しんえい西団地の造成と変遷

川村信人(札幌市清田区在住)

1.はじめに

 このページでは,地形地質以外の『団地造成による地形や土地利用の変遷』について,地形図や空中写真を時系列的に使って紹介したい.

 しんえい西団地の南北の長さは約 700 m,東西幅は約 230 m で,周囲約 1.9 km,総面積は約 11 ha である(下図).


しんえい西団地を真上から見た平面写真.Google Earth による.

 本編で紹介したように,しんえい西団地の左右(南北)に見える草付き・林地はその西側にある段丘面の端部(段丘崖)で,団地はそこから厚別川にかけての沖積低地上に(隙間的に??)造成されたものであることが分かる.


2.団地造成前後の地形・土地利用の変化

 しんえい西団地の造成工事がいつから行われたものかは正確には分からないが,1980年代の後半と思われる.1991年には造成が完了しており,団地は現在の形になっている.筆者が団地に入居したのは,1992年11月であるが,そのころはまだ住宅数も少なく,家の周りは空き地だらけだった.


 以下では,団地造成前後の地形と土地利用の変化を,国土地理院の地形図と航空写真で示したいと思う.図を見ると分かるように,1910年代~1960年代までは,団地周辺の地形や土地利用にほとんど目立った変化はなかった.
 これも本編で触れたが,1960~1970年代にかけて,団地東側を流れる厚別川の河川改修が行われており,蛇行していた流路はストレートなものとなっている.


1910年代から現在までの団地周辺の地形図.『今昔マップ』サイト による.オレンジ色あるいは緑色の半透明シェード部は,しんえい西団地のおよその範囲を示す.

1940年代から現在までの団地周辺の空中写真. 国土地理院空中写真閲覧サービスサイト による.オレンジ色半透明シェード部は,しんえい西団地のおよその範囲を示す.

団地北部: 西側半分は農地で,東側が丘陵地だったが,1976年には既にその部分に天理教美流渡分教會が建てられていたようである.1989年以降,斜面北端部の切り土による団地造成が行われている.


団地南部: 団地西側にある段丘崖の北半分は,1975年までに行われた清田南中央団地の造成に伴って切り土され,現在は人工法面となっている.南半分も1984年までには切り土されている.

 1984年ころには旧山部橋が建設され,そこから現在のフォーレストパークしんえい弐番館の前を通って清田方面へと続く広いメイン道路ができた.しかしこの道路はなぜか,その後の団地造成で 1989-1993年の間に廃止・付け替えられている.団地造成計画との間に何らかの齟齬があったのかもしれない.1991年には造成がほぼ終わり,はるにれ橋も開通し(1991年1月)現在の団地の形がほぼ出来上がっている.その後は住宅が増えているだけで特に変化はない.


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