夕張岳周辺の大規模地形群
Mega-scale Landforms around Mt. Yubari-dake

川村信人(北海道総合地質学研究センター)

はじめに: 私にとっての夕張岳

シューパロ湖畔から見る夕張岳.2019年4月撮影.

 上の写真は,融雪期で増水したシューパロ湖と沈水したカラマツ林,そして残雪の夕張岳(連峰)と青く澄んだ空...夕張岳の風景はいつの季節でも心惹かれるものがあります.ある意味日本離れした山容と風景です.特に,シューパロダムの建設によって国道452号線が湖畔から高いところに移動してから,そこからの展望は素晴らしいものとなりました.おそらく,北海道でも一二を争う絶景だと思います.でもその割には一般の認知度が低くて,ほとんど人が来ていないので,写真を撮る側としては実に気持ちよく好き勝手にシャッターを切ることができます.
 夕張岳は,私にとって非常に思い入れの深い山です.と言っても,夕張岳やその周辺の地質を調査研究したわけでもないし,登山したことがあるわけでも無いので,自分でもちょっと不思議ですが.


シューパロ湖畔から見た夕張岳の独特な山容をカシバードで風景シミュレートしたもの.

 地質屋らしいことを言うと,これは『蛇紋岩メランジュ体の作る独特な風景』なわけですが,写真を撮るときはそういう野暮なことは言わないことにしています.
 右に示したのは,カシバード(カシミール3D)で作成した夕張岳の風景シミュレーションです.上の写真とほぼ同じ視点ですが,地表地形の干渉を避けるために,視点高度を高めにとっています.手前にはシューパロ湖がありますが,カシミール3Dにはシューパロ湖の湖面データがないため,湛水前の地形で描画されています.そこに見える沢筋は,(旧)白金川です.

 で...芦別岳周辺の地質と地形に最近気になることがあっていろいろ調べていると,夕張岳から富良野に至る地域の地形には,“なにかとんでもないもの” があることが分かってきました.私は地形の専門家ではないので,完璧に外してるかもしれませんが,このアーティクルではそれについて書いてみることにします.


発端: 芦別岳西麓の地形

クリープ地形?

 『風景の中の地質構造』のページで触れたように,芦別岳稜線とその西方に位置するリッジとの間には広い緩傾斜・低起伏部(以降面倒なので,GSLRA = Gentle Slope and Low Relief Area と表記することとします)と沢があり,カシミール3D(カシバード)で俯瞰して見ると,すごく不思議というか興味深い地形になっています.リッジも,いくら硬い岩石でもあまりに鋭すぎるというか...こんな感じです.


芦別岳西方リッジをカシミール3Dで夕張岳上空から俯瞰したもの.

 なんというか,これは普通じゃないですよね? 私は地形についてはもちろん素人なので外してるかもしれませんが(くどい),“二重山稜”から発達したみたいな,大規模な重力クリープ地形のように思われます.『そりゃ,大規模地すべりという意味か?』と言われそうですが,私にはどう答えたらよいのか分かりません.そもそも地すべりとは何か?がよく分かっていないような人ですし.
 一応,防災研の地すべりデータベースで調べてみると,芦別岳前面の GSLRA は,要するに地すべりの巣で,それによって埋め尽くされています.これについてはあとで示します.しかしこのリッジそのものの周辺には特に地すべり地形と判定されたところは見当たりませんでした.専門家のご意見を聞いてみたいですね.おそらく...私がここに書いていることは『知識と経験不足による勘違い・思い過ごし』か『(私以外)みんなもうとっくに分かっていること』のどちらかなんでしょうけど.

 そんなこと思いながら芦別岳~夕張岳周辺の地形をあれこれカシミール3Dなんかで眺めていると,摩訶不思議なのはこれだけではないことに気づきました.これはいったい...?!


芦別岳周辺の俯瞰イメージ

 最近(2024/01),北海道総合地質学研究センターの中川 充さんが芦別岳の見事な俯瞰写真を旅客機の窓から撮影されていることを知りました.その写真を提供していただき画像処理(HDR 化・映り込み除去 etc.)を施してみると,上に掲載したカシバード(カシミール3D)による俯瞰イメージとほぼ同じ部分を撮影したものであることが分かりました.右図上に中川さんの御厚意で掲載します(以下,“中川写真” と表記).芦別岳南方の 2,500 - 3,000 m 上空から撮影したものと推察されます.

 右図中央は,カシバードによる俯瞰イメージで,中川写真とできるだけ同じ俯瞰になるように作成しました.使用データは国土地理院の 10 m メッシュ標高データです.右図下は,同じような俯瞰イメージを Google Earth で作成したものです.視点高度が 4,000 m と表示されるのですが,対地高度でないにしても少し高すぎるような気がします.イメージ取得時期が秋で芦別岳はうっすらと冠雪していますが,周囲はまだ緑に見えています.
 これらの俯瞰イメージは中川写真と同等になるように視点やその高度・俯角などを調整しましたが,いかんせんパラメーターがあまりに多くて,ジャストぴったりとは行きませんでした.特にカシバード・イメージは少し俯角が大きすぎるので,もう少し視点高度を下げた方がよいみたいです.これでも何度も作り直した結果ですので,このへんで妥協します.

 本題の中川写真ですが,冠雪しているせいで地形特徴が非常によく分かります.芦別岳の “西方リッジ” がはっきりと見え,そのリッジと芦別岳との間の蛇紋岩体分布による 『緩傾斜・低起伏地帯』が明瞭です.これについては下に詳述します.
 よく見ると,西方リッジの西側に有名な 崕山(きりぎしやま)石灰岩体 も見えています.富良野市街は積雪のためか明るい色になっていて,市街地形状がよく分かります.右奥遠くに見えているのは冠雪した十勝岳連峰の北端で,その左に大雪山が見えます.芦別岳東麓の黒く見えている部分は扇状地群で,その前面に富良野盆地東縁の構造丘陵である “なまこ山” がありますが,中川写真ではよく分かりません(カシバード画像参照).

 これらの写真・イメージから,芦別岳西麓を含む夕張岳~芦別岳~富良野地域が,南北に狭長に伸びる極めて特徴的な地形を持った地域であることが実感できるのではないでしょうか.


(2024/01/17 加筆)


夕張岳~芦別岳西麓~富良野地域の広域的地形特徴

緩傾斜・低起伏地形(GSLRA)

夕張岳~芦別岳地域の地形図.国土地理院地図による.

 まずは,当該地域の地形を,国土地理院地図で見てみます(右図).言われてみれば当たり前なんですが,こうなっていたのか...とあらためて目からうろこです.
 惣芦別川~夕張川最上流部地域で非常によく分かるのですが,芦別岳の稜線と二つの川の上流部の蝦夷層群が分布する地域との間には,南北方向の明瞭な凹状の緩傾斜・低起伏部(以降面倒なので,GSLRA = Gentle Slope and Low Relief Area と表記することとします)が狭長に伸びています.私はなんとなく,芦別岳の西麓部はスムースにそのまま二つの川の最上流部に降りてきていると思い込んでいたので,非常に驚きました.

 この GSLRA と西方の蝦夷層群分布との境界には,“風景の中の地質構造”のページに書いたとおり,南北方向の鋭い山稜が存在しています.その西側にも同方向の礼振峰(れふれっぷ)~崕(きりぎし)山の山稜がありますが,地形図ではちょっと不明瞭です.

 カシミール3Dの断面図作成機能を使って,芦別岳山稜部から“西方リッジ”にかけての地形断面図を作ってみると下のようになっています.断面位置は正確には示しませんが,芦別岳山頂の南の山稜部から西方リッジに垂直になるように断面線を取っています.

 これ見ると,GSLRA は明瞭ですが,① 芦別岳山稜部が見事に東西非対称になっていること,② “西方リッジ”の東に低いが鋭いリッジがもう一つあること,などが気になります.なにか,きなくさい臭いがしてきます.気の迷いかもしれませんが.


芦別岳~“西方リッジ”の地形断面図.カシミール3Dで作成.標高データは国土地理院 10 mメッシュデータ.

 これをカシミール3Dで垂直俯瞰してみると下図のようになります.図の範囲がちゃんと合ってませんが,目測でエイヤっとやるとこうなってしまうので,ご容赦.


芦別岳~夕張岳地域の高度20 km からの垂直俯瞰図.カシミール3Dで作成.標高データは国土地理院10 m メッシュ.

 で...段彩パレットの作り方が悪いのか,この3D陰影図だと,GSLRA がどうもぱっと見で良く分かりません.芦別岳~夕張岳にかけて黄色っぽい南北に狭長な部分が見えていますが,これは単に標高の高さが見えているだけです.

 DEM データのページのどこかに書いたように,『等高線の間隔 ≒ 標高の微分 = 傾斜量』なので,上の等高線地形図だとよく分かるのですが,地形図をマッピングしないピュアな DEM 陰影図にしてしまうとかえって分かりにくくなる,ということのようです.


GSLRA と傾斜量との関係

 それならば,この地域を端的に傾斜量で見てみたらどうなんでしょう(下図).


富良野~夕張岳地域の傾斜量図.国土地理院地図-標高・土地の凹凸-傾斜量図による.

 いつもなら,DEM を自分で計算処理し Surfer に渡して傾斜量図にするところなんですが,なにしろ範囲がでかくてめんどくさい...ということで,今回は国土地理院のお世話になりました.私が傾斜量を自前で計算していたころはこんなのなかったんですよね.時代の進歩と言うべきか.国土地理院には感謝です.まあでも,これはあくまでも絵に過ぎないので,処理パラメータやパレット割り当て変えるとかそういうことはできません(負け惜しみ).

 で,その結果は怖ろしいばかりです.まさかこれほどとは.蛇紋岩体本体の夕張岳周辺がそうなのは当たり前として,そこから北に延びる竜の首のような GSLRA の形状には,なにか畏れを感じます.よく見るとこの GSLRA は,その東西両側で明らかな急傾斜部に縁どられています.『地形と地質は 1:1 に対応している』なんて日頃自分で言っていながら,これを見ているとその強烈さに圧倒されます.
 実は白状すると,私は20万分の1『夕張岳図幅』が出版された当時(1996年),夕張岳から北に延びる蛇紋岩体の形状というか,人魂のような描き方には,大きな違和感を感じました.いくらなんでもこれはないだろ?!とでもいうか...蛇紋岩体の構造や分布について,私が何も分かってなかったんですね.夕張岳図幅がドンピシャ正解でした.ごめんなさい >Nmさん.この地質分布との件については,下で詳しく触れたいと思います.

 あとこの件にはあまり関係がないのですが,崕山-礼振峰山稜から東と西では,構造方向は安定しているのですが,傾斜量がまったく違ってて,濃淡のバンドになっています.います.これはおそらく,蝦夷層群下部層準と中部層準の岩質というか,風化抵抗度の違いを表しているのでしょう.また,夕張岳北西方には,気味が悪くなるような怪しげな地形がいくつか見えていますが,これも後ろで多少詳しく触れたいと思います.


富良野~夕張岳地域の傾斜量図.自作プログラムを用いて Prewitt 法により 10 m DEM データから求めた傾斜量を Surfer で可視化したもの.

※ 上で『いつもなら,DEM を自分で計算処理し Surfer に渡して傾斜量図にするところなんですが,なにしろ範囲がでかくてめんどくさい』と書いてしまったんですが...前言撤回.やっぱりそれでは悔しいというか,自前データ処理派の沽券にかかわるので,自作コードで傾斜量を計算し傾斜量図を作ってみました.
 とりあえず昔造った VBコードを引っ張り出して国土地理院サイトからダウンロードした8個の 10 m DEM XML に当ててみたら,なんとエラーの嵐.原因は;①いつのまにか XML ファイルのエンコードが UTF-8 になっている.②同じくXMLファイルの中に tab 文字が入っており,そのせいで必要なデータを抽出するための文字数カウントルーチン(VBには正規表現がないんですよ)がエラっていた...昔はこんなことなかったんですけどね.ツールを使ってエンコードを S-JIS に変更し tab 文字をすべて削除したら,無事に変換ルーチンが動きました.2015年ころに作ったコードなのですが,配列変数の作りなどけっこう複雑な処理をしているものなので,ちゃんと動いてくれたことに(当たり前ですが)感動.

 で,その結果(左図)ですが,上にあげた国土地理院地図の傾斜量図と,まったく(ほとんど?)おなじです.当然ですね.ただし Surfer は可視化にあたって緯度経度のスケール差などは当然考えてくれない(=数字に応じた同一のスケールになる)ので,原図はもっと上下に潰れています.したがって,この図は Photoshop で縦方向を 1.34 倍(=北海道周辺での単位緯度距離と経度距離の比)に引き伸ばしています.緯度経度の数字が縦に間延びしているのはそのためです.


GSLRA と地質分布との関係

 『地形と地質は 1:1 に対応している』なんて偉そうなこと言ってしまうと,当然その地形が地質とどんな関係にあるのかに触れないわけにはいきません.実はこの地域で公表されている広域的な地質図としては私の知る限り,三つしかありません.第一は言うまでもなく『① 5万分の1地質図幅:山部・石狩金山・幾春別・大夕張』です.その次に,『② 20万分の1地質図幅:夕張岳』があります.最後が,『③ Takashima et al. (2004)』です.そのほかに紀藤さんの1987年の論文があるらしいのですが,地団研専報はネットで公開されておらず,確認ができませんでした.(退職時に捨ててしまった...)

 ①の5万分の1図幅は,尊敬すべき先人達の偉大な業績であり,若輩者(?)には非常に畏れ多いものです.あの時代(1950年代前半)によくこういう奥地の地質調査ができたものだと思います.あの時代だから,ということなのかも.私のような軟弱者には到底無理ですね.山部図幅なんて,あの橋本亘さんがお一人で調査されたんですよ...ただ正直なこと言わせてもらうと,これらの先人の業績を参照しても,この GSLRA が一体何者なのか?がどうしても(少なくとも私には)見えてきませんでした.これは下に説明します.
 ③は空知-蝦夷層群に関する,広域的な『他の誰にもできない』業績だと思います.高嶋さんという人はすごいな...しかし,なぜかこの GSLRA に関しては,①の図幅とほとんど同じ地質分布の図示になっており,やはりその地質的要因は見えてきません.


富良野~夕張岳地域の5万分の1図幅『山部・幾春別岳・大夕張・石狩金山』の一部.蛇紋岩の分布だけ,紫色でオーバーレイしてある.

 5万分の1地質図幅4枚を貼り合わせると右図のようになっています.紫色の白縁取り部は蛇紋岩の分布で,『蛇紋岩の塗色が図幅ごとに違っていて,しかも一目で分かりにくい』ため,私が勝手にハンド・トレースで描き加えたものです.なお,蛇紋岩体内部に包有される?小岩体は(色領域を抜くのが面倒なので)適当に省略しています.大勢に影響はありません.

 これを見るとお分かりのように,これらの1950年代図幅では,この GSLRA の芦別岳を通る部分には蛇紋岩が分布せず,空知層群の緑色岩主体の岩石(Sr2:芦別岳輝緑凝灰岩)が分布するように描かれています.Takashima et al. (2004) も基本的には同様な表現となっています.
 つまり蛇紋岩の分布は,夕張岳周辺と富良野西方地域に分離していることになっているわけです.もちろん空知層群緑色岩は,相当に堅硬な岩相ですから,なにか顕著な破砕帯でも想定しない限りこの部分の GSLRA の地形特徴を説明できません.


※ 蛇足ですが,この北海道開発庁発行の4図幅,どれも 1950年代に刊行されたもので著者もかぶっているところがあるのに,塗色表現や地質境界などが“合致”していません.特に北西部の幾春別岳図幅は色使いやタッチ,さらには『地質区分』がまったく他の3図幅とは異なっています.これだけが,北海道地下資源調査所ではなく地質調査所所属の地質屋さんが著者であることが理由なのではないかと.おそらく製図技術者も違っているのでしょう.


富良野~夕張岳地域の傾斜量図に20万分の1『夕張岳』図幅の一部を合成したもの.紫色の部分が蛇紋岩の分布.

 で,②1996年に刊行された20万分の1図幅『夕張岳』ですが,上に書いた通り,個人的にはなんだか違和感のある描き方(失礼)なのですが,もっとも良くこの GSLRA を表現できていると思います.つまり,夕張岳から富良野まで,にょろっと連続する『蛇紋岩地帯』として塗色しているわけです.このへんを,傾斜量図と地質図の合成画像で見てみます.なお合成作業は手作業でアナログ・アバウトにやっていますので,変なところがありましたらご容赦.

 要するにこうなっているということで,何を言いたいかは明らかだと思います.おそらく,この夕張岳図幅の著者の方々は,地質分布を塗色するにあたって,まずは地形を検討されたんでしょう.

 私も経験ありますが,地すべり地域というのは,実際にその中に足を踏み入れてみると何がなんだか分からん代物で...おまけに歩きにくいし.アプローチの難しい山奥ならなおさらです.見ている露頭や転石が一体何を示しているのかは,通常の沢や尾根のそれとはまったく違う.ある意味『野外調査地質学』の持つ本質的な弱点(=“Hsü のパラドックス”)が露呈してきます.おそらく(単に推測ですが)『夕張岳図幅』の著者の皆さんはそのへんをよーく分かっていたのだろうと思われます.

 なお,上に書いた GSLRA の東西両側にある急傾斜部ですが,これがなんであるかは,夕張岳図幅を見ると明らかで,要するに『空知層群緑色岩およびその弱変成部』(左図の青色塗色部)ということになり,納得です.


GSLRA と地すべり分布

富良野~夕張岳地域の傾斜量図に防災研究所による地すべりマップを合成したもの.

 ここまでくると,それではこの GSLRA が果たして地すべり地帯であるのかどうか?が激しく気になります.地すべり地形マップと言うと,私自身も関係した北大出版会発行の『北海道の地すべり地形』(1993年発行)がありますが...現物を退職時に捨ててしまった(!)のと,自分ながらデータの質にちょっと時代を感じてしまう点があり,防災研作成の地すべりデータが提供されている J-SHIS Map を利用してみました.

 なんというか,ドンピシャというのはこういうことを言うのでしょうか...もちろん薄いオレンジ色が地すべり地形です.合成モードをいじくって,色だけが見えるようにしていますので,滑落崖やその他の地形線は不可視になって隠れています.

 ただ,こういうことは考えておかないと...それは,『地すべり地形=蛇紋岩の分布,と一意に見なすことはできない』ということです.どういうことかというと(外してるかもしれませんが);① 地すべりの結果として GSLRA ができた(∴地すべり密集部と GSLRA が一致するのは当たり前).② 地すべりの発生地の地質は蛇紋岩体としても,地すべり発生地=地すべり地形ではないので,③ GSLRA = 蛇紋岩分布範囲とは限らない...ということになるのではないでしょうか?

 1950年代の先達の地質屋の方々,特に橋本亘さんが芦別岳西方の GSLRA の中で見た(はずの)『空知層群緑色岩』の露頭が実際どういうものであったかどうかが気になりますが...もはやそれを知ることはできず,どうしてもということになれば自分でそこに行ってみるしかありませんが,無理です.


※ 実は,山部図幅説明書には,芦別岳やその西方の地形に関して,実に興味深いことが書いてあります.さすが橋本亘さんというか...実は私は,お目にかかったことはないのですが橋本さんの個人的ファンなんです♡.と言っても,1930年代の若い時の橋本さんということで,その後の実際の橋本さんがどういう方だったのかは皆目.これについては他のアーティクルで紹介できるかもしれません.それはどうでもいいとして,橋本さんが山部図幅に書かれたことが,現在の地形学的に妥当なものなのか...非常に気になりますが私の知識ではなんとも判断できません.ここではその詳細は省略させていただきます.興味のある方は是非読んでみてください.昔の図幅って,こういうことを自由に書けたんだな..とちょっとノスタルジックな気分と同時に,自分が実際に最近関わった図幅(今はそう呼ばず『地域地質研究報告』)を思い出して味気ない気分になってしまいました.


夕張岳周辺の不可思議地形

 ちょっと長くなってしまったので,このアーティクルもこれを最後にします.この GSLRA およびその周辺の地形を仔細に眺めていると,いろいろと不可思議なものが見えてきます.それをあれこれ列挙していると自分の素人さ加減が明瞭になるだけなので,一つだけ.それが,夕張岳の北西近傍にある『ひょうたん地形』(なんだそれ)です.


夕張岳北西方の『ひょうたん地形』.カシミール3Dによる南方からの斜め俯瞰図.赤矢印:ひょうたん下部.茶矢印:ひょうたん上部.その右側は夕張岳から鉢盛山に至る稜線部.

 上の図は,カシミールによる夕張岳付近上空から北を見た斜め俯瞰図です.不思議な地形です...『ひょうたん地形』というのは,あまりにもいい加減な緩すぎる表現なので我ながらあきれてしまいますが,ちょっと他の表現を思いつかなかったというか.円形~楕円形の少し大きさの違う地形が二つ繋がっていて,なんとなくひょうたんに見えませんか?
 で,この地形におけるすごく変わった特徴は,ひょうたんの上部(ってひょうたんとしてみると,こちらが大きいので下ですが)は,普通の地すべり崩壊地形みたいに凹状地形ですが,下部は上にわずかに凸状地形になっています.両者は連続しているのではなく,間に南北方向の鋭いリッジが走っています.リッジの真ん中は北側で割れているようにも見えます.これを断面図で見ると下のようになっています.


『ひょうたん地形』の東西断面図.カシミール#Dで作成.標高データは国土地理院10 メッシュDEM.垂直方向は多少強調されている(スケール参照).

 これで見ると,ひょうたん下部の凸状地形は,思ったほど盛り上がってはいないのですが,確かに凹状でも平らでもなく,凸状になっています.ひょうたん上部は,最上部の夕張岳稜線の直下は急傾斜の滑落崖みたいな感じ,その下は平滑ではなく凸凹地形です.そしてその最下部は,リッジで隔てられたひょうたん下部の一番上の標高よりも低くなっています.


『ひょうたん地形』の地形特徴.上:国土地理院地形図.中:カシミール3Dによる垂直俯瞰図.下:国土地理院 10 m DEM データから変換した標高データを用いて Surfer で作成した陰影起伏図.

 この地形特徴を,各種のオルソ視点表現で見てみたのが左図です.ひょうたん上部は,このへんにはたくさんある地すべり崩壊地形っぽいので,まあ驚かないのですが,ひょうたん下部は異様ですよね.私は最初これを地形図で確認した時『なんだこれは?!』と叫んでしまいました.周囲の地形からはまったく浮いた存在で,緩傾斜しかも上に凸の地形です.扇状地? それとも?!

 何度もくどくど書いてますが,私は地形に関してはまったくの素人なので,思い過し・気の迷い・過大妄想(?)なのかもしれません.なぜかと言うと,下に書くように,地形のプロはこれを何とも思ってないようなので...こういう地形って,珍しくもなんともない普通の地形なんでしょうか?

 ちなみにこのひょうたん地形,当然ながら Google Earth でどう見えるかやってみたのですが,ひょうたん上部はなんとか見えるとして,ひょうたん下部の緩傾斜面とその周辺は厚い植生に覆われており,何もわからず全然ダメでした.世の中,リアルな情報が良いとは限らない...


『ひょうたん地形』周辺の各種特徴.上:傾斜量図.中:防災研究所による地すべり地形分布.下:5万分の1地質図幅(大夕張・石狩金山)による地質分布.

 ちょっとテンションが下がってきますが,乗り掛かった船なので,さらに行ってみます.上にも出てきた傾斜量図と地すべり分布図と,最後に真打の地質図です.

 まず傾斜量図ですが,上の地形図と特に違ったものが見えるわけではありません.当たり前ですが.それでも,ひょうたん上部と下部の傾斜量の差は明々白々で,特に下部の緩傾斜特徴は周囲の普通の山地地形の中で異彩を放っています.これはただものじゃないですよね...

 次に地すべり分布図ですが,これは意外というか当然と言うべきか.
 まずひょうたん上部ですが,夕張岳稜線直下の急傾斜崖は,『後方崖・多重稜線等』となっています.なぜ “後方” かと言うと,大規模な地すべりは稜線の反対(東)側にあり,その滑落崖が稜線の東側にあるからです.したがって,このひょうたん上部の“滑落崖か?”と書いたものは “後方” ということになります.なるほど.
 次にひょうたん下部ですが,これは見事に『ブランク・エリア』です.つまり,地形専門家から見ると,なにも特徴がない部分ということに.ちょっとがっくりです.ひょうたん上部と下部の境界のリッジは,北方向に滑落した地すべりとその滑落崖となっています.

 気を取り直して地質図幅(大夕張)を見てみると,今までまったく気付いてなかったことが.
 まずひょうたん上部ですが,これは特になにもありません.空知層群と夕張岳変成岩が南北に分布するだけで,断層は走ってますが,特にそれ以上のことは無し.
 問題はひょうたん下部です.ここに何やら蝦夷層群の地層を覆う新規の地層(茶色網掛け部)が...

 この部分は Dlh という略号で表されており,凡例を見ると『高位礫層 Higher Gravel Bed』となっています.なぜそれが Dlh になるのか分かりませんが,"Diluvium Higher gravel" ?? 分布箇所は図幅中ではここだけです.よく見ると,その南のところに『新第三系板割沢層』が蝦夷層群を不整合に覆って小さく分布しています.これも怪しい...(板割沢層があるところは要するに新第三紀以降の沈降帯)
 “高位礫層” は説明書を見ると,洪積層となっていて,日陰ノ沢上流の『特異な低平地帯(=ひょうたん下部)』に一面に礫が散点するとなっています.礫種は蝦夷層群・空知層群や変成岩および蛇紋岩となっています.礫径は 5 - 10 cm と予想に反して小さなものですが,著者の長尾捨一さんらは,斎藤林次による用語を使って,これを『Fanglomerate(扇状地礫)』と表現しています.

 ここまで読んでくると,どこかで読んだみたいな...そう,橋本亘さんの山部図幅説明書です.山部図幅の凡例には,皆さんお気づきかどうか分かりませんが『高位巨礫層 Higher Boulder Deposits』という前代未聞の “空白の凡例” があります.この塗色を施されたところは図幅中のどこにもなく,“説明参照” と記されているだけです.
 そこで説明書を読んでみると...なんと『夕張山脈上の巨礫について [地質図上に示さず] 』という1章があります.その内容を要約すると...芦別川の上流部などで,最大数mの大きさの巨礫の累積部が数段の平坦面を持った丘陵をなしており,ヤブも相まって調査が大変である.礫の種類はほとんどが空知層群緑色岩で変成したものも.これは準平原面の(氷河堆積物の?)残丘ではないか?...というものです.たしかにひょうたん上部については “開析された圏谷” という可能性も私の頭に浮かびました.もしそうだったら,ひょうたん下部はモレーンから発生した一種の崖錐性扇状地堆積体(talus fan)? 多分妄想でしょう.一応,有名な日高山脈幌尻岳東斜面の圏谷群の地形を確認してみましたが,やっぱり全然違うような.

 ということで,今のところの私の想像は...『ひょうたん上部は大規模な地すべりクリープ地形』『ひょうたん下部はその崩壊土石が流下・流出して堆積した debris fan(訳語無し:土石扇状地?)』です.しかしそうすると,両者の間にかなり鋭いリッジがあるのが良く分かりません.地すべり体内部には通常,上部の引張部と下部の圧縮部があるわけなので,何かそれに関係している??
 前に書いたように私には山部図幅の記述(特に地形形成の解釈)の妥当性を判断する知識・能力はありません.しかし,大夕張図幅の高位礫層 ≒ ひょうたん下部の話と,どこか相通ずるものがあり,非常に興味深いところです.解釈は別として,そのような妙な堆積物が存在することは事実なわけですから.そしてそれが,ここで紹介した “ひょうたん地形” と明らかに関連しているみたいな...さて?

※ この件に関して,専門知識と見識をお持ちの方からのご教示を welcome します.


(2021/06/03)(2023/12/08 再構成)



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