“岩清水古陸” -エゾ海盆中の前弧リッジ
"Iwashimizu Paleoland", a Forearc Ridge in the Yezo Basin

川村信人(北海道総合地質学研究センター)

※ 本アーティクルは,北海道大学理学研究院在職時に行った検討を元にしたものです.
論文の体裁をとっていますが,『学術論文』に該当するものではありません.ご了解ください.


蝦夷層群

 北海道の中央部(空知-エゾ帯)には,白亜紀の前弧海盆堆積体である蝦夷層群(Yezo Group)が南北に狭長に分布する.蝦夷層群はその名が示す通り北海道(蝦夷)を代表する地層で,アンモナイトや恐竜化石の産出で知られている.砂岩・泥岩を主体とする陸源性砕屑岩からなり,全体の厚さは 8,000 m 以上の厚い地層である.しかしながら,蝦夷層群あるいはそれが堆積した海域(エゾ海盆)の発達史やテクトニクスについては,まだ解明されるべきことが多く残されている.


中蝦夷不整合

 蝦夷層群の中には,不整合現象の存在が既に1950年代の図幅調査などから指摘されており,猪間(1969)はそれが示す変動を蝦夷層群中に記録された普遍的なものとし,『中蝦夷地変(Intra-Yezo Disturbance)』と呼んだ.この不整合(以下,中蝦夷不整合と呼ぶ)の存在については,西・高嶋(1999)によって疑問が表明され,その存在の否定が提示された.しかし,川村ほか(1999),Ueda et al. (2002)によっていくつかの地域で不整合の存在が再確認されている.特に三石地域では不整合面直上の堆積相は河川性であり,この不整合が隆起-陸化を伴った “構造性” のものであることを示している.
 現在のところ中蝦夷不整合が確認されたのは,空知-エゾ帯の南部地域の東側(蝦夷東帯)に限定されている.つまり中蝦夷不整合は蝦夷層群にとって普遍的なものではなく,きわめてローカルなものである(第1図).別な言い方をすれば,猪間らの考えと西・高嶋らの考えは『どちらも正しく,どちらも間違っている』.つまり,中蝦夷不整合は明らかに存在するが,それはエゾ海盆全域に普遍的に存在するものでもない,ということになる.


第1図: 蝦夷層群の層序対比試案(川村ほか,2008;川村,2010).

 この層序区分試案を簡単に説明すると以下のようになる.

①蝦夷層群の層序区分は地域ごとに大きく異なっており,その全体に共通する層序区分は成立しない.

②一般的な鍵層準と考えられているアルビアン後期の珪長質凝灰岩層は層序区分と斜交する.

③中蝦夷不整合が地理的に限局されている.


 なお中蝦夷不整合のハイエタスは図中には表現されていない.また,従来の三層群区分(下部蝦夷層群・中部蝦夷層群・上部蝦夷層群)がもはや意味を持たないことも示されている.本稿では,それらに対応する部分をそれぞれ便宜的に,蝦夷層群下部層準・中部層準・上部層準と呼ぶ.これらはあくまでも便宜的呼称で “層序学的単位” ではない.


不整合下位の地質体

 この中蝦夷不整合自体は,既に述べたように,1950年代から知られていたわけであるが,川村ほか(1999)などによってはじめて明らかにされた重要な事実は,『蝦夷層群中部層準が低温高圧型変成岩(神居古潭付加体)を不整合に覆う』ということであった(第2図).神居古潭付加体の変成年代は白亜紀前期から最末期(~一部古第三紀)にわたるので,白亜紀前期の蝦夷層群前弧海盆堆積体がそれを不整合に覆うということは,ある意味非常にパラドクシカルなことである.


第2図: 蝦夷層群中部層準基底に存在する不整合部分の切断研磨標本(採集:川村信人・望月 貴).新ひだか町アブカサンベ川.CG: 中部層準基底礫岩.GS: 緑色岩(岩清水コンプレックス).赤矢印が不整合面.

第3図: 基底礫岩中の含青色角閃石変成岩砕屑粒子(撮影:森谷明博・望月 貴).開放ポーラ.

 上の顕微鏡写真は,中部層準基底部に含まれる低温高圧型変成岩砕屑粒子で,特徴的な青色角閃石が認められる.青色角閃石はおもに magnesio-riebeckite で一部 glaucophane を含む(川村ほか,2000;EPMA分析:鳴島 勤氏).


ハイエタス

 最近,今津ほか(2016)によって,中蝦夷不整合の示すハイエタスが 15 m.y. 以下であることが砕屑性ジルコン年代からあきらかになった.このことと神居古潭付加体の変成深度から,不整合を形成した変動の上昇速度は 0.16 ~ 0.27 cm/y と見積もられる.これは,静穏な陸域の上昇速度(≒ 0.02 cm/y)のおよそ10倍以上の速度になり,例えば日高衝突山脈の上昇速度(0.26 cm/y;在田ほか,2001)にも匹敵するものである.一般に前弧域はテクトニックに静穏な海盆域であり,この大きな上昇速度については何らかの説明が必要である.

 中蝦夷不整合によるハイエタスの形成プロセス模式を第4図に示す.まず,低温高圧型付加変成体である神居古潭帯岩清水コンプレックスの変成ピーク≒上昇開始年代は 125 Ma 前後とされている(Nakagawa and Naksno, 1987;Ueda et al., 2002 など).今津ほか(2015)によると,三石地域の蝦夷層群中部層準基底礫岩中に含まれる砂岩礫の砕屑性ジルコン年代も 125 Ma である.この砂岩礫は蝦夷層群下部層準のものと岩相が類似しており,富良野地域奈江川の同層準砂岩のジルコン年代が 125 Ma である(今津ほか,2015)ことと調和的である.このことは,蝦夷層群の下位に存在していた神居古潭変成付加体が上昇を始めた時に,蝦夷層群下部層準の堆積がまだ続いていて,堆積盆底は沈降を続けていた可能性を示す.この後変成付加体の上昇の進行に伴って堆積盆底は遅れて上昇を開始し(=上昇ラグ),当該地域での蝦夷層群下部層準の堆積は終了した.


第4図: 中蝦夷不整合のハイエタスの発達過程を示す模式図.絶対年代値は今津ほか(2015)による.H-P:低温高圧型変成岩.UM:超苦鉄質岩.Sr:空知層群.IWC:岩清水コンプレックス.LY1-5:蝦夷層群下部層準.Mya-b:蝦夷層群中部層準基底部.その他の説明は図中のキャプションを参照.


 上昇運動の結果,神居古潭変成付加体(と蝦夷層群下部層準)はエゾ海盆内に陸域となって露出し,陸上浸食を受けた.少なくとも三石地域では蝦夷層群中部層準基底部の砕屑物として超苦鉄質岩は見出されていないので,それは神居古潭変成付加体とともに上昇陸化したのではなく,その上昇体上部に生じたデタッチメント断層によって深部において側方へ除去されたと推定される.
 この上昇運動は 110 Ma 頃に沈降へと転化し(インバージョン),神居古潭変成付加体と蝦夷層群下部層準は中部層準基底河川成堆積物によって覆われ,すぐに浅海に没した.


岩清水古陸

 中蝦夷不整合の形成に先立つ隆起によって形成された狭長な陸域をここでは “岩清水古陸”(Iwashimizu Paleoland)と呼ぶ.第5図は岩清水古陸とその周辺のエゾ海盆の状況を示す模式断面図である.岩清水古陸の規模は分からないが,現在の蝦夷層群分布から大胆に類推すると,幅 10 - 20 km 程度,長さは数十 km のオーダーだったのではないかと考えられる.高さについてはノーアイデアであり,図はまったくの not-to-scale である.
 現在の神居古潭帯は基本的に新第三紀に形成された“複背斜”上昇帯であるが,その原型は約1億年前にエゾ海盆内で岩清水古陸として成立していたことになる.ただし,岩清水古陸がエゾ海盆内に孤立した “島(列)” であったかどうかについては必ずしも明らかではない.その詳細はここでは省略するが,中部層準基底部の砕屑物組成から,西方陸域に接続した上昇帯であった可能性も残っている.第4図はその意味で,可能性の一つを表現したものに過ぎない.


第5図: “岩清水古陸”の構造模式図.下部蝦夷:蝦夷層群下部層準.中部蝦夷:同中部層準.


前弧リッジ

 このような形で形成された岩清水古陸の構造スキームを考えるうえで注目されるのは,『前弧リッジ(Forearc Ridge)』(Pavlis and Bruhn, 1983)の概念である.前弧リッジは前弧域に発達する狭長な陸域(上昇帯)で,小アンティル諸島東方の Barbados 島を含むリッジや,アリューシャン弧東部の Kodiak 島を含む島列などにその典型例がある(第6図).北海道とその近傍では,歯舞-色丹諸島が千島弧の前弧リッジであるが,その西方延長である根室半島-釧路東部にかけての部分も,陸域に接続した前弧リッジであると考えられる.これらの前弧リッジを作っている地質体は,おもに前弧海盆堆積体や非変成の付加体堆積岩である.


第6図: 現世前弧リッジの典型例.左:アリューシャン弧東部.右:小アンティル諸島.地形画像は Google Earth による.


第7図: Hellenic Arc.エーゲ海の中に発達する火山弧の中央部にあるのが,カルデラで有名なサントリーニ島.前弧リッジの中央部にある大きな島は観光地としても名高いクレタ島である.前弧リッジはその北西のペロポニソス半島まで続く.図左下にわずかに見えているのはアフリカ大陸北端部.地形画像は Google Earth による.

 それでは,前弧リッジに(岩清水古陸のように)低温高圧型付加体変成岩類が露出する例は地球上にあるのだろうか? その実例は,エーゲ海の Hellenic Arc(第7図)にある(Marsellos et al., 2010).

 ここでは,低温高圧型変成作用を受けた含Na角閃石変成岩ユニット(冷却年代:9 ~ 14 Ma)がリッジ中央部に露出し,その上位には低角デタッチメント断層を介して新第三紀以前の炭酸塩岩・フリッシュ互層が載っている.Marsellos らによると,このような付加変成体の上昇は,アフリカプレートの沈み込み速度の急減少によって slab roll-back と trench retreat が起こり,それに伴って前弧域に発生した伸長変形によるとされている.


形成モデル

 これらのことから,岩清水古陸は 110 Ma 以前にエゾ海盆中に出現た前弧リッジであり(第8図),110 Ma 前後に再び海中に没したと考えられる.リッジの構成地質体として低温高圧型付加変成岩が含まれることから,上昇の “根(root)” は前弧海盆基盤=トラップされた海洋地殻(空知層群)と上部マントル(超苦鉄質岩)のさらに下位にあると推測される.このような前弧リッジの形成要因は今のところ不明である.Hellenic Arc のようなある意味特殊なプレート配置や沈み込み条件は今のところこの時期のエゾ海盆周辺では想定されていない.考えられることとしては,海山体の連続付加による機械的持ち上げや沈み込み角度の変化などがあるが,確実なことは不明である.


第8図: 110 Ma 前後のエゾ海盆の古地理模式図.鳴島ほか(2018)の図15を日本語化したもの.


テクトニクス

 下図は,この時期の北海道周辺のプレート沈み込みテクトニクスに関する仮説的な模式構造断面である.前期白亜紀,125 Ma 以前のある時期に海溝ジャンプが起き付加ゾーンも渡島帯から東へジャンプした(“神居古潭海溝”).これに伴って火山フロントもジャンプし,礼文-樺戸帯が形成された.礼文-樺戸帯と新しい海溝との間にトラップされた海洋地殻上に形成された前弧海盆がエゾ海盆である.この前弧海盆中に 115~110 Ma の時期に短時間に形成された前弧リッジが蝦夷前弧堆積作用を中断させ,岩清水古陸を形成した.その上昇速度は衝突山脈にも匹敵するもので,前弧テクトニクスが活発なものであったことを示唆している.この前弧リッジが急速に沈降場へと転化した要因はまだ不明であるが,上昇帯内部における何らかの変化を反映したものかもしれない.


第9図: 渡島帯~礼文-樺戸帯~空知-エゾ帯の前期白亜紀テクトニクス.Kawamura (2004);川村(2010)の図を日本語化・カラー化したもの.


 最後に,一般に比較的静穏とされている前弧海盆に活発な上昇テクトニクスが起きる場合があることを “岩清水古陸” や Hellenic Arc は示している.しかしそれがグローバルに見て普遍的なものなのか,それともある意味稀(unusual)なことなのかについては,まだよく分からない.しかし少なくとも日本列島の過去あるいは現在の沈み込み帯では,このようなことは報告されていないのではないだろうか?


(2019/04/11)(2023/12/08 再構成・加筆)



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