さてこれはいったい...?





よせばいいのにと自分でも思うんですが,こんなカテゴリーを立ち上げてしまいました.何のつもりなのか...前にもちょっと書きましたが,地質屋人生の終わりが向こうにちらちらと見え始めてきたので,今書いておかないと...といった気がするわけです.

で,これ何の写真? 時は1938年3月,出征するどなたかの記念壮行会だったんだと思います.当時の理学部本館玄関前での北大理学部地鉱教室の面々.

...ということを紹介したかったわけではもちろんありません.なんか,ここに私の地質屋人生の原点があるみたいなそんな錯覚がするもので.この面々の右側最前列でやんちゃ坊主みたいな雰囲気で立っているのが,まだ学生だった,私の恩師,湊正雄先生です.



その左後ろに,また別の迫力でこっちを見ているのが,舟橋三男先生.最近の地質屋さんだともしかすると知らない名前なのかもしれませんが,このお二人が『安倍族造山運動』の生みの親です.

ちなみに湊先生の左に立っているのが,(私には)デスモスチルスの発掘で有名な長尾巧先生.これについてはまた別に書きたいと思います.

私は,湊・井尻『日本列島』を中学生のときに読んだことによって人生が決定したと言っても過言ではありません.そこから決定論のように北大に入学し,地鉱教室に進学したわけです.
で,湊先生から与えられたテーマが,南部北上古生層の研究でした.卒論からD論まで,約9年間にわたって南部北上の山々を歩きまくった日々は,私の宝物です.

しかし現実はなかなかキビシイ...(^^; 湊先生にも必ずしも認めてもらったわけでもなく,その研究成果も今となっては...という気もします.そういえば私は湊先生から時々“カワカミクン”と呼ばれてたっけ.

このカテゴリーでは,そんな南部北上古生層についてのあれこれを紹介していこうと思っています.

2009/04/17 15:18:49


コメント:
 嶋岡 (2009/05/22 14:29:59)
  湊先生と舟橋先生の間の人物 加納さんの可能性はありませんか?

コメント:
 mkawa (2009/05/24 19:07:48)
  嶋岡さん,ご無沙汰しております.

加納先生ですか...そう言われてみると,そんな感じもしますね.
それにしても,昔の北大の地質屋は,みなそれぞれやんちゃな顔してるな...と思います.少し寂しいです.


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