私的・北海道地質百選
『双珠別スランプ体』

 白亜紀の前弧海盆堆積物である蝦夷層群の中にスランプ体が存在することは古くから知られていたが,オリストストローム(大規模海底地すべり体)という認定を行い,従来の層序区分の再検討の必要性を指摘したのは,高嶋ほか(1997)が最初である.

 占冠村双珠別川に富良野-芦別地域から連続する石灰岩体が露出し,その見かけ上位に礫岩が存在することは蝦夷層群研究の初期から知られており(例えば;酒匂・小山内,1962),礫岩は “中部蝦夷層群” の基底礫岩,石灰岩体を含む層準は “下部蝦夷層群” とされ,両者は不整合関係にあると考えられてきた.

 高嶋ほか(1997)はこのような見方を全否定し,石灰岩も礫岩も,正常な層序・累重関係を持った地層ではなく,一つのオリストストローム中の岩塊群であるとした.この斬新な見方は,川村ほか(1999)でも支持され,そこでは『双珠別スランプ体』と呼ばれた.


双珠別川林道上の橋から見たスランプ体下部の岩相.手前左の灰白色部は粗粒砂岩と礫岩の互層.その上位の黒色部はスランプ体基質泥岩.右奥の砂防ダム左側にある岩体は石灰岩.2010 年 6 月撮影.

スランプ体の下底面.粗粒砂岩層が下位の砂泥互層を切って載っている.2010 年 6 月撮影.
スランプ体中の礫岩ブロック.やや褐色を帯びた灰色の礫が石灰質泥岩礫.2015 年 6 月撮影.

 このスランプ体は,占冠村双珠別川とその支流の二番滝川合流点周辺に,幅約 300 m にわたって露出している(上写真).

 まずスランプ体の下底は,下位の砂泥互層に対して明瞭な斜交切断面で接している(右写真).境界は滑り破砕面ではなく密着しており,これがスランプ体下底の浸食面と考えられる.

 スランプ体中に含まれる礫岩は,蝦夷層群中部層準によく見られるタイプのもので,砂泥質岩・チャートの円礫を主体とするが,円磨度の低い石灰質泥岩の礫を含むのが特徴的である(右下写真).

 礫岩体の産状は必ずしも明らかではないが,スランプ体上部では,含礫シルト岩中に 1 m 程度のレンズ状ブロックとして包有されているのが観察できる.

スランプ体の砂質シルト岩基質.1998 年 6 月撮影.
スランプ体の砂岩ブロック中に貫入する泥脈(不規則形状の黒色部).砂岩の層理はほぼ水平.1998 年 6 月撮影.

 スランプ体の基質は淘汰の悪い砂質シルト岩であるが,露出の主部では川底になっていて沖積に覆われているところも多く,包有関係などはあまり良く確認できない.
 しかしサイト南部では,泥チップを不規則に含む不淘汰な含礫砂岩~シルト岩基質の岩相を観察できるところがある(右写真).

 また,スランプ体の砂岩ブロック中には不規則な形状を持った泥脈の貫入が随所に見られる(右下写真).このような泥注入構造が観察できるのは蝦夷層群の中では非常にまれであり,貴重なものである.


林道わきに露出する石灰岩ブロック.右に緩く傾斜する層理面があるようにも見える.2010 年 6 月撮影.

 最後に,スランプ体中の石灰岩大岩塊は,ルートマップからは最大のもので厚さ 20 m,長さ 100 m に達していると判断される.川の中にも露出が見られるが,林道の脇に大きな露頭がある(右下写真).

 この石灰岩体は,富良野市~芦別市~夕張市まで南北 30 km にわたって分布する “崕山オリストストローム” (Takashima et al., 2004)の南方延長と考えられ,その全体の分布は日高町まで南北約 60 km 以上になる.


双珠別川林道上の熊の糞.見学サイトのすぐ下流にあるトウモロコシ畑前.2000 年 9 月撮影.

 見学サイト付近は川も浅くて歩きやすいので,その構成岩相や内部構造をリラックスしながらがよく観察できるところである.林道ゲートの前に広い駐車スペースがあり,そこから徒歩で立ち入ることができる.

 ただし,周辺のトウモロコシ畑や林道上には熊の出没サインもあり(左写真),十分な注意が必要である.
 また,上流の双珠別ダムからの放流を知らせる警告塔があり,放流の際にはサイレンが鳴るので,留意されたい.


既存の指定など

(なし)


所在地

占冠村 双珠別川.


サイトの状態:


参考文献

川村信人・植田勇人・鳴島 勤,1999,前弧海盆堆積物中の不整合とスランプ体-中部蝦夷層群基底部の層位学的現象-.地質学論集,No.52,37-52.

酒匂純俊・小山内 煕,1962,5万分の1地質図幅「千呂露」および同説明書.北海道立地下資源調査所,46p.

高嶋礼詩・鈴木紀毅・小池敏夫・斎藤常正(1997) 北海道双珠別地域における下部・中部蝦夷層群境界の不整合の検討とその地史的意義-中蝦夷地変の再検討-.地質学雑誌,103, 489-492.

Takashima, R., Kawabe, F., Nishi, H., Moriya, K., Wani, R. and Ando, H., 2004, Geology and stratigraphy of forearc basin sediments in Hokkaido, Japan: Cretaceous environmental events on the Northwest Pacific margin. Cretaceous Research, 25, 365-390.


関連サイト



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