日本列島最古の化石海洋プレート −早池峰帯の古生代付加体

川村信人・内野隆之(地球惑星科学専攻地球進化科学講座)
・北上古生層研究グループ


早池峰帯のシンボル−早春の早池峰山


はじめに


日本列島の骨格: 
日本列島をはじめとする『島弧』は,海洋プレートが大陸の縁辺部に沈み込むことによって形成された地帯です.その“骨格”は,プレート沈み込み帯で形成される特殊な地質体−付加体から構成されています.日本列島の“骨格”を構成する付加体は,さまざまな時代に形成されていますですが,中生代ジュラ紀〜白亜紀:約2億年前〜6000万年前)に形成されたものが主体となっています.しかし1990年頃から,いくつかの研究によって古生代に形成された付加体の存在が次第に明らかになってきました.その多くは西南日本内帯のものですが,つい最近になって,“フォッサマグナ”を越えた東北日本側にも,古生代付加体が存在する(上越帯)ことがわかってきました.

 このことは,なにかと区別されて扱われることの多かった東北日本と西南日本が,島弧の初期発達過程(プレート沈み込み過程)という観点において同一の枠組みで扱われる可能性を示すもので,東北日本における古生代付加体の認識とその構造・構成の解明が急務となっています.


北上山地の地質区分: 
北上山地は,日本列島でも古い時代の地層が分布する地帯として古くから注目されてきました(上図).本学でも,故湊正雄教授をはじめとする理学部地鉱教室のメンバーによって精力的な研究が行われた歴史があります.その研究対象となっていた『南部北上帯』は,シルル紀〜ペルム紀の島弧性の地層が良く発達し,日本における古生層研究のメッカとなっていました.南部北上帯の北(東)側には,北部北上帯という中生代の付加体が存在します.

 南部−北部北上帯の境界がどうなっているのかという問題は古くから議論の的ですが,両者の間には蛇紋岩を特徴とする“断層帯”が介在するというのが一般的な見方でした.しかし最近になって,その部分は南部−北部北上帯のいずれとも区別される地質体であることが分かってきたため,独立した地質ユニットとして『
早池峰(はやちね)』と呼ばれるようになっています(下図の左).この早池峰帯から,日本列島の海洋プレートから産出したものとしてはもっとも古い時代の化石が本研究科のメンバーによって発見・記載されました.以下では,この化石について紹介したいと思います.


日本列島最古の化石海洋プレート:早池峰帯

 早池峰帯は,緑色岩類と砕屑岩からなりますが,両者は通常の層序関係を構成せず,さまざまなスケールにおいて横方向の連続に乏しいレンズ状〜スラブ状あるいは混在した産状を示します.このような構造は,付加体に特有のものです.

 緑色岩類は,玄武岩溶岩・成層チャートを主体としますが,玄武岩中にはマンガン−鉄質赤色チャート岩体が特徴的に含まれています
(下写真の左).その中から後期デボン紀(約3億6千万年前)の時代を示すコノドント化石が産出しました(濱野ほか,2002)(下写真の右)(産出地点は上図の右に示す).

 玄武岩の化学組成は中央海嶺玄武岩の特徴を示しています.したがって,早池峰帯の緑色岩は後期デボン紀に海嶺で生産された海洋プレートそのものであると考えられます.日本列島で石炭紀よりも古い時代の海洋プレートの存在が化石によって明らかになったのはこれが初めてです(下注)

注)日本列島で発見されている化石でもっとも古いものはシルル紀〜オルドビス紀(約4億年〜4億5千万年前)のものです.これらはいずれも島弧あるいは大陸の縁辺部で堆積した浅海性の地層から産出しており,早池峰帯などの古生代付加体とは起源の異なるものです.


日本列島の古生代付加体とその構造スキーム

 早池峰帯の海洋プレートの年代が後期デボン紀ということは分かりましたが,それが沈み込んだ時代は,砕屑岩類から化石が産出していないため,まだ正確には分かっていません.しかし手がかりはあります.早池峰帯の砕屑岩類には,淡緑色を示す珪長質凝灰岩が非常に特徴的に含まれています(下写真)

 西南日本ではジュラ紀付加体と島弧性地質体との間に,同じような珪長質凝灰岩を特徴とするペルム紀付加体が,秋吉帯−舞鶴帯−超丹波帯−超美濃帯−青海蓮華帯(−上越帯)と細長く分布しており,早池峰帯は,その東北日本側への延長部分であると考えられます.早池峰帯が北部北上帯(ジュラ紀付加体)と南部北上帯(島弧性地質体)との間に位置することも,話が良く合っています.
 これらのことから,早池峰帯は(石炭紀〜)ペルム紀に海洋プレートが当時の大陸縁辺部の下に沈み込むことによって形成された古生代付加体であると考えられます
(下図)

 その沈み込み帯の近傍には,活発な珪長質火山活動の卓越する大陸縁辺−島弧域が存在していたのでしょう.八尾(2001)は,舞鶴帯・秋吉帯のペルム紀付加体に珪長質凝灰岩が伴うことから,パンサラッサ(古太平洋)西縁部ではペルム紀から三畳紀にかけて珪長質火成活動が活発だったことを指摘しています.また大藤・佐々木(1998)は,シルル紀〜ペルム紀にかけてその部分に存在した島弧(モンゴル−吉林−日本弧)の存在を示し,南部北上帯はその中に存在したとしました.

 南部北上帯の下部石炭系には珪長質凝灰岩の卓越する地層があり,もし早池峰帯と南部北上帯が生成時からその位置関係を大きく変えていないとすれば,早池峰帯はこの島弧に対応した(石炭紀〜)ペルム紀付加体として捉えることが可能になるかもしれません
(下図のピンク枠の中)

(2002/11/29)


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