私的・北海道地質百選
『車石と枕状溶岩』
注)このサイトは本家・北海道地質百選では,『根室車石』・『花咲岬の枕状溶岩』として中川充さんと新井田清信さんが投稿しています.以下は,お二人の投稿とは独立したもので,(参考にはさせていただきましたが)すべてオリジナルです.
根室市花咲岬には,国指定天然記念物である『車石(くるまいし)』がある(ヘッダー・サムネール).見てお分かりのように,断面が放射状・同心円状になっている直径 数 m の巨大な岩体で,その上半分が見えている.
これは一体何かというと,要するに “枕状玄武岩(pillow basalt)” ということになる.
※ これらの岩石にはドレライト(dolerite:粗粒玄武岩)を含むようであるが,顕微鏡下での観察等によって確認できたわけではないので,以下ではすべて『玄武岩』と表記することとする.単なる表記の都合上の問題で,それ以上の岩石学的な意味はない.
枕状玄武岩は,一般の地質学的常識では,玄武岩質マグマが水中に噴出・流入して急冷された時に形成されるものである.しかし,車石の場合は少し様相が異なっている.花咲岬の枕状玄武岩は,玄武岩質マグマが含水堆積物の『内部』に貫入し,冷却の結果生じたものと考えられる.
ここでは,根室層群中に貫入した玄武岩マグマの内部構造がよく観察できる.遊歩道も整備されており,良好な地質見学サイトとなっている.
注記: この枕状玄武岩について,上記の本家・北海道地質百選ページでは,『海底に噴出した』とされており,表層噴出の溶岩流として扱われている.しかし地質図幅などでは伝統的に,根室層群中の玄武岩・ドレライトは『岩床』(=貫入岩)とされている.
筆者は,そのどちらが妥当なのかを判断するための見識を持ち合わせていない.岩床ならば:なぜ枕状溶岩チューブが形成されるのか? 表層噴出ならば:なぜハイアロクラスタイトなどの水中噴出相を伴わないのか? ...門外漢にはどうもよく分からない.この点に関する議論は『根室南部』図幅でも紹介されているが古い話であり,現在どのようにフォローされているかは勉強不足で分からない.
ここではとりあえず,(さしたる根拠はないが)『含水堆積物中へのマグマのシート貫入』として扱ってみた.
まず遊歩道の突端から海岸露頭を見ると,見事な枕状溶岩とその上に柱状節理を示す玄武岩溶岩が見える(上写真).枕状溶岩は急冷部なので,その上に遅い冷却で形成された柱状節理部があるというのは不自然である.フロー(・あるいは冷却)ユニットの境界ということなのだろう.
枕の形状・サイズにはさまざまなものがあり,その最大のものが車石であるが,一般には径 数十 cm ~ 1 m 前後のものが多い.
枕の内部には放射状・同心円状の節理割れ目が発達しているが,場所によってはそれが柱状節理と連続しているように見える部分もある(右写真左).
さらに,実際に間近で確認したわけではないが,写真を見る限り枕の分岐・流れ出し構造の見える部分もある(上写真右).
柱状節理部分を切って貫入している玄武岩脈も認められる(右写真).この産状は,溶岩が冷却固結した後にマグマが再度貫入したことを示す.単なる冷却ユニットの違いという範疇なのか,それとも新規の(別ステージの)マグマ活動によるものかは分からない.
花咲岬遊歩道周辺では,枕状玄武岩が貫入した母岩層を実際に見ることは(おそらく)できない.
しかし,花咲岬の北東側海岸を駐車場から遠望すると,厚い(数十 m 以上?)枕状玄武岩シートの下位に根室層群堆積岩が見えている(右写真).
この海岸に降りる手っ取り早いルートというのはないので,道路から草地のすべりやすい斜面を慎重に降りて行き,沢型になっている適当な場所から海岸に降りるしかない.
海岸に降りて露頭を見上げると,右写真のようなスぺクタクルな地質景観が目の前に現れる.
色調と表面構造の差異で,枕状玄武岩と堆積岩は明確に区別できる.枕状玄武岩シートの下面はやや凹凸に富み,堆積岩互層の層理を削剥しているようにも見える.
この花咲岬海岸の地層は成層した泥岩と砂岩の互層であるが,『根室南部』図幅にはなぜかその分布は描かれていない.しかし周辺地域では玄武岩(ドレライト)は “根室層群根室累層” の中に貫入しているとなっている.根室累層は,君波(1978)によると現在の区分では門静層~浜中層にわたる地層のようであるが,詳細な対比関係は分からない.
国指定天然記念物.1939(昭和14)年9月7日指定.
君波和雄(1978)根室層群の層序の再検討.地球科学,32, 120-132.
三谷勝利・藤原哲夫・長谷川潔(1958)5万分の1地質図幅『根室南部』,北海道開発庁,40 p.
(なし)