私的・北海道地質百選
『中外鉱山跡』

 北海道内には,2006 年の豊羽鉱山の閉山により,いまや金属鉱山は一つもない.国内も似たような状況となっている.


焙焼炉群.2009 年 6 月撮影.
焙焼炉の上部にある木造構造物の残骸.2009 年 6 月撮影.

 “中外鉱山” は上ノ国(かみのくに)町石崎川中流部の早川にあり,正確には『中外鉱業上ノ国鉱業所』と呼ぶものらしい.
 “上ノ国鉱山” “上国(じょうこく)鉱山” “早川鉱山” と呼ばれている例もあり,どれが略称として正しいのか,はっきりしない.
 ちなみに筆者が学生時代に周りの鉱床屋さんから聞いていたのは『上国(じょうこく)鉱山』である.

 『廃墟検索地図』によると,1939 年に前身の採掘が開始され,1986 年に閉山した.

 5万分の1地質図幅『上ノ国』は,未刊行なので,西尾(1966)を基にこの地域の地質を記述する.
 早川の南西側には渡島帯ジュラ紀付加体の泥岩(玄武岩質岩・石灰岩を含む)が分布し,(古第三紀~)新第三紀の変質火山岩類とは南西傾斜の逆断層で接する.新第三系中には閃緑岩などの深成岩体が貫入している.

 この鉱山で採掘されていたのはマンガンである.西尾(1966)によれば,主要鉱床は又八鉱床群と呼ばれ,新第三系とジュラ紀付加体との境界断層付近に胚胎する.
 鉱脈はほとんどが菱マンガン鉱(MnCO3)で,少量の閃亜鉛鉱・方鉛鉱などを伴う.脈石は石英主体である.

 右にあげた写真は,早川の下流側にある『焙焼炉跡』である.道道607号線から良く見え,非常に印象的な形状と景観で,良い鉱山遺構となっている.

 焙焼炉というのは,マンガン鉱を精製する前に高温処理し不純物を少なくするためのものらしいが,詳細な原理や構造は不明である.内部にはレンガが貼られているようで,右上の写真にその残骸が見えている.

 なおこの炉群の上方には,大規模な木造構造物があったらしいが,この写真撮影時には崩落しており,その一部が残っているだけであった(右写真).


早川集落跡の廃墟.上:学校.下:集会所.2009 年 6 月撮影.

 上記『廃墟検索地図』によると,早川の集落には診療所・浴場・簡易郵便局・学校・保育所等があり,最盛期には 1,500 人が居住していた.
 閉山から 20 年以上が経過した撮影時にも,当時の施設の廃墟が残っていた(右写真).もちろんその中への立ち入りはできない.

 右写真上は,『上ノ国町立若葉小中学校』で,屋根や外壁等の損傷が著しく,全体の崩落も時間の問題と思われる.この右手にはグラウンド跡もあるが,ヤブに覆われていた.

 右写真下は,比較的保存の良いもので,玄関の看板には『中外老人倶楽部集会所』とある.この鉱山街に,中外鉱業関連の現役だけではなくリタイアした人たちも住んでいたということなのだろうか?


既存の指定など

(なし)


所在地

上ノ国町 早川.


サイトの状態:


参考文献

西尾 潤四郎(1966)上国鉱山の鉱床と探査について.鉱山地質,16,132-142.


関連サイト

(なし)



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