デジタル写真技術における AI 処理

川村信人(元北海道大学理学部:札幌市清田区在住)

はじめに

 最初にお断りしておくと,ここで紹介する画像編集ソフトにおける各種の機能・処理が,実際に本来の AI (artificial intelligence) によって実現されているかどうかは,もちろん私にはまったく分かりません.そもそも,なにが AI の定義かもよく分かっていませんし.そういうわけで,以下ではそのへんを正確に区別していません.AI とはなんの関係もないものが含まれている可能性がありますのでご容赦.


AI 塗り潰し

 画像編集ソフトにおける『塗り潰し(fill)』というのは普通,一定の領域を特定の色やパターン・グラデーションで塗り潰すことを意味します.
 しかし,Adobe Photoshop などの最近の画像編集ソフトには,欠損した画像の一部を補完したり,画像中の特定の部分を置換する機能が備えられています.Photoshop の場合は “contents-aware fill”(画像内容に応じた塗り潰し) が定番ですが,最近になって AI による『generative fill』(画像生成塗り潰し)という機能が追加されました.後者は,最近色々話題となっている生成系 AI の一種と考えて良いようです.
 これらの機能は,地質写真においても一定程度有効なものです.この項では,それらについて応用例を上げて紹介します.

 まず第一の応用例は,欠損部を埋めるというものです.これがよく使われるのは,パノラマ写真です.パノラマ合成結果の画像には,既にご紹介したように,上下左右に多かれ少なかれ『欠損部』があります.通常はそこをトリミングするわけですが,合成結果によっては欠損部をすべてトリミングすると必要な部分まで失われてしまう場合があります.そこで,欠損部を Photoshop などの “contents-aware/generative fill” 機能を使って埋めてやるという手を使うことになります.


 その例は左のようなものです.
 そう言われてみると確かになにか不自然な気もしてきますが,なにも言われなければ,そこが『フェイク画像で埋められた』部分とはおそらく気付かないでしょう.
 この例では,埋められた部分が科学的・地質的には何の意味もない単なるヤブの部分なので,こういうことをしても何も問題はないように思われます.


露頭部分の欠損を埋めた例.Contents-aware fill の設定を変えた二つの結果を示す.

 しかし,右のような例ではどうでしょうか? これも言われなければそれと気づかないような自然な結果ですが,埋められた欠損部分は露頭の一部なので,厳密に言えば『データの変造』に相当するでしょう.

 仮にこの写真を論文に使ったとして,論文の主旨に関係ないならば,データの捏造にはあたりません.しかし,科学論文ではそんなことはしない方が賢明でしょう.世の中には “Photoshop 警察” という方々がいて,論文の図写真に変造の跡が無いかを日夜チェックしているそうですから.
 もちろん,個人ウェブサイトでの単なる exhibition ならば,それがバレても何も問題はないわけですが.


AI 不要物除去

 次の応用例は,写真から “不要部分” を除去するというものです.しかし...『何が不要なのか?』という点は微妙でしょう.風景やスナップ写真なら,それは簡単な話で『自分が不要と思ったもの』が不要というだけです.しかし科学写真ではどうでしょうか? このサイトのように最初から “論文じゃなくて読み物だよ” と断っていれば,非営利サイトだしまあ良いのかもしれませんが,科学論文であればそこで使用される写真に『不要だから除去して良い部分』などありません.何が不要かが決まらないからです.
 そういうよく分からない点はとりあえず横に置いておいて...“不要なもの” の4つの典型的なパターンについて,その除去の実例を示してみたいと思います.『オブジェクト』『電線』『映り込み』『ネット・メッシュ』です.

 これらの例を見ると分かるように,現在の画像処理ソフトの『不要部分除去技術』は,完全に実用可能なレベルに達しています.あとは『こういうことをして良いのかダメなのか?』という “倫理的な” 問題(後述)だけでしょう.


オブジェクト

 ここで “オブジェクト” と書いているのは,『写真中の狭い閉じた範囲にある何らかの物体』を意味します.他に良い言葉が思いつかないのでそう表記します.

 下写真にその除去例を示します.写真左の例では,露頭の前に立っている人物を除去しています.もちろん,写っている人物は私の共同調査者の方でなおかつ露頭のスケール代わりになっているのですから,『不要』というのは単に画像処理の例としてということです(蛇足).
 写真右の例では,露頭の上にかかっている邪魔くさい木の枝(蔓?)を除去しています.ストロボ撮影なのでその影も出ていました.もちろん撮影時に除けておけばよかったと思うのですが,後の祭り.

 どちらの例も,『なにが除去されているのか』はこうやって before/after で示さない限り(“ Photoshop 警察”(下注 を除けば)誰にも分からないと思います.


不要物除去の結果をアニメーションで示したもの.

注)Photoshop 警察とは,論文や報道写真等で『Photoshop(等)で改竄された部分がないか』を使命感に駆られて日夜ボランティアでチェックしている人たちの俗称です.海外ではどう呼ばれているかは分かりません.それ関係でネットを漁っていたら,写真データ改ざん証明センター(!)などというものもありました.


 下の組み写真は,除去の方法による差異をクロップで示したものです.左列が元の写真.中央列が Photoshop の contents-aware fill によるもの,右列が同じく Photoshop に ver. 25.0 (2024) から新たに導入された generative fill によるものです.



上の例の除去分部の拡大.左:オリジナル.中:contents-aware fill による.右:generative fill による.

 この二つの手法の違いは,単なる私の想像ですが,前者が『その画像自身の一部分だけを使用して変形・適合したパターンで塗り潰す』のに対して,後者は『それに加えて(必要であれば)クラウドベースで外部から持ってきた画像を AI が処理し adapt して塗り潰す』というところにあると思われます.後者は前者のような “イメージ内” 画像も使っていると思われますが,前者のような変形・繰り返しといったレベルではなく,詳しいところはもちろん分かりません.
 Generative fill は,AI に対してキーワードを送ることによって画像内に存在しないオブジェクトやパターンを生成できます.例えば水田に三羽の白鳥を泳がせその反射が水田に映っているとか.キーワード指定が無ければその画像自身に適合したものだけになるようです.
 二つの手法を比べると,詳しいことはあえて書きませんが,generative fill の方がパターンの “使い回し” が無い分,なんとなく自然な結果となっています.


※ ただし,世の中うまい話だけではありません.この generative fill は一度で生成する画像の長辺が 1024 ピクセル(2048 ピクセルという情報もあるが未確認)までという制限があります.それを超えた部分を生成すると,制限されたピクセル数画像を単純に拡大したもので fill されてしまい,解像度に不連続が発生してもろ分かりになってしまいます.
また,Adobe の subscription ごとにその生成数に制限があり,私の Photography Plan では1か月に 250 画像(・回?)までとなっているようです.上のピクセル数制限を回避するために小分けにして fill するという裏技がありますが,その場合この回数制限がネックとなります.
これらの制限の意味するところは,新しい技術である AI 処理のいろいろなコストはユーザが負担しなくてはいけないという当然のことのようです.


電線

 空中に張り巡らされた電線(&電話線・光ケーブル等)はもちろんオブジェクトの一つですが,前の項で紹介したオブジェクトとは違って『写真中の部分的な閉じた領域ではなく,その広範囲にわたって線あるいはパターンとして連続する』という特質があります.風景写真屋にとっては,この電線は始末に終えない(nasty)『天敵』です.ショットによっては,すべてをぶち壊す可能性もあるくらいですが,それを画像編集で除去するとなると非常に厄介です.
 昔から伝統的に使われているのは,“クローン・ブラシ” を使って消去するという手です.要するに写真の他の部分から似たようなパターンを持った部分を(ブレンドしながら)貼り付けてやるわけです.うまい部分がなかったらという短所もありますが,それ以上になによりも面倒くさい.電線が十本もあったら,少なくとも私はお手上げでした.そこに登場したのが,AI 処理による電線の自動・一括消去機能です.


電線除去例.マウスオーバーで元の画像を表示する.

 右は,Photoshop の Remove ツールで Find distraction ⇒ Wire and cables を選択して処理したものです.“Distraction” というのは『気を散らすもの』という意味ですが,要するに邪魔物です.ツール名に明示されてはいませんが,これは AI を使った generative fill の応用です.
 非常によく電線が除去されているのが分かると思います.拡大してよく見ると,電柱との接合部分がおかしかったり,電線を除去した部分が周りのパターンとよく馴染んでいない部分もあります.Photoshop 警察の手にかかったら即御縄ですが,私にはこれで十分すぎます.

 なお,この Photoshop の電線除去機能は,その意図というか仕組み上『横方向に張られた電線類』を認識するもので,上の処理例では斜め方向の電線はちゃんと除去されています(中央右下)が,仮に縦方向のワイヤがあった場合は,あまりうまくいきません.その時は,“画像を 90度回転させて電線除去をかけ,終わったら逆方向に回転させて戻す” という裏技があります.


映り込み

 ガラス窓等に映り込んだ部分の除去はクローン・ブラシ等の手法では事実上不可能で,今まで私達はほとんど諦めていたものです.しかし最近になって,Adobe Photoshop や Lightroom で使用される Adobe Camera RAW という写真現像モジュールに AI による処理が実装され,その結果には心底驚かされました.当初は RAW 画像でしか適用できなかったのですが,現在は JPEG 等の普通の画像形式でも可能になっています.


ガラス映り込み除去例.マウスオーバーで元の画像を表示する.

 右は,そのモジュールによる映り込み除去例です.
 高層ホテルの窓から特徴的な某活断層地形を見たものですが,窓の開かないレストランからの撮影なので,マウスオーバー表示で明らかなように撮影者の後ろの窓や人影がもろに映り込んでいます.しかし,この地形をこのような角度から見下ろせる機会は他にはそうないのでボツにはできないという貴重なショットです.

 映り込み除去処理の結果はご覧の通り素晴らしいもので,一体どのような AI 画像処理アルゴリスムでこのような処理が可能になるのか私には見当もつきません.マウスオーバーで処理前後の画像を切り替えて見ると,どこが処理されたのかがなんとなく分かりますが,処理後画像だけを見た分にはまったく自然で処理部分は分からないと思います.
 よくよく見ると,丘の頂上部右端に映り込みのごく一部が映り込みではないと判断されたのか,薄く残っていますが,そう言われなければ誰も気付かないでしょう.やはり私には十分すぎるレベルです.


(この項:2025/09/24 追記)

ネット・メッシュ

 露頭にかかっているロック・ネット(rock net:落石防護網)は,地質屋にとって実に厄介なものです.せっかく法面がそのまま露頭になっているのに,『ハンマーで叩けない』『サンプル採れない』『きれいに写真に撮れない』...道路への落石を防護しているわけだから文句は言えないですけど.なんとかこのメッシュを写真からだけでも除去する方法は無いものか? もちろん手動選択の不要物除去ではどうにもなりません.上で紹介した Photoshop の Wire and Cable 除去機能では “そういうパターンは存在しない” と言われて撃沈します.
 それでは,最近の AI 画像生成の手法は使えないでしょうか? しかし,Copilot や FireFly のような生成 AI では プロンプトに応じた画像を新たに生成してくれるだけなので,上のようなケースには使えません.スタイル参照というのはありますが,どうも違う.もしかするとプロンプトの渡し方によるのかもしれませんが...生成 AI に対する経験とスキルの乏しい私には無理な話でした.


ロック・ネット除去例.マウスオーバーで除去後の画像を表示する.

 ところが,某写真フォーラムのスレッドで,最近一般ユーザにも開放された Google Gemini の 2.5 Flash 画像生成エンジン・いわゆる Nano Banana を使うとこれが簡単に実現できることが分かりました.Nano Banana については,別の使い方を 巻末コラム に書いていますので,そちらも参照していただければ.

 右の写真がそのテスト結果ですが,この露頭写真を Gemini にアップし,『Remove the mesh pattern (and wire).』とかいったプロンプトを渡すだけです.十数秒でマウスオーバーのような結果が示されますが,ただ驚くばかりです.なお,プロンプトはもちろん日本語でも書けますが,私は試していません.

 まず,メッシュ状の金網はほぼ完璧に “除去” されています.金網だった部分は,適当に AI 生成されたパターンで置換されており,そのブレンドも完璧です.除去と言うよりは,補間パターン生成塗り潰しと言うべきでしょう.除去後の画像を見ただけでは,これが元は金網に覆われていたとは誰も気づかないでしょう.
 なお,マウスオーバー画像が少しずれて見えるのは,Nano Banana が画像生成する際に,(なぜか)わずかですがアスペクト比が変わってしまうためです.この画像ではそれが同一になるように適当に手動で修正していますが,完全な一致は難しいのでこうなっています.


ロック・ネット露頭遠景の除去例.マウスオーバーで元の画像を表示する.
上の除去例の一部をクロップしたもの.除去前後をアニメーションで表示し,マウスオーバーで除去後画像の画質を AI 改善処理したものを表示する.

 右の例は,おそらくもっとも extreme な除去例です.露頭を遠くから撮ったものなので,ロック・ネットのメッシュが細かく全面を覆っています.おまけにネットを支えるスチールロープも縦横に入っており,ネットのメッシュは露頭のディテールをほとんど覆い隠しています.正直ほとんど無理なのではと思えるようなものですが,Nano Banana は見事にネットを除去してくれました.ただし,ネット自体は消えましたが,さすがに除去ムラがメッシュ状に残っています.しかし,実用的にはまあしょうがないというレベルでしょう.支えワイヤーは見事に消えましたが,ネットの重複部分は輝度ムラとして残ってしまいました.

 除去の状況が分かりやすいように,写真右上の一部をクロップしたのが下の写真です.除去前後をアニメーションで示し,マウスオーバーでその結果の解像度とシャープネスを AI 写真編集ツールを使って改善したものを表示します.この結果のクォリティは私には十分すぎます.
 除去後の画像を拡大して仔細に見ると,まったく驚きます.最初に示した除去例のような補間パターン生成塗り潰しといったレベルではなく,まさに『AI 画像生成』です.元になった画像は単にメッシュパターンの僅かな fluctuation に見えるので,一体これからどうやって露頭画像を生成したのかとただ驚くばかりです.上述の “除去ムラ” は,メッシュが残ってしまっているのではなく,露頭面にメッシュ状の浅い凹凸があるように見えます.『そういう凹凸のある印画紙上に印刷したもの』という比喩が可能かも.

 ただし...Nano Banana には,我々がこのような目的で使う上で大きな制約があります.『出力写真の長辺が 1024 ピクセル(約 100 万画素!)に固定』されていて,たとえ有償版にアップグレードしても,それ以上の高解像度(例えば 2000 万画素とか)の結果を得ることはできないようです.したがってここで紹介した例は,デジタル写真全体ではなく,そのごく一部を処理したものに過ぎません.パノラマ写真などにはまったく使えないわけです.非常に残念ですが,Nano Banana だけではなく他の生成 AI(ChatGPT, DALL·E ...)でも似たようなものらしいので,現在の生成 AI の処理系におけるいろいろな意味での cost を考慮した本質的な制約ということのようです.この制約を無くすには,なんらかの breakthrough が必要でしょう.


※ 実はこのページで紹介している他の AI 画像処理も程度の差こそあれ似たようなものですが,この “除去” 処理は有り体に言えばフェイクのようなものです.なにしろ『隠れて見えていない部分を生成する』という代物ですから.それどころか,2番目に示した除去例では有り体に言わなくても完璧なフェイクです.科学的なデータとしては他の AI 画像処理はグレーゾーンですが,“ネット・メッシュ除去” については,完全にアウトでしょう.こういった画像 AI 処理の科学的使用上の留意点については,巻末に『AI 画像処理の “倫理”』としてまとめてありますのでここでは割愛します.


(この項:2025/10/02 追記)

ジオメトリ変換と AI 塗り潰し

 ここでは,画像のジオメトリ(geometry)変換を取り上げます.この機能自体は,特に AI を使っているというわけではなく,昔から画像編集ソフトや写真現像ソフトに備わっているものです.しかしその結果には通常,AI 塗り潰しとの『合わせ技』が必要になります.

 地質屋なら誰にも経験があるのではないかと思いますが,露頭の形と言うか向きが私達の都合とは大きくかけ離れているケースはよくあります.もちろん現実がそうなのでしょうがないわけですが,学術論文ならいざ知らず,ウェブ掲載ではやっぱり見栄えをよくしたい...右写真はその例です.
 海岸にピサの斜塔のように立っている露頭ですが,そのまま撮ると右上と左下が空いていて,おまけに味気ない曇り空の空白が気になる.カメラを傾けて撮っておけばよかったのですが,後の祭り.

 そこで,こうすることにしました.①まず地層の層理がほぼ水平になるように反時計回りに 45 度程度回転する.②露頭面に垂直に撮っていないためパースが付いているので,水平方向のシフトをかけて露頭面をストレートにする(下図).いずれも,Adobe Photoshop と Camera RAW によるものです.



 その結果ですが(上写真右),元々四角形しかない写真を変形したのですから,上下左右に “写真の外側” 領域ができてしまいます.グレーの部分が回転で生じた部分で,市松模様部がシフト変形で生じた部分です.その部分を除去するために,③余計な部分を(この場合,空の部分が見えなくなるまで)トリミングします.
 その結果はどうなるでしょう? 当然ですが,どうやっても左図上のように空白が残ってしまいます.空白が無くなるようにトリミングすることもできますが,ほとんど写真の中央部だけになってしまいます.

 そこで,④トリミング空白を “生成塗り潰し(contents-aware/generative fill)” で塗り潰してやる,ということになります(左図下).


Adobe Photoshop によるコンテンツ塗り潰し例.上:contents-aware fill.下:generative fill.マウスオーバーで他の fill option による塗り潰し例を表示する.

 2つの手法による生成塗り潰しの結果ですが...

 まず non-AI の contents-aware fill です(右写真上).古い機能なのになかなか健闘しています.よほどこういう画像処理に敏感な人でない限り,そう言われなければ気づかないでしょう.しかしよく見ると,同じパターンが繰り返していたり(左上隅),不自然なボカシっぽい処理も見られます(右下隅).これは non-AI の生成塗り潰しの限界でしょう.

 次に最新の AI による generative fill です(右写真下).結果は素晴らしいもので,そう言われてもどこが塗り潰されているのか(自分でも)分からないほどです.特に右下隅の棚状になっている部分などは,一体どうやってこんなものを生成したんだろうと...元画像を 1:1 ピクセルでよく見ると塗り潰し部で解像度が少し落ちているので分かる人もいるかもしれませんが.
 Generative fill は,三つの生成パターンを選択できます.右の例では塗り潰し部が3カ所ありますので,3 x 3 の計9パターンが可能ですが.その中から露頭の隅が写っているように見えるものがマウスオーバーで表示されます.まあ不自然なんですが,そういう選択も可能なんだという例示です.

 他の部分にも書きましたが,こういった生成塗り潰しは,学術論文では捏造・変造ということで即アウトでしょう.個人ウェブサイトで写真の見栄えを良くするという限定した使い道だけが許されるという性質のものと思います.


AI sky-replacement

 ほとんどお遊びの範疇ですが,こういった塗り潰しのバリエーションの一つとして "sky-replacement" があります.最近は,ほとんどの画像編集ソフトでこの機能が必須となっています.

 右写真は,Photoshop で sky-replacement をやってみた例です.写真撮影時が暗い曇り空だったので,空の部分は明るいグレー一色になってしまい構図上クロップもできないので,なんとも空虚・陰鬱な感じがします.そこで sky-replacement の出番です.『空の部分を選択する』という作業を手動で行うことはこの例では簡単ですが,空の部分が一様ではなかったり,林や木の枝があったりすると非常に面倒なことになります.そのような面倒な作業は sky-replacement は自動でほとんど一瞬でやってくれますし,空の画像はいくつか用意されているものから選択する(自前でも用意できますが)だけなので,非常に簡単なものです.
 山体上部にはうっすらと霧がかかっていますので,さすがに山体のエッジ部分と空部分とのライティングの不自然さがあります.多少の調整はできますし,そう言われて見るとというレベルのものなので,ほとんど問題は無いでしょう.


AI 顔復元

 地質写真とはあまり関係のないような話ですが...なにかというと,AI 写真画像処理の大きなテーマの一つである『顔復元(facial recovery)』です.右の写真がその例です.素材は,非常に古い(1930年代)低解像度写真から取ったもので,写っている方はおそらく肖像権は消滅しています.それを Topaz Photo AI というソフトを使って解像度と共に顔復元を施したものです.スライダーを動かして確認して欲しいのですが,正直驚くべきものです.

 この結果を『さすが AI,グッジョブ!』と見るか『だから所詮フェイクなんだよね』と見るかは,人それぞれです.私はと言うと,そのどちらでもありません...というか,その両方です.使い方とその TPO さえ間違わなければ明確に,これしかないというすごい復元ツールになると思います.

 上に “地質とは関係ない” と書きましたが,少なくとも地質学史には関係大ありかもしれません.大昔(1930年代とか)のモノクロ低解像度人物(・集合)写真にこの AI 顔復元をかけると,フェイクもどきと知りつつも,その時代や人が眼前に蘇ったような錯覚が起き,かなり深く感動してしまいます.その復元例は,このページ などにいくつか使用しています.


AI 画像処理の “倫理”

 このアーティクルでは,AI を用いた最新の画像処理結果についていくつかの例を示しました.ブレ補正・ノイズ除去・画像リサイズ・塗り潰し・顔復元...非常に素晴らしいものです.しかし,これらの AI 処理については懸念される点が当然あります.それについて,蛇足ですがここで付記しておきたいと思います.

 このような AI 補正というのを,“フェイク”(= AI モデルで適当に補完・創出されたもの)であるという見方も当然できるでしょう.実際には写っていないディテールを AI モデルを使って『多分こうなってるだろう』とそれらしく画像を作り出しただけであると.場合によっては,写ってもいないものが “復元” される.懐疑的に言えば所詮『嘘』ではないかと...そうなのかもしれません.でもそれはエンドユーザにとってはある意味どうでもいいことで,補正結果が自分でこうだと思っている形になったら,それで 100% 良いわけです.AI 処理が実際データ処理としてどういうものかも,エンドユーザには知る由もありません.そういう意味で私は,結果がとにかく素晴らしければ『知らぬが花』と思っています.デジタル写真そのものが所詮センサーデータから色補間によって生み出されたウソ画像(!)で,既に “フェイク” みたいなものですから(50% ジョーク).

 しかし,論文等で『科学的写真』として掲載する際にはそうもいきません.科学的写真に限らず,写真コンテストとか一般の写真でもいろいろと微妙な “フェイク騒動” を起こしています.
 AI 処理は,行き過ぎたレタッチや HDR 処理と同じく,どう見てもデータの変造です.それが『データの意味を変更するための意図を持った悪意の変造』であれば,“データの捏造” =犯罪行為です.とはいえ,その境界というか “しきい値” は果てしなく曖昧模糊としています.“Photoshopping” なんて言葉も既にありますが,写ってるものに足したりそれから引いたりはダメだけど,明度コントラストは修正してもよい.それじゃダスト除去は? ノイズ除去は? ブレ補正は? 解像度復元は...??

 こういった点については,まだ十分な社会的コンセンサスがないと思われます.もし論文掲載写真では一切のピクセル編集が許されないとすると,ノイズ除去もシャープニングも NG になってしまいます.デジタル写真(の大部分)はそもそもモノクロの RAW センサーデータから色補間によって生み出され,ノイズ除去もシャープニングもステルスで適用されているものですから,それは『現実』そのままなのでしょうか?
 どこにデジタル処理と変造との境界があるのか,画像中で処理してはいけない部分とそうでない部分との境界はどこにあるのか?...『そんな境界はない』というスタンスを取ることも可能ですが,まだどこにもその点についてのガイドラインはないと思われます.つまり,科学論文における伝習的なルールが技術の発達に追いついていないということに.

 私は既にそう言った科学論文の世界から離れてしまった人間なので,どうでもいいと言えばそうなんですが,最近の生成系 AI の発達・普及を見ると,文章だけではなく画像・写真についても,早急なガイドラインの作成が喫緊の課題なのでは?と思えてしまいます.


  COLUMN  - 画像生成系 AI  

 最近話題の画像生成系 AI ですが,Bing で無料で使える DALL·E 3 というエンジンに “Delta formation on Mars(火星におけるデルタ形成)” というプロンプトを入れて生成してみたら,右のような画像が...Youtube でジェゼロ・クレーターのデルタ形成とそのフォアセット層に感動したので試してみたわけですが,“デルタ形成” が SF ゲーっぽい『デルタ陣形』になってしまい,背景はどう見ても火星には見えない.
 まあ,AI へのプロンプトの入れ方が初心者過ぎるんでしょうけど...要するにいくら AI でも基になるデータベースにモノが入っていないとどうにもならないという当たり前のことを実感してしまいました.今のところは,科学的使用に耐えるものでは全然ないようです.(2023/10)


 ところが...最近一般公開された Google の画像生成 AI『Nano Banana』にまったく同じプロンプトを食わせてみたところ,右のような画像が生成出力されてきました.多分 NASA の火星探査機 Perseverance の調査行と撮影写真を基(?)にしたものと思いますが,きっちりと火星表面風景で,水路内の網状河川跡と水平な地層露頭が描写されています.その向こうに霞んでいるのは太陽なんでしょうか.デルタそのものが入っていないのは残念ですが,火星地層学的プロンプトを視覚化したものとしては,文句をつける余地がないような.しかも単に Perseverance の成果を借りて模倣したものではなくフィクショナルで独創的です.驚きました.

 前回テストから2年経つので多少でも DALL·E が進化していないかと,もう一度やってみました.流石にデルタ陣形ではなく火星表面風景になりましたが,ふざけた SFコミック風で,河川・デルタ地形などどこにも見えません.Chat-GPT エンジンでもやってみましたが同じようなもので,ここで紹介する価値もないくだらないものでした.つまり,DALL·E・ChatGPT は火星科学探査など知らない・興味ないと言うか.Nano Banana とは私にはなんだか馴染めない語感の名称ですが,その内容と結果は流石 Google でした.私は Google 推しの人などではまったくないのですが,良いものは素直に認めなくては.(2025/09)


(ページ分離:2023/01/24 追記:2023/10/13 ページ再構成・追記:2025/09/24 追記:2025/10/02)



『地質学におけるデジタル写真技術』のページへ