私的・北海道地質百選
『中エゾ地変の露頭』

 蝦夷層群は,北海道を代表する地層の一つであり,北海道の地質研究の黎明期からさまざまな研究が行われてきた.しかしそれにもかかわらず,その層序や構造発達については,いまだに不明な点が多い.たとえば “中エゾ地変” は,蝦夷層群の中に存在する不整合現象を説明する構造イベントとして古くから認識されてきたものであるが,その真偽についても各説がある.


崩れ沢の不整合露頭全景.不整合面は概略の位置を表す.2005 年 10 月撮影.

 新ひだか町春別川上流崩れ沢の露頭(上写真)は,小山内・松下(1960)などによって報告されたもので,“中部蝦夷層群” 基底部に存在する不整合の代表的なものとして,蝦夷層群の研究史上,貴重な露頭である.川村ほか(1999)によってその再検討・再確認が行われている.最終人家から林道を 20 km 以上入り,さらに支沢の崩れ沢を遡行するという山深いところである.


不整合面の近接写真.含円礫砂岩は明瞭な斜交層理を示す.含円礫部に散在する白色のものの多くは貝殻片.緑色岩は枕状構造を示す部分がある.2005 年 10 月撮影.
基底層上位の浅海層に見られる堆積構造.上:砂岩層上面のリップル・マーク.非対称な形状からカレント・リップルと考えられる.2005 年 10 月撮影.下:生物擾乱構造.2001 年 6 月撮影.

 この露頭では,弱変成を受けた緑色岩体上に,蝦夷層群中部層準のシルト岩・砂岩互層が載っている.
 その最下部は斜交層理を示す含円礫砂岩で,貝殻片を多く含み(右写真),浅海性(おそらく前浜環境)の堆積物と考えられる.

 これが明確な不整合(正確には,下位が堆積岩ではないので nonconformity下注であることは,1950-60 年代の研究で指摘されたとおりである.

 不整合基底相の上位には浅海相の砂岩が累重し,その中には生物擾乱構造やリップルマークが観察される(右写真).

 このシーケンスは次第に上方細粒化し,葉理砂岩と泥岩の互層から泥勝ち互層へと移化している.


蝦夷層群中部層準基底粗粒砂岩中の含青色角閃石変成岩の砕屑粒子.開放ポーラーによる顕微鏡写真.シュンベツ川上流上アブカサンベ川.サンプル採取と薄片作製は望月貴氏による.

 この地域の基底礫岩などの粗粒砕屑岩相からは,青色角閃石を含む変成岩砕屑粒子が多数発見されている.青色角閃石の多くは Mg-リーベック閃石である.

 このことは,低温高圧型変成作用を受けた付加体深部が付加プロセス中に 0.2 cm/year 程度の速度で急速に上昇し,蝦夷層群堆積場の中に emerge したことを示しており,プレート沈み込み帯のエキセントリックな構造発達史を解く手がかりとしてきわめて興味深い.


注)“不整合 unconformity” という用語は二つの地層間の層序関係なので,この場合には厳密には不整合という語は使えない.“nonconformity” であるが,この語には適切な和訳が無い.『無整合』と記述した例もあるがはなはだ違和感がある.
 ある地層の堆積以前にテクトニズムがあって隆起浸食が進行し,その後に新規の地層が堆積したという地質現象を表現する時,下位の地質体が地層であるかないかによって関係名が変わるというのはなんとも妙な話である.火成岩脈が貫入した地層を上位層が不整合に覆っている時,火成岩脈の場所だけを不整合ではなく無整合と表記するのだろうか? また,地層がどの程度変成すれば地層ではなく変成岩として扱うのだろうか? 緑色片岩相? 角閃岩相? ここではそういう無意味な分類・区別は行わず,すべて『不整合』と表記する.


既存の指定など

(なし)


所在地

新ひだか町 シュンベツ川上流崩れ沢.


サイトの状態:


参考文献

小山内 煕・松下勝秀,1960,日高山脈西縁の白亜系,Ⅱ-右左府,額平川,新冠川・宿主別川,イドンナップ川,アブカサンベ川,高見,三石・鳧舞川地域の白亜系の層序.地下資源調査所報告,24, 19-37.

川村信人・植田勇人・鳴島 勤,1999,前弧海盆堆積物中の不整合とスランプ体-中部蝦夷層群基底部の層位学的現象-.地質学論集,No.52, 37-52.


関連サイト



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