奥火の土にて...
ということで,氷上関連の記事は(おそらく)これで終わりです.終わりにあたって,なにしろ“追憶の”なので,追憶の写真を2枚上げさせてもらいます.
1枚目は,1981年4月のいわゆる“氷上対決巡検”のときのもの.野沢さん親子が作ってくれたブタ汁をみんなで食べているところです.野沢保さんはなにを“糾弾”しているのでしょうか? 右端が故加納博先生.左端でブタ汁をすすっているのが,故大上和良さんです.若くして亡くなられましたが,私個人的には“もうちょっと仲良くしていたかった”方です.
この巡検の際,私は野沢さんから言われた2つのセリフが印象に残っています.ひとつは奥火の土層基底部の不整合露頭を見ていただいたとき,『どうやら太陽は君たちのほうを向いているようだな』というものです.要するに地調グループの貫入説の分が悪くなったということですが.もうひとつは,たしか槻沢あたりを歩いているときだったと思いますが,『君たちの主張は○○用語で言うと“不知”と言うんだよ』というもの.○○のところがなんであったかはよく聞き取れませんでした.“不知”というのは,後から調べたところでは法律用語で『相手方の主張を知らなかった』という意味のようなんですが...野沢さんの真意は不明です.
次は,上の巡検から13年後,1994年4月の奥火の土巡検.要するに『CHIME年代』の存在を知って,一体どうなってんの?もう一度確認してみようよ,という巡検でした.音頭をとったのは東北大の永広昌之さんだったと思います.真ん中で道の端に立っているのが永広さん.その右側に座っているのが,故加納先生と,あとお二人とも亡くなられましたが,北大の渡辺暉夫さんと,有名な宇留野勝敏さんです.写真というのは不思議なものですね...
ちなみにこの巡検の結論ですが,『なんだか良く分からんね』というものだったような.(^^; 下にも書いたように,私にもいまだに CHIME 年代というのは,よく分からないもののひとつです.
時の過ぎ行くさまを強く感じてしまう,氷上花崗岩関連の2枚の巡検写真でした.
2009/10/22 15:10:32