カシミール3Dと地形・地質 Kashmir3D for Geology

川村信人(北海道総合地質学研究センター)

※ 本アーティクルは,北海道大学理学研究院在職時に行った検討を元にしたものです.


“カシミール3D” とは?

 カシミール3D(KASHMIR 3D)は,DAN杉本(杉本智彦)さん作のフリーソフトです.対応OSは Windows のみで Mac 版はありませんが,最近(2016年)になって iOS/Android 版の『スーパー地形』というほぼ同等のスマホアプリが DAN杉本さんによってリリースされています.
 地図ソフトであるカシミール3Dがなんで地形・地質と関係あるかというと,単に2次元地図を表示するだけではなく,陰影表示・立体俯瞰図・地形断面図・“可視マップ”...などなど,いずれも地図に標高データをコンバインさせることによって可能になる機能を数多く搭載しているから,ということになります.これらはいずれも地質屋にとって必須欠くべからざる機能であり,『カシミール3Dを使わないなんて信じられな~い!』(失礼)と叫びたくなるほどのソフトです.
 カシミール3Dが最初にパソコン世界に姿を現したのはいつなのか,今となってははっきり覚えていません.DAN杉本さんのホームページでさかのぼれるのは,Ver.4 が 1997 年にリリースされているというところまででした.Wikipedia には初版が 1994 年となっています.1994 年と言えば,パソコンOSの歴史をドラスティックに変えた Windows95 より前,16-bit Windows 3.1 の時代です.
 つまりカシミール3Dは,少なくとも 30 年近い歴史を持ったフリーソフトということになります.もちろん現在も元気に更新が続いており,最新版は 2022/12 の 9.3.9 です.これはギネス級のものではないかと勝手に思っている次第です.いずれにせよ,長い歴史を持った信頼できる,我々地質のプロでも便利に使える唯一無二のツールということになると思います.

 下に例示したのは,カシミール3Dに SRTM30 というスペースシャトルから取得された全地球の標高データを読み込み,陰影・段彩図として表示したヒマラヤ山脈のグラフィックスです.カシミール3Dの地形表示ソフトとしてのパワーと素性の良さが良くわかると思います.


NASA の SRTM30 (Shuttle Radar Topography Mission 30) データをカシミール3Dで地形陰影図として表示したもの.データのメッシュ間隔は 30 seconds = 900 m.


カシバード

日高町上空から日勝峠方面を見た俯瞰画像.

 カシミール3Dには,『カシバード』という鳥瞰グラフィックス作成機能があります.これは非常に素晴らしいもので...例えば DEM データのページで紹介した Surfer の3D機能も素晴らしいものですが,あちらはあくまでも3D地形の表示だけで,それ以上の機能はありません.しかしカシバードは違います.
 ざっと上げただけでも...空や雲の生成・傾斜に応じてテクスチャを変化させる・積雪描画と雪線の設定・太陽や月の描画などなど...それによって,実写かと見まごうような俯瞰イメージを生成できるわけです.私にはそれらを使いこなすようなスキルはとてもありませんが.
 下にあげたのはその中でも,『遠くを霞ませる』機能,要するに大気エアロゾルによる吸収をシミュレートする機能を使って作った俯瞰画像です.目的は日高町から日勝峠にかけての地域の地質による地形の違いの表現です.霞み機能を使って,十勝平野から向こうはほとんど見えないようにしています.ちなみに,“ウェンザル川”という地名引き出しから手前の急傾斜(崖のように表現されている)の部分と,その向こうの起伏の小さい部分との地形コントラストが明瞭です.前者が白亜紀付加体イドンナップ帯,後者が日高深成岩体の分布地域です.両者の風化浸食抵抗性の違いが明瞭な地形コントラストになっているわけです.

 以下に紹介するカシミール3Dによる地形・地質分野での有用性は,このカシバードによるものが大きいと言えます.


“視える?” 検証

 ところで,カシミール3Dというソフト名は,なんとなく不思議な名前に思えます.カシミール高原と言えば,ヒマラヤ山脈の東部からカラコルム山脈を含む地球上屈指の高山地帯ですが,それとどういう関係があるんでしょう? 実はカシミールというのは『可視見える』という言葉をもじったものだという話を聞いた記憶があります.公式ページのどこを探してもそういうことは出てこないので,その真偽はよく分からないのですが.
 で,この言葉がどこに関係するかというと,カシミール3Dの特徴的な機能の一つである “可視マップ機能” です.この機能は本当にすごい機能ですが,正直言って地質屋にとって特に意味のあるものではなく,登山をする人にとって有益な機能なんでしょう.つまり,あるピーク(富士山とか)が見える範囲を地図上に塗色したものを作成する機能です.計算パラメータで精細な計算を指示するとパソコンが何時間でも動き続けるような重い処理です.

 この“我々はあまり使わない”可視マップ機能はさておいて,上述したカシミール3Dのカシバードの利用法の一つが,“XXはYYから見えるのか?”の検証です.

室蘭北西郊外地表付近から西北西を見たカシバード画像.

 ここにあげたのは...実は,だいぶ昔のことでもう話の発端とか詳細は忘れてしまったのですが,私の周囲の地学関係者の間で『室蘭市からニセコの山って見えるの?』という話題が出たことがあります.その際に私がカシバードを使って作成した確認画像です.正確なところは記憶(となぜか設定データ)が残っていないのですが,室蘭市街地北西の高台の上からの西北西を見たものです.視点対地高度は本当はゼロにしたいのですが,そうすると地形ポリゴンで視界が遮られてしまうことがあるため,たしか地上 15 m 程度に設定したと思います.

 画面左側のこんもりとした山は言うまでもなく有珠山です.右側の斜面に半分隠れて頭だけ出しているのが羊蹄山.それらの間に三つピークの頭が見えていますが,右の二つは洞爺湖中島です.で,その左に雪をかぶっているのが,なんとニセコアンヌプリです.つまり,『室蘭からニセコの山はかろうじて(アタマだけ)見える』という結果でした.


可視マップ

 上の項で “我々はあまり使わない可視マップ機能” などと書いてしまったのですが...とある事情で札幌近郊から西方に見える山並みのピークを特定しているうちに,『札幌から羊蹄山は見えるはずがない』となんとなく思い込んでいたのが間違いだったことに気づきました.羊蹄山は蝦夷富士とも呼ばれ,その堂々としたマッシブな山容は北海道の火山の中でも随一のものです.
 そこで,カシミール3Dの可視マップ機能を使い,札幌近郊で羊蹄山(山頂)の見える場所がどうなっているのかを探求してみました.私がカシミール3Dを使い始めたのは 2002 年頃なので,20年以上になる私のカシミール利用歴で,可視マップ機能を使ったのはこれが初めてのことになります.

 まずは羊蹄山山頂を『計算中心』に設定します.これは国土地理院地図レベル 15 とかの縮尺の小さな地図でやらないと失敗します.レベル 11 とかでやってしまうと,山頂を設定したつもりで実は火口壁の中などを設定してしまう場合があるからです.そうするともちろんそんな場所はどこからも見えず,いくら計算をやらしても結果が出てきません.
 カシミール3Dはデフォルト?では計算中心から半径 xx km といった風に計算を始めてしまうので,ここで書いているような目的『○○周辺からはどこで見える?』の場合,まず計算したい(可視マップを作成したい)範囲を設定しておいて,その右クリックから可視マップを作成します.計算精度は上に書いたように計算時間とのトレードオフですが,上から2番目の『精密に計算する』で良いみたいです.


カシミール3Dによる羊蹄山頂を計算中心とした可視マップ.赤線枠は計算範囲を示す.

 右の図が可視マップ計算結果です.赤枠部が指定した計算範囲,マゼンタ色のオーバーレイが『羊蹄山が見えるところ』を意味します.
 南幌周辺に羊蹄山が見える場所が広がっているのは予想通りなのですが,その形状が “扇形” なのは(考えてみると当たり前ですが)予想外でした.
 南幌東方,岩見沢市茂世丑付近から東は丘陵に遮られてしまい不可視領域となっています.北広島~馬追丘陵の南も不可視領域ですが,確認してみたところ,札幌岳周辺の高い山地に遮られてしまっているようです.岩見沢への高速道に沿って可視領域の北限がありますが,これは無意根山から南に伸びる稜線による遮りです.南幌付近から西側では野幌丘陵による遮りと,二本の角状の影が見えています.この影が,どのピークによるものかは確認できませんでした.なお,札幌市羊ヶ丘付近には非常に狭い可視領域があり,これが西限です.

 下に,カシバードでシミュレートした南幌市街地からの羊蹄山の見え方を示します.札幌岳と無意根山の間の稜線が低くなっている部分(おそらく中山峠付近)から羊蹄山が頭を出しているのが分かると思います.
 これはもちろん気象の影響を受けない地形シミュレーションだからこそであって,現実にどうかというとエアロゾルによる視程限界や雲のかかりなどで,こうはいきません.南幌付近は何度も行っているところですが,今まで羊蹄山が見えることに気づいたことはありません.いずれ現実の写真撮影で確かめたいとは思っていますが,そういうチャンスが実際あるかどうかは?


南幌市街地付近から見た羊蹄山頂.山名は “後方羊蹄山” と表記されている.カシバードで作成.国土地理院 50 m メッシュ標高データを使用.


(2024/02/28 追記)

視点シミュレーション

 次の話題は,『この(地形的)イメージはどの視点から?』をカシミール3Dを使って探索する話です.これについての詳細は,地徳・新井田・川村ほか(2003:地学教育と科学運動)に書かれています.
 何の話かというと...昭和新山の噴火時の変動を“三松ダイアグラム”として記録したことで有名な三松正夫氏が,“昭和新山研究者兼所有者”三松愛山として描かれた『臨湖生山』という魅力的な絵画(日本画)があります.その写真は Google で検索した限りではおそらくネット上のどこにもありません.『臨湖生山』のワード検索でも,画像検索でもヒットしませんでした.上記論文にはその写真が掲載されていますが,残念ながら解像度・画質の低い白黒イメージで,原画のイメージをまったく伝えきれていません.
 私は上の論文を作成した時に,所有者の阿野菊治さんのご許可のもとにカラー写真を撮影しましたが,その掲載許可を得ることは現在不可能で,残念ながらここでは割愛させていただきます.

 ということで『臨湖生山』を言葉で説明させてもらうと...季節はおそらく春,雪解けの季節でしょう.柔らかい薄暮?の光の下で,正面に残雪の羊蹄山がどんと構えており,その左奥には真っ白なニセコアンヌプリが見えています.視線のすぐ下には,水蒸気を噴き出す鋭く赤茶けた昭和新山が屹立し,その向こうには中島の影を写す洞爺湖の湖面が広がっています.画銘には『昭和癸丑夏』となっていますので,昭和48年(1973年)の情景ということになります.羊蹄山は明らかに残雪を頂いておりニセコアンヌプリは雪で真っ白なので,“夏”と言うのがちょっと不思議ですが,初夏6月ということでしょうか?

 で,この絵の不思議な点は,昭和新山の山頂(現在の標高 398 m)が眼下に位置している,つまり視点の標高は少なくとも 400 m 以上でなければいけないということです.また昭和新山から見て羊蹄山はほぼ真北にありますので,昭和新山の南側の背後から見なくてはいけませんが,地形図を見るとお分かりのように,そこには長流川の沖積地と伊達市の海岸があるだけなので,そのような標高の場所はありません.三松さんはどこから見たんでしょう?
 その答えの半分は,三松(1970)の中にあります.三松さんは,1970年5月に朝日新聞社のヘリコプターに搭乗し,昭和新山の周囲を旋回飛行しています.その時撮影したカラー写真は三松(1970)の口絵に掲載されていますが,撮影高度は昭和新山のピークより低く,中島の右半分は昭和新山で隠されています.昭和新山には水蒸気の噴気はありません.また羊蹄山の左のニセコアンヌプリは写真外になっており写っていません.つまり,『臨湖生山』の構図・視点とはかなり違ったものになっています.


カシミール3Dでシミュレートした『臨湖生山』の構図と視点.

 カシミール3Dで『臨湖生山』の構図と視点をシミュレートしたのが,左のグラフィックスです.視点の高さは対地高度で 350 m です.この視点真下の地表標高は 88 m ですので,視点標高は 438 m,つまり昭和新山山頂より 40 m 高いところから見たということになります.俯角は 7.5 度です.


 カシミール3Dの表現力には驚かされますが,実はこのシミュレーションは『臨湖生山』の視点を完全に再現することはできませんでした.詳細は地徳ほか(2003)に書きましたので省略しますが,三つのピーク(昭和新山・中島・羊蹄山)の相対関係や,洞爺湖面の見え方などが,少し違っています.『臨湖生山』の構図と完全にマッチした結果を得ることは不可能でした.
 つまり...カシミール3Dのシミュレーションが正しいかぎり,『臨湖生山』の構図・視点は現実には再現できない,ということになります.おそらく...『臨湖生山』の構図と視点は,は三松正夫さんの“芸術的修飾”なのではないでしょうか? 三松(1970)の空撮写真に昭和新山の水蒸気噴気がないこともそれを裏付けているように思われます.つまり,『臨湖生山』は,写真やスケッチをそのまま下絵にしたものではなく,三松さんがそれまでに目にした昭和新山・洞爺湖周辺の様々な風景を基にした素晴らしい統合的創作なのではないか,というのが私の結論です.


地形探索

馬追丘陵東麓から見た“テーブル状地形”.その右に草地・裸地のように見えるのはマウントレースイスキー場(夕張市).

 私は地質屋なので,家族でドライブに出かけているときなんかでも『地形』は常に気になってしまいます.その中でも特にずっと気になっていたものが,下の写真に写っている“テーブル状地形”です.写真は馬追丘陵東麓から東方を見たもので,雲の下の山地は夕張山地です.

 で,このテーブル状地形,地質屋が見ると,“なんだあれはぁ?!”というレベルかと...なんですが,これについて言及されている例を(論文でもネットでも)私は知りません.皆さん周知のことで,私だけが知らなかったんでしょうか?
 一般的に言うと,こういう平頂な地形は,“水平に近い層状構造を持った地質体”の中に風化浸食に対する抵抗性の異なる層状部(あるいはその境界面)が存在する場合,見られるものということになります.
 例えばの話,こういう地形は,札幌の周辺では特に珍しくもありません.手稲山・札幌岳...ちょっと傾いていますけど,たくさんあります.これらはいわゆる“平頂溶岩(flat-lava)”地形というもので,新第三紀のある時期に大規模に噴出した溶岩流の上面が形作る地形で,北海道の地質屋なら誰もが知っている有名なものです.
 しかし,この夕張山地はそれとはまったく地質学的背景が異なっており,新規の溶岩流などどこにもありません.それでは,いったいこれは??



馬追丘陵東麓部から東方を眺観したパノラマ画像.上:実際の撮影写真.下:それをカシミール3DでシミュレートしたCG.

 上の画像は,馬追丘陵東麓から夕張山地を眺めたパノラマ画像です.上は実際のカメラ写真ですが,たしか2月の厳寒時の午前に撮影したもので,由仁安平低地にはうっすらと靄がかかっています.写真右の夕張山地背後に見える特異な壁のような山容の山は,言うまでもなく夕張岳です.その左手前に白く見えるのはマウントレースイスキー場で,その左が件のテーブル状地形です.その左背後には芦別岳が白く見えていますが,最初にお見せした写真では雲がかかっていて見えていませんでしたね.
 下のシミュレーション画像ですが,いまさらながらカシミール3D(カシバード)の表現力と正確さにはまったく驚かされます.で...カシバードには,このような3D画像を描画する際に,プレビュー画像を表示する機能があるのですが,なんとこのプレビューは,マウス操作で視点を前後させることができます.上の馬追丘陵東麓からこの操作で視点をテーブル状地形に向かってどんどん前進させていくと,その位置を特定することができるというわけです.

 その方法で特定したのが,夕張市街地東北東約 6 km,遠幌加別川源頭部にある尾根部でした.下にその場所の地形図を示します.あと,“地質屋だったら地質図見れば分かるだろ?”と言う声も当然聞こえてくるので,5万分の1地質図幅『大夕張』の該当部を示しておきます.


謎のテーブル状地形の正体を示す.左:国土地理院地形図より.右:5万分の1地質図幅『大夕張』-北海道開発庁-(部分)とその説明.

 結局この明瞭なテーブル状地形は,標高 870.6 m のピークを南端部とする南北長さ約 2.2 km の平坦な尾根でした(上図左の青点線で囲まれた部分).

 この不可思議な尾根が何故できたかというと,私のいつもの持論通り,やはり『地質と 1:1 の対応』をしていました.上の図の右(5万分の1大夕張地質図幅:長尾ほか,1954)を見てください.この尾根を形成しているのは,中生代白亜紀後期の地層である“函淵層”です.その周囲(下位)には,新生代古第三紀始新世の幌内層と石狩層群が分布しています.幌内層は主に軟質の海成泥岩から構成されており,石狩層群は陸成~浅海成の砂岩・泥岩を主体とします.石狩層群は石炭層を含む挟炭層として有名です.
 函淵層は砂岩を主体とし,かなり硬質な地質ですが,幌内層の泥岩は非常に軟質で,その分布地域には大規模な地すべりが多数存在しています(上図左).函淵層は水平層というわけではなく,20 度程度の傾斜を持っていますが,その走向は南北(というか NNW-SSE)方向で,尾根部を軸とする向斜構造を持っています.そのため,西方から見ると,その構造はほとんど水平に見えることになります(=偽傾斜).上位の函淵層の砂岩はかなり硬質で下位の幌内層泥岩は非常に軟質なので,函淵層の部分が風化に抵抗して尾根地形を作った,というわけです.これで,決着...?!

 しかしちょっと待ってください.函淵層は中生代白亜紀の地層,その下位にある幌内層と石狩層群は新生代古第三紀の地層です.『地層累重の法則』によると,下位にある地層は上位の地層より古いはずなので,順番が逆になっています.これは,函淵層→石狩層群→幌内層という順番で地層が堆積した後,水平に近い断層面に沿って下位の函淵層が古第三紀の地層の上にのし上がった(衝上断層)ためです.このような,上位にあって周りの地層より古く下に根のない地質体は“根無地塊(クリッペ klippe)”と呼ばれています.長尾ほか(1954)は,これを『丸山根無地塊』と呼称しています.なお,“丸山”というのは上に述べた標高 870.6 m のピークのことですが,現在の地形図には山名がありません.夕張-大夕張地域には同様なクリッペがいくつか散在しており,一連・同系統の水平に近い衝上断層によるものと考えられます.
 衝上断層によって上下を区切られた薄いシート状の構造性地質体は“ナップ nappe”と呼ばれています.私はこれを勝手に『大夕張ナップ』と呼んでいます.大夕張ナップは,古第三紀の地層が堆積した後の著しい東西圧縮運動によるもので,日高衝突山脈の形成と強い関連を持つものと考えられています.


マクロ地形のオルソ視覚化

 3D俯瞰イメージを自在に生成するカシバードの有用性は既に述べた通りですが,カシミール3Dは,カシバード無しでも,地形を標高データから視覚化する十分な機能を持っています.それが“その1”の最初に示した陰影・段彩図表示です.この機能を使うと,地球表面の大規模な地形特徴をオルソに一望することができます.これは私のような地質屋にとっては,非常に“胸躍る”ものです.


国土地理院 10 m メッシュ標高データをカシミール3Dを使って陰影表示した例.北海道石狩低地帯周辺.

 右に示したのは,石狩低地帯とその周辺の標高データを陰影・段彩表示した例です.上で“胸躍る”と書いた理由が分かっていただけるのではないかと思います.
 ちなみにこのような陰影段彩図を作成するときにもっとも肝要なのは,『段彩の割り付けセッティング』です.カシミール3Dではこれを“標高データパレット”と呼んでいます.このパレットの作り方次第で,段彩図の出来というか見栄えは大きく変わってきます.上の段彩図はかなり良くできた方ではないかと自負していますが,そのパレットデータは今は亡き業務PCの中に入っていたので,残念ながらもはや再現できないかも?

 で,石狩低地帯はこのパレットで果てしなく暗く表現され,まさに沈降帯(depression)に見えます.どなたかがどこかで,この低地帯を“海溝・沈み込み帯にも匹敵する”と表現したのを覚えていますが,それもむべなるかなと思わせる吸い込まれるような暗さです(パレットのせいですけど).
 低地帯の西側には支笏カルデラが,こんなに大きかったか?と思われるほどの存在感を持ち,周囲に形成された火砕流台地の広さには驚かされます.低地帯の東側は,馬追丘陵-夕張山地で形成される新第三系を主体とした地層の褶曲(・断層)帯で,NNW-SSE 方向の直線状地形がそこかしこに見えています.画面外にある日高衝突帯の“押し”を体に感じてしまいそうです.
 なおこのよくできた段彩セッティングでは,石狩低地帯を南北に分かつ“分水嶺”(嶺ではないですが)が明瞭に見えています.千歳川がそれによって北に曲がり石狩湾へ流下しているのがはっきりと分かります.この分水嶺の位置と上述の褶曲帯の描くアークの頂部がほぼ一致しているのは偶然なんでしょうか? 見ようによっては支笏火砕流台地の張り出しのようにも見えますが.

 次はちょっと北海道から離れて,東北日本に行きます.これが私のホームグラウンドです(でした)が.


国土地理院 10 m メッシュ標高データによる北上山地中央部の陰影段彩図.

 この北上山地の陰影地形図を一目見て,うわ!と思うのは,全体を貫く NNW-SSE 方向の大規模なリニアメント群です.このリニアメント,山地西部では,有名な『日詰-気仙沼断層』に相当するものですので,当たり前というか面白くもないのですが,山地中央部を真っ二つに,しかも長々と走っているものは,これまで広域的には認識されていないものなのかもしれません.ローカルにはともかく,少なくとも広域的な断層名は付与されていないものだと思います.これについては, 別ページ で詳しく紹介しましたので,ここではこれくらいにしておきます.

 画面中央部にある,標高の一番高い東西に走る尾根は,早池峰山(1,917 m)とその周辺の超苦鉄質岩体の作る山稜です.その南側にある起伏の小さな広い領域は巨大な遠野花崗岩体の分布を示していますが,面白いのは上記のリニアメント群が花崗岩体内部にも連続していることです.これはとりもなおさず,NNW-SSE 系の断層の形成が花崗岩体の貫入(前期白亜紀)以降に起き(てそれを変位させ)ていることを示しており,阿武隈山地の棚倉断層や双葉断層の形成時期を考えると,ある意味当たり前なのですが,普通に流布されている地質図にはそういう前後関係を明瞭に表現しているものは無いように思います(例:産総研シームレス地質図).


胆沢扇状地の陰影図.高度 30 km から俯角 90 度という設定でカシバードを用いて作成したもの.

 胆沢扇状地 (Isawa Fan) は,奥羽山脈に源流を持つ胆沢川が北上平野に流入するところに形成された日本最大の扇状地(の一つ?)です.上の画像には入っていませんが,その左下(南西)方の場所にあります.
 扇頂部から扇端部までの差し渡し(“扇”の半径)が 21 km,扇頂部と扇端部の標高差が 200 m あります.扇状地は,地球表面における最大の可視的な堆積システムの一つであると言えるでしょう.
 胆沢扇状地をカシミール3Dで陰影図にしてみると下のようになります.実はこれはカシバードを使っています.俯角を 90 度にすると,真上から見ろしたオルソ画像となることを利用しています.


 Google Earth のような“実写画像”では,建物や土地利用の模様により,地形特徴や起伏が多少見にくくなりますが,カシミール画像では,(表面マッピングをしなければ)単なる標高データの可視化なので,そういうノイズが無く,実に良く扇状地の地形を眺めることができます.
 この胆沢扇状地俯瞰画像には,地質学的・地球物理学的に実に興味深いものがいろいろと見えているのですが,それについては 別アーティクル で詳しく紹介したいと思います.


高高度からの俯瞰画像

 すでに述べてきたように,カシミール3D(カシバード)の“鳥瞰”(=俯瞰)図作成機能は素晴らしいものです.で,ここで書きたいことは,もっとアンリアルな高高度俯瞰画像を作ってみたらどうなるか?ということです.通常のジェット旅客機の巡航高度は 10 km (10,000 m) ですので,その程度かそれ以上の視点からということですね.それに,旅客機の窓から眼下の地形が遠くまではっきりと見える,ということはあまりありませんから...少なくとも私の経験では.なにしろ旅客機の窓は小さいし,左がよく見えなければ右に移るということもできないし,おまけに雲で覆われているとか,エアロゾル立ち込めとか...あと,今はそうではないですが昔は,あ!見える,と思っても “シートベルトサイン” が出ていてカメラ禁止だったり.


早来上空 7,500 m から西方を望む.1:25,000 地形図を表面にマッピング.

 支笏カルデラの高高度俯瞰イメージです.高度 7,500 m というのは別にそれほどではないですが.視界のワイドさに地形図マッピングが相まって,かなり非現実的です.焦点距離(レンズ)設定は 20 mm でした.
 支笏カルデラからの火砕流の流走域の広大さが印象的です.画面右端はもちろん札幌の市街地です.私の自宅はその南端にありますが,もちろん火砕流はそこまで達しています.その向こうには小樽-積丹半島が見えています.支笏湖の向こうにはくっきりと端正な羊蹄山がそびえ,その右はニセコ連峰.さらに向こうには遥か渡島半島と噴火湾.左端にはクッタラカルデラも見えていますね.もちろん洞爺カルデラも.おそらくこういう風景を旅客機から実際に見た人はいないのでは?


馬追丘陵上空 15,000 m から北東方向を見た俯瞰グラフィックス.

 次は北海道中軸部です.視点高度は 15,000 m ですから,普通人でこの高度に達してこんな風景を見た人はいないと思います.この部分の地形・地質は,fascinating としか言いようがありません.それを馬追丘陵上空から見たものですが,あえて視線をずらして北東方向を見ています.地形にマッピングやテクスチャ描画は施さず,基本的な段彩だけにしてあります.
 画面中央部に見える鋭く高い尾根は夕張岳-芦別岳の稜線です.その向こうが大雪山-十勝岳火山地帯.両者の間に右側に見えているのが日高山脈の北縁部です.その向こうに十勝平野,さらに釧路原野も見えています.その左がオホーツク海です.
 この俯瞰図でもっとも印象的なのは,日高山脈西側の“前縁褶曲帯 (frontal/foreland fold belt)”(と言っていいのかな?)の形作る ridge-and-trough 地形でしょう.左手前の恐竜の背骨みたいなパターンは,褶曲した新第三系の中の風化浸食抵抗層(珪長質凝灰岩)の形成する地形だと思います.


苫小牧上空 20,000 m から東方向を見た俯瞰グラフィックス.

 視点を南へ移動し,視点高度をもう少し上げ,さらに視線を東へ移すと,こういう風景が見えてきます.見えているものは先にあげたものと重複していますが,日高山脈の先に北海道中軸部の南端・襟裳岬とそこから西北西に伸びる日高海岸が見えています.高度を 5,000 m 上げたため,遠くに知床半島が見えてきました.おまけに地球の丸さもはっきりと.こういうところはさすがカシミール3Dだな,と思います.こういうソフトが他にあるんでしょうか?
 この高高度俯瞰図では“北海道の脊梁”日高山脈の姿が神々しいのですが,そこから日高海岸へと流れ下る河川系が目立ち気になります.そのへんを視点を変えて見てみると...


新冠沖上空 6,600 m から日高山脈方向の俯瞰図.

 すごいですね.日高山脈に源流を持つ河川系がこんなにも広い沖積氾濫原を持っているとはちょっと認識していませんでした.ひとえに,日高山脈からの砕屑物供給量(≒河川のパワー?)が莫大だということを示しているのかもしれません.壁のように後ろに立ちはだかる日高衝突山脈の姿はやはりすごいです.

 ここから日高舟状海盆への砕屑物運搬量や運搬経路はどうなっているのでしょうか? 海底渓谷とかは? いずれも,すごく興味があります.『日高舟状海盆表層堆積図』(産総研)には,この海盆縁辺での堆積速度は 80 cm/ka という数字が出ていますが,勉強不足で私にはこの数字の意味はちょっと評価できませんでした.


(2019/05/30, 06/04 公開:2021/05/24 再構成:2022/12/26 ページ統合)



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