私的・北海道地質百選
『上アブカサンベ沢の不整合』

※ このサイトは,一般市民が気軽に訪れることができるような場所ではないと思われる.『クリノ沢の蝦夷層群』サイトと同じ状況なので,そちらの注意書きを参照していただきたい.
なお,国土地理院地図等ではこの沢は “上アブカサンベ沢川” と redundant に表記されている.おそらく “川” を付けるかどうかのなんらかの国土地理院的基準があるのだとは思うが...あまりに違和感が大きい.


 新ひだか町春別川中流部支流の上(かみ)アブカサンベ沢では,蝦夷層群中部層準が基底部まで露出している.このサイトの蝦夷層群の層序と岩相はクリノ沢サイトのそれとほとんど同じであるが,クリノ沢では断層により欠如していた岩相が露出し,基底部の完全層序が観察される.それに加えて,下位の変成付加体との不整合関係が直に観察できるという稀有なサイトである.


珪長質凝灰岩泥岩互層.2005 年 7 月撮影.
タービダイト砂岩層に認められるソール・マーク(グルーブ・キャスト).2015 年 10 月撮影.

 上アブカサンベ沢に入ると,生痕化石に富んだ泥岩相がまず露出するが,その下位に特徴的な珪長質凝灰岩互層が出てくる(右写真).層理面はすべて西に傾斜し,西上位となっている(=沢の上流ほど下位層が露出).

 凝灰岩には繊細なラミナが発達し,コンボルーションなどの未固結時変形が見られ,この層準(丸山層相当層)に普遍的に見られる岩相となっている.

 凝灰岩互層の下位はタービダイト砂岩泥岩互層となる.一部は厚層理で,砂岩層にはグルーブ・キャストなどのソール・マークがよく観察される(右下写真).

含礫泥岩.2005 年 10 月撮影.
基底部の礫質緑色砂岩.この中から含青色角閃石変成岩砕屑粒子が普通に見出される.2005 年 10 月撮影.
緑色砂岩に含まれる;上:カキ殻破片.2005 年 10 月撮影.下:炭化陸上植物破片.2005 年 7 月撮影.

 砂岩泥岩互層の下位には厚さ 数 m の含礫泥岩が露出する.
 含礫率は非常に低く,礫が泥基質中に散在しているが,変成した緑色岩礫の含有が認められ(右下写真),クリノ沢層序の最下部で見られるものと同じ特徴を示している.

 その下位には,淘汰が比較的よく成層した礫質粗粒緑色砂岩がある(右下写真).
 礫は緑色岩とチャート類で,砂サイズの砕屑粒子もほとんどが緑色岩類からなるが,少量の石英・斜長石などの陸源粒子を含む.緑色岩類は変成しており,青色角閃石を含むものが多量に認められる.

 この緑色砂岩には,カキ殻破片や炭化陸生植物破片がまれに含有されており(右下写真),層相からも浅海成堆積物であると考えられる.

蝦夷層群基底不整合露頭.左側 2/3 の塊状に見える部分が緑色砂岩.右側 1/3 のやや暗色を呈する部分が変成緑色岩.不整合面は小断層の転位等により,実際はこの見かけよりももう少し入り組んで複雑であるが,省略する.2002 年 10 月撮影.
蝦夷層群下位の変成緑色岩の枕状構造.2005 年 10 月撮影.

 最後に,この緑色砂岩が下位の変成緑色岩を不整合に覆う露頭が観察される(右写真).

 不整合面は凹凸に富んでおり,写真からも分かるように,緑色岩とは密着している.

 驚くべきことにこの露頭からは,『不整合面そのもの』が採集され,研磨標本となっている(川村ほか,2003).
 このサンプルを含めた詳細は,『黒歴史シリーズ-その5』にあることないこと(?)すべて紹介しているので,興味ある方は参照して欲しい.

 なお『イドンナップ岳』図幅でもこの付近に蝦夷層群と緑色岩との境界が引かれているが,その関係は断層とされていた.

 本サイトのこのような岩相層序は,春別川をはさんで西側にある崩れ沢サイトのそれとはかなり異なっている.地質構造的には向斜の東西翼になっているが,向斜軸からの水平距離で 2 km 程度しかないのにもかかわらず,両翼でこのような大きな層序的差異がある理由は必ずしも明らかではない.

 このサイトで見られる不整合のテクトニックな意味については長くなるので省略するが,『“岩清水古陸”-エゾ海盆中の前弧リッジ』に簡単に述べている.


※ このサイトへのルートは,当初筆者が行ったころ(1990年代後半)は,クリノ沢側から山沿いに北へ入る林道を通って行っていた.それが崖崩れで通れなくなり,その後は対岸の林道本線から斜面を下りる枝道から橋を渡って上アブカサンベ沢に入っていた(2002 - 2005 年頃まで).しかしその橋もある時に流されて無くなり,2015 年に最後に行ったときには,春別川を渡渉して徒歩で入るしかなかった.
この状況が現在どのようになっているかは未確認である.沢の途中には春別ダムからの導水管がブリッジになって通っているので,その保守ルートは確保されているはずであるが.


既存の指定など

(なし)


所在地

新ひだか町 春別川中流上アブカサンベ沢.


サイトの状態:


参考文献

川村信人・植田勇人・鳴島 勤,1999,前弧海盆堆積物中の不整合とスランプ体-中部蝦夷層群基底部の層位学的現象-.地質学論集,No.52, 37-52.

川村信人・森谷明博・植田勇人・望月 貴(2003)蝦夷東帯・中部蝦夷層群基底の新たな不整合露頭.第110年学術大会(静岡)講演要旨,219.

鈴木 守・小山内 熙・松井公平・渡辺 順(1961)5万分の1地質図幅『イドンナップ岳』,北海道開発庁,64 p.


関連サイト



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