私的・北海道地質百選
『北海道最大の砂岩脈』

 砂岩脈(sand dyke)の規模(厚さ)に関する統計的な研究はほとんどなく,国内の砂岩脈に関する唯一の包括な研究である Hayashi (1966) にも明確な記述はない.しかし,ここにご紹介する釧路の砂岩脈は,北海道で最大のものであり,おそらく日本でも最大のものの一つであろう.


春採太郎の露頭パノラマ.2011 年 5 月撮影.

春採太郎の露頭全景.春採太郎の左上方に連続性の悪い子脈が見えている.2011 年 5 月撮影.
左:春採太郎の子脈.右:春採太郎の貫入壁面.2011 年 5 月撮影.

 釧路市の東部,興津(おこつ)海岸の海蝕崖には,旧釧路炭田の挟炭層である(古第三系)始新統雄別層の,おもに砂岩・シルト岩・礫岩互層からなる河川成層がほぼ水平に露出している(長浜,1961).

 その中に,厚さ約 4.6 m のほぼ垂直な砂岩脈が存在する(上・右写真).この砂岩脈は,永渕(1952)によって初めて記載され『春採(はるとり)太郎』という愛称が付けられている.

 なお,非常に気づきにくいが,春採太郎の左の露頭上部には規模の小さい子脈も見られる(右写真左).

 春採太郎の形態は,基本的には平板状で,脈の分岐や尖滅などは見られない.
 露頭の下部から上部にかけて厚さが薄くなっているようにも見えるが,パースペクティブの可能性もあり,未確認である.

春採太郎内部の周期的なラミナ構造.2008 年 6 月撮影.

 砂岩脈の内部は,貫入壁に垂直な方向に明らかに分化しており,粒度の違いやラミナ様構造などを確認することができる.
 まず母岩に接触する貫入壁面では明らかに粒度が減少し,ラミナ状構造を示している(上写真右).
 砂岩脈内部には,右写真に示すような繊細なラミナ状構造が見られる部分がある.“ラミナ” は粗粒⇔細粒部が繰り返す特徴的な構造を示す.このような構造は,砂岩脈から報告されている例は筆者の知る限り無い.砂流体中のなんらかの状態(流速?)の変化サイクルを示すものであるが,その詳細は不明である.

 砂岩脈の中心部にはシルト質のリボン状薄層を含み,脈の向かって右側では両側で細粒化する厚さ約 80 cm のレイヤーが見られるなど,春採太郎は単一の砂岩脈ではなく複合砂岩脈である可能性が高い.


春採次郎.2011 年 5 月撮影.

 春採太郎の露頭から西(釧路港方向)へ進むと,規模は小さいがいくつもの砂岩脈を観察することができる.

 その中で厚さ 1 m という春採太郎に次ぐ規模のものは『春採次郎』とも呼ばれている(右写真).表面が汚れており見かけが地味なため,(釧路なので)霧がかかっているなど視界の悪いときには見過ごす場合もある.

 形態としては春採太郎によく似た平板状砂岩脈であるが,その内部構造などはよく分からない.


春採三郎・四郎.いずれも露頭内で分岐・尖滅している.左右で分岐・尖滅の方向が逆になっているのは興味深い.母岩はトラフ状斜交成層を示す河川成層.2011 年 5 月撮影.
春採三郎・四郎末端の小砂岩脈.2011 年 5 月撮影.

 さらに西へ進むと,尖滅方向が逆になった興味深い二本の小規模砂岩脈を観察することができる(右写真).筆者はこれを “春採三郎・四郎” と呼んでいる.

 春採三郎・四郎は,尖滅構造だけではなく,砂脈の膨縮や連結などの高間隙水圧を十分に示唆する構造を持っている(下写真).
 この点は,下に述べる春採太郎の貫入機構を考える上で重要なポイントになるが,それ以上のことはよく分かっていない.

 春採太郎とその随伴砂岩脈群の起源層や貫入方向については,永渕(1952)や長浜(1961)によって,『上方からの充填』とされている.それにはいくつかの根拠があるが,高間隙水圧流体の下方からの貫入というメカニズムも完全には否定できない.

 この有名な大規模砂岩脈の成因については,1960 年代以降の研究例がなく,残念ながら不明なままとなっているのが現状である.


※ 春採太郎の場所にたどり着くには,興津三丁目の興津小学校向かいの小沢を降り,そこから海岸沿いに波打ち際を釧路港方面へ歩いていく必要がある.海岸沿いのルートには,最初に露頭の突出部があり,それを迂回する場所は普段は海面下になっている.腰まで波に浸かって行くか,あるいは大潮の干潮時を狙って行くことになる.前者の方法はもちろん安全上お勧めしない.干潮を狙う場合は,気象庁のページで時間ごとの潮位を事前に確認することになる.濡れずに帰るには2~3時間程度しか時間的余裕はないので,詳しい調査をする際には留意が必要である.


既存の指定など

釧路市天然記念物.1975(昭和50年)12月12日指定.


所在地

釧路市 興津海岸.


サイトの状態:


参考文献

Hayashi, T. (1966) Clastic dikes in Japan (I). Japan. Jour. Geol. Geogr., 37, 1-20.

永渕正叙(1952)釧路地区に於ける砂岩脈.炭鉱技術,7, 11, 13-15.

長浜春夫(1961)5万分の1地質図幅『釧路』および同説明書.北海道開発庁,53p.


関連サイト



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