私的・北海道地質百選
『豊浜トンネル岩盤崩落』

注)このサイトは本家・北海道地質百選には,石井正之さんとの共同執筆で投稿したものです.今回ここに掲載するにあたり,文章表現はすべて見直し,ほぼオリジナルとなっていますが,石井さんの書いた文章部分が未分離で残っている場合もあり得ます.ご了解ください.なお写真はすべてオリジナルです.


 積丹半島を走る国道229号豊浜トンネルの古平側坑口で 1996(平成 8)年 2 月 10 日午前 8 時過ぎに大規模な岩盤崩落が発生した(下写真).通行中の路線バスと乗用車がこの岩盤崩落に巻き込まれ 20名が犠牲となった.岩盤崩落の規模は,高さ約 70 m,幅約 50 m とされている(豊浜トンネル崩落事故調査報告書,1996).


豊浜トンネル古平側坑口の岩盤崩落箇所.崩落した岩盤は既に除去されている.崩落剥離面上部に地下水の湧出部があり,上部層と中部層の境界にあたる.1996 年 3 月撮影.
岩盤崩落剥離面の地層.粗粒の安山岩質ハイアロクラスタイトからなる.中央下に下部-中部の岩相ユニット境界があり,モンモリロナイト薄層(黄白色)が介在している.1996 年 4 月撮影.
開発局ヘリコプターから撮影した崩落現場.2003 年 10 月撮影.

 岩盤崩落が発生した海食崖の高さは 150 m あり,上部・中部・下部の3岩相ユニットに区分されるハイアロクラスタイトの地層からなる.地層(尾根内層)の堆積年代は新第三紀中新世である.崩落したのは中部ユニットの塊状ハイアロクラスタイト部分で(右下写真),上下ユニットの成層部よりも風化にやや強く,崩落前には弱い張り出し部を作っていた.

 地層中には,特に岩相ユニット境界に沿って地下水の浸透経路が存在し(右写真),さらには岩盤内の亀裂にも浸透していた.その凍結融解は,割れ目の進行と岩盤の劣化を生じさせる要因となる.
 崩壊のメカニズムとしては,岩盤に内在する構造地質学的な成因を持つ亀裂が,そういった地下水の影響や自重・氷結圧などによって進展することによって崩落が発生した,と考えられる.

 豊浜トンネル岩盤崩落事故は,地球表層で起こっている地質現象と我々の社会とのかかわりの中で起こった『地質災害』である.
 岩盤崩落自体は地球科学的な “確率事象” であり,その時期や規模を予知することも,未然に防ぐことも不可能である.しかし,少なくともそれが人命や社会資産に大きな被害を及ぼすことは可能な限り避けなければならない.

 崩壊箇所を上空から見てみると,坑口上部の海食崖の高さと傾斜は恐怖を覚えてしまうほどで(右写真),このような場所に国道トンネルを掘削することがはたして妥当なことかという疑問が生じてしまうが,それはあくまでも『豊浜以後』の見方であり,少なくとも 1990 年代以前には,こういうトンネル建設に対する大きな行政的・社会的懸念はなかったというのが実情である.

 この不幸な事故以来,北海道では特に国道の安全性が大きく見直され,さまざまな対策が取られた結果,道路防災は大きく前進したと言えるのが不幸中の幸いと思いたい.


海上から見た復旧後の旧豊浜トンネル古平側坑口.この背後に新トンネルが開通し,陸側から現場にアクセスすることは出来なくなっている.左がチャラツナイ岬.ハイアロクラスタイトはゆるく傾斜し,大規模な斜交成層をなしている.2001 年 6 月撮影.

 現在は旧トンネルの背後に新しい豊浜トンネルができており,崩落現場周辺は廃道となり,立ち入り禁止区域となっている.したがって,崩落現場を陸上・現道から見ることはできない(上写真).現豊浜トンネル古平町側坑口の海側には防災記念公園が設けられ,そこに慰霊碑が建てられている.


既存の指定など

(なし)


所在地

古平町 チャラツナイ岬付近(旧国道229号線).


サイトの状態:


参考文献

豊浜トンネル崩落事故調査委員会,1996,豊浜トンネル崩落事故調査報告書.


関連サイト



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