しんえい西団地の地形・地質と自然災害リスク

川村信人(札幌市清田区在住)

はじめに

 ここでは,著者が現在居住する札幌市清田区の某住宅地の範囲を,仮に “しんえい西団地” と呼ぶことにする.掲載した図を見ればどこなのかは明らかなので別に場所を隠すつもりはないが,住所等をわざわざ明示することもないだろうという意味である.単に『架空の名前』と思っていただいても良い.


 下図は団地を東側から俯瞰したものである.白旗山~焼山の山地の裾野から羊ヶ丘を含む台地が北に広がっており,団地はその東端に位置している.背後に暗く見えているのは “札幌西方山地” で,その右に石狩湾が見えている.


しんえい西団地を東から見たもの.Google Earth による3D俯瞰図.地形特徴を表現するために高さ方向を2倍に強調している.そのため,Google Earth の画像処理に不自然な部分があることに注意.札幌西方山地は,おそらく GoogleEarth の元画像の問題で色調がまったく異なって表示されている.

 以下では,このしんえい西団地とその周辺の地形・地質と自然災害リスクについて,例のごとく著者個人の地球科学的妄想も含めて “忖度することなく” 書いてみたい.したがって,その内容は専門的な調査や検討によるものではなく,専門家ではない著者の個人的見解に過ぎない.間違い・勘違いや理解不足を含んでいることも当然あり得る.言うまでもないが,内容に対する科学的・公的・法的な責任を負うことはできないので,ご了解いただきたい.


※ なお団地の造成前後の地形や土地利用の変化については,本編から分離し,別ページ『しんえい西団地の造成と変遷』として示すこととしたい.


構造的セッティング

しんえい西団地の位置図.石狩平野(石狩低地帯)と “札幌西方山地” の境界付近に位置している.地形段彩図は,国土地理院 50 m メッシュ標高データを用いてカシミール3Dにより作成.

 しんえい西団地は,札幌市街地の東南端にあたり,石狩平野と,札幌岳・無意根山・朝里岳・手稲山などからなる “札幌西方山地” との境界付近にある(右図).札幌西方山地には活火山は存在しないが,新第三紀の火山地帯となっている.その南にはニセコ・支笏・洞爺などの第四紀火山地帯(活火山を含む)がある.

 石狩平野(≒石狩低地帯)は,西方の新第三紀~第四紀火山地帯と東方のプレート衝突山脈およびその前縁変形帯との間に挟まれた『構造低地』である.その東方で新第三紀中新世以降に起きた北米プレートとユーラシア・プレートとの衝突は千島弧前弧の北海道中央部への衝突を伴い,その影響で前縁変形帯の形状は西に張り出した弧状になっている.変形帯の西縁フロントは馬追丘陵ということになるが,見方によっては低地帯西側の野幌丘陵が最西縁ということになるのかもしれない.


団地周辺の地質

地質概説

団地周辺の地質図.地盤地質図『札幌』(北海道立地下資源調査所,1974年)を参考にして作成したもの.背景の地形図は国土地理院地図を使用.

 団地周辺には,第四紀支笏火山噴出物が広く分布している.厚別川・山部川の川筋やその両側の低平地には現河床の砂礫層(Al)が堆積している.支笏火山噴出物の下位には,第四紀洪積世の輪厚砂礫層(Wg)と新第三紀中新世末期~鮮新世の海成層である西野層(Ns)が存在するが,団地周辺ではそれらの露出を見ることはできない.

 地盤地質図『札幌』に示されている “isopach”(厳密には違うが)によると,団地における支笏火山噴出物下底面標高は 15 - 20 mとなっている.団地の標高は 55 m 前後なので,その下底面は地表から 35 - 40 m の深さにあることになり,下位にある輪厚砂礫層の露出を見ることはできない.同様に輪厚砂礫層の下底面標高は -70~ -100 m なので,その厚さは 85 - 120 m となり,かなりの層厚を有する砂礫層であることが分かる.崖錐~扇状地堆積物ということなのだろう.その下位の西野層は団地付近では地表面下の少なくとも 125 m より深いところにある.

 支笏火山噴出物は,団地周辺では少なくとも 30 m 以上の厚さがあり,支笏溶結凝灰岩(Pf,いわゆる “札幌軟石” )・降下軽石や火山灰など(Af)からなっている.

 支笏溶結凝灰岩は,支笏火山の噴火によって発生した大規模な火砕流が団地周辺にも到達したもので,団地近傍では山部川下流周辺でその露頭が観察できる(下図).


山部川下流の支笏溶結凝灰岩


山部川下流の支笏溶結凝灰岩露頭.位置図に使用した地図は国土地理院地図による.

 山部川-厚別川合流点から約 500 m 上流の道路沿いには,比較的溶結度の高い支笏溶結凝灰岩の良好な露頭がある(上図).ここでは,溶結部の上位に厚さ 1 - 2 m の非溶結部が見られる.露頭条件が悪く,その上位に存在するはずの降下軽石・火山灰堆積物は確認できなかった.


山部川-厚別川合流点付近の支笏溶結凝灰岩露頭.位置図に使用した地図は国土地理院地図による.

参考:支笏火砕流堆積物の上位に載る降下火砕堆積物.千歳市新千歳空港南方.

 山部川-厚別川合流点付近には,支笏溶結凝灰岩の良好な露頭がある(上図).溶結度は比較的低く,粗鬆・軟質である.この露頭でも,溶結凝灰岩上位の降下軽石堆積物は確認できない.

 右に,苫小牧-千歳地域で見られる支笏火砕流堆積物の上位の降下軽石・火山灰層を参考として示す.これらは支笏火山だけではなく,恵庭岳・樽前山から噴出したものを含み,何枚かの腐植土層を挟んでいる.


沖積低地の堆積物.自宅隣家の塀設置工事の際に現れた露頭.2005年撮影.縦方向にスクロールできる.

 団地南側の緩斜面には,上に示した地質図には表現されていない,沖積低地の堆積物が分布している(右写真).隣家の塀を設置するためにベンチ状に住宅地を掘削した時に現れたもので,自然露頭ではない.厚さは,見えている限り 1 m 以上で,軽石片を含む火山灰質の砂層である.明瞭な層理は示さないが,地表面から 40 cm の深さの部分に厚さ 5 - 10 cm以下の腐植層を挟んでいる.表土の下にも薄い腐植質の部分がある.砂層の中には,黒色の腐植物片 and/or 還元スポットを多量に含む.
 いったいこれが何者なのかというと,こういう類の未固結堆積物に経験のない私には荷が重いのだが...沖積砂礫層ではなく,崖錐堆積物でもない.腐植層を挟んでいるので盛り土のような人工堆積物では明らかになく,おそらく背後の段丘崖を造る支笏火砕流堆積物に由来する二次堆積物ということであろう.


団地周辺の地形

現在の地形

団地の等高線地形図.国土地理院 5 m メッシュ標高データからデータ変換し,Surfer11 でイメージ作成.等高線間隔は 1 m.沖積低地上に見える沢地形状のパターンは,住宅とその間の道路による偽パターンと思われる.

 団地の地形は,その北半部と南半部とで,大きく異なっている(右図・下図).

団地北部: 丘陵地南側の緩い斜面となっている.斜面の一番高いところの標高は 63 m,一番低いところが 56 m,高低差は約 7 m で,平均傾斜は約 2 度である.斜面北側の丘陵地(清田高台団地)は段丘面になっており,標高は 70 - 75 m である.

団地南部: 大部分は,山部川~厚別川の西側にある沖積低地である.水平な平坦地ではなく,厚別川に向かって緩やかに傾斜している.一番高いところで標高 58 m,一番低いところ(厚別川堤防)が標高 52 m で,ほぼ 6 m の高低差があり,平均傾斜は北部とほぼ同じ約 2 度である.この沖積低地の西側には,一段高い広い段丘面(標高 80 m 前後)が広がっている(ヒルズガーデン・清田南町・清田南中央団地).低地と段丘面との間は,高さ 10 m 前後の段丘崖になっているが,崖地形は人工的切り土によって誇張されている.下図を見るとよく分かるように,この段丘崖の少なくとも南側は,山部川両岸の段丘崖から連続している.

 団地北部(丘陵斜面)と南部(沖積低地)の境界は,不明瞭な沢状地形となっており,その頭部が段丘崖を切って弱い鞍部地形を作っている.鞍部の最低標高は 57 m 前後で,その両側の段丘崖頂部とは 10 - 20 m の標高差がある.
 厚別川をはさんで団地の東側には,広い平坦な氾濫原が広がっており,さらにその東側には標高 72 – 80 m 前後の広い段丘面がある(真栄団地).

団地周辺の地形立体イメージ.作成方法は上の図と同じ.高さ方向は著しく誇張されているので注意.図の左端部などに見えるすじ状のパターンは,データ・画像処理による artifact である.


※ 団地近傍の地形について,あまり根拠はない推察(妄想?)ではあるが,著者には以前からちょっと(かなり?)気になっていることがある.これについては本編から分離し,別ページ『謎の大規模地形』として述べることとしたい.


団地造成前の地形

 団地が造成される前の地形は,国土地理院のサイトや “今昔マップ” サイトで公開されている地形図・航空写真によって確認することができる(下図:1948 - 1950年の空中写真と地形図).


1950年ころの団地周辺の地形と土地利用状況.左:空中写真.国土地理院空中写真閲覧サービスサイトによる.右:5万分の1地形図.国土地理院の過去の地形図を公開している『今昔マップ』サイト による.水色の線は沢地形.

 団地北部は丘陵およびその南斜面となっており,団地南部の沖積低地のほとんどが水田だった.厚別川は現在とは違い,大きく蛇行していた.団地の西側に広がる台地は,南北方向の幾筋もの川によって掘り込まれていることが分かる(水色線).
 このころ,団地のあたりは『厚別あしりべつ南通』と呼ばれていた.山部川・厚別川の西岸側の段丘崖は厚別川に沿って現在の羊ケ丘バイパス方面に続いているが,団地北部と南部の境界付近では,“切れ目” があって鞍部となっている.この鞍部は,航空写真と地形図で見る限り,人工的なものとは思えない.この部分の北西を流下していた南北方向の河川による谷頭浸食の可能性が考えられるが,詳細は不明である.


自然災害のリスクについて

 札幌市の郊外に位置するしんえい西団地に住んでいて,多少とも心配に感じているのは,やはりさまざまな自然災害の可能性であろう.それは,時に我々の財産・人命・居住環境に大きな(時には破滅的な)影響を与えかねない.以下では,その中から,しんえい西団地およびその周辺における『斜面崩壊・地すべり』『地震』『液状化』『洪水』『火山噴火』という五つの自然災害のリスクについて書いておきたいと思う.


斜面崩壊・地すべり

 団地の中やその周辺には,地形・地質の特徴から判断して,規模の大きな地すべりの危険性を考慮すべきところはない.防災研が公開している地すべりマップを見ても,団地周辺に大規模あるいは密集した地すべりはない.わずかに山部川中流部に中規模の地すべり地形が存在するが,距離が離れており,団地に影響を与えるようなものではない.

 団地西側の段丘崖を掘削した人口法面+擁壁周辺は,札幌市によって急傾斜地崩壊危険個所に指定されており,公開されている『土砂災害危険個所図』でその位置や範囲を確認できる.この箇所では,集中豪雨や地震動の影響が激しい場合,がけ崩れが起き斜面下方の住宅地に影響を与える可能性を否定できない.


地震

 2018年9月8日,清田区を胆振東部地震の地震動(震度5強)が襲ったのは記憶に新しいところである(『一年金生活者の胆振東部地震体験記』参照).地震の規模は M 6.7 で,震央は団地から南東に約 55 km 離れた厚真町付近,震源の深さは 37 km だった.胆振東部地震は地殻の比較的深いところで起きたもので,約1千万年前から起きているプレート衝突の影響が残っているものと考えられている.
 一方,団地周辺では規模は小さくても浅い部分で起きるため地震動の比較的大きな地震が何回か起きている(下図).2010年12月2日には,地震の規模 M 4.6,震源深さ 3 km,震度3の地震が起きている.震央の位置は里塚霊園付近で,きわめて浅いところで発生したまさに直下型地震と言える.この地震により,団地南方の芙蓉ゴルフ場内で小規模な地すべりが複数発生した.その地震のわずか1週間前,2010年11月24日にも,M2.9 深さ 10 km の地震(震度2)がほぼ同じ震源位置で起きている.また,気象庁の有感地震記録に無く報道もされていないが,足元からズンという小さいが鋭い地震動を感じることも複数回あったと記憶する.
 これらの “直下型” 地震は,札幌付近を南北に走る活断層(野幌丘陵断層帯)・活褶曲(月寒背斜)に関連して発生しているものと推測されている.この二つの活構造の東西水平離隔は約 15 km で,上記の “直下型” 地震の震源位置はそのちょうど中間に位置している.仮に月寒背斜に伴う断層が 45度東傾斜とすると,団地の地下約 7.5 km のところを通過することになる.上の震源深さよりは2倍以上深くなるがオーダーとしては合っており,そこそこあり得ない話ではない.
 実は,団地の西~西南方の白旗山周辺は,札幌市ではもっとも頻繁に直下型地震が密集して発生している地域である.その多くは規模の小さい無感地震であるが,下図に見られる密集度には,少し不安を感じてしまう.公開されている令和2年度札幌市第3次地震被害想定検討委員会資料や防災科学研究所「日本全国高分解能再決定震源カタログ」によると,震源は地下 4 km から 16 km までの間にほぼ垂直に分布しており,10-15 km 深度に密集の中心がある.この密集震源の原因やメカニズムについては残念ながら情報が得られず,著者には no idea である.

 地震調査研究推進本部「全国地震予測地図2016年版」によると,札幌市で今後 30年以内に震度 6弱以上の地震が起こる確率は 0.9 % とされている.東京・大阪・名古屋などと比較するときわめて低い確率であり,とりあえず安心といったところだが,油断は禁物である.
 いずれにせよ,数十年というスパンで考えると,2010 年に起きた程度の直下型地震が団地周辺で起きる可能性は比較的高いと言えるのではないだろうか.


札幌市域の浅部地震の震源分布.2001年から2012年までに発生した深さ40 kmまでの震央位置を図示したもの.令和2年度札幌市地震被害想定検討委員会資料を基に作成.


液状化

 上に述べたように,団地ではこれからも規模の小さくない地震動を経験する可能性が十分にある.地震動の直接の影響ということもあるが,それによって引き起こされる地盤の液状化がもたらす地盤災害を忘れることはできない.2003年十勝沖地震の際には清田区美しが丘の比較的狭い範囲で液状化が起こり住宅が破損した.胆振東部地震では,やはり美しが丘地域で広範な液状化が発生して大規模な地盤災害を引き起こし,全国的にも注目を浴びた.これらの液状化現象の直接の原因はもちろん地震動であるが,その背景にある発生要因は,①谷埋め盛り土と②地下水の存在である.

 実は2018年胆振東部地震の際に,あまり報道はされていないが,団地のすぐ西側の清田7条・6条地域で,液状化による噴砂現象と地盤変状・住宅被害が起きており,地すべりが発生したとされている.

清田中央地区地すべりの模式図. ひろまある 清田 札幌市 のホームページで公開されている資料の図を参考に作成したもの.

 先に示した1950年代の地形図・空中写真ではっきりと分かるように,この部分ではもともと南北方向の小河川・谷地形が何本か走っていた.宅地造成の際に,この部分の尾根を削り谷を埋めて平坦にしたわけであるが,砂質の谷埋め盛り土の中に谷地形に集まった地下水が浸透する状況となっていた.これが地震動による液状化の発生要因である(右図).
 それによって地すべりが発生したわけであるが,このような緩傾斜地で地表面付近の厚さ 10 m 以下の薄い部分が地すべりを起こしたという例は,少なくとも国内ではかなり稀なものと思われる.個人的には,地すべりというよりは『液状化部の側方流動』と表現したいが,もちろんそれも地すべりという概念の範疇内であり,現象をどう呼んだとしても社会的には同じことである.

 しんえい西団地の中には,その地形的特徴やその履歴から見て,幸いなことに旧河川地形や谷埋め盛り土は無いと考えられる.したがって,液状化が発生する可能性は極めて低いと言える.このことは,札幌市が公開している液状化ハザードマップにもはっきりと示されている.


洪水

 地球温暖化によるものかどうかは分からないが,近年の日本列島では,大きな被害を伴う降雨災害が頻繁に発生している.
 札幌周辺でも2014年9月11日,線状降水帯が発生し,集中豪雨となった.札幌市中央区における時間最大降水量は 27 mm,南区滝野における総降水量は 250 mm に達した.これによって,清田中央地区に避難勧告が出され(04:13),06:20には厚別川が氾濫危険水位を超過している.幸いに氾濫は発生しなかったが,ホーマック(現DCM)真栄店周辺の低地では浸水が起きている.はるにれ橋などから水位の上昇した厚別川の激しい濁流を見て恐怖を感じた人も多いのではないかと思われる.


厚別川の流路変化.『今昔マップ』サイトによる1935年発行の国土地理院地形図と現在の地形図を,重ね合わせ透過合成したもの.

 厚別川の流路は,1950 - 1960年代までは強く蛇行していた.特に山部川合流点の上流側や,現在のはるにれ橋下流側ではっきりと確認できる(右図).1976年および1984年撮影の空中写真や1975年発行の地形図では蛇行が見られないので,この間に河川改修により流路変更が行われたと推測される.なお,山部川下流部も同じように大幅な河川改修を受けているようである.これらの河川改修で,少なくとも団地やその近傍で氾濫が発生する可能性はほとんど無くなっていると思われる.
 右の比較地図で分かるように,団地東部の厚別川堤防区間は,もともとほとんど蛇行しておらず直線的であった.したがって,団地内に蛇行していた旧河道跡が存在する可能性はほとんどない.これは後に述べる液状化リスク評価にとって重要なことになる.

 札幌市が公開している浸水ハザードマップでは,団地内の山部川~厚別川堤防周辺に氾濫時浸水深 0.5 m ~ 3 m 未満という領域が描かれている.地形断面図(下図)で分かるように,団地南部の沖積低地は厚別川から西へ標高がだんだん高くなっているので,万が一氾濫が発生した場合でも,団地全体が浸水する可能性は非常に低いものと推測される.しかし堤防周辺の部分では集中豪雨時には避難指示・勧告に十分注意する必要があるだろう.


団地南部の東西地形断面.国土地理院5 mメッシュ標高データを用いてカシミール3Dにより作成.沖積低地の傾斜を示すために,高さ方向が著しく(x10)誇張されていることに注意.


火山噴火

 支笏溶結凝灰岩を作った噴火は,今から4万4千年前に起こり,その噴出量は 100 km3 を超えるとされている.噴火後の陥没によってカルデラが形成され,そこに水が溜まって支笏湖となった.火砕流は,支笏火山から約 25 km 離れている団地の位置にも到達し(下図),さらに札幌市街域も越えて石狩湾まで達したと考えられている.現在の人類が目撃したことのない破局的大噴火であった.もしこのような噴火が今起きたとすると,苫小牧-千歳-恵庭および団地を含む札幌東南部は高温の火砕流に襲われて壊滅し,数十万人規模の犠牲者が出るだろう.
 支笏火山は約6万年前から噴火活動が始まったが,カルデラ噴火が起きたのは,約4万年前の一回だけである.支笏カルデラの西方約 40 km には,約10万年前に形成された洞爺カルデラ(洞爺湖)がある.北海道には,日本でもっとも大きなカルデラである屈斜路カルデラが道東にある.その形成は4万年前およびそれ以前の複数回とされている.つまり北海道では,少なくとも4万年前以降には破局的噴火は起きていないということになる.
 数万年前というと中期旧石器時代であるが,その当時北海道に旧人類が存在していたかは,例の捏造事件もあり,私には分からない.もし存在していたとすると,彼らはこの世のものとも思えない破局的情景を目撃し壊滅したことであろう.


支笏カルデラから噴出した火砕流の膨大な広がりを示す俯瞰図.早来上空 7500 m から西方を見たもの.支笏湖の後方には,もう一つのカルデラである洞爺湖が見えている.国土地理院の標高データをもとにカシミール3D + カシバードで作成.


 九州では約 7千年前に “破局的噴火” が起きており(鬼界カルデラ),南九州の縄文文化を壊滅させたと言われている.日本列島のどこかで今後100年間に破局的噴火が発生する確率は約 1 % という研究結果もあるが,これは『1万年に1回程度の確率』としか分からないという意味でもある.次の破局的噴火がいつどこで起きるのかという予測は不可能である.

 人類が現在の物質・エネルギー文明を獲得してから高々 300年程度しか経っていない.破局的噴火のサイクルの中で 300 年という時間スパンは一瞬にも近いもので,その間に破局的噴火が起きていないのは,単なる確率的偶然である.しかし別の見方をすれば,破局的噴火に限らず地球外天体の衝突といったカタストロフィックな自然災害を人間社会の防災コストとスパンの中に組み入れることはそもそも不可能なことである.誤解を恐れずに書けば『考慮の範疇外』の(≒ 考えても対処しようがないのでしょうがない)ことなのではないだろうか,というのが著者の率直な感想である.


(2023/04/20)



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