーで火山説明を消去する.

 上の図は,道南第四紀火山群の二つの視点からの俯瞰シミュレーション図です.他のシミュレーションも同じですが,この規模の大地形の特徴を俯瞰するには最低でも2万 m = 20 km 程度の高度が必要です.もう少し高度を取れば遠景のパースが緩くなるのですが,俯瞰の醍醐味も減少してしまうというか.それにしても,本州火山弧の北端である道南第四紀火山帯のダイナミックさには今更ながら魅了されてしまいます.
 なお,“鮮新世火山” が札幌西方に偏在しているように見えますが,これはいわゆる “平頂溶岩” が形作るピークを表したもので,(中新世~)鮮新世火山噴出物自体は,道南地域全体に広く分布しています.


※ この俯瞰図では噴火湾が非常に存在感があります.しかし,その名前とは裏腹に噴火湾は火山噴火によって形成された巨大カルデラではありません.別名(正式名?)は内浦湾です.
噴火湾の成因については不明とされていますが,最近では横ずれ断層に伴う “拡大” によって形成されたとする説も出ています(加藤,2024).しかし,拡大に伴う局所的な質量欠損の補填については考慮されていないようです.むしろ,横ずれ断層間の引張場が陥没して形成されるプル・アパート盆地(pull-apart basin)とするほうが簡単かもしれません.いずれにせよ,そのような大規模な横ずれ断層が実在するのか,拡大・陥没の規模や過程は? ...など不明な点がたくさんあり,まだよく分かっていないのが実情です.
  加藤孝幸(2024)噴火湾拡大説.日本地質学会第131年学術大会講演要旨,G-P-6


(これらの項 2026/03/15 再構成・加筆)


大雪山-十勝岳連峰

 下のパノラマ写真は,富良野市ふらのワイナリー付近から撮影した晩秋・初冬の大雪(たいせつ)山-十勝岳連峰です.たまたま天候にも恵まれたシャッターチャンスでしたが,北海道の最高峰・旭岳を含む連峰のパースぺクティヴが,初雪の冠雪と相まってダイナミックに捉えられています.十勝岳の麓には,約 10 万年前に噴出した十勝火砕流堆積物の平坦な堆積上面がよく見えています.その手前は『活断層の諸問題』で紹介した構造盆地・ 富良野盆地 です.

大雪山-十勝岳連峰.富良野市ふらのワイナリー付近 から撮影.焦点距離:135 mm で撮影した6枚を合成.2021 年 10 月撮影.クリックで拡大表示を on/off できる.

 観光スポットして有名な上富良野町ジェットコースタの路は,大雪山-十勝岳連峰をほぼ正面から見ることができる貴重なスポットでもあります(下写真).上のふらのワイナリーからの写真と比べると,視線角度がまったく違っていることが分かります.特に,大雪山と十勝岳連峰群との中間部(化雲(かうん)岳~トムラウシ山)が真正面から非常によく見えています.ただしこの写真は晩秋-初冬には入っていないので冠雪がわずかで,山容の立体感はさほど感じられません.

大雪山-十勝岳連峰.上富良野町ジェットコースターの路 から撮影.焦点距離:24 mm で撮影した2枚を合成.2023 年 10 月撮影.クリックで拡大表示を on/off できる.

 『旭野やまびこ高地』(右写真)は,某新聞記事で最近知った十勝-大雪の展望場所です.“かみふらの八景” の一つで,上に書いたジェットコースターの路もその一つになっています.
 このポイントの最大の売りは,遮るものの無い平坦高地の上ということでしょう.しかし残念ながらこの時(2025/10)は十勝岳周辺にはあいにくの雲がかかっており,火山連峰の写真を撮ることはできませんでした.自衛隊上富良野演習場がすぐ眼の前にあり,砲撃音が響き渡り着弾土煙も見えてすごい迫力でした.

 下に示したのは,カシミール3Dでシミュレートした “こう見えるはず” 画像です.十勝岳にかなり接近した位置なのでその連峰が前面に出ており,一方トムラウシ山から向こうの大雪山域はかなり斜めで小さめです.また少なくとも私が行った展望場所からは,大雪山方面は畑の外を囲む林に隠れていて,こうは見えませんでした.条件が良ければ素晴らしい十勝岳連峰が撮れるものと期待していますが,どうなるか.時間的には正面から陽を受ける午後遅くがベストでしょう.


上富良野町旭野やまびこ高地 から見た十勝岳連峰-大雪山(カシミール3Dシミュレーション).焦点距離設定: 8 mm.

大雪山

 北海道の最高峰・旭岳(2290.9 m)を含む大雪山ですが,不思議なことに私はあまり写真を撮っていません.いつも富良野-美瑛ドライブの帰り際に旭川周辺で後ろを振り返って見て『あ,大雪だ』と思うだけで,そこからは写真を撮っていません.なぜなんでしょうか.


※ 『大雪山』というのは単一の山を示す言葉ではなく,そういう名前のピークはありません.それではどの山系範囲が大雪山なのかというと,よく分かりません.国土地理院地図では,愛別岳~旭岳~白雲岳~化雲岳~トムラウシ山と連なる広大な部分を『大雪山系』と図示していて,その南限はオプタテシケ山のすぐ北まで拡がっています.歴史的にも色々あるようで確かなところは私にはよく分かりません.ここでは,愛別岳~安足間岳~北鎮岳~旭岳~白雲岳と連なる一連の(・一塊の)山系を『大雪山』と呼ぶこととします.


富良野市ふらのワイナリー付近から撮影.焦点距離:135 mm で撮影した3枚を合成.2021 年 10 月撮影.

 先に掲載したふらのワイナリー付近から撮影したパノラマ写真の左半部を合成し直したものです.ちょっと遠くて斜め視線なので,大雪山はあまり迫力がありません.しかし,おそらく初雪だろう真っ白な冠雪が鮮やかです.右側に見えるのは十勝岳連峰の北端部ということになります.両者の間に小化雲岳~トムラウシ山の山稜が見えています.


旭岳周辺のクローズアップと地獄谷.上のパノラマ写真の一部を切り出し,Topaz GigaPixel で解像度を上げ,Photoshop で階調を強化したもの.

 上のパノラマ写真から旭岳周辺をクローズアップしたものです.今まで気づいていなかったのですが,旭岳直下には山頂部から西に長く伸びた形状を持つ爆裂火口-地獄谷が見えています.その先には旭岳ロープウェイ姿見駅がありますが,写真左端に見える暗い長方形がもしかするとそうかもしれません.
 地獄谷は幅が最大 480 m,長さが 1.6 km 以上という非常に細長いアスペクト比の地形で,その下部には多くの噴気孔があります.地獄谷の成因を調べると約 600 年前の水蒸気爆発で生成した爆裂火口が侵食されたものとなっていますが,下部では火口形状が不明瞭になっていて,地表に小規模な凹凸が散在しています(御田ノ原周辺).600 年間程度の侵食開析ではできそうもないような気がします.爆裂火口の西壁が山体崩壊を起こしたのではないかと想像しているのですが,調べてみてもそういう話がどこにもないので,素人妄想かもしれません.

 なお余計な話ですが,後旭岳の南側に見える溶岩流の壁はすごい迫力です.今まで自分としては写真を風景として撮るだけであまり追究してこなかったのですが,遠景で見る火山地形の数々というのも面白いものだと感じます.


大雪山~トムラウシ山.上富良野町ジェットコースターの路から撮影.焦点距離:120 mm で撮影した3枚を合成.2023 年 10 月撮影.

 ジェットコースターの路から見た大雪山~トムラウシ山.十勝岳がモロ見えなので,あ,いいなと撮ったら,その左側に実は大雪山系がきっちり写っていた...最近になって気づきました.大雪山を意識したショットではありません.まだ秋も盛りなので,山々にはほとんど冠雪がなく,標高の高いところだけにうっすらと見えています.大雪山と十勝岳連峰との中間の凡忠別岳~小化雲岳~化雲岳と連なるなだらかな稜線がよく見えます.これは大雪火山群よりも古期の安山岩溶岩流が作る台地状地形です.


トムラウシ山.上のパノラマ写真の一部を切り出し,Photoshop で sky-replacement, generative fill を施したもの.

 実はこのショットで一番気になったのは旭岳周辺のいわゆる大雪山ではなく,トムラウシ山です(右写真).
 トムラウシ山(2141.2 m)は活火山ではありませんが,その山容は比較的フレッシュでワイルド,地形図で確認すると多数の溶岩円頂丘・爆裂火口が分布しています.これら新期の火山活動はおよそ 30 万年前に始まり,10 万年前前後まで続いたようです.完新世の活動もあるという話も聞こえますが未確認です.
 写真右奥の少し暗くなっているピークがトムラウシ山ですが,その左に連なっているのは多少開析されていますが溶岩円頂丘群です.この背後に,ヒサゴ沼とその南の円頂丘群が隠れています.トムラウシ山がこのような特徴的な山容の山だったとは...


※ このクローズアップ写真は,上のパノラマ写真の一部を切り出したものですが,そのままではかなり悲惨なクォリティなので,AI リサイズで解像度を上げ,さらに sky-replacement や generative fill によって見栄えを良くしたものです.つまり,ほとんど『絵の具で描いた絵』のようなものですが,トムラウシ山自体の描写は “現実の”(?)ものそのままで,人工的に加わった形状・地形はありません.


(この項 2025/09/06 加筆)


大雪山.美瑛町大村 から撮影.焦点距離:140 mm.2022 年5月撮影.
大雪山.当麻町伊香牛付近 から撮影.焦点距離:70 mm で撮影した写真からクロップしたもの.2019 年5月撮影.

 右にあげたのは,自分の写真ライブラリの中から大雪山をテーマにした写真を見つけ出したものです.偶然ですがどちらも5月の新緑・残雪の時期です.

 美瑛町からの写真(上)は,大雪山のほぼ正面ビューと言えるでしょう.白雲岳方面は残念ながら雲に隠れ,見えていません.旭岳は最高峰なのですぐにそれと分かります.その前面には地獄谷が見えています.ちょっと意外というか調べて初めて知ったのは,左側の2番目に高いピークが安足間(あんたろま)岳(2194 m)であることでした.その手前が当麻岳です.熊ヶ岳の後ろには直径が約 700 m の大きな火口がありますが,見えていません.

 当麻町からの写真(下)は,私としてはレアな大雪山の北西側からのビューになります.当然のことながら,上のビューとはピークの配列が大きく異なっています.愛別岳の左には凌雲岳があり,その左奥にギザギザの稜線が見えています.上川岳(1884 m)の稜線かもしれませんが,自信はありません.旭岳の右側奥に遠く忠別岳が見えます.


十勝岳

 十勝岳火山群は,北海道で最もダイナミックな火山景観を持つものでしょう.私は火山というものについては,ほとんど専門知識を持ち合わせていませんが,この視覚的なダイナミズムには単純に圧倒されてしまいます.

中富良野町北星山付近 から撮影.焦点距離:200 mm で撮影した4枚を合成.2004 年5月撮影.

 上のパノラマ写真は,おそらく私の『山並みパノラマ開眼!写真』です.2004年5月撮影ですが,純粋に風景として撮ってパノラマ合成したものとしては最初と思われます.その時合成に使ったソフトはプリンターについてきたおまけソフトで,いろいろ合成品質に問題があったので,最新の PTGui で合成をやり直しています.
 初めて買ったデジタル一眼(PENTAX *istD:600万画素!)で夕暮れのキャンプ場から撮ったものですが,いろいろな意味で自分にもこういう写真が撮れるんだ!と実感したものです.あと,低解像度写真でもパノラマ合成で超高解像度になるというメリットも...この場合,結果画像は約 10,000 x 2,000 = 2千万画素で,当時のデジカメではとても望めなかった解像度が得られました.
 この写真を撮ったあと陽が沈んでいき,十勝岳の頂上がピンクに染まるまで見て(・撮って)いたという記憶があります.残念ながら美瑛富士の左方(オプタテシケとか)は写っていません.林に隠れていたんでしょうか?


美瑛町美生付近 から撮影.上:焦点距離:120 mm で撮影した3枚を合成.2021年10月撮影.
下:焦点距離:240 mm で撮影した5枚を合成.2021年10月撮影.

 個人的にはここ(美瑛町美生)が『十勝岳ベストビューポイント』だと思っています.平地なのでアクセスが簡単.いまは超有名になってしまって近づく気もしない “青い池” のすぐ近くですが,ここで写真を撮っている人には今まで会った事がないし,インバウンドの連中など影も形もありません.実に素晴らしい独り占めポイントです.なんと言っても,それぞれボリュームのある火山ピークがずらりと並んで見えるのは大迫力です.
 白金方面に行く道道から滑空場方面に左折するとすぐ,右手に十勝岳連峰が見えてくるのですが,右側の丘で十勝岳から南は隠れています(上写真上).少し進んで美聖橋まで行くと,上富良野岳周辺まで見えてきますが,今度は美瑛富士から北は隠れてしまいますr(上写真下).わずか 400 m 程移動しただけで山の見え方は大きく変わります.
 ここから十勝岳連峰を眺めていると,日高山脈・夕張岳など構造山地の山容とはまったく違う火山の少し丸みを帯びて優しくしかしエネルギッシュな山容に魅了されます.


美瑛町美生付近から撮影.焦点距離:160 mm で撮影した4枚を合成.2022年5月撮影.

 この写真は,上のパノラマ写真の上と同じアングルですが,季節がまったく違います.鮮やかな新緑と谷筋に残る残雪とのコントラストに魅了されます.個人的には,これが十勝岳周辺の一番のお気に入りの季節です.長い冬から解放されて “爆発” する樹々の生命力を感じてしまいます.特に,望岳台周辺の新緑は圧巻です.
 写っているピークは左からオプタテシケ山・ベベツ岳・石垣山・美瑛富士・美瑛岳です.美瑛岳の山頂は雲に隠れており,十勝岳は残念ながらまったく見えません.


美瑛町白金模範牧場 から撮影.焦点距離:100 mm で撮影した5枚を合成.2023年10月撮影.

 このビューポイントは,なにしろ広い牧場の脇なので遮るものがなく,十勝岳火山群が美瑛富士から前富良野岳までほぼ全部見えています.もう少し左を見ればオプタテシケ山まで見えているはずですが撮ってないだけ? 大雪はその手前の山に隠れて見えないようです.ポイントが十勝岳に近くて視線が斜めになっているためパースがきついのが玉に瑕かもしれません.
 この写真は昼頃の撮影のため,右側にすぐ太陽があり富良野岳方面は真っ黒になってしまいました.そういう場合は空の色も変わってしまうため,パノラマ合成の際には手ごわいものがあります.もう少し午後遅くなれば,光が正面になって良くなるのではないかと思います.


上富良野町富原 から撮影.焦点距離:150 mm で撮影した4枚を合成.2024年5月撮影.

 美瑛から少し南に離れると,十勝岳連峰の南半分が非常によく見えてきます.富良野岳周辺は山容がかなり鋭くて,十勝岳周辺とはまたちょっと違った雰囲気になっています.手前の田園風景や丘との対比が富良野っぽく,お気に入りです.紅葉の秋や初冬だったらどうなのか?などという期待も.左側に見える丘の広葉樹が “春もみじ” 状態になっています.私の好きな季節です.


富良野市ふらのハイランド から撮影.焦点距離:300 mm で撮影した5枚を合成.2021年10月撮影.
富良野市山部自然公園 から撮った十勝岳連峰の南端部.焦点距離 200 mm で 2021年10月撮影.

 上のパノラマは,多分私の十勝岳の写真の中で一番南から撮ったものだと思われます.芦別市との境界に近いふらのハイランド駐車場からの撮影です.富良野岳・前富良野岳が前面に出ており,その右側には十勝岳連峰から多少離れた孤立火山体(?)である下ホロカメットク山の特徴的な円錐形が見えています.その中間部には冠雪の尾根筋が見えていますが,その左に境山が隠れているようです.

 これ以上南へ行くと,十勝岳は富良野岳のちょうど後ろに隠れてしまい,見えません(右写真:富良野市山部から).これが十勝岳連峰の実質的な南端部です.この左側には遠く大雪山が見えることになっていますが,残念ながら私は見た記憶がありません.


鹿追町鹿追付近 から撮影.焦点距離:500 mm で撮影した4枚を合成.2025年1月撮影.

 これは上にあげた何枚かのパノラマとはちょっと違っていて,唯一の『裏(東)側からの十勝岳』です.ここをクルマで通りかかって『この白い山はどこなんだろう? 右側の火口の見える山は??』と思ってシャッターを切りました.方向感覚が狂っていたのか,然別の奥にある山でも見てるのかな?と思っていたのですが...帰宅してカシミール3Dでシミュレートしてみて驚きました.一番高いピークが十勝岳だったのです.東側からこう見えるとは,全然予想してませんでした.残念ながら美瑛富士は雲に隠れて見えません.その右に下半分が見ているのは石垣山~ベベツ岳だと思われます.


美瑛岳山頂の “火口” 地形.上:鹿追町鹿追から.中:中富良野町北星山から.下:富良野市ふらのハイランドから.いずれも,上に示したパノラマ写真の原版からクロップして画質を調整したもの.

 それにしても,さらに驚いたのは美瑛岳山頂の巨大な火口?(直径約 1 km)です(右写真上).これは西側からはほとんど見えないので,左右対称円錐形の美瑛岳とはまったく違った山に見えてしまいます.“火口” 内壁には,向かって左側にゆるく傾斜する溶岩流の層状構造が見えています.

 とはいえ,なんにせよ南西側に開いた地形なので,西側からも見えるのではないかと撮った写真を点検してみたら,ちゃんと写ってました(右写真中・下).しかし,少なくとも私はそれとはまったく気付いてませんでした.ビューポイントが中富良野町より北だと,美瑛岳山頂から南西に伸びる稜線の陰になってしまい,まったく見えません.

 この “火口” は,美瑛岳山頂部から南西側に開いた馬蹄形をしているもので,爆裂火口にしては大きすぎるというか,十勝岳周辺のものよりはるかに大きなものです.もしかすると山体崩壊によるものかもしれないのですが,私には(文献等を調べていないので)よく分かりません.ネットでは爆裂火口と書かれたものが多いようです.産総研地質図 Navi の火山地質図にも火口と図示されていますが,名前はついていないようです.そうだとすると,かなり古い火口でその後の開析でこのように大きなものになったということかもしれません.


(2025/02/13 逐次公開)


知床連山

 世界自然遺産にも指定されている北海道の代表的な火山地帯(=千島火山弧の一部)・知床連山ですが...何度も行っているところなのに不思議ですが,私はほとんどその姿を写真に収めることができていません.逆光だったり,雲に隠れていたり,猛吹雪でホテルに閉じ込められそうになってそれどころではなかったり...運が無いのでしょう.
 下図上に示したのは,有名な小清水原生花園からの景観シミュレーションです.ちょっと遠いのですが,斜里まで行くと少しパースがきつくなってしまいます.斜里岳の端正さが素晴らしいです.この反対側,野付半島からのビューもシミュレートしてみたら,知床半島の全体がほぼ見えていて素晴らしいです(下図下).これらのビューをなんとかゲットする機会がないものかと考えているのですが,なにしろ札幌からは遠い...


知床連山のカシミール3D景観シミュレーション.小清水町小清水原生花園 から,焦点距離設定:20 mm.
知床連山のカシミール3D景観シミュレーション.中標津町野付半島から,焦点距離設定:14 mm.
摩周湖第三展望台から見た知床連峰の南端部.焦点距離 24 mm.2019年9月撮影.

 これまで実際に行ってみた場所からのビューとしては,ちょっと意外ですが屈斜路湖西にある津別峠から知床連峰の中央部から基部,さらには摩周カルデラのカムイヌプリまでが見えるはずです(下のカシミール画像).羅臼岳の特徴あるピークも...しかし当然ですが視程の良いときでないとダメで,私はこれまでこういう景観を実際に津別峠展望台から見たことはありません.

 右の写真は,私が持っている唯一の(?)知床連峰所属ピークの写真です.摩周湖の深い青の向こうに霞んでいるのが斜里岳で,その右が標津岳と武佐岳です.摩周湖展望台から見えるのは残念ながら角度的にこれだけです.


知床連山のカシミール3D景観シミュレーション.津別町津別峠から,焦点距離設定:24 mm.

阿寒-屈斜路

摩周湖第一展望台から見た阿寒火山群.焦点距離 75 mm.2019年9月撮影.

 阿寒-屈斜路火山群は,衛星高度から見るといくつかのカルデラからなる非常にダイナミックな火山群(・火山列)なのですが,その地形的な制約で地上からはいまいち目立ちません.なかなか良いビューポイントがないのですが,対面にある摩周湖カルデラ壁上の展望台からがとりあえずのビューポイントです(下図上).ここからは,阿寒火山(右写真)と屈斜路カルデラの外輪山,それに有名な硫黄山(アトサヌプリ)などの溶岩ドーム群を眺めることができます.

 もう一つの意外なビューポイントは,はるか南に離れた釧路湿原周辺からのビューです(下図下).雌阿寒岳と雄阿寒岳がこんなに離れて見えるのかと驚きますが,よく見ると阿寒火山群だけではなく,屈斜路湖周辺の溶岩ドームや知床火山群西部までが見えています.釧路湿原には何度も行ってますが,後者に気付いたことは今までありません.本当なんでしょうか?! 今後の課題です.


弟子屈町摩周湖第三展望台から見た阿寒-屈斜路火山群(カシミール3Dシミュレーション).焦点距離設定: 16 mm.
釧路市細岡展望台から見た阿寒-屈斜路火山群(カシミール3Dシミュレーション).焦点距離設定: 18 mm.

Geology: 阿寒-屈斜路火山地形(構想中)

 

ニセコ連峰-羊蹄山

ニセコ火山群

蘭越町八幡神社付近 から撮影.焦点距離:54 mm で撮影した5枚を合成.2002年4月撮影.クリックで拡大表示を on/off する.
上のパノラマ写真のオリジナルショットの一枚.Casio QV-400 によるカメラ直出し(SOOC)写真.

 まずはニセコ火山群のお膝元から捉えたその全貌です.少し視線が斜めになっていますが,そのせいもあって羊蹄山まで見事にとらえることができました.多分,ニセコ火山群を真正面から撮れそうなのは昆布駅南方の斜面からだと思うのですが,トライできていません.
 実はこのパノラマ写真は,初期のコンパクトデジカメ(400万画素…)しか持っていなかった当時のもので,画質というか写りは非常にバッドなものです(右写真).おまけに,パノラマ写真に関するスキル・経験もほとんどなかった時なので,それを現在の技術・ソフトで HDR 処理・レタッチしてパノラマ合成し直したものですが,良くここまで持ってこれるものだと我ながら思います.クリックで拡大してじっくりと見て欲しいと思います.

 話を元に戻します.“ニセコ火山群” というのは特徴的なピークの形状(おそらく溶岩ドーム)や全体の山地集合形状で判断すると,向かって右(東)側のニセコアンヌプリ(1308.0 m)~シャクナゲ岳(1074 m)までを指すものと思います.白樺山から西は活動時期が古く山型が開析されているように見えます.目国内(めくんない)岳(1202.3 m)の左(西)側には雷電山がありますが写真には写っていません.

 ところでこのニセコ火山群は,ニセコからかなり離れたところからも実ははっきりと見えています.しかし,“あの山々” がニセコ火山群とは,私も含めて案外気づいていない場合も多いのではないでしょうか? 下に紹介するのはその例です.

壮瞥町オロフレ峠西方 から撮影.焦点距離:120 mm で撮影した3枚を合成.2020年10月撮影.

 このパノラマ写真の主題というか撮影目的は,もちろん左に見えている洞爺カルデラです.撮影場所は登別側からオロフレ峠を越えて壮瞥方面へ降り,しばらく行ったところにある駐車場です.残念ながら主題である洞爺湖は手前の地形にかなり隠されていて,感動はいまいちでしたがとにかく撮りました.その時は気付いていなかったのですが,パノラマ合成してカシミール3Dで確認していて,右奥に見えているのがニセコ火山群なんだとやっと気づきました.右側の一番高いピークがもちろんニセコアンヌプリです.


上のパノラマ写真からニセコ火山群周辺をクロップし画質調整したもの.

 その部分を切り取ってコントラストやハイライトを調整して見ると,こうなっています.ニセコ火山群の中でもっとも新規の火山であるイワオヌプリ(硫黄山)(1116 m)は,アンヌプリの陰になって見えていないようです.この角度では,最初のパノラマでは写っていなかった雷電山(1211.3 m)もはっきりと見えます.その向こうが日本海ですが,もちろん見えません.

 次は,なんと言っても洞爺カルデラのベストビューポイント,ウィンザーホテルです.もちろんあの超豪華なホテルの中から写真を撮ることは(お金が無くて)出来ないので,ホテルのかなり手前にある駐車場からのショットです.この時はちょうどよく駐車場の除雪で出来た雪山がテラスのように斜面の上に張り出しており,そこから遮るものないショットが得られました.夏とかだと(ヤブとかで)どうなっているかは分かりません.

豊浦町ウィンザーホテル付近 から撮影.焦点距離:24 mm で撮影した4枚を合成.2017年3月撮影.クリックで拡大表示を on/off する.

 このパノラマでは,豊浦町方面から昆布岳-羊蹄山,洞爺カルデラの全体,それに有珠山・昭和新山までが壮大なスケールで一望できます.実に素晴らしいポイントです.で,この中にもニセコ火山群のほぼ全体がきっちりと写っていました.


上のパノラマ写真からニセコ火山群周辺をクロップし画質調製したもの.

 ニセコアンヌプリは(羊蹄山も)残念ながら山頂付近に雲がかかり良く見えません.しかし,オロフレ峠付近からは隠れて見えなかったイワオヌプリの姿がはっきりと見えています.シャクナゲ岳から西側は昆布岳の稜線に隠れて見えていません.季節が季節なので火山群全体が積雪に覆われており,いかにも北海道の火山群という趣です.
 なお,天狗岳というのはカシミール3Dのシミュレーションにそう出てくるのですが,どこの天狗岳なのか良く分かりません.余市町と古平町の境界にある天狗岳(872.4 m)のことかもしれません.そうだとすると,このすぐ向こうは石狩湾ということになります.


※ ニセコ火山群の最高峰ニセコアンヌプリは,なんと噴火湾に面した伊達市側からも見えます.これについては,『有珠-昭和新山』の項で紹介します.


羊蹄山

圧倒的な羊蹄山の質量感.真狩村光付近 から.焦点距離 110 mm.2015年5月撮影.

 羊蹄(ようてい)山(1892.7 m)は,ニセコ火山群の東に位置する孤立火山です.その voluminous で堂々とした山容は,北海道では他に見ない圧倒的なもので(右写真),『蝦夷富士』という別称・愛称もあるくらいです.

 山形は全体として円錐形ですが,山頂部は直径 700 m,深さ 200 m の大きな火口になっており,頂部が平坦な『富士山型』の火山です.山体斜面には深く長いガリーが発達しています.山麓にはいくつかの寄生火山がありますが,この写真でははっきりしません.向かって左(西)側には “肩” がありますが,これは 1684 m ピークへ連なる稜線を見ているものです.この稜線の向こう側は不明瞭な馬蹄形の緩傾斜部分があり,西(ニセコ町側)への山体崩壊を示すものかもしれません.




羊蹄山四景.上左:東からの眺望.京極町川西 から.焦点距離:28 mm.2012 年 4 月撮影.上右:早春残雪の羊蹄山.洞爺湖温泉 から.焦点距離:150 mm.2017年 3 月撮影.下左:朝日に浮きあがる羊蹄山.洞爺湖温泉から.焦点距離:150 mm.2017年 3 月撮影.下右:夏の羊蹄山.洞爺湖温泉から.焦点距離:200 mm.2013年 9 月撮影.

 私が羊蹄山の山容を捉えたものは,残念ながらそう多くはありません.上にあげたのはその中からなんとか選び出したものです.
 京極町川西からのショットは羊蹄山の東からのもので,この視線では羊蹄山は左右対称で裾野の広い見事な富士山型をしています.たまたま放射状のすじ雲がかかっていて,なんとなく神々しいです.
 それ以外の3枚はどれも洞爺湖温泉街からの南からのショットです.最初にあげた写真にも見える左側の “肩” によって非対称型になっていますが,そのせいで岩手山型というか,かなりごつい感じにも見えます.地形陰影図で見ると,南麓部にはローブ状の溶岩流地形が目立つのですが,こうやって遠景で見ても良く分かりません.洞爺湖温泉街は羊蹄山から少し遠いのですが,ホテル上階の窓からゆっくりと見れるので,素晴らしいビューポイントです.


双子の羊蹄山.喜茂別町双葉 から.焦点距離:70 mm.2019年 3 月撮影.

 ところで,羊蹄山には双子の弟がいます.東南に 10.5 km 離れたところにある尻別岳(1107.3 m)です.北海道に来て最初にこのへんに巡検に行った時のことですが,札幌から中山峠を越えて喜茂別市街地付近から見えるこの山を羊蹄山だと思ったら,誰かから『あれはニセ羊蹄というんだ.よく間違える人がいる.右のほうを見ろ.』と教えてもらいました.
 左の写真は,南東側の双葉付近からのものですが,高さはぜんぜん違うのに距離の関係でほとんど同じ大きさに見えています.同じ成層火山ですから形もよく似ていますので,なぜ双子と呼ぶのか分かっていただけると思います.さて,どちらが羊蹄山でしょう?

 なお尻別岳は,この写真の反対側・北西側では大規模な山体崩壊を起こしており,真狩村市街地付近まで長さ 8 km に渡って,ほぼ羊蹄山の山麓にまで達する流れ山地形を造っています.


有珠山-昭和新山

有珠山

 世界ジオパークともなっている有珠山は多分『札幌に一番近い活動的な火山』で,札幌中心部からは直線距離約 70 km です.最近では 2000 年に大きな噴火を起こしており,その前が 1977 年・1944 年・1910 年と,ほぼ 20 - 30 年周期で大規模な噴火を繰り返しています.2000 年噴火では,おそらく他に類のないと思われる “国道上に噴火口(西山西火口群)が形成される” という事象が発生し,国道 230 号線は寸断されました.

伊達市有珠山SA から撮影.焦点距離:90 mm で撮影した3枚を合成.2004年5月撮影.

 上の写真は,私の持っている有珠山のベストショットです.有珠山-昭和新山だけではなく,くっきりと神々しい羊蹄山,昭和新山の左には冠雪のニセコアンヌプリ,右側には洞爺湖中の溶岩円頂丘である中島の頂部が見えています.有珠山の左奥には,幌内山など黒松内方面の冠雪の山々が見えています.
 有珠山はいくつかのサブピークからなっており,その構成・形状は噴火のたびに変化しています.現在の最高ピークは大有珠(733 m)です.なお有珠新山(669.2 m)は,オガリ山(672 m)の向こうに隠れています.


壮瞥町壮瞥温泉東方 から.焦点距離:24 mm.2009年 3 月撮影.
洞爺湖町岩屋付近 から.焦点距離:24 mm.2009年 3 月撮影.
有珠山周辺の地形図.国土地理院地図による.

 洞爺湖側に下りて湖畔に出ると,右のような風景が広がります.四十三(よそみ)山(251.6 m)は,明治四十三(1910)年の噴火で形成された溶岩円頂丘で,写真ではよく分かりませんが,ピークの背後に直径 130 m 程度の火口群があります.東丸山(307 m)は,古い有珠外輪山溶岩からなり溶岩円頂丘あるいはスコリア丘と思われますが詳細は分かりません.なお,オガリ山は大有珠の後ろに隠れています.この左側に昭和新山がありますが,なぜか写真には入っていません.

 洞爺湖を挟んだ反対側に行くと,右写真のような少し funny な風景が見えてきます.大有珠の右には有珠新山の肩がはっきりと見えるようになります.金毘羅山(309 m)から右は洞爺湖中島の円頂丘群によって見事に隠されています.

 視点の違いによるこれらの有珠山のサブピークの配置というか見え方には,門外漢の私はいつも混乱してどれがどれだか分からなくなってしまい,カシミール3D(カシバード)のお世話になっています.
 左にそれらの配置と名前を地形図上に示しておきますので,理解の参考にしてください.これらのサブピークのほとんどは(潜在)溶岩円頂丘です.


伊達市有珠山SA から.焦点距離:90 mm で撮影した2枚を合成.2001年 12 月撮影.

 左は,初期のコンパクトデジカメによる写真で,あまり画質が良くないのですが,2001 年 12 月撮影でオガリ山基部付近からの噴気が印象的です.2004 年の写真には噴気はまったく見られないので,2000 年噴火による地熱上昇の影響が続いていたということなのかもしれません.


有珠山火口内部 の状況.場所は正確には不明.焦点距離:90 mm.2002年 5 月撮影.

 私は火山関係の某氏に連れられて 2002 年 5 月に特別に有珠山火口内に立ち入っていますが,2000年噴火後2年たってもその噴気の勢いはかなりのもので,火口内全体にもうもうと噴気が立ち込めていました(左写真).火山というもののダイナミズムを感じます.

 あれから既に 20 年以上が経過しました.上に記した火山活動の周期性を考えると,科学的な根拠はないのですが,そろそろという感じもします.


昭和新山

伊達市有珠山SAから.焦点距離:90 mm で撮影したものからクロップ.2004年 5 月撮影.
洞爺湖上空 を飛行するヘリコプターから.焦点距離は不明.2000年 4 月撮影.

 溶岩円頂丘の出現と成長が三松正夫氏によって克明に記録された例としてあまりにも有名な昭和新山(398 m)ですが,私はほとんど写真を撮っていません.右に示したのは “有珠山を撮ったら写っていた” レベルのもので,この世界的にも有名な火山をなぜ真正面から撮っていないのか自分でも不思議です.

 右下の写真は,2000 年噴火の調査でヘリコプターに搭乗した時の稀有なショットで,昭和新山の北側から南を見下ろしたものです.
 撮影地点や高度はもちろん不明ですが,撮影焦点距離を 42 mm 程度と仮定してカシミール3D(カシバード)でシミュレートしてみると,湖岸から 200 - 300 m 離れた洞爺湖上空の対湖面高度 550 - 600 m からの撮影(俯角 8 度)と推定されます.

 昭和新山の後ろを流れているのは長流(おさる)川で,河口が見えています.左奥が伊達市街です.その向こうはもちろん噴火湾ですが,対岸(函館側)に横津岳が明るい雲の下に見えています.その右方には駒ヶ岳があるはずですが,残念ながら雲で隠されて見えません.

 こういう俯瞰で見ると,昭和新山というのは『複合溶岩円頂丘』だということがよく分かります.最初にできたドームの西側に昭和新山のドームが突き出てきたようにも見えるのですが,三松ダイアグラムを見るとその逆で,新山ドームが最高標高に達した後に向かって左側の部分が急上昇しています.どういうメカニズムなのか私には分かりません.あと,新山ドームの左側が凹んで全体がリング状になっている理由も私には分かりません.もしかして,(単なる素人想像ですが)新山ドームの上昇に伴って既存ドームの一部がドラッグされて移動し質量欠損を起こした?のかもしれません.


積丹半島

小樽市蘭島海岸 から見た積丹半島の山.焦点距離:40 mm.2021年3月撮影.

 海水浴場で有名な蘭島海岸から垣間見た積丹半島の山です.湾の向こうが余市市街です.真っ白で神々しい積丹岳(1255.4 m)と余別岳(1292.7 m)が見事に見えています.天狗岳との間には両古美山・泥ノ木山・当丸山などの当丸峠周辺の山々がありますが,残念ながら手前の山で隠されて見えていません.


 積丹半島の山々を一望に見ることができるポイントはそう多くありません.厚田・石狩海岸付近から石狩湾をはさんで見ることができますが,海の向こうに遠く見えるものなので,なかなか難しい点があります.午後になって逆光になると海面上ということもあり haze で視程が厳しくなるので,冬季の午前中しかないのかなと思われます.

石狩市石狩浜 から見た積丹半島(カシミール3Dシミュレーション).焦点距離設定: 70 mm.

噴火湾(内浦湾)の山々

 先日函館に出張したのですが,その行き帰りに見た噴火湾(内浦湾)周辺の山々の景観は,いまさらながら非常に印象的なものでした.帰札してさっそくカシミール3Dでシミュレーションしてみると “そうだったのか!” がゾロゾロと.代表的なビューポイントはおそらく北東・南西側に二つあります.
 下にあげたのは後者で,八雲町の『噴火湾パノラマパーク』(公式認定ビューポイント?!)からのものです.山名がごちゃついてますが,望遠設定でそれぞれ確認しています.左側は渡島半島日本海側の狩場山,中央にはニセコ~羊蹄山~洞爺,右側は室蘭までがすべて見えています.その後ろには,余市岳~無意根山~札幌岳の札幌西方山地と恵庭岳(!)も頂上だけが辛うじて見えます.
 反対側(有珠山SA)から見た景観も,羊蹄山~狩場山~駒ヶ岳から恵山までが見えており,壮大なものです.もちろん実際には視程が必要なので,それらの視認や写真撮影は,秋~冬季の好天時でそれぞれ午前早くと午後遅くに限られるでしょう.
 しかしなにしろ,ビューポイントが札幌から遠いというのが最大のネックです.今回は天候とスケジュールの問題で写真は撮れませんでした.ということで,成算はまったく無いのですが.


八雲町噴火湾パノラマパーク から見た噴火湾北西側(カシミール3Dシミュレーション).焦点距離設定: 10 mm.
上の景観を焦点距離 200 mm で 14 枚に分割して作成し,その結果を PTGui でパノラマ合成したもの.

駒ヶ岳

 駒ケ岳は,函館の南に孤立する活火山です.最高ピークは剣ヶ峰(1131 m)ですが,“駒” と表現されるその特異な山容は,元々の成層火山が複数の大規模な山体崩壊を起こしたことによっています.麓にある大沼・小沼は,その山体崩壊によって川が堰き止められてできた堰き止め湖です.

 駒ケ岳は孤立火山なので,その周囲には多くのビューポイントがありますが,個人的にはベストポイントは七飯町日暮(ひぐらし)山(303.4 m)展望台です(下写真).

七飯町日暮山展望台 から撮影.上:焦点距離:24 mm で撮影した2枚を合成.2009年6月撮影.下:焦点距離:35 mm で撮影した2枚を合成.2011年10月撮影.

 日暮山展望台からは,駒ケ岳と大沼・小沼,それに大沼市街地が一望のもとに見渡せます.大沼の向こうには,噴火湾もはっきりと見えます.ここに示したパノラマ写真は,上が初夏・下が晩秋の風景で,どちらも捨てがたいです.展望台の眼下に見えているのは,北海道カントリークラブゴルフ場です.


※ 日暮山展望台は,最近の北海道はどこもそうなのですが,ヒグマ出没で一時閉鎖されました.すぐに再開されると思っていたのですが,その後何回か行ってみても林道の入り口はずっと閉鎖されたままで,そのうちに林道そのものがヤブに覆われてしまいました.某サイトでは『崖崩れのため車では行けず徒歩のみ可』となっていますが,徒歩で行きたくなるような状況ではありません.実質的に “廃止” ということなのかもしれません.残念です.


七飯町大沼湖畔 から.焦点距離:40 mm.2022年11月撮影.
七飯町月見橋付近の大沼湖畔 から.焦点距離:35 mm.2023年11月撮影.

 駒ヶ岳を “平地から正面に見る” ベストポイントは,言うまでもなく大沼の東湖畔でしょう.右の写真は,東大沼キャンプ場付近の湖岸から撮影したもので,大沼と駒ヶ岳の初冬の風景です.なんと言うか,山体崩壊という破滅的な過程で生じた山容なのに,どこかすらりとした端麗なものを感じてしまいます.
 もう一つのベストビューは,大沼と小沼の接合部にある月見橋付近からのものです(右写真).ここは入り江のようになっているので波が穏やかで,大沼の湖面と駒ヶ岳のコントラストを捉えることができます.いつか鏡のような湖面に写った駒ヶ岳を,と思っているのですが,まだ遭遇できていません.この写真はまだ積雪がなく,駒ヶ岳のテクスチャは少し単調です.


七飯町日暮山展望台から.焦点距離:550 mm.2011年10月撮影.

 左の写真は,思い切って超望遠で駒ヶ岳を撮ってみたものです.最高ピークの剣が峰ですが,一見すらりと見えるこの火山の荒々しさには驚かされます.おそらく溶岩流の断面を見ているもので,左側の斜面はその上面だと思うのですが,すごい傾斜です.私の眼には溶岩流の安息角をはるかに越えているようにも見えるのですが,実際どういうことなのかは分かりません.


 駒ヶ岳は,峠を南に越えた函館平野からも,その雄姿がはっきりと見えます.下の写真は,函館湾西岸からのものですが,駒ヶ岳までの直線距離は約 30 km(!)です.
 手前に見える上磯のセメント関連工業施設群のサイバーパンク風?な造形とのコントラストが面白いです.右側には有名な積み出し用の長大ベルトコンベアの一部が写っています.残雪の駒ヶ岳は少し遠くて青霞が激しく,HDR 処理を施すと色が抜けたようになっているのが残念です.工業施設群の右側に見えるアンテナ塔の立っているのは横津岳です.

北斗市富川付近 から撮影.焦点距離:400 mm で撮影した5枚を合成.2016 年 4 月撮影.クリックで拡大表示を on/off できる.

暑寒別岳

 暑寒別(しょかんべつ)岳(1491.6 m)は,石狩平野西方に位置する大規模な火山です.その活動は新第三紀中新世から第四紀洪積世にわたるものですが,約 200 万年前以降は活動していないようです.
 十勝-大雪の項に示したように,その分布は千島火山弧西端と本州火山弧北端の間に位置しており,ある意味では孤立しているようにも見え,利尻火山などともに背弧的な性格を持っているのではないかと思われるのですが,その火山学的な意味は私には不明です.


滝川市丸加高原 から.焦点距離:120 mm.2023年5月撮影.
滝川市熊見坂付近 から.焦点距離:70 mm.2023年5月撮影.

 右写真は,滝川市丸加高原から見た残雪の暑寒別岳です.左に見えるピークは南暑寒岳(1296 m)です.平野部には,滝川の春の名物『菜の花畑』が広がっているのが見えます.

 その菜の花畑まで平野部に下りてみると,右下のようなちょっと他にはあまり無いような独特な風景が広がっています.暑寒別岳の右側にある恵岱(えたい)岳(1060.4 m)の平頂な形は,もちろん溶岩流台地です.ずっと右に見える信砂(のぶしゃ)岳(927.2 m)の平頂部もおそらくその延長です.

 恵岱岳の背後の平坦面には,群馬岳(970.6 m)との間に有名な雨竜沼湿原が形成されています.なお群馬岳の位置はなぜかカシミール3Dでは表示されません.ここでは単なる推定位置になりますが,間違っているかもしれません.

雨竜町雨竜市街東方 から.焦点距離:200 mm.2019年5月撮影.

 左の写真は,もう少し接近して暑寒別岳とその前面の恵岱岳の溶岩台地の平坦面を望遠で捉えたものです.その左は群馬岳側の平坦面で,両者の間は開析されて深い谷地形になっています.
 こういう湿原形成を伴う明瞭な平坦面による大規模溶岩流地形は,北海道ではちょっと他に無いものではないかと思われます.


利尻山

 利尻山(1721 m)は,日本海中に孤立し道北の西海岸から 26 km 離れたところに位置する火山で,もっとも近いところにある第四紀火山・暑寒別岳から 160 km,大雪山からも 210 km 離れています.いわゆる “背弧火山” に相当するものと思われますが,その成因など火山学的な意義は調べていません.

 カシミール3Dによるシミュレーションでは,留萌市西方の海岸からもその頂部が見えますが,約 200 km 離れた積丹半島の海岸まで行くと海面の下に隠れてしまい不可視です.ただし,余別岳( 1297.7 m)や,260 km 離れた羊蹄山(1892.7 m)山頂からは辛うじてその頂部が見えるという結果です.しかし,実際そうなのか...写真など実例の有無は不明です.


稚内市浜勇知付近から.正確な撮影位置は不明.焦点距離:(不明).2001年5月撮影.

 さすがに札幌から道北稚内までドライブで行く機会は少なく,特にちゃんとした一眼デジタルカメラを持つようになってからは,利尻山を撮影できた機会は残念ながらほとんど無いのが現状です.
 右に示したのは,私の最初のデジタルカメラ(200 万画素!)で 2001 年5月に撮影したもので,Exif 情報がなぜか失われており焦点距離などの撮影情報は不明です.もちろん GPS も無い時代なので撮影位置もまったく不明ですが多分,稚内市~豊富町の海岸線を走る道道からと思われます.カシミール3Dのシミュレーションでは,稚内市夕来展望所からの景観がもっともよく合致しているのですが,そこから撮ったという記憶はありません.利尻山頂までの距離は 30 km と言ったところです.元の写真画質は言うまでもなく悲惨なもので,それを最新の技術で高解像度化・階調復元を施した結果で,ほとんどCGです.

 利尻山は端正な形をした孤立火山ですが,このビューでは右側に肩状の張り出しがあり非対称になっています.長官山(1218.7 m)へ連なる稜線を見ているものと思われます.長官山自体は見えていないようです.早春の残雪が利尻山の地形を際立たせていて非常に印象的です.


※ なお,この2枚の写真ではいずれも利尻山の山腹中央に右上から左下に斜めに走る大きな段差状の地形が見えています.何なのかと思って地形陰影図や傾斜量図などで確認してみたのですが,思い当たるようなものは見当たりませんでした.その部分を走る谷・稜線の屈曲による錯覚のようです.


初山別村みさき台公園 から撮影.焦点距離: 200 mm.2009年8月撮影.

 初山別村から見た,夕焼け空の下(中?)の利尻山です.直線距離は約 80 km ありますので,逆光で陰になっているということもありますが,200 mm 望遠でもさすがにその細部は良く見えません.山頂部左側の塔状急崖が印象的です.

 この角度では,利尻山前面にあるいくつかの寄生火山(○○ポン山と呼ばれている)が見えるはずですが,海面上の靄で隠されています.そもそもこの逆光では無理でしょう.
 なお,カシミール3Dのシミュレーションでは,さすがにこの距離になると利尻島の海岸付近は海面の “せり上がり” で隠れてしまっています.


初山別村みさき台公園から撮影.焦点距離: 75 mm.2009年8月撮影.

 この時は千載一遇というのか...別件の地質調査で行ったところなのですが,宿泊場所の食堂で夕食を食べているとなにか外で人が動いて騒がしく,窓から見ると空に真っ赤な夕焼けが広がっていました.急いで部屋に戻ってカメラを持って岬の突端付近まで行くと,こうなっていたというわけです.
 苫前-羽幌-初山別の海岸線は夕日が観光の売りにもなっていますが,ここに夕方行けばこれが見られるというようなものではなく,一生に一度くらいの確率かと思っています.この風景は 30 分くらいで夕闇になっていきました.



(2024/12/02 公開開始)(2026/03/16 更新)


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