レンズキャップの中の赤い帽子




 のっけから露頭写真で行きますが...これは,私の出世作?論文である,川村(1983)で報告した,南部北上帯の氷上花崗岩(露頭下半部)とシルル系奥火の土層との不整合露頭の写真です.こんな古い時代の不整合露頭を南部北上山地で発見できたこと自体,なんというか奇跡的なことです.しかも,風化残留土(露頭上半部の茶色の部分)を伴う4億年前の不整合面を顕微鏡(!)で記載できてしまった,というんですから,一古生層研究者としては,もしかしたら“世界的”なものなのでは?なんて思ってしまうのですが,それは誇大妄想というものでしょう.(^^;

 で,ここでの本題はこの露頭写真の左下,氷上花崗岩のところに写っているレンズキャップなんです.最近,取り貯めた野外写真をスキャナで取り込んでデジタルデータとして保存しておこう(なにしろリバーサルフィルムの色あせが明白)と思い,フィルムスキャナでぼちぼちやっている時にあれ?と気付きました.レンズキャップの中になにか影のようなものと赤いものが写っているんですね.これはいったいなんじゃらほい,とスキャナの最高解像度で該当部分を拡大してみると...なんと下のようになってました.



 これはどう見ても,撮影者である私の影ですね.赤いのはどうやらかぶっている帽子のようです.撮影に邪魔だったのか,ひさしを後ろ前にしているようです.その後ろには,青空が広がっており,白い雲が流れています.撮影年月日は,1978年4月20日.もう20年前のことです.ちなみに,フィールドノートによると前年の秋にはこの露頭を確認しているはずなんですが,なぜか写真はありません.
 このレンズキャップの中の赤い帽子を見て,私の記憶が蘇りました.そういえば,昔,こんな帽子をかぶって山歩いてたな...



 この写真は,いわゆる『氷上対決巡検』でのスナップです.右側に見える露頭は,偶然ですが,上の不整合露頭そのものだと思います.これは一体いつのことだったのか...記録によると1981年4月ですね.ということは,少なくとも3年間も同じ帽子かぶってたのか.もうどこで買ったのかも思い出せませんが,あごひもの付いた釣り用の帽子だったと思います.やぶこぎの時,このあごひもが威力を発揮したんですよね.
 私の右側で熱弁?をふるっているのが,岩手大学(当時:以下同)の大上和良さん(故人).手前のヤッケをかぶっている方が秋田大学の加納博先生です.その手前に写っているのはおそらく地調の吉田尚さんでしょう.なんだか私は,露頭の前で両側から攻めたてられて憮然としているようにも見えますが...(^^;
 この露頭の前で地調グループ(おもに野沢保さん)と激論してから下の道におりると,野沢さんの奥さんとお子さんが豚汁?を作って待っており,それが非常に美味しかったのをいまも覚えています.
 この不整合露頭が今はどうなっているのか,3年ほど前にちょっと行ってみたのですが,松林の中で既にヤブ植生に覆われており,もう見つけるのも難しいほどでした.発見した1977年当時は伐採直後ということで,まさに千載一遇のラッキーだったんですね.

 写真というのは不思議なものです.今はもう埋もれてしまった露頭の片隅に置いたレンズキャップの中に,まるで覗き窓のように当時の自分の影とその背後の白い雲が浮かんだ青空が写っていたとは...しかもそれに20年後にはじめて気付くとは.うーん,切ないな.(^^; 自分の周囲や内部から確実に出ていってしまった“失われた時”の重さを痛切に感じている,今日このごろです.

(1998/09/10)

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