私的・北海道地質百選
『“日高主衝上断層”』
日高主衝上断層(Hidaka Main Thrust: HMT)は,日高変成帯主帯と西帯の境界断層で,約1千万年前以降に千島弧前弧が西進してユーラシア大陸側に衝突し日高衝突山脈が出現する際に形成された.つまりそれはプレート境界断層であり,北海道でも有数の大規模断層ということになる.
しかし,この大断層を実際に我々が観察できる場所はそう多くなく,ネット検索をしてみても露頭写真などの視覚的な情報は見つからない.その唯一の例外が,様似町海岸に露出する “日高主衝上断層とされている断層露頭” である.
ただしこの場所の地質分布を20万分の1地質図幅『広尾』で確認してみても,イドンナップ帯付加体相当の堆積岩とハンレイ岩類の境界が図示されているだけで,日高主衝上断層に該当するような地質境界は見当たらず,この露頭が実際にどの部分を見ているのかは不明な点がある.ここではこれを “日高主衝上断層” と “ ” で囲んで表記する.
※ ネット上のブログなど(例えば,このページ)によると,2024年現在アポイ岳ビジターセンターにはこの断層の剥ぎ取り標本が展示されており,『日高主衝上断層=プレート境界の派生断層』と説明されているらしい.なお Google Map にはこの場所は『日高主衝上断層』と明確に表記されているが,その由来等は不明である.
“日高主衝上断層” 露頭.様似町コトニ南方.2014年5月撮影.
左写真は,様似町コトニ南方,いわゆる『日高耶馬渓』と呼ばれている海岸を走る国道 336号線沿い,東冬島トンネルのえりも町側抗口のそばにある “日高主衝上断層” の露頭である.道路の上方は平坦な段丘面になっている.露頭自体はクリーンであるが,露頭の前にコンクリート擁壁とネット・ワイヤーを張った防護柵が設置されており,擁壁裏のスペースがほとんど無いので,露頭の近接観察は非常に難しい.また交通量のある国道脇で駐車スペースなどがほとんど無いので,十分な注意が必要である.
擁壁前面には,アポイジオパーク運営組織によって設置された説明パネルがあり,そのタイトルは『Geosite D2 日高主衝上断層』(2014年現在)となっている.
“日高主衝上断層” 説明写真.様似町コトニ南方.2014年5月撮影.マウスオーバーで説明を非表示にする.水色点線は蛇紋岩の片状構造.露頭下部に被っているメッシュ・ワイヤのパターンと防護柵支柱を Photoshop の AI 除去機能を使って可能な限り除去している.
この露頭では,中央部付近に不規則な地質境界面があり,その下位は破砕された変ハンレイ岩,上位は片状蛇紋岩からなる.よく見ると前者は暗緑色・後者は帯紫黒色を呈するが,色調差が小さく一目で識別できるほどではない.両者の境界が “日高主衝上断層” である.露頭上部には水平な段丘礫層が見えている(右写真).
“日高主衝上断層” の断層面は平面的ではなく,ややうねっており断層面の走向・傾斜は不明であるが,露頭の凹凸との関係から判断すると,露頭面にほぼ平行で奥(東)側に高角傾斜している可能性がある.これは,想定される日高主衝上断層の姿勢と調和的である.明確な幅のある破砕帯は見られない.蛇紋岩には断層面にほぼ平行な片状構造が見られる(右写真:水色点線).
変ハンレイ岩の断層面に近い(最大幅 15 cm)部分は,色調がやや明るく硬質になっている(黄緑色シェード).おそらく蛇紋岩からのロジン岩化(rodingitization)を受けたものと考えられる.これによって,2つの岩相の境界を容易に見分けることができる.蛇紋岩体と他の岩相との間にロジン岩を挟む産状は沙流川スラスト(リンクは末尾参照)でも見られる.
この断層が実際に二つのプレートの境界断層(日高主衝上断層)あるいはその派生断層であるかは断層の姿勢を含めて不明な点が多い.蛇紋岩はその延性・塑性的な物性上,構造的な弱面に沿って小岩体としてあちこちに侵入・定置する場合が非常に多いのも気になる点である.
アポイジオパーク 日高耶馬渓エリア Geological Site D2:『東冬島トンネルの断層』
高橋 浩・山崎 徹・吾妻 崇・村田泰章・中川 充(2024)20万分の1地質図幅 「広尾」 (第2版修正版),地質調査総合センター.