しんえい西団地近傍の大規模地形

川村信人(札幌市清田区在住)

はじめに

 この章に記述することは,著者の『非専門家としての個人的見解』である.これまで地形・地質・災害などについての様々な専門家がこの部分・地域を見ている・検討していると推察されるが,以下に書くようなことを言っている人は一人もいない.以前,斜面変動・活構造の専門家である Tz さんにそれとなくこの話を振ってみたが,『あの話ですか...』とかで,肯定・否定的な反応はなにも無かった.つまり,単なる私の考え過ぎなのであろう.そういう意味では,巷にあふれる似非科学フェイクと同じレベルのものということでご容赦.


団地近傍の大規模地形

 その “個人的見解” の起源はというと...2010/11 に起きた 団地付近での直下型地震 である.気象庁の地震データベースによると震源深さは 3 km,地震規模は M3.1 である.その1週間後には,ほぼ同じ震源位置でより大きな地震(M4.6)が発生した.これらは起震メカニズムとして WNW-ESE方向の逆断層ということが言われており(田近ほか,2012),いわゆる『月寒背斜-野幌丘陵断層帯』に関係したものなのだろう.

田近 淳・石丸 聡・川上 源太郎・岡崎 紀俊・横浜 勝司・三浦 清一(2012)浅い内陸地震 (M4. 6) により発生した札幌市清田区の地すべり.日本地すべり学会誌,49,2,75-79.


団地と白旗山の間に存在する “問題地形”.クリックで説明等が表示される.陰影地形図は,国土地理院地図と標高データを使ってカシミール3Dで表示したもの.

 しかし,その時なんとなく団地周辺の地形図を見ていて,いまさらながら 妙なもの に気づいた(右図).


 白旗山東方には,NW 方向に伸びる直線状地形(リニアメント)が存在する.山部川と厚別川にはさまれた部分では,リニアメントの西側は白旗山~293 mピークを結ぶ稜線東麓部の北東側に開いた扇状をなす急傾斜部で,その前面にある著しい緩傾斜帯との境界が顕著なリニアメントとなっている.山部川を NW 方向(羊ヶ丘方面)に越えた部分にも,緩傾斜帯の延長が見えているが,西側の急傾斜部がそれほど発達せず緩傾斜帯との境界が明瞭ではないので,リニアメントとしても不明瞭なものとなっている.

※ 断るまでもないが,『リニアメント(lineament)』という語には成因・意義といった要素は含まれない.つまり,地図上に線状地形が見えたら,なにか意味があっても無くても(単なる偶然であっても),それはリニアメントである.


 緩傾斜帯の東側には,南北方向の幾本かの沢によって開析された起伏部が存在する.起伏部の前面にある厚別川の流路方向は南北であるが,開析部の沢地形はそれに平行になっている.

 これら地形セット全体の大きさは,差し渡し SW-NE 3.8 km,NW-SE 3.6 km である.起伏部の東縁は東に張り出した弧状を示し,厚別川の流路はそれに沿って大きく屈曲している.



“問題地形” の南東からの3D俯瞰画像.俯瞰高度は上:2,200 m,下:1,250 m.国土地理院地図と標高データを使ってカシバードで作成.色合いが異なっているのはカシバードでのパレット設定をミスったためで特に意味はない.

 これをカシバードを使った俯瞰画像で見る.高度を上げて石狩湾まで見通した俯瞰(右図上)では,全体像や広域的なロケーションはよく分かるが,あまり胸に迫るものは無い.
 しかし,もう少し接近してみると(右図下),非常なインパクトを感じるのだが,それは私だけなのだろうか...ただし視線方向と俯瞰角度の関係で,リニアメントやその羊ヶ丘方面への延長はあまりよく分からない.

 扇状急傾斜部の “起点” は,白旗山(321.3 m)からその北側の 293 m ピークへつながる < 形の稜線である.高起伏のため,陰影図や俯瞰図では暗く見えている.緩傾斜帯を挟んで東側へ張り出した開析起伏部の形態は非常に印象的である.
 この開析起伏部は,そのほぼ全体が現在はゴルフコースとなっているので,その造成時の土地改変が気になる.そこで,国土地理院の空中写真公開サイトで過去の地形状況を確認してみた.それによるとゴルフ場の造成は少なくとも 1961 年以降 1976 年までの間に行われた.しかし地形全体を改変するようなものではなく,元からあった南北方向の起伏地形を利用した形になっている.

※ 開析起伏部が緩傾斜帯よりも標高が高く,厚別川に向かって盛り上がっているようにも見えるのは,おそらく俯瞰の方向・角度や陰影光源の設定による錯覚で,実際は緩傾斜帯は開析・起伏部よりも標高が高い(断面図参照).


“問題地形” の断面図.断面線は下の傾斜量図をクリックして参照.高さ方向は4倍に強調されている.国土地理院の標高データを使ってカシミール3Dで作成.

 これらの地形セットについて,リニアメントに対してなるべく垂直になるように作成した断面図を上に示す.断面線は下の傾斜量図をクリックすると確認できる.
 この地形断面では,緩傾斜帯もかなり開析されているように見えるので,緩傾斜帯と開析起伏部との違いが意外なほど分かりにくい.
 開析起伏部は,尾根の包絡面を見るとほぼ水平で,それが厚別川まで続いている.断面線上での尾根包絡面標高は 105 - 110 m,沢底標高は 75 - 80m である.厚別川の流路標高は 67 m となっている.なお,断面線に直交した南北方向に見ると,開析起伏部の尾根包絡面標高は 170 ⇒ 100 m と北に向かって下がっている.


“問題地形” 部分の傾斜量図.クリックでリニアメントと断面線の位置が表示される.傾斜量図は,国土地理院地図サイトによるもの.

 当該地域の傾斜量図を右に示す.通常であれば自前で国土地理院の標高データをダウンロードし,データ変換した後に傾斜量を Prewitt 法で計算し,Surfer で可視化という手順を取るのだが...残念ながらこの部分の 5 m メッシュデータ(5A 形式)は不完全で,10 m データから補完された 5B 形式のデータをマージしてみても十分なクォリティが得られなかった.ここでは,無念であるが国土地理院のサイトで公開されている傾斜量図をそのまま使用している.

 傾斜量図と言っても,地形陰影図と情報量(・質)は本質的にあまり変わらないというのは他のページでも書いたが...その通りになっている.ただし,段丘崖などの急傾斜部は陰影図よりも濃く縁取られ,非常に印象的なものとなっている.


※ なぜか地理院サイトで公開されている上の傾斜量図は,その表現力を見ると,明らかに 5 m メッシュ標高データから得られたとしか思えないものである.公開されているネイティブな 5 m メッシュ標高データ(5A)は,現在でも 2016 年作成データで,データ欠損部が非常に多く,要するに使えない.地理院は,公開されている標高データ*以外に*データ欠損の無いネイティブな 5 m メッシュデータを内部的に持っているのだろうか? もしそうならば,ぜひそれも公開して欲しいものであると切に願う.


大規模地形の意味?

 それでは,ここで述べた扇状急傾斜部・緩傾斜帯・開析起伏部の三つからなる “地形セット” は,どういったものの可能性があるのだろうか? 著者が当初何を考えたかはもうお分かりのことと思うが...単純に(・直感的に)考えると,①リニアメントは(活・かどうかは知らない)断層のトレースで,②開析起伏部は大規模な地すべりまたは岩盤すべりの移動体集積部,③両者の関係は分からないがこうやってセットを作っている以上なんらかの因果関係(=①が②の原因)が存在する,というものであった.この地形を見ているであろう数多くの専門家の誰もそんなことは言っていないのに,大胆な思い付きである.素人故ということだろう.


地すべり地形との比較

大規模地すべりの例.

上:南側から俯瞰した手稲山東麓の大規模地すべり地形.最大幅は 4.5 km に達する.国土地理院地図と標高データを使ってカシバードで作成.俯瞰高度 2,600 m.

下:宮城岩手内陸地震(2008年)によって発生した荒砥沢地すべり.幅 900 m・長さ 1,300 m.宮城県栗原市荒砥沢ダム上流.

 それではちょっと踏みとどまって,大規模地すべりというものについて,素人として少し考えてみよう.

 右図上は,札幌市街地の西方にある手稲山東麓部の大規模地すべりの俯瞰図である.市街地まで移動体部がせり出しており,なんと危険な!とも見えてしまうが,この地すべりは5万年以上前に形成されたものでその後の活動記録はなく,現在は長期間安定し何の危険もないるものである.滑落崖と移動体との間には緩傾斜平坦部が形成されていり,その上にスキー場やゴルフ場が造成されている.
 右図下は,直下型地震の激しい地震動によって過去の地すべり跡が再活動して形成されたものである.左奥に滑落崖があり,そこから分離した移動体が集積しダム湖に流入している.


 くどいようだが著者は地すべりの専門家ではないので,地すべりというものの特徴を網羅的に比較することは到底できない.しかし,上に示した白旗山東方の “妙な大規模地形” は,こういった大規模地すべりのステレオタイプにはどうも当てはまらず,説明が難しい点があるように思われる.

① 滑落崖が存在しない.

② そもそも,すべり面はどこにあるのだろうか?

③ 仮に扇状急傾斜部が滑落部,開析起伏部が移動体集積部だとして,両者のボリュームは対応しているのだろうか?

④ 緩傾斜帯が地すべりの集積域と移動域の境界だとして,なぜそれが直線的になってリニアメントとならなければいけないのだろうか?


地すべりの模式図.マウスホバーで補足的な説明を表示する.

 左図は,一般的な地すべり(円弧すべりタイプ)の模式図である.どう見てもここで指摘した “妙な大規模地形” にはマッチしないように見える.もちろん地すべりにもさまざまなバリエーションがあるので,そのどれかとはなんとかマッチするのかもしれないが,見識の足りない著者にとっては no idea 以前の問題である.
 つまり結論として,この大規模地形を,地すべりあるいは斜面変動によって説明するのは,かなり難しいように思われる.


扇状急傾斜部・開析起伏部について


簡易的な地質断面図.上に示した地形断面図に,地盤地質図『札幌』に示された各地質単元の基底等高線を参考にして地質断面を描き加えたもの.

 このように見てくると,扇状急傾斜面を地すべり滑落崖と考えることは到底できそうもない.地盤地質図『札幌』に明確に示されているが,この部分には “輪厚砂礫層” という厚い砂礫層が分布している.輪厚砂礫層は白旗山などの山麓斜面を構成する古期崖錐堆積物と考えられるが,その分布形態は必ずしも明らかではない.上の断面図では,地盤地質図『札幌』の基底等高線に従って描いてあるが,人頭大程度の安山岩礫を含むという岩相を考えると,これほど東側まで分布しているかどうかは分からない.むしろ,山麓からさほど離れていないところで尖滅している可能性が高い.

 開析起伏部も地すべり・斜面崩壊の移動体集積部などではなく,もともと存在した対厚別川比高 40 m 程度の北に緩く傾斜する河岸段丘面が開析されたものであるとするのが妥当かもしれない.これは対岸にある段丘面(現里塚霊園)の比高とほぼ同じである.ただし,そちらではこのような明瞭な開析は認められない(上図).里塚霊園東側を北へ流下する大曲川上流部は同じ性格のものなのかもしれないが.しかし言うまでもなく,なぜそのような広い段丘面がこの場所に形成された(・存在している)か,またなぜその場所で厚別川流路が大きく東に湾曲しているのか,は少なくとも著者には不明なままで説明ができない.


リニアメントの意義

 ということで,この大規模地形(セット)の正体は,結局よく分からないわけであるが,リニアメントについては,分からないというわけでもない(くどい).(地質学的な)リニアメントの形成要因をあえて抽象的に言うと『地質体中の直線的不均質性』ということになる.例えば,断層破砕による強度低下,岩相の著しく異なる成層構造のトレース...等々.



国土地理院地図サイトによる傾斜量図に,リニアメントと “過去に想定されていた震源断層” の位置を示す.

 白旗山東麓の急傾斜部と緩傾斜帯の境界リニアメントは,地質図幅等を見る限り地質体の成層構造が見えているとはとても思えないので,『断層』(活断層という意味ではない)そのものではないにせよ,それに関連したものであるとしか思えない.この地域で公表されている地質図には,そんなものはまったく表現されていないが.上に述べたように,輪厚砂礫層は急傾斜部付近で尖滅している可能性が高い.断層によって形成された山麓斜面およびその脚部の崖錐性堆積体ということなのではないだろうか?

 それでは,この地域にそのような構造要素があってもよいのかどうかを考えてみる.右の傾斜量図には,リニアメントとほぼ同方向の茶色点線が描かれている.これは一体何かと言うと...政府の地震本部が平成16年に開催した『第1回石狩平野地下構造調査委員会』の別添資料に描かれている “平成8年度地震被害想定震源断層位置(北西~南東走向)” というものである.この想定断層に平行した線が石狩湾まで伸びており,その他に南区藤野~百松沢山~手稲山北西方にも雁行?した線が3本描かれている.
 誤解の無いように断っておくと,30年近く前に想定されたこの “震源断層” は,その後の検討で破棄されており,現在の札幌周辺で想定されている震源断層は南北方向の西札幌背斜・月寒背斜・野幌丘陵断層帯である.つまり右図に示した想定震源断層というのは,札幌周辺の地震被害想定の中にはいまや存在していない.とはいえ...この想定断層が,どなたがどのようなデータ(・根拠)で想定したものかは分からないのだが,『この位置にこの方向で』大きな断層が過去に想定されていたことがあった,つまり “想定に導く何かがあった” のだけは間違いない.地震本部や札幌市が公開している各種資料を閲覧しても,(いまのところ)それがなにかは私には皆目見当がつかない.唯一,地質関係の Ok 委員の発言として『西方山地との境界部分の構造が気になるがあまり調査されていない』という趣旨の発言があった.やっぱりそうなのか...



札幌市周辺の 1919年以降の有感地震震源分布.気象庁の 震度データベース検索サイト による検索結果をレイアウト編集し,しんえい西団地の位置を書き加えたもの.震源表示そのものは編集していない.

 右の図は,気象庁による札幌周辺の有感地震震源分布図であるが,なんとなく西方~西南方山地と石狩平野との境界付近に弱い配列のようなものがあるように見えてしまうのは,気の迷いだろうか.
 本当は無感地震を含めてどうなのかを知りたいところである.防災科学技術研究所が公開している 高分解能震源カタログ(JUICE)というものがあるが,2001年以降のデータのみとなっている.それでも十分かもしれないのだが.なお,その図は 本編 の方に掲載している.


メガ地形的観点(?)


“積丹方向”.地形陰影図は,SRTM30標高データを使ってカシミール3Dで表示したもの.

 右図で示したのは,戯れネタと言われてもしょうがないものである.私が地質をやり始めたころと思うが,地質屋の間でなんとなく『積丹方向(the Shakotan Direction)』ということが言われていた.その出典はもちろん不明であるばかりか,根拠さえもはっきりしない.まさか私だけが勝手に言っていたことではないと思うのだが.

 北海道の形というのは,魚類のエイにも例えられることがあるが,よく見ると不思議な形をしている.その中軸部は言うまでもなくプレート衝突による東西圧縮の影響で南北方向の脊梁を形成しているが...札幌周辺を見ると,積丹半島北東縁~日高海岸部に,NW-SE 方向の “線” がなんとなく見える.これが積丹方向である.もちろん,そんな地質構造が実在し認識されているわけではなく,そう言われればそう見えないこともないという,きわめて主観的なものに過ぎない.



積丹半島のリニアメント.右は,新エネルギー総合開発機構(1981)によるレーダー画像解析リニアメント図.左の地形陰影図は,国土地理院標高データを使ってカシミール3Dで表示したものに,著者が判断したリニアメントを描き入れたもの.作図の都合により全体を右回りに回転しているので南北方向に注意.

 しかし,少なくとも積丹半島に限って言えば,“積丹方向” は根拠のないことではなく,現実に存在する.
 右図左はそれを示したもので,地形陰影図に現れたリニアメント系である.右図の右は,新エネルギー総合開発機構による積丹半島の資源調査の際にレーダー画像解析によって判読されたリニアメント系で,赤点線で示したもっとも強い “リニアメントⅠ” が積丹半島の伸びの方向を規制しており,上の図の『積丹方向』に一致している.このリニアメント系のうちⅠとⅡは,山岸・渡辺(1986)によると,後期中新世~第四紀にかけて卓越していた東西(~NW-SE)方向の広域的圧縮応力場のもとで形成された共役割れ目系を示しているとされている.

 札幌西方山地の東縁の形状も,直線的と認めている言及例はあるが,その地質学的な意義については誰も何も言っていないと思われる.日高海岸地域の海岸線の方に至っては,要するにこの部分に露出する新第三系の日高山脈形成に伴う変形構造(=褶曲軸+断層走向)そのものであって,積丹半島や札幌西方山地とは何の関係もないものかもしれない.
 そういうことは重々よく分かっているのだが...どうも気になる.“高齢者地質屋” のしょーもない妄想(・妄言?)なのであろう.


最後に

 最後にちょっと言わずもがなのことを書いておくと...著者は,この “謎地形” の正体について,なにかを主張するつもりは毛頭ない.なにより地形・斜面変動の専門家ではないからである.これは一体何なのだろうか? あれこれ考えてみても,可能な説明は思いつかない.
 もちろん,『たまたまそう見えるだけで特に何の意味もない地形』という見方もできるだろう.ことさらに不要な仮定を重ねてはいけないというのは,オッカムの剃刀にも合致する.
 しかし,定常的浸食プロセスで特に何の理由もなくこのような複数の要素からなる地形セットが偶然できるというのは,マックスウェルの悪魔でもいない限り無理なようにも思えてしまう.『地形は(特段の理由が無い限り)時間の経過に伴って平準になっていく』という “地形エントロピーの法則”(そんなものはないが)にも反するような.

 もう一つ...いつも思うのだが,科学というのは『疑り深くないと真相に辿り着けない』,しかし『疑り深か過ぎると真相から乖離してしまう』.この匙加減は微妙で,長く研究してきた自分の専門分野であれば両者の境界はなんとなくこのへんと認識できるのだが,そうでなければ境界が良く見えず “踏み外して” しまう可能性があるというのは常に警戒する必要があるだろう.

 さて,真相はどのようなものなのだろうか..?



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