風景の中の地質構造 Geologic Structure in Landscape
川村信人(北海道総合地質学研究センター)
私の数少ない趣味の一つに『写真』があります.と言っても,高価な機材を用意して三脚を立てて...とかいうものではなくて,ただ安いカメラでぶらぶらと気の向いたものを撮っているだけですが.私はこういうスタイルを “Casual shooter” と呼んでいます.関係ない話ですけど.
左の写真は,南幌町郊外からまばゆい残雪の芦別岳を撮ったものです.手前の畑はトウキビ畑でしょうか? 実はこの視野のずっと右側に,独特の山容を持った私のお気に入りの山,そしていつもの被写体である『夕張岳』が見えているのですが,今回はちょうど山並みの間から芦別岳の全容がくっきりと見えていたので,こちらの山にレンズを向けてシャッターを押しました.ちょっと平凡な形の山ですが,残雪時の存在感はなかなかのものです.真ん中の一番高いところが芦別岳山頂です.
しかしこの写真,家に帰ってあらためて現像ソフト上で等倍ピクセル表示で見ていると,えっ?!ということに気づきました.上の全体写真でもなんとなく見えているんですが,芦別岳山頂の右側の中腹部に何やら地質屋にはとても気になる模様が...
なんかすごいです...地層なのか火成岩体なのかは分かりませんが,大規模な成層岩体に間違いありません.見かけ上はゆるく右(南)に傾斜していますが,向こう側(東)にあまり急ではない角度(45度以下?)で傾斜した成層岩体のように見えます.風化抵抗層が少なくとも3枚,それぞれの層の厚さはざっと見て数十m以上の規模でしょう.芦別岳の西麓にこんなものあったっけ...そんなの知らなかったです.蝦夷層群? それとも?! さっそく調べてみました.
まずはこの “西麓中腹部” の正体ですが,いつものカシミール3D使って調べてみると,見かけとは違って芦別岳の西斜面そのものではないことが分かりました.要するにこうなっています.
問題の斜面は見かけ上,芦別岳の山体に重なっていますが,そのかなり手前(西)にある南北方向のリッジの西斜面でした.地形図で見てみるとこんな感じです(右図上).
芦別岳稜線と問題のリッジとの間には広い緩傾斜部と沢があり,えっ?こんな具合になってたの...と思ってしまいます.さらにリッジ周辺をカシミール3D(カシバード)で俯瞰して見ると,すごく深く鋭くて驚いてしまいます(右図下).
いくら硬い岩石でもこれは尋常ではない...?!という感じもするのですが.そう思って見ると,芦別岳とリッジの間の緩傾斜部分の地形もかなり不思議です.このへんは,いずれ別アーティクルで触れてみようと思っています.
注)これについては,地質アーティクルの『夕張岳周辺の大規模地形群』にまとめました(2021/06/03 公開).
それでは,このリッジとその周辺を造っている地質はどのようなものなのでしょうか? 5万分の1地質図幅で見てみましょう.
リッジは,5万分の1地質図幅『山部』『幾春別岳』の境界部分にまたがっています(青枠部).ちょっと分かりにくいのですが,リッジとその西麓にはリッジと同方向の走向をもつ空知層群上部の岩石が分布しているようです.
『山部』図幅説明書によると,その岩相は上位から“珪質頁岩”・“チャート”・“輝緑凝灰岩・チャート硬砂岩”・“赤色チャート”・“珪質輝緑凝灰岩”・“砂岩”,となっており,いかにも堅そうな岩石名が並んでいます.しかしなにしろ 1953年(!私の生まれたころ)刊行のものなので,こういった岩石名の多くは,現在の私たちの耳にはちょっと馴染みにくいですね.チャート硬砂岩って,チャート岩片からなる硬砂岩という意味なのか,それともチャートのように固い硬砂岩という意味なのか? (ちなみに硬砂岩 greywacke というのは硬い砂岩という意味ではなく『淘汰分級が悪く基質の多い砂岩』という意味)あと,輝緑凝灰岩って要するに玄武岩質火砕岩ですが,それが珪質ってどういうことなのか?! ...とはいえ,写真に見えている成層構造は,間違いなくこれらの岩石からなる地層によるものでしょう.
この地域の地質に関する最近(でもないか)の仕事としては,Takashima et al. (2004)があります.この論文では,リッジ周辺に分布するのは蝦夷層群最下部の惣芦別川層(Soashibetsugawa Formation)とその下位の上部空知層群となっています.リッジそのものは上部空知層群からなり,その西側斜面は惣芦別川層のようです.惣芦別川層の構成岩相としては葉理泥岩と珪長質凝灰岩の互層となっていますので,やっぱりそういうことのよう な.ただし彼らの記載では,凝灰岩層の厚さは通常 10 - 30 cm で時に 1 - 7 m に達する,と書かれているので,この大規模な成層構造とはちょっとしっくりきませんけど.
また,この付近の地層は言うまでもなく西上位(=蝦夷層群が西側に広く分布する)ですが,幾春別岳図幅 には NNE-SSW 走向の高角東傾斜という走向傾斜記号が並んでいます.フェーシングまでは書かれていないのですが,当然『逆転している』ということなんでしょうね.しかし,西斜面に見えるこの南に緩く傾斜する低角成層構造とは,偽傾斜であるにしても,なにか見かけが一致しないのですが...誰かこの露頭というか斜面を実際に間近に見た地質屋はいないのでしょうか?
ということで,この斜面が実際どうなっているのか,定番の Google Earth で見てみました.
左図上が西側から見たリッジの西斜面ですが,写真に写っている成層構造に相当する植生模様がはっきりと見えています.凸部が樹木林,凹部が草地になっています.実はこういう植生差は,選択的な伐採を受けた後の斜面によく見られるのですが,このリッジの場合はどうなんでしょうか? 斜面には作業道の跡みたいなものはまったく見られず,ここに到達する林道もありませんので,おそらく自然にできた植生差なのではないかと.これが地質的な成層構造を反映しているものだとすると,それはあまり高角ではなく(45度以下?),傾斜は北東(左奥)方向のようにも見えます.気のせいかもしれませんが.
興味深いのは,このリッジの反対側東斜面にも同様な植生模様が見られるということです(図左下).これはほぼ水平~緩く右(北)に傾斜しています.ということは...この植生差が地質的な成層構造を反映しているものだとすると,その成層構造は,高角ではなく北~北東傾斜ということになります.図幅等に示されている NNE-SSW 走向の高角な地質構造とは,やはり合ってません...さて,どういうことなのか?
次の話題ですが,たまたま撮った写真に写っていた,蛇紋岩山体二つの斜面に見える大規模成層構造(?)です.おそらく...日本ではこういう『蛇紋岩からできた高い山』というのはそう多くなくて,その理由は,蛇紋岩が柔らかく風化抵抗性が低いためです.つまり,蛇紋岩の山が高いのは,風化浸食で低くなる量よりも上昇量の方が大きいということに.多分ですけど.
日本で他に蛇紋岩の山と言うと谷川岳が思い浮かびますが,あれは花崗岩体のルーフペンダントみたいで変成を受けているようです.
夕張岳は,独特な山容を持つ北海道を代表する山です.しかし私たちの目に焼き付くあの山頂部の形状は,蛇紋岩体そのものの形状ではありません.20万分の1地質図幅『夕張』を見るとよく分かるように,夕張岳蛇紋岩体の中には低温高圧変成岩や緑色岩の岩塊(exotic block)がたくさん含まれており,その規模は大きなものでは 数 km オーダーに達しています.夕張岳山頂から SSW に伸びる稜線部は,そのような岩塊の一つで,蛇紋岩そのものではありません.ただし,稜線部から下の部分はどこまでが高圧変成岩体なのか? 蛇紋岩体の上面(側面?)はどこにあるのか?...については,資料を当たってみましたが,確実なことは分かりませんでした.
下の写真は,狩勝峠から撮影した夕張岳東斜面です.夕張岳と言うと普通は札幌周辺とか馬追丘陵とか,西から撮影したものが多いのですが,これはちょっと珍しいというか.狩勝峠から夕張岳がこんなに見えるとは,私はこの時まで正直思っていませんでした.
で,この夕張岳東斜面を見ると,露岩の並びがなんとなく緩く右(北)に傾斜する層状模様を作っているように見えます.こういう並びを作るのは岩体内の層状構造しかないように思われるのですが,どうなんでしょうか? 上に書いたように,夕張岳山頂部は低温高圧変成岩体なので,もしこの模様が成層構造だとすると,変成岩体内部のなんらかの成層構造ということになりますね...さてどうなんでしょう?
また,札幌側から誰もが見ている夕張岳西斜面にも,こういう層状(?)の構造が見えます.
山頂直下のスプーン状になった斜面の特に下部のところに,ほぼ水平の層状模様が見えています.地質図では,夕張岳西麓斜面の上半部は変成岩,下半部は蛇紋岩の分布となっていますが,その境界が実際どこにあるのかは不明です.もしかするとこのスプーン状の斜面はすべて変成岩の分布内ということかもしれません.
ただこの層状模様は,形状がなんとなく怪しく(垂れ下がっている?),岩体の内部構造ではないようにも見えます.表層の崩積堆積物のクリープによる一種の “ハンモック(hummock)” という可能性もあると思われます.
※ なおこれらの地形を Google Earth で見てみれば何かもっと分かるのでは?とやってみたのですが,地形が急すぎて画像マッピングがうまく行ってないところもあり,あまりよく分かりませんでした.夕張岳の東斜面と西斜面とで,斜面形態や崩壊性状がまったく違う!ということは分かったのですが,その理由は分かりません.
こちらは,北海道の山ではなく,岩手県というか北上山地を代表する霊峰・早池峰山です.早池峰山は,私の地質屋としての人生の中ですごく大きな位置を占めているものを象徴する(くどい...)山なんですが,その詳細は長くなるので,別のアーティクルに回したいと思います.
これも,夕張岳と同じく蛇紋岩の山です.なんだか上の夕張岳とほとんど同じ季節・色調の写真ですね.単なる偶然? 芦別岳西方斜面もそうでしたけど,こういう地形模様というのは,残雪期にちょうど見える(・見えやすい)ようになる,ということもあると思います.
早池峰山の山頂直下の露岩地帯周辺に,不明瞭ですが左(東)下がりの層状模様が見えます.写真左側に見える樹木の並びのような模様は,もしかしたら作業道のトレースかとも思うのですが,私の記憶では,早池峰山のこんなところに作業道は無かったような?
ということで,これを Google Earth で見てみるとこう見えます.マッピングされた衛星写真(?)は,おそらく夏季の撮影かと思われたのですが,確認してみると2020年10月撮影のものでした.それにしても,Google Earth というのはすごいツールだなと思います.これが無料ソフト.
早池峰山頂直下の露岩地帯ですが,この角度で見ると,はっきりと左(東)下がりというか,ゆるく南東側に傾斜した成層構造を持っているのが分かります.やっぱり私の『気のせい』ではなかったです.成層の規模はこれも数十m程度と言ったところでしょうか? この3D画像の視線は,高度・方向ともに上の写真とはかなり違っていて,早池峰山山頂とほぼ同じ高度から,斜面に対してまっすぐに見ています.
なお露岩地帯の下に見えている植生の無いガリー状の部分はアイオン沢の源頭部で,有名な 1948年の“アイオン沢土石流”の発生地点です.おそらくこの露岩地帯が崩壊のオリジンなのでしょう.
実はだいぶ昔の話ですが,上の写真とは逆(南)側斜面の沢を中腹(というか,この壁の上は尾根直下?)まで這い登ったことがあります.いまはそんなこと環境庁が許すはずもなく絶対に無理なのですが,当時はのどかだったんですね...
上写真左の岩壁写真見ると,早池峰山蛇紋岩体の内部には,明らかに低角の層状構造が見えます.これが組成レイヤーリングなのか,それとも剪断構造なのかは不明ですが.小田越付近の沢に転がっていた蛇紋岩大転石表面の構造(上写真右)を見る限り,岩体内部はかなり著しい剪断変形を被っているみたいなので,後者の可能性が高いのかな?と思っています.
これらの蛇紋岩山体の成層構造(?),実は蛇紋岩の専門家であるNmさんに『こんなの見えるよ』と持ち掛けてみたことがあるのですが,返答は『気のせいでは?』でした...w
たしかにこれらの岩体を長年研究した何人もの専門家の皆さんが言ってもいないことですからね.もし私の気のせいではないとすると,『知識と先入観の無い素人の強み』ということなんでしょうか?
(2021/05/22:2021/05/24 加筆修正)(2023/12/08 再構成)