私的・北海道地質百選
『キノコ岩のチャート岩体』

 付加体においては,プレート沈み込みに伴う剪断作用によって地質体の切断・再配置が行われたり,あるいは大規模な崩壊堆積体が形成されたりする.その中では地層学の根本原理(地層累重の法則・地層同定の法則)が成り立っていない場合がある.それを端的に表わしている露頭が,ここで紹介するキノコ岩である.


白神展望広場駐車場の銘板(左).展望駐車場から松前方面を見ると,キノコ岩が見える(右).道路から海岸に下りる階段がある.2009 年 6 月撮影.

 北海道最南端の松前町白神岬から国道 228号線を松前市街方面に行くと,道路左側にトイレ・駐車場を備えた『白神岬展望広場』がある(上写真左).津軽海峡の展望が素晴らしい.
 ここから松前方向の海岸を見ると,ジュラ紀付加体の海岸露出が続く中に,キノコが生えたような形の特徴的な岩が遠くに見える(上写真右).特に名前が付いているわけではないが,筆者はこの岩を勝手に『キノコ岩』と呼んでいる.


キノコ岩の露頭.中央少し下に成層チャートと泥岩凝灰岩互層の境界がある.キノコ岩の向こうに遠く,展望広場の建物が見える.2009 年 6 月撮影.
成層チャートと泥岩凝灰岩互層の境界面.互層の層理面を切っており,かつ断層でもない密着境界をなしている.1990 年 7 月撮影.マウス・ホバーで説明を表示する.

 近づいてみると,このキノコ岩の上部は成層チャート,下部は泥岩と珪長質凝灰岩の互層(以下,砕屑岩互層)からなっていることが分かる(右写真).
 色調が似通っているので写真では少し分かりにくいが,キノコ岩のちょうど中央部に向かって右(海)側に緩く傾斜した両者の境界面がある.境界面の大部分は低角の断層すべり面となっている.成層チャートは層理が多少膨縮している.

 この岩体そのものではないが,白神岬周辺の成層チャートからは,豊原ほか(1980)によって三畳紀コノドント化石の産出が報告されており,その時点では,渡島帯の中生層(=現在の渡島帯付加体)の年代は三畳紀とされていた.“地層の年代は含まれる化石の年代で示される” という地層学の根本原理の一つ『地層同定の法則』が適用されていたからである.

 しかし,さらに接近して見ると,チャート岩体の下底面に下位の砕屑岩互層との密着接触面が残っている部分が観察される(右写真).この境界面(黄色点線)は,下位層とチャートのどちらの層理とも斜交しており,通常の地層同士の堆積関係ではない(川村・大津,1997).
 砕屑岩互層自体の年代はこの付近では明らかになっていないが,渡島帯付加体では相当岩相の年代は一般にジュラ紀中世である.その上位に三畳紀チャート層が載っているというのは,言うまでもなく『地層累重の法則』に反している.

 つまり,成層チャート岩体は砕屑岩互層の上に堆積したものではなく,①プレート沈み込み時に海洋プレートの上にあった三畳紀深海性堆積物が,この位置に構造的に挿入されたという可能性が高い.もう一つの可能性として,②三畳紀海洋性岩体が崩壊-すべりによって斜面下方に移動し,ジュラ紀堆積物の上に定置したということも考えられる.しかしそのどちらなのかは,データ不足により不明である.


既存の指定など

(なし)


所在地

松前町 白神岬西方.


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参考文献

秦 光男・箕浦名知男・大沼晃助・加藤 誠(1990)地域地質研究報告5 万分の1 地質図幅『松前地域の地質』,地質調査所,98p.

川村信人・田近淳・川村寿郎・加藤幸弘(1986)西南北海道の中・古生界の地質構成と産状.地団研専報,No.31, 17-32.

川村信人・大津 直・寺田 剛・安田直樹(1994) 渡島帯付加体の内部構造.日本地質学会第101年学術大会見学旅行案内書,175-195.

川村信人・大津 直,1997,ジュラ紀渡島帯付加体における内部流動現象とチャート岩体の産状.川村信人・岡 孝雄・近藤 務編「加藤誠教授退官記念論文集」,183-189.

豊原富士夫・植杉一夫・木村敏雄・伊藤谷生・村田明広・岩松 暉 (1980) 北部北上山地-渡島半島の地向斜. 日本列島北部における地向斜および構造帯区分の再検討,27-36.


関連サイト



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