『私的・北海道地質百選』作成の観点

 北海道の地質・地形を紹介する『本家・北海道地質学百選』という立派なサイトがあるのに,なぜ私は『私的・北海道地質百選』などというものをあえて作成・掲載しなくてはいけないのでしょうか?
 このページは,そういう分かり切ったことをわざわざ書いておこうという『無くもがなページ』です.長いばかりかくどいし,読まないことをお勧めします.そのためにわざわざ別立てページとしました.


私的・北海道地質百選の意味

 まずのっけから結論を書きます.これまでの数十年(?)の地質屋人生で蓄積した地質画像を解説付きでオープンアクセス可能な場所に保存・紹介しておきたい...それが『私的・北海道地質百選』を作成した意味と理由です.


※ もちろん,筆者の地質学キャリアは,北海道に限ったものではありません.南部北上古生層・早池峰帯も重要な対象であり,本来ならば『私的・北上山地地質百選』も構築したいのですが...いかんせん,その研究期間の大半は “非デジタル時代” の中に入っています.つまり,デジタル画像がほとんど自分の手の中にないのです.その当時の画像はすべて膨大な『リバーサルフィルム』の上にあります.それをデジタル化して整理することは現在の筆者には残念ながらとても無理であり,泣く泣く断念したという経緯です.罪滅ぼしに作ったのが『北上山地写真アルバム』です.


 『論文にしてあるんだからそれで十分であり,それ以外のものは別にいらない』という科学者らしい潔いスタンスもあるでしょう.しかし少なくとも筆者にはとてもそんなことは言えません.その理由の一つは,下の『地質学画像アーカイブとは?』の末尾に脚注として書きました.しかし,最大の理由は,研究者なら誰でも知っていることですが,『論文』というのは “学術的に意義のある初出のオリジナルな記載と論考” でなくてはいけません.それ以外のものは投稿しても即リジェクトされます.つまり,地質百選のような趣旨のものは,はなから論文として公開発表することはできないわけです.

 ところが...そのような学術的な縛りを取り払ってしまえば,我々には『インターネット空間』という広大な発表メディアがあります.そこならば,画像のクオリティも付加機能も自由自在となります.
 筆者の契約しているレンタルサーバーは年額 \1,400(\14,000 ではない)で 100 GB 容量です.もちろん大手の信用できるサーバー業者です.そういう極小コストで科学的情報を自由に公開できる世の中になったんだ...と.これを利用しない手はありません.


 こういう背景と理由で『私的・北海道地質百選』を作成し公開することにしました.


地質デジタル画像アーカイブとは?

 ここでは,国内の地質分野における “地質学分野デジタル画像アーカイブ”(以下,単に地質アーカイブと表記)の現状について言及しておきたいと思います.もちろんそれは『論文アーカイブ』のことではありません.
 それが地質百選とどういう関係があるのか?と思われるでしょうが,以下を読んでいただければ,なんとなく分かっていただけると思います.

 極言すれば,少なくとも国内には(私の知る限り),地質アーカイブはどこにも存在していません.もちろん例外はあります.例えば古生物分野では,『日本古生物標本横断データベース』というすごいものがあります.また多くの博物館には,それぞれ独自のデジタル標本アーカイブが存在しています.
 これらの標本アーカイブは文字情報が中心です.数はあまり多くはありませんが,画像付きのレコードもあります.それは明らかに地質アーカイブです.
 しかし,収納されている画像のクォリティは必ずしも十分とは言えません.例えば東京大学付属博物館の場合,その画像サイズは 512 x 512 ピクセル,標本部分に限ればせいぜい 300 ピクセル程度となっています.これではデジタル画像アーカイブになりません.

 私見というか,いずれにせよ基準が存在しないので主観的な決めつけですが,デジタル画像アーカイブという以上は,アスペクト比 16:9 までならば “ハイビジョン(2K)サイズ” = 長辺 1920 ピクセルが『最低の線』ではないかと思います.パノラマ写真とかでもっと横長になった場合は,2560 ピクセルというのが目安ではないかと.
 JPEG の圧縮品質 も効いてきます.等倍で見た時圧縮ノイズでがっかりしないためには,圧縮品質は Photoshop 表現で 8 程度に抑えておくのがベストです.本サイトの画像はこのポリシーに従ってサイズと画質を決めています.

 こういった主観的基準で言えば,上で述べたような 300 ピクセルなどと言うのは,せいぜいサムネールであって,デジタル画像アーカイブの要件を満たすとは言えないでしょう.


※ このような画像サイズの制約は,ストレージ容量とネット接続速度に余裕のなかった過去には意味のあるものでした.例えば,1990 年代の末にインターネットが一般に使われ始めたころには,『画像サイズは 100 KB 程度までにする』といった “不文律” があったものですが...1Gbps や 5G が当たり前となった現在,ほとんど意味のないものになったと言えるでしょう.


さらに蛇足: 筆者のレンタルサーバーの現在の使用容量は 3 / 100 GB = 3 % 弱に過ぎません.『私的・北海道地質百選』掲載の画像は 900 枚弱で合計約 900 MB.つまり長辺1920 ピクセル・圧縮品質 8 という JPEG 設定で一枚平均 1 MB ということになります.
仮に(やるつもりはありませんが)一枚平均 10 MB (≒ 長辺 7000 ピクセル)に画像サイズを上げたとしても,\1,400 / 年のサーバー使用率はたったの 30 % で済むということになります.これ以上ない十分さです.


 こういったテクニカルな現状に加えて,筆者の専門分野のような地層学・堆積学・テクトニクス分野では,そもそも公開されているアーカイブなるものが(画像に限らず)ほとんど存在しません.研究者各々のクローズな “資料保管場所” にあるだけなのです.『●●●の○○の高画質の写真が見たい』という時,我々はどうやってそこにたどり着けるのでしょうか?
 この問題点は,Google/Bing で例えば『蝦夷層群』を画像検索してみるとすぐに分かります.十分なクォリティの画像がまったくヒットしないばかりか,肝心の蝦夷層群に関する画像がほとんどありません.アンモナイト写真はもう結構だし,蝦夷層群とは何の関係も見られないものがぞろぞろと...


※ 『論文掲載の写真は画像アーカイブではないのか?』という見方もできるでしょう.確かにそれは膨大な印刷物アーカイブです.しかし,画像アーカイブとして見ると,以下の大きな問題点があります(右画像参照).

 ① 学術印刷は基本的に白黒.とは言ってもモノクロではなくグレースケールであるが,アミを使った疑似(dithrerd)グレースケールなので,実効解像度が低すぎる.それ以前に,とても『写真』とは言えないものとなっている(右図).
 ② 現在,多くの学術雑誌が PDF 形式でデジタル化されている.デジタル印刷データから直接 PDF 化されたものならば良いが,そういう手法がない過去の出版物は結局はスキャン画像に過ぎない.しかもその多くは予算と手間の関係か『低解像度でしかもディザーなし』の設定でスキャンされていると思われる.文字情報ならばそれでも良いが,写真の結果は悲惨である(左図).

結論として,PDF 形式で公開されている過去(1990 年代以前?)の論文中の写真は,地質画像アーカイブとしての品質要件を満たしているとは,とても言えないでしょう.


 『本家・北海道地質百選』は,言うまでもなく北海道における地質アーカイブとして唯一無二であり非常に貴重なものです.
 しかしサイト・デザインと管理の都合上と思われますが,一つのサイトのボリュームには大きな制限が設けられています.①文章は小さなフォントでブラウザ1画面に収まるようにということで 400 字程度,②写真は4枚程度が上限,③写真は掲載時の長辺が 720 ピクセル.これらの点は,地質アーカイブとして見た場合,少なくとも筆者には大きな不満点です.


言いたいこと

 結論として,筆者はこういうことを言いたいのです,多分.


1.地質研究者の皆さんは,それぞれにたくさんの貴重な画像資料をお持ちのはず.それをネットでどんどん公開して欲しい.

2.その際,『学術論文の縛り』はとりあえず忘れて欲しい.

3.画像資料の二次利用はフリーに(もちろん Creative Commons のような条件付きで)認めて欲しい.

4.公開する画像データのクォリティ(記述)に十分配慮して欲しい.


 これらが蓄積していけば,その全体として巨大な『地質デジタル画像アーカイブ』が出現し,『私的・北海道地質百選』も,その(極小な)ピースの一つとなるはずです.誇大妄想でしょうか?


 “地質アーカイブ” に関連して,驚いたというか不思議に思ったことがあります.それは,教科書出版関係から地質写真の提供を求められたことが再三あったということです.覚えている限りでは『某カルデラ』『貝化石』『タービダイト層』『メランジュ』です.最後はまあいいとして,他の三つについては筆者の持っているものが最良とはとても思えません.もっと良いものがそれぞれの専門家の手元にたくさんあるはずです.
つまりこれは,ネットで普通に到達可能な地質画像がほとんど存在しないということを意味するのではないでしょうか? それで,出版関係者がたまたまネット漁っていたら筆者のを見つけて,まあ他に無いのでしょうがないからこれで行くか,と.科学出版の関係者というものは,必ず研究者の世界にコネを持っているはずなので,なんで?とちょっと不思議ですけど.出版関係は筆者には無縁の世界なのでどうでもよいとして.これはやはり『一般市民や専門家以外の人間』にとって,すごく憂慮すべき現状ではないかと思っています.



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