地質学におけるデジタル写真技術
川村信人(HRCG理事:元北海道大学理学部:札幌市清田区在住)
地質学のような “もの” を扱う自然科学分野では,研究・検討の対象を視覚的に表現するための『百聞は一見に如かず手法』として,さらに必然的に主観が入ってしまう文章記載に対する(・を補完する)『客観的な画像記録』として,写真画像というメディアは決定的に重要です.
私のような一般人がカラーフィルムというものを手にしたのは,1970年代初めのことです.それまでは写真というのはモノクロだったのです.正確に言うと,モノクロ写真と呼ばれているものは,黒白二値画像ではなく,感光体の濃度・密度によるグレースケール写真です.これをコンピュータ上ので RGBデジタル画像に単純に置き換えると,グレースケール画像は 8 bit = 256階調,カラー画像は 8 x 3 = 24 bit = 16,777,216(≒ 1677万)階調です.つまり単純に言って,カラー画像はグレースケール画像の6万5千倍の情報量を持つということになります.この差は言うまでもなく非常に大きなもので,右図はその情報量の違いがどういう視覚的結果になるかということを,直感的に示したものです.一番上が 1970 年代以前の普通の学術雑誌,一番下が現在のカラー刷り学術雑誌のイメージということになります.
最近は多くの学術雑誌がオンラインで閲覧できるようになっていて非常に喜ばしいのですが...以前の雑誌の多くは白黒二値設定でスキャンされた画像を並べた PDF になっている場合が大概で,そうするとその図・写真は右図の上(よりひどい場合も)のようになっています.まあ,コスト削減ということでしょうがないのかもしれませんが,せめて真ん中のグレースケールにして欲しい.そうでないと,我々は過去の科学情報の重要な部分を失っていることになってしまいます.
これは実は,大学図書館などがやっている “論文コピーサービス” も同様で,せっかく取り寄せた文献の図写真がほとんど判別できなかった実例に私は遭遇しています.特に地質学は,文章や数式表現だけで済む世界ではない,と思っているのですが...
しかし我々は,カラー写真を手に入れたあとも,それを使って地質学的オブジェクトや地質学的現象を表現する場は,あまり(ほとんど?)ありませんでした.驚くべきことですが,例えば『地質学雑誌』がカラー印刷に対応したのは,明確には分かりませんが少なくとも 2000 年前後のことだったと思います.それ以前の印刷論文というのはは,コート紙を用いた『図版』とザラ紙(?)の文中に挿入する『図』があり,前者はグレースケール印刷でしたが,後者の印刷品質は低くほとんど白黒印刷でした.要するに“白黒コピー程度の”クォリティ―だったわけです.
これが何を意味するかというと,① せっかくカラー写真を撮っても,少なくとも 21 世紀に入る前は,スライドを使った口頭発表を除くと,それを発表する場が無かったということでした.また,これも重要なことですが,② カラー写真の1枚あたりのコストは非常に高く,『たくさん撮ることができない』ものでした.
※ 正確なところは覚えていませんが,カラーリバーサルフィルムの値段は当時(1970-80年代),36枚撮りが千円程度.さらにはそれを現像する必要があります.それが千円弱だったと.マウントに入れてもらうともっとかかります.さらに,印刷物として必要な場合は,印画紙に焼き付ける必要があります.サービス版ならば一枚数十円だったと思いますが,四つ切などと言う日には数千円以上だったと.そうすると,1ヶ月フィールド調査に行って一日10枚,300 枚程度の写真を撮ったとすると,軽く万単位のお金がかかることになります.貧乏な学生・院生にはとても無理で,どうなるかというと『写真はほんとに必要なものしか撮らない』ことになります.写真をやっている人だったら誰もが知っていますが,良い写真を撮るコツは第一にたくさんシャッターを切ることですので,これは厳しい.
こういった狭苦しい状況を打破したのが,言うまでもなく『デジタルカメラ』と『インターネット』でした.どちらも,本格的に(普通の人の間に)普及したのは 21 世紀に入る少し前からです.
これについては,復刻版『私の銀塩カメラたち』『私の業務用デジカメ達』のページに多少詳しいことを既に書いています.ここでは,私のデジタル写真技術を述べる上で,そのバックグラウンドとなることについて触れておきたいと思います.
3年目修業論文.1973年.初めての野外地質調査に入ることになった私は,自分のカメラというものが無く,買う金もない.そこで,兄からこのカメラを借りた...のだと思います.もはやどういう経緯であったか記憶がありません.私と兄は四つ違いなので,私が3年生の時,兄は既に大学院修士を卒業し北海道外に就職していたはずなのですが...うーむ.
このカメラは,いわゆる視差式ファインダーを持ったレンズシャッターカメラで,セレン露光計というものが付いていました.前面向かって左側の格子模様のやつがそうです.要するにフォーカスも露出もすべてマニュアルでした.ファインダーを覗くと像が二重になっていて,フォーカスリングを回してその像が一致すれば合焦でした.露出はシャッター速度を設定しておいて絞りリングを回すとファインダーの中の針が真ん中に来るとOK.レンズはもちろん固定で,YASHINON 45mm F1.8 というものでした.今も大事にしまってあるので,出してみたら,なんとセレン受光計の針はちゃんと動いていました.50 年経っているのに...驚きです.
その際に撮影したフィールド写真が左です.もちろん印画紙上のものをスキャンしたものです.フィルムは,たしか FUJI NeopanFF とかいうものだったと...今見るとなかなかすさまじい画質ですが,ちゃんとした大きさに焼き付ければそこそこのものになるかと思われます.やったことはないですが.
でもこの写真を見ていると,自分自身の地質屋としての黎明期が蘇ってくるみたいな.レトロなモノクロ写真特有の,自分の想い出と混じり合った言葉にはできない雰囲気を感じてしまいます.
4年目卒業論文+修士論文.1974年~1976年.やっとカラーで撮れるようになりました.しかしその写真はほとんどデジタルデータとして残っていません.押し入れのどこかを探せばネガフィルムがまだあるはずなんですが.左の写真は,卒論当時撮った沢の状況です.印画紙には,FUJI COLOR という文字が見えます.この画像は 2002 年に印画紙をスキャンしたものなので,撮影-焼き付けから 28 年を経過していて,著しく色褪せしています.それからまた 20 年,計 48 年経った今ではどうなってるんでしょう? 右側はそれを Photoshop で色補正したもので,まあまあ再現しているかと.デジタル画像は色褪せなどしないわけなので,こういうのを見ると大きなメリットを感じます.
博士論文前半.1976年~1978年.いつ一眼レフカメラに移行したかは正確に覚えていないのですが,おそらく 1976 年前後と思われます.ASAHI PENTAX Spotmatic-F というものです.レンズは標準の 50 mm F1.4,フォーカス・露出はもちろんマニュアルです.これも最初は自分のカメラではなく,父からの借り物でした.フィールドに行く前に実家に立ち寄って借りたわけです.
その後,さすがに息子(の汚れ仕事)に大事なカメラを貸すのが嫌になったのか,『金出すから自分のを買え』と言われて,古物屋で中古の一眼レフ(PENTAX K-2)を買いました.レンズは F1.4 か 1.7 の標準 50 mm の一本でした.SP-F のスクリューマウントからバヨネットマウントになっていましたが,『他のレンズを買って付けよう』などとは毛程も思ってませんでした.貧乏だったんでしょう.今気づいたんですが,この時代には1枚撮るごとに手動でフィルムを巻き上げていたんですね...
一眼レフとなって,YASHICA よりはカメラとして格段に進歩したものとなったわけですが,写真の画質は特段改善されたとは感じませんでした.当時はそういう機器感受性が自分に無かったのかも.
博士論文後半~学位取得~助手採用の頃.1978年頃~1987年.単にフィルムの形式が変わっただけですが...なぜそうなったかというと,我々の発表形式によるものだと思います.この当時は学会発表などはスライドプロジェクターによるものが主流でした.スライドというのはパワポのスライドではなく,35 mm フィルムスライドのことです.それをスライドコンテナに入れて,ガッチャンガッチャンと切り替えてスクリーンに投写していました.そうするとフィールド写真や顕微鏡写真などをネガで撮ると,それを写真店でスライドに変換してもらうサービスが必要で,かなり高かったように記憶しています.リバーサルで撮っておけばそのまま発表で使えるし,現像するだけで良い,必要なものだけプリントすればよい...そういうことでした.デジタル時代はまだ遠かったころのことです.
1987年~1999年.実はこれが私が初めて『自分の金で買った』カメラです.北大助手になった次の年ですね.おそらくこの時からオートフォーカス・オート露出・オート巻き上げとなったと記憶しています.どこかの地質学会巡検の時でしたが,日が暮れてもう薄暗くなった露頭で私がこのカメラでバシバシとシャッター切っていると,ある年配の参加者の方から『それオートフォーカスなの? すごいね.』と言われました.ファインダーで手動フォーカスというのはちょっと難しかった光だったんですね.このカメラは,世界で初めてのオートフォーカス一眼レフカメラの一つだそうです.
レンズはちょっと記憶が定かではないし記録もないのですが,たしか 35-70 mm ズームレンズだったと思います.調べてみたら,SMCペンタックスFズーム 35-70mm F3.5-4.5 というものだったような.これ一本でした.
その後,PENTAX Z-1 という,けっこう高級なものに買い換えました.今度は奮発してレンズを2本.やっぱり望遠も欲しいということで,SMCペンタックスFズーム70-210mm F4-5.6 と便利ズームとして SMCペンタックスFAズーム28-105mm F3.2-4.5 AL を買いました.28-105mm というレンジは非常に便利で,望遠レンズは結局ほとんど使いませんでした.なおこの 28-105mm レンズ,のちに 2003 年になって初めて一眼レフデジタルカメラ(PENTAX *istD)を買った時,それに使えないかと何枚か撮ってみたのですが...ぜんぜんダメでした.やっぱり安レンズだったのか...? 合掌.
(2000年~)2001年~2005年.実はここからがやっと,『公費で買った地質業務カメラ』になります.それまでは,自分の私的所有カメラと業務カメラというのは区別が無かったんですね.驚くべきことですがそういう時代でした.ハンマーもクリノメーターも,調査用具はすべて私費購入の“私物”でしたから.逆なら大変ですけど.
2000年暮れに私は私費で初めてデジタルカメラというものを購入しました.たった 200万画素のチンケ(死語?)なものでしたが,趣味の撮影で使ってみると『これは絶対業務にも使える』と確信できるものでした.Canon Powershot S-10 というものです.右がその記念すべき最初のデジカメ地質写真です.なにか白茶けていますが,これはカメラのせいではなく,当時の私のパソコンモニター環境が誤っていて,それに合わせてレタッチしてしまったためです.
しばらく私物でしのいだ後,2001年春にやっと業務用デジカメを購入することができました.当時画質では評判のあった CASIO QV-3500EX というものです(左写真).これもたった 300 万画素というものでしたが,その画質は満足できるもので,その写真はこのサイトでもたくさん使われています.もちろんレンズは固定式ですが,33-100mm相当の3倍ズーム F2-2.5 というもので,使い勝手は悪くなかったです.その後,QV-3500 は 2003 年まで使い,Olympus C-5050 という同じく3倍ズームレンズの 500万画素機に買い替えました.これもなかなか素晴らしいコンパクトデジカメでした.
2005年~2009年.コンパクトデジカメのどこが悪いというわけでもなかったのですが,私物として一眼レフデジカメを使ってみて,やっぱり業務用もこれだよな...と,乗り換えることにしました.元々は顕微鏡撮影用に買ったのですが,後に野外用に転用しました.機種というかメーカーは,私物で使っていた安心感で同じ PENTAX としました.*istD の後継機 *istDS です.600万画素.レンズは標準ズームの DA 18-55 mm F3.5-5.6 です.その後同じような機種ですが,PENTAX K100 に買い換えました.どちらも 600 万画素機です.高画素でもないし高級機でもないどちらかというと安物ですが,これで十分でした.
2009年~2017年.パナソニックから世界初めてのミラーレス交換レンズカメラ LUMIX G1 が発売されたのは 2008 年のことです.私は意外にも新しもの好きなので,2009 年1月にさっそく業務デジカメとして購入しました.画素数は 1200 万画素,レンズは標準ズームの 14-45mm F3.5-5.6 でした.望遠側が足りず,のちに 45-200mm F4-5.6 を買い足しましたが...ほとんど使いませんでした.
一眼レフデジタルがあるのになぜミラーレスを買ったのかというと,ひとえに『一眼レフデジタルのオートフォーカスが信用できない』ためでした.フィールドでこれはというショットを決めたつもりでも,大学に帰ってきてパソコンで見ると,きっちりとしたフォーカスがどこにも来ていない...ということは何度もありました.これは失敗の許されない『科学記録用ディバイス』としてはちょっと致命的です.地質調査では,“二度と行きたくない” ところの記録を残す必要もあるわけで.私物として使っていた PENTAX デジタル一眼レフでも多かれ少なかれ同じでした.あまりにも納得できず,当時定番だった Nikon D7000 をレンタルしてテストしてみたことがあるのですが,なんとそれも同じようなものでした.ここは,仕組みのぜんぜん違うミラーレスにするしかないと.それは結果として大正解でした.上っ面を見ると,一眼レフデジカメと比べてまるでおもちゃのような造りのものですが,その撮影結果は,非常に consistent なものでした.これは業務カメラとして,非常に重要なことです.
『業務用デジカメ』のページには書いていませんが,2012年頃に,同じく Lumix GH-2(1600 万画素)に買い換えています.特に G1 に不満があったわけではないのですが.
デジタル写真の画質を論じる時,避けて通れないのが JPEG 形式での『圧縮(compression)』です.この圧縮形式は “非可逆(lossy)”,つまり『圧縮によってデータの損失が生じる』ものです.別な言い方をすれば,一度圧縮すると元のデータに戻すことはできない形式,となります.なんでそんなものを?と思いますが,要するにこの方法で達成される圧縮率とのトレードオフなわけです.
右図は,両者の関係を示したものです.“圧縮品質” というのは Adobe Photoshop での表現で 0 - 12 の 13 段階になっています.ソフトによっては 0 - 100 で表現される場合もありますが,両者の関係は不明で,そもそもそれらの数字がリニアなものかも分かりません.したがって,上のグラフも X-Y 散布図ではなく単なる棒グラフになっています.
で,グラフを見るとお分かりのように,品質 0 (Low) と 12 (Maximum) とでは,生成するファイルサイズには,20 倍以上の開きがあります.例えば最高画質で 20 MB の写真画像が圧縮の結果 1 MB 以下にできるわけで,PNG 形式のような “可逆(lossless)” 圧縮には無い非常に大きなメリットです.
※ ちなみに上の最高品質 JPEG を PNG 形式で保存するとファイルサイズは 1.8 倍に膨らんでしまいます.元のビットマップデータサイズは 45 MB ですので,JPEG 最高画質でも 1/3,最高圧縮ならば元サイズの 1/100 近くまで圧縮されていることになります.
問題は,上に書いた JPEG 圧縮によるデータ損失です.
右写真では,最低品質と最高品質の JPEG を before/after スライダーで比較できます.これで分かるように,この縮小された表示サイズではほとんど違いがありません.最低品質では右上の空の部分にかすかな縞模様が出てくるくらいです.
本当にそれだけで済むのでしょうか? もしそうならば,ファイルサイズ 1/100 の最低品質 JPEG でも何の問題もないことになり,最高なのですが...
もちろん,そんなうまい話はありません.画質とデータサイズはトレードオフなのです.
まず上の写真機になった空の部分の縞模様ですが,圧縮度を上げていくと,圧縮品質 5 あたりから均一な空のトーンの中にパターンが現れ,階調の変化に段差が生じていることが分かります(右図).通常このようなものはマッハ・バンド(mach band)と呼ばれます.このパターンは,場所によっては四角な輪郭を持ったブロック状にも見えます.
このブロック状パターン(blocky artifact)は,細かなパターンを持った部分でより顕著になります.右図上は,写真下部の田植え直後の水田の部分を切り出したものです.圧縮品質 6 あたりから稲の部分に変化が出てきて,品質 0 になるとブロック状パターンが顕著となり,元の画像とはまったく異なったものになっています.これが JPEG 圧縮の正体です.
筆者はもちろんその詳細な仕組みは理解できませんが,要するに JPEG 圧縮は画像を 8 x 8 ピクセルのブロックに分割し,その内部を圧縮が効くような “適当な” データ・パターンに変換し,圧縮を行う,という仕組みなわけです.
このような JPEG 圧縮の結果生じるもう一つの artifact として,“モスキート・ノイズ” があります(右図下).これは,画像中の階調境界に現れるもやもやとしたノイズパターンで,写真で言えば物体の輪郭部に現れるものです.ある意味,JPEG 圧縮でぱっと見に一番気になる画質劣化とも言えるものです.見て分かるように,モスキート・ノイズは上のブロック・ノイズと密接な関係がありますが,ブロック・ノイズそのものではないようです.
結論として...『ファイルサイズが小さくなるからといってむやみに圧縮品質を下げ(=圧縮率を上げ)ないようにしよう』ということでしょう.言わずもがなで当たり前のことですが,ウェブのあちこちでこの原則を守っていない例が散見されるのも事実です.
(この項 2023/08/24 加筆)
それでは,やっと本題に入ります.これは,デジタル写真の最初の基本テーマでしょう.ここをクリアしないと,それ以後の写真技術も何も始まりません.
レタッチ(retouch)というのは元々,写真のネガ・印画紙に対して “物理的な” 加筆・加工・修整を行うことでした.『葬式の遺影写真』を思い出すとどういうことか分かると思います.そういうところから,科学写真のレタッチに関しても,“そんなことしていいの?” と感じる方もいらっしゃると思います.ここでレタッチと呼んでいるのは,『在るものを消したり無いものを加えたりすること』以外の,階調や色合いの修正・強化を指していると考えてください.
ただし少数の例外はあります.その一つは “ゴミ消し(dust removal)” でしょう(右写真).デジタルカメラのセンサー上のダストや,リバーサルフィルムをスキャンする際のフィルム上のダストなどの写り込みです.これらはソフトウェアを使って消去することになりますが,その手法は “写真上の他の場所のパターンで塗りつぶす” というものなので,ある意味データの変造です.しかし『元々被写体には無かったものを消去するだけ』ということで,許される例外になるでしょう.後に触れる『contents-aware fill』と同様な手法なので,場合によっては線引きが難しい事もあり得ますが.
現像(development)というのは元々,感光したフィルム上に像を生成しそれを固定することを指します.デジタル写真の場合は,“感光したフィルム” は “RAW データ” に相当します.つまり,“RAW データから色情報を生成しそれになんらかの補正を加えて画像データとする” ことを意味します.
まず,デジタルカメラの撮影設定を『JPEG』にしている場合は,現像はカメラが撮影後に一瞬のうちにやってしまいますので,ユーザーがやることはなにもありません.せいぜい,撮影前の画質やモード設定くらいでしょう.ネット等ではこれを SOOC (Straight Out-Of-Camera) 写真と呼んでいます.
これに対して,設定を『RAW』にしている場合,現像はユーザ自身がなんらかのソフトウェアを使用して行うことになります.これはある意味面倒ともいえる作業ですが,逆に言えば,自由に・思うように写真を望ましい形に近づけることが可能ということです.RAW 画像は,各色 8 bit の JPEG 画像よりも “データ深度” が深い(12-14 bit)ので,より余裕(headroom)の大きなレタッチができるということにもなります.
上の例は,デジタルカメラで撮影した RAW 画像を,RAW 現像ソフト Capture One で現像したものです.左が,最小限の現像設定を用いた “リニア画像” です.かなり暗めでコントラストに乏しく,いわゆる『寝惚けた写真』になっています.こういう写真の明度やコントラスト等を補正し,より明確な写真にするのが,基本的なレタッチです(右).
このような補正を行うと,ナチュラルなあるいは本来の色と階調を人為的に変更してしまうものと感じる人もいると思いますが,そもそも写真には(デジタルに限らず),『自然な』とか『本来の』という色や階調は存在しません.それらもすべて,人間の側にある主観的なものです.したがって,科学写真をレタッチする目的は,『自然な』『本来の』色や階調を保持することにあるのではなく,あくまでも『実際にある構造や性質』を,より分かりやすくするためのものになります.
写真1枚に収まらないような広い視野を表現する手法としてパノラマ写真があります.もちろん広い視野を写すためには広角レンズというものがありますが,カメラで一度に写せるピクセル数は決まっているため,1枚で広い範囲を写すとその分,細部の解像度は低くなります.
例えば 8:1 程度の横長の対象の場合,4:3 の1600万画素で撮ると,対象の面積は,その 1/6 しか無く,わずか 300 万画素弱の横長画像しか得られません.また,広角レンズには特有の強いパースや周辺収差があり,対象をストレートに写すことは難しい場合があります.
そこで,『対象をカメラをパンしながら何枚も撮影してそれを合成する』というパノラマ写真という手法が現れました.デジタル写真以前は,合成すると言っても印画紙を貼り合わせるしかなく,写真ごとの露出の差や写真周辺の歪みを補正することは不可能でした.貼り合わせ部がそのまま見えてしまうという欠点も,どうしようもありませんでした.しょうがないので,写真の端を手でギザギザに破り取り,貼り合わせ部をできるだけ自然に見せるという手法まで現れましたが,
時系列的に言うと,これが私の一番最初の “デジタル写真技術” と言えるかもしれません.正確なところは分からないのですが,おそらく 1999年のことです.当時私は個人的に(私費で)小型のデジタルカメラを買いました.Canon Powershot S10 というカメラです.これに,PhotoStitch というパノラマ写真作成ツールが付属していたのです.
PhotoStitch は無料で付いてきたソフトということで,機能は最低限,貼り合わせ部が頻繁に “さざ波状になる” という困ったものでしたが,とにかく今まで不可能と思われていたことがデジタル写真とこのソフトで簡単に実現できる...私は完全にハマりました.
右は,パノラマ合成時によくある失敗例を示したものです.最初がオリジナル写真そのもののクロップ画像.次が PhotoStitch による合成時の接合部のクロップです.赤枠部が,もやっとした感じになり,よく見るとパターンがさざ波状に繰り返しているのが分かります.最後が次に書いた PtGui による合成結果です.あと,アニメーション時に画像がずれるのはもちろん,パノラマ合成時の変形(の差異)によるものです.
その後どういう変遷をたどったのかは記憶があまりないのですが,最終的に PtGui という有料ソフトにたどり着きました.2007年のことだったと思います.PtGui は非常に素晴らしい,おそらくこれ以上のものはないと思われるソフトで,今も最新バージョン(12.1)を使い続けています.フリーソフトとしては Microsoft ICE や Hugin などを試してみましたが,やはり PtGui がベストでした.上の “失敗例” の最後に PtGui による合成例を示しましたが,artifact はまったく見られず,どこが接合部なのかも,いくら見ても分かりませんでした.
パノラマ写真の基になる連続写真の例を上に示します.川沿いの広い露頭を,写野を水平にずらしながら9枚撮影したものです.人間の体の動きは非常にいい加減なものなので,それぞれのオーバーラップや上下方向の位置は,かなり滅茶苦茶です.正確には三脚を立てる等が必要でしょう.しかしこの程度でまあ何とかなります.なお,カメラのズームはなるべく望遠側にした方が,写真周辺部の歪みが小さくなるので,合成時に楽になります.
これを,パノラマ合成ソフトを使わずに,Photoshop 上で単に位置合わせをしただけのものが上の写真です.写真クリックで,ズーム可能な画像を別タブで開きますが,横方向は 5120 ピクセルに縮小されています.がたがたになっているのはしょうがないとして,例えば一番左の写真は他のものと露出が違っています.仔細に見ると,隣り合う写真がブレンドされていないため継ぎ目がはっきり見えるばかりか,うまく接合できていないところもあります.後者は,写真周辺の歪みが隣同士で違っていたり,写真(=カメラ)が幾分回転しているためで,どうしようもありません.
パノラマ合成手法が出てくる前だったら,こんなもんでいいんじゃない?と思ったかもしれませんが,少なくとも現在の私はこれでは納得できません.
PtGui でパノラマ合成した結果です.等倍で見ても,継ぎ目がどこなのかはまったく分からず,写真の露出差も見事にブレンドされています.PtGui は合成結果がうまくない時はいろいろと手動で調整できますが,ほとんどの場合その必要はまったく無く,ワンクリックでこうなります.素晴らしいことです.
上写真と同じく,クリックでズーム可能な横 5120 ピクセルの写真を別タブで開きますが,元の合成画像は横 15,000 ピクセル以上です.何しろ元は 300 万画素のコンパクトデジタルカメラで撮ったものですから,パノラマ合成が結果としていかに高解像度のパノラマ写真を生成するかが分かると思います.
なお,PtGui のようなパノラマ合成ソフトは,合成の際の投影モードを選択できます.この例では Cylindrical か Stereographic だったと思いますが,レンズ焦点距離が長くて枚数の少ないパノラマの場合は,Rectilinear が良好です.ソフトウェアが自動的に選択してくれますが,合成対象によって最適なものを選択することが重要になります.
これで完成なのですが...上下左右にがたがたの欠損部があるのが気になります.クロップしてしまえばよいのですが,合成結果によっては,欠損部が無くなるまでクロップすると,残したい部分も切り取られてしまう場合があります.そういう時は,しょうがないので見栄えは悪いですけど欠損部を残してクロップするわけですが...その欠損部を Photoshop などで “contents-aware fill” してやるという手もありますが,科学的データとして見ると問題も残ります.こういった “境界的手法” については 別ページ で述べたいと思います.上のパノラマ合成結果については,クロップだけでどうにかなりますので,下のような結果が得られました.素晴らしいですね.
ブレ補正(blur reduction)とは聞きなれない言葉で,普通聞くのは “手ブレ補正” です.しかし,ブレは手ブレ(hand blur)だけではなく,被写体自身の動きによる被写体ブレ(motion blur)もあります.これらのブレは,写真を撮るものにとっては天敵のようなものです.三脚立てるとか高感度で撮るとかいろいろ手はありますが,野外で光の得られないようなところで撮る場合も多い地質写真にとっては,それ以上の『撲滅対象』です.ブレていたからと言って簡単に撮り直しに行けるわけでもありませんし.ということで,ブレ補正は地質写真にとって非常に重要なテーマであるわけです.もちろん最近のカメラ(・レンズ)は非常に優秀な手ブレ補正機能を備えていますが,すべてがそれで解決できるとは言えません.そこで,撮影後の写真のブレをソフトウェアで補正できることが,強く期待されるわけです.
もういつのことだったか忘れましたが,調べてみると 2003 年のことでした.当時,ブレを補正してくれるという『ピンぼけ・手ぶれレスキュー』という国内オンラインソフトが出現しました.その時代としては先進的なもので,海外にも他に比較できるソフトはありませんでしたので,私はすぐに購入しました.どのようなアルゴリスムを使っていたのかは分かりませんが,単なる “シャープニング” ではないことはたしかです.デコンボルーションとか..? しかしその結果は,期待したほどには芳しいものではありませんでした.結局しばらく試した後,それ以上そのソフトを使うことはありませんでした.
その状況が変わったのは,つい最近の話ですが,AI 技術を使ったという Topaz Sharpen AI というソフトが出てからです.2020 年のことだったと思います.それまで私はさまざまなシャープニングを行うソフトを試してきましたが,どれも決定打というものはありませんでした.Topaz Sharpen AI は,まさにゲームチェンジャーでした.AI によるブレ補正というのが実際どういう仕組みなのかは,もちろん単なるユーザの私には理解できようもありません.しかし,結果がすべてです.
上の比較写真は,たまたま私のストレージに残っていたピンぼけ・手ぶれレスキューによる 2003 年当時のテスト写真と,そのオリジナルを Topaz Sharpen AI で補正したものです.元写真は,暗い室内で 135 mm (200 mm 相当)の中望遠レンズを使って 1/20s でシャッターを切ったものです.当然手ぶれしています.
その結果は驚くべきもので...ひいき目に見れば,ピンぼけ・手ぶれレスキューも,なかなか良い仕事をしています.もしこれしかなかったら,けっこういいねと思ったかも.しかし,Sharpen AI の結果は別次元です.この縮小画像を見ても分かると思いますが...写真をクリックすると元解像度で開きますので,そちらを見てください.
ノイズは,デジタル写真の “永遠の課題” かもしれません.十分な大型センサーを備えた高級デジタルカメラならいざ知らず,そうでないものには,たとえ最低感度であってもノイズは大きな問題となります.さらに,下に記述する HDR 処理の際,単一画像からの処理の場合には暗部の輝度を大幅に持ち上げるので,そこに隠れているノイズが顕在化してきます.ノイズ除去はほとんどの場合必要な処理になります.
2005 年頃,私は 600万画素 APS-C 機を使っていましたが,ノイズがそれほど問題になるような機種ではないので,自分がなぜそう思ったのかは覚えていないのですが...とにかくノイズ除去ソフトを使ってみようと思いました.色々調べてみると,NeatImage というソフトが一番ということが分かりました.しかし大きな障害がありました.それは 100% 海外のオンラインソフトであって,国内ではそれを扱っているところなど無かったのです.購入には “PayPal という” 外国の決済代行業者にアカウントを持つ必要があり,そんなの聞いたこともなかった私はかなり悩みました.自分のカード番号とかそこに登録してほんとに大丈夫なのかと恐る恐る NeatImage を購入しましたが,もちろん何も問題は起きませんでした.今は Paypal も国内サービス拠点と日本語サイトがあり,サポートも日本語OKになっています.時代は変わるもんです.
この NeatImage はそれ以後私の重要なノイズ除去ツールとなり,もちろん今も使って(・持って)います.しかし,ノイズ除去というのは,大きな “二律背反” を本質的に抱えています.『ノイズ』と『ディテール』です.多くの場合,ノイズ除去をすると,ノイズとオーバーラップする空間周波数を持つディテールも失われます(左写真).NeatImage は革新的な素晴らしいノイズ除去ソフトでしたが,この二律背反を解決することはできませんでした.
そこにゲームチェンジャーが現れます.AI 処理でノイズ除去をするという Topaz Denoise AI です.Sharpen AI と同じ 2020 年のことだったと思います.この革新的な手法は,ディテールを失わずにノイズを除去できるという,まさに promising なものでした.
右の比較画像を見てください.縮小表示ではよく分かりませんので,画像をクリックすると元解像度のものを開くことができます.オリジナル画像は,曇天下で撮影したビル街写真を HDR 処理したもので,撮影感度は ISO200 ですが,輝度を持ち上げた全体がノイズでざらざらになっています.明るい空でさえも,ノイズが目立ちます.
これを NeatImage で処理すると,たしかにノイズが除去されクリーンになりましたが,細部は塗り潰されたようになっています(特に左写真中央奥や左手前の暗いビル,右写真中央の暗いビル).しかし,左写真中央の茶色のビルや右側の青いビル,右写真中央部や右側のビルでは,逆にノイズが除去しきれず,壁面・窓枠などに不自然な artifact が出ています.また,右写真のビルの左側には弱いフリンジ(色収差)が出ていますが,除去されていません.
Topaz Denoise AI で処理したものでは,全体にノイズはほとんどすべてクリーンに除去されており,しかも素晴らしいことに,ディテールはほとんど失われていません.左写真左側の暗いビルなどを見るとよく分かります.また,ビルの窓枠など,元のパターンはほとんど損なわれていません.右写真のフリンジも除去されています.
自分の持っているいろいろなノイズまみれ写真でテストしてみたところ,Denoise AI は,ディテールを失わずにノイズをほぼ完璧に除去できる “夢のような” (大げさ)ツールであることが分かりました.今まで,のっぺり塗り潰しノイズ除去画像でがっかりしていた日々は何だったんでしょうか? それ以来,Denoise AI は,特に最低感度でもノイズが気になることがあるマイクロフォーサーズセンサーにとっては,手放せないツールとなっています.ある意味人工的と言えばそうなのですが,結果が素晴らしいので,一度これを味わってしまうとやめられません.麻薬みたいなもんですね...NeatImage は今でも最新版ライセンスを持っていますが,まったく使うことは無くなってしまいました.
HDR (High-Dynamic Range) 処理は, 一般には風景写真や建造物写真で,暗部を持ち上げ明部を落とし彩度を上げるという加工処理を意味します.HDR写真というと,右写真のような人工的効果を最大限に利かした “いかにも” の写真を思い浮かべるのではないでしょうか.しかし科学的な目的を持った写真では,こういった人工的な HDR効果は NGです.我々がやりたいことは,『写真の自然な階調復元』です.
実は後で述べるように,カメラがとらえる階調というのは,我々が自分の目で見て認識する階調とは,かなり異なっています.HDR処理ソフトウェアを利用して,地質写真の階調をより人間の感覚に近いものに復元することが目的というわけです.
なお HDR合成は通常,露出補正を変えた複数の写真を用いて合成されるものです.つまり写真を撮るときに HDR合成を行う前提で,あらかじめ最低で3枚,通常5~7枚程度の露出ブラケット撮影をしておく必要があり,地質野外写真の場合には,なかなか適用が難しい点があります.
しかし,ミラーレスや一眼レフデジタルカメラで出力できる RAW画像では,通常の JPEG画像よりも大きな階調幅を持っているので,単一画像から得られる “疑似” HDR写真でも,良好な階調復元結果を得ることができます.この方法であれば,普通に撮影された写真の必要なものに対して撮影後に処理を加えることができます.この機能は多くの HDR合成ソフトが持っているものですが,例えば有名な写真現像ソフトである Adobe Lightroom にはこの機能が備わっていません.そういった場合には,ちょっと面倒ですが,単一 RAW画像から複数の露出補正をかけた現像結果を(仮想的に)作成し,それを用いて HDR合成を行うという手法があります.
上の写真は,露頭写真の階調を復元した例です.デジタルカメラで撮った写真ですが,その歴史のかなり初期に近い 300 万画素のカメラなので,そもそも画質があまり良くなく,おまけに日差しがかなり強いので,互層部のシャドウは潰れ気味になっていました.おそらく当時,それがなんとか見えるようにと無理にレタッチしたため,写真全体が白っぽくなって空の色も失われています(上写真左).これを SNS-HDR を使ってトーンマッピング(tonemapping)してやると,右のように,シャドウ部の階調がはっきりとし,空の色も元通りに近くなっています.
分かりやすいように,互層部をクロップすると上のようになります.よく『HDR画像は不自然で嫌いだ』という意見を聞きますが,実は我々の眼(と脳の視覚処理)というのは非常に優秀なHDRディバイスで,見えているのは上写真右のような像なのです.自分の眼で野外で左のように見えるという人は眼科に行くべきかも(冗談です).つまり,HDR処理というのは,不自然なデジタル画像を自分の眼で見えているように自然なものに変える技術である,そのように私は思っています.
私は “視覚生理学”(という専門分野があるのかどうか)の専門家ではもちろんないので,まったく的外れかもしれません,いやきっとそうでしょう.以下は経験に基づく素人の勝手な憶測です.
人間の眼には虹彩という絞り機構がありますがシャッターというもの(≠ 瞬き)も無く,すべては視覚信号が送られた先の脳内における『ソフトウェア露出』を行っていると思われます.さらに,その過程でなんらかの “HDR補正” が行われてるのではないかとも.その機能は非常に強力・スマートで...私達が,自分で撮った写真を見て『眼で見ていたのとぜんぜん違うな』と感じるのはそれが要因かと推測します.
例えば,『青空をバックに鮮やかなピンクの桜の花』を見て,これは素晴らしいとシャッターを切り,家に帰ってパソコンで現像してみると...桜の花は暗く沈んで青みがかり,なんだこれ?!状態.現像処理で露出プラス補正をかけてやると,今度は青空が白茶けて...そういうのは写真撮る人ならば誰しも経験があるのでは.おそらく,このような意味で人間の視覚機能を越えるカメラやソフトウェアというのは存在していないでしょう.(あったとしても視覚が認知できない?)
で,その機能は印画紙やディスプレイ上の『固定された画像』には働かないのではないかと推察されます.なぜかというと,現実をそのまま写したその “固定された画像” をいくら見ても,記憶にある階調は見えてこないからです.おそらく人間の視覚補正機能は,『固定された画像』の中にはない,輝度や色相以外のなにか “リアルタイムな情報” を使っているのではないでしょうか? もしかすると時間軸方向の情報も?...以上,単なる妄想.
妄想が長くなってしまいましたが...下は,デジタル写真以前の写真の階調を復元した例です.撮影時期はおそらく 1970 年代末(40年前!!).最初に書いたように,リバーサルフィルムで撮ったものをフィルムスキャナでデジタイズしたものです.サイズは 900 x 600 ピクセル(54万画素)という,信じられないような低解像度画像です.解像度復元については後に書きますが,トーンマッピング処理でこのように生まれ変わったというところを見ていただければ.
『北上写真アルバム』で公開した写真の大部分は,“デジタル以前”,つまり一眼レフ・フィルムカメラでリバーサルフィルムを使って撮影し,それをフィルム・スキャナでデジタル化したものです.一部はフラットベッド・スキャナで高解像度スキャンしたものもありますが,当時(1990年代)のフィルム・スキャナの性能かユーザ側のチョイスだったかは分かりませんが,多くのものは長辺 800 - 1400 pixel という非常に低解像度のものしか残っていません.
それに加えて,当時の私のモニター環境は,今から見ると『まったく間違って』いました.どういうことかというと,ソニーのトリニトロン・モニターを使っていたのですが,その明度を落としコントラストとガンマ値を上げて使っていたのです.そういう濃いのが好きだったのか...その状態で写真を調整するとどうなるかというと,『コントラストが低くシャドウが持ち上がった』ものになってしまっていたのです.もちろん当時はヘンなモニタ設定で気づいておらず,それで良いと思っていたわけです.
また,写真のデジタルカメラ化以降も,私が北上山地で業務用として使用していたデジタルカメラは 2001 - 2003 年までの 300 万画素のデジカメで,画素数以前に画質にもいろいろ欠点というか問題があり,とても高画質とは言えないような代物でした.ちなみにそれ以前は,自分のお金で買った 200 万画素の本当にちゃちな私用デジカメを 2000 年春から野外調査でも使っていました.
これらの問題点を解決するために,当時の低画質・低解像度写真画像を,最新の技術を使った画像ソフトで復元することにしました.
写真復元のワークフローは以下の通りになります.
① 階調の復元
② 高解像度化
③ 精細度の復元
④ レタッチ(後処理)
(すでに上で『HDR処理』として記述した部分に相当しますので省略します)
階調を復元したは良いのですが,54 万画素ですから決定的に解像度が足りません.しかし普通の画像編集ソフトでバイキュービック法とかでリサンプルして画素数を増やしても,要するに補間処理が行われるだけですから,解像度は何も増えません.無から有は生じないので,これ以上は原理的に無理です.しかし...ここに新しい画期的な技術が出現しました.AI処理です.その仕組みの詳細は私には分かりませんが,AIモデルとアルゴリズムを使って『ここはこうなっているはずだ』と補間イメージを “作り出す” 機能であると理解しています.
下の処理結果を見てください.左が元画像で,右が Topaz Gigapixel AI を使って高解像度化した画像です.元画像は,AI処理後の画像と合わせるため同じサイズに nearest neighbor で拡大しています.処理後の長辺ピクセル数は 2560 ピクセルなので,長さで 2.8 倍,ピクセル数で 7.8 倍に高解像度化しています.もちろんこれ以上に高解像度化することも可能なのですが,おそらく処理に無理が生じてしまうので,経験的にこのへん(= 500 万画素相当)が落としどころではないかと思います.下の画像はもちろん縮小表示されていますが,それでも AI 高解像度化のメリットは歴然で,その結果にも特に不自然なところはありません.もともと存在していなかった写真のディテールをここまで補間して作ってくれるというのは驚異的です.
ただし...バイクのタンクのロゴは YAMAHA なのですが,高解像度化された画像を見ても,とてもそうは読めない意味不明のシェープになっています.色もちょっと変わってしまってますね.まあこのへんは,この “AI 処理” の限界なのかと.AI が『このバイクは YAMAHA 製だからタンクのロゴも YAMAHA のはず』なんて判断できるわけはないですから.
どうしようもない低解像画像がめでたく高解像度化したわけですが,その結果(上写真右)を見ていると,どうも精細度が足りません.そこでもう一つの AI 技術『AI シャープニング』が登場します.使用したソフトは Topaz Sharpen AI です.処理結果を下に示します.このソフトには,手振れ補正を含むさまざまな AI モデルが用意されていますが,ここでは手振れしているわけでもないので,中庸な “Out of focus” モデルを使用しています.結果は歴然で,少しやりすぎかもしれませんが,失われていた精細度が見事に『復元』されています.なお,少し色合いが変わっているように見えるのは,Photoshop でカラーバランスを取り直したためです.
以上の復元が分かりやすいように,解像度・精細度についての復元結果の最初と最後とでスライダー表示にしてみると,右のようになります.
before が元の低解像度写真に階調復元だけ施して拡大表示したもの.after がその解像度を上げ,精細度を復元したものです.
AI 画像復元の威力がまざまざと分かります.この手法で,たった 54 万画素という低解像度画像しか残っていないデジタル以前の写真を,(たとえウソかもしれなくても)生き生きと復元することができました.もう思い残すことはありませんね...
リバーサルフィルムをスキャンした画像の場合,画像によってはフィルム・グレインが目立ってしまう場合があります.またデジタルラメラ画像の場合は,特に階調復元の際にセンサーノイズが顕在化してくる場合があります.これらの場合は,ノイズ削減処理を行う必要があります.私は Topaz Denoise AI を使っています.これも他の Topaz AI シリーズと同じように,AI モデルによって『きっとこうだろう』という処理を行うので,ノイズ削減処理によって他のディテールが潰れてしまうのを最小限に抑えるというメリットがある優れたソフトです.
最後に,私は Photoshop を使って,いくつかのレタッチを行っています.主要にはカラーバランスの修正と階調の微小な強化ですが,それに加えて上の例のようにリバーサルフィルムをスキャンした画像の場合は,『ホコリ取り』が重要になってきます.実際にやったことがある人は骨の髄まで分かっていると思いますが,リバーサルフィルムは静電気によるホコリ吸着が激しく,しかもそれを取ろうとすればするほど吸着する...Epson のフラットベッドスキャナのように,画像の後処理や赤外線センサーを使った自動ホコリ像除去機能を備えたものもありますが,このころはそんなの無かったですから.
しかし...! 救世主 Photoshop には,Spot Healing Brush という優れた機能があり,ホコリの場所をこれでクリックするだけで,自動的に周囲からサンプリングした適当なパターンで塗りつぶしてくれます.あとから見てもどこを healing したかまったく分かりません.
下に,オリジナル ⇒ 階調復元 ⇒ 高解像度化 ⇒ 精細度復元 ⇒ ホコリ除去 ⇒ 色調微修正のプロセスをアニメーションにしたものを示しておきます.それぞれのステージが2秒間続いてループします.
アニメの変化がちょっと分かりにくいかもしれませんね...もう少し分かりやすいものということで,復元の before/after 比較をスライダーで確認できるようにしたものを下にあげておきます.こうやって見ると,けっこう驚くべき復元結果であることが分かると思います.こういうものが可能になったのは,この1,2年くらいのことで,良い時代になったな,と思います.
これは,上に述べてきたことと比べると,あまり重要なことではないと思います.いわば “こういうこともできるよ” 程度のことかと.
野外で露頭写真を撮ってきて,あとになってから『こういう角度で撮るんじゃなかった!』と思うことは多々あります.右写真はその例です.なにげなく(意図なく)撮った写真をあとになってからよく見ると,思いもかけない重要なものが写っていたという例です.なんとも間の抜けた話ですが,野外地質を長くやっているとそういうことも.詳しい説明はあえて省略しますが,興味ある方は このページ の後半部分をどうぞ(要パスワード).
で,右写真の上がそれです.やや傾斜した地層の露頭をその斜め手前から撮っており,強いパース(= パースペクティブ = perspective =遠近感 ですがこう省略させていただきます)が付いています.問題の着目部はこの写真の中央部左奥にあります.
これをデジタル処理でどうできるかというと,以下の三つでしょう.
① 右に小さく(15度程度)回転.
② 左右に大きくシフト変形.
③ 上下にわずかにシフト変形.
その結果を右写真の下に示します.上を見ているとなにか不自然にも見えてしまいますが,これだけ見ていると上みたいな写真から生成したとはにわかに信じられないような結果になっています.ただしもちろん,特に周辺部では画像変形が大きいので,多少ディテールが不自然になる場合もあります.
左写真は,後日現地に再度行くことができたので,上の露頭を改めて正面から撮影し直したものです.地層が傾いているのでその分だけ回転補正しています.
こうやって見ると,デジタルシフト補正は,(少なくとも Lightroom では)回転軸は中央固定でその位置は設定することができないので,補正結果の範囲が限定されていることが分かります.どうしても目的の個所を中央に持ってきたい場合は,ちょっと努力が必要でしょう.その点を除けば,“もう二度と行きたくない” とかいう場合には,このデジタル補正手法はけっこう使えるのではないでしょうか?
しかしこれも『データの変造』に相当するのかも?! ちょっと私には分かりませんし,誰もその判断基準を持っていないのではと思われます.
この “技術” は,地質分野ではあまり使うところが無いかもしれませんが...デジタル・アナログには関係なく,写真には『焦点深度(DOF: Depth Of Field)』というものがあり,焦点の合う範囲は限られています.一般に,レンズの f 値が小さいほど,また焦点距離が大きいほど,焦点深度は(相対的に)狭くなります.
これが写真撮影の時実際どうなるかというと,フォーカスの合っている範囲を広くしたい時は焦点距離の短い(=広角より)レンズで絞りを絞って撮る,ということになります.狭くしたい場合はその逆になりますが,地質写真の場合はそういう場合はまずあり得ないでしょう.
右の例を見てください.暗い場所に並ぶ干支マスコットですが,撮影条件は,F3.8・1/60s・ISO2500 です.フォーカスは中央下にある白いヘビに合わせていますが,奥にあるゴリラのぬいぐるみや左右はしのマスコットは完全に焦点深度を外れていてボケボケです.もっと絞ることもできますが,3段絞って F11,シャッター速度 1/8s あたりが限界でしょう.感度も既に 2500 なので,これ以上上げるのは無理.『ちゃんとライティングしろ』と言われそうですが,プロのスタジオでもなければそんなことは.で,どうしたらよいかというと『フォーカス合成(focus stack)』という手があるわけで,その結果をアニメーションで示したものです.縮小表示ではよく分かりませんが,クリックで元画像を表示しますので,そちらで結果を確認してください.処理前と処理後で色合いが変わるのは,複数画像のブレンドによるものでしょう.まったくフォーカスの合っていなかった左右・奥のマスコット達にちゃんとフォーカスが来て,全体がパンフォーカス風になっているのが分かると思います.
フォーカス合成は,要するに微妙にフォーカスをずらした複数の写真を撮影し,それをソフトウェアを使って合成・ブレンドするものです.HDR写真のように単一画像データから合成するということは,少なくとも現在の通常のデジタルカメラでは不可能です.
デジタルカメラには『フォーカス・ブラケット撮影』という機能が普通ありますので,それを使って大体10枚程度のフォーカスずらし写真を連射で撮影します.それらからフォーカスの合った部分を合成するというのは,人間の眼と手では到底無理なので,特殊な専用ソフトウェアを使います.私は Franzis Focus Projects という安価なソフトを使っています.上のアニメーションも,そのソフトウェアの出力から作成したものです.
なお,汎用画像編集ソフトの定番 Adobe Photoshop でもフォーカス合成は可能です.Photoshop でフォーカス合成をする方法は,①ずらし写真をレイヤとして読み込む,②レイヤを整列させる,③レイヤをブレンドする,という非常に簡単なものです.たいていはこれで済みますが,フォーカスの合った部分とそうでない部分がまだら領域になってしまう場合があるのが玉に瑕です.
それでは,こういうフォーカス合成の必要なシーンを地質写真用途で想定してみるとどういうものがあるでしょうか? 『暗い沢の中で近接露頭写真』『立体的な(奥行のある)化石や岩石サンプルの近接写真』といったものが考えられます.遠景写真では,目的物が焦点深度の中に大体入ってしまうので,ほとんど意味はありません.そう考えると,この機能が必要なケースは非常に少ないと思われます.私自身も,これまで自分の地質写真で実際にフォーカス合成が必要になったという例は,まだありません.
左の例は無理矢理作ったものですが,やや凹凸のあるサンプル写真でフォーカス合成を使った例をアニメーションで示したものです.フォーカスは中央部の凸面部に合わせていますので,周辺部ではピンぼけになっています.この例では,レンズ焦点距離は35mm換算で 120 mm.絞りは F5.6 ですが,三脚固定でケーブルレリーズを使い F11~16 に絞っても,サンプル全体にフォーカスを合わせることは不可能です.フォーカス合成の効果は...この縮小サイズでは,はっきり言って分からないと思います.クリックで元画像を表示しますが,よほどよく見ない限り違いが分からないかも.え?なんでわざわざこんなことする必要があるの?別に必要ないっしょ!と.私も半分そう思います.でも,“サンプル写真の品質” として明確に違ってくるのは確かで,“地質写真家(?)” としては,こうでなくてはいけないとも思います.
ということで,あまり使う場面はないし,いちいちフォーカス・ブラケット撮影が必要で面倒かもしれませんが,こういう便利なデジタル手法があるということを一応の念頭に置いておくことに損はないでしょう.
(この項 2023/01/24 加筆)
以上,現在の私が持っている(使っている)デジタル写真技術のあれこれについて述べましたが,はっきり言って,これらの “技術” は,無ければ無いで済むものばかりです.学術論文投稿の際に必要になるというようなものでもありません.
しかし...せっかく重要な地質知見を得ていながら,写真技術が貧弱でそれを効果的に提示できていない,という例を見る事は多々あります.また,過去に撮ったもので画質が悪くても,二度と撮り直すことはできない,そもそもオリジナルが既に存在しない...そういう例は地質分野の場合,決してまれなことではありません.地質現象(露頭とか)や地形は横にワイドなものが多く,パノラマ合成写真の絶好の対象ですが,地質関連サイトなどでもあまりそういう提示例を見たことはありません.『なんとももったいない』.それがこのアーティクルを書いた動機です.